【2807】 ◎ 原田 國男 『裁判の非情と人情 (2017/10 岩波新書) ★★★★☆

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裁判官の仕事やその舞台裏を分かり易く綴りながら、重いテーマにも触れている好エッセイ。

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裁判の非情と人情 (岩波新書)』['17年]第65回「日本エッセイスト・クラブ賞」贈呈式での原田國男氏(2017.6.26)[岩波新書編集部の公式witterより]

 2017(平成29)年・第65回「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作。

 元東京高裁判事が、裁判員制度、冤罪、死刑などをめぐり、裁判官の知られざる仕事と胸のうちを綴ったもので、岩波書店の月刊誌「世界」の2013年10月号から2017年の1月号まで連載された「裁判官の余白録」をまとめたものです。裁判官の仕事や裁判の舞台裏を、分かり易く時にユーモアも交えて綴っている好エッセイで、文章も名文ですが、中身も硬軟ほどよく採り入れて(仕事では固い文章ばかり書いてきたはずだが)、楽しく読めるとともに、考えさせられるものでした。

 そして何よりも著者の人間性が伝わってきます。今は退官して弁護士になっているとは言え、裁判官って(特に高等審の刑事裁判官って)、そうした個性のようなものをあまり表に出さないイメージがあったため、意外でした。それにしても、著者は、藤沢周平の全集を何度も読み返しているとのことで、読書家だなあと(やはり読書家であることは名文家であることの必要条件か)。裁判官が書いた本などの紹介もありました(裁判官の中にもスゴイ"趣味人"がいたりするのだなあ)。

フライド・グリーン・トマト vhs 2.jpg 映画の話も結構出てきました。「フライド・グリーン・トマト」('91年/米)で白人の差別主義者が殺害された時に現場にいた牧師が、公判で真犯人を庇って偽証する前、証言台に立って宣誓した時、手元に置いてあったのは聖書ではなく、『白鯨』だったのかあ。個人的にはそんな細部のことは忘れてしまったけれど、やはりプロにとっては印象に残ったのだろうなあ。

 中盤以降になればなるほど次第に重いテーマが多くなり、死刑執行起案の経験談もあって、自分が関わった死刑囚の死刑が執行されたことを報道で知った時の気持ちなども書かれています(著者は、死刑は、心情的には殺人(殺害行為)である思うと述べている)。

 また、一般の人と裁判官の考え方の違いについても指摘しています。例えば、裁判官は白か黒かの判断を求められている思われがちであるが、「灰色か黒か」の判断が求められているというのが正しいようです。無罪になった人からすれば、裁判官が完全無罪(無実)を認定してくれないことに不満を持つかもしれないが、それは裁判官の仕事ではないとのことです。

 その流れで、裁判員制度における裁判員の考え方の傾向と現実との開きについても指摘しています。刑事裁判一筋でやってきた著者は、有罪率99%といわれる日本の刑事裁判で、20件以上の無罪判決を言い渡した稀有な裁判官ですが、もし裁判員が、真っ白でなければ有罪だと思っているのなら、無罪はほとんど無くなってしまうと言っています。裁判官自身、無罪判決のすべてを100%無罪だと思って判決を出しているわけではなく、「灰色」は無罪になるということなのでしょう。

 また、量刑相場がどのように形成されるか、裁判員制度の導入で、それまで外部から見てブラックボックスだった量刑問題について、裁判員に対する説明責任が生じていること、実際、裁判員が下した判断が控訴審で量刑相場の観点から変更される事案が起きていることから、その問題の難しさを指摘しています。

 この他にも、冤罪はどう予防すれば良いのか、日米で裁判官と社会の距離はどう違うか、裁判官の良心とは何か、裁判所に対する世の中の批判が喧しい中、裁判所に希望はあるか、といった深いテーマに触れています。

 ラストにいくほどテーマが重くなりますが、あとがきの最後に、「個人的には『寅さんを何度でも観返している裁判官がいる限り、この国の法曹界を信じたい』と思っている」と書いていて、ちょっとほっとさせられました。

《読書MEMO》
●毎日新聞読書欄の「この3冊」で著者が"裁き"と文学をテーマに挙げた藤沢周平の3冊...『海鳴り』『玄鳥』『蝉しぐれ』(17p)
●黒木亮『法服の王国』(岩波現代文庫)⇒かなりのフィクションも含まれるが、最高裁判所を中心とした戦後の司法の大きな流れ(それも暗部)はほぼ正確に摑んでいる。(46p)
●小坂井敏晶『人が人を裁くということ』(岩波新書)―事実認定の難しさ(103p)
●裁判官が書いた本―最近では、大竹たかし『裁判官の書架』(白水社)がいい
毎日新聞読書欄「この3冊」
・鬼塚賢太郎『偽囚記』(1979年/矯正協会)
・岡村治信『青春の柩―生と死の航跡』(1979年/光人社)
・ゆたか はじめ『汽車ポッポ判事の鉄道と戦争』(2015年/弦書房)

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