【2696】 ○ 中村 東吾 『誰が「働き方改革」を邪魔するのか (2017/09 光文社新書) ★★★☆

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〈頑張りたくても頑張れない時代〉を生き抜くヒントを示した〈実証的〉啓発書。
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誰が「働き方改革」を邪魔するのか (光文社新書)』['17年]

 本書によれば、少子高齢化で労働力が減少する中、働き方改革による労働力の多様化戦略として打ち出されたのがダイバーシティであるが、それはなかなか浸透してはいないとのことです。著者は、この問題の解決において必要なのは、「頑張りたくても頑張れない人」の活用であるとしています。本書では、なぜ「頑張れない人」が生み出されるのか、その背景にも迫りながら打開策を探り、働く人のこれから生き方を模索しています。

 第1章では、改善どころか悪化の一途をたどる非正規雇用の実態などから、"景気好転"の実感がないまま"取り残された層"は増え続けていると指摘しています。一方で、"一度頑張れなくなったけれども苦境を乗り越えてきた人たち"を取り上げ、そのことを通して、「何が頑張りたい人を頑張れなくしているのか」を考察し、そこには、未だはびこる男性至上主義社会や、人の心に宿る妬み嫉みの問題などがあることを指摘しています。

 第2章では、ダイバーシティ推進を邪魔するものとして、日本社会が長い年月をかけて培ってきた「社会人の一般常識」と、右にならうやり方をなすために用意された"罰則"や"恐怖"の縛りから生じる「心に潜む制動力」を取り上げています。企業の変わらない体質と、働く側の心に潜む"恐れ"が、ダイバーシティ推進の見えない壁となっているとのことです。

 第3章では、そうした「ダイバーシティ推進後発組」を尻目に、独自の施策をいち早く打ち出している「ダイバーシティ推進先行企業」もあるが、そうした先駆"社"といえども、推進の道は容易ではないとし、そうした企業が、どのような取り組みを行っているのかを紹介しています。

 第4章では、従業員の立場から、いかに新しい時代に即した意識を獲得していくかについて述べています。会社が用意した人生のレールの上だけを走るというのがダイバーシティ以前の会社人間の生き方だったのが、ダイバーシティの潮流が日本社会に入り込んだことで、企業は従業員を"庇護する対象"から"自立体"として対峙しようとしている―つまり、「自律的社会人」というのが時代の潮流であるが、「自分は自分」であるとして、その自分をどう育てるかがこれからの個々の課題となってくるとのことです。ここで著者が、「エゴイスト」という言葉をキーワードとして用いているのが興味深いです。「社会がよくなれば、私もよくなる」のであり、「私が欲する正義」をエゴイスティックに突き詰めることは、その扉を開けることであるとしています。

 第5章では、ダイバーシティを俯瞰的にとらえる試みを通して、ダイバーシティによって日本が向かう新しい社会の姿を考察しています。そして、個人が働き方を決め、責任を負う社会になっていくうえで、他者との違いが否定されない「心理的安全性」が、個性的な働き方を生産性向上につなげる補助要因になるとしています。また、「心理的安全性」は、個々人の心掛けだけでは実現せず、企業の理解と体制づくりが必要であるとしています。

 最後の第5章で、「自分の生き方をふだんから積み上げておく」「隣の芝生が青いかどうかは問題ではない」「自律的に生きる」と述べられてるように、〈頑張りたくても頑張れない時代〉を生き抜くにはどうすればよいか、社会分析や先進事例を織り込みながら、働く人に向けてそのヒントを示した〈実証的〉啓発書とでも言うべき内容となっています。一方で、経営に携わる人の覚悟ひとつで、悪循環を繰り返すか、そこから抜け出す一手を打つかの違いになるともしており、経営者や人事パーソンにとっても、啓発的要素はある本かと思います。

 但し、第2章で、ダイバーシティ推進を邪魔するものとして、「社会人の一般常識」と「心に潜む制動力」を取り上げていて、意識の問題は確かに大きいとは思いますが、この辺りからややもやっとした展開になったのは否めないようにも思いました(第4章での「エゴイスト」という言葉をキーワードとした議論の展開などは興味深かった)。

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