【2426】 ○ 張藝謀(チャン・イーモウ) (原作:鮑十(パオ・シー)) 「初恋のきた道」 (99年/中国) (2000/12 ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント) ★★★★

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チャン・ツィイーの可憐さと終盤の畳み掛けるような感動を呼ぶ"効果"。

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初恋のきた道 [DVD]」 チャン・ツィイー(章子怡)

「初恋のきた道」 (99年/中国).jpg 都会で働くルオ・ユーシェン(孫紅蕾(スン・ホンレイ))は、父の急死の知らせを受け故郷である中国華北部の小さな山村、三合屯(サンヘチュン)へ帰郷する。老いた母は悲嘆にくれるばかりで、遺体は町の病院に安置されたまま。母が遺体を担いで帰る昔ながらの葬式をすると言い張るが、村は老人と初恋のきた道 写真.jpg子供ばかりで遺体の担ぎ手がいない。母はまた、棺に掛ける布も自分が織ると言い張った。そんな母の姿を見つめる中、ユーシェンはふと一枚の写真に目がとまる。結婚直後の若き日の父と母が並んだ写真。母は赤い服を着ている。彼は村の語り草ともなった、若き日の父(鄭昊(チョン・ハオ))と母(章子怡(チャン・ツィイー))の恋愛物語を思い出す―。

 張藝謀(チャン・イーモウ)監督の1999年作品で、後に日本で「幸せ三部作」と呼ばれるようになる3作の第1弾「あの子を探して」('99年)に続く第2弾にあたる作品です(第3弾は「至福のとき」('00年))。前作はヴェネチア国際映画祭で「秋菊の物語」('92年)に次いで2度目の金獅子賞(グランプリ)を受賞し、この作品も第50回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員賞)を受賞。主人公の母親の娘時代を演じたチャン・ツィイー(1979年生まれ)は19才で本作の主役に抜擢されてデビュー、張藝謀作品ではベルリン国際映画祭金熊賞の「紅いコーリャン」('87年)での鞏俐(コン・リー、1965年生まれ)以来の話題の新人となりましたが、コン・リーが当時21歳で力強いヒロインを演じたのに対し、こちらは2歳若い分、可憐で一途なヒロイン像となっている感じでしょうか(因みに、第50回ベルリン国際映画祭の審査員長はコン・リー)。

初恋のきた道 チャン03.jpg 「紅いコーリャン」の時と違うのは、「紅いコーリャン」の頃は張藝謀の監督作品は中国国内では上映禁止だったのに、この「初恋のきた道」の頃には中国政府にも受け入れられるようになっていたということで、張監督はその後2008年の北京オリンピックの開会式および閉会式のチーフディレクターを任されるまでになり、これを体制に取り込まれた《堕落》と見る向きもあるようです。確かにそうした見方もあるかと思いますが(一応、この作品の中にも文化大革命批判が見られるが、それまでの同監督の作品ほどには先鋭的ではない。それでも中国のある年代の人が観れば暗い時代を思い出さずにはいられないだろうが)、そうした政治的なことはともかく、「紅いコーリャン」でみせた骨太の演出とダイナミックな映像美はこの作品でも充分に堪能できるかと思います。

初恋のきた道 チャン02.jpg 主人公が出てくる現在の部分はモノクロで、若き日の父と母のラブストーリーの部分はカラー(主人公は語り手となる)。2人の恋愛物語において、村に教師としてやった来た父と母の関係は、正確には教師と生徒ではなく、教師とただの村の娘というそれ以上に開きがあるものでしたが、それでも憧れの先生に猛烈にアタックをかけるチャン・ツィイーがいい(田舎娘らしいドン臭い走り方が"効果"的?)。その恋愛は、政治的理由で何年も会えないという過酷なものでしたが、障壁があればあるほど想いが強まるという意味では、ある種、"王道的"乃至"定番的"に描かれている恋物語のようにも思いました(同監督の「菊豆<チュイトウ>」('90年)のような"毒"を含んだ作品ではない)。

初恋のきた道 02.jpg 終盤モノクロの現在に話が戻って、かつての教え子たちが遠方からも含め百人ほども集って棺を担ぎ、誰も報酬を受け取らないというというのがスゴイ。吹雪の雪道を黙々と歩むその姿は感動的ですが、彼らは主人公にとっては知らない人ばかりだったという―。地方に留まり40年教師を続けた父親の偉大さがここにきて主人公の視点から浮彫りになり、そう言えば、若き日の父の話で母との恋愛の部分は映像化されていたのに対し、父の教える様子は「声が良かった」という母の述懐を主人公が語るといった間接表現になっていて実際のその姿の映像が無かったのが、逆にこの葬送シーンでの感動を引き起こす"効果"に繋がっていたように思います(因みに現在の母親を演じたのは女優ではなく素人)。

初恋のきた道04.jpg これで終わらないのがこの監督のスゴイところ。父の棺は今は使われていない古井戸の傍に運ばれて埋められ、それは父が教えていた学校のすぐ傍。つまり、雪が積もっていて初めはよく分からなかったけれども、父の教え子たちが棺を担いだ葬送の道程はまさに母親にとって「初恋のきた道」であって、ここにきて母親が遺体を担いで"帰る"昔ながらの葬式を望んだ理由が浮き彫りになります。

Wo de fu qin mu qin(1999).jpg そして更に最後に、父の意向に反して教師の職を継がなかった主人公が、そのことを父は残念がっていて一度でもいいから教壇に立って欲しがっていたしそれは自分の願いでもあるという母の意向を汲み、都会に帰る日となった翌朝、取り壊し前の古い教室で子供達を集め1時間だけ授業を開き、そこで父が初めてこの教壇に立った時に読んだ文章と同じ文章を読むという―この親孝行がこれまた感動的。

 やがてモノクロの主人公とカラーの若き日の父が重なり(これは母親からの視点か)、と思ったら、今度はそれを見つめるモノクロの母親がカラーの娘時代へと。エンディングは、子供達と行く若き父とそれを追う若き母―。映像の使い方というものを知り尽くしている感じで、とりわけ終盤は畳み掛けるような"効果"の連続でした。但し、演出の力によって小手先感が無くなっており、仮にそういう"効果"が後から窺えたとしても、分析する前に感動させられてしまっているという感じでしょうか。まあ、いい映画ってそういうものですが。
Wo de fu qin mu qin(1999)

初恋のきた道 06.jpgチャン・ツィイー.jpg 可憐な演技を見せたチャン・ツィイーは、次回作「グリーン・デスティニー」('00年/中国・香港・台湾・米国)がアカデミー外国語映画賞を受賞し、一気にスターダムに駆け上がることとなります。

チャン・ツィイー(章子怡) 

初恋のきた道 タイトル.jpg「初恋のきた道」●原題:我的父親母親/THE ROAD HOME●制作年:1999年●制作国:中国●監督:張芸謀(チャン・イーモウ)●製作:趙愚(ツァオ・ユー)●脚本:鮑十(パオ・シー)●撮影:侯咏(ホウ・ヨン)●音楽:三宝(サンパオ)●原作:鮑十(パオ・シー)●時間:89分●出演:章子怡(チャン・ツィイー)/鄭昊(チョン・ハオ)/孫紅雷(スン・ホンレイ)/趙玉蓮(チャオ・ユエリン)●日本公開:2000/12●配給:ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント●最初に観た場所:渋谷・Bunkamura ル・シネマ2(01-05-13)(評価:★★★★)
Bunkamura ル・シネマ1.jpgBunkamura ル・シネマ内.jpgBunkamura ル・シネマ2.jpgBunkamuraル・シネマ1・2 1989年9月、渋谷道玄坂・Bunkamura6階にオープン

    
     
 



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和田泰明

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