【2650】 ○ 若竹 千佐子 『おらおらでひとりいぐも (2017/11 河出書房新社) ★★★★/○ 石井 遊佳 『百年泥 (2018/01 新潮社) ★★★☆/△ 沼田 真佑 『影裏 (2017/07 文藝春秋) ★★★

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2017年芥川賞受賞3作は、超高齢化社会、異文化、LGBT&東日本大震災。"時事性"が鍵?

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おらおらでひとりいぐも 第158回芥川賞受賞』『百年泥 第158回芥川賞受賞』若竹千佐子氏・石井遊佳氏 『影裏 第157回芥川賞受賞』沼田真佑 氏

 24歳の秋、桃子さんは東京オリンピックの年に故郷を離れ、身ひとつで上京。それから住みこみで働き、結婚し、夫の理想の女となるべく努め、都市近郊の住宅地で二人の子どもを産み育て、15年前に夫に先立たれた。残された桃子さんは今、息子、娘とは疎遠だが、地球46億年の歴史に関するノートを作っては読み、万事に問いを立てて意味を探求するうちに、自身の内側に性別も年齢も不詳の大勢の声を聞くようになった。それらの声は桃子さんに賛否の主張をするだけでなく、時にジャズセッションよろしく議論までする。どれどれと桃子さんが内面を眺めてみれば、最古層から聞こえてくるのは捨てた故郷の方言だった―。(「おらおらでひとりいぐも」)

70歳以上、初の2割超え.jpg 「おらおらでひとりいぐも」は2017(平成29)年・第54回「文藝賞」受賞を経て、2017(平成29)年下期・第158回「芥川賞」受賞作となった作品。芥川賞選考では、選考委員9人のうち5人が強く推して、積極消極のニュアンスの差はありながら、選考委員のほぼ全員がこれに票を投じたとのことで"圧勝"という感じです。72歳の女性の内面を描いて巧みと言うか、選考委員が推すのも納得という感じで、ある種、ブレークスルー小説になっているのも良かったです。最初は主人公と同じくらいの年齢の人が書いたのかと思いましたが、作者の受賞時の年齢は63歳とのことで、主人公よりやや若く、全部計算して書いていることが窺えます。そのことから、橋本治氏の近作『九十八歳になった私』('18年/講談社)と同じような技法を感じました。「敬老の日」を前に総務省が今日['18年9月16日]に発表した推計人口(15日時点)によると、70歳以上の人口の総人口に占める割合は20.7%で、初めて2割を超えたそうです。超高齢化社会ということで、こうした小説("独居老人小説"?)がこれからどんどん出て来るのでしょうか。


 私はチェンナイ生活三か月半にして、百年に一度の洪水に遭遇した。橋の下に逆巻く川の流れの泥から百年の記憶が蘇る。かつて綴られなかった手紙、眺められなかった風景、聴かれなかった歌。話されなかったことば、濡れなかった雨、ふれられなかった唇が、百年泥だ。流れゆくのは、あったかもしれない人生、群れみだれる人びと―。(「百年泥」)

 「百年泥」は、2017(平成29)年・第49回「新潮新人賞」受賞を経て、2017(平成29)年下期・第158回「芥川賞」受賞作となった作品。読み物としては芥川賞同時受賞の「おらおらでひとりいぐも」よりも面白かったですが、選考員の島田雅彦氏が、「海外体験のバリエーションが増えた現代、ルポルタージュのジャンルはかなり豊かになって来たが、小説との境界線を何処に引くべきかといったことを考えさせられた」と述べているように、その面白さや興味を引く部分は、ルポ的なそれとも言えます(終盤に挿入されている教え子が語る、彼の半生の物語などはまさにそう)。泥の中から行方不明者や故人を引きずり出し、何事もなかったように会話を始めたり、会社役員が翼を付けて空を飛んで通勤したりするとか、こうしたマジックリアリズム的手法を用いているのは、インド的と言えばインド的とも言えるけれど、むしろ、この作品がルポではなく小説であることの証しを無理矢理そこに求めた印象がなくもありませんでした。


 大きな崩壊を前に、目に映るものは何か。北緯39度。会社の出向で移り住んだ岩手の地で、ただひとり心を許したのが、同僚の日浅だった。ともに釣りをした日々に募る追憶と寂しさ。いつしか疎遠になった男のもう一つの顔に、「あの日」以後、触れることになるのだが―。(「影裏」)

 「影裏」は、2017(平成29)年・第122回「文學界新人賞」受賞を経て、2017(平成29)年上期・第157回「芥川賞」受賞作となった作品。前2作に比べると、これが一番オーソドックスに芥川賞受賞作っぽい感じです。途中で語り手である主人公がマイノリティ(LGBT)であることが分かり、ちょっとだけE・アニー・プルー原作、アン・リー監督の「ブロークバック・マウンテン」 ('05年/米)を想起させられました。この作品では、日浅という人物の二面性が一つの鍵になりますが、その日浅の隠された一面を表す行動について、その事実がありながら、わざとその部分を書いていません。こういうのを"故意の言い落とし"と言うらしいですが、そのせいか個人的にはカタルシス不全になってしまいました。選考委員の内、村上龍氏が、「推さなかったのは、『作者が伝えようとしたこと』を『発見』できなかったという理由だけで、それ以外にはない」というのに同感。村上龍氏は、『わたしは「これで、このあと東日本大震災が出てきたら困るな』と思った」そうですが、それが出てきます。


 芥川賞受賞作品3作の選考過程をみると、「おらおらでひとりいぐも」はやはりすんなり受賞が決まったという感じで、「百年泥」と「影裏」は若干意見が割れた感じでしょうか("回"は異なるが、「百年泥」を推す人は「影裏」を推さず、「「影裏」を推す人は「百年泥」を推さないといった傾向が見られる)。3作並べると、超高齢化社会、社会のグローバル化に伴う異文化体験、LGBT&東日本大震災―ということで、"時事性"が芥川賞のひとつの〈傾向と対策〉になりそうな気がしてしまいます。

芥川賞のすべて・のようなもの」参照
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和田泰明

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