2017年12月 Archives

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シリーズ第1作。ドラマにはなっていない木枯し紋次郎の誕生秘話。

赦免花は散った1.jpg 赦免花は散った 時代小説文庫.jpg 木枯し紋次郎 (一) 赦免花は散った (光文社文庫) .jpg 時代小説傑作選-upq.jpg 木枯し紋次郎2.jpg
『赦免花は散った―木枯し紋次郎股旅シリーズ』『赦免花は散った―木枯し紋次郎 (1981年) (時代小説文庫〈36〉)』『木枯し紋次郎(一)~赦免花は散った~ (光文社文庫)』『この時代小説がすごい! 時代小説傑作選 (宝島社文庫 「この時代小説がすごい!」シリーズ)』「木枯し紋次郎」(中村敦夫)
挿画:岩田専太郎
赦免花は散った_2岩田専太郎.jpg 宝島社の「『この時代小説がすごい!』が選ぶ!時代小説ベストテンアンケート」第2位。

 天保6年、渡世人の紋次郎は、母親の死に目を看取りたいという幼馴染みで兄弟分の左文治の罪を代わりに被って、三宅島に流罪になっている。三宅島の囚人たちはみな飢えに苦しんでいて、島からの脱出を試みたりしている。脱出が未遂に終わって、島を出られなかった者は、銃殺されていくのだった。紋次郎の赦免花は散った02岩田専太郎.jpg島での同居人・清五郎ほか、捨吉、源太、お花の4人組も、脱出を企てている。差し迫った三宅島の火山噴火の機を狙い、その混乱に乗じて脱出しようということだ。一時的な身代わりとして島に来ている紋次郎はこの計画に加わらないつもりだったが、新たに島に来た流人から、左文治の母親は9か月前、紋次郎が小伝馬町の牢内にいる頃に亡くなっていたことを知らされ、自分が左文治に裏切られたことを知って、4人組の島脱出計画に加わることにする―。

赦免花は散った講談社ロマンブックス.jpg 「赦免花は散った」は「小説現代」1971(昭和46)年3月号に発表された作品で、「帰ってきた紋次郎」シリーズまで入れると28年間、全113編にもなる「紋次郎もの」の第1作、始まりの作品です。そのデビューが流刑島としての三宅島だったというのはやや意外でした。いきなり、島における悲惨を極める流人生活が克明に描写され、島流しが「遠回しの死刑」といっていいほどに、肉体的にも精神的にもギリギリまで追い詰められる地獄の刑罰であることを物語っています。

『赦免花は散った―木枯し紋次郎(一)』('72年/講談社ロマン・ブックス)

 紋次郎は、島に流される時に、自分の後追いするように自殺した両替屋の「お夕」のことを毎日供養の気持ちで思ってみたり、三宅島では「お夕」と同じ名前の流人の妊婦の世話をしたりしますが、紋次郎が世話した島の「お夕」は子連れ自殺したために紋次郎の気遣いは報いられることなく、また、最終的には、もう1人の「お夕」にも左文治と通じ合って自分を裏切っていたことを知ることになり、日々の供養もまた無意味だったことを知るに至ります。

 島からの脱出行で、清五郎、捨吉、源太、お花の4人組は生存本能剥き出しの獣のような争いとなり、結局、紋次郎だけが江戸に帰還して左文治と対峙します。お腹の中に左文治の子がいるというお夕の訴えを退け、「もう、騙されねえぜ!」と一喝して左文治を仕留め、お夕には「お夕さん、甘ったれちゃあいけませんぜ。赦免花は散ったんでござんすよ」と言い捨てます。

 「赦免花」とは蘇鉄の花のことで、流刑の島では蘇鉄の花が咲くと赦免船がやって来るという言い伝えが根拠のないまま自然発生的に流布されており、そのことに由来する呼び名です。と言っても、今ここで「赦免花は散ったんでござんすよ」と言ってもお夕には何のことだか分かるはずもなく、紋次郎自身、なぜ自分がそう言い捨てたのか分からないでいます。但し、その後に、「しかし、それでもよかった。赦免花は散ったと口にした瞬間から、紋次郎は新しい自分になったような気がしたのだった」と続きます。

 まさに、虚無感漂うアンチ・ヒーロー木枯し紋次郎の誕生の瞬間であり、当エピソードは紋次郎誕生秘話と言えるものですが(当時紋次郎は30歳で、渡世の道に入って14年という設定らしい)、翌'72年1月1日からフジテレビ系列でスタートした中村敦夫主演のテレビドラマ「木枯し紋次郎」では、全38話を通じてこのエピソードは映像化されていないようです('77年から'78年にかけて東京12チャンネルで放映された「新 木枯し紋次郎」全26話についても同様)。"誕生秘話"という特殊な位置づけであるだけに、通常のシリーズの中には入れにくいのでしょう。一方で、中島貞夫監督、菅原文太主演の映画「木枯し紋次郎」('72年/東映)がこの「赦免花は散った」を原作としているとのことで、初の時代劇出演だった菅原文太の紋次郎がどのようなものだった観てみたい気もします

木枯し紋次郎3.jpg木枯し紋次郎 .jpg「木枯し紋次郎」●演出:市川崑/森一生/手銭弘喜/大洲斉/出目昌伸/小野田嘉幹 他●プロデューサー:浅野英雄/阪根慶一/大岡弘光/小嶋伸介●脚本:服部佳/久里子亭(和田夏十、市川崑)/山田隆之/大野靖子/大藪郁子 他●撮影:宮川一夫/森田富士郎●音楽:湯浅譲二(主題歌「だれかが風の中で」(作詞:和田夏十、作曲:小室等、編曲:寺島尚彦、歌:上條恒彦)●原作:笹沢左保●出演:中村敦夫/森内一夫/森下耕作/美樹博/(以下、非レギュラー)小川真由美/小池朝雄/植田峻/二瓶康一/原田芳雄/加藤嘉/藤村志保/大出俊/香川美子/常田富士男/赤座美代子/野川由美子/小松方正/浜村純/鰐淵晴子/阿藤海(快)/小山明子/太地喜和子/(ナレーター)芥川隆行●放映:1972/01~05、1972/11~1973/03(全38回)●放送局:フジテレビ

【1981年文庫化[富士見書房・時代小説文庫(『赦免花は散った―木枯し紋次郎』)]/1997年再文庫化[光文社文庫(『木枯し紋次郎(一)~赦免花は散った~』)]/2016年再文庫化[宝島社文庫(『この時代小説がすごい! 時代小説傑作選』)]】

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時代小説においてこれほど途方もないアイデア(状況設定)に出会うことは稀有。

国を蹴った男 文庫.jpg 国を蹴った男 講談社.jpg 時代小説傑作選-upq.jpg
国を蹴った男 (講談社文庫)』『国を蹴った男』『この時代小説がすごい! 時代小説傑作選 (宝島社文庫 「この時代小説がすごい!」シリーズ)

国を蹴った男 03.jpg 2012(平成24)年・第34回「吉川英治文学新人賞」受賞作。2012(平成24)年下半期・第148回「直木賞」候補作。宝島社の「『この時代小説がすごい!』が選ぶ!時代小説ベストテンアンケート」第1位。

 京の鞠師・五助は、訳あって京を出て、駿河の今川家のお抱え鞠職人になる。今川家当主・氏真は、桶狭間の戦いで織田信長に討たれた今川義元の子で、今は三河の家康の庇護下にあり、名人並みの鞠足の持ち主だった。その、上洛して、家康の同盟者にして「父の仇」でもある信長に京都の相国寺で謁見し、信長の前で蹴鞠を披露することになる。そんな折、五助に今の妻を世話してくれた商人・籠屋宗兵衛が、石山本願寺の意向を受けて、蹴鞠に火薬を仕込んで信長を暗殺する計画を五助に告げる。すでに五助の妻子は人質にとられており、妻子を救うには信長暗殺計画に手を貸すしかない五助だったが―。

 宝島社が、毎年、その年に刊行された時代小説のベストランキングを発表し紹介している『この時代小説がすごい!』のランキングアンケート投票によって選出された短編時代小説のオールタイムベストの第1位作品。ベストテンアンケート投票者は評論家、ライター、編集者など24人で、1人で10位まで投票し、第1位に10点、第2位には9点...第10位には1点、というかたちで累計するもので、59点を獲得し、第2位の笹沢佐保「赦免花は散った」の42点を17ポイント上回っての第1位でした。因みに作者は、この作品の前に「城を噛ませた男」で直木賞候補(第146回)になり、この作品の後も「巨鯨の海」(第150回)、「天下人の茶」(第155回)で候補になっています。

 物語にあるように、氏真が1575(天正3)年3月20日に信長の前で蹴鞠を披露したというのは『信長公記』ある史実で(但し、氏真が同年に詠んだ歌428首を収めた『今川氏真詠草』にはこの会見に関する感慨は記されていない)、翌月に長篠の合戦があり、その後の残敵討伐で、諏訪原城(牧野城)の城主となった氏真は、城主の座を降り(解任され)鞠と和歌に生きる余生を送ることになります。当然のことながら、物語における蹴鞠による信長暗殺計画は未遂に終わり、氏真はそうした計画があったことすら知らなかったことになっていますが、それでは五助はどうしたのか、五助の妻子の命はどうなったのか―。

 短編集『国を蹴った男』は、戦国時代に織田信長や豊臣秀吉などの権力者に翻弄されつつも、自らの信念を貫いた者たちを描いた作品群で、表題作であるこの「国を蹴った男」のテーマそうです。但し、「国を蹴った男」の場合、主人公が武士ではなく蹴鞠職人であり、主人と武士道的な主従関係というよりは蹴鞠を通した友情のようなもので結ばれていながら、その行為は主人を守るためなら自らは命を投げ出すことも厭わないとする、武士以上に覚悟の座ったものです。しかも、何ら恩寵や名誉の見返りのないものだけに感動させられます。

女城主直虎   今川氏真1.jpg この作品はまた、人物造型解釈がユニークです。今川氏真は文化人で蹴鞠の名手でしたが、誰もが天下を狙う時代に暢気に歌を詠み、鞠を蹴っているうちに今川家を滅亡させてしまった公家趣味の暗愚な殿様というイメージがあります。しかし、この作品では、蹴鞠職人・五助の目を通して、氏真の一見暗愚に見える気質の根底にある気高さや柔軟な思考をも描いており、五助が忠誠を寄せるに足る人物となっています。

「女城主 直虎」 寿桂尼(浅丘ルリ子)/今川氏真(尾上松也)

直虎 今川氏真s.jpg こうした描き方は、今年['17年]のNHKの大河ドラマ「女城主 直虎」においても、尾上松也演じる今川氏真が、最初は浅丘ルリ子演じる祖母・寿桂尼の後見に敷かれて政務をする内に遊興に耽るようになったダメ当主として描かれていたのが、終盤は、独自の割切りで、一代だけだったものの今川家を存続延長させ、自らは好きな芸術の世界に身を転じ余生を永らえた、戦国大名としてはユニークな生き方をした人物としてむしろ肯定的に描かれていることにも通じるように思います(この作品が「直虎」における氏真"再評価"の先直虎 今川氏真    .jpg鞭となった?)。作者がこの作品を書いた頃は(つい5年前だが)、今川義元が桶狭間の戦いで織田信長に敗れたにも関わらず今川氏真が戦国の時代を生き延びた経緯というのが一般にはあまり知られていなかったのではないでしょうか。直木賞選考委員の桐野夏生氏は、「私は、時代背景や当時の状況など、もう少し説明が欲しいと思うところがある」としています(これは短編集全体に対する講評)。但し、これを説明し始めると、かなり複雑で長くなり、短編作品としてのキレが失われたかもしれないと思います。

女城主直虎   今川氏真2.jpg 更にこの作品の白眉とも思えるのは、作中の蹴鞠競技を、通常8人4組制で行われるのを、1人で競うのが好きな信長の意向で変則的な4人4組制にして、信長の相手として氏真の他に、信長に同行した三河の松平家康と、たまたま傍に控えていた羽柴藤吉郎秀吉を加えていることです。籠屋宗兵衛の思惑通り鞠に仕掛けた爆薬が爆発すれば、石山本願寺が望んだ信長暗殺だけでなく、氏真、家康、秀吉も爆死する可能性があり、五助の氏真への思いはともかく、信長、家康、秀吉の3人が同時に、或いはその内の誰かが命を落とすことになるかもしれない状況を作りだしている点です。同時にこの部分は、暗殺の実現可能性という面でネックにもなるようにも思いますが(狙い通り信長が死ぬとは限らず、実質ロシアン・ルーレット状態になってしまう)、それを割り引いて考えても、時代小説においてこれほど途方もないアイデア(状況設定)に出会うことは稀有なように思いました。

おんな城主 直虎 .jpg「おんな城主 直虎」●演出:渡辺一貴/福井充広/藤並英樹/深川貴志/村橋直樹/安藤大佑●制作統括:岡本幸江/松川博敬●作:森下佳子●音楽:菅野よう子●出演:柴咲コウ/三浦春馬/高橋一生/柳楽優弥/菅田将暉/杉本哲太/財前直見/貫地谷しほり/市原隼人/菜々緒/ムロツヨシ/柳楽優弥/市原隼/山口紗弥加/矢本悠馬/田中美央/梅沢昌代/光浦靖子/小松和重/橋本じゅん/和田正人/市川海老蔵/松平 健/春風亭昇太/尾上松也/阿部サダヲ/浅丘ルリ子/前田 吟/山本學/栗原小巻/小林薫●放映:2017/01~12(全50回)●放送局:NHK

【2015年文庫化[講談社文庫]/2016年再文庫化[宝島社文庫(『この時代小説がすごい! 時代小説傑作選』)]】

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久しぶりに観直してみて改めて原作のスゴイ技巧(幾つものリフレイン)に気づいた。

二十日鼠と人間(1992).jpg二十日鼠と人間.jpg 二十日鼠と人間(1992)es.jpg 
二十日鼠と人間 [DVD]」ジョン・マルコヴィッチ/ゲイリー・シニーズ

二十日鼠と人間(1992)011.jpg 1930年の大恐慌時代のカルフォルニア。小柄で頭の切れるジョージ(ゲイリー・シニーズ)と、巨漢だが知恵遅れのレニー(ジョン・マルコヴィッチ)の2人は、農場から農場へ渡り歩きながら労働に明け暮れる日々を送っていた。レニーは気持ちの優しい男だが、他愛のない失敗でよく面倒に巻き込まれるのが日常茶飯事だった。そんなレニーを聡明なジョージは何かと庇い、レニーは行動の全てをジョージに指示してもらい頼りきっていた。いつかは牧場主になるという夢を楽しそうに語る2人。そして彼らは、次の働き場所タイラー牧場へと向かうが―。

ハツカネズミと人間.jpg二十日鼠と人間(1992)02.jpg 1992年公開作で、原作は1937年に出版されたジョン・スタインベック(John Steinbeck、1902‐1968/享年66)の小説で、文庫本で150ページ弱です。このシンプルで中身の濃い作品を、当時気鋭のゲイリー・シニーズが監督し、製作・主演も兼ねています。ゲイリー・シニーズは元々演出家として評価され、この「二十日鼠と人間」も自らが舞台演出した後の映画化作品です。

二十日鼠と人間(1992)01.jpg  昔ビデオで観たのを、今回DVDで観直しました。ジョン・マルコヴィッチは映画に出たての「プレイス・イン・ザ・ハート」('84年/米)の頃から上手いと思っていましたが、やはり上手い。一方、ゲイリー・シニーズの方は、監督が主演も兼ねると気負い過ぎてダメになるケースもあるのでどうだったかなと思いましたが、観直してみたら、ジョン・マルコヴィッチと甲乙つけ難いほどの名演技でした。大男と小男の話なので、身長183センチのジョン・マルコヴィッチと身長175センチのゲイリー・シニーズでは、原作のイメージほどの"高低差"ではないなあと思いましたが、観ているうちにそんなことはどうでもよくなったほどでした。

 久しぶりに映画を観て、改めて原作の技巧に気づきました。キャンディ老人(レイ・ウォルストン)が、自分が飼っていた老犬の最期を他人であるカールソンに任せたことを、後で「自分がやるべきだった」と悔いたところが、ジョージとレニーとの最後のシーン(ジョージは、レニーの人間としての矜持を、自分にできる最善の方法で保たせてやりたかった二十日鼠と人間(1992)06.jpgということなのだろう)と重なる伏線となるわけで、これははっきり覚えていましたが、その他にも、レニーが〈二十日鼠〉の死体を持ち歩いていたこと(自分の手で圧死させてしまったのかもしれない)と、結果として短期間しか飼えなかった〈子犬〉の死、そして終盤の〈カーリーの妻〉(シェリリン・フェン)の死と、3度にわたって事故死が繰り返されていたのだなあと。更には、2人が今の農場に流れてくる原因になった、レニーが前の農場で女性の着ている服の〈光沢〉のある生地に魅せられた結果生じたトラブルと、レニーが今度はカーリーの妻の髪の毛の〈光沢〉に魅せられて、彼女からの誘惑もあって、結局それが悲劇に繋がるという、ここでもリフレインが効いています。つまり3通りものリフレインがあるわけですが、何れも後の方がより重大な結果を招いており、リフレインとリフレインが"相似形"的な関係になっています(何という技巧か!)。

二十日鼠と人間(1992)04.jpg ジョージはラストで、レニーと共にいることが自分の生きがいになっていたことに改めて(初めて?)気づいたのではないでしょうか。原作は、ラストの悲劇の後、全てを見通したスリムがジョージに気遣いする一方で、共に立ち去る2人を見てカーリーとカールソンは首を傾げるといった終わり方になっていて、スリム、ジョージの2人とカーリー、カールソンの2人が、全く別のタイプの人間として明確に線引されることを効果的に印象づけているように思いました。同時に、ジョージがもう農場をあちこち移動することなく、スリムと同じ道を辿り、更にはスリムの後継となることを暗示しているように思いました。

 一方、映画では、ジョージが逃走したレニーを探す際にカーボーイハットを藪の中へ捨てる(落とす(?))場面があり、カウボーイハットは農夫・牧童の象徴であることから、ジョージは農夫を続けることもしないとの見方もあるようです。この場合は、農夫を辞めて何かをするというよりは、農夫として働くのは将来の夢を実現させるためで、その夢はレニーと共にあった夢だったので、レニーを失った今、これから何をしていいのか真っ暗闇状態にあるということなのでしょう(実際、映画ではラスト、ジョージは暗闇の中で貨物列車に乗る)。

二十日鼠と人間(1992)05.jpg 概ね原作に忠実に作られていましたが、黒人であるがために厩に住まわされているクルックス(ジョー・モートン)をカーリーの妻がなじるシーンが無かったなあ。ゲイリー・シニーズは舞台から映画に入ったわけですが、この作品の原作そのものが小説でありながら演劇的でもあり、このクルックスも出番は短いながら重要な役割を担っていたように思います。但し、ジョー・モートンの演技そのものは良く、老犬を飼うキャンディ老人役のレイ・ウォルストンもそうですが、脇役まで演技達者で固めているという点でも、演劇的な映画でした。

二十日鼠と人間 the farm.jpg 二十日鼠と人間55f2.jpg 二十日鼠と人間f9c71de.jpg

二十日鼠と人間 000.jpg「二十日鼠と人間」●原題:OF MICE AND MEN●制作年:1992年●制作国:アメリカ●監督:ゲイリー・シニーズ●製作:ゲイリー・シニーズ /ラス・スミス●脚本:ホートン・フート●撮影:ケネス・マクミラン●音楽:マーク・アイシャム●原作:ジョン・スタインベック●時間:115分●出演:ゲイリー・シニーズ/ジョン・マルコヴィッチ/レイ・ウォルストン/シェリリン・フェン/ジョー・モートン/アレクシス・アークエット/ジョン・テリー/モイラ・ハリス●日本公開:1992/12●配給:MGM映画=UIP(評価:★★★★)

"Of Mice and Men" from Iron Age Theatre(舞台劇「二十日鼠と人間」)
Of Mice and Men 1.jpg Of Mice and Men 3.jpg

「●い カズオ・イシグロ」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2648】 カズオ・イシグロ 『わたしを離さないで
○ノーベル文学賞受賞者(カズオ・イシグロ)「○海外文学・随筆など 【発表・刊行順】」の インデックッスへ

カズオ・イシグロの「探偵小説」風「母子もの」とでも言えるか。ラストは切ない。

わたしたちが孤児だったころm.jpg わたしたちが孤児だったころim.jpg
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)』『わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)
"When We Were Orphans"
When We Were Orphansド.jpgわたしたちが孤児だったころges.jpg 1923年夏、大学を卒業したクリストファー・バンクス(わたし)は、探偵になるという子供の頃からの夢を胸にロンドンに住んでいた。あるパーティで魅力的な女性サラ・ヘミングスに出逢うが、彼女は有名な男を追いかける性癖があり、探偵として売り出し中の彼に彼女の方から接近してくる。ある日彼女は大きな晩餐会に出入りできるよう彼を利用しようとするが、彼が拒否したため強引に中に入り、将来の夫となるサー・セシルに取り入ることに成功する。彼女は、つまらない男と添って人生を無駄にしたくないと言う。そして自分は孤児であると。クリストファーも子供の頃過ごした上海で両親が行方不明になった孤児だった。上海時代の親友はアキラという日本人の少年で、彼と毎日のように遊んだ。クリストファーの母は美しく、高い理想の持ち主で、夫の勤める会社がアヘンを輸入していることに心を痛め、反対運動に尽力し、父は母の期待に応えられないことに苦悩していた。反対派の一人フィリップおじさんはよく家に来てクリストファーと遊んでくれ、クリストファーも彼が好きだった。ある日突然その父が失踪する。後に、ある事件の調査中、クリストファーは軍閥の重要人物ワン・クーの写真を手に入れるが、それは父の失踪後まもなく家に来て母に罵られた男だった。この出来事の後、クリストファーがフィリップおじさんに連れられ買物に出ている間に、母までもが失踪したのだ。彼は英国の叔母の元に預けられ、以来アキラとは会っていない。後にクリストファーは両親を亡くした気丈な少女ジェニファーを養女にする。1937年、世界は戦争に向けて転がりだし、彼はそんな世界を自分が救わなくてはと感じ、上海で自らの使命が解決されると信じる。同じ頃、セシルと妻のサラも上海へと移る。クリストファーは、両親はアヘン事件に関わって誘拐され、いまだに拘束されていると信じ、助け出せば世界も救えると思っている。ジェニファーは彼の妄想を見抜いていた。上海でイエロースネークと呼ばれる情報提供者に会えるよう打診するが、役人からは色よい返事はない。日本軍の砲撃は既に始まっていた。セシルは影響力を失って賭けごとに溺れ、クリストファーはかつて両親の失踪事件を担当していたクン警部を探し出す。警部はひどく落ちぶれていたが、手掛かりを思い出したら連絡すると約束してくれた。そんな折、サラからセシルと別れるから一緒に駆け落ちしてほしいと頼まれ、彼は同意する。その直後にクン警部から両親が幽閉されているであろう場所について連絡が入り、彼はサラを残してその場所に向かう。そこは日本軍との戦闘地帯になっていて、中国軍将校の助けを得て瓦礫の街を進むが、将校は途中で帰り、彼は一人戦場を彷徨う。迷路のような地形の中、重傷を負って倒れている日本兵を見つけ、きっとあれはアキラだ、一緒に両親を助け出すために来てくれたのだと思う。アキラに似た男の道案内で目的の建物に辿り着くが、そこは半ば破壊され、二人は日本軍に捕まり、アキラらしい男は情報を流した罪で逮捕され、クリストファーは領事館に送り返される。ここで彼はフィリップおじさんと再会し、おじさんから、両親失踪事件の真相を知らされる―。
"When We Were Orphans"
When We Were Orphans.jpgわたしたちが孤児だったころ』.jpg 2017年のノーベル文学賞受賞者となったカズオ・イシグロの2000年に刊行された作品で(原題:When We Were Orphans)、長編第5作にあたり、作者は発表時45歳です(作者はその後、63歳でのノーベル賞受賞までに、長編は『わたしを離さないで(Never Let Me Go)』と『忘れられた巨人(The Buried Giant)』の2作しか発表していない)。本作は出版と同時にベストセラーとなったほか、英米で評論家などからも高く評価され、ブッカー賞とウィットブレッド賞にノミネートされています。但し、作者のこれまでの作品『日の名残り(The Remains of the Day)』や『わたしを離さないで(Never Let Me Go)』のように映画化される予定は今のところないようなので、ややストーリーを詳しく書きました(「上海の伯爵夫人(The White Countess)」('05年/米)という作者のオリジナル脚本を映画化した作品があり、1930年代の上海が舞台で、しかも日中戦争前後を描いているが、本作とは全く別の話である)。

 面白く読め、こんなに面白くていいのかなという印象も(ラストは重けれども)。体裁はあたかも、子どもから大人へと成長した主人公が過去の両親失踪事件の謎を解決する「探偵小説」のようにも見えますが、作者は「週刊文春」2001年11月8日号の対談「阿川佐和子のこの人に会いたい」で、「最初はアガサ・クリスティ的な英国の典型的な探偵ものを書こうと目論んでいたのがなかなかその通りにいかなくて(中略)探偵ものにこだわるのはやめた」と述べており、終盤にフィリップおじさんによる「謎解き」のようなものはあるものの、物語を構成する上で「探偵小説の形を借りた」と言った方が適切かと思われます。探偵小説として読んでしまうと、メインストーリーはともかく、「わたしたちが孤児だったころ」の「たち」という言い方の元になっている、主人公と同じ孤児であるサラやジェニファーについての記述は謎解きの伏線になってはおらず、結局サラの行く末は事後譚で語られ、ジェニファーもこの先どうなるのかよく分からないままで終わっています。

 更に、終盤の主人公が上海の日本軍との戦闘地帯を彷徨う様は夢現(ゆめうつつ)状態のような感じで、両親がその近くに拘束されているという主人公の確信も、両親の失踪が10数年前だったことからすれば全く根拠はなく、また、主人公は日本兵を見つけ、それをアキラだと思い込むなど、表現上は殆ど幻想文学の世界に入っている感じがしました。(因みに、作者の『充たされざる者(The Unconsoled)』は全編、カフカ的な幻想小説と言えるのではないか)。

 それでいてやはり「探偵小説の形を借りて」いるわけであって、探偵である主人公が何か自力で謎解きをしたわけではないですが、ラストでフィリップおじさんから、ちょうど「探偵小説」のラストのように、衝撃の事実が明かされます。その事実は切なかったです。そして、ラストの再会―こうした場面は、個人的にはどこか既視感がありました。これ、カズオ・イシグロの母子ものと言うか、そう言えば、谷崎潤一郎にも「母を恋うる記」というのがあり、山口瞳が自分の母親について書いた『血族』などもそうした系譜の作品でしたが、男はみんなマザコンなのか(?)。その意味でこの作品は一部「日本的」な感じもしますが、一方で、「英国的」な探偵小説の要素を織り込むことで、ラストも切ないことは切ないですが、日本的なウェットな感じではなく、意外と乾いた読後感の作品に仕上がっているように思いました。

 『日の名残り』『わたしを離さないで』同様、語り手が自らの記憶を辿っていきながら、過去を見つめ直す話でもあります。もしかしたら、われわれは皆、過ぎ去った過去の人生において精神的に取り戻したい何かを抱えているのかもしれません。『日の名残り』も『わたしを離さないで』もそうですが、読み手の日常生活とかけ離れたシチュエーションを描きながら、読者をそうした普遍的な思いに駆りたてる作品でもあり、それがラストの切なさにつながっていると思います。

【2006年文庫化[ハヤカワepi文庫]】

《》
●カズオ・イシグロのこれまで発表した長編小説 (出版年 邦題 原題)
1982年 遠い山なみの光 A Pale View of Hills
1986年 浮世の画家 An Artist of the Floating World
1989年 日の名残り The Remains of the Day
1995年 充たされざる者 The Unconsoled
2000年 わたしたちが孤児だったころ When We Were Orphans
2005年 わたしを離さないで Never Let Me Go
2015年 忘れられた巨人 The Buried Giant

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「●「直木賞」受賞作」の インデックッスへ

あり得ない話なのだが、リアルな描写と凝ったプロットで引き込まれた。

月の満ち欠け 佐藤正午2.jpg月の満ち欠け 佐藤正午3.jpg月の満ち欠け.jpg  佐藤正午 .jpg 佐藤正午 氏
月の満ち欠け 第157回直木賞受賞』(2017/04 岩波書店)

 2017(平成29)年上半期・第156回「直木賞」受賞作。

 八戸在住で60歳過ぎになる小山内堅は、東京駅のホテルで、18歳で亡くなった娘・小山内瑠璃の高校時代の親友だった女優の縁坂ゆいと、その娘・るりの親子に会う。「どら焼き、嫌いじゃないもんね。あたし、見たことあるし、食べてるとこ。一緒に食べたことがあるね、家族三人で」と初対面の少女・縁坂るりは小山内に向かって言い放つ。彼女は「あたしは、月のように死んで、生まれ変わる」と言うのだ。目の前にいるこの7歳の娘が、いまは亡きわが子だというのか?小山内を含めた3人の男と転生を繰り返す少女の、30余年に及ぶ人生、その過ぎし日々が交錯し、幾重にも織り込まれてゆく―。

小説の読み書き.jpg 1955年生まれの作者(佐世保在住)にとって、デビューから34年目での「直木賞」受賞作で、受賞時の年齢61歳10ヵ月というのは歴代第7位ですが、かなり高齢に感じられるのは、やはり既に作家として名を成しているためでしょうか。岩波書店からは『小説の読み書き』('06年/岩波新書)という本も出していたりして、内容的には小説の読み方書き方を人に押し付けるものではないですが、こうした本を著すというのはそれなりに作家として出来上がっているということではないかと思います。デビュー作以来32年ぶりの文学賞受賞作が前作の『鳩の撃退法』('14年/小学館)(山田風太郎賞)ということで、ここにきて"賞づいた" 感じもします(因みに『鳩の撃退法』の主人公は直木賞作家だったが今は小説を書いていない男)。そして、本作『月の満ち欠け』は実際面白かったです。この"面白さ"(言い換えれば"エンタメ性")は、かなり戦略的に練られた効果であるようにも思いました。
小説の読み書き (岩波新書)』['06年]

 人は何度も生まれ変わるという輪廻転生をモチーフにしていますが、作者によれば、着想はナボコフの小説「ロリータ」で、中年男が少女に恋をする話の逆で行こうとし、そのままだと嘘っぽいので、それに「生まれ変わり」の設定を加えたとのことです。シュールで現実にはあり得ない話ですが、リアルな描写を積み重ねていく文章の上手さと、複雑な設定が組み合わさったプロットの巧みさで、引き込まれるように読み進むことができました。

 直木賞の選評では、9人の選考委員の内、浅田次郎、伊集院静、北方謙三、林真理子の各氏が強く推したようで、4人が◎だと、これでほぼ決まりという感じでしょうか。浅田次郎氏が「熟練の小説である。抜き差しならぬ話のわりには安心して読める大人の雰囲気をまとっており、文章も過不足なく丁寧で、どれほど想像力が翔いてもメイン・ストーリーを損うことがない」とし、伊集院静氏が「本来、小説には奇妙、摩訶不思議な所が備わっているものであるが、これを平然と、こともなげに書きすすめられる所に、作者の力量、体力を見せられた気がする」と評しており、この両氏の選評がしっくりきました。ストーリーでどこか破綻しているところはないかとも思いましたが、積極的に推さなかった桐野夏生氏さえ、「構成は怖ろしく凝っていて巧みだ」としているので、読んでいて時系列的な経緯が掴みにくかった部分は多少ありましたが、これでストーリー破綻はないのだろうなあ。

 気がついてみたら、語りの時間は東京駅付近で午前10時半に始まり午後1時すぎまでの3時間弱の間に収まっていて、この中に34年強の物語が詰まっているという構成も上手いと思いましたが、一方で、そうなると、最後の章が必要だったのかどうか(蛇足ではなかったか)と迷うところです。北方健三氏は、最終章と言うより最後の一行について、「本来ならば切れ味と言われるところに、微妙な作為を感じてしまったのだが、それが欠点だという確信は持てなかった」としています。

 『小説の読み書き』でも川端康成の『雪国』、志賀直哉の『暗夜行路』、森鴎外の『雁』といった文学作品を取り上げていて、ミステリっぽい作品がありながらもどちらかと言うと文芸作家というイメージもあったのですが(岩波書店から本を出しているせいもあるかも。本作は岩波書店から刊行された本としては、芥川賞・直木賞を通じて初の受賞作)、改めて、この作家ってストーリーテラーだったのだなあと。帯に「二十年ぶりの書き下ろし」「新たな代表作」とあるだけのことはあって、十分に"凝って"いました。作者は、直木賞に決まって「うれしいより、ほっとした」とのこと。但し、授賞式は欠席しています(その理由には、「(佐世保から長崎までの)長旅で仕事ができなくなるのでは、元も子もない」と体調面での不安を挙げているがどうなんだろう)。

高田馬場・稲門ビル4.jpg 「3人の男」の小山内堅以外のあとの2人は三角哲彦と正木竜之介という男ですが、三角哲彦の若い頃の物語で、高田馬場の東映パラスと早稲田松竹が出て来るのが懐かしかったです。"懐かしかった"と言っても早稲田松竹はまだありますが、稲門ビル4階にあった東映パラスは1999(平成11)年頃閉館し、今は居酒屋「土風炉」になっています。

稲門ビル

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「花様年華」の監督らしいカンフー映画(伝記映画)になったが、詰め込み過ぎで焦点がぼけた。

グランド・マスター poster .jpgグランド・マスター dvd.jpg グランド・マスター .jpg
グランド・マスター [DVD]」チャン・ツィイー(中国)/トニー・レオン(香港)

 1930年代中国。中国南部広東佛山の武術家・葉問(イップ・マン)(トニー・レオン(梁朝偉))が四十歳の頃、佛山に北部東北の八卦掌の宗師(グランドマスター)・宮宝森(ゴン・パオセン)(ワン・チンシアン(王慶祥)がやって来る。引退を考えている宝森は「自分は北の技を南に伝えたので、今度は南の技を北に伝えて欲しい」と言い、自分に勝った南部の武術家を南の代表とすると告げる。南の武術家の中から選ばれた葉問はこれに応えて宝森の試しに合格し代表となるグランド・マスター 06.jpgも、宝森ととも佛山を訪れていた宝森の娘の宮若梅(ゴン・ルオメイ)(チャン・ツィイー(章子怡))がグランド・マスターs.jpg異を唱え、葉問に試合を申し込む。葉問は若梅と試合い、試合いを通じて二人は心を通わせて、若梅は葉問を認める。若梅は父と共に東北に帰り、葉問と若梅は手紙を交し合うようになる。やがて準備の整った葉問は東北を訪れようとした時、日中戦争が勃発する―。

チャン・ツィイー、ウォン・カーウァイ(第8回アジアン・フィルム・アワード授賞式)
映画「グランド・マスター」が7部門で受賞.jpgグランド・マスター59.jpg 2013年のウォン・カーウァイ(王家衛)監督映画で、2014年・第38回香港国際映画祭「アジア・フィルム・アワード(第8回)」において、最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀女優賞(チャン・ツィイー)、最優秀音楽賞(梅林茂)など14部門中7部門で最優秀賞を受賞、2014年・第33回「香港電影金像奨」でも最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀主演女優賞、最優秀助演男優賞(マックス・チャン)を受賞した作品です。

葉問 ブルース・リー.jpg 原題は「一代宗師」。香港の武術家でブルース・リーの師匠でもあった葉問(よう もん、イップ・マン、1893-1972)がモデルで、この葉問をモデルにした映画には、ウィルソン・イップ監督、ドニー・イェン主演のイップ・マイップマン葉問.jpgン・シリーズ3作(「イップ・マン 序章」('08年/香港)、「イップ・マン 葉問」(10年/香港)、「イップ・マン 継承」('15年/香港))やハーマン・ヤオ監督、デニス・トー主演の「イップ・マン 誕生」('08年/香港)、同じくハーマン・ヤオ監督でアンソニー・ウォン主演の「イップ・マン 最終章」('13年/香港)などもあります(「イップ・マン 葉問」のエピローグで少年・李小龍(後のブルース・リー)が葉問を訪ねる場面がある)。
「イップ・マン 葉問」(10年/香港)

グランド・マスター03.jpg 「恋する惑星」('94年/香港)、「花様年華」('00年/香港)のウォン・カーウァイ監督が、同じくトニー・レオン主演でカンフー映画を撮ったらどうなるのだろうか、しかも今回の相手役は「初恋のきた道」('99年/中国)のチャン・ツィイーということで期待されましたが、いかにも「花様年華」の監督らしいカンフー映画(武術映画)になったかなという感じです。

グランド・マスター 09.jpg カンフー・アクションもありますが、しっとりとした美しい映像が続き、米雑誌「TIME」が発表した「2013年の映画ベスト10」では5位と高評価されたように、ウォン・カーウァイらしい映像美学が前面に出ています(1936年当時の娼館"金楼"のセットなどは凝っていた)。但し、欲を言えば、ストーリーの方をもう少し上手く作って欲しかったように思います。

グランド・マスター20a00.jpg 主要な役どころでは、ルオメイの父の敵役の馬三(マーサン)を演じたマックス・チャン(張晋)はカンフー俳優で(ウィルソン・イップ監督の「イップ・マン 継承グランド・マスター チャン・チェン.jpg」('15年/香港)にも出演している)、一線天(カミソリ)を演じたチャン・チェン(張震)は、台湾出身ですが(ウォン・カーウァイ監督の「ブエノスアイレス」('97年/香港)にも出演している)、中国武術・八極拳の全国大会で優勝経験もあり、トニー・レオンも、イップ・マンの最後の直弟子ダンカン・リョンから4年間にも及ぶ直接指導を受けたとのことです。それでもこの監督ですから、アクションを純粋に突き詰めただけの作品にならないことはほぼ予想通りでした。

チャン・チェン(張震)(一線天(カミソリ))

グランド・マスター チャン・チェン5.jpg しかし、結局は作品としてのテーマが、ルオメイの復讐劇だったのか、彼女の技の継承の問題だったのか、彼女のイップ・マンに対する恋心だったのか、あまりに沢山盛り込み過ぎて、やや焦点がぼけてしまった感じです。説明不足な所は説明不足で、チャン・チェン演じる一線天(カミソリ)などは、本筋の話とどう絡むのかが分かりにくかったです(日本に協力し満洲国奉天の協和会長となった敵役のマーサンに対して、中国国民党の特務機関所属の暗殺者として最前線にいたカミソリという対比か。最後は理髪店の店主になったようだが、床屋業の傍ら技を後世に伝えた?)。

グランド・マスター 07.jpg トニー・レオン演じるイップ・マンは、カンフーの技比べの場面でもいつも余裕の表情で、チャン・ツィイー演じるルオメイの十数年ぶりのグランド・マスター56.jpg告白を聴く時も穏やかな表情で、いくら抑制の効いた演技といっても、ちょっと現実ありえない?(好きな俳優なのでまあいいか)。チャン・ツィイーは、アン・リー(李安)監督 の「グリーン・デスティニー」('00年/中国・香港)の時からすれば、カンフーはかなり様になっている印象を受けました(「グリーン・デスティニー」の時は、いかにもワイヤーに吊られているという感じがしたが、あれから13年かあ)。

グランド・マスターed.jpg 男女が運命的に出会いその思いが行き違うのは、「花様年華」に似ているように思いますが、戦争に最も翻弄されたのは、韓国の人気女優・ソン・ヘギョ(宋慧敎)が演じた、先に東北に行って結局あとから来るはずだったイップ・マンと離れ離れになった妻の張永成(チャン・ヨンチェン)のようにも思えます。

 実際には葉問(イップ・マン)が1949年に香港に亡命した後、最初の2年間は大陸と香港の往来は自由であり、家族はしばしば葉問のもとを訪れていますが、1951年元日から大陸と香港の国境が突如封鎖され、家族に会えなくなった葉問は、その後1人の女性と暮らし始め、女性との間に息子を設けています。一方、1960年に妻の張永成が亡くなったのは映画にもある通りですが(彼女は佛山で亡くなっている)、1962年に長男と次男がともに香港へ密航し、父・葉問と再会を果たしています。葉問は1972年12月1日に、九龍・旺角通菜街の自宅で79歳で死去、その波瀾万丈の生涯を終えています。

 一応「伝記映画」ということになっているらしいです。ウィルソン・イップ監督、ドニー・イェン主演のイップ・マン・シリーズ3作の方が、カンフー映画としては面白いのかもしれないですが、こちらも「実話」を基にしたと謳いながら、どんどん史実から外れてきているので(イップ・マン・シリーズでは葉問の妻・張永成は夫と離別死しないなど)、共に葉問を主人公としながらも、片や「カンフー映画」、片や「伝記映画」ということで、バッティングはしないとの考えから作られた作品ではないでしょうか(ウォン・カーウァイ監督としては、自分は武侠映画でもここまで撮れるという自負の発露でもあったとは思うが)。

マギー・チャン/トニー・レオン花様年華」(2000)チャン・ツィイートニー・レオンHERO」(2002)
花様年華002.jpg トニー・レオン/チャン・ツィイー「HERO」(2002).jpg
チャン・ツィイー初恋のきた道」(1999)ミシェル・ヨー/チャン・ツィイーグリーン・デスティニー」(2000)
初恋のきた道 チャン011.jpg CROUCHING TIGER, HIDDEN DRAGON22.jpg

チャン・チェン(張震) in「ブエノスアイレス」(1997)/「グランド・マスター」(2013)
ブエノスアイレス チャン・チェン(張震).jpg グランドマスター チャン・チェン(張震).jpg

グランド・マスター  .jpgグランド・マスター3.jpg「グランド・マスター」●原題:一代宗師/THE GRANDMASTER●制作年:2013年●制作国:香港・中国●監督:ウォン・カーウァイ(王家衛)●製作:ウォン・カーウァイ/ジャッキー・パン・イーワン●脚本:ゾウ・ジンジ/シュー・ハオフォン/ウォン・カーウァイ●撮影:フィリップ・ル・スール●音楽:梅林茂/ナタニエル・グランド・マスター チャン・チェン2.jpgメカリー●時間:123分●出演:トニー・レオン(梁朝偉)/チャン・ツィイー(章子怡)/チャン・チェン(張震)/マックス・チャン(張晋)/ワン・チンシアン(王ソン・ヘギョとチャン・ツィイーt.jpg慶祥)/ソン・ヘギョ(宋慧敎)/チャオ・ベンシャン(趙本山)/ユエン・ウーピン(袁和平)(アクション指導も)●日本公開:2013/05●配給:ギャガ(評価:★★★)

ソン・ヘギョ(韓国)とチャン・ツィイー(中国)
2014年4月16日中国・北京の北京ホテルで開かれた2人が再共演した映画「太平輪〜THE CROSSING〜」(ジョン・ウー監督)の製作発表会で[韓流エンターテインメント]

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「触れるはずのない2人」が出会って。異価値許容性と言うか、ある意味今日的なテーマを扱った作品。

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最強のふたり04.jpg パリに住む富豪のフィリップ(フランソワ・クリュゼ)は、頸髄損傷で首から下の感覚が無く、体を動かすこともできない。フィリップと秘書のマガリー(オドレイ・フルーロ)は、住み込みの新しい介護人を雇うため、候補者の面接をパリの邸宅でおこなっていた。ドリス(オマール・シー)は、職探しの面接を最強のふたりes.jpg紹介され、フィリップの邸宅へやって来る。ドリスは職に就く気はなく、給付期間が終了間際となった失業保険を引き続き貰えるようにするため、紹介された面接を受け、不合格最強のふたりmages.jpgになったことを証明する書類にサインが欲しいだけだった。気難しいところのあるフィリップは、他の候補者を気最強のふたりges.jpgに入らず、介護や看護の資格も経験もないドリスを、周囲の反対を押し切って雇うことにする。フィリップは、自分のことを障害者としてではなく、一人の人間として扱ってくれるドリスと次第に心を通じ合っていく―。

エリック・トレダノ/オリヴィエ・ナカシュ監督 in「東京国際映画祭」(2011)
エリック・トレダノ/オリヴィエ・ナカシュ .jpg 2011年11月本国公開のエリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ監督作で、第37回セザール賞で作品・監督・主演男優・助演女優・撮影・脚本・編集・音響賞にノミネートされ、オマール・シーが主演男優賞を受賞、フランスでの歴代観客動員数で3位(フランス映画のみの歴代観客動員数では2位)となる大ヒットとなりました。日本では、2011年10月に第24回東京国際映画祭のコンペティション部門にて上映され、最高賞のサクラグランプリ受賞と最優秀男優賞W受賞(ランソワ・クリュゼ、オマール・シー)という、史上初のトリプル受賞を達成し、翌年9月の一般公開後も、興行収入が日本で公開されたフランス語映画の中で歴代1位のヒット作となり、2013年第36回日本アカデミー賞の最優秀外国作品賞も受賞しています。

最強のふたり 映画 モデル.jpg 実在の富豪フィリップ・ポゾ・ディ・ボルゴとその介護人アブデル・ヤスミン・セローの実話を基にした作品であるということですが、映画では介護人ドリスはアフリカ系の黒人になっていますが、実際のアブデルはアルジェリア出身のアラブ系で、フィリップと1年程度で別れたのではなく、10年程度介護したとのこと。他にも事実と異なる点は多くあり、映画は映画として観た方がよいかもしれません。

 ドリスは黒人ゲットーに暮らし、家族が問題を抱える中、自身も職にありつけず最初から失業保険を目当てに面接を受けているような有様で、大金持ちだが身体的障害を持つフィリプに対して、ドリスの方は、身体は健康だが社会的にハンディキャップを負っているとも言えます。映画の原題は"Intouchables"であり、「toucher=触れる、コンタクトする(英語のtouch)」という動詞が元になっていて、「本来は触れるはずのない(出会うはずのない)2人」といった意味のようです。この異質の2人が、互いを受け容れ、強い絆を築いていくというのがテーマだと思います。

最強のふたりロード.jpg その点において、フィリップが多くの候補者の中からなぜドリスを自らの介護人として採用したのかということがひとつこの作品のカギとなりますが、他の候補者が障害を持つフィリップに同情を示す中、そうした他人の同情にウンザリしていたフィリップにとって、対等な人間として自分と接するドリスには偽善的なものが感じられず、"偽善者"に囲まれて暮らしてきたようなフィリップにとっては、彼がが唯一心を許せそうな相手であったということでしょう。

最強のふたりsaikyo-03-e1449553808662.jpg 2人が生活環境や趣味趣向の違い―クラシックとソウル、高級スーツとスウェット、文学的な会話と下ネタ―を超えて心を通い合うようになる様がコメディタッチで描かれていますが、異文化交流とでも言うか、異価値許容性とでも言うか、ある意味今日的なテーマを扱った作品とも言えます。また、その根底には、両者の間で通じ合う何かがあったということが言えるかと思います。フィリップは友人から「注意したまえ。ああいう輩は容赦ない」と言われ、「そこがいい...容赦ないところがね」と答えています。

最強のふたりages.jpg 一方で、白人の富豪と黒人の介護人という組み合わせになったことで、アメリカ映画「ドライビング Miss デイジー」('89年)の時にもあったような"白人にとって都合のいい黒人が描かれている映画"との批判も受ける可能性はあるかもしれません。でも個人的には、いい映画だと思います。

 この映画では介護のリアルな様子が描かれておらず、介護の現場にいる人から見ればキレイに作られ過ぎている印象を受けるかもしれませんが、これは、そうした様子を映像化してしまうと、観客が面接に来たその他多くの介護人候補者と同じく、フィリップを同情の目で見てしまうことを避けるため、意図的に描かないようにしたのではないかと思います。

最強のふたりsaikyo-01.jpg また、介護事業者や介護に携わる家族などからすれば、介護問題のかなりの部分は経済的な問題であって、この映画の主人公のように大富豪であればそうした問題の殆どは解決可能であり、あとは介護人と被介護者の相性の問題だけになるので、現場にとってさほど参考になるものはないとの見方もあるかもしれません。でも、本来がこの作品は、そうした介護の大変さを伝えることを趣旨としたものではなく、元々異質な他人同士だった2人が、お互い対等な立場で相手を認め合い、相手を思い遣る関係となった―"Intouchables"という原題からして―それがこの映画のテーマではなかったかと思います。

最強のふたりsaikyo-02.jpg ただ泣けるだけの映画にしようとすれば、もっとそうした効果も織り込むことができたかもしれませんが、むしろ、そうした方向よりも、"偽善"への抵抗や"人間性"とは何かといったことに力が注がれている印象を受けました。ドリスを演じたオマール・シーもいいですが、顔の表情だけで演技したフランソワ・クリュゼも良かったし、介護助手をイヴォンヌを演じたアンヌ・ル・ニ(セザール賞助演女優賞ノミネート)、秘書のマガリーを演じたオドレイ・フルーロなど脇役も悪くなかったように思います(マガリーは○○○○○だったのかあ。ある意味、"ダイバーシティ映画"でもあったなあ)。
 アンヌ・ル・ニ/オマール・シー        オドレイ・フルーロ
最強のふたり03.jpg最強のふたり00.jpg「最強のふたり」●原題:INTOUCHABLES●制作年:2011年●制作国:フランス●監督・脚本:エリック・トレダノ/オリヴィエ・ナカシュ●製作:ニコラ・デュヴァル・アダソフスキ/ヤン・ゼノウローラン・ゼイトゥン●撮影:マチュー・ヴァドピエ●音楽:ルドヴィコ・エイナウディ●時間:112分●出演:フランソワ・クリュゼ/オマール・シー/アンヌ・ル・ニ/オドレイ・フルーロ/最強のふたり02.jpg最強のふたり01.jpgクロティルド・モレ/アルバ・ガイア・クラゲード・ベルージ/トマ・ソリヴェレ/クリスティアン・アメリ/グレゴリー・オースターマン/アブサ・ダイヤトーン・トゥーレ/シリル・マンディ/ドロテ・ブリエール・メリット●日本公開:2012/09●配給:ギャガ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(17-12-14)(評価★★★★)

《読書MEMO》
●フランス映画歴代観客動員数ランキング (Liste des plus gros succès du box-office en France(wikipedia))
1位 『タイタニック』(米・1997年)       21774181人 
2位 『Bienvenue chez les Ch'tis』(仏・2008年) 20489303人
3位 『最強のふたり(intouchable)』(仏・2011年)  19440920人
4位 『白雪姫』(米・1966年)          18319651人
5位 『大進撃(La grande Vadrouille)』(仏・1966年) 17267607人

フランス映画のみに限った国内観客動員数ランキングTOP20
1位 Bienvenues chez les Ch'tis
2位 Intouchable(最強のふたり
3位 La Grande Vadrouille(大進撃)
4位 Astérix et Obélix:Mission Cléopâtre
5位 Les Visiteurs
6位 Le Petit Monde de don Camillo
7位 Le Corniaud
8位 Les Bronzés 3:Amis pour la vie
9位 Taxi 2(タクシー2)
10位 Trois hommes et un couffin
11位 Les Misérables(レ・ミゼラブル)
12位 La guerre des boutons
13位 Le Dîner de cons
14位 Le Grand Bleu(グラン・ブルー)
15位 L'Ours(子熊物語)
16位 Astérix et Obélix contre César
17位 Emmanuelle(エマニュエル夫人)
18位 La vache et le Prisonnier
19位 Le Bataillon du ciel
20位 Le Fabuleux Destin d'Amélie Poulain(アメリ)

font size=2>「●ひ 東野 圭吾」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 「●ひ 平岩 弓枝」【612】 平岩 弓枝 『御宿かわせみ

短編集。通勤電車などで読む分にはまずまず。「君の瞳に乾杯」「水晶の数珠」が良かった。

素敵な日本人 東野圭吾短編集.jpg素敵な日本人 東野圭吾短編集ド.jpg素敵な日本人 東野圭吾短編集

 作者が2011年から2016年にかけて『宝石 ザ ミステリー』('11年/光文社)などに発表した短編を収めたもので、「正月の決意」「十年目のバレンタインデー」「今夜は一人で雛祭り」「君の瞳に乾杯」「レンタルベビー」「壊れた時計」「サファイアの奇跡」「クリスマスミステリ」「水晶の数珠」の9編を所収。

 「正月の決意」...書き初めやお屠蘇の準備が出来た達之と康代の夫婦は、毎年の習慣の初詣に出掛ける。神社への境内に着くと人が倒れていた。倒れていたのは下着姿の77歳の町長で、警察に連絡しやって来たのは、やる気の無い刑事2人と署長だった。町長は病院に運ばれ、後頭部を殴れて記憶喪失になっているらしいと連絡がある。町長は、誰に殴られ、且つ、下着姿だったのか? 小さな神社で起きた小さな事件と夫婦の決意とは?

 「十年目のバレンタインデー」... 小説家の峰岸は、10年前に突然振られた彼女・津田知理子とバレンタインデーに10年ぶり会うことになり、胸を躍らせる。峰岸の小説家としての活躍を認め、本の内容の話をする知理子に甘い夜の時間を期待をする峰岸だったが、話の行方は、知理子の友人が10年前に自殺してしまったという話になる―。

 「今夜は一人で雛祭り」...妻・加奈子に先立たれ、娘・真穂が結婚する事になった三郎だが、真穂が嫁ぐ先は地元の名家で、大病院を経営している家だった。自分の夢のため出版社に就職していた真穂は、名家の家に嫁ぐため退職するという。結婚のために娘が無理をしているのではないかと思った三郎に対し、真穂は「そんなことない、私はお母さんの娘」だからと言って笑う。三郎はしまっていた雛人形を見て、亡妻・加奈子の意外な一面に改めて気付づく―。

 「君の瞳に乾杯」...内村は休日の競馬場にいた。顔馴染みのハマさんと話した後、ふと後ろから声をかけられると、大学同期の柳田だった。「久しぶり、今お前何してるの?」と訊かれ、「広告関係の会社に就職した」と答える内村。ありきたりな再会の会話の後、柳田に合コンに誘われた内村は参加し、アニメ好きの女性モモカに出会う。自分もアニメ好きの内村は彼女に惹かれてゆき、何度かデートを重ね、遂に告白と彼女の瞳を見つめた時、彼女の隠された秘密を知る―。

 「レンタルベビー」...未来の晩婚化、非婚化の世界。エリーは結婚にはメリットを見いだせないと思いながら、子育てには少し関心があったため「疑似子育」体験をしてみることに。赤ちゃん型アンドロイドに「パール」と名付け、ボーイフレンドの「アキラ」と疑似子育てし、子育ての大変さを実感しながらも徐々に愛着が湧いてくる。いよいよパールとの別れが来るが、その時意外な真実が明らかに―。

 「壊れた時計」...失業中で家賃も滞納している俺に、Aから連絡が入る。Aは周旋屋で、俺は過去に何度か危ない仕事をしていたが、今回の仕事は、「白い彫像」の入った白いケースを盗み出すことだった。仕事を引き受け、指定のマンションの一室に侵入するが、そこへ部屋の主が帰宅してしまい、咄嗟に突き飛ばして彼を殺してしまう。白いケースは彼の手に握られていた。焦った俺がAに連絡すると、問題ないから「わざとらしいことをせず」に立ち去れと指示される。Aに白いケースを渡し、報酬を得た俺だったが、部屋の主の男の壊れた腕時計が気になり、悩んだ末に―。

 「サファイアの奇跡」...小学生の未玖は学校帰りに神社による習慣があった。神社には茶毛の猫・イナリがいるからで、野良猫だが、未玖はピンクの首輪を買って猫に付け、猫に将来の夢を心の中で語って過ごしていた。そんなある日、神社でイナリを見かけなくなる。学校の帰り道、道路のガードレールに見覚えのあるピンクの首輪を見つける。そこには花が添えられ、未玖は見張りの末に、花を添えている人物を見つける。軽トラで来た男で、運転中に急に飛び出してきたイナリを轢いてしまったらしい。男はイナリを動物病院に連れて行ったが、亡くなってしまったのだと言う。男に連れられ行ったその病院で、未玖は不思議な気配を感じ、それを辿ると1つのケージに行き着く。そこには、青色の毛を持つ猫・サファイアがいた―。

 「クリスマスミステリ」...貧乏劇団員の売れっ子・黒須は人気脚本家の弥生に殺意を抱いていた。黒須は弥生のお蔭で売れっ子俳優になれたが、15歳年上の弥生と男と女の関係になっていた。しかし、若い女優の恋人ができた黒須は、業界に顔が利く弥生が邪魔になった。一緒に出る事になっていたクリスマスパーティの前に二人は会う約束をしていたが、黒須はそこで、かつて弥生が話し所持している毒物マンドラゴラを使って弥生を殺害しようと企む。毒を含ませたワインを飲んだ弥生は倒れて、自分がいた痕跡を消した黒須は劇団に戻り、その後パーティに出席する。そこに死んだと思っていた弥生が現れる―。

 「水晶の数珠」...アメリカで俳優として成功する夢を追う直樹に、姉・貴美子から、父・真一郎が癌で余命僅かなので、父の最後の誕生日パーティに来て欲しいと電話がある。直樹の実家は地元の名家で、長男の直樹は一度は地元企業に就職したが、自分の夢を追うために父に勘当されながら渡米したのだ。大事なオーディションがあったが、直樹は7年ぶりに帰国、実家に向かう電車を降りると父から電話があり、それは直樹の夢を嘲笑するものだった。怒った直樹は父の誕生日パーティには出ず、アメリカにトンボ返りする。3週間後に父は亡くなり、訃報を受けた直樹は日本に戻る。葬儀の後の通夜振舞いで、親族から、一度だけ時間を1日戻せるという「水晶の数珠」言い伝えを聞く。信じがたい話だが、父からの遺言書は「水晶の数珠」の取扱説明書だった。「水晶の数珠」の力は本物なのか? 父はいつ何のために水晶の数珠を使ったのか?

 最初に「正月」次に「バレンタインデー」、更には「雛祭り」と来るので、季節ごとに順番に出て来るのかと思ったら、途中からそうでもなくなって、アンドロイドを扱った「レンタルベビー」、脳移植を扱った「サファイアの奇跡」のような近未来SFもあったりして、最後の方で「クリスマス」が出てきた程度。しかしながら9編は比較的粒ぞろいと言っていいのではないでしょうか。長編ほどの重みやインパクトは無いですが、通勤電車などで暇つぶしに読む分にはまずまずだと思います。読む人によって好みが分かれそうですが、個人的には、「君の瞳に乾杯」「水晶の数珠」が良かったでしょうか。

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これも予定調和だが、俳優陣の演技力のお蔭で感情移入できた。オチも効いている。

世界にひとつのプレイブック 2012.jpg世界にひとつのプレイブック 00.jpg 世界にひとつのプレイブック デ・ニーロ2.jpg
ジェニファー・ローレンス/ブラッドレイ・クーパー  ロバート・デ・ニーロ
世界にひとつのプレイブック DVDコレクターズ・エディション(2枚組)

 躁うつ病のパット(ブラッドレイ・クーパー)は、8カ月で精神病院を退院した。高校の歴史教師だったパットは、自宅で妻のニッキ(ブレア・ビー)と同僚教師との浮気現場に遭遇、その浮気相手に暴行したことから入院を命じられ、さらに裁判所からニッキへの接近禁止を言い渡されていた。今は実家で両親(ロバート・デ・ニーロ/ジャッキー・ウィーヴァー)と暮らし療養をする日々だったが、『武器よさらば』などに激しく動揺して毎日のように騒ぎを起こしても、自分は正常だと信じ、復縁のため元妻に連絡を取ろうとし続けた。そんな折、友人ロニー(ジョン・オーティス)夫妻との食事会で、ロニーの妻の世界にひとつのプレイブックf.jpg妹ティファニー(ジェニファー・ローレンス)と知り合う。夫と死別したティファニーは、ショックで混乱し、性依存症となって女性を含む同僚全員と肉体関係を持ったことからトラブルとなり失職、今は心理療法を受ける身だった。二人は薬物療法の話題から意気投合し、食事に行くが、最終的には不調に終わる。パットは元妻との連絡方法として、元妻の友人であるティファニー姉妹を通じて手紙を渡してもらおうと考え、ティファニーは元妻との連絡の橋渡しを条件に、パットに社交ダンスの特訓を始める。ダンスが得意なティファニーは、自分を取り戻すためにダンスコンテストへの出場を決意し、初心者のパットをパートナーに選んだのだ。ダンスを通じて、パットは自分が回復する手応えを感じ、ティファニーとも打ち解ける。パットの父親はアメフトのノミ屋をやっていて、アメフトの話題を通じて息子のパットと親子の溝を埋めようとしていたが、そんな父親がついに全財産を賭けて負けてしまう。それを知ったティファニーは、負けを取り戻すために、アメフトの勝敗に加え、ダンスコンテストの自分たちの得点を対象にした起死回生の賭けをセッティングする―。

 2012年公開の、デヴィッド・O・ラッセル監督による「ザ・ファイター」('10年)に続く作品で、これも予定調和ですが、俳優陣の演技力のお蔭で感情移入できました。第37回トロント国際映画祭観客賞(最高賞)受賞作で、第28回インディペンデント・スピリット賞作品賞・監督賞・主演女優賞も受賞。「ザ・ファイター」は米アカデミー賞6部門7ノミネートされ、助演男優賞と助演女優賞を獲っていますが、この「世界にひとつのプレイブック」の方は、アカデミー賞8部門にノミネートさジェニファー・ローレンス『世界にひとつのプレイブック』.jpgれ、17歳で「あの日、欲望の大地で」('08年)に出演しヴェネツィア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞しているジェニファー・ローレンスが、この作品のティファニー役でアカデミー主演女優賞を受賞しています(他に、ブラッドレイ・クーパーが主演男優賞、父親役のロバート・デ・ニーロが助演男優賞、母親役のジャッキー・ウィーヴァーが助演女優賞のそれぞれ候補だった)。夫と死別した30代半ばのティファニーの役は当初は当時30歳だったアン・ハサウェイがキャスティングされていましたが、「ダークナイト ライジング」('12年)とのスケジュール競合のために降板し(クリエイティブ面での意見の相違により役を降りたとも)、複数の30代女優の候補者がいた中で、21歳のジェニファー・ローレンスが演じることになりました。但しアン・ハサウェイの方は、同年の「レ・ミゼラブル」('12年)でアカデミー助演女優賞を受賞しています。

第85回アカデミー賞 主演女優賞・ジェニファー・ローレンス(「世界にひとつのプレイブック」)/助演女優賞・アン・ハサウェイ(「レ・ミゼラブル」)

世界にひとつのプレイブック06.jpg 主人公たちの一発逆転を狙った策がもしも上手くいかなかったら悲劇的な状況になってしまうわけですが、予めコメディがあること(予定調和)が前提となっている感じで、そこはあまり突っ込むべきではないのかも。ティファニーとパットは息の合ったダンスを披露するものの素人ぶりは隠せず(この辺りはある程度リアルか)、他のダンサー達から失笑や慰めを受けますが、結果的には賭けの目標をクリアしてパットは大喜び。パットはニッキの元に歩み寄って会話を交わし、それを見たティファニーは会場を後にする―。

 ネタバレになりますが、ティファニーがパットとダンスの練習を続ける中、パットが元妻のニッキに書いた手紙に対するニッキからの返事をティファニーからパットに渡す場面があり、その内容は、まだ直接会うことはできないが、今後に期待が持てる前向きな内容であり、それでパットは元気を出したかのように見えるわけですが、最後にその手紙は実はニッキが書いたものではないことが明かされ(つまりティファニーが書いたということ)、更にそのことをパット自身も知っていたというのが、なかなか洒落たオチになっているように思いました。

 一方で、そうであるならば、そんな手紙など書いていないニッキがなぜダンス大会の会場に来たのかがよく分かりませんが、ただ純粋にダンスを見に来たのでしょうか。何れにせよ、パットの元妻ニッキへの未練は既に断ち切れていて、パットはニッキと言葉を交わした後はティファニーを追います。このシーンだけでも泣けますが、(繰り返しネタバレになるが)ティファニーがパットを励ますためにニッキを装って手紙を書いて、パットもそのことを知っていて言わなかったとういうオチが、やはり一番効いているように思いました。

世界にひとつのプレイブック デ・ニーロ1.jpg 母親役のオーストラリア出身の女優ジャッキー・ウィーヴァーは、「アニマル・キングダム」('10年)以来2年ぶり2度目のアカデミー助演女優賞ノミネート、父親役の大御所ロバート・デ・ニーロは「ケープ・フィアー」('91年)以来21年ぶり7度目のオスカ―・ノミネートでした(デ・ニーロは、「ケープ・フィアー」の時の怖~い役柄に比べると、打って変わって今回はすっかり好々爺だが)。

 この映画はアメリカでも結構ヒットしたようですが、主人公が生きる自信を取り戻す人生の復活劇である上に家族愛が絡んでいる点が、今日のアメリカ人に受けた要因ではないでしょうか。勿論、そうした心性は日本人にも通じる部分はありますが、"Silver Linings Playbook"という原題を「世界にひとつのプレイブック」という「プレイブック」のところだけを残した邦題にしたことで(プレイブックって日本人には馴染みが薄いのでは)、日本人からは却って敬遠される原因となってしまい、損したようにも思います。

ジェニファー・ローレンス in「アメリカン・ハッスル」(2013)(デヴィッド・O・ラッセル監督)/「パッセンジャー」(2016)
ジェニファー・ローレンス アメリカン・ハッスル.jpg ジェニファー・ローレンス パッセンジャー.jpg

ジェニファー・ローレンス in「世界にひとつのプレイブック」(2012年・第38回ロサンゼルス映画批評家協会賞「主演女優賞」受賞)
Silver Linings Playbook (2012).jpg世界にひとつのプレイブックs.jpg「世界にひとつのプレイブック」●原題:SILVER LININGS PLAYBOOK●制作年:2012年●制作国:アメリカ●監督・脚本:デヴィッド・O・ラッセル●製作:ブルース・コーエン/ドナ・ジグリオッティ/ジョナサン・ゴードン●撮影:マサノブ・タカヤナギ●音楽:ダニー・エルフマン●原作:マシュー・クイック「世界にひとつのプレイブック」●時間:122分●出演:ブラッドレイ・クーパー/ジェニファー・ローレンス/ロバート・デ・ニーロ/ジャッキー・ウィーヴァ/クリス・タッカー/アヌパム・カー/ジョン・オーティス/シェー・ウィガム/ジュリア・スタイルズ/ポール・ハーマン/ダッシュ・ミホク/ブレア・ビー●日本公開:2013/02●配給:ギャガ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(17-12-05)(評価★★★★)
Silver Linings Playbook (2012)

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「神谷(メンター)ではなく、"僕"(メンティ)を見事に描き出した」(小川洋子氏)。豊胸手術がなければ◎。

火花.jpg火花 文庫.jpg  又吉直樹 芥川賞受賞.jpg
火花 (文春文庫)』 NHK「ニュースウオッチ9」(平成27年7月16日)より

火花』(表紙装丁画:西川美穂「イマスカ」)

 2015(平成27)年上半期・第153回「芥川賞」受賞作。2016年・第13回「本屋大賞」第10位。

 売れない芸人・徳永は、熱海の花火大会で、先輩芸人・神谷と電撃的な出会いを果たす。徳永は神谷の弟子になることを志願すると、「俺の伝記を書く」という条件で受け入れられた。奇想の天才でありながら、人間味に溢れる神谷に徳永は惹かれていき、神谷もまた徳永に心を開き、神谷は徳永に笑いの哲学を伝授しようとする―。

火花es.jpg文學界5_pho01.jpg 文藝春秋の雑誌「文學界」2015年2月号に掲載された、現役お笑い芸人"ピース・又吉"の純文学小説ですが、デビュー作で芥川賞受賞というのもスゴイなあ(あの石原慎太郎の「太陽の季節」さえもデビュー作ではなかったし)。2015年3月に単行本が刊行され、2015年8月時点で累計発行部数239万部を突破、村上龍氏の『限りなく透明に近いブルー』を抜き、芥川賞受賞作品として歴代第1位になったそうです(既に文庫化されており、文庫も併せると300万部を超えている)。

 芥川賞の選考では、宮本輝、川上弘美の両選考委員が強く推し、高樹のぶ子、奥泉光の両選考委員が受賞に否定的でしたが、残りの委員のうち、山田詠美、小川洋子、島田雅彦氏の3氏が受賞に賛成したため、これで9人の選考委員のうち5人が推したことになり、比較的すんなり決まったのではないでしょうか。新潮社主催の「三島由紀夫賞」の候補になりながら受賞しなかったことも、プラスに作用した気がしますが、「太陽の季節」が獲った「文學界新人賞」については、この作品は候補にもなっていないのはどうしてでしょうか。

芥川賞の偏差値.jpg小谷野敦.jpg 小谷野敦氏が近著『芥川賞の偏差値』('17年/二見書房)で、この「火花」の1年後に芥川賞を受賞した村田沙耶香氏の「コンビニ人間」を偏差値72として最高評価をしていますが、「火花」は偏差値49という評価です。但し、芥川賞作品だけで偏差値を決めているわけではないためか、全部の芥川賞作品の中では上位3分の1くらいの位置にある評価ということになっています(因みに「限りなく透明に近いブルー」は偏差値44、「太陽の季節」は偏差値38)。

芥川賞の偏差値

 個人的には、良かったと思います。ある種「メンター小説」だなあと思いました。伊集院静氏の『いねむり先生』('11年/集英社)には及びませんが、こういうの、タイプ的に好きかも。作者は、お笑い芸人の世界を知ってほしかったというようなことをどこかで言っていましたが、この世界の上下関係の厳しさなどは、バライティのネタなどになっていたりして、意外と知られてしまっているのではないでしょうか。

 やはり、面白かったのは(小谷野敦氏の『芥川賞の偏差値』は面白いかどうかを重視しているようだが)、先輩芸人・神谷のキャラクターの描かれ方でしょう。個人的には、「天才」とは世の中に受け入れられてこその「天才」だと考えます。その考えで行けば、神谷は売れていないから今の所「天才」ではいないわけで(無名時代の「天才」と言えなくもないが)、どちらかと言うと「本物」と言った方がいいのかなあ。生き方として"漫才師"というのを見せてくれているように思われ、その部分において、読む前の予想や期待を超えていました(作者は、作者自身は人を笑わせるプロ芸人で、神谷はその意味ではプロではないと考えているようだ。それでも神谷のセリフやギャグで編集者が笑った箇所があれば、その部分はすべてカットしたそうだ)。

高樹のぶ子.jpg 面白かったことは面白かったけれども、終盤に神谷に豊胸手術をさせたのはどうしてなのでしょう。もう神谷のキャラに十分驚かされたのに、作者はまだ足りないと思ったのでしょうか。芥川賞受賞に反対した高樹のぶ子氏も、反対理由を、「優れたところは他の選者に譲る。私が最後まで×を付けたのは、破天荒で世界をひっくり返す言葉で支えられた神谷の魅力が、後半、言葉とは無縁の豊胸手術に堕し、それと共に本作の魅力も萎んだせいだ」としています。作者は、神谷を壊れゆくキャラとして描いたのでしょうか。

小川洋子.jpg それでも、個人的には星4つ(○)で、終盤の豊胸手術がなければ◎でした。神谷に目が行きがちですが、小川洋子氏が、「『火花』の語り手が私は好きだ」「他人を無条件に丸ごと肯定できる彼だからこそ、天才気取りの詐欺師的理屈屋、神谷の存在をここまで深く掘り下げられたのだろう。『火花』の成功は、神谷ではなく、"僕"を見事に描き出した点にある」としているのは、穿った見方だと思いました。メンターの描かれ方もさることながら、メンティのそれ方が決め手になっているということでしょう。ラストに不満があっても△ではなく○になる理由は、根底に小川洋子氏が指摘するような面があるためかもしれないと思いました。

火花 映画 チラシ.jpg火花 映画_02.jpg板尾創路 監督「火花」2017年11月 全国東宝系公開。
徳永 - 菅田将暉
神谷 - 桐谷健太


【2017年文庫化[文春文庫]】

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実話がベース。予定調和だが、俳優陣の演技力のお蔭で感情移入できた。

ザ・ファイター dvd .jpg 
「ザ・ファイター」クリスチャン・ベイル/マーク・ウォールバーグ
ザ・ファイター01.jpg ミッキー・ウォード(マーク・ウォールバーグ)の異父兄のディッキー・エクランド(クリスチャン・ベイル)は、かつてシュガー・レイ・レナードをダウンさせたことがあり(実はスリップダウンだったようだが)、地元ではローウェルの誇りと呼ばれているが、試合に敗れた落胆から麻薬依存症になってしまった上に、その短気で怠惰な性格から破綻した日々を送っている。一方、弟であるミッキーは才能に恵まれず、世界チャンピオンなどは遠い夢である。それでもミッキーに過度の期待を寄せる過保護の母親アリザ・ファイター02.jpgス(メリッサ・レオ)と、かつて名ボクサーだった兄のディッキーに言われるがままに試合を重ねるが、一度も勝利を収めることが出来ず、次第に家族の絆もボロボロになっていく。そんな中、薬物中毒の兄ザ・ファイター クリスチャン・ベール .jpgディッキーが警官を殴る騒ぎを起こして監獄送りに。人生のどん底まで落ちた兄を見て、ミッキーは彼と縁を切る決断をする。ミッキーを支え続けるガールフレンドのシャーリーン(エイミー・アダムス)と共に再起をかけてトレーニングを重ねるが、そんなミッキーに、ディッキーは監獄の中からもアドバイスを送り続ける。どんなに弟に拒否されても、弟を応援し続ける兄ザ・ファイター05.jpg。そして、兄の出所の日、ミッキーはディッキーをふたたびコーチに迎え、二人三脚で再度世界の頂点を目指し始める―。

 2010年公開のデヴィッド・O・ラッセル監督作で、実話に基づいた話であるとのこと。第83回アカデミー賞で作品賞など6部門にノミネートされ、助クリスチャン・ベール メリッサ・レオ.jpg演男優賞(クリスチャン・ベール)、助演女優賞(メリッサ・レオ)の2冠を獲得しています(ゴールデングローブ賞でも5部門にノミネートされ、同じく助演男優賞、助演女優賞の2冠を獲得、第16回放送映画批評家協会賞でも助演男優賞、助演女優賞を受賞し、更にメリッサ・レオは2010年・第76回ニューヨーク映画批評家協会賞助演女優賞も受賞している)。

第83回アカデミー賞 助演男優賞・クリスチャン・ベール(「ザ・ファイター」)、主演女優賞・ナタリー・ポートマン(「ブラック・スワン」)、助演女優賞・メリッサ・レオ(「ザ・ファイター」)、主演男優賞・コリン・ファース(「英国王のスピーチ」)

ザ・ファイター11.jpgザ・ファイター03.jpg クリスチャン・ベールが演じた、かつては天才と言われたボクサーだったが今は自堕落な生活を送り、それでも弟ミッキーのボクサー人生に何とか関わろうとする兄ディッキーのキャラが立っていました。加えて、メリッサ・レオ演じる過干渉の母親のキツさも。この兄と母親と彼女の7人の娘(何れもバカっぽい異父姉妹軍団)に対抗するのがエイミー・アダザ・ファイター04.jpgザ・ファイター9.jpgムス演じるミッキーの恋人シャーリーンで、エイミー・アダムスも、ゴールデングローブ賞とアカデミー賞の両方で助演女優賞にノミネートされています。息子と家族の分断に悩まされ、しかもすべてにおいて主導権を妻に握ザ・ファイター12.jpgられ、それでも息子の将来に心を砕く父親役のジョージ・ウォードも良かったし、こうなると、一番キャラが立っていないのが、マーク・ウォールバーグ(「ザ・シューター/極大射程」('06年))がペイン&ゲイン 史上最低の一攫千金.jpg演じた主人公のミッキーのような気もしますが、彼は肉体で勝負といったところでしょうか。出演料よりも肉体改造のためにトレーナーに払った費用の方が高かったとのことですが、演技そのものはそう悪くなかったように思います(マーク・ウォールバーグはその後「ペイン&ゲイン 史上最低の一攫千金」('13年)でジムトレーナー役を演じることになり、更に筋肉を増量することに。共演は「スコーピオン・キング」('02年)のドウェイン・ジョンソン)。

 ストーリーは、実話ベースとは言え、定番と言えば定番であり、こうした予定調和的な話では俳優の演技力が感情移入できるかどうかにかかってきますが、主要な役柄で下手な人はいなくて(むしろ上等。何せ、内2人はアカデミー賞の演技)、感情移入できる、いい映画でした(最後、ディッキーがそれまでのトラブルメーカー的な彼から変貌を遂げるのは、感動的だった)。重要なウェイトを占めるボクシングの試合シーンもよく撮れていたように思います(普通のシーンでもハンディカメラを多用している。慣れるまでちょっと時間がかかったが、リズム感のある小気味の良い映画を撮る監督だと思った)。

マーク・ウォールバーグ.jpgマット・デイモン.jpg 当初ディッキーはマット・デイモン(「ボーン・アイデンティティー」('02年))が演じる予定だったがスケジュールの都合で降板し、次の候補となったブラッド・ピットもまた他作品の出演を理由に降板、最終的にクリスチャン・ベールが務めることになりましたが、それでアカデミー賞獲得(!)かあ。因みに、クリスチャン・ベールは英国ウェールズ出身です。

マーク・ウォールバーグ(1971年生まれ)/マット・デイモン(1970年生まれ)

 主演のマーク・ウォールバーグはスウェーデン、アイルランド、イングランド、フランス系カナダ人の血を引くそうで、マット・デイモンと見た目が似ていますが(マット・デイモンもイングランド、スコットランド、フィンランド、スウェーデンの血を引く)、二人が兄弟役だったら、区別がつかなかった? また、シュガー・レイ・レナードが本人役で出演しているほか、警官兼トレーナーのミッキー・オキーフは本人が自分自身を演じています。

 因みに、ミッキー・ウォードが1997年にアルフォンソ・サンチェスを破ってライトウェルター級のチャンピオンとなったWBUは、ボクシング主要4団体(WBA・WBO・WBC・IBF)に比べ影の薄いマイナーな団体で、ミッキー・ウォードがWBU王者になったところで誰も彼には注目していなかったのが、その後、2002年から2003年にかけて"稲妻"アルツロ・ガッティと繰り広げた3連戦の死闘(1勝1敗となったためラバーマッチが行われた)で、その名を広く知られるようになりました。3戦とも激しい打ち合いの試合で、ボクシング史に残る"伝説の試合"と呼ばれています。

 兄ディッキー・エクランドがシュガー・レイ・レナードと闘った試合は、映画では実際の映像を使っているようでした。ネットで観ることができるので、スリップダウンかどうか、自分の目で確認してみるのもいいです。ミッキー・ウォードがアルフォンソ・サンチェスからタイトルを奪い、予想外の展開に実況が「アンビリーバブル!」と叫ぶ試合も、ウォードとアルツロ・ガッティとの歴史に残る名勝負と言われる3連戦の試合も、何れもクライマックスシーンをネットで観ることができます。

ディッキー・エクランド vs.シュガー・レイ・レナード  ミッキー・ウォード vs.アルフォンソ・サンチェス
 

ザ・ファイター0.jpg「ザ・ファイター」●原題:THE FIGHTER●制作年:2010年●制作国:アメリカ●監督:デヴィッド・O・ラッセル●製作:デイヴィッド・ホバーマン/トッド・リーバーマン/ライアン・カヴァノー/マーク・ウォールバーグ/ドロシー・オーフィエロ/ポール・タマシー●脚本:スコット・シルヴァー/ポール・タマシー/エリック・ジョンソン●撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ●音楽:マイケル・ブルック●時間:115分●出演:マーク・ウォールバーグ/クリスチャン・ベール/エイミー・アダムス/メリッサ・レオ/ミッキー・オキーフ/シュガー・レイ・レナード●日本公開:2011/03●配給:ギャガ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(17-11-20)(評価★★★★)
The Fighter (2010)

マーク・ウォールバーグ in「ザ・シューター/極大射程」('06年/米)
ザ・シューター/極大射程 1.jpg

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"妊娠小説"としての戦後日本文学の代表作。風俗をよく描いている分、古さは否めない。

太陽の季節 (1956年) _.jpg太陽の季節 新潮文庫.jpg太陽の季節 (新潮文庫).jpg 石原慎太郎 裕次郎L.jpg
太陽の季節 (1956年)』『太陽の季節 (新潮文庫)』 石原慎太郎・石原裕次郎
太陽の季節・行為と死 (1967年) (ロマン・ブックス)
太陽の季節・行為と死 (1967年) (ロマン・ブックス).jpg 1955(昭和30)年・第1回「文學界新人賞」受賞作、1955(昭和30)年下半期・第34回「芥川賞」受賞作。

 窮屈な既成の価値や倫理に反逆し、若い戦後世代の肉体と性を描いて、戦後社会に新鮮な衝撃を与えた作品であるとされています。また、そればかりでなく、「芥川賞」の話題性を決定づけた作品でもあります。新潮文庫解説の奥野健男は、昭和32年の時点で、「僅か二年前の小説だが、既に歴史的な作品ということができる」としています。

 当時の芥川賞の選考では、最終的には藤枝静男の「痩我慢の説」との対決となり、この2作に対し選考委員の意見が分かれ、委員のうち舟橋聖一、石川達三がそれぞれ欠点を指摘しつつも「太陽の季節」を終始積極的に支持し、一方、佐藤春夫、丹羽文雄、宇野浩二が強く反対したものの、最終的には瀧井孝作、川端康成、中村光夫、井上靖が前者の支持派に同調したという流れだったようです(2対3から6対3に逆転したということか)。

太陽の季節es.jpg 作品が世間で話題になったのは、裕福な家庭で育った若者の無軌道な生活を描いたものであり、また、当時としては"奔放な"性描写が含まれていたこともあるかと思いますが、今読むと、それほど過激でもないという印象です(その分、先の時代を予言していたと言えなくもないが)。'56年に長門裕之、南田洋子主演で映画化されたものも(あまり印象に残ってないが)おとなしい内容だったのではなかったでしょうか(石原裕次郎が脇役で映画初出演、兄・慎太郎もチョイ役で出てる)。「日活100周年邦画クラシック GREAT20 太陽の季節 HDリマスター版 [DVD]

斎藤美奈子.jpg 齋藤美奈子風に言えば、女性が予期せぬ妊娠をすることで男性が悩むという"妊娠小説"ということになるのでしょう。齋藤氏によれば、この"妊娠小説"の典型例が森鴎外の『舞姫』であり、村上春樹の『風の歌を聴け』などもそうであるとのことで、日本の小説の伝統的(?)流れとして綿々と連なっているのだなあと思わされますが、その中でも戦後日本文学の代表作的位置づけにあるのが、この「太陽の季節」ではないかと思います。

石原慎太郎 裕次郎.jpg 素材としては、作者自身の体験ではなく、作者が弟の石原裕次郎から聞いた話が題材になっているそうですが、兄・慎太郎の方は弟・裕次郎よりずっと神経質そうな感じがします。当時ほとんど他の作家の作品などは読んでいなかったと公言していたとは言え、気質的にはどことなく神経質な文学者気質が感じられます("しばたき"に象徴されている)。政界に進出するなどし、無理して強気の姿勢を表に出し続けて何十年、結果として、ああいう豪放磊落なオモテと多感多情なウラを併せ持ったキャラになったのではないでしょうか。

 「太陽の季節」の翌年に発表された「処刑の部屋」の方が、やや完成度が高いかもしれません。かつてこの人の『完全な遊戯』(1957)や『行為と死』(1964)なども読んだりしましたが、個人的にはこの両作品の間の頃は結構良かったように思います。但し、風俗をよく描いている分、後になって読めば読むほど古さは否めなくなり、この「太陽の季節」にもそれは当て嵌まるような気がします(作者の「青春とはなんだ」などに通じるものも感じられる)。

青春てはなんだ 太陽の季節 行為と死 .jpg とは言え、田中康夫氏が言う「新人に必要なのは、若者であること、馬鹿者であること、よそ者であること」の三条件を、当時まさにぴったり満たしたのが、この「太陽の季節」であったと思います。以降、芥川賞は、毎回ではないですが、何年に一度か、そうしたことを意識した選考結果になることがあるようにも思います(なかなかそうした作品はないけれど、期待はしたい)。

 因みに、作品集『太陽の季節』は、1956年3月刊行の新潮社版は、「灰色の教室」(1954年)、「太陽の季節」「冷たい顔」(1955年)、「奪われぬもの」「処刑の部屋」(156年)を所収、1957年8月刊行の新潮文庫版では、「太陽の季節」「灰色の教室」「処刑の部屋」「ヨットと少年」(1956年)「黒い水」が収められており、若干ラインアップが異なっています。

現代長編文学全集〈第44〉石原慎太郎 (1968年)青春とはなんだ 太陽の季節 行為と死

【1957年文庫化・2011改版[新潮文庫]/1958年再文庫化[角川文庫(『太陽の季節・若い獣 他五篇』)]】

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