【2396】 ○ 水木 しげる 『星をつかみそこねる男―水木しげる漫画大全集065』 (2016/01 講談社)《『巷説近藤勇:星をつかみそこねる男(Comコミックス別冊)』 (1972/12 虫プロ商事)/『劇画 近藤勇―星をつかみそこねる男』(1989/07 ちくま文庫)》 ★★★★

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近藤勇の人生の「空しい」部分をしっかり捉えるとともに、それに対する作者の共感が感じられる。

星をつかみそこねる男 2016 .jpg星をつかみそこねる男 6.jpg 星をつかみそこねる男 s.jpg
 『星をつかみそこねる男 (水木しげる漫画大全集)

水木しげる7.jpg 昨年['15年]11月に満93歳で亡くなった水木しげる(1922-2015)が、「月刊漫画ガロ」(青林堂)の1970年10月号から1972年10月号に連載した作者初の伝記漫画で、'13年6月より順次刊行中の『水木しげる漫画大全集』(全108巻(103巻+別巻5巻)の予定)の第2期配本の1つ(№065)。作者あとがきによれば、近藤勇の一生を描くことになったのは、1968(昭和43)年頃から京王線の調布に住むことになり、付近を散歩していて偶然近藤勇の墓に"面会"したのがきっかけだそうです。

巷説近藤勇20.jpg星をつかみそこねる男 _T.jpg 巻末資料にもある通り、もともと「星をつかみそこねる男」というタイトルで連載されたにも関わらず、最初に1972年に虫プロ商事の「COMコミックス」別冊として1冊にまとめられ(「なぜか(「ガロ」の青林堂ではなく)虫プロから刊行(された)」と文中にあるが、連載中、作者に原稿料すら払えなかったほど当時の青林堂の経営が悪化していたことが原因と思われる)、その際のタイトルは「巷説 近藤勇」(左)で「星をつかみそこねる男」はサブタイトル新撰組風雲録 水木しげる.jpg的に表紙にあったのみでした(背表紙や奥付にはない)。1978年に新人物往来星をつかみそこねる男 1・2.jpg社からハードカバー単行本として出された際のタイトルは「新選組風雲録」(右)でサブタイトルなしです。1986年に講談社KCデラックスより2分冊で刊行された際のタイトルは「新選組夜話 近藤勇」(左)に改題されており、1989年刊行の筑摩書房・ちくま文庫版では「劇画 近藤勇」(左下)となっています。表紙にのみサブタイトル的に「星をつかみそこねる男」とありますが、正式な書名とはなっていません(総扉がないので正式タイトルかどうか不明)。2004年に世界文化社からアリババコミックとして星をつかみそこねる男 ちくま文庫.jpg軽装版が出た際は「新近藤勇 世界文化社.jpg選組 近藤勇」(右)がタイトルで、「星をつかみそこねる男」はやはりキャッチコピー扱いと、今回の全集刊行まで一度も正式タイトルの扱いで刊行されたことがなかったとのことです(厳密に言うと、キャッチコピー的に使用されたことはあっても"サブタイトル"として使用されたことすらほぼなかったことになる)。

劇画近藤勇―星をつかみそこねる男 (ちくま文庫)』['89年]


 全集版のこの回の解説を(解説は毎回執筆者が変わる)自らも『新選組』('00年/PHP文庫)などの作品がある黒鉄ヒロシ氏が担当していますが、この作品の特徴を「徹底して突き放した俯瞰の笑い」としていて、自分も黒鉄氏と同じように感じました。新選組物にありがちな陰惨さを過剰には描かず、むしろ、それを虚無の笑いに転換させているとでも言うか...(黒鉄ヒロシ氏はこの作品について、省略の大胆さもスゴイともしているが、個人的には、よく資料を調べた上でそれを行っているように思えた)。

 新選組において、それまで人気の高かった近藤勇と、そうでもなかった土方歳三の評価が逆転したのは、司馬遼太郎の『燃えよ剣』('64年/文藝春秋)によるところが大きいとされていますが、司馬遼太郎は、主人公の土方歳三を「義に生きた男」の典型として描いているのに対し、近藤勇の方は、最後はただ大名になりたかっただけの「勘違い人間」のように描いています。一方、水木しげるも、「星をつかみそこねる男」というタイトルから窺えるように、近藤勇の人生の「空しい」部分をしっかり捉えていますが、その上で、そうした人物を物語の「主人公」としている点に、司馬遼太郎との違いがあるように思います。

 これについて、全集版付録の「茂鐵新報」によると作者は、自分の体験した戦争ではいいことが一つもなく、多くの人が空しく死んでいき、そうしたことから、空しい内容の話を描くときには熱が入り、成功者の話などは自分は書きたくないとインタビューで語ったそうです(「えすとりあ」季刊3号「水木しげる特集」インタビュー)。つまり、あと一歩のところで成功することが出来なかった近藤勇の空しい人生そのものに、作者は共感を覚えたということです(従って、「俯瞰の笑い」ではあるが「冷笑」ではない)。まさにこの作品のテーマを表す「星をつかみそこねる男」というタイトルがこれまで使われてこなかったのが不思議です。

 因みに、巻末に「幕末の親父」という短編作品が付されていますが(初出は旺文社『中二時代』'72年1月号)、この新選組隊士・吉村貫一郎を主人公とする話は、浅田次郎氏が『壬生義士伝』('00年/文藝春秋)で描き、滝田洋二郎監督によって「壬生義士伝」(03年/松竹)として映画化されてもいて、浅田次郎氏同様、子母澤寛の『新選組物語』(「隊士絶命記」)を参照していると思われます(実際には吉村貫一郎は鳥羽伏見の戦いで行方不明となり、その後どうなったか判っていない)。

【1972年コミックス化[虫プロ商事(COMコミックス『巷説近藤勇』)]/1978年単行本化[新人物往来社(『新選組風雲録』)]/再コミックス化[講談社(KCデラックス『新選組夜話 近藤勇(上・下)』)]/1989年文庫化[筑摩書房・ちくま文庫(『劇画近藤勇』)]/2004年軽装版[世界文化社(アリババコミック『新選組近藤勇』)]/2016年全集版[講談社(『星をつかみそこねる男―水木しげる漫画大全集065』)]】

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