【2606】 ◎ 佐藤 正午 『月の満ち欠け (2017/04 岩波書店) ★★★★☆ ○ 廣木 隆一 「月の満ち欠け (2022/12 松竹) ★★★☆)

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あり得ない話なのだが、リアルな描写と凝ったプロットで引き込まれた。

月の満ち欠け 佐藤正午2.jpg月の満ち欠け 佐藤正午3.jpg月の満ち欠け.jpg   「月の満ち欠け」2022.jpg 
月の満ち欠け 第157回直木賞受賞』(2017/04 岩波書店)  映画「月の満ち欠け」(2022)
佐藤正午 氏
佐藤正午 .jpg 2017(平成29)年上半期・第156回「直木賞」受賞作。

 八戸在住で60歳過ぎになる小山内堅は、東京駅のホテルで、18歳で亡くなった娘・小山内瑠璃の高校時代の親友だった女優の縁坂ゆいと、その娘・るりの親子に会う。「どら焼き、嫌いじゃないもんね。あたし、見たことあるし、食べてるとこ。一緒に食べたことがあるね、家族三人で」と初対面の少女・縁坂るりは小山内に向かって言い放つ。彼女は「あたしは、月のように死んで、生まれ変わる」と言うのだ。目の前にいるこの7歳の娘が、いまは亡きわが子だというのか?小山内を含めた3人の男と転生を繰り返す少女の、30余年に及ぶ人生、その過ぎし日々が交錯し、幾重にも織り込まれてゆく―。

小説の読み書き.jpg 1955年生まれの作者(佐世保在住)にとって、デビューから34年目での「直木賞」受賞作で、受賞時の年齢61歳10ヵ月というのは歴代第7位ですが、かなり高齢に感じられるのは、やはり既に作家として名を成しているためでしょうか。岩波書店からは『小説の読み書き』('06年/岩波新書)という本も出していたりして、内容的には小説の読み方書き方を人に押し付けるものではないですが、こうした本を著すというのはそれなりに作家として出来上がっているということではないかと思います。デビュー作以来32年ぶりの文学賞受賞作が前作の『鳩の撃退法』('14年/小学館)(山田風太郎賞)ということで、ここにきて"賞づいた" 感じもします(因みに『鳩の撃退法』の主人公は直木賞作家だったが今は小説を書いていない男)。そして、本作『月の満ち欠け』は実際面白かったです。この"面白さ"(言い換えれば"エンタメ性")は、かなり戦略的に練られた効果であるようにも思いました。
小説の読み書き (岩波新書)』['06年]

 人は何度も生まれ変わるという輪廻転生をモチーフにしていますが、作者によれば、着想はナボコフの小説「ロリータ」で、中年男が少女に恋をする話の逆で行こうとし、そのままだと嘘っぽいので、それに「生まれ変わり」の設定を加えたとのことです。シュールで現実にはあり得ない話ですが、リアルな描写を積み重ねていく文章の上手さと、複雑な設定が組み合わさったプロットの巧みさで、引き込まれるように読み進むことができました。

 直木賞の選評では、9人の選考委員の内、浅田次郎、伊集院静、北方謙三、林真理子の各氏が強く推したようで、4人が◎だと、これでほぼ決まりという感じでしょうか。浅田次郎氏が「熟練の小説である。抜き差しならぬ話のわりには安心して読める大人の雰囲気をまとっており、文章も過不足なく丁寧で、どれほど想像力が翔いてもメイン・ストーリーを損うことがない」とし、伊集院静氏が「本来、小説には奇妙、摩訶不思議な所が備わっているものであるが、これを平然と、こともなげに書きすすめられる所に、作者の力量、体力を見せられた気がする」と評しており、この両氏の選評がしっくりきました。ストーリーでどこか破綻しているところはないかとも思いましたが、積極的に推さなかった桐野夏生氏さえ、「構成は怖ろしく凝っていて巧みだ」としているので、読んでいて時系列的な経緯が掴みにくかった部分は多少ありましたが、これでストーリー破綻はないのだろうなあ。

 気がついてみたら、語りの時間は東京駅付近で午前10時半に始まり午後1時すぎまでの3時間弱の間に収まっていて、この中に34年強の物語が詰まっているという構成も上手いと思いましたが、一方で、そうなると、最後の章が必要だったのかどうか(蛇足ではなかったか)と迷うところです。北方健三氏は、最終章と言うより最後の一行について、「本来ならば切れ味と言われるところに、微妙な作為を感じてしまったのだが、それが欠点だという確信は持てなかった」としています。

岩波文庫的 月の満ち欠け 文庫.jpg 『小説の読み書き』でも川端康成の『雪国』、志賀直哉の『暗夜行路』、森鴎外の『雁』といった文学作品を取り上げていて、ミステリっぽい作品がありながらもどちらかと言うと文芸作家というイメージもあったのですが、本作も、岩波書店から出されているせいもあるかもしれませんが、文芸小説っぽい雰囲気もあります。因みに本作は、岩波書店から刊行された本としては、芥川賞・直木賞を通じて初の受賞作となります(岩波書店としてもかなり嬉しかったのか、2019年の文庫化に際して、岩波文庫を模したカバー装填を施す"遊び"を行ったりしている)

 読んでみて、改めて、この作家ってストーリーテラーだったのだなあと思いました。帯に「二十年ぶりの書き下ろし」「新たな代表作」とあるだけのことはあって、十分に"凝って"いました。作者は、直木賞に決まって「うれしいより、ほっとした」とのこと。但し、授賞式は欠席しています(その理由には、「(佐世保から長崎までの)長旅で仕事ができなくなるのでは、元も子もない」と体調面での不安を挙げている)。

高田馬場・稲門ビル4.jpg 「3人の男」の小山内堅以外のあとの2人は三角哲彦と正木竜之介という男ですが、三角哲彦の若い頃の物語で、高田馬場の東映パラスと早稲田松竹が出て来るのが懐かしかったです。"懐かしかった"と言っても早稲田松竹はまだありますが、稲門ビル4階にあった東映パラスは1999(平成11)年頃閉館し、今は居酒屋「土風炉」になっています。

稲門ビル

「月の満ち欠け」.jpg
(●2002年12月、廣木隆一監督による映画化作品公開。

「月の満ち欠け」 相関図.jpg「月の満ち欠け」01.jpg 仕事も家庭も順調だった小山内堅(大泉洋)の日常は、愛する妻・梢(柴咲コウ)と娘・瑠璃(菊池日菜子)のふたりを不慮の事故で失ったことで一変する。深い悲しみに沈む小山内のもとに三角哲彦(目黒蓮)と名乗る男が訪ねてくる。事故に遭った日、小山内の娘が面識のないはずの自分に会いに来ようとしていたこと、そして彼女は、かつて自分が狂おしいほどに愛していた「瑠璃」(有村架純)という女性の生まれ変わりなのではないか、と告げる―。

「月の満ち欠け」02.jpg 山内堅役に2022年NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で源頼朝を演じた大泉洋、妻・梢役に2017年の「おんな城主 直虎」で井伊直虎を円演じた柴咲コウ。そう言えば、有村架純(2017年前期のNHK連続テレビ小説「ひよっこ」でヒロイン役を演じた)もまた、2023年の「どうする家康」の築山殿(瀬名)役でNHK大河ドラマに初出演する。有村架純と目黒蓮のストーリーをもっと見たかったという人もいたようだが、そもそも転生物語における3代分を1つの映画の間尺に収めるのに苦心している印象を受けた。そのくせラストで、亡くなった妻・梢も女の子に転生していることを仄めかしたのは、ちょっとやりすぎの印象も。原作の、ファンタジーでありながらも醸されていた文学的雰囲気も薄まった。評価は原作より星1つ減の★★★☆。) 

追記:1980年代の高田馬場がCGで再現されていたのは良かった。黒川紀章が設計した「BIG BOX」は1974年の開業当時からベースは赤だった(今は青)。隣の「F1ビル」2階の芳林堂書店はまだあるはずだ。早稲田松竹は、実際に今あるものを80年代風の装飾をして撮影に挑んだのだそうだ。「おもいでの夏」('71年/米)などがかかっているようだ。)
(CG)
「月の満ち欠け」高田馬場.jpg
(実写)
「月の満ち欠け」早稲田松竹.jpg

「月の満ち欠け」6.jpg「月の満ち欠け」 4.jpg「月の満ち欠け」●制作年:2022年●監督:廣木隆一●製作:新垣弘隆/遠藤日登思/矢島孝/宇高武志●脚本:橋本裕志●撮影:水口智之●音楽:FUKUSHIGE MARI●原作:佐藤正午●時間:128分●出演:大泉洋/有村架純/目黒蓮(Snow Man)/伊藤沙莉/田中圭/菊池日菜子/寛一郎/波岡一喜/丘みつ子/柴咲コウ●公開:2022/12●配給:松竹●最初に観た場所:有楽町・丸の内ピカデリー2(2階席)(22-12-20)(評価:★★★☆)

I丸の内ピカデリー1.jpg

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【2019年文庫化[岩波文庫的]】

《読書MEMO》
●2023年に早稲田松竹で、「月の満ち欠け」の上映に寄せて、劇中で三角(目黒蓮)と瑠璃(有村架純)が再会するきっかけになった作品「アンナ・カレーニナ」と、二人が劇中で早稲田松竹で鑑賞する「東京暮色」を上映。さらに、原作でも瑠璃のモチーフとなっているアンナ・カリーナ主演、ジャン=リュック・ゴダール監督作「女と男のいる舗道」がレイトショー上映された。
『月の満ち欠け』と巡る名画座・早稲田松竹.jpg

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