【2289】 ○ 江夏 幾多郎 『人事評価の「曖昧」と「納得」 (2014/11 NHK出版新書) ★★★★

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評価の曖昧性さは不可避的なもの。「公正さ」だけでは物事は回らないと。

人事評価の「曖昧」と「納得」39.JPG人事評価の「曖昧」と「納得」.jpg人事評価の「曖昧」と「納得」 (NHK出版新書 447)

 人事評価とは従業員にとって不満の対象としかなり得ないものなのか。本書によれば、人事評価には、評価者や人事担当者がどれだけ頑張っても、どうしても克服できない「組織の事情」とも言うべき難点があり、その最も端的なものが、自分(従業員)の評価の背景が「曖昧」にしか伝わってこない、というものであるとのことです。

 こうした評価の曖昧性は、必ずしも評価者や人事担当者に問題があるから生じるというものではなく、個人の評価が所属する部門や企業全体の動向に大きく左右されるものでありながら、その動向を正確に把握・統制できる主体は存在しないために生じるものであって、評価の曖昧性は、人事評価が抱える構造的な制約であるとしています。

 そこで本書では、人事評価の理想的な在り方といった考えからある意味で距離を置き、こうした曖昧性を人事評価における「真実」として評価者・被評価者の双方が理解するところから、評価に対する不満という問題の克服が始まるとしています。端的に言えば、人事評価の現実的な目標は「満足感や公正感の最大化」ではなく「不満感や不公正感の最小化」に置かれるということです。

 第1章では「人事評価の成り立ち」をおさらいし、従業員に納得してもらうための「公正な評価」とは何か、そこから見えてくる人事評価が目指すべき現実的目標は何かを考察し、第2章「曖昧化する人事評価」では、人事評価への不満と不安の背景には、人事評価における曖昧さの問題があるとしています。

 第3章「曖昧さの中での納得」では、曖昧にならざるを得ない評価に従業員が納得する道筋にどのようなものがあるかを分析し、そこには、評価制度のねらいが部分的に外れるのは仕方がない、実際に受ける評価や報酬はそう悪いものではない、自己評価を過信しない、などといった従業員自身の「現実主義的な評価観」があるとしています。

 では、どのような経験を積めば、従業員は人事評価における曖昧な状況を当然視したりするなどして、評価の曖昧さを受け入れるのか。著者は、そこには、部下である従業員と上司である管理者との関係性が決定的に重要な要因として働くとしています。それは具体的には、非公式的・日常的に上司から評価を受けていることであったり、仕事に対して充実感を抱き、自身の成長を目指していることであったり、評価者=上司に信頼感を抱いていることであったりするとしています。

 そのことを受け、第4章「職場や従業員に寄り添う人事評価」において、人事部門と現場の関係を編み直すために、人事部門の新たな役割として、地に足着いた「戦略パートナー」という考えを提唱しています。また、人事評価を「パフォーマンス・マネジメント」の手段として捉えることで、従業員の挑戦や成長への意欲を引き出し、企業の目標達成に結びつけることも重要であるとしています。

 評価の曖昧性を不可避的なものとしていったん肯定するところから議論を始め、従業員が人事評価における曖昧な状況をどう受け入れているかを分析したうえで、それでは人事部門はどう対処すべきか、どのようなスタンスで人事評価というものを捉えるべきかという順で説いているのが興味深かったです。

 研究者の書いたものですが、考察のベースには一定のフィールドワークが裏付けとしてあることが感じられ、複雑な状況を理解しているだけに、本書はまだ「中間総括」であるとの自覚もあるようです。「公正さ」だけでは物事は回らず、それ以外の大事なこともあるということを述べている点において、啓発的示唆に富むものであると思われました。
 
《読書MEMO》
●目次
第1章 人事評価の成り立ち(人事評価が目指すもの;人事評価制度の作り込み;日本企業における二大評価法;人事評価における公正と納得)
第2章 曖昧化する人事評価(人事評価への不満と不安;「職務遂行能力」をめぐる苦闘―能力評価の曖昧化;「過程の公正」は実現するか?―業績評価の曖昧化;再説:人事評価への不満と不安)
第3章 曖昧さの中での納得(「シロ」とも「クロ」とも言える曖昧さの前で;「曖昧な中での納得」とは;どうやって従業員は曖昧さを受け入れるか―上司と部下の関係性;従業員にとって人事評価とは何か)
第4章 職場や従業員に寄り添う人事評価(人事部門と現場の関係を編み直す;優劣比較を伴わない評価;パフォーマンス・マネジメントとしての人事評価;不満の芽を飼い馴らす)

著者紹介
江夏幾多郎[エナツイクタロウ]
1979年、京都府生まれ。名古屋大学大学院経済学研究科准教授。博士(商学、一橋大学)。専門は、人事管理論。主な論文「人事システムの内的整合性とその非線形効果」(第13回労働関係論文優秀賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

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This page contains a single entry by wada published on 2015年5月 7日 00:06.

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