【2364】 △ 小津 安二郎 (原作:オスカー・シスゴール) 「その夜の妻」 (1930/07 松竹蒲田) ★★★

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アメリカ映画に影響を受けた小津のモダニズム作品だが、急ごしらえの感も。山本冬郷が渋い。

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その夜の妻 [VHS]」(主演:岡田時彦/八雲恵美子)/「あの頃映画 松竹DVDコレクション 「その夜の妻/非常線の女」

 橋爪周二(岡田時彦)は病床に伏している娘みち子(市村美津子)の治療費を工面するため、夜の街で拳銃強盗に入り、金を盗んだ後、追う警官隊から逃れタクシーで妻子の待つ家へ向かう。周二は妻のまゆみ(八雲恵美子)に奪った金を渡し、みち子の病気が治ったらその夜の妻Sono yo no tsuma (1930) .jpgその夜の妻8.jpg自首すると告その夜の妻5 .jpgげる。その時、周二が乗って来たタクシーの運転手が訪ねてくる。実はタクシーの運転手に変装した刑事の香川(山本冬郷)だった。上がり込んだ香川にまゆみは銃を突きつけ、周二にみち子の看病を頼む。しかし、夫婦は眠り込んでしまい香川はピストルを取り戻すが、朝まで逮捕は待つと言う―。
Sono yo no tsuma (1930)
 1930(昭和5)年7月公開の無声映画作品で、神保町シアターでピアノ伴奏付きで鑑賞。当時モダン志向の若者たちに人気があったハイカラ娯楽雑誌「新青年」の同年3月号に掲載されたオスカー・シスゴールの短編小説「九時から九時まで」を原作に野田高梧が脚色したものであるとのことで、進取の精神に溢れると言うか、着想から映画完成までの間隔が短いというか...(3月に読まれた雑誌の小説が翻案され7月に映画となって公開されていることになる)。

その夜の妻01.jpg アメリカ映画に影響を受けた小津のモダニズムが表れている作品とされていますが、海外物を急ごしらえで日本向けにしたためか全体にどことなくぎこちなさのある作品で、突っ込みどころは満載。娘の治療費工面のためにいきなり拳銃強盗とは如何かというのもあるし、その割には、その夜が容態のヤマ場であるはずの当の娘は結構元気そうだったりして...。ただ、「非常線の女」('33年)などにおけるストーリーの展開方法や映像の技術的な部分は、すでにこの作品で出来上がっている印象は受けます。

監督 小津安二郎 蓮實重彦 増補決定版.jpg 「その夜の妻」、「淑女と髯」('31年)、「非常線の女」など、多くの映画評論家が失敗作とみなしていたり、評論することを避けて通ったりするようなこの頃の作品を絶賛し、復権させたのが蓮實重彦氏ですが、蓮實氏の様々な評価ランキングを見ると、この「その夜の妻」が「非常線の女」の上に来る時と、「非常線の女」が「その夜の妻」の上に来る時があり、微妙なところでしょうか。『監督 小津安二郎 〈増補決定版〉』(2003/10 筑摩書房)』では「その夜の妻」の方をより絶賛していたように思え、また、最近では、「蓮實重彦が選んだアジアンベストテンと監督」というのに、「人情紙風船」(山中)、「鶴八鶴次郎」(成瀬)、「残菊物語」(溝口)と並んで、この「その夜の妻」(小津)が入っているようです。

 個人的には(蓮實氏ほどの慧眼を持たぬためか)どっちもどっちかなという印象ですが、「非常線の女」におけるトレンチコートを着た田中絹代が拳銃を構える姿に比べれば、まだこの「その夜の妻」の着物姿で拳銃を構える八雲恵美子の方が、着物姿なのにサマになっていたでしょうか。

その夜の妻03.jpg それと、刑事役の山本冬郷(1886-没年不明)の'渋さ'が良かったです。おそらく小津がこの時目指していたであろう〈スタイリッシュなフィルム・ノワール〉を最も体現していていたのがこの山本冬郷ではなかったでしょうか。早稲田大学政治経済科を中退後渡米し、舞台や映画に出演した人で、ハリウッド映画への出演歴もあります(敵役が多かったようだ)。顔つき自体がアメリカのギャング映画に出てきそうなタイプで、それがやがて病気の娘を抱える夫婦に温情を見せるようになるという流れは予想がつくのですが、その強面ぶりがどう変化するのか、ついつい引き込まれてしまいます(それに比べると、当時美男子で鳴らしたはずの岡田時彦の演技は、スタイリッシュとは言い難い気がした)。

 冒頭の強盗に入った岡田時彦が警官に追われて夜の街を逃げ回るシーンなどにはハリウッド映画の影響が見られる一方、壁に映る影の扱い方などにはドイツ表現派の映画を感じさせ、小津自身が、映画の中で様々なチャレンジをしていることは窺えます(岡田時彦の演技もドイツ表現主義風だったのか?)。

その夜の妻02.jpg アメリカ映画の雰囲気に近づけようとしたのかよく判りませんが、主人公夫婦の住まいの壁にアメリカ映画のポスター(「Broadway Scandals」(その夜の妻 .jpg'29年))などが貼られていて、「大学は出たけれど」('29年)にも、就職が決まらない主人公の部屋の壁に「ロイドのスピーディ」('28年)のポスターがありましたが、娘の治療費に困っている割には何だか余裕だなあという印象も受けました(その他にも外国映画の大判のパネルのようなものが部屋にごろごろあって、まるで映画会社の倉庫で撮っているみたい)。

その夜の妻図1.jpg 着物姿の八雲恵美子が刑事役の山本冬郷に紳士帽を被らされる場面があり、諸々のアンバランスはすべて小津の計算によるものであるというのがその夜の妻55.jpg蓮實先生の見方であるようですが(「非常線の女」のトレンチコートも拳銃も似合わない田中絹代然り)、個人的にはその辺りは今後の'研究課題'ということにし、とり敢えずは星3つにしておきます(「非常線の女」と同じになってしまったが、細かく言えばややこちらが上か。これも、その時の気分で変わるかも)。

斎藤達雄(医者)/笠智衆(警官・ノンクレジット)
その夜の妻 saitou .jpgその夜の妻 警官の笠智衆.jpg「その夜の妻」●制作年:1930年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧●撮影:茂原英雄●原作:オスカー・シスゴール「九時から九時まで」●時間:66分●出演:岡田時彦/八雲恵美子/市村美津子/山本冬郷/斎藤達雄/笠智衆(ノンクレジット).●公開:1930/07●配給:松竹キネマ●最初に観た場所(ピアノ伴奏付きで):神保町シアター(14-01-06)(評価:★★★)

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