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「●ちくま新書」の インデックッスへ
「マタハラ問題」の総括。啓発的要素を含むとともに、テキストとしても読める。
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『マタハラ問題 (ちくま新書)』['16年]
働く女性が妊娠・出産・育児を理由に退職を迫られたり、嫌がらせを受けたりする「マタニティハラスメント(マタハラ)」が、いま大きな問題となっており、労働局へのマタハラに関する相談は急増しているとのことです。本書は、「NPO法人マタハラNet」の代表者による「マタハラ問題」の総括であり、著者は2015年に、アメリカ国務省が主催する「世界の勇気ある女性賞」を日本人で初めて受賞しています。
第1章では、著者自身が職場で受けたマタハラ体験について綴られていますが、複数の上司からの執拗な退職強要や嫌がらせに遭い、二度の流産を経てついに会社と闘おうと決意するに至るまでの経緯は、ドキュメントとして読み応えがありました。
第2章では、マタハラを大きく個人型と組織型に分け、個人型としての「昭和の価値観押しつけ型」「いじめ型」、組織型としての「パワハラ型」「追い出し型」の4類型を示すとともに、それぞれのケースに該当する12の実例を紹介しています。
第3章では、マタハラNetが行った日本で初めてマタハラ被害実態調査「マタハラ白書」から何がわかるかを分析しています。これを見ると、マタハラは社員規模にかかわらず発生し、相談すればするほど連鎖する傾向があることがわかります。また、先進諸国とのデータ比較を通して、マタハラは単なる女性問題ではなく、日本の少子化と経済難を直撃する経済問題であるとしています。
第4章では、働く側が、マタハラをなくすために何ができるかについて述べています。第5章では、企業が、経済問題であるマタハラを経営問題として捉え、経営戦略として"主婦人材"を活用したり"子連れ出勤"を実践したり、選択可能な多様なワークスタイルを用意したり、職場の風通しをよくするための工夫をしたりしているケースを5社紹介しています。
一般に、セクハラ、パワハラ、マタハラで三大ハラスメントとしてまとめられますが、本書では、マタハラがセクハラ、パワハラと一線を画すのは、それが経済問題、経営問題と呼べる点であると強調しているのが特徴でしょうか。
マタハラは、三大ハラスメントのほかに、パタハラ(パタニティハラスメント(育児男性に対するハラスメント))、ケアハラ(ケアハラスメント(介護従事者に対するハラスメント)といったファミリーハラスメントの一角も成すことでハラスメントの中心に位置し、企業はマタハラ問題を絶対に無視できないとしています。
第1章にある著者自身のマタハラ体験で、人事部も含め4人の上司や管理者が4人ともマタハラ行動をとってしまうというのは、人の資質の問題もさることながら、組織体質、職場風土の問題でしょう。マタハラをしている側に、してはならないことをしているという、そうした意識そのものが希薄であるように思われ、管理者や従業員の意識教育の大切さも感じました。
そうしたリスクマネジメント的観点も含め、多分に啓発的要素を含んだ本であるとともに、「マタハラ問題」のテキストとしても読める本です。