【2222】 ○ 金子 良事 『日本の賃金を歴史から考える (2013/11 旬報社) ★★★★

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基本的には教養書だが、その範疇にとどまらず今後の賃金のあり方を考えるうえでの示唆を含む。

日本の賃金を歴史から考える.jpg日本の賃金を歴史から考える』['13年/旬報社] 金子良事.jpg 金子良事 氏 

 著者によれば、高齢化社会における介護の問題など、労働者の生活問題の範囲が広がる中で、賃金は必ずしも生活問題の筆頭にあがらなくなってきたが、だからといって賃金の重要性が減じたわけではないとのこと。本書は、今、賃金の重要性を再認識するためにはどうすればよいのか、その答えを歴史のなかに求める一つの試みであるとのことです。

 確かに、人事労務の専門誌の特集テーマを見ても、ここ10年で賃金制度を取り上げている回数はかなり減っているし、企業担当者の間でも、賃金制度の策定に携わった経験のない人事パーソンが増えているのは事実ではないでしょうか。本書は、そうした人々をはじめ、働く人、労働組合関係者、賃金コンサルタント、近い将来賃金を生活の糧として働く学生など、なんらかのかたちで賃金に関心のある人を広く対象として書いたとのことです。

 したがって、初学者にも通読できるようにするため敢えて学術論文のスタイルはとらず、図表も全編を通してたった1つあるだけで、それ以外は統計表もなく、すべて地の文となっており、そのかわり、賃金そのものの多様な考え方をできるだけ多く紹介し、さらに、その背景にある社会の歴史の説明に多くを割いています。

 著者の意図は、日本の賃金の歴史研究を通して現状の実践的問題に対する意識を高め、賃金についての議論を再び活性化させることにあるようですが、単純に歴史的関心から読み始めても面白く読める本ではないでしょうか。身元保証人制度のルーツは、江戸時代の期間奉公にあり、当時、奉公人の衣食住を保証する一方で、貨幣的な報酬は保証人に支払われていた―とか(「被用者の従属制と生活の保障」)。

 報酬には、感謝報恩と受取権利という2つの考え方があり、これを現代に置き換えれば、前者が「給与」、後者が「賃金」となり、それぞれ、英語の「salary」「wage」に対応するというのも興味深いです(「報酬の考え方としての感謝報恩と受取権利」)。「賞与金(ボーナス)」の系譜、「社員」という呼称の始まり、「人事部」の登場、科学的管理法の登場などの解説も興味深く読めました。

 さらに、「日本的賃金」というものがどのように形成されていったのか、基本給を中心とした賃金体系の形成というミクロの視点から解き明かすとともに、賃金政策と賃金決定機構、社会生活における賃金のあり方といったマクロの視点まで幅広く論考されているため、社会政策、社会福祉などに関心をもつ読者にも応えるものとなっています。

 一般書であるとはしながらも研究者も読者対象としているようであり、"手加減"はされていないとの印象を受ける一方で、一般の読者には難解な箇所があれば読み飛ばしてもいいとしています。

 基本的には教養書であり、自分自身も、現状およびこれからの賃金問題を考えるといった大上段に構えるのではなく、単純に歴史的関心から読み始めたのですが、そもそも、こうした本があまり刊行されていないだけに貴重であるように思われました(本書を読むと解るが、テーマによっては歴史的資料が充分でない面があり、体系立てて歴史的変遷を探るのは結構大変そう)。

 但し、その上で、単に教養書の範疇にとどまらず、これからの賃金のあり方を考えるうえで、多くの示唆を含んだ労作であるように思いました(hamacanこと労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎氏がオビの推薦文を。ブログでも絶賛していたなあ)。
 
《読書MEMO》 
●主な目次
 第1章 二つの賃金
 第2章 工場労働者によって形成される雇用社会
 第3章 第一次世界大戦と賃金制度を決める主要プレイヤーの登場
 第4章 日本的賃金の誕生
 第5章 基本給を中心とした賃金体系
 第6章 雇用類型と組織
 第7章 賃金政策と賃金決定機構
 第8章 社会生活のなかの賃金
●出版社からのコメント
 推薦 濱口桂一郎氏(労働政策研究・研修機構 労使関係部門統括研究員)
  このタイトルは過小広告!
  賃金だけでなく日本の雇用の全体像を歴史を軸に描き出した名著

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