2017年11月 Archives

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研ぎ澄まされた映像と音楽により、映画は原作を超えている。

乾いた花  j.jpeg乾いた花 dvd.jpg 乾いた花ド.jpg 乾いた花 石原慎太郎_.jpg
乾いた花 [DVD]」池部良/加賀まりこ/藤木孝 『乾いた花 (1959年)』(文藝春秋新社)

乾いた花  ぽすたー80.jpg乾いた花02.jpeg ヤクザ抗争で敵対していた安岡組の男を刺して三年ぶりに刑務所から出所した船田組の村木(池部良)は、賭場で男達に混じり大胆な花札勝負をする「その少女」と出会う。彼女に乾いた花03.jpeg自分と同じ匂いを感じた村木は、愛人の新子(原佐知子)との逢瀬も気が入らない。次の賭場で村木は再びその少女に会い、彼女との乾いた花es.jpgサシで勝負する。有り金を全部張って挑みかかる彼女は、村木の心を楽しませる。その夜、村木は思いがけず屋台でコップ酒を飲む彼女と出会う。冴子(加賀まりこ)という名の彼女は、もっと大きな勝負のある場所へ行きたいとせがむ。約束の日、豪華なスポーツカーで現れた彼女に村木は眼を瞠る。大きな賭場での冴子の手捌きは見事だった。彼はふと隅に蹲って彼乾いた花29.jpg女を擬視する葉(藤木孝)という男に気づく。中国帰りで殺しと麻薬だけに生きているというその男の死神のような眼に、村木は危険を感じる。それでも勝負に酔った村木と冴子は、乾いた花22.jpg夜の街を狂ったように車を走らせ、充実感を味わう。勝負事への刺激を追い求める冴子が、勝負が小さくてつまらないと言うので、村木は弟分の相川(杉浦直樹)が主宰する、その筋の大物らが集まる花札賭場へ彼女を案内し、大勝負の刺激に心震える冴子の姿に村木は満足する。そこへガサ入れがあり、隠れる中二人はカモフラージュで恋人同士を演じるが、二人の間にキス以上の関係はない。更に刺激を求める冴子は、葉から麻薬の刺激を教わってしまう。一方の村木は、自分の組と大阪の組との抗争に巻き込まれ、再び鉄砲玉になる。標的の組長を殺る直前、村木は冴子に会い「あんたにヤクよりいいものを見せてやる。俺は人を殺すんだ」と襲撃現場に彼女を連れて行く。オペラBGMが流れる重厚ゴージャスなクラブで、冴子の目の前で村木はターゲットの組長(山茶花究)を刺す。その時、冴子は―。

乾いた花25.jpg 1964(昭和39)年公開の篠田正浩監督作で、原作は石原慎太郎が雑誌「新潮」1958(昭和33)年に発表した短編小説。公開前に配給会社側から難解という理由で8カ月間お蔵入りとなった後、反社会的という理由で成人映画に指定のうえ公開されたそうですが、確かに池部良演じる主人公の村木はヤクザだしなあ。但し、ヤクザと言ってもインテリ・ヤクザといったイメージでしょうか(本を読んだりしている場面があるわけではないが)。

乾いた花ges.jpg 主人公の村木が出所してみたら、船田組と安岡組が既に手打ちをしていて、安岡組のチンピラ・次郎(佐々木功)がかつての仇である村木を襲うが失敗、次郎は安岡(東野英治郎)の命令で指を詰め、安岡も船田(宮口精二)近しくなっていて、次郎もその後は村木の子分みたいになるという―ちょっと最初の方の勢力図が分かりにくいですが(この話は原作には無い映画のオリジナル)、結局、冴子との出会いを経て、村木は再び刺客として大阪の組の組長を殺ることになり、その際に冴子を連れれ行き、その刺殺現場を見せます。

乾いた花 池部.jpg 何のために村木は冴子を襲撃現場に連れて行ったのか。自分と同じく日常生活の刺激に対して不感症状態になっていて、生の充足を賭博でしか得ることが出来なくなってしまっている彼女に、葉が彼女に与える麻薬以上の刺激を村木は与えたかったのか。それが村木の冴子に対する愛の形であり、それが虚しいと分かっていても、彼はそれをしないではおれなかったのか―。

乾いた花01.jpeg 作家・石原慎太郎の初期の中短編作品は悪くないものが多く、この映画の原作「乾いた花」もその一つですが、映画はストーリーの根幹部分は原作を踏襲しながらも、映像や音楽を研ぎ澄ませて原作を超えているように思いました(マーチン・スコセッシはこの作品を30回は見ているという)。但し、音楽は、武満徹が賭場に響く花札の札の音にインスパイアされてテーマ曲を作ったとのことですが、劇中では殆ど使われていません(花札を切る音がバックミュージックの代わりになっていたりする)。

乾いた花zj.jpeg 加賀まりこ演じる冴子の小悪魔感と、賭場の緊迫した雰囲気との取り合わせが光っています。コラムニストの中森明夫は、この映画の美少女ヒロイン像を押尾守のアニメーションで観てみたいとしており、"萌え"系の感性がここにはあり、「やはり石原慎太郎は元祖おたく作家だ!」としています(『石原慎太郎の文学9』('07年/文藝春秋)解説)。

乾いた花ages.jpg 東京オリンピックの年に、こうした世間一般の感覚で言えば"退廃的"とも言える作品が公開されていて、その原作者が、「青春とはなんだ」('65年/日活)や「これが青春だ!」('66年/東宝)の原作者である石原慎太郎であるというのが興味深いです。原作が書かれたのは1958(昭和33)年ですから、映画の中にあるスポーツカーで冴子が走った首都高速は、映画撮影当時で一部が完成したばかりで、原作では一般道を走ったことになります。

 池部良が後に東映ヤクザ映画に出るきっかけとなった作品と言われています。乾いた花  東野.jpg安岡組のチンピラ役の佐々木功、村木の弟分役の杉浦直樹ともに若々しく、葉を演じた藤木孝に至っては、「シン・ゴジラ」('16年/東宝)に副知事役で出ていましたが、すっかり変わったあなと。東野英治郎と宮口精二が、ヤクザの親分同士と言うより、単なる年寄りの茶飲み仲間に見えてしまうという難はありますが、全体としては、緊迫感のある映像が密度濃く続いて(特に池部良、加賀まりこが出ている賭場シーンがいい)、ラストまで飽きさせずに一気に見せる作品でした。
東野英治郎(安岡組組長・安岡)・宮口精二(船田組組長・船田)

佐々木 功(安岡組のチンピラ・次郎) 杉浦直樹(村木の弟分・相川)  藤木 孝(中国帰りの男・葉)
乾いた花 佐々木功.jpg 乾いた花 杉浦直樹.jpg 乾いた花j.jpeg
佐々木 功     杉浦直樹     藤木 孝 in「シン・ゴジラ」('16年/東宝)
佐々木功.jpg 杉浦直樹.jpgシン・ゴジラ 藤木孝.jpg

乾いた花sim.jpg乾いた花  title.jpg「乾いた花」●制作年:1964年●監督:篠田正浩●製作:白井昌夫/若槻繁●脚本:馬場当/篠田正浩●撮影:小杉正雄●音楽:武満徹/高橋悠治●原作:石原慎太郎●時間:99分●出演:池部良/加賀まりこ/藤木孝/原知佐子/中原功二/東野英治郎/三乾いた花 (1).jpg上真一郎/宮口精二/佐々木功/杉浦直樹/平田未喜三/山茶花究/倉田爽平/水島真哉/竹脇無我/水島弘/玉川伊佐男/斎藤知子/国景子/田中明夫●公開:1964/03●配給:松竹(評価:★★★★)

完全な遊戯 新潮文庫2003L.jpg【1958年単行本[新潮社(『完全な遊戯』)]/1959年単行本[文藝春秋新社](『乾いた花』)/1959年文庫化[角川文庫(『完全な遊戯―他四篇』)]/1960年再文庫化・2003年改訂[新潮文庫(『完全な遊戯』)]】

完全な遊戯 (新潮文庫)
(完全な遊戯、若い獣、乾いた花、鱶女、ファンキー・ジャンプ、狂った果実) 

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「●「『本の雑誌』編集部が選ぶノンジャンル・ベスト10」(第1位)」の インデックッスへ

重かった。ミステリと言うより、半分以上は「夫婦の再生」の物語だったかも。

慈雨 柚月裕子1.jpg慈雨 柚月裕子2.jpg慈雨 柚月裕子.jpg 柚月裕子 氏.jpg 柚月 裕子 氏
慈雨』(2016/10 集英社)

 2016(平成28)年「『本の雑誌』編集部が選ぶノンジャンル・ベスト10」第1位作品。

 警察官を定年退職した神場智則(じんば とものり)は、愛犬を娘〈幸知〉に託し、妻の香代子とお遍路の旅に出る。新婚旅行以来の旅先に四国を選んだのは、42年間の警察官人生で、自らが関わった幼女殺害事件の被害者を弔うためだった。香代子とは県北部・雨久良村の駐在時代に先輩・須田の紹介で結婚して32年。以来仕事一筋で口の重い神場を明るく支えてくれた妻は久々の2人旅が余程嬉しいのか、山道を鼻歌まじりに進んでいく。4番札所まで参拝を終えた日、宿のテレビでは群馬県尾原市に住む岡田愛里菜ちゃん(7歳)が遠壬山山中から遺体で発見されたと報じ、神場の中で苦い記憶が甦る。16年前、県警の捜一時代に手がけた〈金内純子ちゃん殺害事件〉だった。同じ遠壬山で少女の遺体が発見されたこの事件で県警は、八重樫一雄(36歳)を逮捕。本人は無実を主張したが、体液のDNA鑑定が決め手となり、懲役20年の実刑が確定していた。この鑑定を覆しかねないある事実を、神場は妻にも幸知と交際中の元部下・緒方〉にも秘密にしてきた。しかし16年前と似た犯行に彼の心は騒ぎ、巡礼の道すがら、緒方や現捜一課長〈鷲尾〉と連絡を取り、遠距離推理に挑むことになる―。

 『孤狼の血』('15年/角川書店)で2016年・第69回「日本推理作家協会賞」を受賞した作者の作品で、女流でありながら刑事や検事を主人公とした作品を多く書いている作者ですが、これも同じく刑事ものです(「このミステリーがすごい!」大賞の『臨床真理』('09年/宝島社)の主人公は女性臨床心理士だったが)。作者は子どもの頃から男の世界と言われる物語が好きで、「仁義なき戦い」や「県警対組織暴力」の大ファンだったそうです。

 主人公である退職したばかりの刑事は、旅先で事件を推理するわけで、現場に行かないという点である種"安楽椅子探偵"に通じるところもありますが、推理の内容そのものはシンプルで(犯人はNシステムをどうやって抜けたかのかという)、ミステリ的要素はそう強くないように思いました。

 人間ドラマの部分も、主人公の先輩・須田が殉職した時にまだ幼かったその娘の名前が〈幸恵〉であるということが分かった時に、その構造が読めてしまった部分はありました。但し、それでも、読後感は重かったです。しみじみとした感慨もあったし、爽やかさもあれば(前の事件はおそらく解明されないだろうという)やるせなさもあるし、結構複雑な気持ちにさせられました。

 最初のうちは、夫婦でのお遍路の旅の方がかなりの比重で描かれていて、一方で、事件の方は殆ど解決に向けて進展しないので、読んでいてやや焦れったくなりますが、ラストの方になるとそれまでのそうした構成が活きてきて、結局、推理小説である以上に、半分以上は「夫婦の再生」の物語だったのだなあと思いました。

 作者は、東日本大震災で両親を失うという経験をしており、そうした経験がこうした作風に反映されているとみることもできますが、自身はインタビューで「どうでしょう。お遍路に行ったのはあくまで取材ですし、その初日に遭遇した台風が表題に繋がった。それを自然の猛威と思うか、恵みと思うかは人にもよるし、雨は何も語ってくれないんだなって......。それほどあの震災がまだ私の中では意味づけできていないということかもしれません」と答えています。

 また、作者は、実際の事件を参考にして作品を書くとも言っていますが(『蟻の菜園〜アントガーデン〜』('14年/宝島社)のモチーフは「首都圏連続不審死事件(木嶋佳苗事件)」から得たようだか)、この作品のモチーフの元になっているのは、1990年に4歳の女児が殺害される事件が発生し、翌年に容疑者が逮捕され、17年半の拘禁を経て2010年に冤罪事件であったことが判明した「足利事件」ではないかと思います。

 あの事件も、当時まだ精度の低かったDNA鑑定(再審請求による再鑑定人の大学教授に「もし自分の学生がやったのだったらやり直しをさせるレベル」と言われた)の結果を過度に重用してしまったことからくる捜査ミスでした。誤って逮捕され、十数年も自由な時間を奪われた被害者の怒りや悔しさもさることながら、ああした冤罪事件は、当時捜査に当たった多くの警察関係者にも重い影を落とすものなのだろうなあと、この小説を読んで改めて思いました。

【2019年文庫化[集英社文庫]】

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"援助交際"という言葉が流行る12年前の作品で、"援交"の上を行く「少女」。

連城三紀彦 少女m.jpg 連城三紀彦 少女 光文社文庫_.jpg 連城三紀彦 少女 光文社文庫.jpg 少女ミステリー倶楽部.jpg 連城三紀彦-01.jpg
少女』(1984)『少女 (光文社文庫)』(1988)『少女 (光文社文庫)』(2001)『少女ミステリー倶楽部 (光文社文庫)』(2016) 連城三紀彦(1948-2013/享年65)

 「わたしと寝ない?」うらぶれたバーテンの「彼」が喫茶店で新聞を広げているところに、少女が突然、声をかけてきた。その日暮らしで、最初から金を払うつもりなどなかった「彼」だったが、やりようはあった。ことを果たした後、少女の隙を狙って、彼女の定期入れから2万円を盗んで逃走した。が、その札番号が郵便局強盗の奪った番号と一致したため、「彼」は警察に連行される。やがて、強盗の容疑は晴れるが、納得のいかぬ「彼」は少女を探す―。

 連城三紀彦(1948-2013/享年65)が「小説宝石」の'84年6月号に発表した作品で、短編集『少女』として'84年5月に光文社より刊行されています('88年/光文社文庫、2001年改訂)。

 冴えない中年男が売春少女から金を盗んだことを自ら証明しなければならなくなるという逆説的な展開がちょっと可笑しかったです。「少女が男を買ったからと言って、われわれにはどうすることもできないんだ...」という刑事の言葉に、「刑事さん、ホントにそれでいいの?」って思わず突っ込みたくなる気もするかもしれませんが、当時「買春」は禁じられてはいたものの罰則はなかったので、実質"犯罪"としては扱われていなかったし、この話の場合、大の大人を"買った"のだから、"児童買春"にも当たらないのだろなあ。

 因みに、現在は、18歳未満の少女少年と金銭を払って性的関係を持った場合には、児童買春となり青少年保護育成条例違反となりますが、恋愛関係にある場合には、18歳未満の女性と性行為を行っても青少年保護育成条例に違反することにはならないそうです(従って、金銭が支払われたかどうかがカギとなる)。

少女~an adolescent(.jpg少女~an adolescent.jpg映画「少女~an adolescent」(2001)

 「少女」は16年前にこの作品と出会って共感を受けたという俳優・奥田瑛二の監督・主演で映画化されていますが、主人公の男性は警官という設定になっています。奥田瑛二の監督デビュー作でもあり、第17回パリ国際映画祭でグランプリ受賞作品となっていますが、個人的には未見です(共演は小沢まゆ、小路晃、夏木マリ、室田日出男)。

 短編集『少女』に収録された他の作品は、「熱い闇」「ひと夏の肌」「盗まれた情事」「金色の髪」で、何れも官能小説の色合いが濃く、この内、「盗まれた情事」が三浦友和主演で1995年にテレビ朝日系でドラマ化されていますが、これも未見です(共演は余貴美子、高島礼子)。

 「少女」以外の短編集所収作品は、変態性欲を扱ったものなどどぎつさもある作品が多く、但し、ミステリーとしての面白さもそれぞれありますが、作者の文章に一番マッチしているのは「少女」ではないかなと思いました。風俗を描くという面でも、"援助交際"という言葉が流行語になったのが1996年で、それより12年前にこういうのを書いていた訳だから、かなり先駆的だったかも。しかも、この「少女」は見方によっては"援交"などより上を行っていることになります。それでいて、"少女"にどこか哀しさがあるのが、この小品の味なのかもしれません。

 この作品は2017年刊行の光文社文庫『少女ミステリー倶楽部』にも、同じく都会に棲む若者の生態を描いた笹沢佐保の「六本木心中」(1962年発表)などと併せて収録されています。

【1988年文庫化・2001改装[光文社文庫(『少女)]/2017年再文庫化[光文社文庫『少女ミステリー倶楽部』所収]】

《読書MEMO》
●『少女ミステリー倶楽部』 ('17年/光文社文庫)
オルレアンの少女(江戸川乱歩)/少女(連城三紀彦)/うす紫の午後(仁木悦子)/少女と武者人形(山田正紀)/五島・福江行(石沢英太郎)/白い道の少女(有馬頼義)/路地裏のフルコース(芦辺拓)/汽車を招く少女(丘美丈二郎)/老人と看護の娘(木々高太郎)/笛吹けば人が死ぬ(角田喜久雄)/バラの耳飾り(結城昌治)/白菊(夢野久作)/六本木心中(笹沢左保)

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「●「日本推理作家協会賞」受賞作」の インデックッスへ

(『白夜行』+『火車』)÷2。構成自体がある種"叙述トリック"になっているのが"凄い"。

愚者の毒.jpg愚者の毒 2.jpg カバーイラスト:藤田新策 宇佐美まこと.jpg 宇佐美まこと 氏 [愛媛在住](from 南海放送.2016.12.5)
愚者の毒 (祥伝社文庫)

 2017(平成29)年・第70回「日本推理作家協会賞」(長編及び連作短編集部門)受賞作。

 香川葉子は、借金苦から自殺した妹夫婦の代わりに、言葉に障害を持つ甥の達也を養っていたが、激しい借金の取り立てから逃れるため、世間から身を隠して生きていた。1985年春、葉子は、上野の職業安定所で弁護士事務所に勤めているという美貌の女・希美と出会い、気軽にお喋りをする仲になる。葉子は彼女からの紹介で、調布市深大寺にある旧家の難波家で家政婦として働くことになる。武蔵野の屋敷には、当主である優しい「先生」と、亡くなった妻の子供である由紀夫という繊維会社の若社長が住んでいて、希美もたびたび訪ねて来てくれた。穏やかで安心できる日々であり、由紀夫が時々、夜中に一人でこっそりと外出することに葉子は気づいていたが、詮索はしなかった―(第1章)。

 希美の父は、1963年に三池炭鉱炭塵爆発事故に遭い、一酸化炭素中毒患者となった。そのため、一家は筑豊の山奥の廃鉱部落に移り住む。希美の父は、感情のコントロールができなくなり、次第に獣のようになる。1966年の秋のある日、希美の父が妻シヅ子と間違えて妹に襲いかかり、希美は父に殺意を覚える。そのことを男友達のユウに話すと、ユウはユウで恨んでいる男がいるという。そして、ある犯罪計画が実行に移される―(第2章)。

 書き下ろしでいきなり文庫になった作品で、作者のこれまでの作品ともやや毛色が異なり、刊行時はそれほど話題にならなかったけれども、次第に口コミで評判になり、日本推理作家協会賞を受賞するに至っています。選評であさのあつこ氏は、「瑕疵の多い作品だ。特に、車の細工とか、烏を使うとか殺害方法にリアリティがない。〝死んだのは誰だ〟という謎、人のすり替わりも意外に早く結果が見えてしまう」としつつ、「しかし、その瑕疵があってなお、この作品には鬼気迫る力があった」「殺人者の慟哭を自分のものとした作者に、協会賞はなにより相応しい」としていて、他の選者も、作品の一部に同様の瑕疵を見出しながらも、文章力や構成力、そして何よりも読み手に訴えかけてくるテーマの重さで、受賞作として推している印象でした。

 個人的にも完全一致とは言わないまでも、ほぼ同じような感想を抱きました。丁度、『白夜行』(東野圭吾)と『火車』(宮部みゆき)をたして2で割った感じでしょうか(これだと凄い褒め言葉になるが、それに×0.8といった感じか)。「父親殺し」というのもモチーフとして噛んでいるように思いました。

 3章構成で、2015年の高級老人ホームに入所中の語り手の現在と、それぞれの過去が交互に描かれますが、その構成自体がある種"叙述トリック"になっていて、第2章の終わりでそれに気づかされた時は、正直"凄い"と思いました。ただ、その"凄い"が、作者としては引っ張ったつもりでしょうが、それでも読者的には早く来すぎてしまって、以降、それを超えるものが無かったような気がしないでもないです。

 それでも、主人公以外にも、60年代の過去にいたある人物が80年代に意外な人物になり代わっていて、その表の顔と裏の顔の差が激しい分キャラ立ちしており、更にラスト近くでは、もう一人の人物の現在の姿が明かされるといった具合に、盛り沢山でした。確かに終盤は"プロット過剰"とでも言うか、いきなり"本格推理風"になったりして、ばたばたといろんなものを詰め込んで、伏線を一気に"回収"して帳尻を合わせた感じはしますが、ホラー作家の篠たまき‏氏の「犯罪を犯すしかなかった人々の生き様が切なすぎる」という評は的を射ているように思われ、◎評価としました(今年読んだ近刊小説の中ではベスト1ミステリになるかも)。

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作者の初期代表作。冒頭の60年代の六本木の描写が純文学っぽくてノスタルジーを感じる。

少女ミステリー倶楽部.jpg 笹沢佐保 六本木心中 角川文庫旧版.jpg 笹沢佐保 六本木心中 角川文庫.jpg  笹沢佐保 六本木心中 リバイバル.jpg 心中小説名作選 (集英社文庫).jpg
少女ミステリー倶楽部 (光文社文庫)』/『六本木心中』角川文庫旧版/『六本木心中 (角川文庫―リバイバルコレクション エンタテインメントベスト20)』『心中小説名作選 (集英社文庫)

六本木心中 (National novels).jpg 六本木が本当の六本木だったころ、休学中の大学生・海老名昌章(21歳)は、深夜のバーで16歳の高校生・芥川千景と知り合う。千景はお腹に父親の分からぬ4カ月の子がいると、昌章に悪戯っぽく告げる。互いに一人ぼっちであることがふたりを結びつける。その孤独を癒すために二人の出た行動とは―。

 1962(昭和37)年に「小説中央公論」に発表された笹沢左保(1930-2002/享年71)の初期代表作(当時32歳)。と言っても、作者は締切りに追われて書いて、原稿用紙80枚の予定が書けなくて10枚減らして書いて、いやいや編集者に渡した作品だったそうですが、それが編集部で意外と好評だったとのことです(結局は作者の代表作の1つになった)。
六本木心中 (National Novels)

 1962年下期・第48回直木賞の候補作となり、これは『人喰い』('60年)、『空白の起点』('61年)に続いて3度目で、前2回と同様「受賞確実」との前評判でしたが("九分九厘"とまで言われた)、またも選に漏れています。選考委員の中で重鎮・松本清張が「松本清張2 .jpg氏の作品の中で最優秀とは云えないが、最近の氏の活動は職業作家として将来性ある才能を感じさせるに十分である」「いうまでもなく笹沢氏はすでに流行作家だが、だからといって、受賞対象から外す理由はないように思う」と"珍しく"推薦するコメントを寄せているのに落選したのは皮肉だったと言えるかもしれません(但し、松本清張はこの選考会は欠席している)。結局、笹沢佐保は、4度候補になりながら直木賞を獲ることがありませんでした(「木枯らし紋次郎」シリーズがヒットして、逆に賞を与え辛くなったのではないか)。

 話の舞台は六本木、と言っても、80年代のバブルの頃の六本木はイメージできるけれど、60年代の六本木はさすがにイメージしにくいかも。しかしながら、この作品の冒頭の当時の「麻布六本木」界隈の描写は、リアルタイムで知らなくとも、何となく雰囲気を伝えるものがあっていいです。描写が推理小説というより純文学小説っぽく、当時の六本木を知らないのに何となくノスタルジーを感じます(今の六本木のような煌びやかな印象は感じられないなあ。竜土町や霞町って今のどのあたりか、思わず調べてみた)。

 つい最近、光文社文庫の『少女ミステリー倶楽部』に収められ、久しぶりに再読しましたが、冒頭の六本木の描写に時間がかかり過ぎたのか、文庫解説の新保博久氏も指摘するように、結末部分はやや書き急いだ感もあります。でも、時代に漂う若者の虚無感のようなものは感じられます。主人公の男女は、現代における「自殺サイト」を求めてネットを彷徨っているような少年少女とも通底するのでしょうか。個人的には、ちょっと違う気がします。

 もう一つ新保博久氏が指摘していることは、1962年3月まで前年から朝日新聞に連載されていた大岡昇平の『若草物語』(後に『事件』と改題)との相似が見られるとのことです。妊娠した少女との結婚を反対する身内を少年が殺した事件を、途中から法曹関係者の視点で描いている点は確かに似ていると思いました。でも、この「六本木心中」は、作者の完全なオリジナルとみるべきでしょう。

 やや時代がかった作為が感じられる後半よりも、主人公・昌章と少女・千景との出合いを描いた前半の方がいいです。今までいろいろなアンソロジーに収められていますが、やはりタイトルは、繰り返しそうした形で取り上げられる要因の一つになっているかと思われ、成功要因になっていると思います。

心中小説名作選 (1980年) _.jpg【1962年単行本[東都書房『第三の被害者』所収]/1968年新書化[文華新書『六本木心中』所収]]/1971年文庫化[角川文庫『六本木心中』所収]]/1980年再文庫化[集英社文庫『心中小説名作選』所収/1989年再文庫化[講談社文庫『ミステリー傑作選〈特別編 1〉1ダースの殺意』所収]/1996年再文庫化[角川文庫―リバイバルコレクション エンタテインメントベスト20『六本木心中』所収]/2004年再文庫化[光文社文庫『甘やかな祝祭』所収]/2008年再文庫化[集英社文庫『心中小説名作選』所収]/2008年ノベルズ化[National Novels(ナショナル出版)『六本木心中』所収]/2017年再文庫化[光文社文庫『少女ミステリー倶楽部』所収]】
心中小説名作選t.jpg心中小説名作選 (1980年) (集英社文庫―日本名作シリーズ〈8〉)
●『少心中小説名作選』 ('80年・'08年/集英社文庫) 家族の残酷な死を、詩の如く昇華した、川端康成「心中」。戦争に翻弄された三人の男女、田宮虎彦「銀心中」。現実から逃避し愛欲に溺れる二人、大岡昇平「来宮心中」。江戸時代の庶民の心中を俯瞰的に物語る、司馬遼太郎「村の心中」。少女と孤独な魂を通わせた男の虚無、笹沢左保「六本木心中。男女の業と欲の凄まじさを描ききった、梶山季之「那覇心中」。全6編。
     
《読書MEMO》
●『少女ミステリー倶楽部』 ('17年/光文社文庫)
オルレアンの少女(江戸川乱歩)/少女(連城三紀彦)/うす紫の午後(仁木悦子)/少女と武者人形(山田正紀)/五島・福江行(石沢英太郎)/白い道の少女(有馬頼義)/路地裏のフルコース(芦辺拓)/汽車を招く少女(丘美丈二郎)/老人と看護の娘(木々高太郎)/笛吹けば人が死ぬ(角田喜久雄)/バラの耳飾り(結城昌治)/白菊(夢野久作)/六本木心中(笹沢左保)

「●お 恩田 陸」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1350】 恩田 陸 『中庭の出来事

まさに「小説以外」。いい作家はいい読者でもあることが窺える。

小説以外200_.jpg 小説以外9.JPG  恩田陸 オンダ・リク.jpg 恩田 陸 氏
小説以外 (新潮文庫)
小説以外』(2005/04 新潮社)

 本好きが嵩じて作家となった著者は、これまでどのような作品を愛読してきたのか? ミステリー、ファンタジー、ホラー、SF、少女漫画、日本文学......あらゆるジャンルを越境する読書の秘密に迫る。さらに偏愛する料理、食べ物、映画、音楽にまつわる話、転校が多かった少女時代の思い出などデビューから14年間の全エッセイを収録。本に愛され、本を愛する作家の世界を一望する解体全書。(文庫口上より)

 著者が14年間にわたって様々な場所で発表してきた全エッセイを収録したものとのことで、この人も最初は兼業作家としてスタートしたのだなあと。一番直近のものは、『夜のピクニック』('04年/新潮社)での「本屋大賞『受賞のことば』」になっていますが、この度『蜜蜂と遠雷』('16年/幻冬舎)で直木賞と本屋大賞とを史上初のW受賞し、2回目の本屋大賞受賞(これも史上初)となっています。

 「全エッセイ」とありますが、文庫の解説や書評等もあり、まさに「小説以外」という感じです。もちろん、エッセイ風の小文も多くあり、料理や食べ物、日常生活に纏わる話や子供時代の思い出などの話もありますが、やはり本に纏わる話が多く、あとは映画、音楽に関する話が多いでしょうか。

 本に関する話などを読んでも、いい作家はいい読書家でもあることが窺えました。ただ、いずれも2ページから3ページ前後の小文ばかりなので、気軽に読めることは読めるけれども、意外と後で印象に残らないかも(もっと長いのは書いていないのかなあ。それが不思議)。

 そんな中、出版社などからのアンケートに応えて、「文庫のベスト5」「海外ミステリのマイベスト7」、更には「マイ・ベストPKD(フィリップ・K・ディック)」といったちょっとマニアアックなものまで挙げているのが目を引きました。個人的には、「クリスティー私のベスト5」というのが、ミステリにおける著者の指向性を窺わせていて興味深かったです(『終わりなき夜に生れつく』は、今年['17年]同名の作品を上梓している)。一番好きな映画が「去年マリエンバートで」('61年/仏)であるというのもこの人らしいのではないでしょうか。『夏の名残りの薔薇』('04年/文藝春秋)はこの映画をモチーフに書かれているようですが、『中庭の出来事』('06年/新潮社)もちょっとそんな雰囲気があったように思います。

【2008年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
●「クリスティー私のベスト5」
①『葬儀を終えて』
②『終わりなき夜に生れつく』
③『メソポタミアの殺人』
④『ねじれた家』
⑤『鏡は横にひび割れて』

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