【2450】 ○ イングマール・ベルイマン 「夏の遊び」 (51年/スウェーデン) (1992/09 アルバトロス・フィルム) ★★★★

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ラストに救いがあっても全体としては暗いが、その暗さのため回想シーンが対比的に眩い。

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Sommarlek (1951)

夏の遊び ベルイマン01.jpg 王立オペラ座のバレリーナのマリー(マイ・ブリット・ニルソン)は新聞記者の恋人ダヴィッド(アルフ・チェリン)の求愛に迷っていた。ある日届いた1冊の古い日記に13年前の思い出を呼び起こされ、電気設備の事故でリハーサルが中断されたのを機に、毎夏を過ごした伯母の別荘を訪れる。今彼女の中で、初恋の人ヘンリック(ビルイェル・マルムステーン)との出会いと、"毎日が金の糸に連なった真珠のような輝き"のひと夏が甦る。13年前の夏、別荘に行ったマリーは学生のヘンリックと恋に落ちた。伯母の友人エ夏の遊び ベルイマン05.jpgルランド(ゲオルグ・フンキースト)もマリーに関心を持っていたが、彼女にとってエルランドは"おじさん"であり、ヘンリックとの海辺での抱擁こそが永遠のものと思われた。しかしヘンリックは、彼女にいい所を見せようと崖から海に飛び込んで全身打撲で危篤に陥り、彼女とエルランドに看取られて死ぬ。ヘンリックの日記を密かにポケットにしまい込んだエルランドは、マリーを抱いて求夏の遊び ベルイマン02.jpg愛する。そして再び現在。マリーは自分を訪ねたエルランドに会うが、彼との愛人関係は既に終わっているものであることが窺える。彼は復縁を望んで日記を送ってマリーを呼び寄せたのだが、彼女はそれを拒んで劇場へ戻る。また楽屋の鏡を前にぽつねんと座る彼女。同僚が化粧を落とすのが怖いのかと冷やかし、舞台監督が彼女のバレリーナとしての衰えを容赦なく指摘する。そこへ、現在の恋人ダヴィッドが現れ、彼と口論しながらも彼女は、自分を理解してくれ、とヘンリックの日記を渡す。晴れ晴れした気持ちで化粧をぬぐった彼女。そして、翌日の出番前、舞台袖に現れたダヴィッドは無言で彼女を抱く。キスするためつま先立ちした彼女はそのまま舞台に出ていく―。

夏の遊び ベルイマン 00.jpg イングマール・ベルイマン(1918-2007/享年89)の1951年公開作で、この頃から映画監督ベルイマンとしてのスタイルが確立したとされています。映画の構成は、主人公のバレリーナの現在の意識の流れの中に、彼女の過去の記憶がフラッシュバック的に挿入されていくという点で、後の「野いちご」('57年)を思わせるものがありますし、過去の思い出を光輝く美しさの中に描いている点でも「野いちご」を思わせます(醜悪で気難しい老婆が出てくるところもだが)。

 ベルイマン自身は後に、「自分の作品の中で一番好きなのは『夏の遊び』だ。『第七の封印』は頭で作ったが、これは心で作ったのだ。この映画には私自身の青春の一部が反映されている」と述べていて、ベルイマン本人の記憶と経験を基に作られた映画であり(16歳の夏に家族と過ごした島で経験した初恋がモチーフになっているという)、学生時代の書いた小説「マリー」を自らが脚色したものです。主人公のマリーのモデルはベルイマンが知っていた少女で、実際には彼女は死ぬのですが、映画では少女の相手の青年が事故死する設定になっています。つまり、女性が主人公になっているところが、そして、映画における主観的存在を自分からと切り離した独自のキャラクターとしているところが、後に続くベルイマンの「女性映画」の原点であると言われるのと同時に、「映画監督ベルイマンとしてのスタイルが確立した」と言われる理由かと思います。

夏の遊び ベルイマン03.jpg 思い出の中の夏の別荘地での若い2人の恋が、北欧の太陽と森と湖面のまばゆい輝きを背景に美しく描かれており、それらのシーンの明るさは、暗いトーンを主体とした現在の彼女が置かれている状況―バレリーナである自分がプリマドンナとしてのピークをもう過ぎて、その座を明け渡す日が近いことが予感され、更に、過去を引き摺ったまま今の恋人とも一歩を踏み出せず口喧嘩ばかりで、そこへ、初恋の人の死の哀しみにつけ込まれかつて愛人関係を結んでしまった男が復縁を求めて訪ねてきたという状況(状況そのものがもうかなり暗い)―のシーンと対比的に描かれることで、更にその明るさを増して見えます(この瑞々しい明るさは、とても1950年代初めに作られた作品とは思えないほど)。

夏の遊び ベルイマン04.jpg 一方で、この眩い光に包まれた思い出も、初恋の人の事故死によって悲劇に終わるわけであって、光と影の強烈なコントラストにどこか不吉な予感が漂うとみてとれなくもなく、それは、「現在」における主人公の甘美な回想としての、そして、何度思い返しても悲劇に終わることが運命づけられている思い出であることを表しているのかもしれません(フラッシュバックの手法を取っているが、主人公の現在の意識の流れの一部としての回想であるということになる)。

 主人公はこれまで何度も何度もこの思い出を反芻してきたのでしょう。主人公が別荘を再訪したのは、そうした思い出にケリをつけるためだったのかもしれません。最後に主人公は、<思い出は甘美だが、発展のない遊びにすぎない。たとえ多少の問題があろうと、現在の幸せをつかむように努力すべきではないか>という考えになり、新聞記者の恋人を受け容れようとしており、その部分が映画的には救いになっているかと思いますが、そうした心境に至る理由づけがやや弱いようにも思いました。そのため、映画全体としては、最後に「救い」はあったものの、それまでの暗いトーンの方が勝っていて(「白夏の遊び640.jpg夏の遊び641.jpg鳥の湖」を踊るシーンなども明らかに意図的に暗い)、その「現在」のシーンの「暗さ」によって、思い出のシーンの「明るさ」がより一層に際立って印象に残った映画でした。ということで、結局シーンとしては「明るさ」が一番印象に残ったわけですが、それは眩いばかりの明るさであると同時に、儚(はかな)さのようなものを伴った明るさだったとも言えるかもしれません。

夏の遊び232.jpg夏の遊び636.jpg「夏の遊び」●原題:SOMMARLEK(英:SUMMERPLAY)●制作年:1951年●制作国:スウェーデン●監督:イングマール・ベルイマン●製作:アラン・エクルンド●脚本:イングマール・ベルイマン/ヘルベット・グレヴェーニウス●撮影:グンナール・フィッシェル●音楽:エリク・ノルドグレン●時間:90分●出演:マイ・ブリット・ニルソン/ビルイェル・マルムステーン/アルフ・チェリン/スティーグ・オリーン/ゲオルグ・フンキースト●日本公開:1992/09●配給:アルバトロス・フィルム●最初に観た場所:早稲田松竹(15-10-05)(評価:★★★★)●併映:「第七の封印」(イングマール・ベルイマン)

      



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和田泰明

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