【2374】 ○ 村上 春樹 『女のいない男たち (2014/04 文藝春秋) ★★★★

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何れも単純素直に「面白かった」。作者なりに一つの「新機軸」を打ち出した?。

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女のいない男たち』(2014/04 文藝春秋)「文藝春秋」(2014.2)2016年文庫化『女のいない男たち (文春文庫 む 5-14)

 『東京奇譚集』以来作者9年ぶりの短編集で、「ドライブ・マイ・カー」「イエスタデイ」「独立器官」「シェエラザード」「木野」「女のいない男たち」の6編を収録。「女のいない男たち」のみが書き下ろしで、その他の短編5編のうち4編は、「文藝春秋」2013年12月号から2014年3月号に「女のいない男たち」という副題付きで連載されていました。「女のいない男たち」というタイトルからヘミングウェイの『男だけの世界』"Men Without Women"へのオマージュかとも思われましたが、「男だけの世界」と言うより「女を失った男たちの物語」を描いた一連の短編集でした。

 「ドライブ・マイ・カー」は、妻を亡くした50歳手前の俳優・家福が、専属ドライバーとして雇った若い女性に自分の亡き妻の浮気のことを話すというもの。女優であった妻は生前に複数の男と不倫をしており、家福はどうしてもその理由が理解できず、妻がガンで死んだ後に妻のセックスフレンドであったと思われる男と知り合うが、それはただのつまらない男だった。そのため逆に彼は、妻はなぜそんな男に抱かれたのかを悩む。ドライバーの若い女性はそれを「病のようなものだ」と言う―。

 「イエスタデイ」は、早稲田大学に通う20歳の僕・谷村から見た東京生まれだが完璧な関西弁を話す浪人生・木樽(ビートルズのイエスタデイに関西弁の日本語歌詞をつけて歌う特技を持つ)の話。ある時僕は木樽から、幼馴染でもある木樽の彼女と付き合ってくれと言われ、一度だけデートするが、彼女は木樽以外の男と付き合っていて、それに感づいた木樽は姿を消す―。

 「独立器官」は、プレイボーイの美容整形外科・渡会が、夫子のある女性に恋に落ちるが、その女性がまた別に好きな男がいて失恋したために、拒食症により死んでしまうという話。彼女は、顔色変えずにウソをつき、渡会は「すべての女性には、嘘をつくための特別な独立器官のようなものが生まれつき具わっている」と語る。但し、渡会のほうも、その独立器官を用いて恋をしていた―。

 「シェエラザード」は、羽原という男性がなぜか「ハウス」という所に送り込まれて外出を禁じられているが、そこへ「連絡係」の女性が定期的に訪れ、食事などを作った後に羽原とセックスをするという話。彼女はその際に、千夜一夜物語さながらに興味深い話を次々としてくれるため、男は鱒を待つ「やつめうなぎ」のように女性が来るのを待ち、来たならばそこに吸い付いて寄生していくしかない―。

 「木野」は、木野という男の話。彼は、出張から予定より早く戻った際に妻が自分の同僚とセックスしているところに出喰わしてしまい、会社を辞めて伯母から提案されていた彼女の店を引き継ぐという話を受け、バーのオーナー兼バーテンダーとなる。妻とは離婚することになり、その妻からは「私たちの間には,最初からボタンの掛け違いみたいなものがあったのよ。あなたはもっと普通に幸福になれる人だと思う」とも言われる。その頃、木野のバーの近くに住みついていた猫が姿を消し、蛇が現れ、そして木野は、カミタという謎の客から店を暫く休むように言われる―。

 表題作の「女のいない男たち」は、主人公の僕が昔付き合っていた恋人が自殺したと言う連絡を、彼女の夫から電話で伝えられるというところから始まる話。彼女である「エム」は、かつて僕と2年だけ付き合ったことがあり、エムを狙う男は沢山いて、彼女はいろいろな男(水夫)の船に乗せられたが、その死によって完全に姿を消した。それに自分の過去の部分も封印されてしまうのか。「一人の女性を失うというのは,すべての女性を失うことでもある」。「女のいない男たち」の一人として、強烈な孤独感の中で、僕はエムの幸福を祈る―。

 この作者にしては珍しく「まえがき」があり、作品をどういう順番で書いたかなどが明かされていて、それによると、「ドライブ・マイ・カー」「木野」「イエスタデイ」「シェエラザード」「独立器官」の順で書き(但し「木野」は推敲に時間がかかって何度も書き直し,雑誌掲載も「イエスタデイ」の後になったとのこと)、最後の「女のいない男たち」はこの連作の単行本化のための書き下ろしであるそうです。

 本当は主人公たちの喪失感を共有する味わい方をすべき作品群なのかもしれませんが、個人的には何れも単純素直に面白かったと言うか、前作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』('13年/文藝春秋)がノーベル賞狙いではないとは思いますがあまりに「思惟小説」であっただけに、この揺り戻しにややほっとした感じでしょうか(俗っぽくなったと言う人もいるが)。

 とりわけ、まえがきによれば執筆時期が重なるという「木野」と「イエスタディ」が面白く感じられました(文芸評論家の加藤典洋氏は日経新聞の書評で「シェエラザード」と「木野」を評価していた)。「木野」は前半部分にヘミングウェイの『男だけの世界』の中にあるハードボイルドの1つの原型とも言われる「殺し屋」を想起させるものがあり(因みに表紙カバーの絵も元々は「木野」の挿画)、「イエスタディ」は恋愛が成就する話などではないのに只々可笑しかったです。

 全体として、評判の高い作者の初期短編集に匹敵する面白さだったように思いますが、かつての短編作品やこれまでの長編作品の傾向と異なり、中年男性が主人公になっているものが多いのも特徴と言えるのではないでしょうか。『海辺のカフカ』にしても『1Q84』にしても『色彩を持たない多崎つくる...』にしても、少年乃至青年、または大人になった主人公が少年期や青年期に精神的に立ち戻るような話ばかりだったことを考えると、作者なりに一つの「新機軸」を打ち出したともとれるように思います。

【2016年文庫化[文春文庫]】

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