【2360】 ◎ フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク 「善き人のためのソナタ」 (06年/独) (2007/02 アルバトロス・フィルム) ★★★★☆

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エピローグの抑制の効いた展開。ラストの主人公の一言に感動させられた。

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善き人のためのソナタ 1.jpg 1984年、東西冷戦下の東ベルリン。国家保安省(シュタージ)局員のヴィースラー大尉(ウルリッヒ・ミュー善き人のためのソナタ 0.jpgエ)は、後進の若者たちに大学で尋問の手法を講義する教官をしている。ある日、ハムプフ文化相(トーマス・ティーメ)の意により、劇作家のドライマン(セバスチャン・コッホ)と舞台女優である恋人のクリスタ(マルティナ・ゲデック)が反体制的であるという証拠を掴むよう命じられる。国家を信じ忠実に仕えてきたヴィースラーだったが、かつての同期ヴォルヴィッツ(ウルリッヒ・トゥクル)が今は国家保安省の中佐として彼の上司となっている。但し、この盗聴作戦に成功すれば彼にも出世が待っていた。しかし、権力欲にまみれた大臣や、それに追従し自らの政界進出のために手段を選ばないヴォルヴィッツを見るにつけ、彼のこれまでの信念は揺らぐ。更に、盗聴器を通して知る劇作家のドライマンと恋人クリスタの、これまで彼が経験したことのなかった自由、愛、音楽、文学の世界に影響を受け、いつの間にか新しい価値観が彼の中に芽生えてくる―。

善き人のためのソナタ 4.jpg フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督33歳の時の初の長編作品であるとともに、ヨーロピアン・フィルム・アワード主要3部門制覇、アカデミー賞外国語映画賞受賞など多くの賞を受賞した出世作でもあり、映画監督ヴェルナー・ヘルツォークは「ドイツ映画史上、最も素晴らしい作品である」との賛辞を寄せています。記録文書のリサーチだけで4年を費やしたとのことで、人類史上最大の秘密組織と言われる"シュタージ"の内幕を正確に描いているそうです(撮影も当時の建物などが使われた)。ストーリーの本筋そのものは実話ではありませんが、断片的には当時の記録や証言をもとに多くの実話的要素を織り込んでいるようです。

善き人のためのソナタ 2.jpg ある意味、人は変われるかということをテーマにしている作品ともいえ、公開当時は"シュタージ"にヴィースラーのような人間はいなかったとの批判もあったようです。更には、作品の描かれ方としても、ヴィースラーの変化が一部には唐突感をもって受け止められたようですが、個人的には、ヴィースラーの変わっていく様子は、ウルリッヒ・ミューエの抑制の効いた演技によって説得力をもって伝わってきました。

善き人のためのソナタ 3.jpg スパイ映画的な緊迫感もあって、エンタテインメントとしても上手いと思いました。ただ、終盤に大きな悲劇があって、ここで終わりかと思ったら、ややもの足りない印象も。ところが話はやや長めのエピローグへと入っていきます。エピローグが長い映画でいい作品は少ないように思われ、どう落とし込むのかと思ったら、最後はいい意味で予想を裏切り、オリジナリティのある展開で大感動させてくれました。

善き人のためのソナタ 5.jpg ベルリンの壁崩壊後に自分達が盗聴されていたことを初めて知ったドライマン。では当時なぜ当局にすぐさま検挙されることが無かったのか、その謎を探るうちにある真実が浮かび上がり、その"当事者"に行き着く―。当のヴィースラーは、ベルリンの壁崩壊前は国家保安省で閑職に追いやられていましたが、ベルリンの壁崩壊後もチラシを投函する仕事をしていて、かつての大学教員の面影は無く落魄しています。しかし、ドライマンは彼を見つけても声を掛けないし、駆け寄って有難うと言って抱きついたりもしない―この抑制がいいです。でも、作品としてのカタルシスという面ではどうかなと思ったら...。

善き人のためのソナタ 6.jpg 最後、ヴィースラーは相変わらずチラシ配りをしています。そのヴィースラーが偶々ドライマンの新刊の広告を書店前で見かけて店に入り、その著作『善き人のためのソナタ』を手にしてページをめくった時に、もう何が出てくるか、さすがにここまでくれば観ていて分かってしまうのですが、やはり感動してしまいます。そして、ギフト用に包みましょうかと声をかける若い店員に、「私のための本だ」と言ったときのヴィースラーの表情といい、その表情のストップモーションで終わるエンディングといい、カタルシス全開でした(ラストで一番泣かせてくれるというのがニクイ)。

 この作品の中には、幾つもの相似形・相対系が見られたように思います。例えば、好色の文化相に蹂躙されボロボロになって帰って来たクリスタを責めることなく慰めるように受け入れるドライマンと、モダンで無機質な印象を受ける部屋にコールガールを呼ぶ孤独なヴィースラーとの対比、或いは、権力者に弄ばれるクリスタと、それを見ながら自分も同じように権力者に使役されていることを悟るヴィースラー(クリスタが当初は当局の協力者だったならば、その変化という意味でもヴィースラーと重なる)、ドライマンを天井裏から監視する善き人のためのソナタ9.jpgヴィースラーと、終盤のヴィースラーを発見するも観察するだけのドライマン、大学で尋問手法の講義で使われたヴィースラーが被尋問者の人格を否定するかのように番号で呼ぶ場面と、本の献辞の中にあったHGW XX/7というヴィースラー自身を指すコード(但し後者は、ドライマンにとっては自分を助けてくれた恩人の唯一の手掛かりとなり、ヴィースラーにとっては自らの人生の選択が正しかったことを再確認させるものとなった)、等々。

Yoki hito no tame no sonata (2006) .jpg ヴィースラーを演じたのウルリッヒ・ミューエの抑制の効いた演技が何と言っても素晴らしかったですが、彼自身も東ドイツ時代にシュタージの監視下に長年置かれていた経験の持ち主であるとのことです。この作品に出演した翌年の2007年7月に癌のため54歳で逝去しているのが惜しまれます。

「善き人のためのソナタ」●原題:DAS LEBEN DER ANDEREN(英題:THE LIVES OF OTHERS)●制作年:2006年●制作国:ドイツ●監督・脚本:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク●製作:クヴィリン・ベルク/マックス・ヴィーデマン●撮影:ハーゲン・ボグダンスキー●音楽:ガブリエル・ヤレド/ステファン・ムーシャ●時間:137分●出演:ウルリッヒ・ミューエ/マルティナ・ゲデック/セバスチャン・コッホ/ウルリッヒ・トゥクル/トーマス・ティーメ/ウーヴェ・バウアー/フォルクマー・クライネルト/マティアス・ブレンナー●日本公開:2007/02●配給:アルバトロス・フィルム●最初に観た場所:渋谷・シネマライズ(07-04-01)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(15-06-09)(評価:★★★★☆)
Yoki hito no tame no sonata (2006)
    
シネマライス31.JPGシネマライス9.JPGシナマライズ 地図.jpgシネマライズ 1986年6月、渋谷 スペイン坂上「ライズビル」地下1階に1スクリーン(220席)で「シネマライズ渋谷」オープン。1996年、2階の飲食店となっていた場所(1986年6月から1991年6月まで「渋谷ピカデリー」だった)に2スクリーン目を増設。「シネマライズシネマライズ220.jpgBF館」「シネマライズシアター1(2階)(303席)(後のシネマライズ)」になる。2004年、3スクリーン目、デジタル上映劇場「ライズX(38席)」を地下のバースペースに増設。地下1階スクリーン「シネマライズBF館(旧シネマライズ渋谷)」2010年6月20日閉館(地下2階「ライズⅩ」2010年6月18日閉館)。2011年、編成をパルコエンタテインメントに業務委託。地上2階「シネマライズ」2016年1月7日閉館。[写真:2015年11月26日/ラストショー「黄金のアデーレ 名画の帰還」封切前日]

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