2017年6月 Archives

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「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ 「○都内の主な閉館映画館」のインデックッスへ(日劇プラザ(TOHOシネマズ日劇))

海に対するリュック・ベッソン監督の思い入れが、美しい映像に結実。ラストが印象的。

グラン・ブルー オリジナル版.jpg  グレート・ブルー_01.jpg グラン・ブルー 完全版.jpg  グランブルー.jpg
オリジナル版/編集版/完全版 「グラン・ブルー オリジナル版 ―デジタル・レストア・バージョン― [DVD]」「グレート・ブルー」「グラン・ブルー 完全版 ―デジタル・レストア・バージョン― [DVD]」ジャン=マルク・バール

グラン・ブルーs.jpg ギリシャのキクラーデス諸島で1965年に8歳のジャック・マイヨールはエンゾと出会った。そこで二人は初めて素潜りを競うが、翌日にダイバーであるジャックの父の死を目撃し大きな衝撃を受ける。12年後グラン・ブルー 00.jpgの1987年、一流のダイバーとなったエンゾ(ジャン・レノ)は、稼いだ金をつぎ込んでジャック(ジャン=マルク・バール)の行方を探していた。ジャックと共にダイビング選手権に出場して勝利することがエンゾの夢だった。別なところでニューヨークで働く保険調査員ジョアンナ(ロザンナ・アークエット)は、自動車事故の調査でペルー・アンデス山脈の高地にいた。そこで彼女は、氷結した湖に酸素ボンベもなしに数十分も潜水するジャックに出会う。彼こそがエンゾが捜していた少年ジャックの成長した姿であり、彼は水族館のイルカだけを友として静かに暮らグラン・ブルーes2.jpgしていた。ジョアンナは彼の不思議な魅力に惹かれ、ペルーから故郷へ帰ったジャックの後を追いかグラン・ブルー  04.jpgけるようにヨーロッパへ旅に出る。やがてエンゾはジャックをシチリアの競技会に連れ出すが、そこでのダイビングでジャックに敗れてしまう。ジャックへの対抗心に燃えるエンゾは、無謀な記録に挑んだ挙げ句に命を落としてしまう。その魂に引かれるかのように、ジャックも深夜の海に一人潜って行こうとする。彼を愛し子供を宿したジョアンナはジャックを引き留めようとするも、彼の海への想いを止めることは叶わなかった。やがて人間の限界を超える深海に達したジャックの目の前に一匹のイルカが現われ、彼を底知れぬ深淵へと誘って行った―。

グラン・ブルー 01.jpg リュック・ベッソン監督(1959年生まれ)の1988年 公開作で、ベッソン監督の両親はともにスキューバダイビングのインストラクターであり、ベッソン自身もダイバーとして過ごしましたが、17歳のときに潜水事故に遭いスキューバダイビングが出来なくなったそうです。映画ではスキューバダイビンググラン・ブルーes.jpgグラン・ブルー08.jpgではなくフリーダイダイビングを扱っていますが、海に対するベッソン監督の思い入れが、美しい映像に結実した作品ではないかと思われ、特にラストの主人公がイルカに誘われるように深海に身を委ねるグラン・ブルー bl.jpgグラン・ブルー_3.jpgシーンは印象に残りました(ロケは主にギリシャのキクラデス諸島アモルゴス島やシチリア島のリゾート地タオルミーナで行われた)。

グラン・ブルー02.jpg 世界的なフリーダイバーのジャック・マイヨール(フランス人)とエンゾ・マイオルカ(イタリア人)がモデルグラン。ブルーs.jpgとなっていますが、ジャック・マイヨールは「ジャック・マイヨール」のままの役名でクレジットされているのに対し、ジャン・レノが演じたエンゾは「エンゾ・モリナーリ」の名でクレジットされています。因みに、この作品はジャック・マイヨール自身の自伝を基グラン・ブルー 06.jpgにしているとのことですが、ジャックとエンゾの相互の友情が描かれているものの、ジャックが温厚で素直だが孤独でイルカを友とする青年として描かれているのに対し、エンゾの方はプライドが高くかなり癖のある人物として描かれており、これをジャン・レノが演じて、結果として当時日本ではあまり知られていなかったジャン・レノが、主役のジャン=マルク・バールや、知名度抜群のロザンナ・アークエットよりも印象に残るものとなっています。

ジャック・マイヨール.jpg 因みに、ジャック・マイヨール(1927-2001)は、1976年、49歳で人類史上初めて素潜りで100メートルを超える記録を作り、55歳の時には105メートルを記録していますが、映画では時代を少し後にして、逆に年齢の方は30年分若くしている感じでしょうか(映画でのジャックは1965年時点で8歳という設定になっている)。テレビでジャック・マイヨールがプールに潜って座禅を組んでいる間に脈拍数など体がどのように変化するかをやっていたのを見たことがありますが、その頃は気骨はあるが気のいい老人といった感じだったでしょうか。まさか、その何年か後に74歳で首吊り自殺を遂げるとは思ってみませんでしたが、うつ病を患っていたようです。

エンゾ・マイオルカ.jpg 一方のエンゾ・マイオルカ(1931-2016)は、映画の「エンゾ・モリナーリ」ように無理なダイビングをグラン・ブルー ジャック・マイヨール&エンゾ・マイオルカ.jpgして亡くなったわけではなく、実際には一命を取り留め、医師から潜水を禁じられて一線を退き、昨年['16年]11月85歳で亡くなっています。この映画については生前、「監督と同じフランス人であるジャック・マイヨールを主役にしているため、マイヨールは本人より美化され、自分は悪く描かれている」との発言をしています。実際マイヨールは、饒舌で自己主張が強く、怒りっぽい人物だったと言われています。

Jacques Mayol & Enzo Maiorca

1992年版VHS
グレート・ブルー vhs_.jpg この映画は、'88年公開時は「グレート・ブルー」というタイトルの120分英語版でした。有楽町の日劇プラザで公開日の1週間後に観ましたが、公開後2週間で打ち切りとなっています(新宿プラザ劇場は1週間で打ち切り)。フランスでも公開時は惨憺たる興行成績だったのが、その後じわじわとカルト的な人気が出てきたとのことです。それを受けて日本でも'89年にセルビデオが発売されると同じように人気が出て、'92年に「グラン・ブルー/グレート・ブルー完全版」がシネセゾン渋谷で独占グラン・ブルー 日本人.jpg公開されています(同時にビデオも発売)。「グラン・ブルー/グレート・ブルー完全版」は、個人的には'94年にビデオで観ましたが、「グレート・ブルー」が英語版だったのに対して、こちらは48分の未公開シーン(変な日本人ダイビング・チームとかも出てくる)を加えて再編集した168分のフランス語版でした。最近、132分のオリジナル版「グラン・ブルー」を劇場で観ましたが、これはフランス国内で最初に公開された版で、この映画は元々国際マーケットグレート・ブルー ビデオ.jpg向けに製作されたものでセリフはすべて英語だったものを、俳優本人たちがフランス語に吹替えたものです(変な日本人ダイビング・チームはやはり出てくる)。要するに、最初に観た「グレート・ブルー」(変な日本人ダイビング・チームは出てこない)は、国際マーケット向けに製作された132分英語版を12分縮めたものだったのだということを初めて知りました(カットされた12分の中に変な日本人ダイビング・チームの話があったことになる。やはり、日本公開に向けて配給会社側が配慮したのか)。

1998年版VHS

ギリシア・アモルゴス島 海岸、町の風景と難破船
グランブルー ロケ地 アモルゴス1.jpg グランブルー  アモルゴス島s.jpg グランブルー ロケ地 アモルゴス2.jpg
イタリア・シチリア島タオルミーナとホテルのテラスレストラン
グランブルー ロケ地 タオルミーナ.jpg グランブルー ロケ地 シチリア.jpg

ロザンナ・アークエット in「グラン・ブルー」(1988)/in「アフター・アワーズ」(1985) with グリフィン・ダン
グラン・ブルー ロザンナ・アークエット1.jpg グラン・ブルー ロザンナ.jpg  『アフターアワーズ』.jpg

LE GRAND BLEU 1988.jpgグラン・ブルー 90.jpg「グラン・ブルー(グレート・ブルー)」●原題:LE GRAND BLEU(BIG BLUE)●制作年:1988年●制作国:フランス・イタリア●監督:リュック・ベッソン●製作:パトリス・ルドゥー●脚本:リュック・ベッソン/ロバート・ガーグラン・ブルー  03.jpgランド●撮グラン・ブルー44.JPG影:カルロ・ヴァリーニ●音楽:エリック・セラ●時間:132分(オリジナル版)/120分(編集版(「グレート・ブルー」))/168分(完全版)●出演:ロザンナ・アークエット/ジャン=マルク・バール/ジャン・レノ/ポール・シェナー/セルジオ・カステリット/マルク・デュレ/ジャン・ブイーズ/グリフィン・ダン●日本公開:1988/08●配給:20日劇プラザ   .jpg有楽町マリオン 阪急.jpg世紀フォックス●最初に観た場所(「グレート・ブルー」):有楽町・日劇プラザ(88-08-27)●2回目(「グラン・ブルー」):北千住・シネマブルースタジオ(17-06-12)(評価★★★★) 日劇プラザ 1984年10月6日「有楽町マリオン」有楽町阪急側9階にオープン、2002年~「日劇3」、2006年10月~「TOHOシネマズ日劇・スクリーン3」 2018年2月4日閉館


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疑似的父親にみる父性原理。主人公は今必ずしも幸せでない? 通常版(劇場公開版)で十分か。

Nyû shinema paradaisu (1988).jpgニュー・シネマ・パラダイス SUPER.jpg ニュー・シネマ・パラダイス10.jpg ジュゼッペ・トルナトーレ.jpg
ニュー・シネマ・パラダイス SUPER HI-BIT EDITION [DVD]」ジュゼッペ・トルナトーレ監督 Nyû shinema paradaisu (1988)

ニュー・シネマ・パラダイス23.jpg ローマに住む映画監督のサルヴァトーレ(中年期:ジャック・ペラン)は、アルフレード(フィリップ・ノワレ)という老人が死んだという知らせを受ける。アルフレードは、かつてシチリア島の小さな村にある映画館・パラダイス座で働く映写技師だった。「トト」という愛称で呼ばれていた少年時代のサルヴァトーレ(少年期:サルヴァトーレ・カシオ)は大の映画好きで、母マリア(中ニュー・シネマ・パラダイス25.jpg年期:アントネラ・アッティーリ)の目を盗んではパラダイス座に通いつめていた。「トト」はやがて映写技師のアルフレードと心を通わせるようになり、ますます映画に魅せられていった。アルフレードから映写技師の仕事も教わるニュー・シネマ・パラダイス26.jpgようになった「トト」だったが、フィルムの出火から火事になり、アルフレードは重い火傷を負って失明してしまう。その後、焼失したパラダイス座は「新パラダイス座」として再建され、父の戦死が伝えられた「トト」は、家計を支えるためにそこで映写技師として働くようになる。やがて思春期を迎えた「トト」ことサルヴァトーレ(青年期:マルコ・レオナルディ)は駅で見かけた美少女ニュー・シネマ・パラダイス62.jpgエレナ(アニェーゼ・ナーノ)との初恋を経験、それから兵役を経て成長し、今は映画監督として活躍するようになっている。成功を収めた彼のもとに母マリア(壮年期:プペラ・マッジオ)からアルフレードの訃報が届き、映画に夢中だった少年時代を思い出しながら、サルヴァトーレは故郷のシチリアに30年ぶりに帰って来たのだった―。

ニュー・シネマ・パラダイス200.jpg ジュゼッペ・トルナトーレ監督(1956年生まれ)の1988年公開作で、1989年カンヌ国際映画祭審査員グランプリを受賞したほか、イタリア映画としては15年ぶりにアカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞した作品です。日本でも'89年12月に公開され、「シネスイッチ銀座」での単館ロードながら40週というロングランを記録し、観客動員数約27万人、売上げ3億6900万円という数字は、単一映画館における興行成績としては未だ破られておらず、単館ロードそのものが減っているため、この記録は今後も破られないと言われています。

 124分の「劇場公開版(国際版)」の他に175分の「完全版(ディレクターズカット版)」があり、そちらもビデオやDVD化されています。「完全版」も劇場で観たいと思っていたらシネマブルースタジオでやることになり、観に行くと、当初「完全版」での上映を予定していたのが「通常版」(劇場公開版(国際版))の上映に変更となったとのことでした。それでも、27年ぶりぐらいに観て懐かしかったです(映画そのものが"ノスタルジー映画"であり、気分的に何だかダブった)。
音楽:エンニオ・モリコーネ

ニュー・シネマ・パラダイス31.jpg この映画について、母性(女性)原理への回帰という意味で日本人の気質に通じるものがあって、日本人に受け入れられやすいのではないかという見方をどこかで読んだ覚えがありますが、確かにシシリア人気質というのは家族の絆を非常に重んじるところがあるようです。但し、映画において「トト」ことサルヴァトーレにとって疑似的な父親の役割を果たすアルフレードは、サルヴァトーレに「この村から出て行け。ローマに行って、もう戻ってくるな」と諭すわけであって、これは完全な父性(男性)原理と言えるのではないかと思いました(「ノスタルジーに惑わされるな」と言っているのも同じことだろう。極論すれば、家族を犠牲にしてもわが道を行けと言っているともとれる)。

ニュー・シネマ・パラダイス80.jpg それがいいのか悪いのかというと、結局トトことサルヴァトーレは、映画監督としては成功したものの、アルフレードの教えを守ったばかりに母親は30年間息子に会えず、そして、成功しているはずのサルヴァトーレ自身も、実を結ばなかった初恋の思い出を引き摺っているのか、結婚もせずに付き合う女性をとっかえひっかえし、何となく虚無感を漂わせている感じです。但し、これをもってアルフレードの教えが誤っていたとかそんなことは言えないだろうなあ。アルフレードの教えを守ったからこそ映画人としての今の自分があるのかもしれないし、何かを得れば何かを失う、人生って大方そのようなものではないかなあと思いました。

 175分の「完全版」では主人公の人生に焦点が置かれており、青年期のエレナとの恋愛や壮年期の帰郷後の物語が描かれるため、同じラストシーンも、「通常版」では少年時代の映画を愛する心を取り戻す意味合いに近いものになっているのに対し、「完全版」では長い年月エレナに囚われていた心を慰められるという意味合いに近くなって、ニュアンスが異なってくるとのこと。従って、「完全版」を観ないと、この映画の本当の意味(例えばラストの編集されたキスシーンのオンパレードの意味など)は理解できないという人もいるようです。

 一方で、映画サイトallcinemaでは、「通常版」に「星4つ」という満点の評価を与え、「かなり印象を異にする3時間完全版もあるが、はっきりいってこちらだけで十二分である」とコメント。「完全版」に対する評価は「星1つ半」という低評価で、「"映画をこよなく愛する人たち"にとって、これほどまでの感動を与えてくれた映画は過去にあっただろうかと思えるほど、映画ファンにはたまらなかった秀作に、51分・約60カットも加えてしまった蛇足の完全版。初公開版と異なるところは、青年期のサルヴァトーレと恋人とのすれ違いの理由や、彼の"ストレートな"感情表現の描写などが追加された所だが、徹底的に違うのは、シチリア島に戻った中年サルヴァトーレが出会う人物とのその後のエピソード。ディレクターズカット版が登場すると、初公開版とのギャップから賛否両論となるが、これもそのひとつで、観終わった後の主人公に対するイメージはおろか、作品に対する評価までもが全く変わってしまうほど。初公開時に"この映画を見て泣けない人は、鬼と呼ばれても仕方ない!"などと言われていたが、完全版に関しては、その想いを半減させざるをえないとんでもない1本」とallcinemaにしてはかなり辛口のコメントがあります。

 完全版では、中年になったサルヴァトーレはエレナとも再会し、そのエレナをブリジット・フォッセーが演じているとのことで、ちょっと観たい気持ちもあったのですが、allcinemaのコメントを読むと、まあ観なくてもいいかなとも(実際に「完全版」を観た人がこのallcinemaのコメントを読んでどう思うかはまちまちだと思われるが)。「ニュー・シネマ・パラダイス」というタイトルからして"映画愛"がテーマの作品とみるべきでしょう。また、あまりリアリステッィクに何もかも描いてしまうと凡百の恋愛映画になってしまうということはあるのかもしれません。実際、この映画が一番最初、1988年にイタリアで劇場公開された際の「オリジナル版」の上映時間は155分だったそうですが、興行成績が振るわなかったため、ラブシーンやエレナとの後日談をカットして124分に短縮し(監督本人が編集)、それが映画祭などで国際的に公開され成功を収めたとのことです。と言うことで、今回も「通常版(劇場公開版=短縮版)」だけを観て、評価は星4つ半としました。

 この映画、主人公のもとに母親の訃報が届いたのを機に主人公が自らの少年時代を回想するという形をとっているため、今の主人公は憂いを帯びた表情をしているのは当然なわけですが、それだけでなく、主人公が今現在の生活において必ずしも幸福そうに見えないところが一つミソなのかもしれません(対比的に少年時代や青春時代がより輝いて見える)。ただ、主人公がなぜ今はそう幸せそうに見えないのかを映画の中で説明し始めると(それが最初の完全版にはあったと思われるが)、観る側のイマジネーション効果を減殺し、ダメな映画になってしまうということなのでしょう。

ニュー・シネマ・パラダイス poster.jpgニュー・シネマ・パラダイス22.jpg「ニュー・シネマ・パラダイス」●原題:NUOVO CINEMA PARADISO●制作年:1988年●制作国:イタリア・フランス●監督・脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ●製作:フランコ・クリスタルディ●撮影:ブラスコ・ジュラート●音楽:エンニオ・モリコーネ/アンドレア・モリコーネ●時間:155分(オリジナル版)/124分(国際版(劇場公開版))/175分(完全版(ディレクターズカット版))●出演:フィリップ・ノワレ/ジャック・ペラン/サルヴァトーレ・カシオ/マルコ・レオナルディ/アニェーゼ・ナーノ/アントネラ・アッティーリ/プペラ・マッジオ/レオポルド・トリエステ/エンツォ・カナヴェイル/レオ・グロッタ/イサ・ダニエ銀座文化・シネスイッチ銀座.jpgシネスイッチ銀座.jpgリ/タノ・チマローサ/ニコラ・ディ・ピント●日本公開:1989/12●配給:アスミック・エース●最初に観た場所:シネスイッチ銀座(90-02-11)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(17-05-27)(評価★★★★☆)
シネスイッチ銀座 1955年11月21日オープン「銀座文化劇場(地階466席)・銀座ニュー文化(3階411席)」、1978年11月2日~「銀座文化1(地階353席)・銀座文化2(3階210席)」、1987年12月19日〜「シネスイッチ銀座(前・銀座文化1)・銀座文化劇場(前・銀座文化2)」、1997年2月12日〜休館してリニューアル「シネスイッチ銀座1(前・シネスイッチ銀座)・シネスイッチ銀座2(前・銀座文化劇場)」

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"死者が顕われて生者に語りかける"という趣向において力を発揮する作家?

鉄道員(ぽっぽや)単行本.jpg 鉄道員(ぽっぽや)文庫.jpg 鉄道員poster.jpg 鉄道員 dvd.jpg 駅station poster.jpg
鉄道員(ぽっぽや)』『鉄道員(ぽっぽや) (集英社文庫)』「鉄道員(ぽっぽや)」映画ポスター「鉄道員(ぽっぽや) [DVD]」「駅 STATION」チラシ

 1997(平成9)年上半期・第117回「直木賞」受賞作。

 道央の廃止寸前のローカル線「幌舞線」の終着駅「幌舞駅」の駅長・佐藤乙松(おとまつ)は。鉄道員一筋に生きてきたが近く定年を迎え、また同時に彼の勤める幌舞駅も路線と共に廃止の時を迎えようとしていた。彼は生まれたばかりの一人娘を病気で失い、妻にも先立たれ、孤独な生活を送っていた。ある雪の日、ホームの雪掻きをする彼のもとに、忘れ物をしたと一人の鉄道ファンの少女が現れる。乙松が近所にある寺の住職の孫だと思い込んだ彼女の来訪は、彼に訪れた優しい奇蹟の始まりだった―(「鉄道員」)。

 「鉄道員(ぽっぽや)」「ラブ・レター」「悪魔」「角筈にて」「伽羅」「うらぼんえ」「ろくでなしのサンタ」「オリヲン座からの招待状」の8編を収録し、何れも1995(平成7)年から1997(平成9)年にかけて発表された作品で、作者によれば「奇蹟」をモチーフにしたものを集めたとのことです。

井上ひさし2.jpg 直木賞の選評を見ると、8人の選考委員のうち田辺聖子、黒岩重吾、井上ひさし、五木寛之の各氏が◎で、他の委員も概ね推している印象ですが、故・井上ひさしが、「高い質を誇っていた」と評価しつつも、「8つの短編が収められているが、内4つは大傑作であり、残る4つは大愚作である」とし、「大傑作群に共通しているのは、"死者が顕われて生者に語りかける"という趣向」であると指摘しているのが興味深いです(「この趣向で書くときの作者の力量は空恐ろしいほどだ」とも述べている)。

 "死者が顕われて生者に語りかける"作品となると、冒頭の、鉄道員の男のもとへ亡き娘の甦りとも思える少女が現われる「鉄道員」と、ポルノショップの店長である主人公に、自分との偽装結婚の末に亡くなった戸籍上の妻で出稼ぎ外国人の白蘭という女性が、手紙を通してまだ見ぬ夫である自分への想いを語る「ラブ・レター」、海外配転が決まったサラリーマンの主人公が、40年前自分が幼い頃に自分を捨てた父親と歌舞伎町で再会する「角筈にて」、子どもの頃に肉親を亡くして身寄りが無くなり、薬剤師となって医師と結婚した主人公が、嫁いだ先で夫の親族に苛められているところへ亡くなった祖父が現われ、主人公の力になるという「うらぼんえ」の4つということになるのでしょうか。

 文庫解説の北上次郎氏が、この短編集を「すごくよかった」と言う人が「鉄道員」「ラブ・レター」「角筈にて」「うらぼんえ」の4派に分かれるとし、それを派ごとの主張争いに模して解説していますが、そもそもこの4作品が選ばれていることが、故・井上ひさしの"死者が顕われて生者に語りかける"作品という指摘と合致しているように思いました。

 それ以外の作品はどうかと言うと、ややベタが過ぎたり気味悪かったりして、やはり個人的もこの4つかなあと。更に自分の好みを言えば、「ラブ・レター」はやはりベタ過ぎる印象があるし(北上次郎氏は女性読者には好評な作品としている)、上手さから言えばやはり「鉄道員」になるのかなあ。これだって、斎藤美奈子氏に言わせれば、「怪談、死んだ娘だから父に優しい(生きていたらグレてる)」ということになるのであって、直木賞選考委員の中にも阿刀田高氏のように、「悪くはないけれど、あまりにも型通りで、涙腺をふくらませながらも、こんなことで泣けるかと、しらけるところなきにしもあらず」ということにもなるのかも(考えてみればすべて乙松の頭の中で起きたこととも取れるし)。

鉄道員  02.jpg 「鉄道員」は降旗康男監督、高倉健主演で映画化されましたが('99年/東映)、昔劇場で観た、同じ降旗康男監督、高倉健主演の「駅 STATION」('81年/東映)が、倉本聰が高倉健のために書き下ろした脚本だったためか、何だか高倉健のプロモーション映画みたいで、日本映画ワースト・テンに名を連ねることも多く、個人的にも、自殺した円谷選手の遺書のナレーションを映画の中で使うことなどに抵抗を感じ、いいと思えませんでした(小谷野敦氏が「日本語をローマ字読みしてくっつけた作品のタイトルの作品はダサい」と言っていた(『頭の悪い日本語』('14年/新潮新書))。先にそのイメージと何となくあって、結局「鉄道員」の方は劇場で観ることはなく、テレビがビデオで観たように思います。

鉄道員 志村けん.jpg 原作が短編なので、志村けんが酒癖の悪い炭坑夫として出て来きて炭鉱事故で亡くなる話や、その息子が成長してイタリアへ料理修業に行く話など、原作に無いエピソードで膨らませている部分はありますが、原作の持ち味(ひとことで言えば気持よく泣けるということか)はまずまず保たれていたのではないでしょうか(志村けんは自宅の留守番電話に主演の高倉健直々の出演依頼のメッセージが入っていて驚いたという。志村けんが俳優として映画出演したのは、ドリフターズの付き人時代に志村康徳名義で端役出演した「ドリフターズですよ!冒険冒険また冒険」('68年/東宝)、「ドリフターズですよ!特訓特訓また特訓」('69年/東宝)の2作以外ではこの作品のみ)。

鉄道員 02.jpg これも一歩間違えばどうしようもない映画になりそうなところを、高倉健をはじめとする俳優陣の演技力で強引に持たせていたという感じがします。実際、日本アカデミー賞の主要7部門のうち、作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞(高倉健)、主演女優賞(大竹しのぶ)、助演男優賞(小林稔侍)の6部門を受賞していて、高倉健主演映画で、主要7部門中"6冠"達成は山田洋次監督の「幸福鉄道員 大竹しのぶ.jpgの黄色いハンカチ」('77年/松竹)以来ですが、「幸福の黄色いハンカチ」の方は第1回日本アカデミー賞ということもあって、監督賞や脚本賞は「『男はつらいよ』シリーズ」との合わせ技でした(因みに、「駅 STATION」も作品賞、脚本賞、主演男優賞を獲っている)。「鉄道員」で獲らなかったのは助演女優賞だけで、これは広末涼子のパートになるかと思いますが、その広末涼鉄道員  s.jpg子さえもそう悪くなかったように思います(最優秀賞の候補にはなっている)。大竹しのぶは流石に上手ですが、やはりこの映画は高倉健なのでしょう(高倉健は'99年モントリオール世界映画祭で主演男優賞受賞)。「駅STATION」の頃より年齢を重ねて良くなっていて、これなら泣ける? 泣けるかどうかと評価はまた別だとは思いますが。降旗康男監督、高倉健のコンビは2年後に再タッグを組み「ホタル」('01年/東映)を撮りますが、こちらも日本アカデミー賞で13部門ノミネートされ、高倉も主演男優賞にノミネートされましたが、後輩の俳優に道を譲りたい」として辞退しています。

鉄道員 s.jpg鉄道員  1s.jpg「鉄道員(ぽっぽや)」●制作年:1999年●監督:降旗康男●脚本:岩間芳樹/降旗康男●撮影:木村大作●音楽:国吉良一(主題歌:坂本美雨「鉄道員」)●原作:浅田次郎●時間:112分●出演:高倉健/大竹しのぶ/広末涼子/吉岡秀隆/安藤政信/志村けん/奈良岡朋子/田中好子/小林稔侍/大沢さやか/安藤政信/山田さくや/谷口紗耶香/松崎駿司/田井雅輝/平田満/中本賢/中原理恵/坂東英二/きたろう/木下ほうか/田中要次/石橋蓮司/江藤潤/大沢さやか●公開:1999/06●配給:東映(評価★★★☆)
高倉健、小林稔侍、田中好子(1956-2011)  大竹しのぶ、高倉健、奈良岡朋子
鉄道員 高倉健、小林稔侍、田中好子.jpg 鉄道員 大竹しのぶ、高倉健、奈良岡朋子.jpg

駅station dvd.jpg駅station 01.jpg「駅 STASION」●制作年:1981年●監督:降旗康男●製作:田中寿一●脚本:倉本聰●撮影:木村大作●音楽:宇崎竜童●時間:132分●出演:高倉健/いしだあゆみ/岩淵建/名古屋章/大滝秀治/八木昌子/池部良/潮哲也/寺田農/渡会洋幸/高橋雅男/榎本勝起/烏丸せつこ/田中邦衛/竜雷太/小林念侍/根津甚八/宇崎竜童/北林谷栄/藤木悠/永島敏行/古手川祐子/今福将雄/名倉良/平田昭彦/阿藤海/室田日出男●公開:1981/11●配給:東宝●最初に観た場所:テアトル池袋(82-07-24)(評価★★☆)●併映:「泥の河」(小栗康平)
駅 STATION [DVD]
駅 STATION 池部良.JPG 駅station 06.jpg 駅Station 大滝秀治.jpg

【2000年文庫化[集英社文庫]/2004年再文庫化[講談社文庫(『鉄道員/ラブ・レター』)]/2013年文庫化[集英社みらい文庫]】

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部分々々の筆力は大いにあるが、全体の構成としてはどうなのか。

イノセント・デイズ 単行本.jpgイノセント・デイズ n.jpgイノセント・デイズ 単行本2.jpg  イノセント・デイズ 文庫.jpg
イノセント・デイズ』(2014/08 新潮社) 『イノセント・デイズ (新潮文庫)

早見 和真 『イノセント・デイズ』ド.jpg 2015(平成27)年・第68回「日本推理作家協会賞」(長編及び連作短編集部門)受賞作。

 30歳の田中幸乃は、元恋人に対する執拗なストーカーの末にその家に放火して妻と1歳の双子を死なせた罪で死刑を宣言されていた。凶悪事件の背景には何があったのか。産科医、義姉、中学時代の親友、元恋人の友人、刑務官ら彼女の人生に関わった人々の追想から世論の虚妄と哀しい真実が浮かび上がる。そして、幼馴染みの弁護士たちが再審を求めて奔走するが彼女は―。

 「第一部・事件前夜」と「第二部・判決以後」の二部構成で、第一部で、田中幸乃の人生に関わったさまざまな人々の回想から、彼女の悲惨な人生の歩みが浮き彫りになっていきます。従って、彼女がいかにして死刑に値する罪を犯すような人間になってしまったのかを、ある種"環境論"的に解析していく小説だと思って読み進めていました。そして、そのプロセスは非常に重いものでした。

 ところが終盤になって、それまでミステリだとは思わずに読んでいたのに"どんでん返し"があって、事件の真犯人は別にいるらしいと...。しかしながら彼女は自ら弁明することなく刑に臨もうとしているため、それはどうしてなのかということがポイントになってきますが、強いて言えば、信じた人から裏切られ続けた人生の果てに、田中幸乃はいつしかもうすべてを終わらせてしまいたいと願うようになり、死刑になることが自動的に自分の命を終わらせることができるチャンスだったということなのでしょう。誰かの身代わりで死刑になるのかと思っていたらそうではなくて、自分のためだったのかあ。意外性はありましたが、それまで描かれていたことが必ずしも彼女のそうした心境を十分に裏付ける伏線になっておらず、結局(彼女の内面については)よく分からないまま読み終えたという感じです。

 死刑制度に対して問題提起しているともとれますが(主人公の仮のモデルは林真須美死刑囚であるそうだが)、そうなるとやや主題が分裂気味という気もするし、部分々々の筆力は大いにあると思いましたが、全体の構成としてはどうなのかという気がしました。

 「日本推理作家協会賞」の選考(選考委員は大沢在昌・北方謙三・真保裕一・田中芳樹・道尾秀介の各氏)でも、あまりにも暗く、救いがないということで選考委員が皆迷ったみたいで、無理に受賞者を出した印象が無きしも非ずという感じでした。

角田光代  .jpg それでも直木賞候補にもなっているのですが、直木賞選考では更に選評は厳しくなり、やはり直木賞は取れなかったようです。選考委員では角田光代氏が「序盤から読み手を小説世界に引きずり込む力を持っている。(中略)けれども読み進むにつれて現実味が薄れていくように感じた」「そうしてやっぱりラストに納得がいかないのである。いや、この小説はこの小説で完結しているので、ラストに異を唱えるのは間違っているとわかるのだが、死を望み、このようにすんなりと受け入れるほどの強いものが、幸乃にあるようには私には思えなかった」と述べていますが、自分の感想もそれに近いでしょうか。

 因みに、かつて「死刑大国」と言われたアメリカ(世界の死刑執行の8割を占めるという中国とは比較にならないが)でも死刑廃止の流れがあり、'07年から'14年の間だけでも新たに6州が死刑を廃止していますが、死刑廃止の理由として、十分に審議されないまま死刑が執行されたことがあったりして、その中には執行した後に真犯人が現われ、無実の人間を処刑してしまったと後で判ったケースもあるようです(1973年以降、無実の罪で死刑判決が出た人のうち、少なくとも142人は、死刑が執行される前に釈放になったという。一方で、誤って処刑され、死刑執行後に無罪判決が出された人も何人もいる)。

 アメリカではそうした誤審が死刑廃止の大きな契機になっているわけで、もし、この小説のようなことが実際に起きて、この小説の中に出て来る主人公の幼馴染みや弁護士のような人が頑張れば、死刑制度を見直す機運は高まるかもしれないと思います。そうした意味では、この小説の終わりからまた新たな物語が始まるような気もしました。

 筆力としては○ですが、構成としては残念ながら△でしょうか。言い方を変えれば、構成としては△だが、筆力としては注目すべきものがあって○であるとも言え、迷いながら「日本推理作家協会賞」に選んだ選考委員の気持ちが分からなくもないです(結局、自分も○にした)。

イノセント・デイズ ドラマ.jpgWOWOW連続ドラマW「イノセント・デイズ」(全6回・2018年3月18日~4月22日)
監督 - 石川慶
企画 - 妻夫木聡、井上衛、鈴木俊明
プロデューサー - 井上衛、橘佑香里、平部隆明
脚本 - 後藤法子
音楽 - 窪田ミナ
製作 - WOWOW、ホリプロ

【2017年文庫化[新潮文庫]】

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フィクションとして読むのが順当。面白かったが『レディ・ジョーカー』には及ばない。

罪の声 塩田武士.jpg罪の声 塩田武士1.jpg 罪の声 塩田武士2.jpg 罪の声 塩田武士3.jpg
罪の声
塩田武士氏『罪の声』山田風太郎賞
塩田 武士 『罪の声』山田風太郎賞.jpg 2016 (平成28)年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2016年・第7回「山田風太郎賞」受賞作。2017年・第14回「本屋大賞」第3位。2016年「『本の雑誌』編集部が選ぶノンジャンル・ベスト10」第2位。

 京都でテーラーを営む主人公・曽根俊也は、ある日、亡くなった父の遺品の中からカセットテープと黒皮の手帳を発見する。手帳は英語の文字で埋まっていて、カセットテープには、子供の声で、現金受け渡しを指示する言葉が録音されていた。その声を聞いた俊也は、それが自分自身の声であるとわかり衝撃を受ける。父は犯行グループの一味だったのか。録音に関する彼自身の記憶は無く、31年前の真相を知るために、彼は事件を調べ始める。同じ頃、大日新聞社文化部に所属する阿久津英士は、社会部・事件担当デスクの鳥居から、大阪本社の年末企画「ギン萬事件―31目の真実」への参加を求められる。鳥居は、阿久津にある資料を手渡して調査を命じる。その資料とはギン萬事件の4ヶ月前にオランダで起きたハイネケン社長の誘拐事件に関するもので、事件の直後から現地で事件のことを調べ回っている東洋人がいたという。阿久津はイギリスに飛んで調査を始める。31年前の事件の真相が、二人の男によって再び甦ろうとしていた―。

 1984年から1985年にかけて起きた「グリコ・森永事件」を題材にした小説で、但し、事件から31年経った「現在の関西」を舞台に小説は始まり、それは、主人公の一人・俊也が、事件で現金受け渡しの指示に使われた「子供の声の録音テープ」の声の主であり、そのことを知ったのが「現在」であるためです。

「週刊文春ミステリー ベスト10」の第」1位に選ばれただけあってそれなりに面白かったですが、清水潔氏が「週刊文春」の書評で、「複雑な事件構成にも関わらず破綻も見せずに犯人像を絞り込んでいく」としながらも、「取材開始までの各アプローチシーンなどはややくどい気もする」としているのには同感です。

 また、清水氏は、「ノンフィクションの体を取りつつ真犯人に到達したかのような噴飯物の書も存在する中、本書が被害社名を架空のものとしフィクションであることを明確にしているのは賢明だ」としていますが、身代金取引現場などの描写は事件当時の事実を再現してはいるものの、まあ、他の部分はフィクションとして読むのが順当でしょう。清水氏も最初はこんなにスルスルと重大事件の謎解きができてたまるか思ったりもしたようですが、読み進むうちに先の認識に至ったようで、作者自身、事件を推理するつもりでこれを書いたのではないように思います。

高村薫.jpgレディ・ジョーカー1.jpgレディ・ジョーカー2.jpg 清水氏が最初この小説は実際の事件の謎解きかと思ってしまった背景には、作者が神戸新聞社の記者出身であったこともあるのかもしれないし、同じく「グリコ・森永事件」を題材にした高村薫氏の『レディ・ジョーカー』('97年/毎日新聞社)がそれっぽい雰囲気を漂わせていたこともあるのかもしれません。但し、高村薫氏もかつて「グリコ・森永事件」を扱ったテレビ番組に出演したことがありましたが、自身の小説を事件の"謎解き"であるような主張はしていなかったように思います。

 この『罪の声』はサスペンス小説として傑作なのかもしれませんが、どうしても高村氏の『レディ・ジョーカー』と比べてしまい、相対的に見て物足りなさを感じざるを得ず、また、自分の好みともやや合わなかったように思います。

 『レディ・ジョーカー』は犯人グループに脅迫される側を菓子メーカーではなくビール会社にしていましたが、事件に直面した大企業の内部の混乱ぶりや、そうした事件さえ権力抗争の材料にしようとする社内ポリティクスなどがよく描かれていて、企業小説としても面白く読めました(この部分が『罪の声』には全く無く、比べること自体が酷かもしれないが)。

 また、『レディ・ジョーカー』の犯人グループには共感とまでいかなくともシンパシーを感じる部分はありましたが、この『罪の声』では全くそれは感じられません。その代わり、ラストで事件に巻き込まれ長らく離別していた母子が再会する場面を持ってきていますが、これってどうなのか。感動する人もいるかもしれませんが、個人的にはややあざとい印象を受けてしまいました。

 『罪の声』を読んで良かったと思った読者には『レディ・ジョーカー』も読んで欲しい気がします。但し、『レディ・ジョーカー』も読んだ上で、『罪の声』の方が『レディ・ジョーカー』よりいいという人がいるかもしれないし、その辺りは好みの問題でしょう。

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労働組合を背景とした「社会派」と「本格派」のミックス的作品。やや苦い後味。

人喰い 笹沢佐保.jpg 人喰い(1960年11) (カッパ・ノベルス).jpg 人喰い 講談社文庫1983.jpg 人喰い 日本推理作家協会賞受賞作全集 1995_.jpg 笹沢佐保.jpg
人喰い (P+D BOOKS)』『人喰い―長編推理小説 (1960年) (カッパ・ノベルス)』『人喰い (講談社文庫)』『人喰い 日本推理作家協会賞受賞作全集 (14)』 笹沢 左保(1930-2002)

 1961(昭和36)年・第14回「日本探偵作家クラブ賞(第16回以降「日本推理作家協会賞」)」受賞作。

 ワンマン社長の横暴に不満を募らせる社員らが、それに対抗しようと組合闘争に明け暮れる本多銃砲火薬店。銀行員・花城佐紀子の姉でその工場に勤める花城由記子が、労働争議で敵味方に分かれてしまった恋人で、社長の一人息子である本多昭一と心中するという遺書を残して失踪する。しかし、死体が発見されたのは昭一だけで、依然として姉は行方知れずのままで、遂には殺人犯人として指名手配を受けてしまう。姉・由記子にかけられた殺人容疑を晴らそうと、佐紀子は恋人で労働組合の執行委員長の豊島宗和と調査に乗り出す。一方、豊島のつい最近までの恋人だった浦上美土利は、佐紀子に豊島を奪われた恨みから、第二組合を作って豊島を窮地に陥れようとしていた。そんな中、本多銃砲銃砲火薬店社長・本多裕介が何者かによって殺害される―。

 笹沢左保(1930-2002/享年71)が1960(昭和35)年に発表した初期長編推理小説。作者・笹沢左保は1952年から郵政省東京地方簡易保険局に勤務し、交通事故で療養中に書いた『招かれざる客』が第5回江戸川乱歩賞候補次席となり、この1960年には『霧に溶ける』『結婚って何さ』『人喰い』の3長編を発表、『人喰い』は日本推理作家協会賞を受賞したほか直木賞候補にもなり、これを機に作者は郵政省を退職して専業作家になっています。

笹沢左保2.jpg 作者は1972年よりCX系列で放送された「木枯らし紋次郎」シリーズの原作者として名を馳せたことから、時代小説作家として知られますが、時代小説に進出したのは70年代に入ってからで、元々は本格推理作家です。この作品も、当時の社会を色濃く繁栄した舞台を背景に、古典的な本格派推理のトリックを用いた「社会派」と「本格派」のミックス的作品です。労働組合がストーリーの背景にありますが(当時の労働組合組織率は今の倍くらいか)、作者は郵政省勤務時代に労働組合の執行委員なども務めています。

「木枯らし紋次郎」撮影現場で(中村敦夫/笹沢左保)

 「本格派」でありながら、ある種"人間関係トリック"とでも言うべき要素が入ったプロットであり、これはこれでクリスティの『ナイルに死す』などにも見られる古典的手法でもありますが、この作品については、肝腎の主人公の花城佐紀子が恋愛感情に流されてしまうところが"やや苦い後味"に繋がっているといったところでしょうか。「本格」の部分は良かったように思います。姉・由記子が妹・佐紀子に宛てた遺書の中で自らのことを「オールドミスの平社員」と卑下していましたが、28歳で「オールドミス」というところに時代を感じました。

 この作品の翌年1961年にも、同じく本格推理の『空白の起点』(旧題:『孤愁の起点』)で直木賞候補になっていますが、「新本格ミステリの旗手」と言われながら、1962年発表の短編「六本木心中」で推理小説的な趣向を廃した現代小説に挑戦し、これも直木賞候補になっています。更に、時代小説を書くようになってからも「雪に花散る奥州路」「中山峠に地獄をみた」(共に'71年)が直木賞候補になっていて、しかしこれも受賞に至らず、直木賞をとれなかった人気作家の代表格として今日まで語り継がれています(作者が直木賞をとれなかった経緯は、ウェブサイト「直木賞のすべて 余聞と余分―松本清張〔選考委員〕VS 笹沢左保〔候補者〕」に詳しい)。

 小学館よれば「P+D BOOKS(ピープラスディーブックス)」とは、「後世に受け継がれるべき、我が国が誇る名作でありながら、現在入手困難となっている昭和の名作の数々を、B6判のペーパーバック書籍と電子書籍を同時に、同価格で発売・発信する、まったく新しいスタイルのブックレーベル」だそうです。「第三の新人」など文芸作家がラインナップにある一方で、結城昌治やこの笹沢佐保といったかつての流行作家なども取り上げていて、偶々ですが読み返す機会を与えてくれたのは良かったように思います。

 P+D BOOKSでは、笹沢佐保作品はこの『人喰い』以外では、親友の殺人と自殺の真相を追う社会派ミステリ『天を突く石像』と、青年剣士・沖田総司の一生を描いた『剣士燃え尽きて死す』がラインナップされています。この作家について読んだことのある人ならば、『空白の起点』の方が好みという人もいれば、「六本木心中」を読み返してみたいという人もいるかもしれませんが、『空白の起点』は2016年に講談社文庫版のKindle版が出ており、「六本木心中」は角川文庫で90年代に復刊されています。

笹沢 左保 『人喰い』 .jpg 【1960年ノベルズ版[カッパ・ノベルズ]/1982年文庫化[中公文庫]/1983年再文庫化[講談社文庫]/1991年再文庫化[徳間文庫]/1995年再文庫化[双葉社(『人喰い 日本推理作家協会賞受賞作全集 (14)』]/2016年[小学館・P+D BOOKS]/2018年再文庫化[双葉文庫]】

人喰い (双葉文庫)[2018年5月再文庫化[双葉文庫]]

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芥川賞作品の中ではかなり面白い方であり、根底には作者の技量があるように思った。

コンビニ人間.jpgコンビニ人間2.jpg 荻原.jpg   o0コンビニ人間.jpg
コンビニ人間』 『海の見える理髪店』で直木賞受賞の荻原浩氏と村田沙耶香氏[産経ニュース]コンビニ人間 (文春文庫)』['18年]

 2016(平成28)年上半期・第155回「芥川賞」受賞作。2017年・第14回「本屋大賞」第9位。

 私こと古倉恵子は、子供の頃から「変わった子」と思われていた。自らの言動で周囲を困惑させてしまうため、黙って言われたことをするよう心掛けていた。そんな私はある日コンビニのバイトに出会い、マニュアルで全て行動する仕事を天職と感じるようになって、大学時代から今日まで18年間コンビニで働き続けている。しかし年齢を重ね、結婚せずに36歳となった今の自分のことを、周囲は奇異に思っているのが感じられる。そんなある日、35歳で職歴もない白羽が新人バイトとして入って来て、彼は婚活を目的にバイトを始めたのだという。しかし白羽は女性客へのストーカー行為で解雇される。恵子は、懲りもせず女性を待ち伏せする白羽に声を掛け、恋愛感情はないが一緒に暮らすことを提案する。「同棲している男性がいる」ことが、恋愛をしないことの言い訳になると思ったのだ。その白羽は、自分にコンビニのバイトを辞めさせ、就職させて自らの借金を返させようとする。だが、就職のための面接に向かう途中で訪れたコンビニで、私は本社の社員を装って、困っているバイトに手を貸す。そして、コンビニで働くことを自らの体が求めているのだと感じるのだった―。

 「文學界」2016年6月号に掲載された小説で、作者は新人かと思ったら、三島由紀夫賞を筆頭とする幾つかの賞を受賞した作家であり、そうでありながらコンビニエンス・ストアで週3回働いているそうな(芥川賞受賞会見の日も働いたというから、コンビ二で働くことがある種"精神安定剤"的効果をもたらすのかも)。主人公は、一定のルーティンへの強いこだわりなど発達障害的傾向があるように思いましたが、その辺りがよく描けているように思いました。でも、これ、自分の経験だったのでしょうか?

 作者の"コンビニ愛"の地が出ている感じもしましたが、自分の経験だから書きやすいというわけでもなく、自分の経験に近いからこそ対象化するのは逆に難しいと言えるかも。そうした意味では、慎重に"満を持して"書いた作品なのかもしれません。遅ればせながら、芥川賞おめでとうございますと言いたくなります。

 読後感も爽やかでしたが、「私は、人間である以上に、コンビニ店員なんです」なんて主人公の台詞は、芥川賞と言うよりちょっと直木賞っぽい感じもありました。でも、これまでの芥川賞作品の中ではかなり面白い方であり、根底には作者の技量があるように思いました。芥川賞の選評で川上弘美氏が、「おそろしくて、可笑しくて、可愛くて、大胆で、緻密。圧倒的でした」とし、「選評で"可愛い"という言葉を初めて使いました」と括弧書きしていました。

 芥川賞のすべての選者が推したわけではないですが、山田詠美氏は、「コンビニという小さな世界を題材にしながら、小説の面白さの全てが詰まっている。十年以上選考委員を務めてきて、候補作を読んで笑ったのは初めてだった」と評価し、村上龍氏も、「この十年、現代をここまで描いた受賞作は無い」と評価しています。

小谷野敦.jpg 芥川賞の選者以外では、辛口批評で知られる作家で比較文学者の小谷野敦氏が、『芥川賞の偏差値』('17年/二見書房)などで「本作のように面白い作品が芥川賞を受賞することは稀であり、同賞の歴代受賞作品でもトップクラスの面白さだ」と評しています。別のところでの小澤英実氏との対談では、「『コンビニ人間』は、単純に「面白い」と文庫新刊 コンビニ人間2.jpgいうことでいいと思いますね。川上弘美が何か意味付けをしようとしていたけれど、意味付けなんてしない方がいい」と言っていて、そんなものかもしれないなあと。

 個人的にも◎ですが、後は時間が経ってどれぐらい記憶に残るかなあというところでしょうか(芥川賞作品って意外と記憶に残らないものもあったりするので)。そうした意味では、"意味付け"することにも意味があるのではないかという気もしなくはありません。ただ、芥川賞作品としては『火花』以来の売れ行きだそうですから、世間的には記憶に残る作品となるのかもしれません。

【2018年文庫化[文春文庫]】

《読書MEMO》
芥川賞の偏差値0810.JPG芥川賞の偏差値 .jpg小谷野敦『芥川賞の偏差値』('17年/二見書房)

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