2018年10月 Archives

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「●人材育成・教育研修・コーチング」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(リズ・ワイズマン)

ルーキーの強み(ルーキー・スマート)はリーダーにこそ求められる。

ルーキー・スマート6.JPGルーキー・スマート.jpg  メンバーの才能を開花させる技法.jpg リズ・ワイズマン.jpg
ルーキー・スマート』『メンバーの才能を開花させる技法』リズ・ワイズマン
Liz Wiseman Recognized By Thinkers50 As Top Leadership Thinker
リズ・ワイズマン 2.jpgオラクル.png 著者のリズ・ワイズマンはオラクルで長年人材育成に携わった人で、前著『メンバーの才能を開花させる技法』('15年/海と月社)では、リーダーの2つの類型として「消耗型リーダー」と「増幅型リーダー」があり、消耗型リーダーは自分の知性に溺れ、メンバーを低く見て、組織にとって大切な知性と能力を損ない、一方、増幅型リーダーはメンバーの知識を引き出すことで、組織の中に伝染力のある集合知を築くとしていました。

 本書では、はじめて経験する課題に取り組むルーキーに着目し、ルーキーの潜在力に目覚め、彼らをもっと活用することを説いています。さらには「だれもが永遠にルーキーでありつづけられる」として、自分自身もマンネリと決別し、ルーキーならではの強み(ルーキー・スマート)を身につけることを勧めています。そして、これまでの「経験」に「ルーキーのパワー」が加われば、個人としても組織としても非常に強みを発揮できるようになるとしています。

 第1部「ルーキー・スマートを手に入れる」の第1章では、著者らの調査からわかったこととして、はじめて経験する課題に取り組むルーキーは、目覚ましい成果を上げることができ、多くのベテランと肩を並べ、イノベーションが求められる局面などではベテランを凌駕することも多いが、そうした自覚あるルーキーの示す思考・行動にはパターンがあるとしています。著者はそれを「ルーキー・スマート」と名づけ、ルーキー・スマートには、「バックパッカー」「狩猟採集民」「ファイアウォーカー」「開拓者」の4つのモードがあり、同じ人が局面ごとにさまざまなモードに入るとしています。そして、第2章から第5章にかけて、各モードとその思考パターンを解説しています。

 「バックパッカー」とは、重荷がなく、失うものがない者のことを指し、ベテランが"守り"思考であるのに対して、ルーキーは無制約で自由な思考で動くことができるとしています。「狩猟採集民」とは、知識や専門技能が未熟であるため、周りの世界を理解しようと努め、導きを求めて他の人の力を借りようとする特性を指しています。「ファイアウォーカー」とは、自信がないため慎重に、かつ同時に、あたかも初心者の火渡りのように素早く行動する特性を指しています。「開拓者」は、地図に記されていない、しばしば不快な土地に乗り出していく者を指し、"定住者"であるベテランと違って、未知の世界へ乗り出すために、ハングリーで絶えず精力的に行動する特性を指しています。

 第2部「ルーキー・スマートの育み方」の第6章では、「永遠のルーキー」であるための資質として、好奇心、謙虚さ、遊び心、計画性の4つを掲げています。第7章では、ルーキー・スマートは若者や未経験者だけのものではなく、どんなに経験や実績が豊富な人でも自分を再生させ、ルーキーへ回帰できるとして、それを実現するための4つの戦略(①リーダーから学習者へ、②非快適ゾーンに足を踏み入れる、③小さな行動をとる、④若々しさを取り戻すための手順を確立する)を示しています。

 第3部「人に続いて組織も変わる」の第8章では、リーダーがルーキーを活かすための方法として、①方向性を示したうえで自由を与える、②建設的な「ミニ試練」を与える、③安全ネットつきの綱渡りをさせる、の3つを挙げています。また、ルーキーとベテランの効果的な組み合わせ方法や、チームや組織にルーキーらしさを取り戻す方法についても述べています。

 全体を通して、調査に基づいて書かれているため説得力があります。ルーキーに着目した本ですが、著者の専門はリーダーシップの実践的研究であり、本書におけるルーキー・スマートも、最終的には年齢的な枠を超えた特性的なものであって、むしろ、リーダーが柔軟な思考や果敢な行動力、挑戦者の精神を失わないためにはどうすればよいかを説いた本であるように感じられました。ルーキーの強み(ルーキー・スマート)はリーダーにこそ求められるという意味で、たいへんユニークな視座を提供していて、啓発度は高かったように思います。<

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目新しいことが書かれているわけではないが、再啓発される部分はあった。

フィードバック入門es.jpgフィードバック入門5.JPGフィードバック入門.jpgフィードバック入門 耳の痛いことを伝えて部下と職場を立て直す技術 (PHPビジネス新書)』['17年]

 本書では、上司から部下へのフィードバックについて、フィードバックは「成果のあがらない部下に、耳の痛いことを伝えて仕事を立て直す」部下指導の技術であるとし、コーチングとティーチングのノウハウを両方含んだ、まったく新しい部下育成法であると捉えています。

 第1章「なぜ、あなたの部下は育ってくれないのか?」では、マネジャーが置かれている部下育成が困難な現況を分析し、フィードバックこそ最強の部下育成方法であり、フィードバックは、【情報通知】(ティーチング的)=たとえ耳の痛いことであっても、情報や結果を通知すること(現状を把握し、向き合うことを支援)と【立て直し】(コーチング的)=部下が自己の業績や行動を振り返り、行動計画をたてる支援を行うこと(振り返りと、アクションプランづくりの支援)から成るとしています。

 第2章「部下育成を支える基礎理論 フィードバックの技術 基本編」では、部下育成の基礎理論として「経験軸」と「ピープル軸」を掲げ、「経験軸」の考え方は、部下に適切な業務経験を与え、ストレッチゾーン(挑戦空間)を促すことであり、「ピープル軸」の考え方は、「業務支援」「内省支援」「精神支援」による面の育成であるとしています。そして、フィードバックとの関係では、【情報通知】=経験軸+ピープル軸「業務支援」、【立て直し】=ピープル軸「内省支援」+「精神支援」となるとし、耳の痛いことを伝えて耐え直すフィードバックの技術を、フィードバックのプロセス順に解説しています。

 第3章「フィードバックの技術 実践編」では、「あなたは、相手としっかりと向き合っているか?」「あなたは、ロジカルに事実を通知できているか?」などフィードバックの実践における5つのチェックポイントと、フィードバック前には必ず「脳内予行演習」すること、フィードバックの内容も記録することなど、フィードバックの8つのTips(コツ)を示しています。

 第4章「タイプ&シチュエーション別フィードバックQ&A」では、すぐに激昂してしまう「逆ギレ」タイプや何を言っても黙り込む「お地蔵さん」タイプ、から目線で返される「逆フィードバック」タイプなど、部下のタイプ&フィードバックのシチュエーション別に、上司がそれらにどのように対処すべきかを、Q&A形式で解説しています。

 第5章「マネジャー自身も成長する! 自己フィードバック・トレーニング」では、フィードバック力をつける2つのポイントとして、自分自身のフィードバックを客観的に観察することと、自分自身もフィードバックされる機会を持つことを挙げ、フィードバック力をつけるトレーニング方法や自分自身をフィードバックし続けるコツを紹介しています。

 前半部分はややコンセプチュアルですが(米国のビジネス書によく見られるタイプか)、後半になればなるほどマニュアル的になり、実践を意識した入門書になっています。全体としては、フィードバックの考え方やチェックポイントを、著者なりにその研究の成果に基づいてまとめたものであると言えます。ものすごく目新しいことが書かれているわけではないけれども、一つのコンセプトのもとに体系的に整理されていることによって、改めて啓発される箇所はそれなりにあったという印象です。中には分かっていてもそれを実践するのがなかなか難しいのだと言いたくなるような箇所もあるかもしれませんが、それが習得できればそれなりに役立ち、十分に効果的であると思われます。そうした意味では、自己啓発のつもりで読んでみるのもいいのではないかと思います。

《読書MEMO》
●フィードバックのプロセス(第2章)
・事前......SBI情報の収集⇒「1to1」を中心に
・フィードバック
①信頼感の確保
②事実通知」鏡のように情報を通知する
③問題行動の腹落とし:対話を通して現状と目標のギャップを意識化させる
④振り返り支援:振り返りによる真因探究、未来の行動計画づくり
⑤期待通知:自己効力感を高めて、コミットさせる
・事後......フォローアップ
●フィードバックの実践 5つのチェックポイント(第3章)
1.あなたは、相手としっかりと向き合っているか?
2.あなたは、ロジカルに事実を通知できているか?
3.あなたは、部下の反応を見ることができているか?
4.あなたは、部下の立て直しをサポートできているか?
5.あなたは、再発予防策をたてているか?
●フィードバックにまつわる8つのTips(コツ)(第3章)
Tips①:フィードバック前には必ず「脳内予行演習」
Tips②:フィードバックの内容も記録する
Tips③:耳の痛いことを言った後で無駄に褒めない
Tips④:フィードバックは「即時」と「移行期」にこそ行う
Tips⑤:フィードバックの沈黙時には時空間を変える
Tips⑥:フィードバックの強烈なストレスと向き合う方法
Tips⑦:「嫌われるもの仕方がない」という覚悟を持とう
Tips⑧:どうしてもフィードバックが難しいときもある
●タイプ&状況別フィードバックQ&A(第4章)
・すぐに激昂してしまう「逆ギレ」タイプ
 ⇒こちらから具体的に改善策を聞く
・何を言っても黙り込む「お地蔵さん」タイプ
 ⇒こちらも負けじと黙り込む
・上から目線で返される「逆フィードバック」タイプ
 ⇒「もし君が上司だったら~」と仮定法で意見を求める
・言い訳ばかりしてくる「とは言いますけれどね」タイプ
 ⇒どんどんしゃべらせて、矛盾を炙り出す
・「根拠なきポジティブ」タイプ/すぐに「大丈夫です!」タイプ
 ⇒なんとかなると思う理由を具体的に聞く
・別の話題にすり替える「現実逃避」タイプ
 ⇒根気よく話を元に戻して、何度でも同じことを述べる
・上司のお前が間違っている! 「思い込み」タイプ
 ⇒部下の日頃の行動を元に具合的に指摘する
・なんでも他人のせいにする「傍観者」タイプ
 ⇒「傍観者に見えるよ」とそのまま指摘する
・都合よく解釈する「まるめとっちゃう」タイプ
 ⇒「私の言いたいことはそうではない」とはっきり言う
・お膳立てしても挑戦しない「ノーリスク」タイプ
 ⇒「挑戦しなくてもいいけど、現状維持はできないよ。このままだとこうなるよ」と伝える
・昔取った杵柄を振りかざす「元○○の神様」タイプ
 ⇒「立場上、私はこう言わざるを得ないのですが」と前置きしてから、素直に述べる
・前評判と働きが違う「他では優秀」タイプ
 ⇒「郷に入れば郷に従え」とはっきり伝える
●フィードバック力をつけるトレーニング方法(第5章)
・模擬フィードバック......自分おフィードバックの観察
・アシミレーション......部下による上司へのフィードバック方法
・社外でのフィードバック......社内の人間関係では得られないスパイシーなフィードバックを受ける
●自分自身をフィードバックし続けるコツ(第5章)
・ピーターの法則......「人は無能になるまで出世する」
・「緊張屋」と「安心屋」
  「緊張屋」......厳しいフィードバックをしてくれる人
  「安心屋」......精神的支援をしてくれる人
   ⇒両者のバランスが大切

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ジェフリー・フェファー)

「リーダー神話」は百害あって一利なし!リーダーシップ教育と現実のギャップを浮き彫りに。

悪いヤツほど出世する4.JPG悪いヤツほど出世する.jpg    悪いヤツほど出世する 文庫.jpg
悪いヤツほど出世する』 『悪いヤツほど出世する (日経ビジネス人文庫)

 2017年の「経営思想家トップ50(Thinkers50)」において"殿堂入り"したジェフリー・フェファーの、既刊『「権力」を握る人の法則』('14年/日経ビジネス文庫)の続編に位置付けられる本であるとのことで、リーダーシップに関する従来の知識やリーダーシップ研修の類が実際の職場で役に立たないのはなぜかを探り、リーダーシップについて読者の再考を促しています。

 第1章では、「リーダー神話」は百害あって一利なしとして、リーダーシップに関する本やブログが数十年にわたって精力的に書かれ、講演や研修が盛んに行われているにもかかわらず、職場の実態もリーダーの質も上がっていないことを指摘し、科学的なデータや調査よりも感動体験を求めることにその一因があるとしています。

 そのうえで、続く五つの章で、リーダーシップにとって欠かせないとされている五つの要素―謙虚さ、自分らしさ、誠実、信頼、思いやり―を取り上げ、これらの資質が組織や集団にとって望ましい資質であるには違いないが、第一に、これらの資質を多くリーダーが備えているという証拠はあるのか、第二に、リーダーシップ教育産業が推奨することと反対の行動をとるほうがむしろ賢明に見えるのはなぜかを考察しています。

悪いヤツほど出世する81.JPG 第2章では、「謙虚さ」について、そもそも控えめなリーダーはいるのかという疑問を呈し、むしろ自信過剰な方が成功しやすく、過剰な自信は時に大事であり、ナルシスト型の行動は出世に有利であるとしています。

 第3章では、「自分らしさ」について、そもそも「真の自分」は存在するのかという疑問を呈し、「自分らしさ」は臨機応変に捨てるべきであり、つねに自分らしさを前面に押し出すリーダーシップは有効ではないとしています。

 第4章では、「誠実」について、もちろん真実を語るリーダーはいるが、たいていのリーダーは嘘をつくものであり、嘘をついて損をすることは滅多になく、むしろ、嘘がよい結果をもたらすこともあるとしています。

 第5章では、「信頼」について、現代のリーダーが信頼を得ているとは言いがたく、ただし、信頼を踏みにじってもリーダーは罰せられないことが多く、むしろ人を信頼しすぎると損をすることがあるとしています。

 第6章では、「思いやり」について、リーダーの多くは「社員第一」ではなく「我が身第一」であり、リーダーを部下思いにすることを期待するならば、エージェンシー理論に基づき適正な測定とインセンティブを導入すれば、少しは改善されるだろうとしています。

 第7章では、自分の身は自分で守らねばならないということを強調し、第8章では、リーダー神話を捨てて、真実に耐えるべきであるとしています。そして、現実と向き合うためのヒントとして、「こうあるべきだ」(規範)と「こうである」(現実)を混同しない、他人の言葉ではなく行動を見る、ときには悪いこともしなければならないと知る、普遍的なアドバイスを求めない、「白か黒か」で考えない、許せども忘れず、の6つを挙げています。また、リーダーシップを巡る問題点は、リーダーの発言と行動の不一致や行動と結果の不一致、リーダーシップ教育と現実の不一致など不一致の問題であり、不一致を一致に変えるためには、現実に根ざした努力が必要であるとしています。

人材を生かす企業.jpg人材を活かす企業―「人材」と「利益」の方程式.jpg 著者は「スタンフォード大学の人気教授」と帯にありますが、日本でも、90年代に刊行されたその著書『人材を生かす企業―経営者はなぜ社員を大事にしないのか?』が2000年代に入って再び翻訳され(『人材を活かす企業―「人材」と「利益」の方程式』』)読まれるなど、単なる人気教授と言うより「カリスマ教授」に近いのではないでしょうか。誰もが薄々思っていることを、データや実例をもとに解き明かし、リーダーは部下思いで、謙虚・誠実であるべきだといった「神話」を妄信として打ち砕いていく様は爽快でもあり、読み易い啓発書ですが、一方で、リーダーシップ教育と現実のギャップを浮き彫りにもしており、考えさせられる本でした。

 処世術的な読み方と組織行動論的な読み方ができる本ですが、これでいくと、リーダーに依存しすぎるのはよいことではなく、今後は権力分散型の組織が望ましいということになるのでしょうか。

 邦訳タイトルといい装丁といい若干「売らんかな」系(?)に見えなくもないですが、原題は「Leadership BS: Fixing Workplaces and Careers One Truth at a Time」。「BS」はBull Shit(=デタラメ)の略語で、直訳に近い訳だと「リーダーシップの嘘:職場とキャリアを1つずつ改善するために」となるようですが、Bull Shitの語感からは「嘘っぱち」と訳した方が近いのかも。「悪いヤツほど出世する」は更なる意訳ですが、これも内容的にはみ出した訳とは必ずしも言えないようです。善意に解釈すれば、よりアイロニカルな意味合いが込めたのでしょう。

【2018年文庫化[日経ビジネス人文庫]】

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基礎理論を学ぶことの重要性を説いていることに共感。初任管理職などには示唆に富む本。

即効マネジメント2.jpg即効マネジメント.jpg即効マネジメント: 部下をコントロールする黄金原則 (ちくま新書)』['16年]

 著者の既刊『無理・無意味から職場を救うマネジメントの基礎理論』('15年/プレジデント社)の姉妹編で、前著で扱った、部下のやる気をどう出させるか(「個」のマネジメント)というテーマと組織全体の活気をどう保つか(「組織」のマネジメント)というテーマのうち、前者に的を絞り、より細かく解説を加えたものであるとのことです。

 本書での理論解説のベースに置いているのは、ハーズバーグやマズローをはじめとする大家と呼ばれる7人の研究者の理論であり、とりわけ、著者が薫陶を受け、元気・勇気・やる気にあふれるリクルートの組織風土を生み出した大沢武志(1935-2012)氏の実践的理論を基礎に置いているとのことです。

 著者は、マネジメントというものを1つの型にはめる必要はなく、むしろ基礎理論を覚えることが重要であるとして、本書では、そのための基礎理論を「明日から使えるように、実践的で簡単な法則」にしたとし、それが、「2W2R(What・Way・Reason・Range)」と「三つのギリギリ」であるとしています。

 第1章では、「やる気」には内発的動機と外部誘因があるが、社員の内発的動機を高めれば企業は強くなるとし、では、その内発的動機はどのようにすれば高まるのかを、ハーズバーグの「満足要因と衛生要因」説などを用いて説明していて、それには「機会」を与え「支援」することが必要であるとしています。

 第2章では、部下にどのような機会を与えそれをいかに支援するかを解説し、指導の基本は2W(What・Way)であり、手本やなどできっちり「What」を教えるのも必要だが、それよりも、その通りにやれば誰でもうまくできる成功の道筋=「Way」を教えることが重要であるとしています。また、教えるに際しては、その理由や目的(Reason)を伝えることが大切で、それが部下の自律への入口になるとしています(ここまでで「2W1R」となったわけだが、もう1つのRについては後述されることになる)。更に、部下に機会を与える際には、「できるかできないかギリギリの線を示す」「経験や得意技を活かす場を残す」「逃げ場をなくす」という「三つのギリギリ」が重要であるとしています。

 第3章では、やる気を絶やさない秘訣として、目標はすぐにくずれるので、そのたびごとに刻み直すこと、そのためにも、上司は常に部下を見てSOSや慢心を見逃さないこと、更に、横の見通し(今の仕事は周囲にどんな影響を与えているか)と縦の見通し(今の仕事は将来のキャリアにどんな影響を与えているか)をつけることが重要であるとしています。

 第4章では、もう1つのRであるRange(範囲)について述べており、成長が実感出来るように踊り場(自遊空間)を作って思いっきり羽を伸ばせるようにしてあげること、階段を刻み、踊り場で遊ばせることが大切であることを、D・マクレガーの「XY理論」や三隅二不二の「PM理論」を用いつつ説明しています。

 第5章では、「誰もがエリートを目指せる」日本型のキャリア構造は世界的にみれば特殊であるが、これも「ギリギリの線を与え続ける」などといったモチベーション理論をキャリアパスの下敷きとして意図的に生み出された構造であるとして、基礎理論の重要性を説いています。また、仮に社員がやる気を出してくれずマネジメント理論が通じないと思われるケースであっても、それは、人の心を揺り動かす要因(動因)が揃っていないことによるものであり、部下は多様な動因を持つから、上司はそれに合った「多様な機会」を作っていくことが大切であることを、マーレイの動因理論などを用いて説いています。

 第6章では、学んだことを人に教えることの重要性を説くとともに、本書でこれまで述べてきた基礎理論を、質問形式で簡潔にまとめています。以上、要約すれば、「2W2R(What・Way・Reason・Range)」とは、何を、どうやって、なぜ、どこまでを決めることであり、「三つのギリギリ」とは、(1)易しすぎず難しすぎず、(2)活かし場を用意する、(3)逃げ場をなくす、ということになります。

 こうしたことが、クイズなどを交えつつ、読み易く丁寧に解説されていて、また、章を追うごとに理論を積み重ねて構造化していくため、説得力のあるものとなっています。個人的にも、基礎理論を学び、実践することの重要性を説いている点には共感しました(同著者の雇用システムや労働市場問題を扱った本よりも共感度が高い?)。とりわけ初任管理職、ミドルマネジメント層には一定の示唆に富む本であるかと思います。

《読書MEMO》
●目次
はじめに 「あの人はすごい」―その理由は、マネジメント理論でけっこう説明できます。
第1章 なぜ、企業は社員のやる気を大切にするのか
第2章 やる気の源泉=「機会」と「支援」の鉄則
第3章 やる気を絶やさないための秘訣
第4章 もう一つのR(=Range)は、なぜ「スーパーな力」なのか
第5章 世界でも特殊な日本型のキャリア構造
第6章 学んだことを人に教え、自分でも実践する
あとがき リクルートの「元気とやる気」の秘密を、みなさんに

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幾つかの気づきを与えてくれる一方、ややもの足りなさを感じる面も。

モチベーションの新法則5.JPGモチベーションの新法則.jpg
モチベーションの新法則 (日経文庫)』['15年]

 部下や職場全体のモチベーションをどうすれば高められるのかを、経営心理学の立場から、クイズなどを交えて分かりやすく解説した入門書です。著者によれば、個人の成功体験の紹介ではなく、誰にでも役立てられること、②心理学の最新の研究に基づいていること、③日本人に特徴的な心情や文化的背景を前提に解説していることが、本書の特色であるとのことです。

 第1章では、多くの若者が「成長したい」という時代に、成長欲求をモチベーションにつなげるにはどうしたらよいかを考察しています。第2章では、ほめて育てるというのが流行っているが、それには落とし穴があるとし、ほめる際の注意点を示しています。第3章では、モチベーションは気分に大きく左右されるという視点から、上司のちょっとした声掛けの効果について考え、そのコツが紹介されています。
 
 第4章では、内発的動機づけと外発的動機づけをどのように使ったらよいかを解説しています。第5章では、ポジティブなものの見方のコツについて述べるとともに、ネガティブだからうまくいっている人もいて、そうした人にはどう対応すればよいかを説いています。第6章では、分かっていてもできない理由について考察しています。

 第7章では、無意識の威力に焦点を当てて、日常生活の中でモチベーションを高めるコツを紹介しています。第8章では、MBO(目標管理)の問題点を指摘しつつ、業績目標と学習目標という視点から、モチベーションを維持するのに有効な目標の立て方について検討しています。第9章では、関係性(人間関係)に重きを置くのが日本人の特徴であることを念頭に置き、アメリカのモチベーション論では見落とされがちな日本人独自のモチベーション法則について考察しています。

 日経文庫ということもあってか、テキストとしてコンパクトに纏まっており、モチベーション理論について、マズロー、マグレガ―、ハーズバーグなど1960年代の理論あたりまでは学習したが、それ以降どのような理論が展開されてきたかを今一度俯瞰しておきたいという人には手ごろな入門書であると思います。

 個人的には、目標管理において、業績目標と学習目標のどちらを持つかによってモチベーションが異なってくるといった点や、日本人は仕事よりも職場を重視する傾向があるため、関係性を整えるだけでモチベーションが上がるといった指摘が腑に落ちるものでした。

 人事パーソンの視点から見て、幾つかの気づきを与えてくれる本であるとは思いますが、クイズが意外と歯ごたえがないのと同様、読む人によっては、それほど目新しさが感じられる指摘でもなかったりするかも。また、こうした心理学系の人が書いた本にありがちですが、実践に活かさなければならない立場の人が読んだ際には、ややもの足りなさを感じる面があるかもしれません。

 著者には専門書に近い内容の本から自己啓発書まで数多くの著書がありますが、本書はその中間的位置づけでしょうか。より専門書寄りのものとして『モチベーション・マネジメント』('15年/産業能率大学出版部)があり、自己啓発よりも知識としての理解に重点を置くならば、体系的にはそちらの方がスッキリしているように思いますが、これは読者の好みの問題でしょう(個人的には著者の前著『お子様上司の時代』('13年/日経プレミアシリーズ)よりは今回の方がやや良かたったか)。

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理系の性分、理系的センスとは何か、理系社員とどう向き合うかを説く。「トリセツ」と言うより「啓発書」。

理系社員のトリセツ_1.jpg理系社員のトリセツ.jpg理系社員のトリセツ (ちくま新書)』['15年]

 文系と理系の間にある深い溝―本書は、その壁をを解消して、両者が一緒に働いている職場をうまくまわすにはどうすればよいか、そのために理系の特徴を分析し、その活用法を解説した本です。著者によれば、企業が成功するには、文系と理系双方の人材がうまくかみ合う必要があるのに、実際には文系と理系はお互いを相容れないものとして捉えがちであるとのことです。その結果、文系は理系の仕事をなかなか理解することができず、「文系上司」が「理系部下」の扱いに困っているといったことなども少なからず起きているとのことです。

 そこで「理系」である著者が、"理系の性分"とは何か、その思考傾向を多面的に探るとともに、"理系的センス"とはどういったものか、それはビジネスの様々な場面でどのような効果を発揮するかを説いていますが、読んでいて、そのセンスとは往々にして文系の人間にも求められるものであるように思いました。本書では、それらを踏まえたうえで、組織内で理系社員をどう活用すればよいかを解説しています。

 著者によれば、理系的才能の本質は想像力であり、真の理系は想像力で問題を解くとともに、事実に目を配り、直感に飛びつかず慎重に考えるとのこと、また理系人材は「質量保存・エネルギー保存の法則」を前提に物事を捉えるので、ゼロサムの関係には敏感であり、全体バランスを壊すことになるカネやポストでは動機づけられにくい一方、外部からの期待感や専門分野での名誉には奮い立ち"本気度"を刺激される側面も併せ持つとしています。

 上司が「理系部下」を活かす方法としては、文書化を徹底させるコーチングを行い、部下に自由に語らせるようにし、外部の干渉からは部下を守ること、また、先に述べたような理由から、技術成果に対し「顕彰」で報いることなどを挙げています。とにかく、複雑な評価制度などに惑わされず、コーチングを続けることが大切であるとしています。

最後に、理系マインドをビジネスにどう結びつけていくかを説くとともに、これからのビジネスは文理の協働が前提となり、文理別々で働いてもろくな事は起きないとし、また、理系女性の拡大は、人材増強策の切り札であるとしています。

 個人的には、理系の人材育成の要点として、
 ・空間的に狭い範囲に人材を集めること
 ・仕事を小刻みに数多く絶え間なく与えること、
 ・仕事の成果は質よりも早さを求めること、
 ・互いに切磋琢磨し、競争の状況が誰の目にも明らかに分かる分かるようにすること
とし、その典型例として、石ノ森章太郎や藤子不二雄、赤塚不二夫らを輩出したトキワ荘を例に挙げているが興味深かったです。

 このように、逐一分かりやすい例を挙げて解説しているためたいへん読みやすかったですが、著者はどちらかと言うと、理系人間の中でも「文系」的な方の人間ではないかとも思わせました。そのように考えていくと、だんだん理系と文系に分ける意味が無くなってくるようにも思えてくるのですが、ここはある種のタイポロジー(類型化)を前提とした"思考整理"であると割り切って、最後まで読んだ方がいいかもしれません。

 タイトルには"トリセツ"とありますが、〈マニュアル〉というよりは、文系人間が理系人間と向き合う際の考え方を示した〈啓発書〉といえるでしょう。もちろん、理系人間が、理系である自分の能力の特質を見つめ直し、その活かし方を考えるうえでのヒントが得られる本であるともいえるかもしれません。

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旧版の「1分間叱責」を「1分間修正」に修正。旧版よりしっくりくる。
新1分間マネジャー.jpg新1分間マネジャー――部下を成長させる3つの秘訣』['15年] 1分間マネジャー.jpg ケネス・ブランチャード/スペンサー・ジョンソン『1分間マネジャー―何を示し、どう褒め、どう叱るか!』['83年]

 世界中で累計2000万部以上売れたという1分間」シリーズの第1弾で、1982年に原著刊行の『1分間マネジャー―何を示し、どう褒め、どう叱るか!』('83年/ダイヤモンド社)の2015年改定版で、著者は旧版と同じくケン・ブランチャード(Kenneth H. Blanchard、心理学者)とスペンサー・ジョンソン(Spencer Johnson、精神医学者)の2人です(ブランチャード博士は、amazon.comにおいて世界中で25人しかいないベストセラー著者の殿堂入りを果たしている)。

 『1分間マネジャー』の特徴は、1つは、物語仕立てになっていて読み易いことで、但し、こうした寓話スタイルは、読んで合う人と合わない人がいるようにも思います。もう1つの特徴は、部下の管理方法の秘訣をシンプルに3つに纏めていることで、その3つの秘訣とは、「1分間目標設定」「1分間称賛」「1分間叱責」というものでした。個人的には、「1分間目標設定」はいいとして、「1分間称賛」「1分間叱責」と続くと、あまりに単純すぎて、逆にこんなのでいいのか、という思いがあって、初読以来、個人的には△評価になっていました。

 こうした古典的ベストセラーと言ってもいいような本が、中身を変えて改定されることは珍しいとのことですが(34年ぶり!)、今回も、物語仕立ての形式も同じであるし、中身もそれほど大きくは変わっていません。但し、物語全体を今の時代環境に合うように直したことで、以前の版は1982年に書かれたものであるから、インターネットなど無い時代のことでであったのに対し、今回の版では、インターネットで世界各地のメンバーとコミュニケーションをとる様子が描かれたりしています。

 次に、ここが一番決定的な改定点ですが、3つの秘訣の内の最後の「1分間叱責」が「1分間修正」に変わっっています。何れの場合も、部下が間違った方向に行ったときにどのように正すかということですが、改定版では、上司が所謂上から目線ではなく、部下と同じ目線で、軌道修正について話し合うようになっています。この改定の理由についてブランチャード博士は、「1980年代に比べ、今の時代はトップダウン式のリーダーシップがそぐわなくなってきており、部下とのパートナーシップがより重要になってきている」と述べています。また、「1分間目標設定」も、上司が一方的に目標を決めるのではなく、部下と共に決めていくような形に改定されています。

 個人的には、以前の版よりかなり良くなったと思います。と言うより、前の版を手にした時に、すでにそうした時代の風潮を感じていて、それがどこか、旧版に対する違和感に繋がっていたのかもしれません。今回の方がしっくりきます。

 旧版同士の比較では、1985年原著刊行の『1分間リーダーシップ―能力とヤル気に即した4つの実践指導法』(Leadership and the One Minute Manager)('85年/ダイヤモンド社)の方が良かった、と言うか、リーダーシップには唯一無二の完璧な手法はないが、事実上、指示型、委任型、コーチ型、援助型という4つのスタイルがあり、マネジメントの状況に応じていずれかのスタイルが取られるとする、かの有名な「状況対応型リーダーシップ」論が提唱されていて、これかあ、という印象を浮けた記憶があります。こちらの方は、本書より先に(2013年に)改定版『新1分間リーダーシップ―どんな部下にも通用する4つの方法』('15年/ダイヤモンド社)が出ています。

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多彩な11冊を、実際にビジネスシーンでありそうなケーススタディで解説。

リーダーシップの名著を読む1.jpgリーダーシップの名著を読む2.JPG             マネジメントの名著を読む.jpg
企業変革の名著を読む (日経文庫)』['15年]  『マネジメントの名著を読む』['15年]

 実務経験豊富な5人の経営コンサルタントらが、リーダーシップについての不朽の名著と言われる11冊を選び、その内容を紹介するとともに、現代における意義を解説したもので、ウェブサイト「日経Bizアカデミー」で2011年10月から連載されている「日経キャリアアップ面連動企画」(経営書を読む)の内容を抜粋、加筆・修正し、再構成したものであり、先に刊行された『マネジメントの名著を読む』('15年1月/日経文庫)の姉妹編にあたります。

 取り上げられているのは、ジョン・コッタ―の『第2版 リーダーシップ論』に始まり、デール・カーネギーの『人を動かす』、スティーブン・コヴィーの『7つの習慣』、ダニエル・ゴールマンの『EQ こころの知能指数』などの"有名どころ"から、エドガー・シャインの『組織文化とリーダーシップ』やトム・ピーターズらの『エクセレント・カンパニー』、更には、米国海軍の士官候補生向けに書かれた『リーダーシップ アメリカ海軍士官候補生読本』(個人的には"初モノ"だった)、2000年に邦訳が出たビジネス寓話『チーズはどこへ消えた?』、MLB弱小チームの再生を描き、映画化もされた『マネー・ボール』まで多彩です。

 そのラインナップと内容から、「体系」よりも「実践」を重視している印象を受けました。実際、9人のコンサルタントや大学教授が12冊の"座右の書"を紹介した『マネジメントの名著を読む』と同じく、単なる内容紹介にとどまらず、本の内容に関連して、実際にビジネスシーンでありそうなケーススタディを1冊につき4つ設定し、ケーススタディを通して本の内容を解説するというスタイルになっています。

 従って、11冊の中には、「天は自ら助くる者を助く」という序文で知られるサミュエル・スマイルズの『自助論』といった古典も含まれていますが、現代的なケーススタディに当てはめて解説されているため、19世紀半ばに英国で著され、明治時代に日本でベストセラーとなった古典でありながらも、その言わんとするところを身近に感じることができます。

 また、古典ばかりではなく、1990年に刊行され全世界で2000万部が売れたという『7つの習慣』についても、会社の上司と部下の関係をケースに引きながら、「真の成功とは、優れた人格を持つこと」という『7つの習慣』の根底に流れる考え方を提示していくスタイルをとっており、このように、本書自体がリーダーシップの"ケースブック"として読める点が、その特長と言えるかと思います。

 一方で、前著『マネジメントの名著を読む』よりも更に執筆陣の思い入れが強く感じられ(古今数多くあるリーダーシップに関する本の中から僅か11冊をまさに"厳選"しているわけだから、思い入れが無い方がむしろおかしいが)、切り口にも執筆者の経験や考え方が少なからず反映されているように思われました。

 その意味では、この1冊でリーダーシップに関するヒントを手っ取り早く頭に入れるのもいいですが、関心を持たれたもので原著を読んでいないものがあれば、そちらに当たるのもいいのではないでしょうか。そこでまた、執筆者とは違った見方が生じることも大いにあり得るのではないかと思います。

 同じ名著と呼ばれるものでも、「リーダーシップ系」のものは「マネジメント系」のものに比べて、読む人によって相性が良かったりそうでなかったりする傾向がより著しいように思います。「リーダーシップ」に関する本を読むということは、書かれていることを鵜呑みにするのではなく、また、書かれていることの全てに納得する必要もなく、自分にフィットしたものを探す「旅」のようなものではないかと思います。

《読書MEMO》
●取り上げている本
リーダーシップの名著を読む9_1.jpg第2版 リーダーシップ論 帯付 2.jpg1『第2版 リーダーシップ論ジョン・コッター ---- 変革を担うのがリーダーの使命・永田稔(タワーズワトソン)
2『人を動かす』デール・カーネギー ---- 誤りを指摘しても人は変われない・森下幸典(プライスウォーターハウスクーパース)
3『自助論』サミュエル・スマイルズ ---- 「道なくば道を造る」意志と活力・奥野慎太郎(ベイン・アンド・カンパニー・ジャパン)
4『7つの習慣』スティーブン・コヴィー ---- 人格の成長を土台に相互依存関係を築く・奥野慎太郎
5『EQ こころの知能指数』ダニエル・ゴールマン ---- 自制心と共感力で能力を発揮・永田稔
6『リーダーシップ アメリカ海軍士官候補生読本』アメリカ海軍協会 ---- 米国式リーダーシップの源流・高野研一(ヘイグループ)
7『組織文化とリーダーシップ』エドガー・シャイン ---- 変革はまず組織文化から・永田稔
エクセレント・カンパニー_.jpg8『エクセレント・カンパニートム・ピーターズ他 ---- 優れたリーダーの影響力は価値観にまで及ぶ・高野研一
9『なぜ、わかっていても実行できないのか』ジェフリー・フェファー他 ---- 成果ではなく行動したことを評価・森下幸典
10『チーズはどこへ消えた?』スペンサー・ジョンソン ---- 変化を受け入れ、いち早く動く・森健太郎(ボストンコンサルティンググループ)
11『マネー・ボール』マイケル・ルイス ---- チーム編成のイノベーション・森健太郎
 
 

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CSRとは「企業の社会対応力」。「ソーシャル・ブランディング」の概念・方法論と豊富な成功事例。

未来に選ばれる会社.jpg未来に選ばれる会社:CSRから始まるソーシャル・ブランディング』(2015/09 学芸出版社)

 企業のCSR(企業の社会的責任)活動に特化したビジネス情報誌「オルタナ」の編集長らによる本です。オルタナ編集部はCSRに特化した取材を8年間続けており、本書はその集大成であるとのことです。

 本書のタイトルである「未来に選ばれる会社」の「未来」とは、「未来の顧客」であり、「未来の社会」であり、「未来の従業員たち」であるとのことです。企業が永続的になるためにはただ営利を追求すれば良いのではなく、「顧客だけでなく社会全体から支持される」ことにより、「未来の顧客」に選ばれるための「強み」を作り上げるための作業が必要であるとし、本書ではそれを「ソーシャル・ブランディング」と呼び、CSRを起点としたその方法論を、国内外20社以上の成功例から実践的に解説しています。

 第1章では、今改めて企業に必要なCSRとは何かを問うています。CSRを訳すと「企業の社会的責任」となりますが、その言葉を、「偉そう」「押し付けがましい」「偽善的」ととらえる経営者は少なくなく、CSRを社会的責任ととらえてしまうと、「納税と雇用で十分」「発信するのはおこがましい」と考えてしまいがちであるとのことです。そもそも責任(responsibility)は、「response」(反応する)と「ability」(能力)から成る言葉で、その原義は「対応力」であるため、本書では、CSRを「企業の社会対応力」と定めています。そして、CSRによって企業価値を高める過程は、①ES(Employee Satisfaction=従業員満足度)、②CS(Customer Satisfaction=顧客満足度)、③SS(Social Satisfaction=社会満足度)、④CSRで株価を上げる、の4つがあるとしています。

 また、最近よく使われる「CSV(Creating Shared Value=共通価値の創造)」という言葉を、「攻めのCSR」という表現にしてもよいとし、「CSR/CSV」の定義として、次の3つを挙げています。
 ①「社会的課題の解決」と「経営的成果」の両方を目的としていること。
 ②企業内で完結する活動ではなく、自治体やNPOなど外部他者との「協働」であること。
 ③未来の顧客やファンを増やし、企業価値やブランド価値を高めるものであること。

 第2章では、ソーシャル・ブランディングの構造を解説しています。ここでは、ソーシャル・ブランディングの活動領域には、「E」(エコロジカル=環境)、「S」(ソーシャル=社会)、「G」(ガバナンス=組織統治)の3つがあるとし、企業のコア・バリューのうち、どの企業でも持っている社会的な部分の比重を高めること、「E」「S」「G」のそれぞれで、企業が「社会的課題の解決」につながる活動を選び、展開していくことが重要であるとし、「製品イノベーション型」(企業が社会的課題を解決するため、これまで市場になかった製品を開発・市場投入する)など、ソーシャル・ブランディングの7つの類型を示しています。

 更に、ソーシャル・ブランディングの8つのステップと27のポイントを示し、ソーシャル・ミッション(企業の社会的使命)をミッション・ステートメントとして明文化することを推奨し、社会的課題を自社製品で解決する「ソーシャル・プロダクツ」という視点とその事例や、ソーシャル・ブランディングの広報面での不可欠な要素(①ネーミング、②言える化、③デザイン化、④差異化、⑤見える化)を紹介しています。この事例編が本書の後半を占めます。

 第3章から第5章にかけては、ソーシャル・ブランディングの実践例が紹介されており、第3章は大企業編(「真のグローバル企業」には攻めのCSRが不可欠―味の素、トップの決断で始まったCSV―キリンほか)、第4章は中堅企業編(子どもの成長を支援し、会社を次世代へつなぐ―ギンザのサヱグサ、CSR/CSVで新マーケットを開拓―山陽製紙ほか)、第5章は海外企業編(競争への危機感がCSRの原動力―英国総論、CSV元祖の最大目標は資源の調達―ネスレほか)となっています。

 当然のことながら、それぞれの企業のコア・バリューは異なり、それを「社会的課題の解決」に活かす際の活動領域(ESG)もソーシャル・ブランディングの類型もこれまた様々であることから、ソーシャル・ブランディングの実践内容は実に多彩であるという印象を受けました。例えば、中堅企業編で、白井グループの「社員をサーフィンと田植えに行かせよう」などといったものもあり、興味深く読めましたが、最終的には、自社のソーシャル・ブランディングの在り方は、自社で頭を絞って考えることになるのではないでしょうか。

 CSRを「企業の社会対応力」ととらえている点は注目すべきであり、こうしたことは人事も無関係ではないはずです。「ソーシャル・ブランディング」という概念にはまだ馴染みのない人事パーソンもいるかと思われますが、本書は「概念・方法論」と「成功事例」の両面からアプローチされているため読み易く、また、大いに参考になるものと思われます。

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「オキシトシン」は"?"だったが、組織信頼向上の「8要因」は多くの事例を通して解説されていた。

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TRUST FACTOR トラスト・ファクター~最強の組織をつくる新しいマネジメント』(2017/11 キノブックス)

 本書の著者は神経経済学者であり、神経経済学とは、人間が決断をするときの脳活動を測定することで、なぜそのような行動をとるのかを説明する学問であるとのことです。著者によれば、人間は信頼されると脳内で神経伝達物質であるオキシトシン(信頼ホルモン)を合成し、受けた信頼に応えようとするとのことで、そうしたオキシトシンの測定から、信頼や共感が組織において人間の関係性を良好にし、コミュニケーションを円滑にし、イノベーションが実現しやすくし、各種のパフォーマンスも向上させ、組織を成長させるということが分かってきたとしています。

 一方、オキシトシン(の分泌や働き)を抑制する因子としてテストステロンなどがあり、人間の脳内でテストステロンとオキシトシンのせめぎ合いがあって、テストロンが多いと人間は利己的になり、権利意識も強まるとのことです。本書の目的は、テストステロンから得られる高いモチベーションや意欲と、オキシトシンを分泌することによる協調とチームワークのバランスを見つけることであるとのことであり、つまり、人間や組織を動かす生理学的な要素に着目してその働きと功罪、バランスを考える機会を提供しているのが本書であるということです。

 第1章では、著者は、オキシトシンによって脳の神経回路が活性化される仕組みを解明し、人々の信頼を支え維持する組織文化の構築に向けた一連の実用的な方法を突き止めたとし、信頼を生むマネジメントポリシーを構成する8つの因子として、「オベーション(Ovation)」「期待(Expectation)」「委任(Yield)」「委譲(Transfer)」「オープン化(Openness)」「思いやり(Caring)」「投資(Invest)」「自然体(Natural)」を挙げ、それらの頭文字をとって、まさに「OXYTOCIN」と名付けています。そして、第2章から第9章にかけて、この信頼を上げるための要因をそれぞれ解説しています。

 それによれば、「オベーション」とは、組織の成功に貢献した人を称賛することであり、「期待」とは、同僚がグループの課題に直面した時に生じ、「委任」とは、従業員が仕事の進め方を自ら選択できるようにすることであり、「委譲」とは、従業員が自らの仕事をデザインし、自己管理することを可能にするものであるとしています。さらに、「オープン化」とは、従業員とともに情報を広く共有することであり、「思いやり」は、同僚との人間関係を意図的に構築することであり、組織は従業員に一人の人間として成長してもらうために「投資」し、誠実で謙虚なリーダーがいる組織は、従業員が「自然体」でいられるとしています。そして、これらの実現が組織の信頼に寄与した例を数多く紹介しています。

 第10章では、「喜び」をもって仕事をするために重要な、信頼以外のもう1つの要素として「目標」を挙げ、「喜び」は信頼と目標意識から生まれるとしています。第11章では、信頼が業績に与える影響について述べ、信頼は働く人のモチベーションと幸福感を高め、結果的に生産性の向上、離職率の低下、慢性ストレスの減少につながるとして、改めて、信頼度の高い文化を構築することの意義を説いて、本書を締め括っています。

 冒頭で、オキシトシン効果というものが強調されていますが、その話から組織の信頼を向上させる「8つの要因」の話が出て来るまでの間が、「神経経済学で実証されている」としか説明がされていないので、単なるゴロ合わせ(?)だったのか、とやや拍子抜けしました。本書で言われている称賛や期待、委任・委譲など8つのトランス・ファクターについても、著者自身がそう述べているように、特に目新しいものではないです

 しかしながら、8つの要因がそれぞれ組織内で具体的に実現されるというのはどのようなことなのか、それによってどのような効果が生まれたのか、企業等の取り組み事例を数多く紹介しているため、まえがきにある、「『曖昧でとらえどころのないもの』を正しく理解するための技術的な入門書」であるという本書の狙いには概ね即しているように思いました。新旧さまざまな経営理論も併せて紹介されており、神経経済学(オキシトシン)は個人的には"?"でしたが、啓発書としては、まずまずではなかったかと思います。

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「学習する組織」の手法体系に絞った入門書だが、手法部分も含め啓発書としても読める。

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「学習する組織」入門――自分・チーム・会社が変わる 持続的成長の技術と実践』(2017/06 英治出版)

 「学習する組織」とは、「目的に向けて効果的に行動するために、集団としての意識と能力を継続的に高め、伸ばし続ける組織」のことであり、ピーター・センゲやクリス・アージリスらが生み出し、普及させた概念であり、理論・手法体系です。学習する組織を作るための原則、プロセス、ツールの数々は、自己との向き合い方、大局をつかむ思考法、広く柔軟な視座、対話し共感する力、理念や価値観の共有など5つのディシプリン(規律・訓練)として体系化されていますが、本書では、組織開発メソッドとしての「学習する組織」の要諦を、ストーリーと演習を交えて解説しています。

 第1章では、学習する組織がどのようなものであるかを紹介し、第2章では、学習する組織の全体的な構造と、チーム(組織)の中核的な学習する能力を形成する、志を育成する力、複雑性を理解する力、共創的に対話する力という3つの力を紹介、さらに、志を育成する力は「自己マスタリー」「共有ビジョン」というディシプリンによって、複雑性を理解する力は「システム思考」というディシプリンによって、共創的に対話する力は「メンタル・モデル」「チーム学習」というディシプリンによって、それぞれ構成されるとしています。

 そして第3章から第7章の各章で「自己マスタリー」「システム思考」「メンタル・モデル」「チーム学習」「共有ビジョン」の5つのディシプリンについてそれぞれ詳しく解説し、第8章では、学習する組織の始め方の例と、その過程で突き当たる典型的な課題について紹介、最終章の第9章では、学習する組織を目指した先にある未来の組織の在り方と、それを導くリーダーシップの在り方について述べています。

 ピーター・センゲの著書『学習する組織』(2011年/英治出版)は約600ぺージの大著であり、その中で学習する組織や5つのディシプリンについて奥深く解説されていますが、本書はピーター・センゲらがまとめた手法体系に絞った入門書であり、読者が今ある組織に備わっている能力や意識について探究し、それらをその組織の文脈に合わせてどう活用し、組織を進化させていくことができるかを、具体的・実践的に解説しています。

 そのため、5つのディシプリンについて解説した第3章から第7章の各章は、事例(ストーリーと振り返りの問い)、理論(各ディシプリンの原則とプロセスの紹介)、演習(ツールによる演習、その振り返りと解説)という基本構成になっており、概念や理論の解説と実践の方法が一体となっているのが本書の特長です。入門書でありながら、実践テキストとしての形態も兼ね備えているため、400ページ近いページ数になっていて、ベースとなっているピーター・センゲの『学習する組織』とはまた異なった専門解説をも含むものとなっていますが、個人的には、そうした実践方法の解説を含め、全体を通して啓発書として読めるように思いました(タイトルが「学習する組織」となっており、『学習する組織』となっていないことからも、ピーター・センゲの『学習する組織』のダイレクトな入門書ではないことが窺える)。

 著者によれば、学習する組織は、組織のメンバーらが自ら学び、創造・再創造を繰り返して進化し続ける組織であり、完成形というものは想定されていないとのことです。ディシプリンは「規律」「訓練」などと訳されますが、合気道や茶道といった言葉で使われる「道」に近いと考えられるとしています。その「道」の部分をより深く感じとり、充分に理解するためには、ピーター・センゲの『学習する組織』を読んでみるのもよいかと思います

 因みに、ピーター・センゲの『学習する組織』においては、5つのディシプリンは「システム思考」「自己マスタリー」「メンタル・モデル」「共有ビジョン」「チーム学習」の順で解説されていて、「システム思考」に最も多くのページが割かれていますが、これは、5つのディシプリンの中で「システム思考」が最も基盤となる概念であるからではないでしょうか。個人的には、センゲの『学習する組織』の並び順の方がしっくりきたし、ウェイトの掛け方も、「システム思考」が一番理解が難しい概念であるという点で『学習する組織』の方が良かったですが、実践を絡めて解説すると、本書の「自己マスタリー」「システム思考」「メンタル・モデル」「チーム学習」「共有ビジョン」の順になったということでしょう学習する組織 3つの「柱」.pngか(ほぼ同時期に刊行の同著者の『マンガでやさしくわかる学習する組織』(2017年/日本能率協会マネジメントセンター)ででは、「システム思考」「メンタル・モデル」「チーム学習」「自己マスタリー」「共有ビジョン」の順で解説されていて、これはこれで、複雑性を理解する力、共創的に対話する力、志を育成する力、の順であることが窺える)。

学習する組織 3つの「柱」from Change Agent

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○経営思想家トップ50 ランクイン(テレサ・アマビール)

「インナーワーク」(人の認識、感情、モチベーション)を向上させる「進捗の法則」を示す。

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マネジャーの最も大切な仕事――95%の人が見過ごす「小さな進捗」の力』 テレサ・アマビール/スティーブン・クレイマー

 本書の著者らは、業務を通じて人の内面で起こっている、認識、感情、モチベーションの3つの相互作用を「インナーワークライフ」と呼び、3業界、7業種、26チームの1万2000の日誌調査から、このインナーワークライフを向上させることが、チームやメンバーの創造性と生産性を高めるために最も効果的であることが判明したとしています。そして、この3つを充実させるには、「やりがいのある仕事が進捗するように支援する」ことが最重要であると説いています。

 第1章では、かつて称賛された企業が破滅に向かっていく様を見ながら、インナーワークライフの一端を紹介しています。第2章では、間違ったマネジメントがチームの認識、感情、モチベーションへ破壊的な影響を与える様子を紹介しています。

 第3章では、巨大なホテル会社の内部顧客に向けて仕事するソフトウェア・エンジニアのチームが、会社の買収劇に直面して大量解雇が始まり、会社を嫌悪するようになった事例から、インナーワークライフが各人のパフォーマンスのあらゆる側面に影響を与える様子を示しています。

 第4章では、彼らソフトウェア・エンジニアチームにとって大きな転換期となる出来事によって、彼らのインナーワークライフが劇的に好転していく様を通して、「進捗の法則」、つまり人の認識、感情、モチベーションを向上させるには、「やりがいのある仕事が進捗するように支援する」ことが最も重要であることを示しています。著者らは、「進捗の法則」は、インナーワークライフに影響する三大要素の第一のものであるとし、第二の要素を「触媒ファクター」、第三の要素を「栄養ファクター」と名付けています。

 第5章では、「進捗の法則」の仕組みを解き明かし、なぜ「小さな進捗」が力を持ち、なぜ障害がより大きな(ネガティブな)影響力を持つのか、進捗の法則を活用するにあたって最も重要なツールを示し、進捗とインナーワークライフが互いに燃料を与え合うものであることを解明しています。

 第6章では、三大要素のうち二番目にインナーワークライフへポジティブな影響を与える「触媒ファクター」について説明し、触媒ファクターとして、①明確な目標を設定する、②自主性を与える、③リソースを提供する、④十分な時間を与える、⑤仕事をサポートする、⑥問題と成功から学ぶ、⑦自由闊達なアイデア交換の7つを掲げ、失敗に終わったプロジェクトと成功したプロジェクトでマネジャーのプロジェクトの支援の在り方がどう違ったかを解説しています。

 第7章では、インナーワークライフに影響を与える三番目の「栄養ファクター」について説明し、栄養ファクターとして、①尊重、②励まし、③感情的サポート、④友好関係の4つを掲げ、前章と同様に失敗例、成功例でこれらを解説しています。

 第8章では、部下たちが着実に進捗するのに必要な触媒ファクターと栄養ファクターを手にするためのツールやガイドラインを示し、例として、化学企業のリーダーで、本能的にこの体系に沿って行動し、厳しい状況にあったチームを創造的・生産的に、かつ幸せに前進させることができたケースを紹介しています。

 社員に日々の仕事の日誌をつけてもらい、その大量の日誌の分析から結論を導くという手法が珍しく、また、各章でそうした日誌が紹介されているので一定の説得力もあります。

 本書で言うところの「インナーワークライフ」というア・プリオリな切り口が絶対的なものかどうかはともかく、マネジャーとしてどうすれば認識、感情、モチベーションから成る個人のインナーワークライフを高めることができるかを考えることは重要であるに違いないように思えました。

 リーダーシップについて書かれた本と言うよりは、マネジメントについて書かれた本と言えるかと思いますが、常に、チーム(組織)ということを念頭に置いて書かれており、組織マネジメントについて書かれた本であるとも言えるかと思います。

 マネジャーが部下の認識、感情、モチベーションに寄り添ってインナーワークライフを向上させることが、チーム全体の成功を左右することに直結することを示しているという点で啓発される要素が多々あり、その点は良かったように思います。

《読書MEMO》
●英治出版 公式Twitterより(2019年2月28日)
――どうすればメンバーの生産性と創造性を高められるのでしょうか?
ハーバード・ビジネススクール教授と心理学の権威が膨大な研究の末に導き出した答えは、95%もの人が見逃していた〈「小さな」進捗の力〉でした。
『マネジャーの最も大切な仕事 』5刷重版できました!
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「モチベーション」の教科書、解説書、あるいは自省を促す啓発書として読める。

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最強のモチベーション術』(2016/07 日本実業出版社)

 著者によれば、「若手がなかなか定着しない」「昇進したがらない社員が増えた」「社員がダラダラ残業する」など、経営者が直面している問題のほとんどはモチベーションの問題であり、それだけモチベーションは、経営やマネジメントに深く関わっているにもかかわらず、多くの経営者や管理職はそのことに気づいていないか、気づいていても過小評価しているとのことです。そのため、何かあると見栄えのよい制度をつくるだけで満足したり、精神論やあるべき論で片づけたりしてしたりするとのことです。

 また、いざモチベーション問題に取り組むとして、学校で習ったモチベーション理論やビジネス書にある手法をそのまま試しても、うまくいかなかったり、かえって逆効果をもたらしたりするケースも多いとのことです。そこで、「現実の会社や職場の中の人間が何を考え、どのように行動するか」というところからモチベーションを説明し、「"やる気"は何によって、どうして生まれるか」「モチベーションをいかに高めるか」など、「人を動かす」ためのさまざまな問題を解決するのが本書の狙いであるとのことです。

 第1章では、モチベーションの理論と現実の世界とを照らし合わせながら、本当の「やる気」は何によってどのように生まれるのかを、古今の心理学の研究成果などを紹介しながら説明しています。ここでは、マズローの「欲求階層説」について、承認欲求の充足は、自己実現より重要であるとしており、これは従来からの著者の持論でもあります。また、「期待理論」を紹介し、人間は期待によって動き方を変え、仕事そのものに没頭したり、様々な計算を働かせたりして行動する存在だとしています。「計算づくではない」働き方をしているような場合でも、称賛や将来に対する貸しの意識が潜んでいて、そこにモチベーションが内包されているとの指摘は、納得感がありました。

 第2章では、モチベーションの「量」より「質」が問われている今の時代に、質の高いモチベーションを引き出すにはどうすればよいかが述べられています。まず、「やる気の足枷せ」となっているものを取り除くという観点から、長時間労働、人間関係、過剰な管理、不公平な人事評価、理不尽な待遇の引き下げ、の5つの足枷せをそれぞれ外す方法を説き、次に、やる気を倍増させるツボとして、自律性を高める、認められる機会を増やす、意識を「外」に向けさせる、の3つを挙げ、さらに、チーム力を高めるコツや、自分自身のモチベーションを高めるにはどうすればよいかを説いています。

 第3章では、相手のタイプに応じたモチベーションの高め方について述べられており、タイプによって効果が真逆にもなるとし、女性、中高年、派遣といった属性に応じた動機づけのコツを説いています。第4章では、「職場のコミュニケーションが不足している」「若手が消極的だ」などといった、現場でしばしば問題になる具体的なケースについて、その対策が示されています。

 モチベーション研究の第一人者として、これまで多くの著書を世に送り続けてきた著者が、職場環境や人間関係が複雑化している現代社会におけるモチベーションというテーマに向き合い、教科書的な原理原則から意外な事実、相手の心理を深読みする実践的な手法までを、豊富な事例やエピソードを交えながら説いた本と言えます。

 無理矢理、断定的なもの言いをしていない点が好感を持てましたが、一方で、その分ややもやっとした印象が残る箇所もありました。帯に「人を動かす究極の教科書」とあり、一方で「モチベーション解説書の決定版」ともありますが、そうした読み方もできるし、「管理職」(人事パーソンを含む)が読めば、日頃そこまでモチベーションの問題に取り組んでいるだろうかという職場のモチベーション問題への自ら取り組み姿勢について自覚と自省(リフレクション)を促す啓発書としても読めるように思いました。

 第2章の、やる気を倍増させるツボとしての「認められる機会を増やす」のところが、まさに著者の「承認欲求」論に呼応する箇所であり、表象制度などにも触れられていて、一番'力'が入っていたでしょうか。ここのところで、上手なほめ方、叱り方についても述べていますが、「叱る」という言葉を封印して「改善点を指摘する」へ言葉を置き換えた方がよいとしていて、これは、ケン・ブランチャード 、スペンサー・ジョンソン(著『1分間マネジャー―何を示し、どう褒め、どう叱るか!』('83年/ダイヤモンド社)が改訂されて『新1分間マネジャー―部下を成長させる3つの秘訣』('15年/ダイヤモンド社)になった際に、〈1分間で目標設定する〉〈1分間で褒める〉〈1分間で叱る〉の3つが、〈1分間目標〉〈1分間称賛〉〈1分間修正〉と3つ目が「叱る」から「修正する」に変わったことに対応しているように思いました(偶然ではないだろうと思う)。

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ミドルマネジャーに必要な自己変革し続けるための3つの力を説く。事例にシズル感あり。

これからのマネジャーの教科書 .jpgこれからのマネジャーの教科書』(2016/06 東洋経済新報社)

 本書は、「常にイキイキと仕事に取組み、周囲からの期待を超える活躍をしているミドルマネジャーと、そうでないミドルマネジャーの違いはどこから生まれるのか?」という疑問への答えを探るために、期待を超える成果を上げている40名以上のマネジャーにインタビューを行い、その結果をまとめたものであるとのことです。

 第1章では、ミドルマネジメントの置かれた状況を概観しています。そのうえで、ビジネス環境が激変する現代において、「ミドルマネジャー自身が変わり続けなければならない」こと、「ミドルマネジャーとしてイキイキと働くこと自体」に価値を見出していくことが大切だということを強調しています。

 第2章では、会社からも周囲からも一目置かれ、期待を超える成果を上げているミドルマネジャーへのインタビュー結果から明らかになった、彼らが備えている、自己変革し続けるためのベースとなる3つの力について解説しています。その3つの力とは次の通りです。
 「マネジャーとしてのビジネススキル=組織として成果を出す力(スキル)」
 「強い想いやこだわりを持っている=仕事に対する想いの力(ウェイ)」
 「周囲との考えの違いを乗り越える力(ギャップ)」

 そして第3章では、3つの力をどのようにして身につければいいのか、自己変革と自分を変えていくための3つのステップを示しています。その3つのステップとは次の通りです。
 ステップ1:「自己認識」を深める
 ステップ2:自分にとって「都合のよい解釈」をし、次にやることを決める
 ステップ3:自分のとった行動や置かれた状況に基づき「持論形成」する

 第4章では、多忙な日常の中でどうすれば「期待を超えるミドルマネジャー」であり続けることができるのか(「維持」または「強化」ができるのか)、それが不可能な場合は、どうやって「期待を超えるミドルマネジャー」に再びなれるにか(「回復」できるのか)について考察しています。

 第5章では、取材した41人の中から7人の「期待を超えるミドルマネジャー」について、具体的にどのように3つの力を獲得し、その維持、回復、強化に取り組んできたのかについて記しています。

 体系的に纏まっていますが、テキストと言うより啓発書的な内容であり、但し、別段突飛なことを言っているわけでもなく、内容的にはオーソドックスなものと言えます。そうした中で、「スキル」「ウェイ」「ギャップ」の3つの力をつけるステップの1つとして、「自分にとって"都合のよい解釈"をする」といったことが書かれているのが、個人的には関心を引きましたが、これとて、どんな場面でも、過去に行った行為を後ろ向きにはとらえず「これに意味がある」「これでいいのだ」と自己肯定感をもたせることがこれからのマネジャーに必要であるということを指しているという意味では、オーソドックスと言えるのかもしれません。

 むしろ、本書の後半分を占める、第5章の「7人の事例に学ぶミドルマネジャーの自己変革力」が、なかなかシズル感を出していて良かったです。現在さまざまな業種の企業で活躍中のミドルマネジャーら自身が、社会人になってから今日までの自らのキャリアを10年弱前後の刻みで振り返り、その各段階で「スキル」「ウェイ」「ギャップ」がどのように醸成され、「得られた持論」はいかなるものであり、3つの力の維持・回復・強化に今どのように努めているかが書かれています。前半部分の分析結果から得られた「スキル・ウェイ・ギャップ」などいった概念を逆検証している向きもありますが、入社時から振り返ることにより、マネジャーになる前の段階から「スキル・ウェイ・ギャップ」の3つの能力が大切なことがよく分かり、本書全体の納得感を高めることに繋がっています。

 実在のマネジャーの事例を基にした研究は、海外では、ジョン・P・コッターの『ザ・ゼネラル・マネジャー』(ダイヤモンド社)や、本書でも取り上げられているヘンリー・ミンツバーグの『マネジャーの実像』(日経BP社)など、それほど珍しくありませんが、日本では、金井壽宏 著『仕事で「一皮むける」』 ('02年/光文社新書)などがあるもののそう数は多くはないように思われます。

 ミドルマネジャーには自己変革が求められることを説き、自己変革し続けるための力をいかに養うかということを説いているという意味では自己啓発的な内容ですが、ミドルマネジャーがどのように育ち、育れてられていくかを考えるうえで、人事パーソンとしての立場から一読してみるのも良いかと思います。

《読書MEMO》
●目次
はじめに
第1章 ミドルマネジャーとは何か
・マネジメントという仕事
・ミドルマネジャーとは誰を指すのか
・自己変革力を求められるミドルマネジャー
第2章 期待を超えるミドルマネジャーを生むメカニズムと3つの力
・期待を超えるミドルマネジャーとは何か
・スキル(組織で成果を出す力)
・ウェイ(仕事に対する想いの力)
・ギャップ(周囲との考えの違いを乗り越える力)
第3章 期待を超えるミドルマネジャーの自己変革力
・期待を超えるミドルマネジャーになる
・期待を超えるミドルマネジャーはどのように自己変革するのか
・自己解釈レンズ ワークシート
第4章 期待を超えるミドルマネジャーであり続けるために
・期待を超えるミドルマネジャーにも紆余曲折がある
・紆余曲折をいかに潜り抜けるか―3つのパターン
・維持、回復、強化のための具体的な行動・思考
第5章 7人の事例に学ぶ ミドルマネジャーの自己変革力
事例1:「やりきる」ことで次のチャンスが巡ってくる――キリンビールマーケティング 早坂めぐみ
事例2:繰り返し取り組んで自らの軸を太くしていく――国内大手機械部品メーカー 牧 浩一(仮名) 
事例3:「読者に喜んでもらいたい」という想いを形にする――女性誌編集長 鈴木裕子(仮名) 
事例4:ロジカルスキルとコミュニケーションスキルを強みに、自分の提供価値を最大化――スリーエム ジャパン 井手伸一郎 
事例5:「これだけはあいつに聞け」と言われる強みをつくる――外資系医療関連会社 山本健一(仮名)
事例6:「人のためになることをしたい」という想いを軸として生きる――日本財団 青柳光昌 
事例7:想い(ウェイ)の強さで社内外を巻き込んで大企業を活性化―パナソニック 有志の会 OnePanasonic発起人・代表 濱松 誠 
おわりに

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テキスト然としておらず、読みやすい。基本は網羅されていて、入門書としてはお薦め。

みんなの経営学  文庫.JPGみんなの経営学 使える実戦教養講座 文庫.jpg   みんなの経営学―使える実戦教養講座.jpg 単行本['13年]
みんなの経営学 使える実戦教養講座 (日経ビジネス人文庫)』['16年]

 本書の著者は社会人向け大学院で教鞭をとる経営学者であり、「みんなの」というタイトルには、すべての人が身につけるべき教養としての経営学という意味が込められているとのことです。

 第Ⅰ章では、経営学そのものに関する基礎的知識から考察し、経営学の最も基本的な考え方を、権限受容説という考え方をもとに解説しています。著者は、経営学は儲けるための学問ではなく、よりよく生きるための学問であるとしています。

 第Ⅱ章では、企業とは何かということについて考察し、米国や日本の企業の生成や発展の歴史を紐解きながら、その本質に対する基礎的な知識を解説しています。ここでは、ドラッカーによる企業の定義などを引きながら、企業を単に営利を追求するだけの装置としてではなく、人間の理想を実現するための装置として位置付けています。

 第Ⅲ章では、モチベーションについて考察しています。代表的なモチベーション理論を、歴史的な流れに沿って紹介するとともに、金銭的インセンティブの効果について、その"負の効果"も含めて考察し、内発的動機付けをもたらすマネジメントとはどのようなものかを考察しています。

 第Ⅳ章では、リーダーシップを取り上げています。リーダーシップ論の初期から今日に至る流れと追うとともに、なぜ優れたリーダーは少ないのかを探り、サーバント・リーダーシップという視点を通して、企業におけるこれからのリーダーのあり方を考察しています。

 第Ⅴ章では、経営組織について、組織概念の解説からスタートし、なぜ組織が必要なのかという基本的テーマを追っています。著者は、組織論はこれまで経営学の中心的な位置を占めてきたが、今日では、官僚制を代表格に大規模組織を無用の長物とする見解もあり、組織論は混迷の時代にあるとしています。

 第Ⅵ章では、経営戦略の本質的な特徴に迫っています。ここでは、経営戦略策定のための基本的な理論枠組みとツールを紹介し、企業の戦略やそれが具体化された中期計画が机上の空論にならないために、よい経営戦略とはどのようなものかを考察しています。

 最終章である第Ⅶ章では、あらためて、経営戦略の活かし方についての基礎的な話をしています。例えば、日本発の世界的な経営学パラダイムである知識創造の経営組織論(ナレッジ・マネジメント論)などを紹介し、今日の経営を取り巻く環境の変化から、経営学の進んでいる方向についての著者の見解を述べています。

 経営学はそもそも人々の役に立っているのかという疑問からスタートし、著者自身がビジネスパーソンや経営者との関わりの中で、経営学と現実のギャップを感じたことなども素直に問題提起され、また真摯に考察されています。そのため、テキスト然としておらず、全体を通して読みやすいものとなっています。

 一方で、第Ⅲ章から第Ⅵ章で、モチベーション、リーダーシップ、経営組織、経営戦略という経営管理(マネジメント)の根幹を成すテーマを扱っており、その中で、経営学の代表的な概念や学説の系譜は、ごく簡潔ながらも網羅的に押さえられています。例えば、第Ⅲ章のモチベーションのところで解説されているマズローの欲求段階説やハーズバーグの二要因理論などは、人事パーソンの必須常識と言えるでしょう。

 必ずしも全てのビジネスパーソンが、大学等で一般教養としての経営学を学んだわけでもなく、それは人事パーソンに限っても言えることでしょう。こうした教養を身につけるには、基本を先に押さえてしまった方が効率的であると思います。本書の場合、ビジネスの現場で応用するにはもう少し掘り下げる必要があると思いますが、入門書、おさらいの書としてはお薦めできるものです。

【2016年文庫化[(日経ビジネス人文庫]】

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先の見えない時代に対応できる「機動戦経営」を提唱。概念的にはキレイにまとまっている。

米軍式 人を動かすマネジメント.jpg米軍式 人を動かすマネジメント──「先の見えない戦い」を勝ち抜くD-OODA経営

 本書は、先の見えない時代に対応できる「機動戦経営」(D-OODC(ドゥーダ)経営)というものを提唱しています。第1章「機動線経営とは何か?」では、日本人の計画好きのルーツはPACDにあるが、それが「計画・管理・情報」の過剰を生んでおり、軍事的にみれば「想定される攻撃」に対して適切かつ機敏に行動が取れることと、「想定外の攻撃」に対しても臨機応変な対応が取れることは別であり、先が見えない環境で戦うためには、前者の消耗戦型よりも、後者の機動戦型の方が有効であり、それは経営にも当て嵌るとのことです。

OODA.gif それでは機動戦経営とは何なのかと言うと、1つは、機動戦で言うところの「OODC」、即ち、観察(Observe)―方向付け(Orient)― 決心(Decide)― 実行(Act)のサイクルを繰り返すことであり、自分の計画から始まるのがPDCAであるのに対し、OODCは相手を観察することから始まるのがその特徴で(PDCAの前段階とも言える)、このOODCループによって「動く」個人をつくることができるとのことです。例えば接客業であれば、PDCA接客には、 決められた手順を守る従順さが求められるが、一方のOODCには、顧客に対する鋭い観察眼が求められるとのことです。

「OODAループ」from Insource

 そして、臨機応変に「動く」個人が育ったなら、機動戦では次に、 「ミッション・コマンド」という指揮法をとるとのことで、ミッション・コマンドは、何のためにどんな理由で戦うのか(Why)と、戦闘によってどんな勝利を目指すのか(What)が明確に示されるとのこと。更に、こここでOODCとミッション・コマンドを強力にサポートするのが判断と行動に直結する情報であり、これを「クリティカル・インテリジェント」と言うとのことです。

 つまり、「動く個人・動かすリーダーシップ・動ける情報」が機動戦経営の3要素であるとし、以下の章で、それぞれについて解説しています。

 理論的にかっちりしている印象を受けるのは、アメリカ空軍のジョン・ボイド大佐によって提唱された意思決定理論である「OODCループ」の考えを起点にしているということもありますが、その理論にミッション・コマンド、クリティカル・インテリジェントという概念を付加して行く過程も、分かり易く説明されているように思いました。

 第2章ではOODCについて、第3章ではミッション・コマンドについて、第4章ではクリティカル・インテリジェントについてそれぞれ解説し、最終第5章では、現在の米軍では、作戦計画の作成・立案において、「正しい問題の設定」を指す「オペレーショナル・デザイン」(Operation Design)が重視されているという事実をもとに、これをにOODCを組み合わせた「D-OODC(ドゥーダ)ループ」というものを提唱しています。

 やや気になったのは、第2章以下で、OODC、ミッション・コマンド、クリティカル・インテリジェントというそれぞれの概念を更に詳しく説明していく段階で、事例に落とし込んでいく際に、公認会計士である著者の顧問先の中小企業の事例など、事例そのものは数多く紹介されているのものの話がやや拡散気味で、概念と事例の対応関係がややもやっとなった印象がありました。

 そうしたこともあって、もともと概念的要素の高い内容ですが、理論的にはキレイに纏まっているものの、概念的なまま終わってしまった印象も受けました(自分の抽象化能力に問題があるのかもしれないが)。

 概念的には分かるのだけれど、この本を読んだ経営は、次、どうすればいいのか、ちょっと考えてしまうのではないかなあ。とは言え、PDCA絶対説をあっさり批判している点など、提唱されていることの新鮮さはありました。

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論旨は腑に落ちるが、理論と現実とのギャップを埋めるという意味ではやや弱いか。

非合理な職場.jpg非合理な職場 ―あなたのロジカルシンキングはなぜ役に立たないのか』['16年]

不機嫌な職場―なぜ社員同士で協力できないのか.jpg 以前ベストセラーになった『不機嫌な職場―なぜ社員同士で協力できないのか』(2008/01 講談社現代新書)の共著者の一人による本書は、職場やそこで働く人の持つ「非合理な」面に焦点を当て、ロジカルシンキングの罠と、そこからどう脱出すべきかを説いています。

 第1章では、非合理な職場の実態を紹介し、ロジカルシンキングを学んだ人は問題解決者になったと思いがちだが、真の問題解決プロセスとは、単に論理的に問題を解くだけでなく、その実行のために組織や人を動かしていくプロセスであって、このプロセスを進行させるためには、人間の思考や心理にまで踏み込んだ働きかけが必要となり、ロジカルシンキングだけでは通用しない場面が現われるとしています。

 第2章では、人間や組織の持つそうした非合理性は、認知の歪みから生じるとしています。人間の認知は「経験・知識から成るスキーマからの悪影響」「推論のバイアス」「集団による意思決定への影響」により歪みが生じるため、真の問題解決者は、人間の感情や集団の圧力などの認知の動的なメカニズムを十分に理解しており、そのことを念頭に問題解決のアプローチを行うとしています。

 第3章では、具体的に認知の歪みにどう対応するかを考え、それにはその原因ごとに対応策を考える必要があり、スキーマが強い人には、スキーマを生じさせないようなスローシンキングや生の現実を見せ、感情で認知に影響を受けている人には、感情で対応するのではなく、感情を引き起こす影響を伝えることで気づかせることが有効だとしています。

 第4章では、自分自身に認知の歪みが起きる可能性もあるとし、蓄積した経験いスキーマが引きずられる可能性や、感情により認知が歪む可能性、組織への配慮やコミットメントが強すぎる可能性に加え、人には「人スキーマ」と呼ばれる、人をステレオタイプ化して見てしまう危険があることを示しています。

 第5章では、人間や職場が持つ「価値観」の問題を取り上げ、合理的な案に対してノリの悪い反応をする原因を掘り下げていますが、そこには価値観の問題が存在している可能性があるとしています。よって、問題解決者が行うべきことは、まず暗黙的な価値観を明示化し、価値観が障害になっていないかを確認したうえで、それを変えるべきかどうかを検討すべきだとしています。

 第6章では、多様化した職場において人を動かす「動機づけ」について考察し、動機づけ論では内発艇動機づけが注目を浴びたが、現在の日本企業の状態を考えると、内発的動機付けだけでは不十分であり、外発的動機づけとの組み合わせが必要になってくるとしています。

 著者は、マッキンゼーで論理思考の基礎を身につけた上で、人事・組織開発のコンサルに転じ、実績をあげてきた人であるとのことで、読んでみて、別にロジカルシンキングを否定しているわけではなく、マネジメントに心理学を応用し、「心理学」+「論理思考」で人と組織をより自在に動かしていくことを提唱しているように思いました。

 その意味では、切り口はまあまあユニークであるし、論旨はそれなりに腑に落ちるものでしたが、一方で、こうした理論展開自体が、広い意味でのロジカルシンキングではないかという気がしないでもないです。ロジックがまともに通じない人に悩まされるということは往々にしてあるかと思いますが、これが相手の価値観が障壁になっていることが原因だと判明しても、その価値観を変えるというのは現実にはなかなか難しいということは、ままあるのではないでしょうか(むしろ、本当に問題となるのはそうしたケースではないか)。

 理論と現実とのギャップを埋めるという意味ではやや弱い印象も受けるし、最後は比較的フツーの(Z理論的な)モチベーション論になっている印象も。但し、相手の認知の歪みだけでなく、自分自身に認知の歪みが起きる可能性もあることを指摘している点は、大いにリフレクション(自省)したいと思いました(個人的には"自己啓発書"として読んだことになるのかも)。

《読書MEMO》
●目次
第1章 ロジカルシンキングだけでは通用しない「非合理な職場」
第2章 なぜあなたの主張は理解してもらえないのか?
第3章 認知の歪みへの対応策
第4章 あなたのロジックも歪んでいる?
第5章 「ノリ」を左右する価値観
第6章 多様化した職場で人を動機づけるには

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現場マネジャーが直面するジレンマに話題を絞った前半部分が良かった。

会社の中はジレンマだらけ.jpg会社の中はジレンマだらけ 現場マネジャー「決断」のトレーニング (光文社新書)』['16年]

 本書によれば、ジレンマとは「どちらを選んでもメリットもデメリットもあるような二つの選択肢を前にして、それでもどちらにするかを決めなければならない状況」とのことで、企業・組織においてマネジャーが直面する幾つかのジレンマのパターンを取り上げ、ヤフー執行役員の本間浩輔氏と東京大学の中原淳准教授が対談形式で議論しています。

 第1章が「絶対に結果を出さなくてはならないハードな案件。自分自身でこなす?それとも思い切って部下に任せる?」、第2章が「チーム内にくすぶり始めた時短社員への不満。ほかのメンバーを説得する?それとも時短社員に働き方を変えてもらう?」、第3章が「仕事をしない"年上の部下"がいます。言いたいことを伝える?それともやり過ごす?」といったように、マネジャーに"現場仕事"が増えがちな問題、産休社員に人員補充が無い場合に起きがちな問題、なぜ「働かないおじさん」の給料は高いのかといった問題を扱っていて、全部で5章ありますが、最初の3章が比較的トーク内容が充実していたように思います(後半2章は正直それほどでも...)。

 第1章では、ヤフーで行われている「ななめ会議」というのが興味深かったです。ある意味、マネジャーに気づきを促すフィードバック方法の1つなのですが、人事部が職場のマネジャーについて部下たちに発言させ、次に人事部がその発言をマネジャーに伝え、最後は三者で話をするというものですが、こうした方法論もさることながら、こうした方法を取ることが可能な企業文化というのもあるだろうなあと。本間氏が「成長には修羅場だ」といった「修羅場幻想」からそろそろ離れた方がいいと言っているのにも納得。IT企業でありながら、「会って話すことがポイント」と言っているのも興味深かったです。

 第2章では、ワーク・ライフ・バランスに関して、「資生堂ショック」を話題にしており、本間氏の発言などからも窺えるように、何時間働くかではなく、パフォーマンスを見て評価するという傾向は今後強まるのだろうなあと(コンサルティング会社「ワーク・ライフバランス」の小室淑恵社長なども以前からこの路線だったように思う)。但し、マネジャーは短期的評価を気にしていてはダメで、その意味で、マネジャーには覚悟が必要というのも分かります。

 第3章では、「働かないおじさん」とは「おじさん」が「学習した結果」生じているのであり、本間氏が、その"経験学習"も相当な水準に達しているかもしれないと言っているの、ヤフーのような執行役員でもそうしたことを感じるのかと興味深かったです。もちろんこうなってしまうのはマネジャーにも問題があるわけで、1つの大きな原因が評価の在り方にあって、本間氏が、「その人」を評価するのではなく「今期の働き」を評価せよ、つまり「人」ではなく「事」を評価せよ、と言っているのがしっくりきました。会社の「利益」と部下の「やりたい事」のベクトルを摺り合わせるのが上司の仕事だと言っているのも分かり易かったです。

第4章では、なぜ新規事業のハシゴはすぐに外されるのかと言う問題を扱っていて、新規事業に異動したいと言う部下にどう対処すべきかを論じており、この中では、企業のビジョンに絡めた話で、IT企業の間で社史編纂が密かなブームになっているという本間氏の話が興味深かったです。

 第5章では、なぜ転職すると給料が下がるのかというテーマで、転職の話が突然舞い込んできたとき、年収が減っても新天地へ行くべきかということを論じており、今話題の「副業」の問題なども話し合われています。

 前半3章が、マネジャーの直面するジレンマに的が絞られていて良かったですが、後半になって若手など働く側の方へ視点がずれていて、やや散漫になっていった印象。ただ、ヤフー執行役員の本間浩輔氏の話はなかなか興味深く、中原淳氏が主に聞き手に回っているのもいいです(中原氏は、今後もこうした対談形式の本を光文社新書から出していくのか。金井壽宏氏のパターン?)。

《読書MEMO》
●目次
第一章 なぜマネジャーに"現場仕事"が増えるのか
第二章 なぜ産休社員への人員補充がないのか
第三章 なぜ「働かないおじさん」の給料が高いのか
第四章 なぜ新規事業のハシゴはすぐ外されるのか
第五章 なぜ転職すると給料が下がるのか目次

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原著の要約本としてよくまとまっているが、むしろ原著への橋渡しとしての本か。

ドラッカー教授「現代の経営」入門.jpgドラッカー教授『現代の経営』入門 (ビジネスバイブルシリーズ)』(2015/12 総合法令出版)

 難解で分厚いビジネス名著を分かり易く解説する「ビジネスバイブル」シリーズのマイケル・ポーター『競争の戦略』、フィリップ・コトラー『マーケティング・マネジメント』に続く第3弾がこのピーター・ドラッカーの『現代の経営』ですが、このシリーズはこの第3弾で打ち止めになったようです(コトラー『マーケティング・マネジメント』は入門書なのに2分冊になっている。手間がかかりすぎたのか?)。本書は『現代の経営』上下巻(ダイヤモンド社)で550ページにわたる原著の内容を分かり易く噛み砕いて解説しています(こちらは全一冊)。

 第1部「マネジメントとは」で、ドラッカーの言う「マネジメント」と何か、『現代の経営』の序論「マネジメントの本質」に書かれていることを中心に解説し、第2部「『現代の経営』を読む」で『現代の経営』の序論から第5部、さらに結論までを含めた各部を解説、巻末第3部に「ドラッカーによる経営危険度チェック」というリストが付されています。

 第2部「『現代の経営』を読む」では、第1章「マネジメントの本質」で『現代の経営』の「序論 マネジメントの本質」(第1章・マネジメントの役割、第2章・マネジメントの仕事、第3章・マネジメントの挑戦)を、第2章「事業のマネジメント」で『現代の経営』の「第1部 事業のマネジメント」(第4章・シアーズ物語、第5章・事業とは何か、第6章・われわれの事業は何か、第7章・事業の目標、第8章・明日を予期するための手法、第9章・生産の原理)、第3章「経営管理者のマネジメント」で『現代の経営』の「第2部 経営管理者のマネジメント」(第10章・フォード物語、第11章・自己管理による目標管理、第12章・経営管理者は何をなすべきか、第13章・組織の文化、第14 章・CEOと取締役会、第15章・経営管理者の育成)、第4章「マネジメントの組織構造」で『現代の経営』の「第3部 マネジメントの組織構造」(第16章・組織の構造を選ぶ、第17章・組織の構造をつくる、第18章・小企業、大企業、成長企業)、第5章「人と仕事のマネジメント」で『現代の経営』の「第4部 人と仕事のマネジメント」(第19章・IBM物語、第20章・人を雇うということ、第21章・人事管理は破綻したか、第22章・最高の仕事のための人間組織、第23章・最高の仕事への動機づけ、第24章・経済的次元の問題、第25章・現場管理者、第26章・専門職)、第6章「経営管理者であることの意味」で『現代の経営』の「第5部 経営管理者であることの意味」(27章・優れた経営管理者の要件、28章・意思決定を行うこと、29章・明日の経営管理者)、第7章「マネジメントの責任」で『現代の経営』の「結論 マネジメントの責任」を解説しています。以上、章ナンバーと原著の部ナンバーが1つずつずれていますが、内容的には各章を忠実に網羅していることになります。

 人事パーソンにとっての読み所は(ある意味『現代の経営』のすべてが'読み所'なのだが)、第5章「人と仕事のマネジメント」で『現代の経営』の「第4部 人と仕事のマネジメント」(第19章から第26章)にあたる部分でしょうか。

 第19章「IBM物語」でIBMの事例を通してオートメーション化により人の仕事はどう変わったかを考察し、第20章「人を雇うということ」で、人を雇うということは、他の資源と違い、「人格そのものを雇う」ことであり、「個人の強み、主体性、責任、卓越性が、集団全体の強みと仕事ぶりの源泉となるよう、仕事を組織する必要がある」としています。

 第21章「人事管理は破綻したか」では、人事管理論や人間関係論が機能しないのはなぜかを分析し、基本概念は間違っていないが理念上の盲点があることを指摘しています。第22章「最高の仕事のための人間組織」では、チームのメンバー一人ひとりが、チーム全体のニーズに最も合うように、それぞれ自らの作業を配置しなければならないとしています。第23章「最高の仕事への動機づけ」では、外からの動機づけでなく、内からの動機づけを行う必要があるとし、「正しい配置」「仕事の高い基準」「自己管理に必要な情報」「マネジメント的視点を持たせる機会」の4つを企業は提供していかねばならないとしています。

 第24章「経済的次元の問題」では、経済的な報酬についての不満は、仕事に対する阻害要因となるとして、企業にとっての継続的に人を雇い続けるための雇用賃金プランの重要性を説き、第25章「現場管理者」では、現場管理者に求められるものは何かを纏めています。第26章「専門職」では、「彼ら(ここではスペシャリストの意味で使っている)は所属する部や課ではなく、彼ら自身の持つ仕事に責任を持つ」という点で経営管理者(マネジャー)とは異なっているとし、専門職を生産的な存在とするための5つの要件を掲げています。

 勿論これらの他にも読み所はあり、「目標管理」ということ言い始めたのもこの『現代の経営』であれば、「ナレッジワーカー(知識労働者)」についても同様です。

 本書は、あたかも逐条訳であるかのように原典に忠実に纏められていて、太字など用いてポイントが分かり易く要約されています。一方で、必要に応じて、そうしたことが書かれた当時の背景なども解説されていますが、『現代の経営』の初版刊行は1954年であり、60年以上も前に書かれた経営の原理原則が、今もって我々の思考に響いてくるというのは、ドラッカーの洞察力のスゴさを物語っているように思います。

 著者は『現代の経営』を、「世界最古世界最小の経営のツボ全集」と言えるとしていますが、それでも上下巻(ダイヤモンド社)で550ページにわたる元本にいきなりとりかかるのは、結構しんどいかも。本書は原著の要約本としても比較的よく纏まっていますが、むしろ、原著への橋渡しとして格好の本であるように思いました(本来はそうあるべきなんだろなあ。自分自身、なかなか読み返せないでいるけれど)。

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内容紹介とケーススタディがコンパクトに纏まっている。名著へ読み進む契機に。

マネジメントの名著を読む 3.jpgマネジメントの名著を読む1.JPG             リーダーシップの名著を読む.jpg
マネジメントの名著を読む (日経文庫)』['15年] 『リーダーシップの名著を読む』['15年]

 本書は、日本の第一線で活躍する経営コンサルタント、経営学者たちが、自身の推薦する経営論・戦略論の名著を、事例分析を交えながら紹介したものです。ウェブサイト「日経Bizアカデミー」で2011年10月から連載されている「日経キャリアアップ面連動企画」(経営書を読む)の内容を抜粋、加筆・修正し、再構成したもので、ピーター・ドラッカー『マネジメント』、マイケル・ポーター『競争の戦略』といった古典から、ジャック・ウェルチ『ウィニング勝利の経営』、ルイス・ガースナー『巨象も踊る』のような敏腕経営者による経営論まで12冊が取り上げられています。

 本書の特長として、まえがきで、「ビジネスの知の検索」の有効な第一歩と成り得ること、各名著のポイントが簡潔に紹介されていて「名著のつまみ食い」ができること、専門家が名著をどのように読むのかその「読み方」を知ることができること、の3つが挙げられていますが、その3点については個人的にも異存ありません。各名著の紹介のページ数はそう多くはないですが、内容紹介とケーススタディがコンパクトにまとまっていて、密度はかなり濃いように思いました。

 12冊の本を9人の専門家が紹介するかたちとなっていますが、執筆者それぞれの思い入れが込められているのが興味深く、また、各名著の内容にリンクしたケーススタディの取り上げ方、そうしたケーススタディを通しての各名著の読み込み方、切り口、ポイントの捉え方等にそれぞれ特徴があるため、これまでに自分が読んだ本があれば、自分自身の読み方と比較しつつ、名著の内容を改めて想起するなり読み返すなりして、その本への理解をいっそう深める手だてとするのもよいのではないでしょうか。

 また、本書で紹介されている名著の中で、未読のもので興味をひかれたものがあれば、是非これを機会に、それらに読み進まれることをお勧めします。12冊の中には、「マネジメント」という大きな括(くく)りの中で、ポーターやクリステンセンの代表作のように、マーケティングやイノベーション寄りのテーマの本もありますが、ジェームズ・コリンズ『ビジョナリー・カンパニー』、ピーター・センゲ『最強組織の法則』など、「人事マネジメント」というジャンルにおいても名著とされているものもあります。また、『戦略サファリ』が取り上げられているヘンリー・ミンツバーグのように、戦略論がよく知られているものの、それだけでなく、人と組織に関しても多くの名著を著している経営思想家もいます(もとろんドラッカー然りです)。

 紹介されている本の中には大著もあり、忙しい人事パーソンにとってはなかなか手にする機会も読む時間も無かったりするかもしれません。しかしながら、人事パーソンの役割の1つとして、経営のパートナーであることが挙げられるかと思われ、そうした意識がしっかりあれば、必ずしも「人事マネジメント」に限定しなくとも、こうした「マネジメント」の名著とされている本(や著者)に何らかの関心を持たれ、実際に手にし、読んでみるということは自然な流れではないかと思います。

 繰り返しになりますが、個人的には、本書そのものもさることながら、本書を契機に、ここで紹介されている名著に読み進まれることを一番お勧めしたいと思います(姉妹編『リーダーシップの名著を読む』(2015/05 日経文庫)もお薦め)。

《読書MEMO》
●取り上げられている12冊と紹介者
マネジメントの名著を読む52.jpg1.『戦略サファリ』ヘンリー・ミンツバーグ他著―後づけでない成功の真因を探る(入山章栄(早稲田大学))
2.『競争の戦略』マイケル・ポーター著―「5つの力」と「3つの基本戦略」(岸本義之(ブーズ・アンド・カンパニー(執筆当時)))
3.『コア・コンピタンス経営』ゲイリー・ハメル他著―主導権を創造する(平井孝志(ローランド・ベルガー))
4.『キャズム』ジェフリー・ムーア著―普及過程ごとに攻め方は変わる(根来龍之(早稲田大学))
5.『ブルー・オーシャン戦略』W・チャン・キム他著―競争のない世界を創る戦略(清水勝彦(慶應義塾大学))
6.『イノベーションのジレンマ』クレイトン・クリステンセン著―リーダー企業凋落は宿命か(根来龍之(早稲田大学))
ドラッカーマネジメント.jpg7.『マネジメントピーター・ドラッカー著―変化を作り出すのがトップの仕事(森健太郎(ボストンコンサルティンググループ))
ビジョナリー・カンパニー1.jpg8.『ビジョナリー・カンパニー』ジェームズ・コリンズ他著―基本理念で束ね、輝き続ける(森健太郎(ボストンコンサルティンググループ))
最強組織の法則 - 原著1990.jpg9.『最強組織の法則ピーター・センゲ著―学習するチームをつくり全員の意欲と能力を引き出す(森下幸典(プライスウォーターハウスクーパース))
プロフェッショナルマネジャー ハロルド ジェニーン.jpg10.『プロフェッショナルマネジャーハロルド・ジェニーン他著―自分を犠牲にする覚悟が経営者にあるか(楠木建(一橋大学))
巨象も踊る.jpg11.『巨象も踊るルイス・ガースナー著―リスクテイクと闘争心による巨大企業再生(高野研一(ヘイグループ))
ウィニング勝利の経営.jpg12.『ウィニング 勝利の経営ジャック・ウェルチ他著―部下の成長を導く八つのルール(清水勝彦(慶應義塾大学))

 
  

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「●キャリア行動」の インデックッスへ 「●労働経済・労働問題」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(リンダ・グラットン)

働く人々の人生観や仕事観が今後多様化していくであろうことを新たな視点で説明。

ライフ・シフト2.jpg LIFE SHIFT   .jpg リンダ・グラットン 来日1.jpg リンダ・グラットン 来日2.jpg
LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』['16年]リンダ・グラットン 2016年10月来日『LIFE SHIFT』発売記念講演「100年時代の人生戦略」
ライフ・シフト0.JPGThe 100-Year Life.jpg イギリスの心理学者リンダ・グラットン(前著『ワーク・シフト』はベストセラー)と経済学者アンドリュー・スコットによる共著で、先進国の寿命が伸び、人生100年時代が現実となってきた今、人々はどう人生設計すべきかを考察した本です(本書もベストセラーとなり「ライフシフト」という言葉は人事専門誌などでも使われるようになった)

 本書の日本語版への序文によれば、100歳以上の人をセンテナリアンと呼び、日本は現在6万人以上のセンテナリアンがいるとのことすが、国連の推計によれば、2050年には日本のセンテナリアンは100万人を突破、2007年に日本で生まれた子どもの半分は、107年以上生きることが予想されるとのことです(個人的にはそこまでの実感はないが...)。

「月刊 人事マネジメント」2018年12月号
「月刊 人事マネジメント」2018年12月号.JPG 人が長く生きるようになれば、職業生活に関する考え方も変わらざるをえず、人生が短かった時代は、「教育→仕事→引退」という3ステージの生き方で問題はなかったのが、寿命が延びれば2番目の仕事のステージが長くなり、引退年齢が70~80歳になって、長い期間働くようになる。すると、人々は生涯にもっと多くのステージを経験するようになるだろうとしています。

 著者らは、このような時代には、選択肢を狭めずに幅広い針路を検討する「エクスプローラー(探求者)」、自由と柔軟性を重んじて小さなビジネスを起こす「インディペンデント・プロデューサー(独立生産者)」、さまざまな仕事や活動に同時並行で携わる「ポートフォリオ・ワーカー」が登場すると予測しています。

 本書では、1945年生まれのジャック(3ステージの人生の世代)、1971年生まれのジミー(3ステージの人生が軋む世代)、1998年生まれのジェーン(3ステージの人生が壊れる世代)という3人のモデルを想定し、雇用の未来を見据えつつ、3人の人生と仕事のシナリオを描いていきます。

 また、その際に、人生の資産はマイホーム、貯蓄などの「有形資産」だけでなく、「無形資産」も重要な役割を果たすとして、その無形資産を1.生産性資産(知識、職業上の人脈、評判)、2.活力資産(健康、人生のバランス、自己再生の友人関係)、3.変身資産(多様な人的ネットワーク、自分についての知識)の3つに分類し、ジャック、ジミー、ジェーンの人生と仕事のシナリオを、これら有形・無形資産の増減と併せて描いています(これ、なかなか興味深い)。

 そして、その結果、あとの世代なればなるほど、長くなった仕事人生の間にいくつものステージが現れることが考えられるとし、それが、エクスプローラーであり、インディペンデント・プロデューサーであり、ポートフォリオ・ワーカーであって、それだけ、人々にとって人生の選択肢は多様化するであろうとしています。

 こうした、人生で多くの移行を経験し、多くのステージを生きる時代には、新しいスキルを身につけるための投資(生産性資産への投資)、新しいライフスタイルを築くための投資(活力資産への投資)、新しい役割に合わせて自分のアイデンティティを変えるための投資(変身資産への投資)を怠ってはならないということを説いており、さらに、新しいお金の考え方、新しい時間の使い方、未来の人間関係についても述べており、そうした意味では、自己啓発的な内容であるとも言えます。

 但し、それだけではなく終章では企業の課題についても論じています、企業には、①従業員の無形資産にも目を向けること、②従業員の人生で経験する移行を支援すること、③キャリアに関する制度や手続きを見直し、従来の3ステージの人生を前提にしたものからマルチステージを前提にしたものに改めること、④仕事と家庭の関係の変化を理解すること、⑤(難しいだろうが)年齢を基準にすることをやめること、⑥実験を容認・評価することを提案し、これらを実践しようとすれば、人事の一大改革が必要であるとしています。

ワーク・シフト   .jpg 著者の1人リンダ・グラットンの前著『ワーク・シフト─孤独と貧困から自由になる働き方の未来図<2025>』('12年/プレジデント社)は、2025年を想定ワーク・シフト LIFE SHIFT.JPGした働き方の未来をシナリオ風に予測した本でした。そこでは、「働き方」の〈シフト〉として、①ゼネラリストから「連続スペシャリスト」へ、②孤独な競争から「協力して起こすイノベーション」へ、③大量消費から「情熱を傾けられる経験」へという3つのシフトを提唱していましたが、データの裏付け等があって説得力がありました。本書も同様にある種「未来学」であり、同じくシナリオ仕立てなので小説を読むように読めますが、働く人々の人生観や仕事観が今度どんどん多様化していくであろうことを体系的に説明しており、新たな視点を提供して説得力を持っているように思いました。読む世代によっても受け止め方は異なるかもしれません。今のところ "教養系"(実務系ではない)ということになるかと思いますが、人事パーソンにはお薦めです。

《読書MEMO》
●選択肢を狭めずに幅広い針路を検討する「エクスプローラー(探検者)」のステージを経験する人が出てくるだろう。自由と柔軟性を重んじて小さなビジネスを起こす「インディペンデント・プロデューサー(独立生産者)」のステージを生きる人もいるだろう。さまざまな仕事や活動に同時並行で携わる「ポートフォリオ・ワーカー」のステージを実践する人もいるかもしれない(5p)。
●人生で多くの移行を経験し、多くのステージを生きる時代には、投資を怠ってはならない。新しい役割に合わせて自分のアイデンティティを変えるための投資、新しいライフスタイルを築くための投資、新しいスキルを身につけるための投資が必要だ(27p)。
●エイジとステージが一致しなくなれば、異なる年齢層の人たちが同一のステージを生きるようになって、世代を越えた交友が多く生まれる(31p)。
●アイデンティティ、選択、リスクは、長い人生の生き方を考えるうえで中核的な要素になるだろう(37p)。
●無形の資産の3分類(127p)
1.生産性資産 2.活力資産 3.変身資産
●落とし穴にはまっていない人は、以下の三つのことを実践している。
まず、リスク分散のために、投資対象を分散させ、ファンドの運営会社もいくつかにわけている。次に、高齢になると損失を取り返す時間があまりないことを理解していて、引退が近づくとポートフォリオのリスクを減らしはじめる。そして、資金計画を立てるとき、資産の市場価値を最大化させることよりも、引退後に安定した収入を確保することを重んじる(276p)。
●平均寿命が延び、無形の資産への投資が多く求められるようになれば、(中楽)レクリエーション(=娯楽)ではなく、自分のリ・クリエーション(=再創造)に時間を使うようになるのだ(312p)。

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外的報酬無く内発的動機づけを刺激するモチベーション・マネジメントは「やりがい搾取」。

自己実現という罠.jpg新書877自己実現という罠 (平凡社新書)』['18年]

 心理学者である著者(『お子様上司の時代』('13年/日経プレミアシリーズ)、『モチベーションの新法則』('15年/日経文庫)などの著作あり)によれば、本来自己実現とは、人間としてより成熟していくことを指すが、仕事と自己実現を結びつけ、やりがいを感じさせることで、働く人々に低賃金で過重労働を強いている現実があり、それは、悪質な経営者が「内発的動機づけ」というものを悪用しているにほかならないとしています。本書では、働く側がそのようなトリックになぜ簡単に引っかかってしまうのか、その原因となる無自覚に植えつけられた仕事観や、その背景にある社会観を探るとともに、そうした問題への対処法を示しています。

 第1章では、「一億総活躍」「女性が輝く」といった言葉がメディアを通してばらまかれることで、社会に自己愛過剰の病理がもたらされ、人々の間に「活躍できていない自分」への苛立ちが蔓延する一方、そうした満たされない自己愛につけ込む資格・転職ビジネスも横行しているのが、今の世の中であるとしています。

 第2章では、「自己実現(やりがい)」によって搾取される人々が生まれる背景には、日本人独特の「間柄の文化」によって、人の役に立ちたいという思いの強さからつい無理をしてしまう日本人気質と、「仕事で自己実現すべき」という考えを煽る今の日本の社会の風潮があるとしています。

 第3章では、「自己実現」を悪用する経営者がいる一方で、働く側がそれに呼応するかのように「やりがい」のために低賃金で無理をして働き、「自己実現系ワーカホリック」となっていく仕組みを明かすとともに、キャリア教育という名の「好きなこと探し」によって、キャリア・デザイン教育そのものに振り回される若者が多いことを指摘しています。

 第4章では、日本で過労死が多い原因を考察し、「やりがい搾取」が横行する文化的な背景として、「使命感」や「人間関係」に縛られやすい日本人の特質があるとしています。まず、そうした自分たちを支配している心理メカニズムに気づくことが重要であり、「間柄の文化」の心を無自覚に持って働くことは危険であるとしています。

 第5章では、仕事に求めるものは人それぞれであるとして、「あなたが仕事にどのような価値を求めているか」が簡単な質問でわかる全22問のチャートが収録されています。その上で、そもそも人は仕事をするために生きているのではなく、私生活の中での自己実現こそ大切であるとして、本書を締め括っています。

 著者は「やりがい」そのものを否定しているわけではなく、正当な外的報酬のないまま、「使命感」や「充実感」といった内発的動機づけを刺激するモチベーション・マネジメントは、「やりがい搾取」になるとして批判しているのだと思います。

 主に働く人に向けて書かれた本ですが、本書の中で指摘されている、これまで従業員の「使命感」に報いてきた日本型雇用は、終身雇用や年功賃金といった日本型経営を維持する余裕がなくなるにつれ、そうしたものに報いきれなくなり、今後、企業と働く人との関係は変わっていかざるを得ないだろうという予測は、企業経営者や人事パーソンにも、「働く」ということについての新たなマインドセットを促しているように感じられました。

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幸福に働くには?「働く人が時間主権を回復することが大切」に納得。

勤勉は美徳か?.jpg勤勉は美徳か? 幸福に働き、生きるヒント (光文社新書)』['16年]

 同著者による『君の働き方に未来はあるか?』(2014年/光文社新書)の後継書ですが、前著がこれから働き始める(あるいは働き始めてまだ間もない)若者を対象にしていたのに対し、本書は主に、これまで頑張って働いてきたけれどもなかなか幸福感を得られず悩んでいる人に向けて、幸せに働くことの意味を考えてもらうために書かれたものであるとのことです。

 第1章では、労働者が仕事において不幸になる原因をさまざまな角度から眺めています。ヒルティの『幸福論』を参考にしながら、仕事の「内側」に入ることができず、仕事に隷属して主体性を発揮できないことに問題の根幹があると分析し、仕事の様々な局面でできるかぎり主体性を発揮していくことが、幸福に働くうえでのポイントになるとしています。もちろん、労働者個人の立場みれば主体性を発揮したくともできないこともあるが、本人の努力次第で主体性を発揮できる領域もあるとのことです。

 第2章では、仕事の目的を金銭などの物質的な満足に陥ってしまい、他人の評価を気にして働くことが不幸につながるとしています。他人の評価を気にして働くことがいけないというのではなく、公正な評価を受けて働くということは、自らが社会で承認されるという精神的な満足をもたらし、幸福な働き方につながり、ここで大切となる主体性とは、公正な評価をする良い会社を自ら探していくことにあります(つまり、良い会社をみつけることが、働くうえで重要な意味をもっているということである)。

 第3章では、「いつ」「どこで」という面で会社からの拘束をできるだけ受けないようにするという意味での主体性を論じています。その際に重要となる理念が「ワーク・ライフ・バランス」であり、テレワークが普及すると、「いつ」「どこで」という制約が徐々になくなり、「ワーク・ライフ・バランス」を実現しやすい社会が到来するだろうとしています。

 第4章では、そうなると、何を仕事としてやっていくかが重要になり、それは「どのように」働くかにも関係してくるとしています。目の前の仕事にエネルギーを吸い取られてしまい、将来に繋がらないような仕事をしてしまうのではダメで、但し、ここでも技術の進歩により、仕事の大きな新陳代謝が起きることが予想され、仕事の将来展望は不透明になってきているとしています。だからこそ、政府が労働者の職業キャリアを保障するキャリア権が重要になるが、それは「基盤」にすぎず、その基盤のうえにどのような幸福を築くかは、個々の労働者が主体的に追求しなければならない、但し、そのことが容易ではないからこそ、政府が労働法によって、直接労働者の幸福を実現する必要がある、ともいえるとしています。

 第5章では、政府による幸福の実現に、どこまで期待できるかを検討し、結論としては、政府にあまり期待しすぎてはならないとしています。労働法によって労働者の権利を保障しても、かえって副作用や権利が十分に行使されない面があったり(著者は一部の"お節介が過ぎる"法律に疑問を呈している)、また、経営者の自由や労使の自治を無視して政府が介入するには限界があるとしています。

 第6章では、政府による幸福の実現は難しいとしても、これまでの雇用文化を変えて、社会で労働者が幸福になりやすい土壌を作ることはできるのではないかという観点から、特に問題となる日本の休暇文化の貧困性を、法制度面と実態面から取り上げ、日本の労働者がもっと休めるようにするための法改正と意識改革のための具体的な提案を行っています。

 第7章では、そうした意識改革は、日本人の美徳とされてきた勤勉さの面でも行う必要があるとして、勤勉に働くことの意味を問い直しています。そして、勤勉さを否定し去るのではなく、主体性を損なうほどの過剰な勤勉性は避ける方が望ましいと提言しています。企業秩序は労働者に重くのしかかるが、それを乗り越えて、もっと自由に働き主体性を発揮できるようにならなければ、労働者は幸福にはなれないとしています。

 第8章では、第1章で提起した主体性の意味をもう一度問い直し、幸福な働き方の鍵は、一人ひとりの日常の仕事の中に創造性を追求し、そこに精神的な満足を見出すことであるが、特に重要なのは、時間主権を回復することであるとしています。ホワイトカラー・エグザンプションは批判されることの多い制度であるが、制度の真の目的は時間規制を取り除き、労働者が仕事において時間主権を取り戻し、創造的な仕事をするための主体性を実現することにあるとしています。

 本書の結論としては、幸福な働き方とは、日常の仕事に創造性を追求して主体的に取り組むこと、かつ、そのために必要な転職力を身につけるために主体的に行動すること、という二重の主体性をもって実現できるということになります。そして、その実現は容易ではないが、最後は自分自身でつかみ取らねばならないとしています。

 労働法学者でありながらも労働法の限界を見極め、労働法や政策によって働く人の幸福を実現するのは難しいとしても、雇用文化や働く人の個々の意識改革は可能なのではないかとし、とりわけ一人ひとりの日常の仕事の中に創造性を追求し、そこに精神的な満足を見出すうえで特に重要なのは、働く人が時間主権を回復することであるという導き方は、非常に説得力があるように思えました。

 安易な時間外労働をなくし、しっかり休むことでワーク・ライフ・バランスを実現することが、働く側がより自由に自らの個性を活かして働くことに繋がり、更にはそれが組織の活性化に繋がるということ、また、働く側が主体性をもって働くことが、自らの専門的技能を高めて、いつでも転職できるようなキャリアを形成することに繋がるということになるかと思います。

 ビジネスパーソンにとって働くということについて今一度考えてみるのによい啓発書であり、また随所に労働法学者の視点や法律に対する見解が織り込まれていることから、人事パーソンにもお薦めできる本です。

《読書MEMO》
● 目次
はしがき
【第1章】労働者が不幸となる原因を考える ―― 過労・ストレス・疎外
【第2章】公正な評価が、社員を幸せにする ―― 良い会社を選べ
【第3章】生活と人生設計の自由を確保しよう ―― ワーク・ライフ・バランスへの挑戦
【第4章】「どのように」「何をして」働くかを見直そう ―― 職業専念義務から適職請求権まで
【第5章】法律で労働者を幸福にできるか ―― 権利のアイロニー
【第6章】休まない労働者に幸福はない ―― 日本人とバカンス
【第7章】陽気に、自由に、そして幸福に ―― 勤勉は美徳か?
【第8章】幸福は創造にあり
あとがき
●トラバーユ(travail)の意味(42p)
 ①仕事 ②陣痛
●アンナ・ハーレント(43p)
人間の活動の3類型とギリシャへの置き換え
「action」...公的な活動(市民)
「work」...その結果が「作品」として評価されるもの(職人)
「labor」...奴隷のやる仕事(奴隷)

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「パワハラ」という和製英語では、職場に起きるハラスメント全体には対応できないと主張。

I職場のハラスメント.JPG職場のハラスメント 中公新書.jpg 『職場のハラスメント なぜ起こり、どう対処すべきか (中公新書)』['18年]

 職場のいじめを、企業の構造的な問題として捉え、「ハラスメント」という包括的な概念に基づき問い直すことを喚起し、実効的な規則と救済の制度を確立することを提唱してきた著者による本です。

 第1章では、職場におけるハラスメントがかつて「いじめ」や「嫌がらせ」と表現されていた中で、ハラスメントという主張が登場した経過を振り返るとともに、セクシャル・ハラスメントやパワー・ハラスメントなどのさまざまなハラスメント概念が氾濫している現状を分析しています。

 また、実効的なハラスメント対策を実施するうえでの問題点の1つとして、パワー・ハラスメントという概念が日本独自のものであることを挙げています。パワー・ハラスメントという言葉は、2001年に人事コンサルタントによって提唱された概念で和製英語であり、その言葉が世間に普及したため、厚生労働省も2012年にパワハラ概念による規制政策を提言したとのことです。

 しかしながら、厚生労働省が定義するパワハラ概念は、その認定において「職場内の優位性を背景に」と「業務の適正な範囲を超えて」の2つの要件を課しているため(しかも、セクシャル・ハラスメントはパワハラとは異なる定義がされているため)、パワハラという用語がさまざまなハラスメント行為の一部を表しても、職場に起きるハラスメント全体には対応できず、職場のハラスメントの解決にとってこのパワハラという用語は不適切であるとしています。

 著者によれば、そもそも「ハラスメントにならない指導や叱り方」という発想は、使用者と労働者との関係について、労働契約関係は合意に基づく対等・平等であるという原則を無視しているとのことです。また、パワハラの考え方が、部下に対する上司の「権力」を前提としていることも、使用者と従業員との間の自由な意思に基づく契約関係、すなわち対等・平等な関係を無視することであるとしています。

 第2章では、職場のハラスメントの実態をさまざまな調査結果から探り、ハラスメントが起きる構造を探るとともに、メンタルヘルス不調や長時間労働などに起因する隠れたハラスメント問題も取り上げています。

 第3章では、通常の業務を通じて行われる業務型ハラスメントをはじめ、労務管理型、個人攻撃型などのハラスメントの類型と、またその中にどういったタイプのハラスメントがあるのかを、170件以上もの裁判例を通じて紹介しています。

 第4章では、ハラスメント規制の先進国のEU諸国がどのように規制を行っているかを紹介し、被害者を救済するにはどうすればよいか、使用者や管理者の責務、労働者の責務、外部組織の役割、規制立法の役割を述べています。

 また、巻末には、被害者と企業のための「ハラスメント対策の10か条」集が付されていて、この中には、「企業におけるハラスメント防止のための事前措置10か条」「企業内でのハラスメント事後対応の10か条(使用者と人事管理部門の役割)」「企業内の相談担当者のための10か条」「ハラスメント調査のための10か条」など、企業内の担当者がチェックリストとして参照できるものが含まれています。

 本書の最大の特徴はやはり、「パワハラ」という言葉の問題点を指摘し、「ハラスメント」という包括的な概念を用いることを提案している点にあるでしょう。それ以外は、啓発書としてはオーソドックスであり、またハラスメントの事例も豊富で、類型整理などもよくまとまっていますが、「ハラスメント対策の10か条」も含め"マニュアル的"というよりは"啓発書"的であり、全体としても"教養系"の色合いがやや濃いように思いました(「中公新書」らしいと言えばそうなるが)。

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〈頑張りたくても頑張れない時代〉を生き抜くヒントを示した〈実証的〉啓発書。
誰が「働き方改革」を邪魔するのか.jpg
誰が「働き方改革」を邪魔するのか8.JPG

誰が「働き方改革」を邪魔するのか (光文社新書)』['17年]

 本書によれば、少子高齢化で労働力が減少する中、働き方改革による労働力の多様化戦略として打ち出されたのがダイバーシティであるが、それはなかなか浸透してはいないとのことです。著者は、この問題の解決において必要なのは、「頑張りたくても頑張れない人」の活用であるとしています。本書では、なぜ「頑張れない人」が生み出されるのか、その背景にも迫りながら打開策を探り、働く人のこれから生き方を模索しています。

 第1章では、改善どころか悪化の一途をたどる非正規雇用の実態などから、"景気好転"の実感がないまま"取り残された層"は増え続けていると指摘しています。一方で、"一度頑張れなくなったけれども苦境を乗り越えてきた人たち"を取り上げ、そのことを通して、「何が頑張りたい人を頑張れなくしているのか」を考察し、そこには、未だはびこる男性至上主義社会や、人の心に宿る妬み嫉みの問題などがあることを指摘しています。

 第2章では、ダイバーシティ推進を邪魔するものとして、日本社会が長い年月をかけて培ってきた「社会人の一般常識」と、右にならうやり方をなすために用意された"罰則"や"恐怖"の縛りから生じる「心に潜む制動力」を取り上げています。企業の変わらない体質と、働く側の心に潜む"恐れ"が、ダイバーシティ推進の見えない壁となっているとのことです。

 第3章では、そうした「ダイバーシティ推進後発組」を尻目に、独自の施策をいち早く打ち出している「ダイバーシティ推進先行企業」もあるが、そうした先駆"社"といえども、推進の道は容易ではないとし、そうした企業が、どのような取り組みを行っているのかを紹介しています。

 第4章では、従業員の立場から、いかに新しい時代に即した意識を獲得していくかについて述べています。会社が用意した人生のレールの上だけを走るというのがダイバーシティ以前の会社人間の生き方だったのが、ダイバーシティの潮流が日本社会に入り込んだことで、企業は従業員を"庇護する対象"から"自立体"として対峙しようとしている―つまり、「自律的社会人」というのが時代の潮流であるが、「自分は自分」であるとして、その自分をどう育てるかがこれからの個々の課題となってくるとのことです。ここで著者が、「エゴイスト」という言葉をキーワードとして用いているのが興味深いです。「社会がよくなれば、私もよくなる」のであり、「私が欲する正義」をエゴイスティックに突き詰めることは、その扉を開けることであるとしています。

 第5章では、ダイバーシティを俯瞰的にとらえる試みを通して、ダイバーシティによって日本が向かう新しい社会の姿を考察しています。そして、個人が働き方を決め、責任を負う社会になっていくうえで、他者との違いが否定されない「心理的安全性」が、個性的な働き方を生産性向上につなげる補助要因になるとしています。また、「心理的安全性」は、個々人の心掛けだけでは実現せず、企業の理解と体制づくりが必要であるとしています。

 最後の第5章で、「自分の生き方をふだんから積み上げておく」「隣の芝生が青いかどうかは問題ではない」「自律的に生きる」と述べられてるように、〈頑張りたくても頑張れない時代〉を生き抜くにはどうすればよいか、社会分析や先進事例を織り込みながら、働く人に向けてそのヒントを示した〈実証的〉啓発書とでも言うべき内容となっています。一方で、経営に携わる人の覚悟ひとつで、悪循環を繰り返すか、そこから抜け出す一手を打つかの違いになるともしており、経営者や人事パーソンにとっても、啓発的要素はある本かと思います。

 但し、第2章で、ダイバーシティ推進を邪魔するものとして、「社会人の一般常識」と「心に潜む制動力」を取り上げていて、意識の問題は確かに大きいとは思いますが、この辺りからややもやっとした展開になったのは否めないようにも思いました(第4章での「エゴイスト」という言葉をキーワードとした議論の展開などは興味深かった)。

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"現代若手社員像"分析は体系的に整理されている。施策提言部分も、啓発的ではあるが...。

なぜ若手社員は「指示待ち」を選ぶのか?7.JPGなぜ若手社員は「指示待ち」を選ぶのか?.jpg
なぜ若手社員は「指示待ち」を選ぶのか? 職場での成長を放棄する若者たち (PHPビジネス新書 376)』['17年]

 本書の構成は、第1章から第3章までがタイトルに沿った若手社員の現状およびその背景の分析、並びにその要因となる課題の抽出であり、第4章がマネジャーによる課題解決の方向性と施策、第5章が若手自身による課題解決の方向性と施策となっています。

 第1章では、現代の若手社員は職場においてどのような状況なのか現状分析し、その行動特性や思考特性として、まじめで優秀、自己実現志向、社会志向を持ち、自分の時間を大切にし、フラットなヨコのネットワークを駆使する自己充実型の若手社員―こんなに意識と意欲の高い、前向きさを持っている人たちが、一方では、報告や相談ができず、個性や欲求がなく、打たれ弱く、リスク回避志向が高く、待ちの姿勢であるとも指摘されるとしています。

 第2章では、現代の若手社員がそのような行動特性や思考特性を持つようになった背景を、彼らが生きてきた社会状況、教育現場の環境などの変化に着目して分析し、その節目は1991年と2004年にあって、今の若手社員は、詰め込み教育によって高度なインプット能力を携えた"91年前"世代とも、キャリアアップ志向を携えた"04年前"世代とも異なる存在であり、今の会社での仕事を生き生きとしている、という状況ではないとしています。

 第3章では、若手の成長を阻み、彼らが会社で生き生きと仕事できないでいる要因として、業務の高度化や細分化などがもたらした仕事上の「タスク完結性」「自律性」「フィードバック」の低さが、彼らに仕事に対する違和感を抱かせ、モチベーションを下げていて、若手社員はいま「成長の危機」にあるとしています。

 第4章では、従来のOJTなどによる経験学習モデルが、さまざまな環境の変化によって機能しなくなり、そうした「環境適応性」の揺らぎが経験学習を阻んでいるとしたうえで、こうした状況に対してのマネジャーの処方箋として、環境適応性を引き出す「問いかけ」が効果的であるとしています。具合的には、彼・彼女はどのようにしてこの会社と出会い、どのような好感を持ち、どのようなことができると思い入社したのか、その時の彼・彼女の経験、気づき、思いを聞き出す「キャリアインタビュー」を行うことなどを提唱しています。

 第5章では、若手社員自身がどのような行動をとることで状況を打開できるか、周囲にどのような働きかけをすればよいかを説いています。まず、「天職探し」という考えを捨て、とにかく行動すること、「外に出る」「仲間を得る」「視野を拡大する」「目の前の仕事に対して事を起こす」という4つのポイントに沿って、社外での学習機会を活用したり、ボランティア活動によって当事者意識を育んだりすることなどを推奨しています。

 全体として、第1章から第3章までは、著者の前著『若手社員が育たない。―「ゆとり世代」以降の人材育成論』 ('15年/ちくま新書)からさらに体系的に整理された"現代若手社員像"の分析となっているように思いました。第4章のマネジャーにとっての処方箋の部分も、それまでの分析を受けていて啓発的ではあるものの、例えばキャリアインタビューなどは、前提となる相互の信頼関係や、聞く側に相応の技量があることが条件となるようにも思いました(自身がある人は、部下に対してキャリアインタビューしてもいいと思うが、人事サイドで、「マネジャーの皆さん、部下にキャリアインタビューをしてください」ということにはならないだろう)。むしろ第5章の若手社員に対する提言部分の方が、若手に限らず、かなり幅広い層に受け入れられる啓発であるように思いました。

《読書MEMO》
●目次
第1章 前向き、なのに頑張らない―若手社員の矛盾に満ちた実態
第2章 「新能力」「新学力」がもたらした大転換
第3章 「えもいわれぬ違和感」の正体
第4章 マネジャーへの処方箋―環境適応性を引き出す「問いかけ」の力
第5章 若手社員への処方箋―「天職探し」を捨てよ、外に出よう

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「ワンオペ育児」から「チーム育児」へ移行と、その仕事上のメリットを説く。

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育児は仕事の役に立つ 「ワンオペ育児」から「チーム育児」へ (光文社新書)』['17年]

 二人の識者の対話形式で成る本書は、書名がそのまま主張になっていて、①「育児をする経験」は、ビジネスパーソンの業務能力発達につながること、その際の育児は、②夫婦のうちのどちらかがひとりで抱えこむ「ワンオペ育児」ではなく、夫婦を中心とする「チーム」として育児を行う「チーム育児」であることを主張しています。本書での「育児をする経験」とは、「共働き世帯における夫婦で取り組む育児」をさしています。

 第1章「『専業主婦』は少数派になる?」では、「共働き家庭」が増加していることの社会的背景を探るとともに、共働き家庭における役割分担の負担が男女で均等になっていないこと、そこには日本の労働慣行や長時間労働の問題が横たわっていることを確認しています。

 第2章「『ワンオペ育児』から『チーム育児』へ」では、共働きしながら育児をする人が増加する中で、母親がひとりで抱え込む「ワンオペ育児」から、父親と母親、さらには祖父母、親戚、保育園などさまざまなサポートを得て行う「チーム育児」に移行することが必要であるとしています。

 第3章「チーム育児でリーダーシップを身につける」では、その「チーム育児」は、実は育児以外にも大きなメリットを持つことを紹介しています。チーム育児を通して、30代を中心とする子育て期の社員にとって、仕事の現場で求められるリーダーシップ行動が高まるという研究成果を示し、なぜリーダーシップ行動が高まるのか、チーム育児がリーダーシップ以外の仕事上の能力向上に与える効果についても考察しています。

 第4章「ママが管理職になると『いいこと』もある」では、第3章に引き続き、チーム育児のメリットとして、チーム育児を行うことをきっかけに、人はマネジメントに魅力を感じはじめるという研究知見を紹介しています。さらに、チーム育児は、親の人間的な成長をもたらすことも紹介しています。

 第5章「なぜママは「助けてほしい」と言えないのか」では、チーム育児が進まない原因のひとつとして、育児を妻かがひとりで抱えこむ「ワンオペ化」があるが、そこには企業の長時間労働の問題のほかに、妻自身が「育児を他に任せてはいけない」「他人に援助やサポートを求めてはならない」と思い込んでいるという心理的要因もあるとし、他人に助けを求めることを肯定的に捉える「ヘルプシーキング」という発想について対話しています。

 第6章「日本の働き方は、共働き世帯が変えていく」では、チーム育児を円滑に進めていくための「3ステップモデル」というものを紹介、最後に、共働き育児は今後どうなっていくのか、将来、人々の働き方や企業、社会、個人はどう変わっていくべきかを論じています。

 大括りすると、第1、第2章でチーム育児が必要となる社会的背景、第3、第4章でチーム育児の仕事への効果と親としての成長へのつながり、第5、第6章で「ヘルプシーキング」という発想と「3ステップモデル」について語られていることになりますが、人事パーソンへの啓発という意味では、第3、第4章が読みどころではないかと思います(同じく提案部分である第6章は、ややもやっとした印象か)。

 全編が対話形式であり、調査データや研究知見を織り込みながらも、それに呼応する対話者自身の経験談もふんだんに出てくるため、読みやすく、また内容がイメージしやすいものとなっているので(夫婦とも正社員で、子どもが2人以上いるケースを対象モデルとした対話になっている)、手にしてみるのもいいのではないかと思います。

 ひとつ意地悪な見方をすれば、「チーム育児」を通してリーダーシップや仕事上の能力向上ができる人は、もともとそうした素養がある人ではないかという気もしなくはありません。女性たちの間で、「育児経験が仕事に活きる」という幻想であり"今できないこと"は産んでもできないとの論もあり、男性についても同じこと("今できないこと"は産まれてもできない)が言えなくもない? 但し、全てを個人の資質論に還元してしまうと、世の中は何も変わらないというのもあるだろうなあ。要するに、どちらから論じるかの違いだけかもしれません。

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同一労働同一賃金の意義は、それが新しい働き方ポートフォリオの実現に不可欠な公正な報酬決定基準につながること。

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同一労働同一賃金の衝撃 「働き方改革」のカギを握る新ルール』(2017/02 日本経済新聞出版社)

 政府が「働き方改革」における目玉政策として掲げ、わが国の職場に導入しようとしているのが「同一労働同一賃金」というルールですが、本書は、そもそも政府が同一労働同一賃金を導入する狙いはどこにあるのか、そして、わが国でそれが根づいてこなかったのはなぜか、といった様々な疑問を明らかにすべく、歴史的経緯や欧州諸国の実態を踏まえ、同一労働同一賃金について多角的観点から解説しています。

 第1章「ハードルは何か」では、わが国で同一労働同一賃金を導入するにあたっての様々なハードルについて考察し、わが国で同一賃金同一労働が成立してこなかったのは、人基準の雇用システムと、その結果としてのメンバーとしての正社員と有期契約の非正規労働者という、システムの二元性に原因があると分析しています。

 第2章「欧州の実態」では、同一労働同一賃金の本家家元である欧州諸国の実態を概観し、その根底には人権保障にかかわる均等待遇原則があるが、それは必ずしも所得格差を是正するのに十分な効果を持つものではなく、実際に欧州での所得格差は拡大傾向にあり、同一労働同一賃金の所得格差の是正に対する効果を過大評価すべきではないとしています。

 第3章「公平さを実現するには」では、わが国の処遇格差の実態をデータで確認し、必ずしも所得格差が拡大しているわけではないとしたうえで、客観的な格差と不公平感を区別することの必要性を指摘し、働く人のキャリア形成という視点から、人材形成や手続きの公正性といった、多角的な公平性への取り組みが必要になるとしています。

 第4章「企業は活性化するか」では、同一労働同一賃金が、経済活性化と両立できるものか考察し、正社員の硬直性こそが、正規・非正規間の格差問題の背景にあり、その意味で、正社員の在り方の見直しこそ、同一労働同一賃金などの格差是正政策と経済活性化との両立の鍵となるとしています。

 第5章「『日本型』実現の可能性」では、こらめでの考察を踏まえ、日本の特性を生かした「日本型・同一労働同一賃金」を実現するためには、企業や政府がどのような認識を持ったうえで、具体的にどのような取り組みをしていく必要があるかを考察しています。

 この第5章と、エピローグ「社会改革の方向性」が具体的な提言部分になっており、とりわけ第5章では、同一労働同一賃金の実現のためのポイントを整理したうえで、30歳代までの時期は、全ての労働者にメンバーシップ型雇用で働く経験を与え、40歳代以降については様々な選択肢を用意する「ハイブリッド型人事制度」というもの提唱し、そこから、ライフステージに応じた、多様性のある新しい働き方ポートフォリオのイメージを描いています。

 同一労働同一賃金の意義は、それがこうしたポートフォリオを実現するにあたって不可欠な公正な報酬決定基準につながるとし、本来の同一労働同一賃金の意義を実現するためには、トータルな働き方改革に同時に取り組まなければならないというのが本書のスタンスです。

 実務家にとってのやはり読みどころは第5章でしょうか。同一労働同一賃金の実現に必要な職務評価制度の整備や、予想される弊害への対応、個別企業が検討すべきポイントなどの諸課題が整理されれているとともに、先進企業例も紹介されています。もう少し第5章を膨らませて欲しかった気もしますが、同一労働同一賃金を実現することと働き方改革を推進することの関係が理解できるという意味では(同一労働同一賃金の実現には、働き方改革に同時に取り組む必要があるというこ必要があるというのは政府(諮問会議)も言っていることだが、それが"腑に落ちる"説明になっているという意味で)、啓発的な本であると思いました。

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関係者に改めて取材した「丸子警報器事件」の事例にシズル感があり、本書一番の読み所。

女性活躍「不可能」社会ニッポン5.jpg女性活躍「不可能」社会ニッポン.jpg 丸子警報器.jpg 丸子警報器
女性活躍「不可能」社会ニッポン 原点は「丸子警報器主婦パート事件」にあった!』['16年]

 労働ジャーナリストによる著書で、著者は、雑誌「労旬」に「たたかう主婦パート」(2013年)、「たたかう主婦パートたち」(2015年)を連載するなどしており、「非正規問題」の"震源地"は主婦パートにあるとしてきた人。本書においても、冒頭、主婦パートを知らずして「非正規問題」は語れないとして、そのメカニズムや実態を分析並びに紹介しています(第1章~第3章)。そして、本書の大部分を占める第4章と第5章がそれぞれ「たたかう主婦パートのリアル」と題された著者自らが新たに取材した事例編になっています。

 第4章では、名古屋銀行パート団交で銀行側と闘い、女性ユニオン名古屋の執行委員長を経て'09年に衆議院銀議員選挙に立候補した坂喜代子氏の、名古屋銀行に入社して退職するまで、職業病の労災認定、パート労働法を活用した女性ユニオンを軸にした団体交渉、裁判準備と断念、選挙に立候補という波乱万丈の生きざまが、リアルに描かれています。

 第5章では、主婦パートの労働条件の改善を求めパートタイマー自らが会社側と裁判で争い、原告側が勝訴した裁判例として有名な丸子警報器事件の原告団について、当時の関係者に新たに取材し、なぜ、労働組合が主婦パートを組織化することが重要と考えたか、賃金差別裁判をどうやって戦い抜けたのか、その生の声を伝えています。

 結果的に、問題提起した後は、「事例」が大きな比重を占める作りとなっていますが、その事例に足で回って取材したシズル感があり、事例を通して現在に通じる非正規の問題(パート問題)の真相を浮かび上がらせるという著者の試みはある程度成功しているように思えます。とりわけ、これまで個人的には判例集などでしか知ることのなかった(本書サブタイトルにもある)丸子警報器事件について、当時の当事者が置かれていた実情などが著者の取材によって明らかになったり(既存の従業員労組と会社側との間で結ばれていた労働協約が「争議行為は行わない」「争議行為を行った者はに対して会社は懲戒解雇その他懲戒処分位に処することができる」といった会社側の要求が一方的に盛り込まれたものだったとか)、その当事者(当時に労働者)の口から語られるのには、得るものが多くあったように思います。

 新たに知ったことしては、1990年にパートタイマーを組織化した丸子警報器の労働組合ができ、1999年に高裁で、解雇裁判、賃金差別裁判とも労働者側が勝利したたわけですが、そのずっと前の70年代から会社との間で伏線となる労使の遣り取り(労働条件を巡る争い)はあったということと、女性パートが自発的に集まって組合を作った面もあるのはあるが、その契機となる1人の男性社員がいて、その人がリーダーとして皆を引っ張っていったということです。

 まるで、山崎豊子の『沈まぬ太陽』に出てくる「国民航空」の労働組合委員「恩地元」(モデルは小倉寛太郎)みたいな話でした。会社による組合潰しなどの話もよく似ていて、かなりドラマチックですが、本当にそうしたことがあったのだなあと改めて驚かされ、本書一番の読み所でした(丸子警報器事件の'実際'を知っておくというだけの目的で本書を読んでも、それなりに得るものはある)。

丸子警報器.jpg丸子警報器 map.jpg 丸子警報器事件という会社自体は長野県上田市に今もあり(真田家の支城・丸子城があった地)、裁判当時は従業員200名ほどでしたが今は(2014年取材時)は90名ほど。但し、裁判時に原告団だった28名のパートタイマーの中には今も勤めている人がいるそうです。正社員には定年があるが、パートタイマーには定年が無くなっているとのことで、これは裁判時に裁判官が実地検証したらしいですが、パートタイマーの不良製品を峻別する技能は、その経験値から正社員のそれを遥かに超えているとのこと、別に、裁判に勝ったからといって'逆差別'状態になっているわけではなく、スキルがエンプロイアビリティとして評価されているということなどだと思いました。

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「マタハラ問題」の総括。啓発的要素を含むとともに、テキストとしても読める。

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マタハラ問題 (ちくま新書)』['16年]

世界の勇気ある女性賞.jpg 働く女性が妊娠・出産・育児を理由に退職を迫られたり、嫌がらせを受けたりする「マタニティハラスメント(マタハラ)」が、いま大きな問題となっており、労働局へのマタハラに関する相談は急増しているとのことです。本書は、「NPO法人マタハラNet」の代表者による「マタハラ問題」の総括であり、著者は2015年に、アメリカ国務省が主催する「世界の勇気ある女性賞」を日本人で初めて受賞しています。

 第1章では、著者自身が職場で受けたマタハラ体験について綴られていますが、複数の上司からの執拗な退職強要や嫌がらせに遭い、二度の流産を経てついに会社と闘おうと決意するに至るまでの経緯は、ドキュメントとして読み応えがありました。

 第2章では、マタハラを大きく個人型と組織型に分け、個人型としての「昭和の価値観押しつけ型」「いじめ型」、組織型としての「パワハラ型」「追い出し型」の4類型を示すとともに、それぞれのケースに該当する12の実例を紹介しています。

 第3章では、マタハラNetが行った日本で初めてマタハラ被害実態調査「マタハラ白書」から何がわかるかを分析しています。これを見ると、マタハラは社員規模にかかわらず発生し、相談すればするほど連鎖する傾向があることがわかります。また、先進諸国とのデータ比較を通して、マタハラは単なる女性問題ではなく、日本の少子化と経済難を直撃する経済問題であるとしています。

 第4章では、働く側が、マタハラをなくすために何ができるかについて述べています。第5章では、企業が、経済問題であるマタハラを経営問題として捉え、経営戦略として"主婦人材"を活用したり"子連れ出勤"を実践したり、選択可能な多様なワークスタイルを用意したり、職場の風通しをよくするための工夫をしたりしているケースを5社紹介しています。

 一般に、セクハラ、パワハラ、マタハラで三大ハラスメントとしてまとめられますが、本書では、マタハラがセクハラ、パワハラと一線を画すのは、それが経済問題、経営問題と呼べる点であると強調しているのが特徴でしょうか。

 マタハラは、三大ハラスメントのほかに、パタハラ(パタニティハラスメント(育児男性に対するハラスメント))、ケアハラ(ケアハラスメント(介護従事者に対するハラスメント)といったファミリーハラスメントの一角も成すことでハラスメントの中心に位置し、企業はマタハラ問題を絶対に無視できないとしています。

 第1章にある著者自身のマタハラ体験で、人事部も含め4人の上司や管理者が4人ともマタハラ行動をとってしまうというのは、人の資質の問題もさることながら、組織体質、職場風土の問題でしょう。マタハラをしている側に、してはならないことをしているという、そうした意識そのものが希薄であるように思われ、管理者や従業員の意識教育の大切さも感じました。

 そうしたリスクマネジメント的観点も含め、多分に啓発的要素を含んだ本であるとともに、「マタハラ問題」のテキストとしても読める本です。

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働く「女子」が「活躍」できない現況は、雇用システム(日本型雇用の歴史)に原因がある。

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働く女子の運命 ((文春新書))』['15年]

 社会進出における男女格差を示す「ジェンダーギャップ指数2015」では、日本は145か国中101位という低い数字であるとのこと。女性の「活用」は叫ばれて久しいのに、欧米社会に比べ日本の女性はなぜ「活躍」できないのか? 著者はその要因を、雇用システムの違いにあるとしています。

 つまり、欧米社会は、企業の労働を職務(ジョブ)として切り出し、その職務を遂行する技能(スキル)に対して賃金を払う「ジョブ型社会」であるのに対し、日本社会は、企業は職務の束ではなく社員(メンバー)の束であり、数十年にわたって企業に忠誠心を持って働き続けられるかという「能力」と、どんな長時間労働でもどんな遠方への転勤でも喜んで受け入れられるかという「態度」が査定される「メンバーシップ型社会」であるため、結婚や育児の「リスク」がある女性は、重要な業務から外され続けてきたとしています。

 本書では、こうした日本型雇用システムの形成、確立、変容の過程を歴史的にたどっています。会社にとって女子という身分はどのような位置づけであったのか(第1章)、日本独自の「生活給」思想や「知的熟練」論、「同一価値労働」論はどのように形成されたのか(第2章)、日本型の'男女平等'はどこにねじれがあったのか(第3章)、均等世代から育休世代へと移りゆく中でどのようなことが起きたのか(第4章)、それらをその時代の当事者の証言や資料をもとに丁寧に検証し、日本の女性が「活躍」できない理由が日本型雇用の歴史にあることを炙り出しています。

 上野千鶴子氏が帯で'絶賛'しているのは、この'炙り出し'の絶妙さに対してではないでしょうか。法制度の成立過程などは、硬い話になりがちなところを、一般読者に向けて分かり易く噛み砕いて書かれており、個人的には、労働基準法の男女同一賃金や均等法の成立までの道程とその後の影響、海外では、ポジティブ・アクションの起こりなどが興味深く読めました。

 そして著者は、過去20年間の規制緩和路線は、中核に位置する正社員に対する雇用保障の引き替えの職務・労働時間・勤務場所が無限定の労働義務には全く手をつけず、もっぱら周辺部の非正規労働者を拡大する方向で展開されてきたため、さらに今は、総合職女性はグローバル化の掛け声でますますハードワークを求められて仕事と家庭の両立に疲弊し、非正規女性は低処遇不安定雇用のまま、その仕事内容はかつての正社員並みの水準を求められるようになっているとしています。

 日本型雇用を補助線にして女性労働を論じた本であり、前著『若者と労働』(中公新書ラクレ)、『日本の雇用と中高年』(ちくま新書)に続く三部作の完結編とみれば、今回は女性労働を起点にして日本型雇用を論じたとも言えます。あとがきで著者が予め断っているように、女性の非正規労働者についてあまり触れられていないとの声もあるようですが、タイトルに「女性」ではなく「女子」という言葉を用いていることからも、単に男性労働者の対語としての「女性」労働者ということではなく、「中核に位置する正社員」に含まれていない「女子」という意味で、歴史的にも今日的にもそこに入り込めない(或いははじき出されてしまう)「女子」の問題に照準を当てた本と言えるのではないでしょうか。

 最後に、働く女性にとってのマタニティという女性独自の難題をどういう解決方向に導いていけばよいのかということについて、海老原嗣生氏の、「中高年」社員の活用等に関して自らが提案している、日本型(メンバーシップ型)雇用に欧米型(ジョブ型)雇用を"接ぎ木"するハイブリッド型雇用(「入り口は日本型メンバーシップ型のままで、35歳くらいからジョブ型に着地させるという雇用モデル」)を、海老原氏自身がこの働く女性の問題に当て嵌め、「30代後半から40代前半で子供を生んでいいではないか」「結婚は35歳まで、出産は40歳までとひとまず常識をアップデートしてほしい」としていることに対し、著者は、高齢出産に「解」を求めているともとれるとして慎重な姿勢をみせています(ネットで本書の評を見ると海老原氏の考えに賛同する向きも見られた)。どう考えるかは人それぞれですが、個人的には、この考えにもっとはっきりダメ出ししても良かったのではないかと思いました。

 かつて女性の初産年齢が早かった時代は、その後、第2子、第3子を生んで育てるゆとりがありました。海老原氏の考えには、例えば、子供を生むならば2人欲しい、でも今から2人生んで育てるのはたいへんだから、子供はあきらめよう(或いは1人にしておこう)という考え方をする人が実際に結構いることは、殆ど反映されていないように思えました(第1子が生めるかどうかしか念頭に置いていない。統計を読み取るプロのはずではなかったのか)。

 海老原氏の考えに賛同する人でも、キャリアを築いてから35歳以上の高齢出産をするのか、子育てではなくキャリアを優先させるのかは女性個々の選択であり、社会が介入すべき事柄ではないとしていたりもします。女性の社会進出を推進するには、働きながら(しかも一定のポジショニングを維持しながら)子育てができる環境を整えることが第一優先で、今の医学では高齢になってからでも生むことができると説くのは本末転倒。本書への直接の評からは逸れますが(この本自体はお薦め)海老原氏、ちょっとおかしな方向に行っている気がしました。

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労働社会の現況問題を俯瞰し、今後の方向性を考えるうえではよく纏まっている。

雇用身分社会 岩波新書89.png雇用身分社会 岩波新書3.jpg 森岡 孝二.jpg 森岡 孝二(1944-2018/74歳没)
雇用身分社会 (岩波新書)
2019年2月追悼シンポジウム開催
森岡 孝二 2.jpg 今年[2018年]8月に心不全でに亡くなった経済学者・森岡孝二の著者。著者によれば、「過労死」という言葉が急速に広まったのは1980年代末であるが、2005年頃からは「格差社会」という言葉も使われるようになったとのことです。日本ではここ30年ほど、経済界も政府も「雇用形態の多様化」を進めてきたが、90年代に入ると、女性ばかりでなく男性のパート社員化も進み、その過程でアルバイト、派遣、契約社員も大幅に増え、労働者の大多数が正社員・正職員であった時代は終わったとのことです。そして、あたかも企業内の雇用の階層構造を社会全体に押し広げたかのように、働く人々が総合職正社員、一般職正社員、限定正社員、嘱託社員、パート・アルバイト、派遣労働者のいずれかの身分に引き裂かれた「雇用身分社会」が出現したとしています。

 本書では、こうした現代日本の労働社会の深部の変化から生じた「雇用身分社会」を取り上げ、どういう経済的、政治的、歴史的事情が多様な雇用身分に引き裂かれた社会をもたらしたのかを明らかにするとともに、どうすればまともな働き方が再建できるのかを考察しています。

 第1章「戦前の雇用身分制度」では、明治末期から昭和初期の紡績工場や製糸工場における女工の雇用関係や長時間労働を概観し、今日の「ブラック企業」の原型が、多くの過労死・過労自殺を生んだ戦前の暗黒工場にあることを指摘しています。言い換えれば、今日の日本では、戦前の酷い働かせ方が気づかないうちに息を吹き返してきているということです。

 第2章「派遣で戦前の働き方が復活」では、戦後における労働者供給事業の復活を、1980年代半ば以降の雇用の規制緩和と重ねて振り返り、労働者派遣制度の解禁と自由化によって、戦前の女工身分のようなまともな雇用とはいえない雇用身分が復活したとしています。つまり、雇用関係が間接的である点で、今日の派遣労働はかつての女工たちに近い存在であるということです。

 第3章「パートは差別された雇用の代名詞」では、1960年代前後まで遡って、パートタイム労働者は、性別・雇用形態に差別された雇用身分として誕生したとし、今日ではそのパートの間で過重労働と貧困が広がっているとしています。パートタイム労働者は、雇用調整の容易な低賃金労働者であるにもかかわらず、基幹労働力の有力な部隊として以前にもましてハードワークを強いられるようになっているとともに、パートでしか働けないシングルマザーの貧困化が深刻な問題になっているとしています。

 第4章「正社員の誕生と消滅」では、長時間労働と不可分の正社員という身分が一般的になったのは1980年前後であるとし、やがて過労死が社会問題化し、さらに、社員の多様化による一般職・限定正社員の低賃金化、総合職正社員のいっそうの長時間労働化、そして今日「正社員の消滅」が語られるようになるまでの過程を追っています。

 第5章「雇用身分社会と格差・貧困」では、格差社会は雇用身分社会から生まれたという観点から、ワーキングプアの増加を問題にし、労働者階級の階層分解が低所得層の拡大と貧困化を招いており、特に若年層に低賃金労働者が占める割合が著しく高まってきたこと、それと対比して株主資本主義の隆盛で潤う大企業の経営者と株主にも焦点を当て、近年の株主資本主義の台頭は、企業はコスト削減による利潤の増大を求め、その結果リストラや賃金の切り下げや、労働時間の延長などを促す傾向がある一方で、企業の内部留保は増大し、株主配当や役員報酬は増えていることなどを指摘しています。

 第6章「政府は貧困の改善を怠った」では、雇用形態の多様化は雇用の非正規化と身分化を通して所得分布を階層化したことを確認し、官製ワーキングプアの創出や生活保護の切り下げなどにみる政府の責任を追及しています。政府の雇用・労働分野の規制緩和政策の立案にあたっては、経済界の利益が優先されたとし、その結果、近年の日本の相対的貧困率は高まる一方だとしています。

 終章「まともな働き方の実現に向けて」では、雇用身分社会から抜け出す鍵として、(1)労働者派遣制度の見直し、(2)非正規労働者率の引き下げ、(3)規制緩和との決別、(4)最低賃金の引き上げ、(5)八時間労働制の確立、(6)性別賃金格差の解消を掲げています。

 著者は30年ほど日本の労働社会の変化を追いかけてきた専門家です。こうした問題については、結論の導き方(意図的に意見を差し控えているような箇所もあった)や提言の部分については読者それぞれに意見はあろうかと思われますが、日本の労働社会の現況問題を俯瞰し、今後のあるべき方向性を考えるうえでは総体的によく纏まっているテキストとして読めるように思いました。それにしても何となく気が重くなる...。

 「雇用身分社会」の「身分」という言葉は、労働基準法では「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」(第3条)と定められていますが、判例法理では、「身分」とは「生来のもの、自らの力では変えられないものを指すとされているため、非正規社員が正社員と賃金が異なるのは、「身分」による差別にはならないとなっています。なぜならば、自分の力で正社員になれる可能性があるからです。

 本書では、法的な意味ではなく「社会における人々の地位や職業の序列」という意味でこの「身分」という言葉を用いていますが、先の判例法理のイメージからすると、いよいよ、個人の力ではどうしようもなくなってきているのかなあと思った次第です。

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就活エリートの迷走』から更に踏み込んだ分析と、より広角的な提案ではあったが...。

若手社員が育たない。.jpg       豊田 義博 『就活エリートの迷走』.jpg 『就活エリートの迷走 (ちくま新書)['10年]』
若手社員が育たない。: 「ゆとり世代」以降の人材育成論 (ちくま新書)』['15年]

 著者は、本書の5年前に著した『就活エリートの迷走』('10年/ちくま新書)で、明確にやりたいことがあって高いコミュニケーション能力があり、エントリーシートや面接対策も完璧、いくつもの企業から内定を取るなど就職活動を真面目に行い、意中の企業に入社しながら社会人としてのスタートに失敗、戦力外の烙印を押される人たちがなぜ生まれたのかを分析し、採用手法と採用市場を変革する必要性を説いていました。

 今回、全6章で構成されている本書の第1章で、今どきの若手社員の特徴について分析していますが、"困った若手社員"と指摘される人材像として、10年以上前から存在が指摘されている、挨拶が出来ない、指示待ち、すぐ辞める、自分には無理と仕事を拒否するといった「後ろ向き型」、『就活エリートの迷走』に登場する、志望職種や自身が描くキャリアビジョン、成長シナリオにこだわりすぎて迷走する「キャリア迷走型」に加えて、「キャリア迷走型」の迷走のあり方が変わり、次のモードにシフトした「自己充実型」を3つ目のパターンとして挙げています。

 「自己充実型」とは、上昇志向が弱く、リスクを回避し、保守的で、自己の人生を充実したものにするため自分の時間を大切にするタイプですが、この"第3の困った若手社員"は「何をしたらいいかも薄々わかっていながら、そしてそれをする能力もありながら、取り組まない」という失敗するリスクを回避しているだけなのだとし(著者はこれを「成長する自由からの逃走」と呼ぶ)、これは30代後半から上の世代にはなかなか理解出来ない感覚だろうとしています。

 続く第2章では、仕事の特性が変化したこと、そして仕事環境の変質といった状況が若手を育ちにくくしていることについての考察し、これまで日本企業は高度成長期に形成された、新卒を一括採用して新人研修や職場で実務を経験させ、知識や技能を身につけさせるOJTなどを通じて若手を育成してきた。それを本書では「個社完結型『採用・育成』システム」と呼んでいるが、このシステムの寿命は尽きかかっており、今の時代に即した「社会協働型『育成・活用』システム」への移行が急務だとしています。

 第3章では、社会に適応し、成長しようとする若手が紹介されています。会社の採用担当者の多くは「入社後の適応・活躍は、大学時代の経験と密接な関係がある」と確信しているそうだが、そうした若手は大学生活で以下の「5つの経験」をしているとのことです。
●社会人、教員など、自分と「異なる価値観」を有する人たちと、深く交流していた。
●自身が主体者として「PDS(Plan-Do-See 計画・実行・検証)サイクル」を繰り返し回していた。学園祭などのハレの舞台での経験ではなく、日常生活において小さな創意工夫を重ね、そこからの気づきから、やり方や考え方を変えてきた。
●自身にとって負荷がかかること、やりたいわけではないことを、自身の「試練・修行」の場として継続して行っていた。
●自身の思い通りにならず、「挫折」したり「敗北」感を味わったり、他者からの手厳しい「洗礼」を受けていた。
●前記を通じて、自身の「志向・適性の発見」をしていた。他者から指摘されるケースも多い。

 第4章では、大学時代にこうした機会に恵まれなかった人はどうすればいいのかを考察し、それには自分に合った「人が育つ職場」に身を置くことや、OJTの機会を活かすなどの手段があるが、若手の希薄な危機意識やリスク回避などもありなかなか難しく、そんな中、自身のキャリアに不安意識のある若手が参加しているのが、社外で様々な人が集まって行う「勉強会」であるとして、今どきの勉強会の在り様を紹介しつつ、若手人材育成のための代替手段・機能のひとつとして「勉強会」というのは有望なのではないかと推察しています。

 第5章では、目指すべき姿は、「個社完結型『採用・育成』システム」から離脱した「社会協働型『育成・活用』システム」であるとの考え方から(第2章)、大学での教育の重要性について述べています。若者"再生"のカギは「大学での学び」にあるとし、社会に出る前の大学時代における学習経験にあり、社会人になった後にも、自社内にとどまらずに異質な価値観と出会う「越境学習」の機会が必要であるとしています。

 第6章では、同じような考え方からの、企業に向けた提案となっています。これらの効果を高める上で企業には、大卒者全員を基幹人材として採用する考えを一度リセットして「専門コース」「幹部コース」といった具合に「キャリア・コースを複線化」すること(欧米ではこうした区分がスタンダードである)と、多忙を極める管理職の職務を整理、再編することが求められる(マネジャーが、部下の面倒を見ながら自分も業績を上げないといけない"プレイングマネージャー化"している現状を改める)と主張しています。

 全体として『就活エリートの迷走』の続編との印象もありますが、そこから更に進んだ"現代若者像"の分析となっていて興味深く読めたし、また、前著以上に提案部分に力を入れているように思われ、第4章の「勉強会」への参加は、当事者である若者に対して、第5章は大学へ向けて、第6章は企業へ向けてと、提案の対象も(課題に沿って)広角的になっている印象を受けました。

 但し、版元の紹介にも"渾身のリポート"とありましたが、やはり分析や情報提供が提案に勝っているかなという印象も受けました。提案部分では、第4章の「勉強会」の部分はリアルに現況をリポートしており、第5章の「大学教育」の部分も同様に大学で実際に行われている先進的な取り組みを紹介しているのに対し、第6章の「企業」に対する提案はややもやっとした感じでしょうか。企業に対する期待が、今一つ琴線に触れてこない...(実務者ではないから仕方がないのか)。

 例として挙げられている「ユニクロ」にしても、「コース型人事」はこれまで表立って謳っていなかっただけで(誰もが自分が将来幹部になれる可能性があるものと思って入社していた時期があった)、実際の人材登用はこれまでも欧米型でやってきているでしょう。ショップの店員がいきなり本社の経営戦略や企画・マーケティング部門へ異動になるなどということはあり得ず、そうした基幹部署の要員は、コンサルティングファームやシンクタンクなどから"引っこ抜き"採用してきたでしょう。

 企業において、コア人材のためのキャリア・コースを設けるというのは何年か前から言われていることで、その割には導入が進んでいないような気がしますが、著者の言うように、企業のキャリア・コースの分化は傾向としては進んでいくことが考えられます。その意味で、著者の言うことを全否定するつもりは毛頭ないですが、「ユニクロ」は、事例として挙げるには不適切だったように思いました。

「●労働法・就業規則」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3320】 水町 勇一郎 『労働法入門 新版

「事例」設定により、実際に起こり得る労働問題の労働法全体での位置づけが分かるようになっている。

水町 勇一郎  『労働法 [第7版]』7.JPG水町 勇一郎  『労働法 [第7版]』.jpg
労働法 第7版』['18年]

 本書は、2007年に初版が刊行された労働法の教科書ですが、第2版以降2年ごとに改訂を重ね、今回が第7版になります。前々回から前回の改訂までの間に、次世代法、パートタイム労働法、労働者派遣法などの改正の動きがありましたが、今回は、雇用保険法、育児介護休業法、男女雇用機会均等法などの改正があり、また、「働き方改革」の実現に向け、労働基準法改正案等が国会に提出・審議され予定であることを踏まえ、そうした法改正(案)の動きを反映したものとなっています。

 全体の構成はこれまでと同じですが(第5版の時に第3編に「第3章 非正規労働者に関する法」が新設された)、本書の特徴は、労働法の背景にある歴史や社会の基盤を踏まえ、労働法の理論と動向を描出していることにあります。また、そうした視点で労働法全体を体系的に整理するとともに、「事例」(基本的には判例に準拠し簡素化されている)によりケーススタディ的に解説することで、実務において実際に起こり得る労働問題が、労働法全体の中でどのような位置づけになるのかが分かるようになっているのも、本書の特徴であるかと思います。

 そうした「事例」が設けられているため、セミナール形式の授業のテキストとしても使えるようになっていますが、「事例」から導かれるそれぞれの論点について、根拠となる条文や法理が網羅されているばかりでなく、そこから結論に至るまでの道筋も丁寧に解説されているため、一人で読むのにもまったく問題ありません。ただし、一人で読む際も、「事例」のところで自身で一度、その事案は労働法上どのような扱いになるかを考えてみたうえで、次に読み進むとよいかと思います。

 全体を通して、判例の立場を重視し、条件や背景の違いによって判決が違ってくる場合があることを、重要判例や最新の裁判例を理論的に分析しながら解説しています。さらには、時代の動向を踏まえつつ、著者なりの見解も述べられています。そうした著者なりの見解は、「考察」といった形で述べられていることもありますが、文中にある「コラム」欄においてもかなり言及されていて、できれば「コラム」欄は読み飛ばさない方がよいかと思います。

 教科書であり、ただし、内容レベル的には専門書でもありますが、一人の著者によって書かれたものであることもあり、全体の統一感があって、内容の硬さのわりには読みやすいです。少しずつ読み進めば、初学者であっても最後まで読み通せるものであり、多忙な企業内実務者についても同じことが言えるかと思います。

 取り上げている判例数も多く、労働法をある程度学んだことがある人にとっても、読み応えは十分かと思います。重要判例については『労働判例百選』(第9版)と対応しているため、さらに判例を堀下げて理解したければ、『百選』を参照しながら読むのもよいかと思います。ただし、読者に裁判例を多く知ってもらうことが本書の目的ではなく、労働法に関するセンスのようなものを身につけてもらうのが目的であると思いますので、まずは本書を通しで読んでみることをお勧めします。

「●労働法・就業規則」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒【2687】 水町 勇一郎 『労働法 [第7版]
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労働法上の重要論点の問題意識を鮮明にして読者に投げかけ、議論を喚起している良書。

雇用社会の25の疑問第3版.JPG雇用社会の25の疑問 3.jpg
雇用社会の25の疑問 労働法再入門(第3版)』['17年]

 本書は、2007年に初版、2010年に第2版が刊行されており、7年ぶりの改訂新版になります。労働法上の重要論点を取り上げ、著者なりの問題意識を鮮明にして読者に投げかけ、議論を喚起するというスタイルの本です。人事の仕事に携わっている人にとっても理解が曖昧になりがちな労働法の様々な疑問点について、基本理論や判例などについて明快な文体で懇切丁寧に解説しています。専門テキストレベルの突っ込んだ内容でありながら、全体を"学者言葉"で埋めつくすようなことは控えており、深い内容ながら読みやすいものとなっています。

 提示されている25(話)の疑問には労働法学者としての鋭い視点が窺え、それはまた、読む側に新たな気づきや問題意識を与えてくれるものとなっています。例えば、一般に労働者によかれとしてなされている法改正が、果たして労働者のためになるものなのだろうかという見方を示したり、リーディングケースとされている判例にも、今の社会に置き換えた場合どうかといった疑念を挟んだりするなど、常に、社会のあり方、変化を見据えつつ、原点に立ち返って考える姿勢が見られます。

 また、"法律"の視点だけでなく"人事"の視点も入れて様々な考察を行っているのも本書の特徴です。各話の末尾には、冒頭の「疑問」に対する著者なりの「結論」が付されています。「疑問」に対してすっきりした解答を出し切れていないものもありますが、むしろ、そうした様々な要素が複雑に絡み合っているのが、「雇用社会」の実際なのだと改めて感じさせられます。法律は世の中の変化と相互に影響し合っており、世の中の変化に目をやることなく、また、法律の真意を探ることなく、金科玉条のごとく盲信、盲従することの危うさを示唆しているようにも思えました。

 初版、第2版では、第1部が「日頃の疑問を解消しよう」(労働者側、会社側の両側からのそれぞれの疑問を扱っている)、第2部が「基本的なことについて深く考えてみよう」、第3部が「働くことについて真剣に考えてみよう」となっていたのが、今回は第2部の見出しが「政策について考えてみよう」に改まっています。著者によれば、これは、労働法をめぐる議論が、法解釈から立法政策へと重点が移行しつつある状況に対応したものであるとのことです。

 例えば、その第2部では、第12話「ジョブ型社会が到来したら、雇用システムはどうなるか」、第13話「労働法は、なぜ個人自営業者に適用されないのか」、第14話「正社員と非正社員との賃金格差は、あってはならないものか」、第15話「女性活躍の推進は、本当に法律でやるべきことなのだろうか」といった今日的テーマが連なり、さらには、障害者の雇用促進や外国人労働者問題を新たに取り上げています。

 第3部では、第24話「第4次産業革命後の労働法はどうなるのか」で最新のテーマを扱い、第25話「私たちにとって、働くとはどういうことなのか」も、機械が労働を担い「働きたくても働けない」AI時代を想定したうえでの働く意味の問いかけとなっています。

 全体として、第2版と比べても3分の1程度が新規テーマであり、従来とテーマが同じ章でも、法改正への対応はもとより、内容がより昨今の実情に沿った方向に書き改められている箇所もあり、初版、第2版の既読者であっても、読む価値はあるように思いました。お薦めです。

 判例解説は巻末に「判例等索引」があり、ネットでの検索に必要な事件番号が付されているほか、同著者の『最新重要判例200 労働法 第4版』('16年/弘文堂)で取り上げているものは、同書内での番号も付されているので、本書と併せて参考にするとよいかと思います。

《読書MEMO》
●目次
第1部 日頃の疑問を解消しよう
第1章 労働者の疑問
 第1話 労働条件の決定おける「合意原則」とはどのようなものか
 第2話 社員は、会社の転勤命令に、どこまで従わなくてはならないのか
 第3話 社員の副業は、どこまで制限されるのか
 第4話 会社が違法な取引に手を染めていることを知ったとき、社員はどうすべきか
 第5話 労働者には、どうしてストライキ権があるのか
 第6話 公務員は、どこまで特別な労働者なのか
第2章 会社の疑問
 第7話 会社は、美人だけを採用してはダメなのであろうか―採用の自由は、どこまであるか
 第8話 会社は、どのようにすれば社員を解雇することができるか
 第9話 会社は、社外の労働組合とどこまで交渉しなければならないのか
 第10話 会社は、社員のSNSにどこまで規制をかけてよいのか
 第11話 会社は、なぜ社員のメンタルヘルスに配慮しなければならないのか
第2部 政策について考えてみよう
 第12話 ジョブ型社会が到来したら、雇用システムはどうなるか
 第13話 労働法は、なぜ個人自営業者に適用されないのか
 第14話 正社員と非正社員との賃金格差は、あってはならないものか
 第15話 女性活躍の推進は、本当に法律でやるべきことなのだろうか
 第16話 障害者の雇用促進は、どのようにすれば実現できるか
 第17話 高年齢者への雇用政策はどうあるべきか
 第18話 少子化は雇用政策によって対処することができるか
 第19話 日本は外国人労働者にどのように立ち向かうべきか
 第20話 ホワイトカラー・エグゼンプションの導入は、なぜ難しいのか
第3部 働くことについて真剣に考えてみよう
 第21話 キャリア権とはいかなる権利か
 第22話 私たちは、どうして長時間労働で苦しんでいるのか
 第23話 労働者派遣は、なぜたたかれるのか
 第24話 第4次産業革命後の労働法はどうなるのか
 第25話 私たちにとって、働くとはどういうことなのか

「●労働法・就業規則」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒【2686】 大内 伸哉 『雇用社会の25の疑問 [第3版]

「柔らかい」けれども「骨のある」内容。初学者のみならず、人事パーソンに広くお薦め。

プレップ労働法 [第5版].jpgプレップ労働法 [第5版.jpg プレップ労働法 [第5版].png
プレップ労働法 第5版 (プレップシリーズ)』['16年]

 「プレップ」(予習、準備の意味)という名の通り、労働法をこれから学び始める人や実務で労働法の知識が必要となった人向けの入門書です。2006年の初版以来10年を経ましたが、コンパクトながらも労働法の主要な部分を広くカバーしていることに加え、労働法が実際に当てはまる場面を、職場でリアルに交わされていそうな「会話」で織り込みながら分かり易く解説しているため、初学者だけでなく実務者の間でも安定した評価を得ているのではないかと思います([第5版]という改訂数からしても)。

 今回は2013年刊行の[第4版]から3年ぶりの改訂ですが、労働者派遣法、障害者雇用促進法の改正に対応する一方で、全体でB6版300ページぐらいのボリュームに抑えているため([第3版]の時は330ページあった)、法律の本と言うより、やや厚めの新書本を読むような感覚で読めるのがいいです。

 "職場でリアルに交わされていそうな「会話」"と書きましたが、
 ―イイズカ人事部長「キミは思ってたより使えないので、本採用しないことにします」
  内定者マオさん「えー、そんなあ......今さらそんなこと言われたって困り ます。だいたいですね、そんなに使えるヤツだったらこんな会社に来てないと思います」
  ストンと腑に落ちたイイズカ「......(一理あるな)」

 ―モンスター契約社員ナナコ「なんで私には通勤手当が支給されないんですか? ただ契約が有期だから、ですよね? これは不合理な契約条件の相違です! ああ差別! ああ格差社会!」
  ヤマナカ人事部長「違うよ! 会社まで徒歩5分のところに住んでいるからだよ!」

などといった、漫才のような会話が満載で、楽しみながら読めることは請け合いです。分厚い教科書で労働法を勉強しようとして挫折した人も、本書であれば、軽いノリで学べるのではないでしょうか。

 ただし、そうしたとっつきやすさもさることながら、解説の方は、最新の裁判例や近年の労働問題のポイントなども踏まえながら、かなり労働法の深い部分に分け入っているため、ただ書かれている内容を覚えると言うよりも、考えながら読む要素が大きく占める本でもあります。その意味では、テキストとして初学者向けに限られるものではなく、今まで労働法をある程度学んできた実務者が読んでも、もの足りなさを感じることはないのではないように思います。

 いわば、「柔らかい」けれども「骨のある」内容です。実際、これまでも改訂の度に本書をこっそり(?)読んでいた人事部や法務部の人もおられるかもしれませんが、改めて人事パーソンに広くお薦めしたいと思います。

【2019年改訂第6版】

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『Q&A 管理職のための労働法の使い方』の改題・改定版。人事パーソンにもお薦め。

IMG_2724.JPGQ&A 部下をもつ人のための労働法改正.jpg
Q&A部下をもつ人のための労働法改正 (日経文庫)』['15年]

 同著者による『Q&A 管理職のための労働法の使い方』('13年/日経文庫)の2年ぶりの改訂版で、職場で起きる労務問題について、管理職としてどう対応したらよいかを、Q&A形式で具体的にまとめたものです。「労働時間・残業を管理する」「セクハラ・パワハラを防ぐ」「派遣労働者を管理する」など現実に起きうる問題を全10章に類型化し、合計55問のケースを掲載、労働法の知識を頭から順番に教科書的に解説するのではなく、現実に起こり得る問題を具体的に想定して、どのタイミングで何をすればいいのかを、実践的な観点から解説しています。

 法律の解説部分は、人事パーソンにとっては"おさらい"的なレベルでしょう。しかしながら、職場の管理職が人事部とどう連携するかという視点から解説されているため、職場の管理職が単独であるいは人事部と連携して対応していくそのやり方が分かるだけでなく、それを引き取った人事部が、引き続き職場の管理職と連携してどのような形で問題への対応に当たるのが望ましいのかを知る上でも、多くの示唆が含まれているように思いました。

 例えば、「労働時間・残業の管理」について解説した第1章には、朝、勝手に早い時間に出社し、早出残業をつけている社員がいて、そのやめさせ方をどうすればよいかという問いに対し、「始業時間までは勤務に入らず、始業時刻になったらただちに勤務=仕事に取りかかれるように、それ以上はしないように、と指示すればよい」としていますが、こうした問題などはまさに、法律問題というより、その職場に合ったルールづくりの在り方の問題なのでしょう。

 「さぼる社員、言うことを聞かない社員をどうただすか」を解説した第3章では、社外の人への態度が悪く、評判の悪い社員に対して、その態度を改めさせるためにどうすればよいかという問いに対し、業務指示として将来の行動規範を具体的に示すことで、改善指導の対象・目的を明確にするのがよいとし、更に、「なぜ、私だけにそういう指示をするのか」といった社員の反撃に対する対処の仕方も具体的に書かれています。

 無断欠勤が続いている社員を解雇せざるを得ない場合、長期無断欠勤が自然退職事由になっておらず普通解雇事由になっている場合は、解雇の意思表示が本人に到達しなければなりませんが、配達証明付内容証明郵便で解雇通知を発送して本人が受け取り拒否した場合は"未到達"になるため、解雇の効力が発生せず、このような場合においては、内容証明郵便ではなく普通郵便で発送するようにする―といった具体的な方法論についても触れられており、この辺りはむしろ人事部マターとしての基礎知識と言えるかと思います。

 以下、病気の社員、問題行動のある社員への対応、セクハラ・パワハラの防止、有期労働者の管理、派遣労働者の管理、請負労働者の管理、トラブル発生への予防と対応、外部の労働組合への対応など幅広い問題について、ともすると職場の管理者だけでなく人事パーソンでさえ判断を誤りがちなケースを設問形式で取り上げ、予防や事後のフォローなども含め丁寧に解説しています。

 改訂版ということで、『Q&A 管理職のための労働法の使い方』から章立て等は変わってはいませんが、最新の改正法を踏まえた内容になっており、ストレスチェック制度については、第1章の「労働時間・残業を管理する」の中で解説されており、改正派遣法については第8章の「派遣労働者を管理する」の中で解説されています。

 日経文庫という地味め(?)のレーベルで、「部下をもつ人のための」とタイトルにあるため、職場の管理職のための本であると取られて人事パーソンはついスルーしてしまいがちかもしれませんが、人事パーソン自身が職場の管理者とともに労務問題への対処の在り方を考えていくうえで、改めて気づかされる点、考えさせる点が少なからずある本です。お薦めです。

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法改正によって派遣法が「常用代替防止」という概念から解き放たれたという考えは賛同できる。

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派遣新時代 ~派遣が変わる、派遣が変える~ (幻冬舎ルネッサンス新書)』['15年]

 2014年に2度国会で廃案となり、2015年の国会でも議論が紛糾した労働者派遣法の改正案は、衆議院で可決(強行採決)されたものの、その約2ヵ月を経た現在も参議院厚生労働委員会での審議は終わらず、当初9月1日としていた施行日を9月30日に修正したいと与党側が提案するに至っています。こうした背景には、野党側の反対だけでなく、改正案では、専門26業務の区分が廃止され、すべての派遣労働者の受け入れ期間が個人単位で最長3年までになることから、雇用を不安定にするという不安が世論的にも根強くあることが窺えます。

 一方、派遣会社の経営者による本書は、今回の改正を歓迎する立場で書かれています。第1章「ようやくわかりやすくなる派遣の働き方」では、派遣で働くときは1か所で原則3年までになるといった改正案のポイントを解説するとともに、はじめて派遣社員の継続雇用に目配りがいった改正案であり、派遣先への直接雇用を後押しするものであるとしています。

 第2章「なぜ派遣労働は誤解されてきたのか」では、派遣という言葉にはネガティブなイメージが色濃く刻まれているが、「派遣社員=カワイソウ」という方向でばかり物事を見ていると現実を見誤ることになり、積極的に派遣という働き方を望む労働者の声も無視してはならないとしています。但し、「消極型派遣労働者」が置かれている厳しい状況は楽観できるものではなく、彼らを漂流させたままにしてきた派遣業界にも責任はあるだろうが、ディーセント・ワークの提供など、日本の派遣も変化しなければならない段階にきているとしています。

 第3章「派遣社員と正社員ではここが違う」では、派遣の仕組みを説明するとともに、派遣会社は何のためにあるのかを改めて考察し、派遣労働者が「非正規」というカゴから飛び出したくても飛び出せないのは、その問題を放置したまま"増改築"を繰り返して複雑化した法律にも問題があったとしています。

 第4章「派遣と偽装請負の危ない関係」では、派遣が問題となる背景には、違法派遣や偽装請負が横行してきた実態があるとして、派遣と請負の違いを解説しています。

 第5章「派遣のルーツを探る」では、「派遣」というものが英文タイピストの不足から生まれ、政令26業務のネガティブリスト化によって複雑化し、一方、業務請負は、製造派遣禁止の代替として成長したとしています。

 第6章「長妻プランと民主党政権下での混乱」では、2009年に誕生した民主党政権化で、それまでの労働者供給事業の規制緩和路線が一転して規制強化に向かい、その象徴が「専門26業務」のうちの「事務用機器操作の業務」と「ファイリングの業務」を実態を顧みずに狙い撃ちした"長妻プラン"であり、これにより多くの派遣社員が職を失ったとしています。本章では、「離職後1年以内の派遣受け入れ禁止」なども、実態にそぐわないものとして見直すべきだとしています。

 第7章「『正社員のため』から『派遣労働者のため』へ」では、2015年改正の派遣法は、はじめてできた派遣労働者を守るための法律であり、「業務内容」によって決められていた派遣期間が「人」を基準とするようになるというのが大きな変更点であるとともに、従来の特定労働者派遣・一般労働者派遣の区別が撤廃され、すべてが許可制になることがポイントであるとしています。更に、「常用代替防止」というあたかも派遣法のコンセプトのように用いられてきたる考え方は、もはやその意義を喪失しているとしています。

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「割増賃金」問題にメスを入れることがホワイトカラー・エグゼンプション論の狙い。

労働時間制度改革.jpg労働時間制度改革』(2015/02 中央経済社)

 ホワイトカラー・エグゼンプションの法制化をめぐる議論はここ十年来続いていると言えます。2007年、第1次安倍内閣はホワイトカラーエグゼンプション制度を検討しましたが、過労死の懸念が強く示され、法案提出に至りませんでした。その後複数回法案提出されましたが野党から「残業代ゼロ」制度などと評され廃案となり、それが「高度プロフェッショナル制度」と名を変えて今年['18年]4月の国会に提出された働き方改革関連法案に再度盛り込まれ(数の力で)成立、対象職種は証券アナリスト・研究開発職・コンサルタントなど、年収は1075万円以上が想定されています(最終的な適用範囲は労働政策審議会での議論を経て厚生労働省令で定める、2019年4月施行)。

 これまでの議論をみると、割増賃金を廃止する制度を導入するのは論外であるという意見もあれば、これを「時間ではなく成果で賃金を支払う制度」と定義して「ホワイトカラー・エグゼンプション=成果主義賃金」として捉え、導入を主張する声もありました。しかし、本書の著者は、どちらの主張にも物足りなさを感じると言います。その原因は、ホワイトカラー・エグゼンプションが、労働基準法の改正論=法律問題であるという意識が希薄なまま議論されていることにあると言います。

 著者によれば、労働時間は、一見誰にも語れそうで、実は、法律の専門家でも理解が難しい部分がある「落とし穴の多い」分野であるとのことです。本書では、まず、労働時間制度を論じるために知っておく必要がある法律の基本知識(労働基準法の第4章「労働時間、休憩、休日及び年次有給休暇」の条文やそれに関する判例)を分かりやすく解説したうえで、現行の法律にどのような問題があるかを読者とともに考えていく情報を提供し、加えて、外国の労働時間制度がどのようになっていのかを紹介しています。そして最後に、労働時間改革をめぐる現在の議論を整理したうえで、著者の改革案を提示しています。

 サブタイトルに「ホワイトカラー・エグゼンプションはなぜ必要か」とあることから、著者の主張がある程度は予測され得るものですが、いきなりそうした議論に入るのではなく、このように、労働時間法制の成り立ちから説き起こして、日本の労働時間規制は労働者の健康保護に本当に役立ってきたのだろうかといった疑問を投げかけるとともに、先進諸外国の労働時間法制との比較を通して、日本の労働時間規制のどこに問題があるのかを、まず考察しているわけです。

 それによれば、これまでの三六協定の実態などからして、日本の労働時間規制は①"上限規制"が生ぬるく、②過半数代表者は企業のイエスマンがなりやすくてチェック機能として働かず、③大した必要がなくても時間外労働させることができ、④割増賃金のごまかしが横行する一方でぺナルティ機能は果たされておらず、⑤労働者の方も割増賃金があると時間外労働をそれほど嫌がらなくなってしまい、⑥残業になると労働時間にカウントできるかどうかわからない仕事が増え、⑦課長や店長には簡単になれるがそうなると割増賃金がもらえなくなり、⑧週に1度の休日といっても出勤させられことが少なくない―等々、問題山積であるとのことです。

 興味深いのは、割増賃金が労働時間抑制につながっているかは疑問であり、少なくとも労働者側からすれば、割増賃金があるからもっと働きたくなってしまうのではないかと、そうすると健康面では逆効果となり、そこで著者は「割増賃金不要論」を唱えている点です(実際、ドイツのように、法律上の割増賃金規制を撤廃した国もある)。個人的には、大企業に限って言えば、著者の指摘はかなり当たっているように思いました。

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上司でも部下でも誰でも気軽に読めるが、人事パーソンにとっても示唆に富む内容。

産業医が見る過労自殺企業の内側.jpg 産業医が見る過労自殺企業の内側2.jpg
産業医が見る過労自殺企業の内側 (集英社新書)』['17年]

 著者によれば、人類は今、史上最も脳が疲れる生活を送っていて、そこに長時間労働や会社の人間関係などでストレスが加わると、「コップから水があふれるように」人はうつ状態になり、最悪、自殺に追い込まれるとのことです。本書は、約30社の産業医を務め、のべ数万人の社員を診てきた著者が、自殺する社員とはどんなタイプか、社員を自殺させる会社の問題点は何か、過労自殺の原因と対処法を説いた本です。

産業医が見る過労自殺企業の内側9.JPG 第1章では、産業医は現代、企業において健康・メンタル両面から働けるかを判断し、社員のカウンセリングとともに企業コンサルティング的役割も担うようになってきているとしています。また、人を過労自殺まで追い詰めるのは、個人的な要因以上に、会社のルール、常識など「構造」に原因があることの方が多いのではないかと感じるとしています。

 第2章では、電通・高橋まつりさん自殺事件の背景を検証し、電通の問題点を挙げていくとともに、他の企業にも思い当たるところがありそうな社員を自殺に追い込む要因や企業風土を解説しています。「業界トップ企業に入社したため逃げ場がない」状況だったとし、また、女性の総合職が少ない企業では、女性総合職の初期時代の、女性の方が体育会系男性カルチャーに合わせていかなければならない風土がまだ残る一方、現代の新卒女性は昔のように肩に力を入れて、男性社会の中でやっていくという気負いを持って入社していないため、そうした企業に入ってギャップに戸惑うことが少なくないと指摘しています。

 第3章では、会社でうつに追い詰められやすい人たちの特徴として、反射的に「大丈夫です」と答える、人に弱みを見せられない、「~すべきではない」という思考に陥りがち、などがあるとし、また、うつはベンチャー企業では軽症が多く、大企業では重篤化するケースが多いとしています。若年層に多い「ありのままの自分を他者に受け入れてもらう」ことにこだわる「アナ雪症候群」、上司の指導をすぐパワハラと思い、逆に放っておかれると不安になる「ネグレクトうつ」、横並び感覚で育ってきたため上下関係に慣れていない「ワンピース世代」、妻が会社を辞めさせてくれない「嫁ブロック問題」...等々、現代のうつの原因となる問題を分かりやすい言葉で説明しています。

 第4章では、社員をうつや自殺に追い込む会社の構造とはどのようなものかを考察。現代は日本企業の伝統的価値観である「家族主義」が崩壊し、新しい働き方へ移行する過渡期であるとし、そうした中、社員に負担をかけ自殺に追い込みかねない古い考えや上司はどんな人なのか、その構造を指摘するとともに、上司も変わらなければならないとしています。この中で、部下に「やりたいこと」ではなく、「絶対やりたくないこと」を聞いてみるというのは、逆転の発想で面白いと思いました。

 最後の第5章では、過労自殺を起こさないために、これからの上司はどんな人が望ましいのか、どういう改革や心構えが必要かを説き、「エンゲージメント・サーベイ」など、すでに始まっている取り組みを紹介しています。結語として、現在「働き方」に関して社会が変わろうとしている中、個人も組織も社会も、新しい時代の安定した状態をさぐるために、「バランス」を再考することが重要であるとしています。

 会社でうつに追い詰められやすい人たちの特徴や、社員をうつや自殺に追い込みやすい会社の特徴、これからの上司はどんな人が望ましいのか、といったことについて、上司でも部下でも誰でも気軽に読めるよう分かりやく書かれていますが、それでいて、人事パーソンにとっても示唆に富む内容の本であり、一読してみるのもいいかと思います。。

《読書MEMO》
[主な内容](Amazon.com 内容紹介より)
第1章 産業医とは何をするのか?
産業医の起源は軍医、つまり「戦場でまだ働けるか?」を判断していた。
現代は企業において健康・メンタル両面から働けるかを判断し、社員のカウンセリングとともに企業コンサルティング的役割も担うように。
第2章 電通自殺事件はなぜ起こったのか?
電通・高橋まつりさん自殺事件の背景を検証。電通の問題点を挙げていくとともに、他の企業にも思い当たるところがありそうな社員を自殺に追い込む要因や企業風土を解説していく。
第3章 会社でうつに追い詰められやすい人たち
●反射的に「大丈夫です」と答える。●「男は泣くな! 」と育てられた。●人に弱みを見せられない。●「~すべきではない」という思考に陥りがち。
●若年層に多い「アナ雪症候群」●上司の指導をすぐパワハラと思う。●逆に放っておかれると不安になる「ネグレクトうつ」●上下関係に慣れていない「ワンピース世代」●学生時代にあった裁量権がなくなった。●妻が会社を辞めさせてくれない「嫁ブロック問題」。...等々。
第4章 社員をうつや自殺に追い込む会社の構造
現代は日本企業の伝統的価値観である「家族主義」が崩壊し、新しい働き方へ移行する過渡期。社員に負担をかけ自殺に追い込みかねない古い考えや上司はどんな人なのか、構造を指摘する。
第5章 過労自殺を防ぐために個人と会社にできること
過労自殺を起こさないために、これからの上司はどんな人が望ましいのか、どういう改革や心構えが必要か、すでに始まっている取り組みなどを紹介。

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「ストレスチェック制度」をこなすだけでなく、メンタル対策を企業価値問題として捉え直す。

メンタルタフネスな会社のつくり方.jpgメンタルタフネスな会社のつくり方―――メンタルリスクを回避し、企業の生産性向上を実現する』(2016/03 ダイヤモンド社)

 2015年12月より、従業員数50名以上の事業所に対するストレスチェックの義務化がスタートしています。本書は、企業向けメンタルヘルスケアのサポート・サービスにおいて首位の実績を有する人事ソリューション企業「アドバンテッジ リスク マネジメント」によるものです。メンタル問題は経営を圧迫する大きなリスクであるとし、「ストレスチェック制度」について解説するだけでなく、各企業がメンタル対策を企業価値向上の問題として捉え直すことを訴えています。

 第1章「だから、国が動き出した」では、ストレスチェック義務化の法施行までの背景を解説し、併せて、精神疾患者の休職コストは半年で約422万円になり(その上さらに穴埋めのための採用コストが約180万円かかる)、メンタル不調による休職者の退職率は42.3%にもなるといった公的機関の調査データを示しています。こうした数字は、メンタルヘルスケア問題に直接関わっている担当者には既知のことと思われますが、一方で、休んでいる分コストは少なくて済んでいると考える人事パーソンや職場マネジャーがまだいるとすれば、その考えを今すぐに改める必要があるということになるでしょう。

 第2章「ストレスチェック制度とは何か?」では、2015年12月より実施されている、いわゆる「ストレスチェック制度」について、ストレスチェックで何を調べるのか、調査すべきでないことは何かを解説しています。その上で、「ストレスチェック」を形だけこなす、という考えでは、成長を志向する企業としては不十分であり、メンタルヘルス不調者を出さない職場づくりのための体制を整えておくことが肝要であるとしています。

 第3章「ストレスチェックだけでは、メンタル不調はなくならない」では、ストレスチェックを実りあるものにするために、(1)なるべく多くの従業員がチェックを受ける、(2)高ストレスと判定された従業員をなるべく専門家に繋げる、(3) 高ストレスと判定された従業員以外にも意義のあるチェック内容にする、という3点を意識することが重要であるとし、高ストレス者が医師面接を申し込むことへのハードルをどう乗り越えさせるか、匿名相談窓口の設置や電話・メールなどで相談できる仕組みづくり、外部のカウンセリングサービスの利用などを通して、高ストレス者の面接指導に繋がるサポートをすることを説いています。

 第4章「メンタルタフネスな組織をつくる」では、高いストレスを抱える傾向にあるのは「30代」「女性」「IT業界」であるが、仕事の量・質イコール高ストレスということにはならず、重要なのは「ビジョンの共有・充実感」「仕事の裁量」「人間関係」であるとしています。また、認知行動療法という心理療法の理論に基づいて、ストレスへの対処は「学習やトレーニングによってある程度改善できる」として、その認知行動療法の技法や入門書を紹介するのと併せて、怒りの発生をコントロールする「マインドフルネス」というセラピーの考え方を紹介しています。また、部下のストレスの原因にならない上司であるためにはどうすればよいか、上司のストレスの原因にならない部下であるためにはどうすればよいか、を指南するとともに、ストレスの高低だけでなく、従業員がポジティブな感情をもって自発的に仕事に取り組む「エンゲージメント」の状態であるかどうかを、ストレス反応の高低と併せて二元的にみる必要があるとしています(エンゲージメントが高く、ストレス反応も高い組織は"活き活き状態"にあると言える)。

 第5章「ストレスチェックから職場改善へ。先進企業の事例紹介」では、ストレスチェックを契機に、或いはそれ以前から職場改善に取り組んでいる先進企業4社(ニチバン、水戸証券、大京、ソラシドエア)の事例を紹介しています。何れも「アドバンテッジ リスク マネジメント」のサポートを受けている企業ですが、外部に丸投げするのではなく、自社でさまざまな工夫を凝らしているのが窺えて興味深く、また、担当者が顔写真入りで紹介されていて自らの言葉で語っているシズル感が感じられました。

 全体を通して「入門書」レベルであり、すでにメンタルヘルスケア問題に直接関わっている担当者にはややもの足りない部分もあるかもしれませんが、先進企業の担当者の言葉などは、職場に啓発の輪を広げていく上で参考になるかと思います。一方、ストレスチェックへの対応について、遅ればせながら勉強中という読者にとっては、読み易い「入門書」と言えると思います。その何れにとっても、「ストレスチェック制度」のテクニカルな対応に目が行きがちなところ、「ストレスチェック」を形だけこなすのではダメであり、メンタルヘルス不調者を出さない職場づくりが肝要であることを訴えている点で、啓発される要素は含まれていると思います(企業が自社で出来ることを優先して説き、そのためにソリューション企業としての自社のノウハウをある程度オープンにしている点は好感が持てた)。

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「職場のメンタルヘルス」はマネジメント問題。そのことを改めて強くインスパイアされる本。

「職場のメンタルヘルス」を強化する.jpg「職場のメンタルヘルス」を強化する―――ストレスに強い組織をつくり、競争優位を目指す

 著者は、これまでのメンタルヘルス対策の問題点は、「ストレス低減」にその主眼が置かれてきたことであろうとし、メンタルヘルス対策がコンプライアンスとか社会的責任という枠組みの中で形式的に行われている限りは、それは企業にとって単なるコストであり、実効的な成果を上げることはできないとしています。その上で、本書では、ストレスに強い組織を作るためのメンタルヘルス対策という、「時間」、「能力」、「コンディション」の3要素の相乗を最大化するための、マネジメントの観点に立った(言わば経営に即した)これからのメンタルヘルス対策のあり方を提唱しています。

 第1章「改善されない『経営課題』としてのメンタルヘルス」で、メンタルヘルス対策は「予防成長型」、「予防配慮型」、「事後成長型」、「事後配慮型」の4つに分類できるとし、従来の「事後配慮型メンタルヘルス対策」では本人の言いなりに対応することで周囲の負担が増え、職場全体が疲弊してしまうとしています。さらに、心の健康を損なうケースとして「精神病型メンタルヘルス不調」、「過負荷型メンタルヘルス不調」、「不適応型メンタル不調」の3つがあり、特に今は、「不適応型メンタル不調」が増えているとしています。

 第2章「メンタルヘルスに対する職場での正しい理解」では、うつ病と診断されるには「2週間以上の症状の継続」が要件となるが、職場での対応において評価すべきは、メンタル不調が、実際の職務遂行能力にどのような影響を及ぼしているかという機能性と、その人が担当している業務の遂行に支障が出ていないかという事例性であるとしています。また、本人の希望通りの配慮は必ずしも有益ではないことがあり、「うつの人に『がんばれ』と言ってはいけない」といった言説もある面では正しいが、ある面では正しくなく、メンタル不調社員に過度に配慮することは適切な対応ではないとしています。

 第3章「コストから投資に変えるメンタル対策の考え方」では、メンタルヘルス休職者比率が上昇した企業の業績はそうでない企業に比べ悪化する傾向にあり、メンタルヘルス休職者の下には、プレゼンティズム(勤怠上はきちんと職場に来ているものの、勤務時間中も効率が低下している人たち)と、アブセンティズム(当日休を頻回に繰り返したり、頻繁に遅刻する人たち)という大きな問題が隠れているとしています。また、職場のメンタルヘルス対策=「職場のストレスを低減させること」と考えるのは正しくなく、労働時間を短縮してもメンタルヘルス問題は解決せず、むしろ労働生産性の低さを改善するマネジメントが有効であるとしています。

 第4章「ストレスを前向きに捉える人材の育て方」では、ストレスを前向きに捉え、自らの成長につなげることができる物事の捉え方を促す成長型メンタルヘルスが今後は求められるとし、メンタルヘルス・マネジメントの一環としての人材育成について解説、ABC理論とSOC(首尾一貫感覚)という2つの考え方を通して、メンタルに強い人材育成のポイントを示しています。ABC理論とは、非合理的な考え方を合理的に修正することでストレスに対応するもので、SOCは、それが高いとストレスの大きな出来事に遭遇しても心身の健康を害さずに過ごすことが出来るというものであり、有意味感、把握可能感、処理可能感の3つから成るとしています。

 第5章「ストレスを職場の活性化につなげるマネジメント方法」では、努力してもそれに見合った報酬が得られるとは限らない低成長時代においては、心理的報酬がその意義を増し、上司からの適正な評価、自分自身の成長実感など、やりがいや達成感、また、それに伴う周囲の評価などがそれにあたるとしています。また、マネジメントの基本は上司と部下の信頼関係の醸成であり、相手の気持ちを考えながら自分の言いたいことを伝えるアサーティブなコミュニケーションが重要になるとしています。さらに、ストレスチェック制度は、ストレスの状況を部署ごとに集計・分析できるので、職場の課題を客観視し手を打つには有効だが、「ストレスが低い職場がよい職場だ」と安直に考えてはいけないと。職場は「疲弊職場型」、「活性職場型」、「職場外負担型」、「不活性職場型」の4種類に分類でき、職場のストレス要因が大きくても、ストレス反応が適切にコントロールされている「活性職場」を目指すべきであるとしています。

 これまでも、産業医としての現場での経験を踏まえた上で、精神科医としての専門家の立場から、企業のメンタルヘルス問題への現実的な対応法、実践的な示唆やアドバイスを繰り返してきた著者ですが、今回は、職場のメンタルヘルス対策は誰のために、どのような考え方に基づいて行われるべきか、今一度原点に立ち返って「職場のメンタルヘルス」のあるべき姿を体系的に整理した本であるように思いました。「職場のメンタルヘルス」はマネジメント問題であるということを改めて強くインスパイアされる本。人事パーソン、マネジャーにお薦めです。

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採用活動を「学」として捉え直し、自社の採用を再構築するための「考え方」を示す。

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採用学(新潮選書)』[Kindle版]/『採用学 (新潮選書)』['16年]

 新卒採用における解禁スケジュール変更が立て続けに行われる中で、依然、多くの企業の採用活動はどれも似通っていて、学生にとってはどの企業も同じように見えてしまうという声もあります。一方で、一部の企業は斬新な採用方法を実施し、それがメディアに取り上げられることもありますが、本書の序章でも指摘されているように、それらに対する評価は、単なる「称賛」や「バッシング」で終わってしまっている印象もあります。

 若手の経営学者(経営・行動科学が専門)による本書は、こうした状況を踏まえ、科学によって導かれたロジック(説明)とエビデンス(根拠)をもとに採用活動というものを改めて科学的に考え(「学」として捉え直し)、自社の採用を見直し再構築するための「考え方」を示すことを狙いとしたものです。

 第1章では、採用活動とは一体どのような活動なのかということについて改めて定義し、「良い採用」というものがあるとすれば、それはどのようなものなのかを考察しています。第2章では、日本の採用の歴史と、その結果たどりついた現在の採用の姿、その問題点について概観しています。

 第3章では、企業へのエントリーから内々定の受け入れに至るまでの、求職者の意思決定に関する科学的な研究を紹介しています。第4章では、「選抜」の科学が紹介されており、求職者が自社に必要な能力をどの程度持っているのかを見極めるにはどのような手法を用いれば良いのか、科学の知見をもとに考察しています。

 第5章では、日本企業の採用の最新動向を追いかけ、日本企業の採用が大きな曲がり角に差し掛かっていることを浮き彫りにする一方、少数ではあるが確実に起こりつつある「採用イノベーション」の事例を紹介しています。そして、最後の第6章において、企業が人材を採用する力(採用力)とは一体なんなのかを総括しています。

 第1章、第2章は"一般教養"編とでもいうか、ざっと流し読みしてよいかと思いますが、企業における採用活動の問題点として、「応募者が多ければ、優秀な人がその中にいる確率も高い」という仮説的ロジックから、「できるだけ多く母集団を集めておきたい」という心理が企業に強く働いていることと、採用における本来の評価基準である「コミュニケーション能力」「向上心」「ストレス耐性」などとは別に、「フィーリングの良し悪し」という基準が持ち込まれ、評価基準がいずれも曖昧で測定しにくいものばかりになっていることを指摘しているのは興味深く思いました。

 ただし、やはり読み所は第3章、第4章であり、科学的な採用活動というものを考え、それを実践に生かすにはどのように進めていくべきかを示すとともに、「優秀さ」とは何かを分析しています。それによれば、採用基準として必ず重視される「コミュニケーション能力」は、努力次第で比較的簡単に身につくという研究結果があるとのことで、採用時にはさほど重視しなくていいとのことです。

 第5章の採用活動における新潮流の事例紹介では、求職者の方が面接会場を設けて採用担当者が赴く「出前面接」や、"師匠"が人物評価を下す"師弟採用"など多様な入り口を設けた「マルチエントリー採用」など、興味深い「採用イノベーション」事例が紹介されています。中には「カラオケ採用」とか「ゲーム『人狼』による人材評価」などよく分からないものもありますが、著者自身が、安易な「解」は時とともに移ろいやすいが、根底にあるロジック(考え方)は普遍的であると述べているように、そうした施策の根底にある考え方を読み取るべきなのでしょう。

 そうしたことも踏まえつつ、全体の総括にあたる第6章では、「採用」と「育成」のつながりを重視するするとともに、人事部門内に採用のプロフェッショナルを育成することの重要性を説いています。

 これまでの採用に関する本は、学生にとっての就活スキルや、企業採用活動における面接方法など、表面的なテクニックを追いがちであったのに対し、採用に「学」と付けたタイトルからも窺えるように、採用というものをロジックで分析したところに本書の目新しさがあり、また、一定の深みもあったように思います。

 ただし、ややバランスが良すぎて、大人しい感じもし、第1章、第2章は、やや退屈に感じる読者もいるかも。著者自身、実務者は第3章から読み始めても良いとしていますが、最もコンセプチャルな内容である第3章、第4章が今度は概念的過ぎて、ややもやっとした感じになった印象もありました(「学」だから仕方ないのか)。

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"元気な会社"が講じている戦略的施策が紹介されていて、啓発的刺激を受けた。

時代を勝ち抜く人材採用 2.jpg時代を勝ち抜く人材採用.png時代を勝ち抜く人材採用

 本書では、少子化による労働力人口の激減など、外部環境の変化により企業の採用活動が厳しさを増す中、採用コスト削減と採用数増加という背反する2つの課題の同時解決を実現し、時代を勝ち抜く人材採用を行うにはどのような採用戦略を取ればよいのかを、「考える」「集める」「選ばれる」「活かす」という4つのポイントから解説しています。

 序章で「採用マーケットの今」を俯瞰し、時代は今「採用効率化時代」へと突入したとして、革新的な採用支援システムにより店舗従業員の採用拡大とコストダウンを両立させたセブン-イレブン・ジャパンをケーススタディとして紹介しています。

 第1章「考える」では、採用においてなぜ「考える」必要があるのか、採用の科学的アプローチとはどういったものかを、「競争優位とマーケティング」「ターゲット選定」「基準値をもってPDCAをまわす」という3つの観点から解説し、エー・ピーカンパニー、テンコーポレーション、三起商行の3社の取り組みをケーススタディとして紹介しています。

 第2章「集める」では、ターゲット選定をした後、いかにして効率的に応募者を集めるかということについて、「オムニチャネル戦略」「トリプルメディア活用」「応募機会の常設」という3つの施策を軸に解説し、シモハナ物流、ツナグ・ソリューションズの2社の取り組みをケーススタディとして紹介しています。

 第3章「選ばれる」では、今日の「選ぶほど応募者がいない」状況の中、企業側がいかにすれば応募者から「選ばれる」ようになるかを、「応募者はお客様」「スピード対応」「面接手法」という3つのキーワードや方法論を軸に解説しています。

 第4章「活かす」では、スタッフの定着率を高めたり、従業員のパフォーマンスを向上させるにはどうすればよいかを、「モチベーション形成」「ハード面における労働環境の見直し」「退職者活用」という3のキーワードや施策を軸に解説し、大光電機、損保ジャパン日本興亜まごころコミュニケーション、日本福祉総合研究所、スタジオアリスの4社の取り組みをケーススタディとして紹介しています。

 解説部分もさることながら、ケーススタディとして取り上げられている各企業の施策が興味深かったです。例えば、居酒屋チェーン店「塚田農場」などを経営するエー・ピーカンパニーは、学生アルバイトに就活期間中も仕事を続けてもらうために、通称「ツカラボ」という就職支援活動を実施しているとのこと、また、天丼チェーン店「てんや」を経営するテンコーポレーションは、外国人スタッフを積極的に採用し、安定稼働させることで店舗の売り上げをアップさせたとのこと、「ミキハウス」ブランドで知られる三起商行では、女性の子育て経験がキャリアに活かされる仕組みを設けているとのことです。

 人材獲得競争が激しい業界の中で、"今、元気な会社"として注目されている企業は、やはり人材採用においても、独自の戦略的取り組みを行っているのだなあと改めて感じます。個々の事例における施策は、一般の企業でも導入可能なものあれば、業種・業態の違いもあってそのまま採り入れることが難しいものもあるかと思いますが、解説部分で示した「考える」「集める」「選ばれる」「活かす」という戦略的な流れに沿ったケーススタディであるため、解説と併せて、自社の採用戦略を考える上で、啓発的な刺激を与えてくれるのではないかと思います。

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若手社員を3つの成長ステージに区分、各ステージの人材育成の要件やポイントを明らかに。

若手社員を一人前に育てる.jpg若手社員を一人前に育てる ~「スタンス」と「スコープ」が人を変える!』['17年]

 本書は、これまでのビジネスにおける人材育成の議論が若手社員や中堅社員を一括りにして論じられることが少なくなかったのに対し、入社直後の新入社員と5年目前後の半人前の中堅社員や9年目頃のベテラン中堅社員では、実際に担当する仕事内容の特性や求められる知識や能力も大きく異なるとの見方から、若手社員126名の成長過程を追った独自のアンケート調査をもとに、若手社員層を3つの成長ステージに区分し、ステージごとの人材育成の要件やポイントを明らかにしています。

 全3部構成の第Ⅰ部では、第1章で、OJTを中心とする職場教育の仕組みのこれまでを振り返るとともに、第2章で、今日の職場教育におけるOJTの在り方を探っています。この中で、意図的な教育が成立するためには、①将来のあるべき姿や到達目標(To be)、②現在の能力状況や課題(As is)、③将来への道筋(Story)が見渡せる「カー・ナビゲーションのような教育」を通して、何を学習し教育すべきかを明らかにする必要があるとしています。その上で、職務遂行に必要な要素を「宣言的知識」「手続的知識」「価値観・態度」「基礎的能力・資質」という4種類の学習成分に分け、さらに、職場における学習と教育の実践方法には、「概念的学習」「モデリング(観察)学習」「経験的学習」「対話による学習」の4種類の形態があるとしています。また、経験学習のメカニズムは、「具体的体験」「内省的観察」「抽象的概念化」「仮仮説検証」の4つのフェーズによるサイクルを回し続けることであるとした上で、第3章で、これからの職場教育の在り方として、徒弟教育と学校教育を融合させたハイブリッド型が望ましいとし、カー・ナビゲーション型の教育を定着させるためにどのような仕掛けや仕組みが必要かを考察しています。

 第Ⅱ部では、第4章で、米国企業と日本企業とでの若手社員の成長を左右する要因の違い調査から分析し、日本企業では入社時の上司が将来的な部下の昇進可能性を左右するとしています。第5章では、若手社員の、入社直後から一人前の中堅社員に成長するまでの9年間の成長プロセスと学習について行った追跡調査をもとに、一般的な日本企業の若手社員の熟達プロセスを探り、入社後9年間の成長の節目となる転機の推移から、若手社員としての初期(1年目から3年目)、半人前の中堅社員として中期(4年目から6年目)、そしてベテラン中堅社員としての後期(7年目から9年目)という3年ごとの成長プロセスの時期を区分しています。さらに、成長の節目となる転機に何を学習するのかを、「業務知識・スキル」「組織行動」「技術スコープ(視野)」「事業・組織スコープ(視野)」「スタンス(態度)」の5つの学習内容に区分し、「スタンス」についてはインタビューを基にさらに内容を分析、その中で「取り組み姿勢」という包括的な表現が圧倒的に多いことを浮き彫りにしています。また、3つのステージ区分のどのような時期に何を学習するのか明らかにしながら、学習と成長のメカニズムを探っています。その上で、一人前に成長した中堅社員のパフォーマンスの創意をもたらす成長プロセスの要因は何かを探り、第6章では、ハイパフォーマーに見られる特徴を、第7章では技術系若手社員の成長プロセスの特徴を、第8章では、事務系若手社員の成長プロセスの特徴を、明らかにし、第9章で、日本企業の若手社員が一人前の中堅社員に成長するための要件を探り、第10章でそのプロセス・モデルを示しています。それによれば、、前期の特徴は「人との出会い」と「基本的なスタンス」であり、中期の特徴は「仕事上の経験」と「セルフ・エフィカシー」(自己効力感)であり、後期の特徴は「挑戦的な仕事経験」と「スコープの拡大」であるとのことです。

 第Ⅲ部では、こうした成長ステージを踏まえ、第11章で入社3年目までの若手社員の人材育成について、第12章で入社5年目前後の半人前の中堅社員の人材育成について、第13章で入社7年目以降のベテラン中堅社員の人材育成について、それぞれの考え方とヒントを示しています。

 著者自身述べているように、「アカデミックなビジネス書」であり、分かりやすく学術的な研究成果を紹介しながら、それらを実践面でどう応用し活用するかということに主眼が置かれているが良いです。また、述べられていることも、実際の調査に基づいて分析しているため説得力があり、若手社員の人材育成について、多くの示唆やヒントを含んだ本であると思います。調査対象の若手社員126名の属性が充分に明かされていないのですが、読んでいて「当て嵌まるなあ」という感じはしました(伝統的日本企業が多い?)。著者自身、「日本企業の若手社員」と何度も断っていますが、こうした知見を実践していくことが、人材育成を重視してきた日本企業の良さというか強みを、改めて喚起することになるのかもしれません。

《読書MEMO》
●ハイパフォーマーに見られる特徴(成長プロセスの要因)(第6章)
・入社直後のネガティブなリアリティ・ショックが小さい
・仕事経験と人との出会いによる成長の転機数が多い
・社外の人との出会いによる成長の転機の頻度が多い
・入社直後の初期にスタンスを学習する頻度が多い
・7年目に成長の転機を経験する頻度が多い
・2年を超える成長の停滞がなく、レジリアンス(回復)力が高い
●日本企業の若手社員が一人前の中堅社員に成長するための要件(第9章)
・入社直後のリアリティ・ショックを回避するための現実的な仕事のプレビュー
・技術系は、入社2年目から困難で不確実な仕事に取り組み、早期かr技術的な視野を拡大する
・入社5年目までに、半人前の中堅社員として高度な業務知識やスキルを確実に習得して自信をつける
・入社9年目までにベテラン中堅社員として、組織的にインパクトの大きな仕事に挑戦し、事業や組織の視野を拡大する。
・「やるときは、やる!」というメリハリのあるワークライフを楽しむ

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「人財」開発に関するテキストであり、実務書。"実務的啓発書"とでも言うべき内容か。

実践 人財開発0.JPG実践 人財開発.jpg実践 人財開発』['17年]

 一般に「人材開発」という言葉が主に人材育成の仕組みをさす意味合いで用いられるのに対し、本書ではあえて「人財開発」という言葉を用い、組織にとって財となる人材についての採用・発掘・育成・最適配置・評価・定着・組織開発・キャリア開発などの施策を統合的に行い、組織目標を達成するための戦略的な取り組みを行うことであるという意味をそこに持たせています。本書は、人財開発に取り組む人に向けた実務書であり、人財開発の仕事を体系的に学び、これからどのように展開を図っていきたいかを、「人財開発」「内製化」などをキーワードに考えてもらうための本であるとのことです。

 第1章では、人財開発の仕事を、「組織風土作り」「組織一体化の醸成」「人材の維持・開発」「人材の補強・強化」の4つの視点から、「組織開発」「人材の保持」「キャリアプラン」「後継者育成計画」「パフォーマンス管理」「能力評価」「チームと個人の育成」「人財の発掘」という8つの戦略に分類する体系的モデルを紹介するとともに、人財開発を推進するためのこれら8つの施策が具体的にどのような仕事を指すのかを示しており、それは、1.人材教育(Training and Development)、2.採用発掘(Recruitment & Acquisition)、3.成果管理(Performance Management)、4.キャリア開発(Career Development)、5.配置登用(Personnel Allocation)、6.定着管理(Retention)、7.後継者計画(Succession)、8.組織開発(Organization Development)の8つとなります。

 第2章では「内製化」をキーワードとし、前述の8つの施策(仕事)について、それぞれ内製化にはどのようなものがあり、何を内製化して何を外注化するべきか、その判断のポイントを示しています。結論として、人財開発においては「51%の内製化」を目指すことを強く勧めている点が興味深く思われました。

 第3章では、具体的にビジネスに貢献するための人財開発の進め方について整理しています。また、この章では、人財開発を戦略的に行ってきた3社の事例が紹介されているため、人材開発の具体的なイメージ把握の助けになるのではないかと思います。

 第4章では、人財開発の専門家を育てるにはどうすればよいか、人財開発の学び方や人財開発担当者が身につけるべき専門性について述べています。具体的には、ATD(Association for Talent Development)が整理したコンピテンシーモデルに基づき 6つの基盤コンピテンシーと10種類の専門性について解説しています。また、人財開発責任者とは何をするのかについて述べ、人財開発責任者の10の専門領域と6つの必要能力について説明しています。

 第5章では、人財開発の潮流と課題について考察し、また、これから着目される人財とはどのようなものかを考察し、5つのトレンドと着目すべき15のスキルを掲げています。

 第6章では、近未来の人材開発がどうなっていくかを推察し、多様化する社会や人工知能、技術革新、未来型の組織への対応について述べています。

 人財開発について学びたいに向けた体系的に整理されたテキスト的内容となっています。同時に、実際に人財開発に取り組んでいる(或いは取り組むことになった)人に向けた(著者の言葉を借りれば)実務書でもありますが、むしろ"実務的啓発書"とでも言うべき内容でしょうか。「内製化」をキーワードとして書かれている点が1つポイントだと思います。

 また、すでに企業内に「人材開発部」のような部署がある場合は、そうした部署の現状分析をする際に、本書によってさまざまな角度からの視座を得ることができるかもしれません。さらには、これからの部署の在り方について考えるヒントも与えてくれるかもしれず、いずれにせよ、人材開発戦略、専門家育成、環境変化の潮流と課題、近未来の在り方などが網羅的に整理されていることから、人財開発の担当者、責任者の参考になる点が多いのではないかと思います。

《読書MEMO》
●目次
第1章 人財開発の実務とは―どのように人財開発を行うのか
第2章 内製化について考える―人財開発を内製化するとは
第3章 人財開発の進め方―ビジネスに貢献する人財開発
第4章 人財開発の専門家を育てる―何を学べば専門家と言えるのか
第5章 現状を考察する―人財開発の潮流と課題
第6章 近未来の人財開発―人財開発の未来を創造する
●8つの施策(第1章)
1.人材教育(Training and Development)
2.採用発掘(Recruitment & Acquisition)
3.成果管理(Performance Management)
4.キャリア開発(Career Development)
5.配置登用(Personnel Allocation)
6.定着管理(Retention)
7.後継者計画(Succession)
8.組織開発(Organization Development)
●内製化の項目例(第2章)
1.人材教育の内製化
・集合研修・eラーニング・外部セミナー・OJT・メンタリング・コーチング
・マニュ・ジョブエイド・コミュニティ
2.採用発掘の内製化
・計画・募集・採用・分析・選抜・登用
●人財開発担当者の必要要件(第4章)
◇基盤コンピテンシー
①ビジネススキル
②グローバルマインドセット
③関連業界の知識
④対人関係スキル
⑤パーソナルスキル
⑥情報技術リテラシー
◇専門領域(人財開発担当者が備えるべき専門性)
①パフォーマンス管理
②教育設計
③デリバリー
④ラーニングテクノロジー
⑤学習効果の測定
⑥学習施策の管理
⑦統合的タレント・マネジメント
⑧コーチング
⑨ナレッジ・マネジメント
⑩チェンジ・マネジメント
●人財開発責任者の役割(第4章)
◇人財開発担当者の果たすべき専門領域
①戦略策定
②投資管理
③変革支援
④成果管理
⑤知識管理
⑥理念浸透
⑦成長支援
⑧能力開発
⑨学習効果
⑩技術革新
◇人財開発責任者に求められる6つの必要能力
①マネジメントチームの信頼性
②従業員とのコミュニケーション能力
③人財開発のトレンド理解
④グロース・マインドセットの維持
⑤学び続ける意欲
⑥自社と業界の未来を語れる
●5つのトレンドと着目する15のスキル(第5章))
1.企業戦略の変化に備える
スキル1:俯瞰力
スキル2:ストレス管理力
スキル3:集中力
2.働き方の変化に備える
スキル4:チーミング力
スキル5:バーチャルコラボレーション力
スキル6:分野横断的知識
3.リーダーシップの変化に備える
スキル7:内省力
スキル8:心理的安全力
スキル9:批判的思考力
4.人口動態の変化に備える
 スキル10:多様性受容力
 スキル11:相互関係構築力
 スキル12:社会的知性
5.テクノロジーの変化に備える
 スキル13:情報統合力
 スキル14:IT活用力
 スキル15:エクスポネンシャル力

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BCGでの人材育成を成功させるうえでの取り組みを「暗黙知」から「形式知」化した本。

BCGの特訓2.jpg『BCGの特訓 成長し続ける人材を生む徒弟制』['15年]BCGの特訓 bunnko.jpgBCGの特訓 成長し続ける人材を生む徒弟制 (日経ビジネス人文庫)』['18年]

 ボストンコンサルティンググループ(BCG)の若手コンサルティングスタッフの人材育成責任者を務める著者らによる本書は、第1部(第1章・第2章)で、BCGの人材育成のベースにある2つの考え方を紹介したうえで、第2部(第3章・第4章)で、成長が必要なメンバーの視点でできること、育成するマネジャーおよび組織の視点でできることを紹介しています。

 まず第1章で、「成長の方程式①」として、「マインドセット(基本姿勢)+スキル」ということを掲げています。ここでは、コンサルタントのノウハウ=スキルというのは誤解であり、個別のスキルをいくら増やしたり突き詰めたりしても、しっかりしたマインドセットを持たない限り成長は難しいとしています。スキルマニアの人たちは、そのまま一生「作業屋」、あるいはフォロワーであり続けるのであり、他人の答えで仕事するフォロワーから、自分の答えで仕事するリーダーになりたいのであれば、①他者への貢献に対する強い想い、②何度もチャレンジできる折れない心、③できない事実を受け入れる素直さ、という3つのマインドセットが必要だとしています。また、こうしたマインドセットは、経験をベースとした「気づき」があれば変えられるとしており、「成長する経験」として、①クライアントと対峙する場に飛び込む、②小さな成功体験を積む、③失敗経験を上手に振り返る、という3つを挙げています。

 第2章では、「成長の方程式②」として、「正しい目標設定+正しい自己認識」ということを掲げています。頑張っているのになぜ伸び悩むのか、伸び悩むタイプとして、①手段が目的化する人、②勘違いな人、③作業屋止まりな人の3つを挙げ、成長には正しい目標設定と正しい自己認識が必要であるとしています。さらに、目標設定における落とし穴として、①具体性のない「スローガン」を掲げる、②「憧れのあの人」になりたがる、③目の前の「モグラたたき」に夢中になる、の3つ挙げ、自己認識の落とし穴として、①まじめな人も無意識に抱く「原因他人論」、②永遠の「青い鳥探し」、③誰にでも、「無意識の思考のクセ」がある、の3つを挙げています。そして、こうした「思考のクセ」はなくならないが、無意識の思考のクセを意識化することでコントロールはでき、思考の特徴を武器にすることも可能だとしています。

 第3章では、今問われているのは、成長の"スピード"であるが、成長を加速させるにはどうすればよいか、その鉄則として、①学びのスイッチが"オン"の時間を増やす、②自分の「目を肥やす」、③自分の行動を「分解」する、④とにかく実践する、変化する、の4つを掲げ、成長が加速しないタイプとして、「育てられ下手」「任され下手」があり、「育てられ上手」「任され上手」になるにはどうすればよいかを説いています。

 第4章では、成長をPDCAで「自動化」するにはどうすればよいかを説き、そのためには、仕事を分解し、どこまで任せるかを考えるとともに、モチベーションをマネジメントすることが肝要であるとしています。そして、育成を着実に進めるには、育成を狙った適切な仕事を任せる(PLAN)、あえて転ぶまでやらせてみる(DO)、適切なタイミングでフィードバックする(CHECK)、具体的な行動を意識したアドバイスを行う(ACTION)とPDCAを回すことが必要あるとし、短期集中特訓で成長を自動化する方法などを紹介しています。

 本書は、人材育成を成功させるうえでの取り組みについて、BCG内において暗黙知であった内容を、「育つ側」「育てられる側」のそれぞれの視点に分けて形式知化を試みたものであるとのことです。ですから、先にシステムやルールがあったわけではなく、実際に行われていることの「勘所」を改めて整理してみたということになるのでしょう。コンサル会社らしく、各ポイントを3項目程度にまとめ、噛んで含めるように分かり易く書かれていますが、スキルについて書いた本ではなく、基本姿勢について書かれた啓発書である分、それほど目新しいことが書かれているわけではありません。いずれも経験に基づくもので、奇を衒ったものではないという意味ではしっくりきますが、やっている人はすでにやっているのではないかとの印象も持ちました。

 但し、BCGの若手人材の育成において、「多様なバックグラウンドの人材」を「短期間で」戦力化するということが強く意識されているというのは充分に感じられました(コンサルファームって特にそうだろうな。士業出者、商社出身者、SE・プログラマ出身者、金融機関出身者、医療系出身者など、出身業界別の行動特性について書かれた部分は、個人的に興味深かった)。

【2018年文庫化[日経ビジネス人文庫]】

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米国企業は年次考課をやめている! やめて次に何をあるかが大事。やや概念的すぎるか。

人事評価はもういらない9.JPG人事評価はもういらない.jpg
人事評価はもういらない 成果主義人事の限界』['16年]

 本書によれば、過去の日本における成果主義の導入に伴って、日本企業がアメリカ式の制度を輸入してきた経緯があり、それまでアメリカの企業においては年次評価と評価によるランク付けがずっと行なわれていたため、日本の制度はアメリカ式に似たものとなったとのことです。こうした目標管理・評価のプロセスを、アメリカでは「パフォーマンスマネジメント」と呼び、本書では目標管理と評価制度を一括りにした意味でそのまま用いています。

 第1章では、今アメリカでは、新たなパフォーマンスマネジメントのトレンドとして、年度目標設定の廃止、中間レビューの廃止、年次評価の廃止、期末フィードバックの廃止といった変化の兆しが見られ、そこには従来のパフォーマンスマネジメントではパフォーマンスの向上につながらないとの考え方があるとしています。アメリカ企業が年次評価を止める背景には、ビジネススピードの変化等ビジネスの要請があり、パフォーマンスマネジメントの変革を行った企業では、人中心経営に舵を切ろうとしているとのことです。

 第2章では、そうした新たなパフォーマンスマネジメントについて、年次評価を止める理由を踏まえて、①リアルタイム、②未来指向、③個人起点、④強み重視、⑤コラボレーション促進、の5つの基本原則を提示し、以下、個々の要素についてさらに詳しく解説しています。

 まず、個々の目標は、その時々の優先度において変化するものであり、その優先度=「プライオリティ」は、①顧客のニーズ・期待、②チームのニーズ・期待、③自分自身の価値観・動機、の3つの視点で設定されるとしています。

 また、目標管理において、メンバーの改善点ばかりを指摘するマネジャーも少なくないですが、新たなパフォーマンスマネジメントでは、弱みよりも強みに焦点を当てるとしています。成果を生み出すための「アクション」は個人の強みによって異なり、人それぞれの強みを活かしたアクションの工夫が望まれるとしています。

 そして、新たなパフォーマンスマネジメントの起点は個人であり、意思決定の主体はマネジャーではなくてメンバーであって、「リフレクション(内省)」と「フィードバック」による1on1の対話が経験学習をより深めるとして、自分は将来どのように活躍したいのかという(相手の)「キャリアアスピレーション」(を理解すること)が対話を育むとしています。

 また、新たなパフォーマンスマネジメントは個人のパフォーマンスを高めるだけでなく、チーム全体のパフォーマンス向上も狙いとしており、チームエンゲージメントを高め、コラボレーションを促進するには、①コラボレーションの重要性を理解させる、②ゴール設定と方向付け、③自律的行動の奨励、④チーム内外へのコネクション、⑤情報の共有、⑥相互フィードバックの促進、⑦建設的コンフリクトの創出、が求められる行動としてあるとしています。

 さらに、1on1の対話の内容は、データとして記録され、後から振り返ることができる状態にしておくべきであり、サポートツールはコラボレーションのツールでもあるとして、その活用イメージを示しています。

 第3章では、日本企業における目標管理・評価制度の問題点について、過去からの歴史を振り返り、現在の制度では、パフォーマンスマネジメントは、①形骸化、②業績偏重、③複雑化、といった問題を抱えているとしています。根本的な問題は「成果」の捉え方にあって、マネジャーが弱体化し、プロセス管理が成長意欲の阻害等の問題を生じさせている現状においては、メンバー一人ひとりを動機付け、個人とチームのパフォーマンス最大化を目指す「ピープルマネジメント」に軸足を移すことが求められるとしています。

 第4章では、ピープルマネジメントについて14の視点を挙げ、それらは、個人エンゲージメントを促す視点として、①個人の尊重、②成長意欲、③学習機会、④期待役割、⑤強みの発揮、⑥仕事への承認、⑦キャリアビジョン、チームエンゲージメントを促す視点として、⑧心理的安全、⑨明確なゴール、⑩失敗からの学習、⑪相互理解、⑫目標の共有、⑬情報共有、⑭相互貢献の、それぞれ7つずつであるとしています。

 著者あとがきによれば、本書はもともと第3章、第4章(後半50ページ)にあるピープルマネジメントを主題に執筆することを予定しており、アメリカ企業における年次評価廃止の流れは補足的な解説に留めるつもりであったのが、調査すればするほど、この潮流は一時的な流行ではないとの確信を強め、年次評価の廃止を主題にして第1章、第2章(前半100ページ)としたとのこと(そのため、第1、2章と第3、4章が、一応は後半が前半を受けている形にはなっているのだが、やや切り離されている印象も受けた)。著者自身、日本企業が年次評価をやめてパフォーマンスマネジメントを変革する決断ができるかは未知数であるとしつつも、少なくとも検討を始める価値のあるテーマであることには間違いないとしています。

 タイトルからしてそうですが、非常に刺激的かつ啓発的な内容であると思いました。ただ、年次評価を止めることよりも、次に何をやるのかということの方が大事なのでしょう。年度目標を廃止して、今度はリアルタイムの目標設定にするわけであり、中間レビューを廃止して、これもリアルタイムフィードバックにする。さらに、期末フィードバックも廃止してリアルタイムフィードバックにするわけであって、決して何もしなくともよいということではないので、勘違いしないようにしたいものです。

 全体として体系的によく纏まっていますが、概念的・抽象的なレベルに留まっている部分もあったように思いました(実務感がやや希薄か)。

《読書MEMO》
●【書籍の内容】(著者が代表を務めるエム・アイ・アソシエイツ株式会社のサイトより)
アメリカで年次の人事評価を廃止するトレンドが止まらない。
GE、マイクロソフト、アクセンチュア、ギャップ、アドビシステム、メドトロニックなど、名だたる企業が年次評価の廃止に踏み切っている。
その理由は、年次評価が個人と組織のパフォーマンス(業績)向上に役立っていないと判断されたからだ。
年次評価を廃止した企業では、新たなパフォーマンスマネジメントの導入のために多大な投資が行われている。
年次で社員にA・B・Cとレーティングするのに時間をかけるのではなく、リアルタイム、未来指向、個人起点、強み重視、コラボレーション促進といった原則に基づくパフォーマンスマネジメントを実現することで、より多様な人材を活かし、より変化に機敏な組織の構築を目指しているのだ。
それは、さらなる成長に照準を合わせた人材・組織戦略なのである。
翻って日本企業の現状を見ると、20年前に導入された成果主義人事の仕組みが制度疲労を起こしている。
 ・年次評価が社員の動機付けや成長につながっていない。
 ・目標設定や評価の面談が形骸化し、年中行事のような儀式になっている。
 ・上司が率直にフィードバックできず、評価結果が上振れする傾向にある。
 ・面談では評価の理由説明に終始し、前向きな話題がほとんどない。
 ・評価の内容が業績中心で、人材開発の要素が乏しい。
 ・会社の目標を個人にまで割り振ると全体の目標が達成できると信じられている
  (もはや幻想であるにもかかわらず)。
 ・評価制度を精緻化しようと工夫し続けた結果、複雑になりすぎて現場で運用できない。
 ・多様な専門性や価値観をもった人材を、画一的な尺度で評価すること自体が難しく
  なってきている。
 ・社員が個人主義的になり、コラボレーション力が低下している。
 ・成果主義人事がマネジャーの裁量の幅を狭め、ミドルアップダウンと言われたかつての
 日本企業の強みが失われている。
人事評価はあって当たり前という固定観念を、そろそろ払しょくすべき時期である。

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"目から鱗"とまではいかないが、目標管理や人事考課について振り返ってみるにはいいかも。

目標未達でも給料が上がる人.jpg目標未達でも給料が上がる人 (角川新書)』['15年]

 人事教育コンサルタントによる本書は、第1章で、目標管理や成果主義の問題点を指摘し、目標管理がノルマ管理になってしまっている例も往々にしてあるとしています。逆に目標管理をしなくとも伸びている会社もあることの例を示しながらも、働く側からすれば目標管理の撤廃を訴えるのは現実的ではなく、この制度を利用してサラリーマン生活を生き抜く知恵を絞れとしています。その上で、第2章では、目標とはそもそも何かということを改めて考察しています。

 第3章では、それでは人事部は、社員のどのような面を見てそれを評価や処遇に反映させているのか、人事部がいちばん恐れていることや気にしていることは何なのかといたことを説いています。第4章では、目標管理においては目標"達成"よりも目標"設定"の方が大切であり、「目標管理の評価は"設定"で9割決まる」としています。

 第5章では、目標が未達でも評価される人が実践している上司との面談での交渉術が紹介されており、第6章では、目標未達でも評価を良くするための上司との付き合い方について戦術面から紹介されています。第7章では、周囲の人たちとの良好な関係と自分ブランドの構築術について述べ、最終章では、本当に厳しい状況に置かれた際のサバイバル術を説いています。

 前半部分は、目標管理について逆説的に分析することで、その運用の実態や課題を浮き彫りにしていて、興味深く読めました。何年も連続して100%達成などというのはレアケースであり、ほとんどのサラリーマンにとって未達が普通なのであるというのは確かにそうかも。更には、公平な目標設定などはあり得ず、上司によって評価が違ってくるなどといったことはごく当たり前に起きると―。こうなるとやや悲観論めいて見えますが、では評価される側はどうすればよいかを、モチベーション理論や「SMARTの法則」を逆手にとってユーモラスに解説しています。自分が納得できない目標を押しつけられないようにするにはどうすればよいかといったことは、まさに"サバイバル術"と言えるかも。

 やや気になったのは、著者の中で「目標管理=人事考課」という公式が前提としてあり、そうした状況下でプロセス成果や取り組み姿勢などをどうアピールするかといった論調になっているように感じられたことで、実際には目標管理を入れている企業のうちのかなりは、人事考課においては、目標管理に呼応する業績・成果の評価とは別に、行動プロセス評価や情意評価のようなものを評価要素としてオフィシャルに織り込んでいて、両方を総合的に勘案したものが人事考課結果になっていたりするのではないかという気がしたことです。

 従って、本書で言う「人事部はココを見ている」(第3章)の部分は、目標管理の対象外かもしれませんが、人事考課の考課要素にはオフィシャルに含まれいたりするのではないでしょうか(その後に出てくる「部下を評価するときに上司が使う、もうひとつのモノサシ」(132p)となるとやや恣意的になり、これは「部下が上司を教育する」ことで解決するしかないのかもしれないが)。

 自分の業績や成果を評価者である上司にどうアピールするか、また、そのために普段から上司とどのような付き合い方をしていればよいか、といったことが指南されていますが、そこまで言うならば、会社側の選択肢として、特定の人のアピールに左右されないために、逆に全員にアピールの機会を与える―具体的には、期首において設定した目標と期末での評価のリンクを緩やかなものとし、期末には期首目標に一応は準拠しつつも、改めて期間中にどういった課題に対してどのような成果を出したかをアピールしてもらう「成果申告型」の目標管理もあっていいのではないかと思いました。

 基本的には一般のビジネスパーソンに向けて書かれた本であることもあり、後半にいくにつれて"社内処世術"的な記述が多くなるものの、人事パーソンが読んでも思い当るフシがあるか思われ、特段目新しいことが書かれているわけではないですが("目から鱗"というほどではないが)、目標管理や人事考課についてちょっと振り返ってみるにはいいかもしれません。

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「●ちくま新書」の インデックッスへ

社員とその家族の幸福・利益・生活を優先させた結果、企業が成長するという流れがミソ。

日本でいちばん社員のやる気が上がる会社.jpg日本でいちばん社員のやる気が上がる会社: 家族も喜ぶ福利厚生100 (ちくま新書)』['16年]

日本でいちばん社員のやる気が上がる会社2.jpg 中小企業のユニークな福利厚生制度の数々を紹介した本です。まず、全3章構成の第1章「中小企業の福利厚生制度の現状」で、本書執筆のために実施したウェブ調査をもとに、中小企業の福利厚生制度の現状と課題を分析しています。

 そして、本書の中核となる第2章「社員と家族が飛び上がって喜ぶ福利厚生制度100」では、社員とその家族を幸せにしている100の事例を選び、子育て、メモリアル、就業条件、職場環境、親睦、教育、生活、健康、食事、その他の10のジャンルにわたって紹介しています。取り上げた事例の中には、「これが福利厚生か?」と思あれるものもあるかもしれませんが、本書では、福利厚生を、「賃金など労働の対価以外の、社員とその家族の幸福・利益・生活などの向上に資する制度」と、敢えて拡大解釈したとのことです。

 例えば子育て面の事例では、「300万円の出産祝い金を支給」といったスケールの大きなものから、「オフィスに授乳室を設置」「いつでもいつでも子連れ出勤可能」といった現実対応的なものまであり、メモリアル面では、「配偶者の誕生日に特別休暇」「誕生日に10万円をプレゼント」といったものから、「子供に誕生日に図書カードと社長からのメッセージ」が贈られるという、細やかな配慮が感じられる事例なども紹介されています。

 就業条件面では、「4年に一度のオリンピック休暇」「最長1ヵ月の長期リフレッシュ休暇」といった休暇に関するものから、「週1回、出勤を1時間遅くできる"ニコニコ出勤制"」「ほぼ全員が定時前に退社」といった労働時間に関するもの(「残業削減分を賞与で還元」するという事例もある)、さらには、「生涯現役・定年なし」といった雇用契約そのものに関わる大胆な施策も見られます。

 職場環境面では、「社員のために景色の良い職場へ移転」したといったユニークなものもあり、また、親睦面でも、「全社員がドレスアップしてパーティーを楽しむ」といった、これまたユニークな例も。「会社でいちばん快適な場所が、社員食堂兼休憩室」になっているという事例もあります。

 教育面で、「読みたい本はすべて企業が購入」するという事例もあれば、生活面では、「最長6年間の介護休暇」というのもあります。健康面で、「朝ヨガ教室で心と体の健康をサポート」している企業もあれば、食事面では、「会社の負担でおやつ食べ放題」などといったものもあって、こうして見ていくとなかなか興味深いです。

 第3章「今後の福利厚生制度導入・運営の五つの視点」では、社員とその家族の幸せを念じた福利厚生制度の存在は、彼らの愛社心を高め、結果として業績を高めることは明白ではあるが、企業経営の考え方や進め方を大して変えず、安直にその導入や充実強化を図るのは早計であり、逆効果のこともあるとしています。確かに、こうした事例の中には、経済的事情や業態その他の違いにより簡単には導入できないものもある一方、中小企業などで比較的導入しやすいのではないかと思われる施策例もあります。しかし、簡単に導入できるから導入してみるというのではなく、その制度の根底にしっかりした経営の考え方がなければ、単なる企業内慣習に過ぎなくなってしまうのでしょう。

 この章では、真に社員とその家族のためになる福利厚生制度の導入と運営についての効果的視点を次の5つに絞り込んでいます。
 ①業績向上の手段ではなく社員とその家族の幸せのため、
 ②制度の導入よりも企業風土が大切、
 ③全体対応より個別対応、
 ④社員だけでなくその家族も
 ⑤金銭より心安らぐ福利厚生制度を

 福利厚生を真の意味で充実させることで社員の定着率が改善し、社員のモチベーションも高まって、仕事の質も向上するので売り上げも伸びる―そうした因果関係を、多くの事例を集めることで帰納的に検証しようとした試みとも言える本であるように思いました(但し、いわば衛生要因であるところの福利厚生が直接売上げ向上に繋がるのかは議論の分かれるところ)。どの施策も企業業績の向上を直接の目的とするのではなく、社員とその家族の幸福・利益・生活を優先させた結果、企業が成長するという流れが成立しているという点がミソなのでしょう。取り上げられている事例が(冒頭で本書における福利厚生の定義があったように)従来の"福利厚生"の概念に止まっていない点に留意すべきなのかもしれません。

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「働き方改革」は組織風土改革。自社における「意識・制度」両輪での働きかけを紹介。

アクセンチュア流 生産性を高める「働き方改革」8.JPGクセンチュア流 生産性を高める「働き方改革」1.png クセンチュア流 生産性を高める「働き方改革」2.jpg
アクセンチュア流 生産性を高める「働き方改革」』['17年/日本実業出版社]

 コンサルティング業界は、「徹夜しないなんて、週末に仕事を持ち帰らないなんて、コンサルじゃない!」と言われるくらいの激務が当たり前であると言われ、外資系コンサルティング会社に憧れる大学生が多い一方で、ハードワークのイメージゆえに敬遠する人も多いとのことです。そうした風土の中、コンサルティング会社のアクセンチュアがここ数年にわたり積極的に取り組んできた、生産性を高める働き方改革「プロジェクト・プライド」の軌跡を、それを推し進めてきたトップ自らが紹介した本です。

アクセンチュアChallenges.png 第1章では、業績好調ながらも、人材不足や長時間労働など、さまざまな課題を抱えていた会社で、カルチャーを変えなければ次のステージはないとの危機感のもと、アンケート等による現状把握をもとに優先課題をフォーカスして、「ダイバーシティ」「リクルーティング」「ワークスタイル」の3つのチャレンジを設定し、"なりたい姿"を具体的に定義したとしています。そして、それを社内で共有することから始め、プロフェッショナルとしての誇りのもと、「世の中から認められ、働きやすく、フェアな会社」を目指すことをプロジェクトの方向性としたとしています。

アクセンチュアHPより

 第2章では、プロジェクトを推進する「改革のフレームワーク」として、「第1象限:方向性提示と効果測定」「第2象限:リーダーのコミットメント」「第3象限:仕組み化・テクノロジー活用」「第4象限:文化・風土の定着化」という4つの象限を設定し、3年を目標に改革に至るロードマップを策定したとしています。「改革のフレームワーク」は、会社がビジネスとして顧客に提供している組織改革の方法論を活用したものであり、いわばコンサルティング会社が自社をコンサルティングするかたちになっているのが興味深いです。

アクセンチュアCore-value.jpg 第3章では、プロジェクトが本格始動するに際して、どのようなメッセージをどのような方法で社員に伝えたのか、キックオフやそれに続く「コミュニケーション強化月間」の実施内容を紹介しています。プロジェクトの方向性を高いプロフェッショナリズムの実現に置き、「クライアント価値の創造」「ワン・グローバル・ネットワーク」「個人の尊重」「ベスト・ピープル」「インテグリティ」「スチュワードシップ」の6項目から成るコアバリューの浸透を図ったとしています。

 第4章では、「改革のフレームワーク」の第1象限から第4象限までを具体的にどのように進めていったのかが象限ごとに紹介されていて、この部分が本書で最もページ数が割かれています。例えば、第2象限(リーダーのコミットメント)では労働時間に関する法的なボーダーラインを示したり、第3象限(仕組み化・テクノロジー活用)では、給与制度の変更や短時間勤務制度の導入などを行っていますが、強調されているのは、組織風土改革において「意識」と「制度」の両輪での働きかけを行ったということです。

アクセンチュアHPより

 第5章では、冒頭で八丈島に在宅勤務する社員の例を紹介するとともに、プロジェクトによってもたらされた、ダイバーシティ、リクルーティング、ワークスタイルの3つのチャレンジの成果を掲げ、働き方改革と業績アップは両立できるとし、会社は働き方改革で次なる成長のステージへ動き出しているとしています。

 世間で「働き方改革」が声高に叫ばれるようになる前の、2015年1月にプロジェクトがスタートしているという点で先駆的であり、その分、説得力もあります。「働き方改革」が目指すのは単なる"早帰り運動"ではなく、組織風土改革であることが実感でき、また、コンサルティング会社という知識集約型産業の("紺屋の白袴"になりがちな?)企業における事例であることが関心を引きます。コンサルティング会社であるだけに、概念的に整理するのはお手の物という気がしなくもないですが、それを実地に落とし込むまでの具体的な働きかけや仕組みづくりが数多く紹介されており、人事パーソンにとっても啓発されるだけでなく、具体的に参考になる面も多い本であると思いました。

《読書MEMO》
●目次
1 現状把握から"なりたい姿"を定義する(カルチャーを変えなければ、次のステージはない!;社員のヒアリングで、次々と不満の声が... ほか)
2 改革までのロードマップと体制づくり(プロジェクトを推進する「改革のフレームワーク」;3年を目標にロードマップ策定 ほか)
3 『プロジェクト・プライド』本格始動!(全社集会でのキックオフ宣言;オリジナル映像でビジョンを印象づける ほか)
4 「制度」と「意識」の両輪で働きかける(改革のフレームワーク・第一象限 方向性提示と効果測定;改革のフレームワーク・第二象限 リーダーのコミットメント ほか)
5 働き方改革で次なる成長ステージへ(ケース・スタディ 人材活用の可能性を広げたテレワーク―充実した制度をどう活用するか? 八丈島で働く女性マネジャーのストーリーから探る;ダイバーシティ・チャレンジの成果 ほか)
解説編 『プロジェクト・プライド』の示唆

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事例が豊富で「働き方改革」を(問題点を含め)具体的にイメージするうえで示唆的。

御社の働き方改革、ここが間違ってます7.JPG御社の働き方改革、ここが間違ってます.jpg
御社の働き方改革、ここが間違ってます! 残業削減で伸びるすごい会社 (PHP新書)

 政府の働き方改革実現会議で有識者議員を務めた著者は、「見せかけの働き方改革では社員は疲弊し、生産性は落ち、人が辞めていく」とし、真の働き方改革とは言わば「会社の魅力化プロジェクト」であって、それは経営改革であり、「昭和の活躍モデル」からの脱却なのだとしています。

 第1章「働き方改革はどうすれば成功するのか」では、今「働き方改革」が叫ばれている背景を探るとともに、いち早く働き方改革に着手した企業の成功の要因を分析し、働き方改革とは実は企業が生き残るための競争戦略であり、イノベーションの源泉なのだとしています。

 第2章「先端事例に『働き方改革』実際を学ぶ」では、働き方改革先進企業では、改革を経てどのような変化が起きたのか、大和証券における子育て社員の活躍、アクセンチュアにおける職場の雰囲気改善と業績アップ、サイボウズにおける「働き方を選べる」制度による離職率の低下、リクルートによるテレワーク導入による仕事の質の向上、カルビーにおけるダイバシティ経営戦略による低迷商品の売上V字回復などの事例を紹介しています。

 第3章「現場から働き方をこう変える!」では、テレワークやITを使ったスケジュール・タスク共有、イクボス宣言など、現場で実践できる働き方改革の試みを紹介しています。アンケート調査の結果、効果があった効率性の高い施策の第1位が「PC強制シャットダウン」で効果率は100%、一方、ほとんど効果がなかった施策の第1位が「社内パンフレット、イントラ、掲示物による長時間労働是正の啓発」で効果率5%だったなど、大事なのは「強制」で、「啓蒙」だけでは効果がないことを具体的に示しているのが示唆的です。

 第4章「なぜ『実力主義』の職場はこれから破綻するのか」では、第1部で、霞が関の官僚たちが働き方改革に立ちあがったことを紹介し、第2部で、大手マスコミは働き方を変えられるかを、テレビ局と新聞社に勤務する4人の女性記者たちの覆面座談会形式で論じています。とりわけ後者の座談会から、マスコミの現状は旧態依然としたものであることが窺えましたが(TVのワイドショーで働くママの企画を出すと「おばあちゃんたちは働く女の人が嫌いだから」とはねられ、こうして「子育ては女性がするもの」と言う固定観念が番組を通じて広まっていくというのにはナルホドなあと)、こうした霞が関やマスコミのこれまでの「(長時間労働できる人のみの)実力主義」はこれからなぜ破綻するのかを探っています。

 第5章「『女性に優しい働き方』は失敗する運命にある」では、働き方改革で、子育て中の「制約社員」が活躍できる環境を整えても、やはり女性社員が辞めていくのはなぜか、なぜ管理職になりたがらないのかについて、「資生堂ショック」「マミートラック」問題についての考察と併せて分析し、女性リーダー育成のためのユニークな試みを紹介しています。

 第6章「社会課題としての長時間労働」では、長時間労働の是正で少子化に歯止めがかかると考えられることを統計的に示し、さらには、父親の育児参加で国の競争力も上がるとしています。また、地方企業や中小企業も、働き方改革で驚くほど人材が集まるとしています。働き方改革が少子化改善や地方創生にも効果を発揮することが分かってきたということ、つまり、働き方改革は社会も変えるというのが著者の考えです。

 最終の第7章「実録・残業上限の衝撃 『働き方改革実現会議』で目にした上限規制までの道のり」では、著者が参画してきた「働き方改革実現会議」の実態をレポートしています。

 安倍首相の私的諮問機関である「働き方改革実現会議」のメンバーであるジャーナリストによる著書ということになると、先進事例に傾きがちで綺麗ごとばかりの内容ではないか(?)との危惧も無きにしも非ずでしたが、働き方改革が進まない風土についても、目をそらすことなく取り上げています。働き方改革を、第1次均等法(女性のみ)、両立支援(女性のみ)に次ぐ、女性活躍推進の第3ステージ(男女)として捉えている点が、特徴的であるとともに、たいへん示唆的であるように思いました。「働き方改革」というものについて、キャッチ先行で具体的なイメージが今一つ湧かないというビジネスパーソンも少なからずいるかもしれませんが、本書は施策や制度について多くの事例が挙げられているため、そうした漠たる状態から一歩抜け出すにはいい本だと思います。

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人事データ活用の重要性とそのための統計的センスとは何かをテーマごとに説く。

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日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用』(2017/06 日本経済新聞出版社)

 著者によれば本書は、人事・人事企画に携わる人や、経営戦略に関わる経営コンサルタント、人事制度の設計・改善に関心のある実務家・学習者などに向けて書かれた、科学的なフレームワークで人事データを分析し、その結果を解釈するための方法と実例を紹介した本であるとのことです。

 まず第1章で、人事部が抱える問題として、人事データが十分に活用されていないため、PDCAサイクルがうまく回っていないことを指摘しています。著者は、人事データを活用するためにすべきこととして、
1.人事データをすべてデジタル情報として保存する
2.人事データを1つのシステムの中で一元管理する
3.統計リテラシーの高い人間を1人くらい人事に配置する
4.統計ソフトを1つ購入する
の4つを挙げていますが、そもそも、人事データで課題を解決するには、問題意識がなければならず、勝負の分かれ目は、問題意識をもち、問題点に気づけるかどうかにあるとしています。

 第2章では、統計的センスを身につけるためのポイントとして、視覚的に捉えることの重要性を説くとともに、データの相関と因果を探る上で、回帰分析がデータ活用の基本となるとしています。因果関係を正しく見出すためには、回帰分析などを正しく使い、外的な環境や影響を与える他の要素をある程度コントロールしていく必要があり、また、グラフを描く技術や統計ツールを身につけ、気づきをエビデンスに変えていく力こそが統計的センスであり、今後データの利用が各方面で高まるにつれ、こうした統計的センスはさらに必要な能力となるとしています。

 第3章から第8章では、女性活躍推進の効果をどう測るか、働き方改革の効果をどう測るか、採用施策をどう評価するか、優秀な社員の定着率を上げるためには何が必要か、中間管理職の貢献をどう測定するか、高齢化に対応した長期施策をどう考えるか、という6つのテーマを取り上げ、実際にデータ分析の手法を用いて諸データを解析し、何が課題であり、その課題の解決に向けてどういった施策が考えられるかを示唆しています。

 そして第9章では、人事におけるデータ活用の今後の展開として、人事機能の分権化やサクセッション・プランの導入などによってその重要性は増し、さらには、メール交信や社内SNSなど社員間のネットワーク情報の活用が進むことも考えられるとしています。一方で、雇い主である企業が、雇用関係を通じて知り得た従業員の個人情報をどこまで自由に利用してよいのかという倫理的な問題もあるとしています。

 データ分析に関する解説で、数学的要素については、必要な箇所に、2ページのテクニカルノートを含めることで、統計学、計量経済学の手法に軽く触れています。また、さらに学びたい読者のために、第2章から第8章の各章末で関連する参考図書を紹介し内容を簡単に説明するとともに、第3章と第5章では「特別コラム」として、佐藤博樹・武石恵美子著『職場のワーク・ライフ・バランス』と服部康宏著『採用学』を取り上げ、その内容を詳しく解説しています。

 これからの人事においては統計データの活用がますます重要になり、統計データを活用するには統計センスが求められるということ、その統計センスとはいかなるものであるかを示した本であるように思いました。個人的には、第6章の採用と第8章の高齢者雇用のところが分かり易くて腑に落ちましたが、これは、説明上、賃金カーブが出て来る点や、概要説明が、以前読んだエドワード・P・ラジアーの『人事と組織の経済学』('98年/日本経済新聞社)と重なるためだったろうと思います(第6章の参考図書として、『人事と組織の経済学・実践編』('17年/日本経済新聞出版社)が挙げられている)。

 人事データ活用の重要性とそのための統計的センスとは何かを説いた本ですが、データ分析は「習うより慣れろ」で、まずは興味を持ってこうしたデータに触れることが第一であるとも言っています。その意味では、第3章から第8章のテーマごとの"実践編"については、読者の関心が強いものから順に読んでいってもよいように思います。

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初任または若手の人事部員にお薦めだが、上司が読んでもいい。

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会話でマスター 人事の仕事と法律』(2017/04 中央経済社)

 本書は、初めて人事労務に携わる人や初めて人事労務を学ぶ人のために、人事労務のアウトラインを会話形式で示したものです。舞台は化学品メーカーで、主要な登場人物は、新卒入社して支社で3年間営業に携わった後に新たに本社の人事部に配属になった若手社員と、2年前まで人事部長を務め今は役職定年で専任部長になっている人事一筋35年のベテランの2人で、ベテラン専任部長が人事部1年生に定期的な会話の場を通して(時に居酒屋で)、人事労務や労働法についてレクチャーするという形式をとっています。

 かつて経営団体に勤務し、現在は大学で教鞭を執る著者は、1つの人事労務の問題に対して常に経営的側面と労働法的側面から検討する必要性を感じていたとのことで、その両者を一冊にまとめた書物がなく、著者自身が以前にそうした本を著したものの、それはあくまで学生向けのものであったため、この度、初任実務者にとっても参考になる本を刊行することを狙いとして、本書を著したとのことです。

 全30講+補講から成り、前20講が「人事労務編」、後10講「法律編」となっています。「人事労務編」では、人事労務の目指すものは何かということから始まって、募集・採用、異動・配置、人事考課、教育・訓練、昇進・昇格、定年・退職・解雇、懲戒、賃金、賞与・退職金、福利厚生、労働時間、労働組合などを扱っています。特に労働組合関連に7講を費やして丁寧に解説しています。後半の「法律編」では、労働法の体系から入って、労働基準法、労働契約法、労働組合法、雇用機会均等法・育介法などを扱い、人事労務に関係する法律の主要なものは押さえていると言えるかと思います。

 全体を人事編、労務編と分けるのでなく、前20講の「人事労務編」の中で、必ずしも答えは1つとは限らないマネジメントの問題も扱えば、法律で決まりごととして定められている労働法の問題も扱っていて、それが自然な流れとして感じられ、改めてこの両者が密接な関係にあり、不可分なものであることを感じました。その上で、それらとは別に、体系的に解説した方が分かりやすい法律のポイントを、後半部の10講で、これも会話形式ですっきりまとめています。

 網羅している範囲は広いですが、全体を通して会話形式であるため分かりやすく、また時に新人と専任部長のユーモラスなやりとりもあって読みやすいです。基本的には入門書ですが、最近の人事とそれを取り巻く環境の変化や今後の課題なども織り込まれていて、内容的には密度が濃いように思いました。

 人事マネジメントや人事の制度等については、概ねオーソドドックスなことが語られたりスタンダードなものが紹介されたりしていますが、外資系の会社ではまた違ってくるといった話があったりし、また、専任部長の言葉を借りて著者の考え方が示されている箇所もあるように思いました。

 読み手の側からすれば、「ウチの会社はちょっと違うな」と思われる部分もあるかもしれませんが、それはあって当然ではないかと思います。初任または若手の人事部員に本書を読んでもらい、どの点が納得でき、どの点がすんなり飲み込めなかったかを話し合ってみるのも良いかと思います。そのためには上司も本書を読まなければなりませんが、人事・労務の基本をおさらいするとともに、自社の人事マネジメントや人事制度を一般の会社のそれらと比較した場合の相対的位置づけを探るという意味では、いずれの職層の人事パーソンにとっても読む価値があるのではないかと思います。

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