【2221】 ○ 小倉 一哉 『「正社員」の研究 (2013/06 日本経済新聞出版社) ★★★★

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統計データから「正社員」の現在を分析。悲観的ではあるが、一定の説得力を持った現実的所見。

「正社員」の研究.jpg「正社員」の研究』 小倉 一哉.jpg 小倉 一哉 早稲田大学商学学術院准教授(略歴下記)

 長引いた不況とその後の景気回復の遅れによって、全雇用者数に占める非正規社員の割合は3分の1を超える現在ですが、それでも、依然として残り約3分の2の雇用労働者は「正社員」であるわけです。労働研究の分野では、トレンドとして「非正社員」に関する研究は目立つものの、「正社員」の研究は多くはなかった―そこで、企業における「正社員」の位置づけと役割は今どうなっているかを考察したのが本書です。

 バブル崩壊後の「失われた20年」で「正社員」の姿は変わったと言われていますが、研究書としての性格が強い本書では、「正社員」についての様々な研究蓄積や多くの統計データから、「正社員」及びそれを取り巻く環境の変化を分析し、事実確認並びに考察と検討を行っています。

 第1章では、「正社員」とは何かを考察していますが、そもそも「正社員」の厳密な定義は存在せず、統計調査においても省庁間や時期の違いによって微妙なニュアンスの差があるようです。また、新聞記事などに「正社員」という言葉が徐々に登場し始めたのは1980年代で、それがほぼ毎日のように紙面に登場するようになったのは2000年代になってからとのことだそうです。しかし、それまでにも当然のことながら、現在の「正社員」に該当する労働者はいたわけであり(単に「社員」「職員」などと呼ばれていた)、本書では、多くの会社に存在する「正社員」のイメージと大きく異ならない範囲で、これらを研究対象として取り上げることを予め断っています。

 以降の章で、「正社員」の雇用の安定、転職と定着、人事評価、賃金と福利厚生、労働時間などの側面を取り上げていますが、そうした分析を通して、例えば雇用や賃金については、2000年代以降、「正社員」の平均勤続年数は短くなり、賃金は低下し、一部の「正社員」に関しては、賃金カーブもフラットになってきていることなどが明らかにされています。正社員が雇用不安を感じる要因は、現在の家計を維持しなければならない正社員が、会社の経営状況などに危機感を持っている場合が多いとのことです。

 大方は、本書が読者対象として想定している「労働市場の動向に関心を持っているすべての人」が感じているだろうと思われることを裏付けるものとなっていますが、雇用不安や転職志向、あるいは会社を辞めない理由など、働く人の心理面にまで踏み込んだ調査についても取り上げ、詳細に分析されている点は丁寧であるように思いました。

 こうした分析が本書の"本体部分"ですが、最終章において、データ等から得られた事実発見をもとに、これからの正社員について考察がなされています。

 それによれば、まず、「正社員」はいなくなるのかいうことについてですが、企業の中核的な人材は、定着してきている成果主義的な人事評価によって、ますます厳しい状態に置かれているように感じるとしながらも、今さら牧歌的な職能資格制度に戻る気配はなく、これからも改良型の成果主義が、人事評価、処遇の中心に据えられるだろうとし、また、(長期的には「正社員」と「非正社員」の間にある壁が取り払われる日がくるかもしれないが)冷静に考えれば企業の中核を支える屋台骨的な「正社員」が消滅するはずはなく、但し、何十年も後には、ごく少数の「正社員」とその他大勢の「その他社員」などという括りになっているかもしれないとしています。

 また、「正社員」の特徴の一つである長時間労働については、恒常的な残業と引き替えに「正社員」の雇用が守られているうちは、「正社員」の労働時間が長期的にみて短くなることはないだろうとしています。日本の正社員はまじめであり、「どこが100点かわからないのに、100点を目指して働いている」人が多いと感じるとも。まじめな「正社員」が多くいることは、それだけ労働時間が短くなる可能性は低くなるということであるとしています。

 著者は、「正社員」が守られ過ぎているという主張に対し、確かに「非正社員」と比較すれば、「正社員」は多くの点で恵まれているが、だからと言って、「正社員」という「身分」を撤廃せよとの主張に対しては、これまでの「正社員」が享受していた職業能力の向上機会が減ることに繋がるのではないかと疑念を呈しています。

 また著者は、本書で検討した「正社員」の現状は、「正社員」にまつわる不安をさらに強めることになってしまったとも述べています。本書から導かれた結論が、「やはり正社員の相対的価値が高まっている」「正社員は今後も枠が狭められるだろう」「成果主義、仕事のきつさ、長時間労働という正社員の厳しい特徴も緩和される気配がない」という(執筆前から予想がついた)悲観的な結論で筆を置かねばならないのが残念であるとしていますが、これだけの研究蓄積や多くの統計データを分析してきた上での所感であるだけに、一定の説得力を持った、現実的な"所見"となっているように思われました。
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小倉 一哉(おぐら・かずや)/早稲田大学商学学術院准教授
 1965年東京生まれ
 明治大学商学部卒業
 早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。博士(商学)
 1993年より2011年まで労働政策研究・研修機構に勤務
 専門分野は労働経済・労使関係
著書(単著)
  『エンドレス・ワーカーズ 働きすぎ日本人の実像』日本経済新聞出版社、2007年、
 『会社が教えてくれない働き方の授業』中経出版、2010年 など。

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