【2594】 ○ 笹沢 左保 「六本木心中」―『少女ミステリー倶楽部』 (2017/10 光文社文庫) 《六本木心中」―『第三の被害者』 (1962/06 東都書房)/六本木心中」―『六本木心中』 (1971/05 角川文庫)》 ★★★☆

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作者の初期代表作。冒頭の60年代の六本木の描写が純文学っぽくてノスタルジーを感じる。

少女ミステリー倶楽部.jpg 笹沢佐保 六本木心中 角川文庫旧版.jpg 笹沢佐保 六本木心中 角川文庫.jpg  笹沢佐保 六本木心中 リバイバル.jpg 心中小説名作選 (集英社文庫).jpg
少女ミステリー倶楽部 (光文社文庫)』/『六本木心中』角川文庫旧版/『六本木心中 (角川文庫―リバイバルコレクション エンタテインメントベスト20)』『心中小説名作選 (集英社文庫)

六本木心中 (National novels).jpg 六本木が本当の六本木だったころ、休学中の大学生・海老名昌章(21歳)は、深夜のバーで16歳の高校生・芥川千景と知り合う。千景はお腹に父親の分からぬ4カ月の子がいると、昌章に悪戯っぽく告げる。互いに一人ぼっちであることがふたりを結びつける。その孤独を癒すために二人の出た行動とは―。

 1962(昭和37)年に「小説中央公論」に発表された笹沢左保(1930-2002/享年71)の初期代表作(当時32歳)。と言っても、作者は締切りに追われて書いて、原稿用紙80枚の予定が書けなくて10枚減らして書いて、いやいや編集者に渡した作品だったそうですが、それが編集部で意外と好評だったとのことです(結局は作者の代表作の1つになった)。
六本木心中 (National Novels)

 1962年下期・第48回直木賞の候補作となり、これは『人喰い』('60年)、『空白の起点』('61年)に続いて3度目で、前2回と同様「受賞確実」との前評判でしたが("九分九厘"とまで言われた)、またも選に漏れています。選考委員の中で重鎮・松本清張が「松本清張2 .jpg氏の作品の中で最優秀とは云えないが、最近の氏の活動は職業作家として将来性ある才能を感じさせるに十分である」「いうまでもなく笹沢氏はすでに流行作家だが、だからといって、受賞対象から外す理由はないように思う」と"珍しく"推薦するコメントを寄せているのに落選したのは皮肉だったと言えるかもしれません(但し、松本清張はこの選考会は欠席している)。結局、笹沢佐保は、4度候補になりながら直木賞を獲ることがありませんでした(「木枯らし紋次郎」シリーズがヒットして、逆に賞を与え辛くなったのではないか)。

 話の舞台は六本木、と言っても、80年代のバブルの頃の六本木はイメージできるけれど、60年代の六本木はさすがにイメージしにくいかも。しかしながら、この作品の冒頭の当時の「麻布六本木」界隈の描写は、リアルタイムで知らなくとも、何となく雰囲気を伝えるものがあっていいです。描写が推理小説というより純文学小説っぽく、当時の六本木を知らないのに何となくノスタルジーを感じます(今の六本木のような煌びやかな印象は感じられないなあ。竜土町や霞町って今のどのあたりか、思わず調べてみた)。

 つい最近、光文社文庫の『少女ミステリー倶楽部』に収められ、久しぶりに再読しましたが、冒頭の六本木の描写に時間がかかり過ぎたのか、文庫解説の新保博久氏も指摘するように、結末部分はやや書き急いだ感もあります。でも、時代に漂う若者の虚無感のようなものは感じられます。主人公の男女は、現代における「自殺サイト」を求めてネットを彷徨っているような少年少女とも通底するのでしょうか。個人的には、ちょっと違う気がします。

 もう一つ新保博久氏が指摘していることは、1962年3月まで前年から朝日新聞に連載されていた大岡昇平の『若草物語』(後に『事件』と改題)との相似が見られるとのことです。妊娠した少女との結婚を反対する身内を少年が殺した事件を、途中から法曹関係者の視点で描いている点は確かに似ていると思いました。でも、この「六本木心中」は、作者の完全なオリジナルとみるべきでしょう。

 やや時代がかった作為が感じられる後半よりも、主人公・昌章と少女・千景との出合いを描いた前半の方がいいです。今までいろいろなアンソロジーに収められていますが、やはりタイトルは、繰り返しそうした形で取り上げられる要因の一つになっているかと思われ、成功要因になっていると思います。

心中小説名作選 (1980年) _.jpg【1962年単行本[東都書房『第三の被害者』所収]/1968年新書化[文華新書『六本木心中』所収]]/1971年文庫化[角川文庫『六本木心中』所収]]/1980年再文庫化[集英社文庫『心中小説名作選』所収/1989年再文庫化[講談社文庫『ミステリー傑作選〈特別編 1〉1ダースの殺意』所収]/1996年再文庫化[角川文庫―リバイバルコレクション エンタテインメントベスト20『六本木心中』所収]/2004年再文庫化[光文社文庫『甘やかな祝祭』所収]/2008年再文庫化[集英社文庫『心中小説名作選』所収]/2008年ノベルズ化[National Novels(ナショナル出版)『六本木心中』所収]/2017年再文庫化[光文社文庫『少女ミステリー倶楽部』所収]】
心中小説名作選t.jpg心中小説名作選 (1980年) (集英社文庫―日本名作シリーズ〈8〉)
●『少心中小説名作選』 ('80年・'08年/集英社文庫) 家族の残酷な死を、詩の如く昇華した、川端康成「心中」。戦争に翻弄された三人の男女、田宮虎彦「銀心中」。現実から逃避し愛欲に溺れる二人、大岡昇平「来宮心中」。江戸時代の庶民の心中を俯瞰的に物語る、司馬遼太郎「村の心中」。少女と孤独な魂を通わせた男の虚無、笹沢左保「六本木心中。男女の業と欲の凄まじさを描ききった、梶山季之「那覇心中」。全6編。
     
《読書MEMO》
●『少女ミステリー倶楽部』 ('17年/光文社文庫)
オルレアンの少女(江戸川乱歩)/少女(連城三紀彦)/うす紫の午後(仁木悦子)/少女と武者人形(山田正紀)/五島・福江行(石沢英太郎)/白い道の少女(有馬頼義)/路地裏のフルコース(芦辺拓)/汽車を招く少女(丘美丈二郎)/老人と看護の娘(木々高太郎)/笛吹けば人が死ぬ(角田喜久雄)/バラの耳飾り(結城昌治)/白菊(夢野久作)/六本木心中(笹沢左保)

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This page contains a single entry by wada published on 2017年11月 5日 00:01.

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