【2617】 ○ 今村 夏子 『星の子 (2017/06 朝日新聞出版) ★★★☆

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上手いとは思ったが、ラストが...。吉田修一氏の「残酷物語だ」との芥川賞選評に共感させられた。

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星の子』今村 夏子 氏   2019年映画化(監督・脚本:大森立嗣 出演:芦田愛菜/永瀬正敏/原田知世)

 2017(平成29)年・第39回「野間文芸新人賞」受賞作。2017年上半期・第157回「芥川賞」候補作。2018年「本屋大賞」ノミネート作(7位)

 物語の語り部「わたし」は中学3年生、林ちひろ。ちひろは未熟児で生まれ、生後半年目には原因不明の湿疹に苦しむ。両親は医者が薦める薬やあらゆる民間療法を試したが、効果はない。困り果てた父親は、勤務先の同僚がくれた「金星のめぐみ」という水を持ち帰り、助言どおりちひろの体を洗う。すると、ちひろの夜泣きが減り、2カ月目には全快したのだった。これを機に、両親は水をくれた同僚が所属する新興宗教にはまっていく。父親は会社を辞めて教団の関連団体に移り、母親は怪しい聖水をひたしたタオルを頭にのせて暮らすようになる。叔父が忠言しても両親は聞き入れず、家は転居するたびに狭くなり、ちひろより5歳年上の姉は家出する―。(版元サイトより)

 両親が怪しい新興宗教に嵌ってしまった家族の悲惨な転落話かなと思ってしまいましたが、主人公のちひろはそうでもないらしく、そのちひろの目から淡々と子供時代の日常が語られます。但し、そのちひろも中学3年生になると、その変化の兆しが見られます。

 このプロセスの描き方が上手いと思いました。但し、ラストはややもやっとした感じでしょうか。一部の読者は、ここから、ちひろが両親の自分への愛情を感じながらも、その両親と決別をする予兆を読み取ったようですが、果たしてそこまで読み取れるかなあと(この小説を「読者が忖度する作品」と言う人もいるみたい)。読み取りにくい分、やっぱりこの作品は、新しい家族の在り様といった前向きなものというよりも、新興宗教によって親子が分裂するか、或いは子どもさえも巻き込んでしまう、家族の悲劇ではないかなという気がしてしまいます。

 芥川賞の選評でも評価が割れたようで、小川洋子氏、川上弘美氏がその技量を買って推す一方で、高樹のぶ子氏、島田雅彦氏は推しておらず、高樹のぶ子氏は「会話のリフレインが冗長に感じられた」と技法面で否定的ですが、島田雅彦氏は、「語り手自身が問題系の内部に閉じ込められているために批評的距離を保てない。実はこの点に本作の企みがあり、また問題がある」としています。吉田修一氏も、「この小説は、ある意味、児童虐待の凄惨な現場報告である。本来ならすべての人間に与えられるはずのさまざまな選択権、自由に生きる権利を奪われ吉田修一氏2.jpgていく(物言えぬ)子供の残酷物語であり、でもそこにだって真実の愛はあるのだ、という小説である」とし、「力ある作品だと認めているのだが、ではこれを受賞作として強く推せるかというと、最後の最後でためらいが生じてしまう」としています(宮本輝氏も似たような理由で推していない)。吉田修一氏などは芥川賞作家でありながら、社会性の高い作品も書くため、特にそのように感じるのではないでしょうか。個人的には、吉田修一氏の選評に最も共感させられました。

 上手いとは思いますが、この作品が芥川賞に値するかとなると、ちょっとという感じ。作者は1980年広島県生まれで、 2010年に「あたらしい娘」で太宰治賞を受賞、 2011年に「こちらあみ子」で三島由紀夫賞を受賞、2016年には「あひる」が河合隼雄物語賞受賞し、第155回芥川賞の候補作になるなど躍進著しく、この作品が芥川賞候補になった背景には、そうした"ハロー効果"もあったように思います。

小谷野敦.jpg Amazon.comのレビューで小谷野敦氏が、「『こちらあみ子』『あひる』と衝撃作を出して期待の高まる作者だが、今回は失敗した。長くてしまりがない」としながらも、「芥川賞は、『あひる』と併せての受賞で差し支えなかったと思う」としていて、これは『こちらあみ子』と『あひる』のセットで芥川賞にすればよかったと言っているのでしょうか、それとも『あひる』とこの『星の子』のセットのことを言っているのか(『あひる』は既に候補になっているため、後者はありえないのだが)、よく分からない...。

星の子 (朝日文庫).jpg星の子2.jpg

2019年映画化
監督・脚本:大森立嗣
出演:芦田愛菜/永瀬正敏/原田知世/岡田将生/大友康平/高良健吾/黒木華/蒔田彩珠/新音

映画タイアップカバー

【2019年文庫化[朝日文庫]】

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