「●メンタルヘルス」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2240】 岩波 明 『心の病が職場を潰す』
現場で「現代型うつ」に向き合っている産業医による、人事労務担当者・管理職にお薦めの一冊。
近年、職場で増えている「現代型うつ」について、精神科医であり産業医でもある著者が、主に企業の管理職に向けて分かり易く解説した本です。
中高年から見れば単なる甘えに見え、「未熟でダメな奴の単なる怠けだ」といって簡単に切り捨てられることが多い「現代型うつ」ですが、本書では「現代型うつ」について解説し、単に批判や排除をするだけでなく、この病理をどのように理解し、どのような社会的支援が必要なのかが具体的に述べられています。
前半部分では、「現代型うつ」とは何かをさまざまな事例を交えながら解説していますが、「現代型うつ」は、著者の実感として、患者の家庭が比較的裕福な場合が多い、といった興味深い記述もあります。また、「現代型うつ」は職場への不適応が原因であり、何に対し不適応を起こしているのかと言えば、これまで中高年が普通だと思ってきた職場環境に、ということになるとのことです。
社会的病理とも言われる「現代型うつ」について、若者の働くモチベーションの問題や管理職のプレイングマネージャー化、社会の高度情報化など、その背景となっている近年の職場環境、社会環境の変化に触れていますが、この部分は、読み易く、また、しっくりくるものでした。
日本と同じように「現代型うつ」が話題にのぼる国に、韓国とイタリアがあり、この三国に共通しているのは、労働者保護の傾向が強い労働法制と(著者は法学博士でもある)、家という制度を非常に大切しているお国柄であるというのも興味深いです。縦社会で、家族のように従業員を大切にする会社のあり方が、実存の不安を抱える「現代型うつ」の背景にあるとしています。
日本うつ病学会さえもその病理には否定的な見解を示している「現代型うつ」ですが、著者は、「現代型うつ」も「うつ病」であるとの立場をとっており、産業医としてのこの見方は、実際に対処しなければならない事案としてこの問題に真摯に向き合っている、人事労務担当者の見方に呼応するのではないかと思います。
後半部分では、職場で「うつ」の若者とどう向き合い、職場の「うつ」をどう克服すればよいかが述べられていますが、著者は、上司の対応いかんで「現代型うつ」は回復に向かわせることができると訴えています。
職場で「現代型うつ」の患者を支援することが最良の方法であり、そのアプローチの仕方として、
・本人への支援的アプローチ ... 本人のストレス処理能力の強化
・職場対応アプローチ ... 実存の不安を解消する褒め方・叱り方
・限界提示アプローチ ... 営利体としての企業における限界提示)
の3つを示しています。
その中で、著者が最近注目している「SOC」(Sense Of Coherence)という概念を紹介しています。SOCは日本語で「首尾一貫感覚」と訳され、
・つらいことにも意味を見いだせる「有意味感」
・困難な状況を秩序立てて受け止められる「把握可能感」
・つらいことに対してもやればできると思える「処理可能感」
の3つから成り、この三つを持てるかどうかが、こころの健康を保てるかどうかの分水嶺となり、「SOC=首尾一貫感覚」を高めることで、「現代型うつ」は乗り越えられるとしています。
労働者を対象とした研究で、年代によってSOCの高さに違いがあることが分かっていて、20代では低いものの、年代とともにその平均値は高くなり、50代の人が最もSOCが高かったというのが興味深いです。
従って、SOCは鍛え、高めていくことが可能であり、会社こそがSOCを高める場であって、例えば「把握可能感」を高めるには「一貫性のある経験をさせる」「本人の力プラス少しの負荷をかける」といったことが大事であるとしています。
これらは、前述の「職場対応アプローチ」に関わってくることであり、「褒め方・叱り方」に関して言えば、褒める時は間髪入れずに褒め、叱る時は具体的な理由を挙げて叱ること、ふだんから小さなことでもいいから叱っておくことが大事であるとしています(入社してからすっと小さな事には目をつぶってやってきて、社歴がいってからの大きな失敗に対していきなりガツンと叱ると、相手はハンパではなくへこんでしまう)。また、「褒めて、叱って、褒める」という"サンドイッチ型"の叱り方なども紹介されています。
このように、部下コミュニケーションの在り方の具体例を通して、部下のSOCの鍛え方を示すなど、現場で「現代型うつ」に向き合っている精神科産業医によって書かれた本らしい、人事労務担当者や管理職にお薦めの一冊です。