【2629】 ○ 賈樟柯(ジャ・ジャンクー) 「プラットホーム」 (00年/香港・日・仏) (2001/12 ビターズ・エンド) ★★★☆

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1980年代中国地方都市に生きる4人の若者像。もう少し説明的であってもいいのでは。

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プラットホーム [DVD]」趙濤(チャオ・タオ)・王宏偉(ワン・ホンウェイ)/楊天乙(ヤン・ティェンイー)

プラットホーム13.jpgプラットホーム 賈   .jpg 1979年、中国山西省の地方都市・汾陽(フェンヤン)。明亮(ミン・リャン)(王宏偉(ワン・ホンウェイ))ら幼馴染みの4人は文化劇団で活動し、いつも一緒の時間を過ごしていた。張軍(チャン・ジュン)(梁景東(リャン・チントン))と鐘萍(チョンピン)(楊天乙(ヤン・ティェンイー))の二プラットホーム 2000 01.jpg人は親公認の仲だが、明亮と瑞娟(ルイジュエン)(趙濤(チャオ・タオ))は恋人とはいえない曖昧な仲。張軍は親戚のいる広州へ旅立ち、やがてサングラスをかけラジカセを持って町へ戻ってくる。明亮は瑞娟との仲をはっきりさせようとするが、ふられてしまう。一方、張軍の子供を身籠ってしまった鐘萍は中絶。80年代半ば、自由化の波が押し寄せ、劇団への補助金が打ち切られると4人の関係も不安定になり、瑞娟以外は旅回りに加わる。80年代後半、明亮と張軍らはロック・バンドを結成して活動。しかし89年の天安門事件の頃になると、彼らの音楽は流行から遅れはじめ、彼らはバンドを解散して田舎へ戻る―。

賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督.jpgプラットホーム 20001ef.jpg 賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督の2作目となる2000年の香港・日本・フランス合作映画で、1980年代の中国で生きる4人の若者の姿を描いていて、第1作「一瞬の夢」('97年/中国・香港)と同じく賈樟柯監督の出身地である山西省の地方都市・汾陽(フェンヤン)(煉瓦で出来た田舎町という印象)を舞台としています。北京電影学院の卒業制作だった「一瞬の夢」は、1998年・第48回ベルリン国際映画祭の新人監督賞であるヴォルフガング・シュタウテ賞と最優秀アジア映画賞(NETPAC AWARD)を受賞し、釜山国際映画祭、ナント三大陸映画祭でグランプリを受賞していますが、この第2作「プラットフォーム」も、第57回ヴェネツィア国際映画祭で最優秀アジア映画賞(NETPAC AWARD)を受賞し、ナント三大陸映画祭、ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭のグランプリも受賞しています。

プラットホーム 19.jpg 前半部分では、主人公らの属する劇団は毛沢東主席を賛美する劇を上演したりしていますが、そうした地方にも「改革開放」の波が押し寄せたことを、若者たちがラッパズボンやパーマといった都市部の流行りの文化に影響されていくことで表現しています。と言っても、その都市文化のマネをする若者たちもどこかまだ垢抜けずにいて、地方と都市の文化格差を表しているように思いました。さらにそれを強く感じさせるのが、そうした文化を嫌う大人たちと若者たちの世代間ギャップで、この辺りは、新たな文化の波が押し寄せたからと言って地方が一気に変わったのではないことが分かります。
  
旅芸人の記録(映画パンフ.jpg旅芸人の記録5.jpg 中盤以降は、劇団への補助金が打ち切られると、劇団員の一人が自ら劇団の運営を請け負い(マネジメント・バイアウトみたいなものか)、劇団員たちはあちこちへ公演の旅に出向くことになり、その状況の中で主人公らのドラマが展開され、まるでテオ・アンゲロプロス監督の「旅芸人の記録」('75年/ギリシャ)のようなロードムービーとなっていきます。

「旅芸人の記録」

プラットホーム 2000 05.jpg 彼らが行く先々の雄大な自然が美しく撮られていますが、彼らにとってはバスやトラックに揺られて無舗装の道や荒野を行き、鰻の寝床さながらの寝所で寝る結構キツそうな日々の連続。でも、元々が県の劇団であるためか、主人公の明亮などはちょくちょく母親の元へ里帰りしているし(父親は家を出て別の所で別の女性と商売を始めたようだ。明亮はそこへも行ったが、父には会わなかった)、若い彼らにとっては、旅のキツさよりもむしろ、恋愛や家族のことの方が気プラットフォーム_r.jpgになる問題といった感じでしょうか。但し、公民館みたいな施設で公演をさせてもらうために鐘萍と瑞娟が居合わせた人たちの前で言われるがままに試しに踊ってみせたら、踊るだけ踊らせておいて施設の関係者ではなかったりして、これにはさすがに2人もキレてストライキを起こしそうになるし、道路わきにトラックを停めて荷台の上で2人が踊っている前をクルマがぶんぶん通り過ぎていくのも侘しかったです。
   
プラットホーム 20007ff.jpg 時代がさらに80年代半ばになると、明亮と張軍らはロック・バンドを組んでいたりするわけで、演劇に人民思想を込めていた何年か前とはすっかり様変わりし、但し、エレキギターを奏でても明亮が相変わらずパッとしないのは前と同じで、かなりイモっぽいです。やがて彼らの演奏も飽きられ、最後どうなってしまうのかと思いましたが、これってハッピーエンドなのでしょうか。かつて尖がっていた明亮、フツーの長閑そうなオッサンになっていました。
  
プラットホームge.jpg カメラを定位置に据え、その前を役者が行ったり来たりするのを長回しで撮るなど、ちょうどテオ・アンゲロプロス監督の作品と同じように長回しが多く、一方で説明的な描写は省いているため、やや観るのに根気がいるかもしれません。瑞娟は劇団を離れて何やってたのでしょうか(郵便局員? 税務署員?)。当時の政治的文化的状況を直接的に描くのは(国家当局の検閲上)困難であるとして、劇団の若者たちを通して間接的に観る側に伝えようとするならば、もう少し説明的であっても良かったのではないかと思いました。
 
プラットフォーム .jpg王宏偉(ワン・ホンウェイ).jpg 明亮を演じた王宏偉(ワン・ホンウェイ)は、「一瞬の夢」('97年/中国・香港)に続いての主演で、賈樟柯監督の第63回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞作「長江哀歌(エレジー)」('06年/中国)にも出ています(戴思杰(ダイ・シージエ)監督の「小さな中国のお針子」('02年/仏・中国)にも「メガネ」という綽名の男の役で出ていた)。それよりもブレイクしたのが、同じ劇団の女性同士でも、派手で発展家の鐘萍に比べ地味でやや晩生(おくて)の瑞娟の方を演じた趙濤(チャオ・タオ)で、賈樟柯監督の第55回カンヌ国際映画祭出品作「青の稲妻」('02年/中国・日・韓・仏)、第61回賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督 2.jpg賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督 3.jpgヴェネツィア国際映画祭出品作「世界」('04年/日・中国・仏)、そして第63回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞作「長江哀歌」でそれぞれ主役を務め、更には同監督の「四川のうた」('08年/中国・日)、「罪の手ざわり」('13年/中国)でそれぞれ重要な役を演じ、最近では第68回カンヌ映画祭パルム・ドールノミネート作「山河ノスタルジア」('15年/中国・日・仏)でも主役を務めています(その前、2012年に賈樟柯監督と結婚していて、そっかーというのもあるが、映画監督と女優との間でよくありそうなことか)。

プラットホーム 2000  07.jpgプラットホーム 2000 0.jpg「プラットホーム」●原題:站台/PLATFOME●制作年:2000年●制作国:香港・日本・フランス●監督・脚本:賈樟柯(ジャ・ジャンクー)●撮影:余力為(ユー・リクウァイ)●音楽:半野喜弘●時間:154分●出演:王プラットホーム 2000ed.png宏偉(ワン・ホンウェイ)/梁景東(リャン・チントン)/楊天乙(ヤン・ティェンイー)/趙濤(チャオ・タオ)/韓三明(ハン・サンミン)●日本公開:2001/12●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-03-04)(評価:★★★☆)

           



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和田泰明

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