【2476】 ○ 近藤 勝彦 (原作:大佛次郎) 「エノケンの鞍馬天狗 (1939/05 東宝京都) ★★★☆

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元のストーリーを活かしつつ、エノケンらしさはギャグの方で発揮。本家超えの大立ち回りも。

エノケンの鞍馬天狗  .jpgエノケンの鞍馬天狗 vhs.jpg エノケンの鞍馬天狗』.jpg
「エノケンの鞍馬天狗」VHS  悦ちゃん/榎本健一

エノケンの鞍馬天狗 vhs2.jpg 鞍馬天狗(榎本健一)は、池田屋で新撰組に追い詰められた桂小五郎(北村武夫)を白馬で長駆し救った上に、芹沢鴨(如月寛多)らをさんざんコケエノケンの鞍馬天狗0.jpgにして去る。その頃、新撰組の近藤勇(鳥羽陽之助)らの下に勤王の志士の行動を密報する「天狗廻状」という怪文書が廻る。一方、角兵衛獅子の杉作(悦っちゃん)と新吉(ギャング坊や)は、その日の稼ぎの入った財布を落としてしまい、自分たちの元締めの岡っ引きの隼の辰吉(永井柳太郎)の所へ戻れば折檻されるのが明らかなため松エノケンの鞍馬天狗20.jpg月院の寺門の前で泣き暮れていると、寺から出てきた倉田某を名乗る鞍馬天狗に出会い助けられる。杉作らからその顛末を聞いた辰吉は、倉田某は天狗であると確信し、天狗のことを血眼で追っている新撰組にその情報を売って賞金を得ようする。その天狗は、宗像右近(柳田貞一)の一人娘、お園(霧立のぼる)に恋をしており、彼女の元に忍び込むと、彼女が折った折り鶴を密かに持ち帰って自分の宝にする。宗像右近が近藤勇から勤王の志士の名を列ねた浪人人別帳を取り寄せようとしているのを知った天狗は、密使に化けて近藤邸へ潜入するが、先に情報を得ていた近藤勇らに見抜かれ、捕えられてしまう―。

エノケンの鞍馬天狗77.png 近藤勝彦監督による1939(昭和14)年5月公開作。大佛次郎の原作のうち、「角兵衛獅子」(1928年)を軸に「天狗廻状」(1931年)を織り込んだものとなっており、冒頭「池田屋事件」のパロディから始まって一体どういうストーリーになるのかと思ったら、意外とそれぞれの元のストーリーを(嵐寛寿郎版との比較だが)大筋ではきちんとなぞっており、ディテールなどもそれなりに押さえていて、エノケンらしさはギャグの方で発揮されているという感じでした(因みにエノケンは、「エノケンの近藤勇」(1935)では近藤勇と坂本龍馬の一人二役を演じている)。

エノケンの鞍馬天狗30.jpg 折しも嵐寛寿郎の「鞍馬天狗」シリーズが人気を博していた時期で(この頃は日活が製作していた)、「角兵衛獅子」などはこの作品の前年に「鞍馬天狗」('38年/日活、後に「鞍馬天狗 角兵衛獅子の巻」)として2度目の映画化がされたばかりで(しかも向こうは日活京都でこっちは東宝京都と同じ京都同士)、アラカン版の向こうを張ってのパロディということになりますが、ストーリーや細部のモチーフを活かした上でパロディ化している点に、作る側がオリジナルの面白さをよく理解していたことが窺えます。

エノケンの鞍馬天狗44.jpgエノケンの鞍馬天狗88.jpg エノケンの鞍馬天狗は白頭巾で登場しますが、夜中に宗像右近の所へ忍び込むときは黒頭巾になったりもし、敵を相手に馬上からチャンバラ攻撃もすれば、追い詰められればピストルも使って相手を怯ませたりもし、逃げる時は地蔵に化けたりといろいろ見せてくれて楽しいです。更にラストの梯子や荷車を使った立ち回りはまさに"大立ち回り"で、天狗一人で相手にしている敵方の人数では本家を大きく上回っているのではないでしょうか。

エノケンの鞍馬天狗41.jpgエノケンの鞍馬天狗霧立のぼる2.jpg 天狗が思いを寄せるお園を演じた霧立のぼる(1917-1972/享年55)は「人情紙風船」('37年/東宝)の時20歳でしたが、この作品の時は22歳で更に大人の美しさが増している印象です(今風の美人でもある)。天狗を仇と付け狙う女性(この作品では"お登世")を演じる花島喜代子(1910- 没年不詳)も天狗を縛り上げておいて天狗の煽てに乗ってしまうところが可笑く、なかなかでした(でも最後まで天狗への誤解は解かれなかったなあ)。
霧立のぼる

エノケンの鞍馬天狗93.jpg 杉作を演じた'悦っちゃん'というのは女の子で、獅子文六原作の「悦ちゃん」('36年/日活多摩川)という作品でデビューし、当時「和製テンプルちゃん」と呼ばれていた子役です。杉作の役は、後に美空ひばり(1937-89/享年52)がアラカン版鞍馬天狗における「角兵衛獅子」の3回目の映画化作品「鞍馬天狗 角兵衛獅子」('51年/松竹)以降「鞍馬天狗 鞍馬の火祭」('51年/松竹)、「鞍馬天狗 天狗廻状」('52年/松竹)において、また、松島トモ子(1945- )が「鞍馬天狗 御用盗異変」('56年/東宝)、「疾風!鞍馬天狗」('56年/東宝)でそれぞれ演じますが、このエノケン版鞍馬天狗の前年の本家アラカン版も男の子(香川良介の息子・宗春太郎)が杉作を演じており、杉作を女の子に演じさせたのはこちらの方が先ではないでしょうか。

 冒頭の「池田屋事件」(1864年7月)のシーンで桂小五郎(後の木戸孝允)が新撰組に追い詰められますが、テレビの大河ドラマなどで桂小五郎が池田屋事件に巻き込まれるシーンの記憶が無いため調べてみたら、桂小五郎は会合への到着が早すぎて、一旦池田屋を出て対馬藩邸へ出向いていたため、難を逃れたとのこと(明治維新後に書かれた小五郎の回想録『桂小五郎京都変動ノ際動静』より)。本人の回想とは別に、京都留守居役であった長州藩士・乃美織江がその手記に「桂小五郎議は池田屋より屋根を伝い逃れ、対馬屋敷へ帰り候由...」と書き残していますが、実のところは、「桂小五郎が殺された」と時期尚早に長州藩に誤報して藩内を過剰に激昂させてしまう失態を犯し、桂の生存を対馬藩邸から秘かに伝えられると今度は「桂小五郎は屋根伝いに逃げた」ということにしたようです。そう藩に報告し、桂を非常に苦しい立場に追いやってしまった乃美織江は、「禁門の変」(1864年8月)勃発時に長州藩邸に火を放って西本願寺に逃走し、西本願寺では会津藩兵士に取り囲まれて自害しようとしましたが僧侶に制止されたため、更に大阪方面に逃走して帰藩したとのこと。結局この人は、1906(明治39年)年、満84歳で亡くなっています(結構長生きした)。

霧立のぼる1935.jpgエノケンの鞍馬天狗66.jpgエノケンの鞍馬天狗霧立のぼる.jpg「鞍馬天狗」●制作年:1939年●監督:近藤勝彦●脚本:小林正●撮影:山崎一雄●音楽:栗原重一●原作:大仏次郎●時間:72分●出演:榎本健一/如月寛多/鳥羽陽之助/北村武夫/柳田貞一/沢井三郎/永井柳太郎/南光一/金井俊夫/浮田左武郎/霧立のぼる/花島喜代/〆香/悦ちゃん/ギャング坊や/山田霧立のぼる2.jpg長正●公開:1939/05●配給:東宝京都(評価:★★★☆)

    霧立のぼる in「人情紙風船」('37年/東宝)

霧立のぼる(1935(昭和10)年:雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」)

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