【2501】 ○ 内館 牧子 『終わった人 (2015/09 講談社) ★★★☆

「●あ行の現代日本の作家」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1364】 冲方 丁 『天地明察

カタルシスを満たす結末にしていないのは作者の矜恃か。ほろ苦さを通り越して「苦い」。

内館 牧子 『終わった人』8.jpg終わった人 帯付.jpg終わった人 帯a.jpg  『終わった人』(2015/09 講談社)

 大手銀行の出世コースから子会社に出向、転籍させられそのまま定年を迎えた「俺」・田代壮介。仕事一筋だった俺は途方に暮れた。妻は俺との旅行などに乗り気ではないし、「まだ俺は成仏していない。どんな仕事でもいいから働きたい」という思いで職探しをするものの、取り立てて特技もない定年後の男に職などそうはない...。生き甲斐を求め、居場所を探して、惑い、あがき内館 牧子.jpg続ける俺に再生の時は訪れるのか? ある人物との出会いが、俺の運命の歯車を回す―。

 脚本家、エッセイストであり作家でもある作者の初の新聞連載小説として、釧路新聞・室蘭民放・東奥日報(夕刊)・岩手日報・茨城新聞・上毛新聞・山陰中央新報・四国新聞に連載されたものに加筆したものであるとのこと。'15年9月刊行ですが、'16年大晦日の新聞広告によれば「14万部突破!ロング&ベストセラー」であるとのことです。
内館 牧子 氏

孤舟.jpg渡辺 淳一.jpg 同じく定年を迎えた男の人生を描いた小説に、渡辺淳一(1933-2014)の『孤舟』('10年/集英社)があり、『孤舟』の主人公の場合は、勤務先企業で常務執行役員まで行ったものの60歳手前で在阪子会社社長としての転出話を持ち出されたことに屈辱を感じて退職し、但し、それまで仕事一筋だったこともあって家では逆に妻子らに疎んじられて相手してくれるのは飼い犬だけ、カルチャーセンターに行っても何となく馴染めず、お金も妻に管理され、不自由且つ鬱々とした日々を送るというもので、ちょっとこの作品の主人公と似ているところがあります。

渡辺淳一『孤舟』(2010/09 集英社)

 本書の主人公も、雇用延長は東大卒のプライドが許さず自ら退職の道を選んだ訳ですが、と言っても当面やることも無く、ハローワークに行っても職もなく、大学院を受けて文学でもやろうとしたり、そのためにカルチャースクールに通ったり、或いは躰を鍛えるためにジムに通ったりしますが、例えばジム仲間のグループにも何とく自分と異質のものを感じています。そんな中、カルチャースクールの事務をやっている女性と知り合いになり、もしかしたら男女の関係になるかもと夢想したり、また、同じジムに通っていたベンチャー企業の青年実業家とも知り合いになって、彼から会社の顧問になって欲しいと言われたりします。

 この辺りの展開は自然で、結構リアリティがあったように思います。渡辺淳一の『孤舟』の主人公はデートクラブで知り合った女性にどんどん入れあげていきますが、まあ、渡辺淳一という作家がそうしたテーマを扱うことを期待されていたようなものだからそれでいいのかも(結局、主人公の恋は成就しないのだが)。一方の本書の主人公も、カルチャースクールの女性に想いを馳せ、その"老いらくの恋"(そこまではまだ年齢がいかないか?)のやや滑稽な描かれ方は『孤舟』と似てなくもありません。

 但し、青年実業家に乞われて彼の会社の顧問になってから、話は「仕事」の方がメインとなり、「恋愛」の方はサブになっていきます。結局、この主人公は、自らが言うようにビジネスの世界でまだ「成仏」していない状態だったのだろうなあと思いました(終わっていたのか、終わっていなかったのかと言えば、終わっていなかったことになる)。やがて彼自身が経営トップとしてその会社に深く関わることになります。Amazonの読者レヴューに「会社の借金を雇われ社長が背負うなど、現実性に疑問があった」というのがありましたが、株式会社であっても中小企業の場合、経営者は雇われであろうとなかろうと実質的に無限責任社員みたいなものですから、本書にあるようなことは充分にあり得るだろうと思います。

 よく取材されていると思いましたが、第9章の「偶然の再会」辺りから何となくテレビドラマっぽくなっていった印象も。それにしても、それほど夫婦の関係は悪くは無かったように思えたのが、主人公が経済的苦境に立たされてからの奥さんは意外と冷たかったなあ。殆ど自分は被害者で、責任は全て夫にあり、自分は一切関わりたくないといった感じ。まあ、丁度自身が新たな事業を始めたばかりだったということもありますが、そこまで邪険にしなくてもいいのに、と主人公がやや気の毒になりました。

 最後は少しだけ救いがありましたが、夫婦の新たな形(「卒婚」)を提唱している作品とも言え、そこへ導くために登場人物の一部がやや極端なキャラになっているのかも。安易にハッピーエンドにして読後のカタルシスを満たすような結末にしていないのは、むしろ「小説家」としての作者の矜恃かもしれないと思ったりもしました(仮のTVドラマ化されたとしたら、結末は若干変えられるのでは)。

 ただ、主人公は定年後にやっとビジネスの世界での「成仏」はできたのかもしれないけれど、失ったものが大き過ぎる気もしました。本書を読んで「元気をもらった」という人もいるかもしれないですが、個人的には、リタイヤから墓場までの間であっても生きて行かねばならず、その生きていく上で経済的基盤というのは大きなウェイトを占めることを改めて思いました。

 そもそも、主人公がそうしたチャレンジが出来たのは、東大を出て大手銀行に勤務して途中まで出世コースを歩み蓄えた資産があったからだろう、という批判もできるかもしれません。個人的には、一般的なケースを描くのが小説というものではないので、別にそれはそれでいいと思うのですが、主人公は1回のチャレンジでその資産を失ったことになり、更には妻とも...そう考えると、ほろ苦さを通り越して、ひたすら「苦い」お話だったかもしれません。

  





ブログランキング・にほんブログ村へ banner_04.gif e_03.gif



和田泰明

About this Entry

This page contains a single entry by wada published on 2017年1月 3日 12:11.

【2500】 ◎ 宮下 奈都 『羊と鋼の森』 (2015/09 文藝春秋) ★★★★☆ was the previous entry in this blog.

【2502】 △ 湊 かなえ 『ユートピア』 (2015/12 集英社) ★★★ is the next entry in this blog.

Find recent content on the main index or look in the archives to find all content.

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1