【2679】 ◎ 吉野 聡 『「職場のメンタルヘルス」を強化する―ストレスに強い組織をつくり、競争優位を目指す』 (2016/01 ダイヤモンド社) ★★★★☆

「●メンタルヘルス」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2680】 株式会社アドバンテッジ リスク マネジメント 『メンタルタフネスな会社のつくり方

「職場のメンタルヘルス」はマネジメント問題。そのことを改めて強くインスパイアされる本。

「職場のメンタルヘルス」を強化する.jpg「職場のメンタルヘルス」を強化する―――ストレスに強い組織をつくり、競争優位を目指す

 著者は、これまでのメンタルヘルス対策の問題点は、「ストレス低減」にその主眼が置かれてきたことであろうとし、メンタルヘルス対策がコンプライアンスとか社会的責任という枠組みの中で形式的に行われている限りは、それは企業にとって単なるコストであり、実効的な成果を上げることはできないとしています。その上で、本書では、ストレスに強い組織を作るためのメンタルヘルス対策という、「時間」、「能力」、「コンディション」の3要素の相乗を最大化するための、マネジメントの観点に立った(言わば経営に即した)これからのメンタルヘルス対策のあり方を提唱しています。

 第1章「改善されない『経営課題』としてのメンタルヘルス」で、メンタルヘルス対策は「予防成長型」、「予防配慮型」、「事後成長型」、「事後配慮型」の4つに分類できるとし、従来の「事後配慮型メンタルヘルス対策」では本人の言いなりに対応することで周囲の負担が増え、職場全体が疲弊してしまうとしています。さらに、心の健康を損なうケースとして「精神病型メンタルヘルス不調」、「過負荷型メンタルヘルス不調」、「不適応型メンタル不調」の3つがあり、特に今は、「不適応型メンタル不調」が増えているとしています。

 第2章「メンタルヘルスに対する職場での正しい理解」では、うつ病と診断されるには「2週間以上の症状の継続」が要件となるが、職場での対応において評価すべきは、メンタル不調が、実際の職務遂行能力にどのような影響を及ぼしているかという機能性と、その人が担当している業務の遂行に支障が出ていないかという事例性であるとしています。また、本人の希望通りの配慮は必ずしも有益ではないことがあり、「うつの人に『がんばれ』と言ってはいけない」といった言説もある面では正しいが、ある面では正しくなく、メンタル不調社員に過度に配慮することは適切な対応ではないとしています。

 第3章「コストから投資に変えるメンタル対策の考え方」では、メンタルヘルス休職者比率が上昇した企業の業績はそうでない企業に比べ悪化する傾向にあり、メンタルヘルス休職者の下には、プレゼンティズム(勤怠上はきちんと職場に来ているものの、勤務時間中も効率が低下している人たち)と、アブセンティズム(当日休を頻回に繰り返したり、頻繁に遅刻する人たち)という大きな問題が隠れているとしています。また、職場のメンタルヘルス対策=「職場のストレスを低減させること」と考えるのは正しくなく、労働時間を短縮してもメンタルヘルス問題は解決せず、むしろ労働生産性の低さを改善するマネジメントが有効であるとしています。

 第4章「ストレスを前向きに捉える人材の育て方」では、ストレスを前向きに捉え、自らの成長につなげることができる物事の捉え方を促す成長型メンタルヘルスが今後は求められるとし、メンタルヘルス・マネジメントの一環としての人材育成について解説、ABC理論とSOC(首尾一貫感覚)という2つの考え方を通して、メンタルに強い人材育成のポイントを示しています。ABC理論とは、非合理的な考え方を合理的に修正することでストレスに対応するもので、SOCは、それが高いとストレスの大きな出来事に遭遇しても心身の健康を害さずに過ごすことが出来るというものであり、有意味感、把握可能感、処理可能感の3つから成るとしています。

 第5章「ストレスを職場の活性化につなげるマネジメント方法」では、努力してもそれに見合った報酬が得られるとは限らない低成長時代においては、心理的報酬がその意義を増し、上司からの適正な評価、自分自身の成長実感など、やりがいや達成感、また、それに伴う周囲の評価などがそれにあたるとしています。また、マネジメントの基本は上司と部下の信頼関係の醸成であり、相手の気持ちを考えながら自分の言いたいことを伝えるアサーティブなコミュニケーションが重要になるとしています。さらに、ストレスチェック制度は、ストレスの状況を部署ごとに集計・分析できるので、職場の課題を客観視し手を打つには有効だが、「ストレスが低い職場がよい職場だ」と安直に考えてはいけないと。職場は「疲弊職場型」、「活性職場型」、「職場外負担型」、「不活性職場型」の4種類に分類でき、職場のストレス要因が大きくても、ストレス反応が適切にコントロールされている「活性職場」を目指すべきであるとしています。

 これまでも、産業医としての現場での経験を踏まえた上で、精神科医としての専門家の立場から、企業のメンタルヘルス問題への現実的な対応法、実践的な示唆やアドバイスを繰り返してきた著者ですが、今回は、職場のメンタルヘルス対策は誰のために、どのような考え方に基づいて行われるべきか、今一度原点に立ち返って「職場のメンタルヘルス」のあるべき姿を体系的に整理した本であるように思いました。「職場のメンタルヘルス」はマネジメント問題であるということを改めて強くインスパイアされる本。人事パーソン、マネジャーにお薦めです。

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1