【2395】 ○ 青山 文平 『つまをめとらば (2015/07 文藝春秋) ★★★★

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表題作だけでなく、それぞれに楽しめた短編集。直木賞受賞はまずまず妥当か。

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つまをめとらば』(2015/07 文藝春秋)

2015(平成27)年下半期・第154回「直木賞」受賞作。「ひともうらやむ」「ついかせぎ」「乳付(ちつけ)」「ひと夏」「逢対」「つまをめとらば」の6編を収録。

 「ひともうらやむ」は、縁戚関係にある長倉克巳・庄平の親友関係を描きながら、男にとって身近だが実はその実態が見えにくい妻という存在のミステリアスな面を描き出しています。克巳は本家の総領であって眉目秀麗で目録の腕前を持つ秀才、庄平は分家の総領で釣り師としては一流だが...。克巳は医者の娘で"ひともうらやむ"美人の世津を妻にするが、結局どうなったか(美人妻というのは怖い)。一方の庄平の妻はごく平凡な女でしたが、平凡なように見えて実は結構したたかでした。これはこれでちょっと怖いとも感じられ、結局女はみんな怖い?

 「つゆかせぎ」は、妻の朋を急な心臓の病で失ったばかりの主人公の男が、妻が自分の知らないところで女だてらに怪しげな戯作を書いていたことを知り、自らも俳諧の道を究めようとして中途半端に終わった自分に妻が飽き足らなかったのではないかと。そんな折、地方廻りの行きずりに抱いた女・銀は、2人の子がいて食い詰めているために身を売っているくせに、更に子を得たいがために男に抱かれるという女だった。この世には自分が想っていたよりも遥かに怪しく、ふくよかな世界があるのだと思い知らされる男―。

 「乳付」は、神尾信明に嫁ぎ一家の跡取り・新次郎を産んだ民恵が、産後の肥立ちが悪く我が子にすぐに自分の乳を与えさせてもらえず、瀬紀という遠縁の妻女に乳付をしてもらうことになったことに不安を募らせる。瀬紀は民恵と同じ年だったが、女でも魅入られてしまうほどに輝いていたため、民恵は危うく悋気を起こしそうになるが、最後にそれが義母の優しさであったことが分かる―。

 「ひと夏」は、部屋済みである高林啓吾が、石山道場奥山念流目録の腕前を持ちながら、誰もが赴任しても2年ともたないという藩の飛び地に赴任を命じられ(いわば左遷なのだが)、現地に赴任すると百姓たちは藩の役人をあからさまに見下す中で彼らと少しずつ交わっていき、そうした中やがてある事件が起きる―。この話も全く女気の無い話ではなく、前任者に手出しすれば一揆が起きると釘を刺されたタネという女と主人公との交わりが出てきます。

 「逢対」は、無役の旗本だが、お役につきたいと望むこともなく、算学の面白さに惹かれている竹内泰郎が、よく行く煮売屋の女主・里と男女の仲になる。里を嫁に貰おうと思いつつも踏ん切りがつかない泰郎は、先に今まで向き合ってこなかった武家というものをきちんと知ろうと思い立ち、幼馴染の北島義人と共に、無益の者が出仕を求めて権力者に日参する「逢対」に同行する。すると、長年「逢対」に通っている義人ではなく自分が呼び出されることになる―。ベースは友情物語だけれど、やはり男と女の考え方の違いのようなものが描かれています。

 「つまをめとらば」は、女運がなさすぎる省吾が、たまたま十年以上も顔を合わせていなかった幼馴染の貞次郎と再会し、貞次郎は省吾の家の庭にある貸家が空いていると聞き、そこに住まわせてくれるよう頼み込んでくる。中年男2人が離れで同居生活を始めるようになって、それぞれに男暮らしの楽さに浸るが、貞次郎は借りるときに話していた結婚相手を一向に家作に迎えようとしない―。これって、読んでいて、何となく最後はこうなるなあという予感はあったかも。

 作者について個人的には、「松本清張賞」を獲った『白樫の樹の下で』('11年/文藝春秋)で"今後が期待できる作家"との印象を受け、その後『鬼はもとより』('14年/徳間書店)で「大藪春彦賞」、そしてこの作品で「直木賞」と順調にきた感じでしょうか。但し、67歳での直木賞受賞は、1990年に68歳で受賞した故・星川清司に次ぐ2番目の高齢受賞だそうです。

 作者によれば、「所収の『ひと夏』は一番最初に書いた短篇でした。それから『乳付』『つゆかせぎ』と3本書いたところで、短編集をまとめる話が出ました。その3本が巧まずして女性のことを書いていたので、それなら"女性の底知れなさ"というようなテーマで書いていこうと、あとの3本はそれを意図して書きました。作品の配列は編集者の主導でしたが、さすがだと思いました」とのことで、"作品の配列"とかも編集者がやるのだなあと。
 
 表題作だけでなくそれぞれに楽しめましたが、どれがベストかは人によって分かれるでしょう。『鬼はもとより』が直木賞候補になった際に、話が上手くまとまり過ぎているというような評価があったように思いますが(今回も評価は割れたみたい)、カタルシス効果と予定調和が相関関係にあって、個人的にはなかなかベストが決めにくいです。登場人物が爽やかすぎるとか、サラリーマン小説みたいだと言われるフシもあるようですが、藤沢周平の作品だって「たそがれ清兵衛」ではないですが、容易に現代のサラリーマンに置き換えられるものがあります。作者も最近は「平成の藤沢周平」などと言われているようですが、サラリーマン小説風に言えば佐高信氏が言うところの「向日派」というか(佐高信氏は高杉良、城山三郎を「向日派」とし、清水一行を「暗部派」としている)、藤沢周平よりも更に明るいかも。これは、『白樫の樹の下で』以来のこの人の持ち味であり、個人的には、星4つの評価。星5つまでいかないけれど、「直木賞受賞」はまずまず妥当ではないかと思います。

【2018年文庫化[文春文庫]】

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