【2565】 ○ 大佛 次郎 「怪談」―『見た人の怪談集』 (2016/05 河出文庫) 《手首」―『怪談その他』 (1930/05 天人社)/手首」―『文豪のミステリー小説』 (2008/02 集英社文庫)》 ★★★★

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歴史小説・大河小説作家による、〈歴史抜き〉のキレのある短編であるというのが興味深い。

大佛次郎『怪談その他』天人社.jpg 見た人の怪談集.jpg   文豪のミステリー小説0_.jpg  
『怪談その他』(1930/05 天人社)/『見た人の怪談集 (河出文庫)』(2016/05 河出文庫) 『文豪のミステリー小説 (集英社文庫 や 39-2)』(2008/02 集英社文庫)
大佛次郎『怪談その他』天人社図1.jpg大佛次郎『怪談その他』天人社図2.png 慶応2年5月、清兵衛は芸妓・お村との新生活のために、牛込・通寺町の人目につかない閑静な場所にある手ごろな家を見つける。その2階に2人で床を並べてうとうとした際に、腕を冷たい手で掴まれ、あまりに冷たいのでその手を引き寄せると、その手は手首だけで、肱までなかった。次の晩もその手は清兵衛の前に現れ、家主に問いただすと、前にその部屋に住んでいたのは白鳥という土佐藩の武士で、綺麗な御新造さんがいたが、急に国に帰ることになったという。清兵衛は市ヶ谷・谷町に居を移すが、前の部屋の梯子段の下の戸棚に蛆虫が蠢めいているのが見つかり、白鳥の妾の変死体が床下から発掘される。谷町の住居も1カ月と続かず、お村と清兵衛の関係はうまくいかなくなって、清兵衛はお村と別れる。さらに清兵衛の不幸は続き、梅雨の頃から自分の左手首が痛み出す。親戚の家に行った際にそこの子供が清兵衛を見て、「蒼い手、蒼い手...」といって怖がり、清兵衛は自分の手に女の死人の手がぶら下がっていることを初めて知る。その時から清兵衛は、物事の全てに対する気力を失い、塔の沢に長逗留することになる。ある日、夕食前に一風呂浴びて浴室を出ると、その日宿に着いた大きな武士が浴衣姿で手拭を下げているのと狭い廊下で会う。清兵衛は男のために道をあけると、男はじろりと清兵衛を見て通り過ぎる。やがて、風呂場で何か騒動が起き、その武士が死んだという。喉にくびった跡があり、主によれば、武士の最期の言葉は「手、手...」だったと。その武士の薩州の新納権右衛門といい、「白鳥」と名乗った武士と同一人物かどうかは分からないが、この事件の後、清兵衛の手の痛みはすっかりとれる―。

文豪ミステリー傑作選 (第2集) 0_.jpg 大佛次郎(1897-1973)が1929(昭和4)年、雑誌『改造』に発表した短編で、1930(昭和5)年、『怪談その他』(天人社)の全11編の内の1編として刊行され、この時のタイトルは「手首」でした。河出文庫『文豪ミステリー傑作選(第2集)』('85年)に全12編の内の1編として収められており、この時のタイトルは「怪談」になっていて、同じく河出文庫の『見た人の怪談集』('16年)にも全15編の内の1編として「怪談」のタイトルで収められています(但し、冒頭に「手首」とあり、「怪談」というアンソロジーの中の「手首」という1編ということだろう)。また、集英社文庫の『文豪のミステリー小説』('08年)には、「手首」のタイトルで収録されています。そう言えば、川端康成にも「片腕」という、ある男が片腕を一晩貸ししてもいいわという娘から、実際片腕を借りるという怪談っぽい作品がありました(新潮文庫『眠れる美女』、ちくま文庫『川端康成集 片腕―文豪怪談傑作選』などに所収)。
文豪ミステリー傑作選 (第2集) (河出文庫)』(1985/11 河出文庫)

大佛次郎  .jpg 大佛次郎のこの作品は『見た人の怪談集』で読みましたが、歴史小説作家、大河小説作家のイメージがある作者が(実は小説だけでなく、戯曲や児童文学、ノンフィクションなど幅広い分野に作品を遺した作家だが)、こうしたキレのある短編も書いているというのが興味深かったです。清兵衛がノイローゼのようになって、物事の全てに気力を失い、大政奉還も戊辰戦争も清兵衛の頭上を通り過ぎていくわけで、阿部日奈子氏の解説にもありますが、(歴史小説作家でありながら)殆ど時代背景に触れないで描くことによって、祟られた男の孤独がより浮き彫りにされています。

大佛次郎(昭和初期)ホテルニューグランドの屋上で

 この短編は2010年にテレビ東京で映像化され、「女のサスペンス名作選」最終回(2010年9月29日午前11時30分~昼12時27分)の「残された手首」として放送されていますが、あらすじは下記の通りです。

 村山清(平田満)、美津子(岡江久美子)夫妻は、千葉県の郊外に念願の一戸建てを買い引っ越してきた。引越当日の深夜、2階寝室で寝ていた清の片腕に、突然女の手首がとりついた。夢だと思ったが、女の手首がとりついた左腕がだるくなってきた。クラシック音楽のトランペットの音色を聞いただけで、左腕が激しく痛みだしたり、3歳の甥が清の左腕に手首がぶらさがっていると恐がったり、美津子までノイローゼになりそうだった。ある日美津子は、この辺りで昔から開業している医者に、自分達が住んでいる場所の歴史を聞き出した。それによると、戦前は日本陸軍の兵営が近くにあり、ちょうど美津子達の家がある所に島倉という大尉の一家が住んでいた。島倉大尉(井上純一)と政略結婚をさせられた綾子(中島はるみ)という女性と、彼女に恋心をいだいた大尉の弟・康次郎に腹を立てた大尉が、軍刀で綾子の手首を切り落としたのだった―。

 個人的には未見で、「女のサスペンス名作選」はBS放送(BSジャパン)で再放送されることがありますが、これは再放送されたのでしょうか。原作における殺された妾の恨みを、政略結婚の末に夫から手首を斬られた正妻の恨みに置き換えていますが、原作では、清兵衛自身が本宅とは別所に妾を囲っているという状況において、妾の手首に囚まえられる点に怖さがあるのであって、その枠組みを外してしまってどうかなという感じがします。

 『見た人の怪談集』の収録作品は「停車場の少女」(岡本綺堂)/「日本海に沿うて」(小泉八雲)/「海異記」(泉鏡花)/「蛇」(森鴎外)/「竃の中の顔」(田中貢太郎)/「妙な話」(芥川龍之介)/「井戸の水」(永井荷風)/「大島怪談」(平山蘆江)/「幽霊」(正宗白鳥)/「化物屋敷」(佐藤春夫)/「蒲団」(橘外男)/「怪談」(大佛次郎)/「沼のほとり」(豊島与志雄)/「異説田中河内介」(池田彌三郎)/「沼垂の女」(角田喜久雄)の16編。

 「見た人の怪談」ということで、体験談や聞き語りのスタイルをとったものが多くなっていて、そうしたスタイルを共通項として短編集を編むという発想は面白いと思いましたが、必ずしもそうしたスタイルになっていないものもあったのではないでしょうか。大佛次郎の「怪談」は、文庫で20ページにも満たない作品ですが、最初は普通の小説スタイルで、終盤になって、「自分」が「老いた清兵衛」から話を聞く、つまり清兵衛の語りが中心となるスタイルに変わっており、そうした手法がリアリティを醸しているように感じられます。会話部分は最初からすべて『』で括られていて、要するに前半部分からすべて清兵衛の語りだったということなのでしょうが(「見た人の怪談」というコンセプトにも合っている)、臨場感を出すために敢えて「語り」のスタイルをとらず普通の小説スタイルにして、後日譚だけ「語り」のスタイルにしたということなのでしょう。

《読書MEMO》
●『文豪ミステリー傑作選(第1集)』('85年/河出文庫)
夏目漱石「趣味の遺伝」/森鴎外「魔睡」/志賀直哉「范の犯罪」/芥川龍之介「開化の殺人」/谷崎潤一郎「途上」/泉鏡花「眉かくしの霊」/川端康成「それを見た人達」/太宰治「犯人」/内田百閒「サラサーテの盤」/三島由紀夫「復讐」
●『文豪ミステリー傑作選(第2集)』('85年/河出文庫)
黒岩涙香「無惨」/徳冨蘆花「巣鴨奇談」/久米正雄「嫌疑」/村山塊多「悪魔の舌」/岡本綺堂「兄妹の魂」/大仏次郎「怪談/吉川英治「ナンキン墓の夢」/山本周五郎「出来ていた青」/火野葦平「紅皿」/海音寺潮五郎「半蔀女」/吉屋信子「茶碗」/柴田錬三郎「赤い鼻緒の下駄」
●『文豪のミステリー小説』('08年/集英社文庫)
夏目漱石「琴のそら音」/大佛次郎「手首/岡本綺堂「白髪鬼」/山本周五郎「出来ていた青」/大岡昇平「真昼の歩行者」/幸田露伴「あやしやな」/久米正雄「嫌疑」/柴田錬三郎「イエスの裔」/芥川龍之介「藪の中」

       


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和田泰明

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