【2340】 ◎ 末延 芳晴 『原節子、号泣す (2014/06 集英社新書) ★★★★☆

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小津映画を原節子の号泣を通して読み解く。先行する小津映画論に堂々と拮抗する内容。

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原節子、号泣す (集英社新書)

 文芸評論家による小津映画論で、女優・原節子に注目しながらも、とりわけ小津作品において〈紀子三部作〉と呼ばれる「晩春」('49年)、「麦秋」('51年)、「東京物語」('53年)に注目、何れの作品もヒロインを演じた原節子が全身を震わせて泣き崩れる場面があり、そのことを指して小津が不滅の名を残し得たと言っても過言ではないとしています。

 「泣く」という行為を切り口に、小津映画の主題と思想に迫っていくアプローチは興味深く、ドナルド・リチー、佐藤忠男、高橋治、蓮實重彦、吉田喜重らの先行する小津映画論に拮抗する、堂々たる小津映画論になっていたように思います。WEBマガジンでの連載の新書化ということで、個人的には軽い気持ちで手に取って読み始めましたが、実は最初から充分にそれら先行者を意識して書かれていたわけであり、読み終えてみれば新書としては贅沢なほどに"高密度"な内容になっていたように思えました。

 第1章「ほとんどの小津映画で女優たちは泣いた」では、小津が女優に泣かせている作品は、現存する37本の小津作品のうち、8割を超える30作品に上るとし、小津作品に見られるそうした「泣く」という演技を5つのパターンに分類しています(こうした手法自体、目新しいように思えた)。第2章「小津映画の固有の主題と構造」では、小津映画の主題として、家族の関係性や、その中における父や母、妻や子供などの一方の欠落、和解、娘の結婚、幸福な家族共同体の崩壊と喪失、老いと孤独と死を指摘しています。

 第3章「思想としての小津映画」では、ロー・アングルから映画を撮ることへの拘りに既に小津の思想性があるとし、更に、小津は幸福の思想―即ち幸福なる家族の共同関係性に拘り、同時に、その幸福なる関係性の限界を描いた、つまり、幸福の共同体が崩壊し、大いなる喪失(死)と再生のドラマが描かれるのが小津作品であり、「そのギリギリの臨界点において、原節子は幸福の共同体から去っていくことを決意し、崩壊がまさに始まろうとする直前に、必ず号泣している」と指摘しています。そして、先に挙げたドナルド・リチー、佐藤忠男、高橋治、蓮實重彦、吉田喜重らの名を引きながらも、小津映画の「思想」と「真実」は未だ十分に読み抜かれていないとし、〈紀子三部作〉で原節子が見せた「号泣」の演技を通して明確に現れることとなった小津の思想的本質の「真実」について検証し、全面的に解き明かそうとした試みもまた殆どないとしています。

 第4章「原節子は映画の中でいかに泣いたか」では、小津映画以外で原節子が泣いた山中貞雄監督の「河内山宗俊」('36年)と熊谷久虎監督の「上海陸戦隊」('39年)を取り上げ(この両作品での原節子の役どころは非常に対照的であると)、第5章「原節子をめぐる小津と黒澤明の壮絶な闘い」では、黒澤明が原節子をどのように使い、それを観て小津が原節子をどう使ったかを"闘い"として捉えており、具体的には、小津は、黒澤明の「我が青春に悔いなし」('46年)における原節子の演技の限界を見極め、全く別の方向で彼女の資質を生かすべく「晩春」('49年)での彼女の使い方を構想したとのことです。

 実はここまでは本論の前フリのようなもので、第6章から第9章にかけての、〈紀子三部作〉と呼ばれる「晩春」「麦秋」「東京物語」での原節子が号泣する場面を軸とした丹念な分析こそが本書のヤマであり、また、読んでみて実際面白かったです。そして、最後に第10章で、その後の原節子出演の小津映画について論じています。

『晩春』(1949年).jpg この内、「晩春」については、第6章と第7章の2章分を割いており、まず第6章で、「晩春」における晩春 1949 旅館のシーン.jpg原節子の小津映画初めての号泣場面を分析した後、第7章で、「娘は父親と性的結合を望んでいたか」というテーマを扱い、これまで多くの映画評論家が指摘してきたこの作品に対する読解(高橋治『絢爛たる影絵』、蓮實重彦『監督 小津安二郎』など)に対し、エディプスコンプレックス論や「近親相姦」願望論はあり得ないとして排し、娘が嫁に行かずに父親といたいのは、非在の母親と同化することで、父親と幸福な時間を共有していたためであって、旅館で打ち明けられた「このままお父さんといたいの晩春 壺.png」という娘の言葉は、父親の再婚を承認し、自らは「妻」も座から降りて「娘」として甘えたいという気持ちの表れであり、更には、そこにもう一つの隠された、ねじくれた「復讐」感情があったとしています。結局、本書も蓮實重彦ばりにかなりの深読みになっている印象はないこともないですが、例の「壺」の解釈も含め、一定の説得力はあったように思います(表層から入る方法論的アプローチは蓮實重彦的だが、目の付け所が違うため、異なる結論になっているという印象。床の間の壁は外したのではなく、カメラレンズのテクニックだろう)。

麦秋における原節子の号泣.jpg『麦秋』(1951年) .jpg 第8章では「麦秋」について、これを幸福な家族共同体の崩壊を描いた作品として捉え、その中での原節子の号泣の意味を探っていますが、その号泣によって「麦秋」が「晩春」を超えた作品となっていることを、演技論ではなく作品の意味論、テーマ論的に捉えているのが興味深かったです。個人的には、この部分を読んで'我が意を得たり'とでも言うか、本書でも「晩春」だけ2章を当てているように、いろいろ論じ始めると「晩春」の方が論点は多いけれど、作品としては「麦秋」の方がテーマの幅広さ(大家族の崩壊)プラス無常感のような深みという面で上回っているように思いました。最高傑作とされる「東京物語」に向けて、「晩春」の時から更に"進化"していると言っていいでしょうか。

 これら3章に比べると、第9章で「東京物語」について「失われた自然的時間共同体」とい観点から論じているのはやや既知感のある展開でしたが、「幸福な時間」の終焉を小津映画の共通テーマとみるここまでの論旨に沿っており、また、それを原節子の、今度は抑制された号泣ではあるものの、同じくその「泣くこと」に集約させて(作品テーマの表象として)論じているという点では一貫性があり、本書のタイトルにも沿ったものとなっていたように思いました。
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末延芳晴(すえのぶ よしはる)
1942年東京都生まれ。文芸評論家。東京大学文学部中国文学科卒業。同大学院修士課程中退。1973年欧州を経て渡米。98年まで米国で現代音楽、美術等の批評活動を行い、帰国後文芸評論に領域を広げる。『正岡子規、従軍す』(平凡社)で第24回和辻哲郎文化賞受賞。『永井荷風の見たあめりか』(中央公論社)、『寺田寅彦 バイオリンを弾く物理学者』(平凡社)他著作多数。

原節子さん死去 - 号外:朝日新聞.jpg朝日新聞「号外」2015年11月25日


 

 
 
 

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元女優の原節子(はら・せつこ、本名・会田 昌江=あいだ・まさえ)さんが9月5日、肺炎のため神奈川県内の病院で死去したことが25日分かった。95歳。横浜市出身。1963年(昭38)の映画出演を最後に表舞台には出ず、その後の生活はほとんど知られていなかった。(スポニチアネックス/2015年11月25日)

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This page contains a single entry by wada published on 2015年11月21日 00:06.

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