【2313】 ◎ 「新潮45」編集部 『凶悪―ある死刑囚の告発』 (2009/10 新潮文庫)《(2007/01 新潮社)》 ★★★★☆ (○ 白石 和彌 「凶悪 (2013/09 日活) ★★★☆)

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「手続の一環としての殺人」という怖さ。映画化されたが、原作は原作、映画は映画という感じ。

凶悪 ある死刑囚の告発.jpg「新潮45」編集部 凶悪 2007.jpg      凶悪 dvd.jpg 映画 凶悪 リリー・フランキー.jpg
凶悪―ある死刑囚の告発 (新潮文庫)』['09年]/『凶悪 ある死刑囚の告発』['07年]/「凶悪 スペシャル・プライス [DVD]」/映画「凶悪」['13年/日活](リリー・フランキー)

 人を殺し、その死を巧みに金に換える"先生"と呼ばれる男がいる―雑誌記者が聞いた驚愕の証言。だが、告発者は元ヤクザで、しかも拘置所に収監中の殺人犯だった。信じていいのか? 記者は逡巡しながらも、現場を徹底的に歩き、関係者を訪ね、そして確信する。告発は本物だ! やがて、元ヤクザと記者の追及は警察を動かし、真の"凶悪"を追い詰めてゆく。白熱の犯罪ドキュメント―。(「BOOK」データベースより)

凶悪 ある死刑囚の告発 2.jpg 死刑判決を受けて上訴中だった元暴力団組員の後藤良次被告人が、本書の著者である雑誌「新潮45」の編集長を介して、自分が関与した複数事件(殺人2件と死体遺棄1件)の上申書を提出したことにより、後藤が「先生」と慕っていた不動産ブローカーが3件の殺人事件の首謀者として告発された、所謂「上申書殺人事件」のドキュメント。雑誌「新潮45」が2005年に報じたことによって世間から大きく注目されるようになり、2007年に単行本化され、2009年に文庫化、文庫では、「先生」が関与した1つの殺人事件が刑事事件化し、この不動産ブローカーに無期懲役の判決が下ったというその後の経緯が書き加えられています(ここで初めて、三上静雄という「先生」の本名が明かされている)。

 数多い犯罪ドキュメントの中でも、取材者が警察に先行して真相に迫っていく内容であり、その点で先ずグイグイ引き込まれます。一方で、この元暴力団組員に「先生」と呼ばれる不動産ブローカーの周辺では7件もの不審な死亡・失踪が起きていることが分かったのに対し、事件化したのは元暴力団組員の告発した3件のみで、しかも、立件されたのはその内の1件のみ―ということに対する無力感も。「先生」にはその1件により無期懲役の判決が下り、告発した暴力団組員はそのことにより死刑囚でありながら懲役20年の判決が下ります。

 死刑囚である元ヤクザの後藤が、自らの死刑判決がますます揺るぎないものになるかもしれないのに隠された犯罪を明るみに出すのは、自分を裏切った「先生」に対する復讐であり、自らの減刑に一縷の望みを懸けるよりも、のうのうと娑婆で生き続けている「先生」への復讐を遂げなければ、死んでも死にきれないという気持ちなのでしょう。著者の接見によれば、三上を死刑に追い込めなかったのは残念だったが、二度と社会に出られない状況に追いやったことで、一定の満足感は得ているようです(後藤本人は現在、死刑確定囚としての再審請求中)。

凶悪 映画 リリー・フランキー.jpg凶悪 映画  ピエール瀧.jpg 本作は2013年に映画化されました。スクープ雑誌「明潮24」に、東京拘置所に収監中の死刑囚・須藤(ピエール瀧)から手紙が届き、記者の藤井(山田孝之)は上司から須藤に面会して話を聞いて来るように命じられる―。白石和彌監督によるこの映画化作品「凶悪」の方は、後藤(映画内では"須藤")をピエール瀧が、三上(映画内では"木村")をリリー・フランキーが演じましたが、元々俳優が出自ではなかった2人を主役に配したことで逆にドキュメンタリー感が出て、配役で半分は成功が決まったようなものだったかも(と言ってもこの2人だからこそ、のことだが)。ピエール瀧、リリー・フランキーと日本アカデミー優秀助そして父になる 3.jpg演男優賞を受賞、リリー・フランキーは、本作品の翌週に公開された是枝裕和監督の「そして父になる」('13年/ギャガ)では真木よう子との夫婦役で暖かな家庭の父親役を演じており、その演技の幅が話題になりました。但し、配役が映画を決定づけるとはよく言われますが、いい意味でも悪い意味でも、「原作は原作、映画は映画」といった感じになった気もします。

映画「凶悪」ピエール瀧/リリー・フランキー
凶悪 ある死刑囚の告発  eiga.jpg 個人的には、2人の演技は悪くないと思いましたが、記者の家族とか上司の女性など原作では描かれていない人物が出てきて、それなりにサイドストーリーを成しているのが却って邪魔に感じられました。映画では、ピエール瀧(須藤)とリリー・フランキー(木村)が拮抗していますが、この事件の怖さは、文庫版の終わりの方にそれぞれ写真がある、どう見てもヤクザにしか見えない後藤よりも、ごく普通のどこにでもいそうな初老の男性にしか見えない三上の方にあるのでしょう。記者の周辺人物を描く余裕があれば、それよりも、三上(映画内では"木村")の方をじっくり描いて欲しかった気がします。


映画「凶悪」ピエール瀧/リリー・フランキー.jpg 映画では"木村"はシリアルキラーであるとともにサイコパス的な残忍さも持っているような描かれ方で、殺人を楽しんでいるような印象さえ受けますが、原作で著者は、三上の最初の殺人は衝動的なものであり、その結果に自分でもパニくって、後藤に後の処理を頼んだところ上手くいったので、それで他人の土地資産を搾取するために後藤を手先に使うようになったというのが実態のようです。

 別に殺人に対する特段の指向(嗜好)があるのではなく、不動産登記の書き換えのような手続作業の一環の中に殺人も含まれているという感じで、自分の家族は大事にしているのに、他人に対してはその命を奪うことに何ら逡巡せず、むしろビジネスの一環であるかのように事を進めているのが、三上の本当に怖いところではないでしょうか。

凶悪 ある死刑囚の告発 リリー。フランキー.jpg 映画では、ラストで記者に対して"木村"が、自分が死刑にならず無期懲役で済んだことについて勝ち誇ったような挑発的態度を取る場面がありましたが、これは先に述べたように、間違いなく多重殺人の計画犯であり首謀者でありながら、その罰が無期懲役で済んでいることに対して観客が感じる理不尽さをひっくり返して代弁しているような映画的な設定乃至は人物造型であり、実際の三上は、控訴していることからも窺えるように、どうすれば"娑婆"に戻れるかを依然として模索し、犯した罪については最後までシラを切り通すタイプではないかという気がします。

池脇千鶴/リリー・フランキー/山田孝之/ピエール瀧
0映画「凶悪」.jpg凶悪 映画.jpg「凶悪」●制作年:2013年●監督:白石和彌●製作:鳥羽乾二郎/ 十二村幹男/赤城聡/千葉善紀/永田芳弘/齋藤寛朗●脚本:高橋泉/白石和彌●撮影:今井孝博●音楽:安川午朗●原作:新潮45編集部編「凶悪―ある死刑囚の告発」●時間:128分●出0映画「凶悪」山田孝之.jpg「凶悪」 池脇千鶴.jpg演:山田孝之/ピエール瀧/リリー・フランキー/池脇千鶴/白川和子/吉村実子/小林且弥/斉藤悠/米村亮太郎/松岡依都美/ジジ・ぶぅ/村岡希美/外波山文明/廣末哲万/九十九一/原扶貴子●公開:2013/09●配給:日活(評価:★★★☆)
山田孝之(雑誌「明潮24」の記者・藤井修一[モデルは「新潮45」編集部・宮本太一])/池脇千鶴(修一の妻・洋子)
        
《読書MEMO》
●ピエール瀧容疑者、韓国紙幣で薬物吸入か 自室から押収(2019年3月13日朝日新聞DEGTAL)
ピエール瀧容疑者、.jpg

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