【2611】 ○ 桐野 夏生 『猿の見る夢 (2016/08 講談社) ★★★★

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主人公が好きになれないが、突き放して読もうとしつつもリアルに考えさせらるのが作者の巧さ。

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桐野氏.jpg 桐野 夏生 氏

 薄井正明、59歳。元大手銀行勤務で、出向先ではプチ・エリート生活を謳歌している。近く都内に二世帯住宅を建築予定で、十年来の愛人・美優樹との関係も良好。一方、最近は会長秘書の朝川真奈のことが気になって仕方ない。目下の悩みは社内での生き残りだが、そんな時、会長から社長のセクハラ問題を相談される。どちらにつくか、ここが人生の分かれ道―。帰宅した薄井を待っていたのは、妻が呼び寄せたという謎の占い師・長峰。この女が指し示すのは、栄達の道か、それとも破滅の一歩か―。(版元サイトより)

孤舟.jpg終わった人 .jpg 雑誌「週刊現代」の2013年8月10日号から21014年9月6日号に連載された小説で、推理小説だはありませんが、主人公である中年男性の人間心理をリアルに描いていて、面白かったと言っていいと思います。会社を定年退職した男性の虚無感や焦りのようなものを描いた小説に、故・渡辺淳一の『孤舟』('10年/集英社)や内館牧子氏の『終わった人』('15年/講談社)がありましたが、渡辺淳一の『孤舟』の主人公が浮気願望があるのに対して、こちらは実際に愛人がいて、内館牧子氏の『終わった人』の主人公は大手銀行の出世コースから子会社に出向、転籍となり、そのまま定年を迎えたのに対し、こちらも同じく大手銀行の出身ですが、今のところ出向先でもそこそこ上を狙える地位ます。そうした状況であることもあってか、自分で自分自身のことをかなり上のクラスに属する人間だと思っていて、このタイプの男性って世の中には結構いるだろうなあと思われ、すごくリアリティを感じました。

 一方で、読み終えて何か残るかと言うと、それほどのものでもないような気もしなくもありません。最大の原因は、十年来の愛人に「女房は既得権があるから」などと言っている主人公に十分に感情移入できないせいかもしれません。妻が夢占い師である長峰みたいな女性にマインドコントロールされれば嫌気もさすとは思いますが、愛人の美優樹を「みゆたん」と呼んでいるのは情けない。しかも、美優樹を会長秘書の朝川真奈と比較して、欲求のままに自分勝手な夢を見ている様は、タイトル通り"猿の見る夢"さながらです。

 男の愚かさを描いた裏返しのフェニミズム小説かとも思いましたが、主人公の妻も怪しい夢占い師・長峰を猿が蛙を祀るがごとく奉っていて、これはもう「人間群像・悲喜劇」として読むしかないかなあと。一旦そう思えば、また面白くも読めましたが、ずーっとその悲喜劇が続いていくのが結構しんどくも感じられました。でも、作者の小説らしいと言えばそう言えるでしょうか。

猿の見る夢s.jpg 予定調和にしないところも作者らしいですが、もともと好きにはなれない主人公ではあるものの、それでもちょっと気の毒になるくらい主人公を苛めていて、それでいて帯に作者の「これまでで一番愛おしい男を書いた」とのコメントがあり、やや違和感を覚えました(ネットで同じような感想が見受けられた)。苛めた分だけ愛おしいということなのかなあ。

 帯にはそれより大きな文字で。「あの女さえいなければ。」とありますが、確かに長峰という夢占い師はまさに"ホラー"だったなあと。やっぱり、この占い婆さんが一番強烈な印象を残したかも。こんな婆さんにつけ込まれる時点で、夫婦の箍(たが)が既に緩んでいるか外れてしまっているということなのだろなあ―とか、「人間群像・悲喜劇」として突き放して読もうと思っても、やっぱりリアルに考えてしまう小説でした。そう読ませるのは、作者の力量のなせる業でしょうか(なんでこんなに男性心理がわかるのだろうか)。

   



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和田泰明

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