【2733】 ○ 太田 肇 『なぜ日本企業は勝てなくなったのか―個を活かす「分化」の組織論』 (2017/03 新潮選書) ★★★★

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「分化」というコンセプトで、個を活かすこれからの組織と働き方を提唱。

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なぜ日本企業は勝てなくなったのか: 個を活かす「分化」の組織論 (新潮選書)

 著者によれば、これまで「全社一丸」を看板に掲げ、社員の勤勉さとチームワークを売り物に優れた製品を世界に送り出してきた日本企業が、労働生産性や競争力の国際的地位が1990年代から急落し、日本経済は20年以上に及ぶ長期の停滞からいまだ抜け出せず、喘ぎ続け、また、生産性だけの問題ではなく、近年、名だたる大企業で組織的不祥事が続発し、女性が活躍できる社会の実現や「働き方改革」も声高に唱えられながらも、現実には思うように進んでおらず、また、ストレスや過労死が深刻な問題になりながら、労働者の労働時間は減らず、有給休暇の取得率も低いままであるとのことです。

 本書では、これらの諸問題には共通する「病根」があるとし、それは、個人が組織や集団から「分化」されていないことであるとしています。ここで言う「分化」とは、個人が組織や集団から制度的、物理的、あるいは認識的に分別されていることであり、「未分化」とは逆に個人が組織や集団のなかに溶け込み、埋没してしまっている状態を意味しています。「働き方改革」「イノベーションの創出」「組織不祥事の撲滅」―これら現在の日本企業、日本社会が直面する重要課題を克服できるかどうかは、そうした空気を一掃し「分化」を実現できるか否かにかかっていると著者は言います。

 全5章の第1章と第2章では、「未分化」がどのような問題を引き起こしているかを説明し、第3章では実際に「分化」すると、組織と個人がどう変わるのかを多くの実例もまじえて紹介、第4章では、著者が長年にわたって取り組んできた「組織と個人の統合」という課題を踏まえ、「分化」と「統合」をどう両立させるかを述べ、第5章で、「分化」の過去を振り返り、未来を考察しています。

 第1章「『未分化』が引き起こしていること」では、企業不祥事の背景にある共同体の圧力、集団無責任体制や「たこつぼ」化した職場の病理、「ブラック企業一掃」の壁となっている長時間労働や、パワハラ・セクハラ、イジメ、さらには「女性活躍推進」や「同一労働同一賃金」の壁となっているさまざまな原因の背景も、そこに個人の「未分化」の問題があることを、多くの事例やエピソードを引き合いにしつつ指摘しています。

 第2章「日本企業の深層に残っているもの」では、日本企業が勝てなくなった理由として、日本的な共同体型組織が、かつてはさまざまな利点があったが、今は限界にきており、同調圧力がいい意味での突出を抑えるため、本来モチベーションというものは個人が組織から「分化」することで生まれるものであるのに、組織が「未分化」であるとそれが抑制されるため、有能な人材は外部に流出してしまうのだとしています。更に、成果主義が失敗したのも、成果の責任を問うには個人の「分化」が絶対条件であるのに、個人を未分化にしたままそれを取り入れたからだとしています。

 第3章「『分化』するとどう変わるのか」では、「分化」することのメリットとして、「やる気の天井」がとれて仕事が効率化し、「異質なチームワーク」からイノベーションが生まれるとともに、「集団無責任型」不祥事がなくなり、女性活躍の道も広がるし、オフィス環境も改善され、オーダーメイドのキャリアが形成できることなどを挙げています。また、「絆」「つながり」を唱え続けて無理に求心力を高めるよりも、むしろ「分化」することでつながるということを、①「自律」の欲求、②人間関係、③功利的な動機、④利他的な動機、という4つのキーワードで説明するとともに、個人のレベルでも、一人ひとりが個人の仕事や職業生活を分化することで、「未分化」では得られなかった生きがいが得られ、将来の展望が開けてくるとしています。

 第4章「『分化』と『統合』をどう両立させるのか」では、「組織と個人の統合」という課題を踏まえ、「分化も進めたいが統合も大事だ」というジレンマを克服するには、「行動」と「機能」を意識的に切り離して考える必要があり、行動を分化しながら機能として統合することで、企業の業績も社員の満足度も実際に上がる場合が多いことを指摘しています。更に、分化した個人は、それ以前よりも強く連帯することを、医療、映画製作、製品開発の具体例で説明しています。また、「分化」をどう仕掛けるかについて、外圧を利用する戦略や、「異分子」を投入したり、「ウチとソトの峻別」を逆手にとる方法などを紹介しています。

 第5章「『分化』の過去と未来」では、過去の「分化」の歴史を、タテに分化された前期工業社会、フラット化した後期工業社会、機械的組織から有機的組織へ、「人間的な労働」への改革、と振り返り、ポスト工業化社会では、これまでのタテの「階級」がヨコの「専門」に転換し、タテ方向の分化が勢いを失ってフラット化に転じる一方、ヨコ方向への分化が進んでいるとしています。そして、この分化ははるか未来を見据えても止まらないであろうとしています。

「分化」という1つのコンセプトで、これだけ多くの問題について具体例を挙げながら包括的に論じている点が、大胆かつユニークに思いました。すっきりしている一方で、読む側にある程度の概念化能力が求められる内容でもあるかもしれませんが、かつて日本企業の利点だった日本企業の「まとまる力」が、いま社員一人ひとりの能力を引き出すことの大きな妨げとなり、組織を不活性化させているとしており、必要なのは、まず組織や集団から個人を「引き離すこと」なのだという趣旨は分かったように思います。個の力を充分に活かすためには、これまでの働き方をドラスティックに変えなければならないことを示唆しており、啓発度の高い本であると言えます。

《読書MEMO》
●「分化」とは、個人が組織や集団から制度的、物理的、あるいは認識的に分別されていることであり、「未分化」とは逆に個人が組織や集団のなかに溶け込み、埋没してしまっている状態を意味する。(5p)
●IT革命とともに経済のソフト化やグローバル化も一気に進んだ1990年代の半ば以降、わが国の労働生産性や国際競争力は世界のなかでの順位が急落し、その状態が今でも続いている。その人的要因の一つとして、ポスト工業社会に入って人間に求められる能力や資質、モチベーションの質が大きく変化したことがあげられる。工業社会で強みを発揮した日本人の黙々として働く勤勉さや一体感、そしてある種の帰属意識やチームワークが、ポスト工業社会では通用しにくくなっているのである。(70p)
●一つの企業のなかでも研究開発、企画、広報、営業、マーケティングといった部署は階層が少ないほど自由に仕事ができ、身軽に動けるので組織をフラットにしたい。一方、慎重さを重んじる法務、契約、審査のような部署はフラット化しにくい。(中略)全社一律、悪しき画一的平等へのこだわりがしばしばネックになっている。そして全職種を対象として企業別に組織される企業別労働組合が、それと深く関わっている。(91p)
●わが国の共同体型組織では、行動と機能を一体化させるところに特徴があった。(中略)モノづくりにしても、事務の仕事にしても従来の集団作業においては、そのように文字どおり一丸になることが大切だったからである。(中略)行動と機能を切り離せば、個人の自由を尊重しながら仲間同士の協力や連帯ができるようになる。(163p)
●バーナードは、組織を「意図的に調整された人間の活動や諸力の体系」と定義しており、組織に人間そのものは含まれない。(中略)組織にとって人間の行動そのものを規制する必要がないことを示唆したバーナードの慧眼は敬服に値する。(165p)

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