2015年8月 Archives

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小津の映画に対する姿勢や、小津を師と仰いだ笠智衆の気持ちが伝わって来て良かった。

大船日記4.jpg小津安二郎先生の思い出.jpg小津安二郎先生の思い出 (朝日文庫 り 2-2)

大船日記―小津安二郎先生の思い出』 
 笠智衆(1904-1993/享年88)のことを、生涯を通じて"大根役者"だったという人もいますが、確かにそういう見方も成り立つような気もします。その"大根"を逆手に取ったのが小津安二郎監督だったのかも。"演技派"などという言葉とは縁のない、素朴で味わいのある人間像を笠智衆という役者から引き出し、世間をして彼のことを"偉大なる大根役者"と言わしめたのは、ある意味、小津の戦略が功を奏した結果であったようにも思います。

 本書はその笠智衆が小津安二郎の思い出を"書き下ろし"ならぬ"語り下ろしたもので、笠智衆が亡くなる2年前に刊行され、'07年に文庫化されています。笠智衆自身によるあとがきがありますが、本が出来上がるまで1年近くかかったとありますから、編集者は粘り強く、笠智衆の後半生の住み家のあった大船に通ったことになります。

 笠智衆はそのあとがきで、自分は台詞以外のことを喋るのは不得手で、編集者は苦労したのではないかというようなことを述べていますが、一度、NHKのフィルムアーカイブか何かで笠智衆のインタビューがあったのを観た時は、本書にもある、笠智衆が小津安二郎に重用され始めた頃、松竹の城戸四郎社長に「君は小津くんに可愛がられておかしなことになってるね」と言われたのが、山田洋次監督の「家族」('70年)に出た時は、同じ城戸社長に、「良かったよ」と言われたという話(この時初めて城戸社長から褒められたとのこと)と全く同じを、映画の台詞を話すような笠智衆独特のトーンで話していました。

 こちらが「この人、もしかして"大根"じゃないかな」と思ったりする前に、自らが、自分は演技が下手で、小津安二郎監督から最もダメを出された俳優であると言っており、そうした話が何度も出てくるので、却って愛着を持ってしまうというか...。因みに、笠智衆にとっての「憧れの一発OK組」は新劇の俳優に多かったらしく、その代表格は杉村春子だったそうです(確かに抜群に上手かったと思う)。男優では佐分利信が一番で、NGが多かったのは、佐野周二、三井弘次、佐田啓二だったけれども、何れも小津先生と親しかったから先生が言いやすかったのだろうと。それに対し、自分はそれほど先生とは親しくなかったので、単にダメだったのだろうと、とことん謙虚。ここまで謙虚だと、"大根"じゃないかと思っても貶せなくなり、その内、実は本当は"上手い"ということにるのかなと思ったりもするから不思議です。

 小津映画の撮影に纏わる話も興味深く、「若き日」('29年)では、赤倉のロケでスキー場に1週間ほど行ったが、出番が殆ど無くて、スキーだけ上手くなって帰ってきたとのこと、スキー初心者だったのが、1週間の撮影が終わって帰る頃にはスキーの腕前も上達し、山の上から駅まで滑って帰ったとのことです。

笠智衆(当時25歳) in 「学生ロマンス 若き日」('29年)
             
大人の見る繪本 生れてはみたけれど 笠智衆.jpg 「生まれてはみたけれど」('32年)にも16ミリを映写する役でちょっとだけ出ていますが、NHKで放送されたものでは、自分の出演場面に「笠智衆」と出て、却って恥ずかしかったというのが可笑しいです(実際の映画では、タイトルロールに出てくる16名の出演者名の中に笠智衆の名は無く、ノンクレジット出演だった)。

「大人の見る繪本 生れてはみたけれど」('32年)
                      

父ありき%200.png 初めて主役を演じたのは「父ありき」('42年)で、笠智衆の長男・徹氏による文庫あとがきによれば、本書の中にある「私の代表作は『東京物語』です」という言葉は笠智衆の晩年の心境で、実はずーっとこの「父ありき」が好きだったようです(大部屋俳優の時期が長かっただけに、初主演作にはそれだけ思い入れがあったのかも)。

「父ありき」('42年)
                     
晩春 曾宮周吉2.jpg 小津安二郎の演出に対して「先生、それは出来ません」と答えた唯一のケースが、「晩春」('49年)のラストでの〈慟哭シーン〉だったことはよく知られていますが、主人公の笠智衆は、娘・原節子を嫁にやった日の夜、一人自宅でリンゴの皮を剥き、そこで<慟哭する>というのが小津監督の要求で、その時は、そこで<慟哭する>のは"なんぼ考えてもおかしい"と思ってそう言ったようですが、今考えるとやるべきだった、監督の言ったことはどんなことでもやるのが俳優の仕事だと言っているのが興味深いです(批評家に「眠っているみたいだ」と評されて憤りを感じたといったことも関係しているのか)。
「晩春」('49年)
秋刀魚の味 東野.jpg また。「晩春」では、小料理屋でビールを飲むシーンで、本物のビールを飲んでしまい顔が真っ赤になって撮影が中断したというのも面白いです。それ以降、ビールを飲むシーンでは、笠智衆だけ麦茶を飲んでいるそうです(日本酒を飲むシーンは水を飲んでいたのか。本書によれば、中村伸郎が酒が好きで、そのため小津は本物の酒を用意したそうな。東野英治郎については、演技が上手いとは書いてあるが、本当に酔っぱらっていたとは書いてない)。

「秋刀魚の味」('62年)

 舞台裏の話も面白いですが、そうした話を通して、小津安二郎の映画づくりや俳優に対する姿勢が窺えるとともに、その小津を師と仰いだ笠智衆の気持ちなどが伝わって来て、なかなか良かったです。編集者の力なのか、笠智衆がそもそも語りが上手(ヘタウマ?)なのかよく判りませんが、NHK(?)の過去のインタビュー映像をちらったと観た感じでは、意外と後者のような気もします(笠智衆のインタビューは、本書の中でこの映画に出られたのも小津先生のお蔭と笠智衆が述べている、ヴィム・ヴェンダース監督のドキュメンタリー映画「東京画(Tokyo-Ga)」('85年)の中でも観ることが出来る) 。

Wenders and Chisyu Ryu from "TOKYO-GA(東京画)"

【2007年文庫化[朝日文庫(『小津安二郎先生の思い出』』)]】

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世界遺産となったインカ道。更にスケールが大きくなった著者のインカ探訪。

カラー版インカ帝国.jpg 『カラー版 インカ帝国―大街道を行く (中公新書)』['13年] マチュピチュ 天空の聖殿.jpgカラー版 マチュピチュ―天空の聖殿 (中公新書)』['09年]

 同じく中公新書にある著者の『カラー版 アマゾンの森と川を行く』('08年)、『カラー版 マチュピチュ―天空の聖殿』('09年)に続く第3弾で、この後『カラー版 新大陸が生んだ食物―トウモロコシ・ジャガイモ・トウガラシ』('15年)という近著が中公新書にありますが、とりあえず前著『カラー版 マチュピチュ』が良かったので、本書を手にしました。

 インカ道を歩くという意味では、岩波新書にある『カラー版 インカを歩く』('01年)に近い感じもしますが、それから12年、今回スケールはぐっと大きくなって、北はコロンビア南端、南はチリ、アルゼンチン中部まで、総延長3万キロにも及ぶカパック・ニャンと称される、帝国が張り巡らせた王道をフィーチャーしています(因みに「インカ道」は、本書刊行の翌年['14年]。にユネスコ世界遺産に認定されている)。

 海岸地方の砂漠や鬱蒼とした森林地帯、荒涼たる原野などを街道が貫いている様は壮大で、且つ、古代へのロマンを感じさせます(インカ道が"舗装"されたのは15世紀頃)。また、こんな場所に石畳や石垣でもってよく道を引いたものだという驚きもありました。著者は、実際にそうした街道を自ら歩いて、マチュピチュをはじめとした街道沿いの遺跡や、谷間に刻まれた大昔に作られ現在も使われている段々畑、その他多くの美しい自然の風景などをカメラに収めているわけですが、今もそうした道を歩けるというのもスゴイと思われ、広大なインカが求心力を保った「帝国」と足りえたのは、まさにこの「街道」のお蔭ではなかったのかと思ったりもしました("インカ"という言葉そのものが「帝国」という意味であるようだが)。

 巻頭にインカ道の地図がありますが、難を言えば、あまりにスケールが大きすぎて、文章を読んでいて今どの辺りのことを言っているのかがやや把握しづらかった箇所もあったので、もう少し地図があってもいいように思いました。また、インカの歴史などは、もう少し図や年譜を用いた解説があってもよいように思いましたが、新書という限られた枠の中で、写真の方を優先させたのでしょうか。実際、小さな写真にも美しいものがありました。

 文章も美しく、格調が高いように思われ、この人、写真家と言うより、だんだん学者みたいになっていくなあという印象も持ちましたが、実際に自分でインカ道を歩き、写真を撮っているという意味では、やはり写真家なのだろなあ。

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南半球の砂漠に1年の一時期だけ姿を現す見渡す限りの花園。写真も文章も楽しめる。

カラー版 世界の四大花園を行く.jpgカラー版 世界の四大花園を行く―砂漠が生み出す奇跡 (中公新書 2182)』['12年]

パタゴニアを行く―世界でもっとも美しい大地.jpg 同じく中公新書にある著者の前著『カラー版 パタゴニアを行く―世界でもっとも美しい大地』('11年)がすごく良くて、今南米旅行はパタゴニアに行くのが流行りとなっていますが、その火付け役となったのではないかと思われるくらい当地の魅力を伝えていたように思いました。そして、その翌年('12年)に刊行された本書もAmazon.comのレビューなどを見ると高評価であり、今度は秘境に花園を見に行く旅が流行るのかと思ったりもしましたが、まだそこまではいっていないか。
カラー版 パタゴニアを行く―世界でもっとも美しい大地 (中公新書)』['11年]

 世界の「四大花園」に該当するものが何処にあるか議論はあるかもしれませんが、著者が巡った(著者が言うところの)「四大花園」とは、南米のペルー、南アフリカのナマクワランド、西オーストラリアのパース周辺、チリの4つの地域にあり、何れも南半球にあって、通常は砂漠地帯であって、それが春など1年のある一時期だけ姿を現し、見渡す限りの花園になるといった特徴があります。

 咲いている花も、何となく日本の高山植物にもありそうなものから、いかにも南半球の固有種らしい特徴的なものまで多種多様で、風景なども併せ、それら250点以上の豊富で美しい写真が200ページほどの新書にてんこ盛りに盛り込まれています。従って、写真だけ観ていても楽しいのですが、この著者が文章の面でも優れた素質を持っていることは、既に前著『パタゴニアを行く』で個人的には確認済みです。写真を撮るだけでなく、その土地の人々との触れ合いなども描かれている点も前著からの引き続きであり、文章も楽しめました。

 著者はまずペルーの季節限定で表れる花園に驚嘆し、その地で「ここよりもすごい花園が南アフリカにあるみただぞ」といった話を聞きつけて南アフリカに向かうと言った感じで、読んでいる方もわくわくさせられます。

カラー版 世界の四大花園を行く2.jpg 4つの花園の中では、甘い香りを振りまくという瑠璃色の花が大地を埋め尽くすペルーの花園も、オーストラリアの1万2000種もの植物が爆発的に花開く花園も、真紅の花が断崖絶壁に咲き誇るチリの花園もそれぞれが魅力的ですが、個人的にはやはり、南アフリカのナマクワランドの600キロにも及ぶ花道が圧巻でしょうか。花々も何か個性的な印象を与えるものが多いように感じました。

 南米パタゴニアの魅力に憑りつかれ南米チリに移住した著者。今度は、南アフリカのナマクワランドの魅力に憑りつかれ、2011年にこの地に移住して写真を撮り続けたとのこと。その後も各地を転々としており、その様子は著者の公式ホームページ「地球の息吹」で知ることが出来ます。大体活動範囲は南半球が多いようですが、南極に行ったりエチオピアに行ったりと、或いは北欧に行ったり東南アジアに入ったりと、う~ん、なかなかアクティブだなあ。

南アフリカ・ナマクワランド
本書表紙となった地点から撮った写真(著者ホームページより)

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世界史上の先人らの生きざまに思いを馳せる本とでも言うべきか。

世界史の叡智.jpg 世界史の叡智2.jpg世界史の叡智 - 勇気、寛容、先見性の51人に学ぶ (中公新書)』『世界史の叡智 悪役・名脇役篇 - 辣腕、無私、洞察力の51人に学ぶ (中公新書)

 著者は東京大学名誉教授で、『ローマ人の愛と性』『馬の世界史』(何れも講談社現代新書)など一般向け著書も多い歴史学者(ローマ史)。本書は、古今東西の歴史上の人物についてその功績や人生、エピソードなどをエッセイ風に紹介したもので、2012年4月から週1回のペースで2年間に渡り「産経新聞」に連載されたものを(連載時のタイトルは「世界史の遺風」)、それぞれ前半と後半の51人ずつが終わった段階で新書化したものです。

 連載の後半部分を纏めた方には「悪役・名脇役」とありますが、前半にも"脇役"級は出てくるし、後半の方にも"主役"級は出てくるので、あまりこのサブタイトルは関係無かったかな。それにしても、著者はローマ史が専門ですが、古今東西、歴史上の人物を幅広く取り上げていることには感心します。西洋に限らず東洋も、更には東洋でも中国や日本に限らず、例えばアジア諸国で言えば、インド、ベトナム、フィリピンなどの歴史上の人物を取り上げています。

 なかなか頭には残らないかもしれませんが、読んでいてそこそこ楽しかったです。各冊の中で、連載で取り上げた順からその人物の歴史上の登場順に並べ変えてあってあって、体系的とまでは言えませんが、歴史の流れの中で読み進むことが出来るようになっています(途中で世界史地図を開きたくなる場面があったかなあ)。

 一方で、エッセイ風ということで、執筆時の政局時評なども枕や結語に織り込まれていて、最初はちょっと邪魔な感じもしましたが、慣れてくると、書かれて時の時局が窺えるのもそう悪くないかなあとも。大した時評でもないのですが(失礼)、これが新聞連載であったことを思い起こさせるうえで多少のシズル感はありました。

 "主役"級の知らざれざるエピソードも悪くないですが、殆ど名前しか聞いたことのないような、或いは存在自体を初めて知る"脇役"的人物のエピソードもなかなか楽しいです。但し、そうした中には歴史的ポジショニングが3ぺージ半程度の文章の中で充分に掴み切れない人物もいて、これは自らの知識の無さによるものでしょうが、さりげなく読者を選んでいるような印象も。

 殆どの人物解説においてその人物の肖像画やポートレートを掲載しているのは親切です。それぞれのまえがきが、51人の名前を織り込んで世界史を俯瞰する文章になっているのは、やや強引なところもありましたが、これが一番苦心したのではないかなと思ってしまいました。

 世界史の試験に絶対出なさそうな人が結構多いし、それだけに、読んで他人に薀蓄を垂れるようなものでもなく、一人、世界史上の先人らの生きざまに思いを馳せる本とでも言うべきでしょうか。

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基本的には黒澤和子氏の著作であり、新書化によってそのことがよりはっきりした。

黒澤明 夢は天才である.jpg 黒澤明―生誕100年総特集.jpg黒澤明の選んだ100本の映画.jpg黒澤明が選んだ100本の映画 (文春新書)』〔'14年〕
黒澤明―生誕100年総特集 (KAWADE夢ムック 文藝別冊)』〔'10年/KAWADE夢ムック〕
黒沢明「夢は天才である」』〔'99年〕

 黒澤明(1910-98)が自ら選んだ100本の映画作品にコメントしたものを、黒澤明の長女である著者が集めた、本書のオリジナル「黒澤明が選んだ100本の映画」は、黒澤明が亡くなった翌年の'99年の「文藝春秋」4月号に掲載され、同年に単行本化された『夢は天才である』('99年/文藝春秋)に収録され、更に『文藝別冊 黒澤明―生誕100年総特集』('10年/KAWADE夢ムック)にも再録されています。

 今回の新書化にあたっては、黒澤明の映画に対するコメントはそのままにして、著者が父・黒澤明から聞いていたことを新たに添え書きし、各作品のストーリーやデータを加え、スチール写真も併せて掲載しています。「黒澤明が選んだ100本の映画」の部分に特化して新書化しており、読み易いことは読み易いし、 "KAWADE夢ムック"版に比べ入手し易くなった点では有難いけれど、あまりにさらっと読めてしまって、ややもの足りない印象も受けます。

 監督1人につき1作品に限定しており、小津安二郎、溝口健二、成瀬巳喜男などの日本映画作品も入っていますが、8割方は外国映画です。1910年代の作品から90年代の作品までありますが、一番多いのは50年代(18本)、60年代(16本)、70年代(16本)、80年代(21本)辺りで、一般的に映画ファンにお馴染みの作品が多く、例えば50年代の外国映画であれば、「道」「大地のうた」「大人は判ってくれない」「勝手にしやがれ」など、よく知られている名匠・巨匠の作品をカバーしています。

 ただ、この100本が、黒澤明が選んだ「ベスト100」かと言うと、必ずしもそうではないようで、あくまで著者の黒澤和子氏が選んだものであるようです(タイトルからは黒澤明がベスト100を選んだようにもとれるが)。また、コメントの中に、父が娘に映画について語る際のそうした状況的要素、或いは娘が父の言葉を思い出す際の懐かしさを込めた要素というのも含まれているように思われ、特に後から書き加えられた部分は、黒澤明の没後10数年も経てのものであるため、資料的価値という点でどうかなという気もします。

 黒澤からファンとしてその影響を受けたジョージ・ルーカス(1944年生まれ)や、「」('90年)をプロデュースしたスティーヴン・スピルバーグ(1946年生まれ)、その「夢」に出演したマーティン・スコセッシ(1942年生まれ)のうち、取り上げられているのは黒澤が年下ながら敬愛していたというマーティン・スコセッシの作品のみで、それも「キング・オブ・コメディ」('83年)を取り上げているのが興味深いですが、こうした取捨選択が純粋に黒澤自身によるものなのか、著者である和子氏によるもの(芸術映画指向?)であるのかがよく判らないというのが、やや引っ掛かりました。

 そうした前提条件の不確かさをとりあえず置いておくならば、黒澤が自分と全く作風の異なる監督の映画を結構褒めている点が興味深かったですが、そうした中で、ウディ・アレンについて、「すごいインテリだなという感じがして、㒒の映画は単純だから嫌いだろうと思ていた」ら、「リチャード・ギアがアレンはボクのファンだと教えてくれて、うれしかった」という話は微笑ましく感じました(作風の異なる監督からファンだと言われると尚更のこと強く嬉しさを感じるのか?)。

 基本的には黒澤和子氏の著作であり、新書化によってそのことがよりはっきりしたとも言えるかも。

《読書MEMO》
●黒澤明が選んだ100本の映画 ラインアップ(『文藝別冊 黒澤明―生誕100年総特集』('10年/KAWADE夢ムック)各末尾は請求記号
1 散り行く花 D.W.グリフィス 1919 米 H@700@D5@80
2 カリガリ博士 ローベルト・ウィーネ 1919 独 H@700@D5@38
3 ドクトル・マブゼ フリッツ・ラング 1922 独 H@700@D5@565
4 チャップリンの黄金狂時代 チャールズ・チャップリン 1925 米 H@700@D5@248
5 アッシャー家の末裔 ジャン・エプスタイン 1928 仏 H@700@D5@1021
6 アンダルシアの犬 ルイス・ブニュエル 1928 仏 H@700@D5@968
7 モロッコ ジョセフ・フォン・スタンバーグ 1930 米 H@700@D5@126
8 会議は踊る エリック・シャレル 1931 独 H@700@D5@969
9 三文オペラ G.W.パプスト 1931 独 ×
10 未完成交響楽 ウィリ・ホルスト 1933 独=オーストリア ×
11 影なき男 W.S.ヴァン・ダイク 1934 米 ×
12 隣りの八重ちゃん 島津保次郎 1934 日 ×
13 丹下左膳餘話 百萬両の壺 山中貞雄 1935 日 H@700@D5@1204
14 赤西蠣太 伊丹万作 1936 日 ×
15 大いなる幻影 ジャン・ルノワール 1937 仏 ×
16 ステラ・ダラス キング・ヴィドア 1937 米 ×
17 綴方教室 山本嘉次郎 1938 日 ×
18 土 内田吐夢 1939 日 ×
19 ニノチカ エルンスト・ルビッチ 1939 米 H@700@D5@805
20 イワン雷帝 一部、二部 セルゲイ・エイゼンシュテイン 1944, 1946 ソ連 H@700@D5@14
21 荒野の決闘 ジョン・フォード 1946 米 H@700@D5@258
22 素晴らしき哉、人生! フランク・キャプラ 1946 米 H@700@D5@104
23 三つ数えろ ハワード・ホークス 1946 米 H@700@D5@289
24 自転車泥棒 ヴィットリオ・デ・シーカ 1948 伊 H@700@D5@117
25 青い山脈 今井正 1949 日 H@700@D5@1201
26 第三の男 キャロル・リード 1949 英 H@700@D5@251
27 晩春 小津安二郎 1949 日 H@700@D5@229
28 オルフェ ジャン・コクトー 1949 仏 H@700@D5@988
29 カルメン故郷に帰る 木下恵介 1951 日 H@700@D5@874
30 欲望という名の電車 エリア・カザン 1951 米 H@700@D5@292
No. タイトル 監督 製作年 製作国 請求記号
31 嘆きのテレーズ マルセル・カルネ 1952 仏 ×
32 西鶴一代女 溝口健二 1952 日 ×
33 イタリア旅行 ロベルト・ロッセリーニ 1953 伊 H@700@D5@987
34 ゴジラ 本田猪四郎 1954 日 ×
35 道 フェデリコ・フェリーニ 1954 伊 H@700@D5@101
36 浮雲 成瀬巳喜男 1955 日 ×
37 大地のうた サタジット・レイ 1955 印 H@700@D5@19
38 足ながおじさん ジーン・ネグレスコ 1955 米 ×
39 誇り高き男 ロバート・D.ウエッブ 1956 米 ×
40 幕末太陽傳 川島雄三 1958 日 H@700@D5@1200
41 若き獅子たち エドワード・ドミトリク 1957 米 ×
42 いとこ同志 クロード・シャブロル 1959 仏 H@700@D5@475
43 大人は判ってくれない フランソワ・トリュフォー 1959 仏 KH@700@D5@36 ほか
44 勝手にしやがれ ジャン=リュック・ゴダール 1959 仏 H@700@D1@8 [Laser Disc]
45 ベン・ハー ウィリアム・ワイラー 1959 米 H@700@D5@276-1
46 おとうと 市川崑 1960 日 H@700@D5@1076
47 かくも長き不在 アンリ・コルビ 1960 仏 ×
48 素晴らしい風船旅行 アルベール・ラモリス 1960 仏 ×
49 太陽がいっぱい ルネ・クレマン 1960 仏・伊 H@700@D1@135 [Laser Disc] ほか
50 地下鉄のザジ ルイ・マル 1960 仏 KH@700@D5@100
51 去年マリエンバートで アラン・レネ 1960 仏 H@700@V1@90 [VHSビデオ]
52 何がジェーンに起ったか? ロバート・アルドリッチ 1962 米 ×
53 アラビアのロレンス デヴィッド・リーン 1962 米 H@700@D5@344
54 地下室のメロディ アンリ・ヴェルヌイユ 1963 仏 H@700@D5@158
55 鳥 アルフレッド・ヒッチコック 1963 米 H@700@D5@370
56 赤い砂漠 ミケランジェロ・アントニオーニ 1964 伊 ×
57 バージニア・ウルフなんかこわくない マイク・ニコルズ 1966 米 ×
58 俺たちに明日はない アーサー・ペン 1967 米 H@700@D5@281 ほか
59 夜の大捜査線 ノーマン・ジュイソン 1967 米 H@700@D5@70
60 遥かなる戦場 トニー・リチャードソン 1968 英 ×
61 真夜中のカーボーイ ジョン・シュレシンジャー 1969 米 H@700@D5@750
62 M★A★S★H ロバート・アルトマン 1970 米 H@700@D5@255
63 ジョニーは戦場へ行った ダルトン・トランボ 1971 米 ×
64 フレンチ・コネクション ウィリアム・フリードキン 1971 米 H@700@D5@612
65 ミツバチのささやき ヴィクトル・エリセ 1972 スペイン H@700@V1@85 [VHSビデオ]
66 惑星ソラリス アンドレイ・タルコフスキー 1972 ソ連 H@700@D5@28856
67 ジャッカルの日 フレッド・ジンネマン 1973 米 H@700@D5@386 ほか
68 家族の肖像 ルキノ・ヴィスコンティ 1974 伊・仏 H@700@D5@95 ほか
69 ゴッドファーザーPARTⅡ フランシス・フォード・コッポラ 1974 米 H@700@D5@287-2-1
70 サンダカン八番娼館 望郷 熊井啓 1974 日 ×
71 カッコーの巣の上で ミロス・フォアマン 1975 米 H@700@D5@278
72 旅芸人の記録 テオ・アンゲロプロス 1975 ギリシャ H@700@D5@174-1
73 バリー・リンドン スタンリー・キューブリック 1975 米 H@700@D5@54
74 大地の子守歌 増村保造 1976 日 ×
75 アニー・ホール ウッディ・アレン 1977 米 H@700@D5@505
76 機械じかけのピアノのための未完成の戯曲 ニキータ・ミハルコフ 1977 ソ連 H@700@D5@242
77 父/パードレ・パドローネ パオロ&ヴィットリオ・タビアーニ 1977 伊 H@700@D5@193
78 グロリア ジョン・カサヴェテス 1980 米 H@700@D5@700
79 遥かなる山の叫び声 山田洋次 1980 日 ×
80 トラヴィアータ : 1985・椿姫 フランコ・ゼフィレッリ 1982 伊 H@760@D5V1@1
81 ファニーとアレクサンデル イングマール・ベルイマン 1982 スウェーデン・西独 H@700@D1@40-1 [Laser Disc]
82 フィッツカラルド ヴェルナー・ヘルツォーク 1982 西独 ×
83 キング・オブ・コメディ マーチン・スコセッシ 1983 米 ×
84 戦場のメリークリスマス 大島渚 1983 日・英 ×
85 キリング・フィールド ローランド・ジョフィー 1984 英・米 H@700@D5@163
86 ストレンジャー・ザン・パラダイス ジム・ジャームッシュ 1984 米・西独 ×
87 冬冬の夏休み ホウ・シャオシェン 1984 台湾 H@700@D5@190
88 パリ、テキサス ヴィム・ヴェンダース 1984 仏・西独 H@700@D5@16
89 刑事ジョン・ブック/目撃者 ピーター・ウィアー 1985 米 H@700@D5@774
90 バウンティフルへの旅 ピーター・マスターソン 1985 米 ×
91 パパは、出張中! エミール・クストリッツア 1985 ユーゴスラビア ×
92 ザ・デッド「ダブリン市民」より ジョン・ヒューストン 1987 米 ×
93 友だちのうちはどこ? アッバス・キアロスタミ 1987 イラン H@700@D1@281 [Laser Disc]
94 バグダッド・カフェ パーシー・アドロン 1987 西独 H@700@D5@94
95 八月の鯨 リンゼイ・アンダーソン 1987 米 ×
96 旅立ちの時 シドニー・ルメット 1988 米 H@700@D5@173
97 となりのトトロ 宮崎駿 1988 日 H@700@D5@950
98 あ・うん 降旗康男 1989 日 ×
99 美しき諍い女 ジャック・リヴェット 1991 仏 KH@700@D5@90
100 HANA-BI 北野武 1997 日 H@700@D5@42

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深海生物の魅力を多くの人に知ってほしいという著者の熱い思いが伝わってくる本。

深海生物 捕った、育てた、判った!.jpg
石垣 幸二 氏.jpg 石垣幸二氏 沼津 深海水族館.jpg 沼津深海水族館
深海生物 捕った、育てた、判った!: "世界唯一の深海水族館"館長が初めて明かす (小学館101ビジュアル新書)

 版元による本書の紹介文によれば、「著者の石垣幸二さんは、世界にも類のない深海水族館『沼津港深海水族館』の館長であり、一方で、世界中の水族館や研究施設からの依頼で希少な海洋生物を納入している"海の手配師"としても活躍しています。自分で捕獲し、飼育・観察し、水族館での展示の工夫まで考えているのです。本書では、その石垣さんが実際に捕獲し、観察しているからこそ判った深海生物の不思議な生態や、飼育・展示の苦労話などを余すところなく語り尽くします。深海生物のカラー写真もたくさん掲載しました」とのとです。

 3章構成の第1章「知れば知るほどおもしろい深海生物の魅力」は、その深海生物の紹介ですが、著者らが捕ったり生育したりした中で判ったことや苦労したことなども交えて書かれていて、シズル感がありました。それと、版元の紹介文にもある通り、写真が豊富で、取り上げた深海生物のほぼ全てに(よそから借りてきたものも含め)写真があり、これはやはりその生き物を知る上で大きいと思いました。

 深海水族館のある沼津市が面している駿河湾というのは、すぐ近くに水深200メートルの漁場もあれば水深600メートルの深海もあるという、世界でもここしかないという場所なのだなあ。それぞれの深海生物の解説も興味深く、提灯アンコウのオスはメスに噛みついて、最後はメスの体の一部となってしまうとか、海綿の1種でカイロウドウケツというメッシュ状に編まれた駕籠のような生き物は、その中にドウケツエビの幼体が入り込んで最後、雌雄1ペアだけが残って成長して出られなくなり、そのままその中で一生を送るとか...(カイロウドウケツが"偕老同穴"なのではなくてドウケツエビが"偕老同穴"なのだなあ)。

 第2章「『海の手配師』」は忙しい」は、著者が、日本大学国際関係学部卒業後、一般企業で営業マンとして活躍するも、少年時代に親しんだ海への想いを捨てきれず、潜水士として水産会社に転職し、2000年に海洋生物の生体供給会社「ブルーコーナー」を設立、"海の手配師"として世界各国の水族館、博物館、大学に海洋生物を納入し、2004年の横浜中華街「よしもとおもしろ水族館」(現ヨコハマおもしろ水族館)オープンに参画、2011年に「沼津港深海水族館」の館長になるまでを綴っており、これも版元の紹介文を引用させてもらうと、「漁の際に船を出してくれる漁師さんたちとの付き合い方、世界一のサプライヤー(生体供給業者)を目指すきっかけになった人との出会い、採算を度外視してでも誠実に仕事をして信頼を得る、捕ることよりも実は搬送のほうが難しい...深海ビジネスを初めて成功させた男といわれる石垣さんの仕事への真摯な取り組み方は、ビジネス書としても一読の価値があります」とあって、まさにその通りだと思った次第です。読んで爽やかな印象が残る章でした。

 巻末付録的な第3部「読む深海生物図鑑」も、点数を絞り込んで、その生態を詳しく解説しており、全体を通して、深海生物の魅力を多くの人に知ってほしいという著者の熱い思いが伝わってくる本でした。「捕った、育った、判った!」の「!」に誇張は感じられず、お薦めです。

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終わりが無い福島第一原発事故の検証。これを読むと原発はやめた方がいいと思わざるを得ない。

福島第一原発事故 7つの謎0.jpg福島第一原発事故 7つの謎1.jpg福島第一原発事故 7つの謎 (講談社現代新書)』['15年]

福島第一原発事故 7つの謎2.png NHKスペシャルのメルトダウンシリーズとして5つの番組を放送してきた取材班が、取材の過程で新たな証言等を得ることで、それまでわかった気でいた事実関係の確度が怪しくなり、新たな謎として立ちはだかってきたとして、その主だったものを7つ取り上げて、章ごとに検証と考察を行っています。

 まず第1章で、事故当初の3月11日、1号機の非常用冷却装置が、津波直後から動いていなかったことに、なぜ気づかなかったのかに迫り、吉田所長らは、冷却装置が止まっていることに気がつくチャンスを難度も見逃しており、なぜ、チャンスは見過ごされたのかを探っています。

 第2章では、翌12日、メルトダウンした1号機の危機を回避するためのベントが、なぜ長時間できなかったのか、その謎を解き明かし、第3章では、「1号機のベントは成功した」というのが確定した事実であったにも関わらず、吉田所長は生前に「自分は今になっても、ベントができたかどうか自信がない」という言葉を遺しており、吉田所長のこの謎の言葉をきっかけに、1号機のベントを徹底検証した結果、浮かび上がってきた新たな事実を伝えています。

福島原発   .jpg 第4章では、なぜ爆発しなかった2号機で大量の放射性物質の放出があったのか、第5章では、3号機への消防車の注水がなぜメルトダウンを防ぐ役割を果たせなかったのか、消防車が送り込んだ400トンの水はどこに消えたのか、第6章では、2号機のSR弁と呼ばれる緊急時の減圧装置がなぜ動かなかったのかについて、そして最終第7章では、「最後の砦」とされていた格納容器が壊れたのはなぜか、原発内部の最新の調査結果にメスを入れています。


手前から福島第一原発1号機、2号機、3号機、4号機

 時間を経て明らかになった意外な事実もあれば、まだ真相がよく判らない部分もあり、言えることは、1号機から3号機までそれぞれにおいて、異なる不測の事態が複数いっぺんに起きたということであり、今回の福島第一原発事故から多くの教訓を学んで今後の不測の事態に対処するというのが電力会社各社のスタンスですが、今回の事故でこれだけ対応しきれなくて、実際今度は別の原発で同様の事故が起きた場合、今回と同じように全く"経験"の無い所員や技術者たちが、知識だけで万全の対処が可能なのか大いに疑問です。

 本書を読むと、福島第一原発事故の検証には終わりが無いような気もします。そもそも、福島第一原発事故における、1号機から3号機までそれぞれにおいて起きた事態の多様性もさることながら、今度どこかで原発が被災した際に、その何れかと同じような事態が生じる可能性もあれば、それらとは全く異なる、新たな不測の事態が生じる可能性も大いに孕んでいるように思われ、電力会社がそれらに完璧に対応し切れるというイメージは湧きにくいなあと。やはり原発はやめた方がいいと思わざるを得ませんでした。

再稼働の川内原発.jpg国内の原発としては1年11か月ぶりに再稼働した鹿児島県の川内原発1号機〔NHKニュースウェブ・2015(平成27)年8月13日〕

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新人の要件は「若者でバカ者でよそ者」、芥川賞のキーワードは「顰蹙」か。

芥川賞の謎を解く.jpg芥川賞の謎を解く2.jpg
 
第79回(昭和53年上半期)の芥川賞選考委員会。左端から大江健三郎、開高健、安岡章太郎、丹羽文雄、瀧井孝作、中村光夫、井上靖、吉行淳之介、遠藤周作、丸谷才一の各選考委員。
芥川賞の謎を解く 全選評完全読破 (文春新書)

又吉直樹 芥川賞受賞.jpg 芥川賞の第1回から今日まで(第152回まで)の全ての選評を読み直して振り返ったもので、文春新書らしい企画的内容ですが、著者は読売新聞の文化記者です。因みに、最近話題になった人気芸人の又吉直樹氏の『火花』による受賞は、本書刊行の1ヵ月後に受賞が決まった「第153回」の芥川賞ということで、本書では扱っていません。

NHK「ニュースウオッチ9」(平成27年7月16日)より

太宰治23.jpg その又吉直樹氏が敬愛するという太宰治が落選して激昂したという有名なエピソードから始まって、選考の流れというか緊迫した雰囲気のようなものが伝わるものとなっています。実際、選考委員はその折々で真剣に選考に取り組んできたのでしょうが、どういった人がその時の選考委員を務めているかによって、結構、選ばれる側に運不運があるという印象を受けました。

 まあ、芥川賞が始まったばかりの頃は、受賞発表に呼ばれたマスコミであっても、それを記事にしなかった新聞社もあり、賞の創設者である菊池寛を憤慨させたりもしたようですが、そのくらいの世間の関心度だったということでしょう。賞をとれなかった太宰も、後に当時の自分を「野暮天」だったと振り返っていて、著者は、もし太宰が芥川賞をとっていたら、「天才幻想に憑りつかれ、明るさとユーモアのある中期以降の太宰はなかったかもしれない」としています。

吉行 淳之介.jpg 「第三の新人」と呼ばれる作家が、安倍公房松本清張 五味康祐.jpgと石原慎太郎、大江健三郎、開高健という戦後のスターに挟まれて芥川賞をなかなかとれず、吉行淳之介などは「今回は安岡・吉行の二作受賞で間違いない」との予想が出回って賞金をアテにして飲み歩いていたら、受賞者は五味康佑・松本清張だったという話などもちょっと面白かったです。

松本清張と五味康祐

 五味康佑は「薄桜記」が'12年にNHKのBS時代劇になるなど今でも人気。一方の松本清張も、芥川賞作家の中で最も多くの人々に読まれた作家とされているようですが(尤も、芥川賞作家であるという印象が薄いかもしれないが)、その松本清張が「ある『小倉日記』伝」で芥川賞をとった時、選考委員の坂口安吾が「この文章は実は殺人犯人をも追跡しうる自在な力」があるとして、推理小説界での清張の活躍を予見しているのは慧眼です。更に坂口安吾は、石川達三と真っ向から対立して、安岡章太郎などを推しています。石川達三は吉行淳之介の「驟雨」にも☓をつけていますが、吉行淳之介はこの作品で4回目の候補にしてようやっと受賞しました。後になって吉行が、選考委員(石川達三)の文学観に物申しているのが興味深いです。

吉村昭.jpg 吉村昭がいったんは宇野鴻一郎とのダブル受賞との連絡を受けながら、それが実は連絡の手違いで、最終的には宇野鴻一郎だけが受賞で、吉村昭は結局4回芥川賞の候補になりながらとれなかったわけですが、これについて、吉村昭が後に「落ちてくれた」と言い、「もし受賞していたら、全然違う作家になっていたと思います」と発言しているのも興味深いです。吉村昭は落ちたことを契機に記録文学に転じた作家で、それ以前の作品は「星への旅」などに見られるように、非常に"純文学色"の濃いものです。

村上春樹 09.jpg 本書では、太宰治、吉村昭の他に村上春樹も「賞をとらなくて良かった」作家ではないかとしており、村上春樹氏自身も、今は、芥川賞作家と肩書に縛られなくて良かったと考えているようです。その村上春樹の「風の歌を聴け」が芥川賞候補になるも選ばれなかった際の選評も書かれていますが、この分析については、本書でも紹介されている市川真人氏の『芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか』('10年/幻冬舎新書)に詳しいです。

石原慎太郎 芥川賞.png 田中康夫氏が「若者でバカ者でよそ者」を新人の条件として挙げたのを、高橋源一郎氏が「うまいこと言う」と言ったとのことですが、確かに言い得ているかも(2人とも芥川賞はとっていない)。本書の著者の場合は、「顰蹙」という言葉を芥川賞のキーワードとして捉えており(それにしては大人しい作品が受賞することもあるが)、その言葉を最も端的に象徴するのが、選考委員の間で毀誉褒貶が激しかった石原慎太郎氏の「太陽の季節」であり、この人は選考委員になってからも歯に衣を着せぬ辛口発言を結構していて、やっぱり芥川賞を語る上では欠かせない人物なのだろなあ。村上龍氏の「限りなく透明に近いブルー」などもそれに当て嵌まるわけで、また村上龍氏も芥川賞選考委員として個性的な発言をしていますが、石原慎太郎氏の芥川賞受賞を社会的ニュースに高めた功績は、やはり大きいものがあると言えるかも(功績ばかりでなく、川端康成が危惧したような受賞が最終目的化するというで面もあり、"功罪"と言うべきか。別に石原氏が悪いわけでもなんでもないが)。

 又吉直樹氏の『火花』は、「三島由紀夫賞」の選考の方で僅差での落選をしての芥川賞受賞ということで、落選したのが良かったのか。村上春樹の「風の歌を聴け」が、群像新人賞を、選考委員(佐々木基一、佐田稲子、島尾敏雄、丸谷才一、吉行淳之介)の全員一致で推されてとったのに、芥川賞選考に駒を進めたら、その年に丸谷才一、吉行淳之介の2人が新たに選考委員に加わったにも関わらず、強く推したのは丸谷才一だけで落っこちてしまったというのも、何かパターン的な流れのような気もするし、この頃は「該当作なし」が矢鱈多かった(第83回から第96回の間に受賞作が出たのが6回、「該当作なし」が8回)というのも影響としてあるのでしょう。

 村上春樹氏はノーベル文学書をとるとらないに関わらず、「芥川賞」の側が賞を与え損ねた代表格として語り継がれていくのでしょう。又吉直樹氏の芥川賞における位置づけも、氏のこれからの活動を経てみないと判らないですし、結局、賞を与える与えないの判断の時点である種"賭け"の要素があり、それが当たるかどうかはたで観ていて"外野席的"に面白いというのもあるかもしれません。

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「心配性で淋しがり、心やさしい泣き虫」だった黒澤。「家庭ではいいパパだった」的トーンか。

回想 黒澤明.jpg回想 黒澤明 (中公新書)』  黒澤 明 「夢」1.jpg夢 [DVD]

黒澤明2.jpg 黒澤明(1910-1998/享年88)の長女である著者が、『黒澤明の食卓』('01年/小学館文庫)、『パパ、黒澤明』('00年/文藝春秋、'04年/文春文庫)に続いて、父の没後6年目を経て刊行した3冊目の"黒澤本"で、「選択する」「反抗する」「感じる」「食べる」「着る」「倒れる」など24の動詞を枕として父・黒澤明に纏わる思い出がエッセイ風に綴られています。

 本書によれば、外では「黒澤天皇」として恐れられていた父であるけれども、実はそういう呼ばれ方をするのを本人は最も嫌っていて、気難しい面もあるけれど、「人間くさくて一直線、心配性で淋しがり、心やさしい泣き虫」だったとのこと。孫と接するとなると大甘のおじいちゃんで、相好を崩して幸せそうだったとか、実の娘によるものであるということもあって、「家庭ではいいパパだった」的なトーンで貫かれている印象も受けなくもありません。微笑ましくはありますが、まあ、男親ってそんなものかなとも(著者が意図しているかどうかはともかく、読む側としてはそれほど意外性を感じない)。

 でも、宮崎駿監督の「魔女の宅急便」('89年/東映)を夜中に観て、翌日、目を腫らして、「すごく泣いちゃったんだ。身につまされたよ」と、ポツリと言っていたとかいう話などは、娘ならではエピソードかもしれません。晩年、小津安二郎監督の作品をビデオで繰り返し見ていたとのことで、肉体的な労力を減らして、良い作品を撮ろうと勉強していたのではないかとのことです。

 著者自身、「夢」('90年/黒澤プロ)以降、衣装(デザイナー)として黒澤作品や小泉堯史、山田洋次、北野武、是枝和裕などそれ以外の監督の作品の仕事をしていて、黒澤の晩年の作品に限られますが、家庭内だけでなく、撮影の現場や仕事仲間の間での娘の目から見た黒澤監督のことも描かれており、役者やスタッフを怒鳴り散らしてばかりいるようなイメージがあるけれども、実は結構気を使っていたのだなあと(役者の躰に触れてまでの演技指導をすることはなかったという。役者のプライドを尊重していた)。ただ、これも、著者の父に対する世間の「天皇」的イメージを払拭したいとの思いも半ば込められているのかも。

黒澤 明 「夢」2.jpg黒澤 明 「夢」3.jpg 著者が最初にアシスタントとして衣装に関わった「夢」は(衣装の主担当はワダエミ)、黒澤明80歳の時の作品で、「影武者」('80年)、「乱」('85年)とタイプ的にはがらっと変わった作品で比較するのは難しいですが、初めて観た時はそうでもなかったけれど、今観るとそれらよりは面白いように思います。80歳の黒澤明が少年時代からそれまでに自分の見た夢を、見た順に、「日照り雨」「桃畑」「雪あらし」「トンネル」「鴉」「赤冨黒澤 夢 01.jpg士」「鬼哭」「水車のある村」の8つのエピソードとして描いたオムニバス形式で、オムニバス映画というのは個々のエピソードが時間と共に弱い印象となる弱点も孕んでいる一方で(「赤ひげ」('65年)などもオムニバスの類だが)、観直して観るとまた最初に観た時と違った印黒澤 明 「夢」水車2.jpg象が残るエピソードがあったりするのが面白いです(小説で言うアンソロジーのようなものか)。個人的には、前半の少年期の夢が良かったように思われ、後になるほどメッセージ性が見え隠れし、やや後半に教訓めいた話が多かったように思われました。全体として絵画的であるとともに、幾つかのエピソードに非常に土俗的なものを感じましたが、最初の"狐の嫁入り"をモチーフとした「日照り雨」は、これを見た時に丁度『聊齋志異』を読んだところで、「狐に騙される」というのは日本だけの話ではないんだよなあみたいな印象が、観ながらどこかにあったのを記憶しています。

 黒澤明はその後、「八月の狂詩曲」('91年)「まあだだよ」('93年)を撮りますが、85歳の時に転倒してから3年半は寝たきりで、結局そのまま逝ってしまったとのこと(老人に転倒は禁物だなあ)。黒澤作品って、「どですかでん」('70年)以降あまり面白くなくなったと言われますが(そうした評価に対する、自分は自分の年齢に相応しいものを撮っていうのだという黒澤自身の考えも本書に出てくる)、晩年に作風の変化が見られただけに、もう何本か撮って欲しかった気もします。

黒澤 夢 011Z.jpg「夢」●制作年:1990年●監督・脚本:黒澤明●製作総指揮:スティーヴン・スピルバーグ●製作:黒澤久雄/井上芳男●製作会社:黒澤プロ●撮影:斎藤孝雄/上田正治●音楽:池辺晋一郎●時間:119分●出演:寺尾聰/中野聡彦マーティン・スコセッシ 「夢」.jpg/倍賞美津子/伊崎充則/建みさと/鈴木美恵/原田美枝子/油井昌由樹/頭師黒澤 明 「夢」水車.jpg佳孝/山下哲生/マーティン・スコセッシ/井川比黒澤明 夢 0.jpg佐志/根岸季衣/いかりや長介/笠智衆/常黒澤明 夢 dvd.jpg田富士男/木田三千雄/本間文子/東郷晴子/七尾伶子/外野村晋/東静子/夏木順平/加藤茂雄/門脇三郎/川口節子/音羽久米子/牧よし子/堺左千夫●公開:1990/05●配給:ワーナー・ブラザーズ(評価:★★★☆)

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「手続の一環としての殺人」という怖さ。映画化されたが、原作は原作、映画は映画といった感じ。

凶悪 ある死刑囚の告発.jpg「新潮45」編集部 凶悪 2007.jpg      凶悪 dvd.jpg 映画 凶悪 リリー・フランキー.jpg
凶悪―ある死刑囚の告発 (新潮文庫)』['09年]/『凶悪 ある死刑囚の告発』['07年]/「凶悪 スペシャル・プライス [DVD]」/映画「凶悪」['13年/日活](リリー・フランキー)

 人を殺し、その死を巧みに金に換える"先生"と呼ばれる男がいる―雑誌記者が聞いた驚愕の証言。だが、告発者は元ヤクザで、しかも拘置所に収監中の殺人犯だった。信じていいのか? 記者は逡巡しながらも、現場を徹底的に歩き、関係者を訪ね、そして確信する。告発は本物だ! やがて、元ヤクザと記者の追及は警察を動かし、真の"凶悪"を追い詰めてゆく。白熱の犯罪ドキュメント―。(「BOOK」データベースより)

凶悪 ある死刑囚の告発 2.jpg 死刑判決を受けて上訴中だった元暴力団組員の後藤良次被告人が、本書の著者である雑誌「新潮45」の編集長を介して、自分が関与した複数事件(殺人2件と死体遺棄1件)の上申書を提出したことにより、後藤が「先生」と慕っていた不動産ブローカーが3件の殺人事件の首謀者として告発された、所謂「上申書殺人事件」のドキュメント。雑誌「新潮45」が2005年に報じたことによって世間から大きく注目されるようになり、2007年に単行本化され、2009年に文庫化、文庫では、「先生」が関与した1つの殺人事件が刑事事件化し、この不動産ブローカーに無期懲役の判決が下ったというその後の経緯が書き加えられています(ここで初めて、三上静雄という「先生」の本名が明かされている)。

 数多い犯罪ドキュメントの中でも、取材者が警察に先行して真相に迫っていく内容であり、その点で先ずグイグイ引き込まれます。一方で、この元暴力団組員に「先生」と呼ばれる不動産ブローカーの周辺では7件もの不審な死亡・失踪が起きていることが分かったのに対し、事件化したのは元暴力団組員の告発した3件のみで、しかも、立件されたのはその内の1件のみ―ということに対する無力感も。「先生」にはその1件により無期懲役の判決が下り、告発した暴力団組員はそのことにより死刑囚でありながら懲役20年の判決が下ります。

 死刑囚である元ヤクザの後藤が、自らの死刑判決がますます揺るぎないものになるかもしれないのに隠された犯罪を明るみに出すのは、自分を裏切った「先生」に対する復讐であり、自らの減刑に一縷の望みを懸けるよりも、のうのうと娑婆で生き続けている「先生」への復讐を遂げなければ、死んでも死にきれないという気持ちなのでしょう。著者の接見によれば、三上を死刑に追い込めなかったのは残念だったが、二度と社会に出られない状況に追いやったことで、一定の満足感は得ているようです(後藤本人は現在、死刑確定囚としての再審請求中)。

凶悪 映画 リリー・フランキー.jpg凶悪 映画  ピエール瀧.jpg 2013年に公開された白石和彌監督による映画化作品「凶悪」の方は、後藤(映画内では"須藤")をピエール瀧が、三上(映画内では"木村")をリリー・フランキーが演じましたが、元々俳優が出自ではなかった2人を主役に配したことで逆にドキュメンタリー感が出て、配役で半分は成功が決まったようなものだったかも(と言ってもこの2人だからこそ、のことだが)。ピエール瀧、リリー・フランキーと日本アカデミー優秀助そして父になる 3.jpg演男優賞を受賞、リリー・フランキーは、本作品の翌週に公開された是枝裕和監督の「そして父になる」('13年/ギャガ)では真木よう子との夫婦役で暖かな家庭の父親役を演じており、その演技の幅が話題になりました。但し、配役が映画を決定づけるとはよく言われますが、いい意味でも悪い意味でも、「原作は原作、映画は映画」といった感じになった気もします。

映画「凶悪」ピエール瀧/リリー・フランキー
凶悪 ある死刑囚の告発  eiga.jpg 個人的には、2人の演技は悪くないと思いましたが、記者の家族とか上司の女性など原作では描かれていない人物が出てきて、それなりにサイドストーリーを成しているのが却って邪魔に感じられました。映画では、ピエール瀧(須藤)とリリー・フランキー(木村)が拮抗していますが、この事件の怖さは、文庫版の終わりの方にそれぞれ写真がある、どう見てもヤクザにしか見えない後藤よりも、ごく普通のどこにでもいそうな初老の男性にしか見えない三上の方にあるのでしょう。記者の周辺人物を描く余裕があれば、それよりも、三上(映画内では"木村")の方をじっくり描いて欲しかった気がします。


映画「凶悪」ピエール瀧/リリー・フランキー.jpg 映画では"木村"はシリアルキラーであるとともにサイコパス的な残忍さも持っているような描かれ方で、殺人を楽しんでいるような印象さえ受けますが、原作で著者は、三上の最初の殺人は衝動的なものであり、その結果に自分でもパニくって、後藤に後の処理を頼んだところ上手くいったので、それで他人の土地資産を搾取するために後藤を手先に使うようになったというのが実態のようです。

 別に殺人に対する特段の指向(嗜好)があるのではなく、不動産登記の書き換えのような手続作業の一環の中に殺人も含まれているという感じで、自分の家族は大事にしているのに、他人に対してはその命を奪うことに何ら逡巡せず、むしろビジネスの一環であるかのように事を進めているのが、三上の本当に怖いところではないでしょうか。

凶悪 ある死刑囚の告発 リリー。フランキー.jpg 映画では、ラストで記者に対して"木村"が、自分が死刑にならず無期懲役で済んだことについて勝ち誇ったような挑発的態度を取る場面がありましたが、これは先に述べたように、間違いなく多重殺人の計画犯であり首謀者でありながら、その罰が無期懲役で済んでいることに対して観客が感じる理不尽さをひっくり返して代弁しているような映画的な設定乃至は人物造型であり、実際の三上は、控訴していることからも窺えるように、どうすれば"娑婆"に戻れるかを依然として模索し、犯した罪については最後までシラを切り通すタイプではないかという気がします。

凶悪 映画.jpg「凶悪」●制作年:2013年●監督:白石和彌●製作:鳥羽乾二郎/ 十二村幹男/赤城聡/千葉善紀/永田芳弘/齋藤寛朗●脚本:高橋泉/白石和彌●撮影:今井孝博●音楽:安川午朗●原作:新潮45編集部編「凶悪―ある死刑囚の告発」●時間:128分●出演:山田孝之/ピエール瀧/リリー・フランキー/池脇千鶴/白川和子/吉村実子/小林且弥/斉藤悠/米村亮太郎/松岡依都美/ジジ・ぶぅ/村岡希美/外波山文明/廣末哲万/九十九一/原扶貴子●公開:2013/09●配給:日活(評価:★★★☆)

《読書MEMO》
●ピエール瀧容疑者、韓国紙幣で薬物吸入か 自室から押収(2019年3月13日朝日新聞DEGTAL)
ピエール瀧容疑者、.jpg

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記者が独自に犯人を特定し、警察の腐敗も明るみに。まるでドラマの世界のよう。

清水潔.jpg遺言―桶川ストーカー殺人事件.jpg  桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫).jpg
遺言―桶川ストーカー殺人事件の深層』['00年] 『桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)』['04年] 清水 潔 氏

清水潔 著 『遺言〜桶川ストーカー殺人事件〜』.jpg ひとりの週刊誌記者が、殺人犯を捜し当て、警察の腐敗を暴いた...。埼玉県の桶川駅前で白昼起こった女子大生猪野詩織さん殺害事件。彼女の悲痛な「遺言」は、迷宮入りが囁かれる中、警察とマスコミにより歪められるかに見えた。だがその遺言を信じ、執念の取材を続けた記者が辿り着いた意外な事件の深層、警察の闇とは。「記者の教科書」と絶賛された、事件ノンフィクションの金字塔!日本ジャーナリスト会議(JCJ)大賞受賞作―(文庫版「BOOK」データベースより)(因みに著者は北関東連続幼女誘拐殺人事件(所謂「足利事件」所謂)の冤罪の可能性も早くから指摘していた)。

 1999年、白昼のJR桶川駅前で起きた女子大生殺害事件、所謂"桶川ストーカー殺人事件"において、被害者が周囲に残した"遺言"にこだわり、事件の真相を追い続けた写真週刊誌「フォーカス」記者(当時)のルポルタージュですが、単なるルポではなく、警察よりも早く犯人グループを突き止め、また、逃亡した犯人の行先もこれまた警察より早くより突き止めたという極めて稀なケースです。

 なぜ主要メディアを差し置いて、記者クラブにも属さない写真週刊誌の一記者によってこのようなことが成されたかというと、事件に対する上尾署(埼玉県警)の初動対応のマズさを警察が組織ぐるみで隠蔽し、事件の真相解明よりも組織防衛のために勝手に描いたシナリオの記者発表していたところを、主要メディアは唯々諾々単にそれに沿って報道していたに過ぎなかったからだという背景があったことが本書から窺えます。

 また、警察が事件の真実を捻じ曲げようとした背景には、被害者に告訴取り下げを求め、その事実をも隠蔽しようとしたという事情もあり(この警察の腐敗からくる行為も著者の取材スクープによって明るみになった)、取材の過程ではニセ警官だと思ったら実はホンモノの警官だったという、何とも言えないヒドイ話です。「告訴」調書を「被害届」に改竄しておいて、事件から5ヵ月も経って特別調査チームが調べてみたら、「驚いたことに改竄されていました。今、初めて気がついた」は、そりゃ無いでしょう。

2012年9月26日放映「ザ!世界仰天ニュース」
桶川ストーカー殺人事件発生後の埼玉県警上尾警察署(片桐敏男元刑事二課長・当時48­歳)の記者会見

 全てが劇的ですが、最大のクライマックスは、著者らが1999年末に犯人グループを独自に特定し、記事も出来上がっていたものの、フォーカス誌の校了日にまだ逮捕されておらず、記事を載せれば犯人に逃げられる可能性があるし、載せなければ載せないでこれまた逃げられるかもしれず、また何日か後に警察に逮捕されたとしても今度自分たちがこれを記事に出来るのは年が明けてからということで、ここまで追ってきたものが特ダネでもなんでもなくなってしまうというジレンマに陥ったところでしょうか。輪転機が回り始めてほぼ諦めかけたところへ、実行犯の身柄確保の報が入り、あとは、急遽記事を差し替え、身柄確保が逮捕に繋がることにかける―(仮に逮捕に至らなければ、大誤報ということになるリスクを負って)。取材に協力してくれたスタッフへの「百倍返し」という表現が出てきて、殆どドラマの世界のようです。

 被害者の元交際相手である小松和人が指名手配された翌2000年1月、著者は彼の逃亡先が北海道である可能性が高いことを突き止め、単独で北海道に向かいますが、同月、小松和人の死体が北海道の屈斜路湖で発見され、遺書があったことから自殺と判断されます。この小松というのは、本書を読む限り異常人格ではないかと思われますが、そうであろうとなかろうと死んでしまったら事の真相は分からないわけで、そうした意味でも、スッキリ解決した事件であるとはとても言えません(風俗業を営んでいた彼の背後に組織的な指図者がいたとの説もある)。

 加えて著者は、事件の裁判が、あたかも実行犯に指示をした小松和人の兄・小松武史(東京消防庁の消防士だった)があくまで"主犯"であり、本来の主犯である小松和人の存在が希薄なまま裁判が進められていくことに違和感を覚えていますが(最終的に小松武史は2006年に最高裁で無期懲役が確定)、それは警察の意図でもあるのではないでしょうか。仮に小松和人をこの事件の主犯であると定義づけてしまうと、警察は主犯を逃し、挙句の果てにその主犯を捕える前に自殺されてしまったということになるので、警察としては小松和人を事件の外に追いやって、兄・小松武史が"主犯"であるという方向へ事件を持って行ったのではないでしょうか。

 著者はその後日本テレビに転職し、2007年以降、当時殆どの人が関心を持っていなかった「足利事件」について、無期懲役が確定していた菅家利和さんは冤罪ではないかとの疑いのもと真犯人を追っており、実際あの事件では2009年に菅家さんの再審無罪が確定しており、一方、著者の方は、既に真犯人を特定し、捜査機関に情報を提供している事実を明らかにしています。

 この事件は、フォーカス誌を読んだジャーナリストの鳥越俊太郎氏が日本テレビの「スーパーテレビ情報最前線」によって2001年3月に取り上げられ(2002年には同番組版で椎名桔平、内藤剛志などの出演でドラマ化もされた)、その鳥越俊太郎氏が単行本の帯に「今どき、こんな記者がいたのか」と驚嘆の辞を寄せていますが、確かにスゴイなあと。元々記者ではなくカメラマンですから、記者やカメラマンという職種の違いに関係なく(まあ、両者は連れだって現場に赴くことが多いわけだが)、現場の感触から事件の真相を嗅ぎ分ける、ある種"才覚"のようなものがあるではないかと思いました。
 
【2004年文庫化[新潮文庫(『桶川ストーカー殺人事件―遺言』)]】

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蔵書に埋もれて亡くなった草森紳一。面白かったけれど、最後はやや侘しかった。

本で床は抜けるのか.jpg本で床は抜けるのか』(2015/03 本の雑誌社)

 ノンフィクション作家が表題通り「本で床は抜けるのか」その真相を追ったもので、'12年から'14年にかけてウェッブマガジンに連載されたものの単行本化ですが、なかなか面白かったです。

 やはり抜けることがあるのだなあと。本書に出てくる有名どころでは、井上ひさし(1934-2010)や立花隆氏など。井上ひさしの場合は、自宅の床が本で抜けた時の模様を書いていますが、先妻・西舘好子氏によると、創作も含めてかなり面白おかしく書いてとのこと。でも、床が抜けたのは事実のようです。立花隆氏の場合は、RCコンクリート構造の建物のコンクリート床の上の木の床の部分が抜けたようで、何れも2人がまだ若かった頃の話のようです。

草森紳一2.jpg草森紳一.jpg 一番凄まじいのは草森紳一(1938-2008/享年70)の話で、'08年に逝去した際は、2DKを覆い尽くした約3万冊の本の中で亡くなっているのが見つかったといい、やはり生前に本で床が抜ける経験をしており、その時の模様は自著『随筆 本が崩れる』('05年/文春新書)に書かれているとのことです(この本は、松岡正剛氏も「松岡正剛 千夜一夜」の中で取り上げている)。

森紳一氏の仕事場は文字どおり、本で埋まっていた。(「崩れた本の山の中から 草森紳一蔵書蔵書整理プロジェクト」(2008-12-07)より転載)

 因みに、井上ひさしは、先妻との離婚前後から郷里の山形県川西市に本を寄贈しており、その数は当時で13万冊にのぼったといい、草森紳一は、当面の仕事で使う可能性の少ない3万冊は、北海道の実家に建てた白い書庫「任梟盧」に別に持っており、亡くなった後の自宅の3万冊は帯広大谷短期大学に寄贈され、ボランティアによって整理が進められているとのことです。

 松原隆一郎氏のように本を偏りなくなく床に置けば床は抜けないとしていた人も、ついに書庫専用の建物を早稲田通り沿いに建てることになり、その様子もレポートされていますが、こうなると立花隆氏の「猫ビル」と同じで、もう「抜ける 抜けない」という話ではなくなってしまって、司馬遼太郎や松本清張の膨大な個人書庫同様、一般人からはやや遠い話のような気も。

後半部分は、自炊(本の電子化)による省スペース化の話も、著者の体験も含め出てきますが、これも結構手間がかかるようですし、著作権法上グレーな部分もあるようで、あまり広まらないのではないでしょうか。むしろ最初から電子書籍として刊行される本はこれから増えるかもしれないという気がします。

 でも、愛書家って、要するに「捨てられない」人でもあるのだろうなあと。そういう人って、いつの時代でも一定数いるような気もします。本書には「捨てられない」派から「捨てる」派に転じた人の話も出てきますが、病気とかそういった何かが転機になるみたいです。

 本書は、著者自身の本の引っ越しの話から始まり、最後も著者自身の再度の本の引っ越しの話で終わりますが、大鉈(おおなた)を振るった末に何とかすっきり本の整理ができた模様。但し、皮肉なことに、最後はそれに合わせるかのように奥さんと子どもに去られてしまう―というのがあまりに侘しすぎて、星半分マイナス。やはり、リアルな生活も大事にしなければなあ。

本で床は抜けるのか 2015年4月12日朝日新聞日曜日.jpg2015年4月12日(日)付「朝日新聞」読書欄

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