【2647】 ◎ 芥川 龍之介 『羅生門・鼻 (1968/07 新潮文庫)《『羅生門』 (1917/05 阿蘭陀書房)》 ★★★★☆

「●あ 芥川 龍之介」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【401】 芥川 龍之介 『蜘蛛の糸・杜子春
「○近代日本文学 【発表・刊行順】」の インデックッスへ

学生時代の産物にして高い完成度。失恋体験の反映も感じられる「羅生門」「鼻」。

羅生門・鼻 新潮文庫.jpg  羅生門・鼻・芋粥 (角川文庫)2.jpg 羅生門・鼻・芋粥 (角川文庫)3.jpg 羅生門・鼻・芋粥 (角川文庫)_.jpg 羅生門・鼻・芋粥・偸盗 (岩波文庫).jpg
羅生門・鼻 (新潮文庫)』(2005)(カバー・南伸坊)/『改編 羅生門・鼻・苧粥 (角川文庫)』(1989)/『羅生門・鼻・芋粥 (角川文庫)』(2007)/角川文庫文豪ストレイドッグスコラボカバー/『羅生門・鼻・芋粥・偸盗 (岩波文庫)』(2002)

羅生門 大正6年.jpg羅生門 阿蘭陀書房.jpg 新潮文庫版『羅生門・鼻』('68年初版/'05年改版)は、1915年(大正4年)11月に雑誌『帝国文学』に発表された「羅生門」、翌大正5年に雑誌『新思潮』に発表された「鼻」をはじめ、「芋粥」「運」「袈裟と成遠」「邪宗門」「好色」「俊寛」の8編を収録。何れも「王朝物」と言われる、平安時代に材料を得た歴史小説です。因みに、1917年(大正6年)5月に阿蘭陀書房より刊行された短編集『羅生門』が芥川龍之介にとっての処女短編集で(表題の「羅生門」をはじめ「鼻」「芋粥」など14編の短編を所収)、日本橋のレストラン「鴻の巣」で出版祈念会「羅生門の会」が催され、谷崎潤一郎、有島武郎、和辻哲郎等も出席しています。

[オーディオブックCD] 芥川龍之介 羅生門.jpg 「羅生門」(大正4年)... 出典は『今昔物語』。失職して行き場の無い身分の低い若者が、羅生門も楼上で、生活のために死人の髪の毛を抜いて鬘としようとしている老婆と遭遇し、格闘の上、精神的にも肉体的にも勝利して、京の町へと消えていく―。老婆の容姿とその考え方の醜さは、世間一般の考え方の醜さの代表格ともとれるでしょうか。しかし、主人公である若者自身が老婆の着衣を剥ぐという行為をすることを選んだことで、彼自身も〈盗人〉になってしまったわけで、但し、作者はこれを主人公の敗北として描いているのではなく、むしろ、倫理的束縛から脱却し、一皮剥けたが如く描いている点がミソでしょうか(因みに、黒澤明監督の「羅生門」('50年/東宝)は、芥川の短編小説「藪の中」(1922年)を原作としているが、本作から舞台背景、着物をはぎ取るエピソード(映画では赤ん坊から)を取り入れている)。
[オーディオブックCD] 芥川龍之介 羅生門「ドラマ版・朗読版収録」(CD1枚)

『羅生門・鼻』 .JPG 「鼻」(大正5年)... 夏目漱石に絶賛された作品で、芥川作品の中でも最も多く国語の教科書で取り上げられている作品の一つではないでしょうか。これも出典は『今昔物語』ですが、シンプルでユーモラスな話を通して、現代に通じる普遍的なテーマをさらっと描いている点が優れているように思います。禅智内供の最後の開き直りはある意味痛快です。「羅生門」とこの作品を書く直前に、芥川は青山女学院卒の女性・吉田弥生との失恋を経験しており、失恋によって知らされた自分の弱さの克服という点で、特に「羅生門」とこの作品にその影響が見られるとされているようです。また、この「鼻」と次の「芋粥」は、それぞれニコライ・ゴーゴリ(1809-1852)の中編「鼻」「外套」の影響を受けているともされてるようです(テーマ面よりモチーフ面でということか)。

8角川文庫『羅生門・鼻・芋粥』.jpg 「芋粥」(大正5年)... これも出典は『今昔物語』。背が低く、鼻が赤く、口ひげが薄く、風采があがらず、皆から馬鹿にされている五位の夢は、滅多に食べることのできない芋粥を飽きるほど食べてみたいというもの。ある時、その願いを耳にした藤原利仁が、「お望みなら、利仁がお飽かせ申そう」と言ってくる―。理想や欲望は達せられないからこそ価値があり、達せられれば幻滅するのみということでしょうか。但し、角川文庫解説の三好行雄は、主人公が幻滅の悲哀を味わったのは確かだが、真に絶望したのは、自分の生きがいが巨大な窯で煮られ、狐にさえ馳走される現実に対してであるとしています(何だか"格差社会"的テーマになるなあ)。五位の境遇や性格は確かにゴーゴリの「外套」の下級官吏アカーキイ・アカーキエウィッチと似ていると思いましたが、格差を見せつけられた五位と、死後に幽霊になって復讐を果たしたアカーキイ・アカーキエウィッチとどちらが不幸なのでしょう。

 「運」(大正6年)... これもまた出典は『今昔物語』。清水寺参道で、青侍が陶器師の翁に、観音様には本当にご利益があるのかと尋ねと、翁が話し出したのは、西の市で商売をしているある女の話で、女がまだ娘だった頃に、お籠もりをしていると、「ここから帰る路で、そなたに云いよる男がある。その男の云う事を聞くがよい」というお告げがあり、寺を出ると一人の男に攫われ、夜が明けて、夫婦になってくれという男の望みを受け入れるが―。同じエピソードでも、翁と青侍とでは受け止め方が異なり、それは人生の価値観がまったく異なるということを意味しています。作者は自分の見解を明かしていない?

袈裟と盛遠 日本オペラ協会.jpg袈裟と盛遠 日本オペラ協会ド.jpg 「袈裟と盛遠」(大正7年)... 盛遠は、渡左衛門尉の妻・袈裟に横恋慕し、やがて邪魔な渡を殺してしまおうと思い、袈裟に殺害計画を打ち明ける―。その段になって夫の前に身を投げ出した袈裟は、貞女なのか、はたまた...。原典(『源平盛衰記』など)でも袈裟は盛遠(モデルは遠藤盛遠、後の僧・文覚(1119-1203))と既に契ってしまっているそうですが、この作品は袈裟の貞女としてのイメージをひっくり返すだけでなく、愛する男に殺害されることが最初からの彼女の望みだったというスゴイ解釈になっています(稲垣浩・マキノ正博共同監督作に「袈裟と盛遠」('39年/日活)というのがあるが、原典(「源平盛衰記」乃至「平家物語」)に沿った作りか。オペラにもなっていて、こちらは「芥川龍之介原作」ではなく、はっきり「平家物語より」となっている)。

 「邪宗門」(大正7年)... 摩利の教(キリスト教)の布教を目論む摩利信乃法師は、これを取り押さえようと四方から襲いかかる検非違使を法力で打ち倒し、大和尚と称されていた横川の僧都でも歯が立たず、沙門がますます威勢を奮う中、堀川の若殿様が庭へと降り立った―。繰り広げられる法力対決は殆ど魔界ファンタジーの世界で、こんなに面白くていいのかなという感じ。文庫で80ページほどの中編。「東京日日新聞」(現「毎日新聞」)の連載小説でありながら未完で終わっているということは、書いている作者自身、収拾がつかなくなった?

 「好色」(大正10年)... 色男としてその名を轟かせている平中(へいちゅう)は、美女・侍従に思いを寄せるが、侍従の態度はつれない。侍従への想いを断ち切るために彼は、侍従の糞尿を捨てに行く女童から箱を引ったくるが―。恋する男の愚かさが滲み出た作品ですが、作者の中に女性崇拝的な素質がなければ、このような作品は書かないのではないかなあ。

 この他に新潮文庫版は「俊寛」を所収。一方の角川文庫版『羅生門・鼻・芋粥』('89年初版/'07年改版)は、「老年」「ひょっとこ」「仙人」「羅生門」「鼻」「孤独地獄」「父」「野呂松人形」「芋粥」「手巾」「煙草と悪魔」「煙管」「MENSURA ZOILI」「運」「尾形了斎覚え書」「日光小品」「大川の水」「葬儀記」の18編を所収。殆どが大正3年から大正5年の間に書かれた作品で、最後の3編は随想、最後は夏目漱石の葬儀の記録です。これらの中で新潮文庫版と重なるものを除けば、「手巾」「煙草と悪魔」が面白いでしょうか。「煙管」は「鼻」と似たようなところがあると思いました。岩波文庫版『羅生門・鼻・芋粥・偸盗』('02年改版)は、タイトル通り4編を所収。「偸盗」は作者が失敗作だと自己評価した作品で、「羅生門」の続編とも言われていますが、「鼻」「芋粥」と並んで面白いのではないでしょうか。

 「羅生門」と「鼻」は芥川の学生時代の産物。それでいて高い完成度を感じますが、今回読み直してみて、「羅生門」と「鼻」に作者の失恋体験の反映を感じました(関口安義・都留文科大学名誉教授による評伝『芥川龍之介』(03年/岩波新書)を参照した)。「羅生門」に出て来る老婆は、作者の失恋の原因となった(つまり吉田弥生との交際に反対した)養母の化身ともとれますが、やはり、もっと広く見て、現にある社会悪や社会的理不尽の象徴と見るべきでしょう。主人公がその老婆から衣服を剥いだことは、主人公自身が悪に染まったと言うよりは(確かにそうも取れるが)むしろ倫理的束縛から脱却して現実世界に強く一歩を踏み出したともとれ、作者自身の創作への決意が反映されているように思いました。

【1949年文庫化[岩波文庫(『羅生門・鼻・芋粥』)]/1949年再文庫化[新潮文庫(『羅生門』)]/1950年再文庫化[角川文庫(『羅生門・偸盗・地獄変―他四篇』)]/1960年再文庫化・2002年改版[岩波文庫(『羅生門・鼻・芋粥・偸盗』)]/1965年再文庫化[旺文社文庫(『羅生門・鼻・侏儒の言葉』)]/1968年再文庫化・1989年改版・2007年改版[角川文庫(『羅生門・鼻・芋粥』)]/1968年再文庫化・2005年改版[新潮文庫(『羅生門・鼻』)]/1971年再文庫化[講談社文庫(『羅生門/偸盗/地獄変/往生絵巻』)]/1979年再文庫化[ポプラ社文庫(『鼻・羅生門』)]/1986年再文庫化[ちくま文庫(『芥川龍之介全集〈1〉』)]/1997年再文庫化[文春文庫(『羅生門 蜘蛛の糸 杜子春 外十八篇 (文春文庫―現代日本文学館)』)]】

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1