【2601】 ○ 又吉 直樹 『火花 (2015/03 文藝春秋) ★★★★

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「神谷(メンター)ではなく、"僕"(メンティ)を見事に描き出した」(小川洋子氏)。豊胸手術がなければ◎。

火花.jpg火花 文庫.jpg  又吉直樹 芥川賞受賞.jpg
火花 (文春文庫)』 NHK「ニュースウオッチ9」(平成27年7月16日)より

火花』(表紙装丁画:西川美穂「イマスカ」)

 2015(平成27)年上半期・第153回「芥川賞」受賞作。2016年・第13回「本屋大賞」第10位。

 売れない芸人・徳永は、熱海の花火大会で、先輩芸人・神谷と電撃的な出会いを果たす。徳永は神谷の弟子になることを志願すると、「俺の伝記を書く」という条件で受け入れられた。奇想の天才でありながら、人間味に溢れる神谷に徳永は惹かれていき、神谷もまた徳永に心を開き、神谷は徳永に笑いの哲学を伝授しようとする―。

火花es.jpg文學界5_pho01.jpg 文藝春秋の雑誌「文學界」2015年2月号に掲載された、現役お笑い芸人"ピース・又吉"の純文学小説ですが、デビュー作で芥川賞受賞というのもスゴイなあ(あの石原慎太郎の「太陽の季節」さえもデビュー作ではなかったし)。2015年3月に単行本が刊行され、2015年8月時点で累計発行部数239万部を突破、村上龍氏の『限りなく透明に近いブルー』を抜き、芥川賞受賞作品として歴代第1位になったそうです(既に文庫化されており、文庫も併せると300万部を超えている)。

 芥川賞の選考では、宮本輝、川上弘美の両選考委員が強く推し、高樹のぶ子、奥泉光の両選考委員が受賞に否定的でしたが、残りの委員のうち、山田詠美、小川洋子、島田雅彦氏の3氏が受賞に賛成したため、これで9人の選考委員のうち5人が推したことになり、比較的すんなり決まったのではないでしょうか。新潮社主催の「三島由紀夫賞」の候補になりながら受賞しなかったことも、プラスに作用した気がしますが、「太陽の季節」が獲った「文學界新人賞」については、この作品は候補にもなっていないのはどうしてでしょうか。

芥川賞の偏差値.jpg小谷野敦.jpg 小谷野敦氏が近著『芥川賞の偏差値』('17年/二見書房)で、この「火花」の1年後に芥川賞を受賞した村田沙耶香氏の「コンビニ人間」を偏差値72として最高評価をしていますが、「火花」は偏差値49という評価です。但し、芥川賞作品だけで偏差値を決めているわけではないためか、全部の芥川賞作品の中では上位3分の1くらいの位置にある評価ということになっています(因みに「限りなく透明に近いブルー」は偏差値44、「太陽の季節」は偏差値38)。

芥川賞の偏差値

 個人的には、良かったと思います。ある種「メンター小説」だなあと思いました。伊集院静氏の『いねむり先生』('11年/集英社)には及びませんが、こういうの、タイプ的に好きかも。作者は、お笑い芸人の世界を知ってほしかったというようなことをどこかで言っていましたが、この世界の上下関係の厳しさなどは、バライティのネタなどになっていたりして、意外と知られてしまっているのではないでしょうか。

 やはり、面白かったのは(小谷野敦氏の『芥川賞の偏差値』は面白いかどうかを重視しているようだが)、先輩芸人・神谷のキャラクターの描かれ方でしょう。個人的には、「天才」とは世の中に受け入れられてこその「天才」だと考えます。その考えで行けば、神谷は売れていないから今の所「天才」ではいないわけで(無名時代の「天才」と言えなくもないが)、どちらかと言うと「本物」と言った方がいいのかなあ。生き方として"漫才師"というのを見せてくれているように思われ、その部分において、読む前の予想や期待を超えていました(作者は、作者自身は人を笑わせるプロ芸人で、神谷はその意味ではプロではないと考えているようだ。それでも神谷のセリフやギャグで編集者が笑った箇所があれば、その部分はすべてカットしたそうだ)。

高樹のぶ子.jpg 面白かったことは面白かったけれども、終盤に神谷に豊胸手術をさせたのはどうしてなのでしょう。もう神谷のキャラに十分驚かされたのに、作者はまだ足りないと思ったのでしょうか。芥川賞受賞に反対した高樹のぶ子氏も、反対理由を、「優れたところは他の選者に譲る。私が最後まで×を付けたのは、破天荒で世界をひっくり返す言葉で支えられた神谷の魅力が、後半、言葉とは無縁の豊胸手術に堕し、それと共に本作の魅力も萎んだせいだ」としています。作者は、神谷を壊れゆくキャラとして描いたのでしょうか。

小川洋子.jpg それでも、個人的には星4つ(○)で、終盤の豊胸手術がなければ◎でした。神谷に目が行きがちですが、小川洋子氏が、「『火花』の語り手が私は好きだ」「他人を無条件に丸ごと肯定できる彼だからこそ、天才気取りの詐欺師的理屈屋、神谷の存在をここまで深く掘り下げられたのだろう。『火花』の成功は、神谷ではなく、"僕"を見事に描き出した点にある」としているのは、穿った見方だと思いました。メンターの描かれ方もさることながら、メンティのそれ方が決め手になっているということでしょう。ラストに不満があっても△ではなく○になる理由は、根底に小川洋子氏が指摘するような面があるためかもしれないと思いました。

火花 映画 チラシ.jpg火花 映画_02.jpg板尾創路 監督「火花」2017年11月 全国東宝系公開。
徳永 - 菅田将暉
神谷 - 桐谷健太


【2017年文庫化[文春文庫]】

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