2014年12月 Archives

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日本的雇用の在り方に影響力を持ち得る視座を提起。第5編の提案部分の更なる深耕に期待。

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日本の雇用と中高年 (ちくま新書)』『若者と労働 「入社」の仕組みから解きほぐす (中公新書ラクレ)』濱口 桂一郎 氏(社会保険労務士稲門会「講演と懇親の夕べ」2012.12.1講演テーマ「日本の雇用終了-労働局あっせん事例の分析」)

 同著者の『新しい労働社会』(岩波新書)、『日本の雇用と労働法』(日経文庫)、『若者と労働』(中公新書ラクレ)に続く新書第4弾であり、日本の雇用社会は仕事に人を割り振る「ジョブ型」ではなく、人に仕事を割り振る「メンバーシップ型」であって、それが時代の変化とともに歪みを生じさせているとの現状認識が出発点となっている点はこれまでと同様です。その意味ではこれまでの著書の「続編」との印象もありますが、著者の場合、意識して一作ごとに分析の切り口やフォーカスする論点の比重のかけ方を変えているようです。

 前著『若者と労働』では日本の若者労働問題を取り上げ、国際比較と歴史的分析をもとにその本質的構造を解き明かしてみせたのに対し、今回は、日本の雇用問題の中心である中高年問題、つまり、日本の中高年労働者がその人件費の高さゆえに企業から排出されやすく、排出されると再就職しにくいという問題を取り上げ、戦後日本の雇用システムと雇用政策の流れを概観しています。

 第1章から第4章において、日本の中高年問題の文脈を雇用システムの歴史的変遷に探り、続いて、日本型雇用において労働法や判例法理がどのように確立しどのような高齢者政策がとられてきたのか、また、年齢差別禁止政策という観点からはどのような歴史的変遷を辿ってきたのかを解説するとともに、「管理職」問題、中高年を狙い撃ちした成果主義や最近また議論が再燃しているホワイトカラー・エグゼンプションなど近年のトピカルな問題にまで言及しています。

 著者は、中高年や若者を巡る雇用問題を「中高年vs.若者」という対立軸で捉えてどちらが損か得かで論じることは不毛であり、雇用問題は雇用システム改革の問題として捉えることが肝要だとしており、ここまでに書かれている歴史的変遷も、それ自体「人事の教養」として知っておいて無駄ではないかと思いますが、ここでは、日本型雇用システムの歴史を探ることでその本質や特徴を浮き彫りにするという意図のもとに、これだけの紙数を割いているようです。

 そして、最終章である第5章において、前著『若者と労働』で若者雇用問題への処方箋として提示した「ジョブ型正社員」というコンセプトが、本書のテーマである中高年の救済策にもなるとしています。「ジョブ型正社員」の是非を巡る労使間の議論が、解雇規制緩和への期待や懸念が背景となってしまっている現状の議論の水準を超えて、労使双方にとって有意義な雇用システム改革という新展望の上に展開されているという点では、本書にも紹介されている1995年の日経連の『新時代の「日本的経営」』にも匹敵する、日本的雇用の在り方に影響力を持ち得る視座を提起しているように思われました。

 一方で、「ジョブ」の概念が明確でないのが日本の雇用社会の特質であるとしてきた著者のこれまでの論調の中で、「ジョブ型正社員」というものを今後どう構築していくかという課題は、その実現においてクリアにしなければならない多くの問題を孕んでいるようにも思えました。例えば、経団連の「人事賃金センター」は、かつて日経連時代には「職務分析センター」と呼ばれていたが、そうした名称が用いられなくなったこと自体が、「ジョブ」を規定しそれを日本的雇用の中で活用していくことの"挫折"とその困難を物語っているのではないかと。著者ももちろん、その困難さはよく解ったうえで、問題提起しているわけですが...。

 問題解決の一つの視点として、戦後の日本型雇用システムが企業内で労働者とその家族の生活をまかなうことを追求した結果、公的社会保障制度としてまかなわれるべきものが「メンバーシップ型」正社員の処遇制度の中に織り込まれ、それが中高年の年功賃金につながった―つまり、労働も福祉も一緒くたにして企業が負うことになったことを挙げており、これはなかなか穿った見方であるように思いました。個人的には、企業の福祉からの撤退を訴えた橘木俊詔氏の『企業福祉の終焉―格差の時代にどう対応すべきか』(2005/04 中公新書)を想起しました。橘木氏は、報酬比例の保険料徴収及び給付方式となっている厚生年金保険など国の制度も含め、企業福祉に社会的格差の拡大原因を認めています。

 しかし、終身雇用をベースにした長期決済型の年功制を維持している間も、生産性に見合わない高給取りの中高年が真っ先にリストラ対象となった折も、そうした本質の部分について議論されることが無かった(能力主義であるとか現状において生産性に比べて賃金が割高であるとかいう理屈の上に韜晦されてしまった)のは、「メンバーシップ型」という概念が概念として対象化されず、それでいて企業が、何よりも人事部を中心にその(メンバーシップ型という考え方の)中にどっぷり浸り切っていたためであり、こうして「メンバーシップ型」として概念化し対象化すること自体、意義のあることのように思います。

 では、今後の施策面を考えるとどうでしょうか。企業における中高年の人事施策において、専門職制度の導入というのが一時流行り、今でも多くの企業がその制度を維持しています。これが建前としては、今言っているところの「ジョブ型」でありながら、実態としては単なる「非ライン(管理職)」の処遇の仕方であったことは間違いないかと思われます。こうした実態がある中での「ジョブ型正社員」の新たな位置づけというのはどのようになっていくのか、これは、企業によっては「専門職」が(かつてサラリーマン漫画に描かれたような「窓際族」はすでに実態として多くの企業ではほぼ"絶滅"しているとみるにしても)、一般職の延長での仕事しかしていない「エキスパート」が主なのか、その中に相当数の「スペシャリスト」「プロフェッショナル」と呼ぶべき、企業にとって付加価値貢献度の高い、企業経営を存続させていくべきで必要欠くべからざる人材が含まれているのかによっても違ってくるように思われます。

 日本の若者雇用問題の解決策として、入り口のところで、「ジョブ型正社員」をスタンダードとしてみてはという提案は、それがどれぐらいのスピードで定着していくかは分かりませんが、かつて牧野昇(1921-2007)が『新・雇用革命』(1999/11 経済界)で指摘した、日本のサラリーマンが「社長レースからだれも降りない理由」は「負けても失うものが意外に少ないから」との指摘―つまり、「ゼネラリストとして成功しないより、スペシャリストとして成功した方が、それは幸福だろう。しかし、ゼネラリストとして成功しないことと、スペシャリストとして成功しないことの間には、大きな格差がある。だからスペシャリストを志向することはリスクなのである。少なくとも今まではそうであった」という、その「今まで」の在り方を見直すことにつながっていくでしょう。それに先立つこと12年前に津田眞澂(1926-2005)は『人事革命』(1987/05 ごま書房)において、「専門職能を持たない従来型のゼネラリストは不要になる」と予言しています。

 「ジョブ型正社員」を若者雇用に適用するにしても、従来の新卒採用面接の考え方のパラダイム変換が求められたりはするでしょうが(実際殆どの企業がそうしたパラダイム変換を経ることなく今日に至っているのではないか)、それでも処方箋としては中高年問題の解決において「ジョブ型正社員」の考え方を採り入れるよりはシンプルなように思われ、逆に言えば、それだけ、中高年の方は問題が複雑ではないかという気がします。

 その意味では、本書第5章を深耕した著者の次著を期待したいと思いますが、こうした期待は本来著者一人に委ねるものではなく、実務者も含めた様々な人々の議論の活性化を期待すべきものなのでしょう。そうした議論に加わる切っ掛けとして、企業内の人事パーソンを初め実務に携わる人が本書を手にするのもいいのではないでしょうか。

若者と労働s.jpg また、本書は著者の新書シリーズ第4弾ですが、第3弾にあたる『若者と労働』(中公新書ラクレ)もお薦めです。若者向けにブラック企業問題などにも触れていますが、それはとっかかりにすぎず、むしろ「新卒一括採用」という我々が当たり前に考えている仕組みが、グローバルな視点でみるといかに特殊なのものであるか分かるとともに、この「新卒一括採用」が日本型雇用システムの根底を形作っていることがよく理解できる本です。当たり前とみられすぎて再検証されにくい分、「新卒一括採用」の方が「中高年」の問題より根が深いかも―と思ったりもしました。

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「一見、労働者の保護のためになりそうな政策が逆効果となるおそれがある」。

雇用改革の真実3.jpg大内 伸哉 『雇用改革の真実』2.jpg大内 伸哉 『雇用改革の真実』.jpg雇用改革の真実 (日経プレミアシリーズ)

 労働法の研究者による本書は、解雇、限定正社員、有期雇用、派遣、賃金、労働時間、ワークライフバランス、高齢者という8つのトピックを取り上げ、政府がどのように雇用政策を進めようとしているのか、それについてどう評価すべきなのか、また、それらが働く人の今後の働き方にどのように影響するのかを読み解いていくことを目的として書かれています。

雇用社会の25の疑問.jpg 本書の特徴として、政府の様々な雇用施策がかえって労働者の利益を損ねたり企業の自発的努力を阻害したりし、また、労使自治を揺るがすことにもなりかねないという懸念を表明している点が挙げられます。こうした考え方は、同著者の『雇用社会の25の疑問―労働法再入門』(2007年/ 弘文堂)においてもすでに示されていましたが、前著が入門書の形をとりつつ、こうした問題に対する多角的な視点を提示したものであったのに対し、今回は、近年の法改正の動きや雇用施策を巡る論議を踏まえ、トピカルなテーマについてのさらに踏み込んだ論考となっています。

 例えば、労働契約法における無期転換制度について、一般には、本来は無期雇用で働くべき労働者が使用者による有期雇用制限によって不利益を受けていた状況が、この制度により改善が図られると評価されていますが、著者は、この制度は企業に対して無期転換が起こらないように短期に雇用を打ち切るという行動を誘発する危険があるとして批判的に「再評価」しています。個人的には、この章はたいへん説得力があるように思えました(第3章「有期雇用を規制しても正社員は増えない」)。

 このほかに、それぞれのテーマに絡めて、「解雇しやすくなれば働くチャンスが広がる」「政府が賃上げをさせても労働者は豊かにならない」といった刺激的な章タイトルが並びますが、各章を読んでみれば、概ねナルホドと思える論考になっているように思えました。「ホワイトカラー・エグゼンプションは悪法ではない」という章もあれば(実は自分自身も、相当以前からホワイトカラー・エグゼンプションは悪法ではないと思っているのだが)、「育児休業の充実は女性にとって朗報か」という章などもあり、一方的に政府の雇用施策を非難したりまたは受け容れたりするのではなく、テーマごとに著者の考えを示しています。従って読者も、著者の問題提起を受け、自分なりに「再評価」を試みる読み方になるかと思います。

濱口桂一郎 日本の雇用終了.jpg『日本の雇用終了―労働局あっせん事例から』(2012年)などを読むと、中小企業における労働紛争の解決策として、実態的にはすでに行われているようにも思いました。ただし、著者は、法制度として解雇の金銭的解決が認められた場合の効果という視点から論じており、政府の雇用流動化施策やセーフティネットの拡充ということを付帯条件として挙げています。ただし、この付帯条件の部分が現実にはなかなか難しいのではないかという思いもしなくはありませんでした。

 「一見、労働者の保護のためになりそうな政策が逆効果となるおそれがある」という視点を提示している点では、著者の本を初めて読む読者には章タイトルに相応の"刺激的"な内容であり、実務者にとってただただ法改正を追いかけるのではなく、いったん自身でその意義と問題点を考えてみる契機となる本かと思います。その意味で人事パーソンを初め労働法の実務に携わる人にとっては「教養」とし押さえておきたい本です。

 以前、別のところで本書の書評を書いて、『雇用社会の25の疑問』をはじめ著者の本を何冊か読みつけている読者からすれば、「新機軸」と言うよりは「続編」といったという印象も受けるとしたところ、著者のブログの中で、著者が同じであるという意味では続編であるけれども、「『雇用改革の真実』はもっぱら政策論で、著者としては『雇用社会の25の疑問』とはかなり異なるテイストの本だと思っている」とのコメントがあり、言われてみれば確かにその通りであると思いました(タイトルの示す通りでもある)。

 この「日経プレミアシリーズ」は、「プレミア」を「プライマリー」ととれば丁度それに当て嵌まるラインアップという感じがじなくもありません。本書はそうした中では、読み易いばかりでなく鋭く本質をついており、重いテーマを突き付けてきます。著者の本を読んだことがある人にも、まだ読んだことが無い人にもお薦めです。

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初期段階で読むテキストの1冊となり得るか。研修への応用をイメージしながら読むのもいい。

新版 グロービスMBAリーダーシップ.jpg【新版】グロービスMBAリーダーシップ.jpg グロービスMBAマネジメント・ブック[改訂3版].jpg グロービスMBA組織と人材マネジメント.jpg
【新版】グロービスMBAリーダーシップ』['14年]『【新版】グロービスMBAリーダーシップ』 ['14年/Kindle版] 『グロービスMBAマネジメント・ブック[改訂3版]』 ['14年/Kindle版]『グロービスMBA組織と人材マネジメント』 ['14年/Kindle版]

 2006年刊行の『MBAリーダーシップ』の8年ぶりの改訂新版で、前半約160ページの第Ⅰ部「理論編」と、後半約80ページの第Ⅱ部「実践編」から成りますが、各節のテーマごとに節の冒頭にケーススタディが配されていて、それを受けて理論や実践についての解説がなされるというスタイルを取っているため、テキストでありながら読み物を読むように読むこともできます。

 第Ⅰ部「理論編」では、第1章を「リーダーシップ理論の変遷」として、特性理論から始め、行動理論、条件的合理論、交換・交流理論を紹介し、さらに変革のリーダーシップ、サーバント・リーダーシップ、オーセンティック・リーダーシップについて解説しています。
 続く第2章は、「リーダーシップと関連する組織行動」として、リーダーの持つパワーの源泉が人間の心理に与える影響、良きフォロワーとして振る舞うこととリーダーの要件との関係、ネットワークの構築力とリーダーシップ発揮との関係、非常時のリーダーシップの要件といったことを解説しています。
 第3章の「リーダーシップの開発」では、リーダーシップ開発を組織的な取り組みとして体系化する方法や、今後のリーダーシップ開発の方向性について論じています。

 第Ⅱ部「実践編」では、「理論編」で学んだ考え方をいかに行動に落とし込んで実践するかを、第4章「リーダーシップを磨く」と第5章「リーダーシップを破棄する」に分けて示していますが、各テーマの冒頭のケースが経営大学院での双方向の授業内容をミニュチャアで再現したものとなっているのが特徴であり、この部分は、企業内インストラクターがリーダーシップ研修を実施する際の参考になるかと思います。

 企業内インストラクターとしての役割を担うか否かに関わらず、人事パーソンにリーダーシップ理論の基礎知識は必要であり、また、人事パーソンはリーダーシップに対する自分なりの考え方を持つべきであると考えます。そのために巷に溢れるリーダーシップに関する書籍を手当たり次第に読むというのも非効率であるし、と言って、正解を一つの理論フレームに求め過ぎるのも、個別の状況への応用が効きにくいという難点があるように思われます。

 したがって、こうしたテキスト的な書籍によってリーダーシップ理論体系を把握したうえで、自らが関心を持った理論については、その提唱者が直接書いた書物に読み進み、そのエッセンスを深耕していくのが最も効率的であるように思います。

 また、リーダーシップ理論は、理論をそのまま現実に適用するのではなく、基本的エッセンスを応用の足がかりとするというスタンスで臨むことになるのではないかと考えます。こうしたテキスト的な書籍を、実際に社内研修等に応用できるかどうか、応用した場合はどのような使い方になるのか、などとイメージしながら読むことは、そうした思考訓練を兼ねることになるようにも思います。

 テキストは学習者との相性もあるため、本書がそうしたテキストとしてベストであるとまでは言いません。また、本書1冊でこと足りるということもないでしょう。リーダーシップ理論(第1章)と組織行動論(第2章)を併せて120ページというのは、コンパクトであると言えばそうとも言えますが、相当"浅い"とも言えなくもありません。但し、そうした初期段階で読むべき何冊かのテキストとしては比較的オーソドックスであり、その候補のうちの1冊としてはなり得るかもしれません。

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企業並びに人事パーソンにとって警鐘を鳴らす書。啓発される要素を多く含む。

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  林 明文.jpg 林 明文 氏(トランストラクチャ代表取締役)
企業の人事力---人事から企業を変革させる

 再就職支援会社の設立に参画して同社のトップを務めた後、人事コンサルティング会社を起こし企業に人事コンサルティングサービスを提供してきた著者が、これまでホームページなどに掲載した人事管理のあり方についての新たな見解や問題提起などのコラムを、1冊の"読み物"としてまとめた本です。

 第1章で、「人事は遅れた分野」になっているとしています。日本企業の人事管理は変革を迫られているにもかかわらず、その多くは過去の延長で行われているとし、企業成長に必要な人事を考えた場合、むしろ、これまでの常識は通用しないと認識すべきだとしています。また、ここでは、多くの企業に流通している"次世代リーダー育成"や"選抜型教育"という概念に疑念を呈するとともに、ワークライフバランスについても、それは、今まで以上に生産性を上げることが要求されるものであるとしています。

 第2章では、「あるべき人事」について述べています。建前で語る人事は意味がないとし、ポートフォリオとパフォーマンスの観点から人事組織を再編せよとしています。日本企業には正社員が多すぎるとして、肥満化した企業のリスクを指摘し、日本企業で"成果主義"が受け入れられにくい理由を考察するとともに、生温いマイナス成長気運を実力主義で吹き飛ばす必要があるとしています。また、人事管理には長期継続性が求められ、短期的な人事は企業を滅ぼすとしています。

 第3章では、日本企業が存在感を取り戻すために、今こそ経営改革の絶好のタイミングであり、そのためには「経営者こそ変革すべき」であるとしています。そのためには取締役の選抜・処遇のあり方から改革せねばならず、経営陣こそ教育が必要だとしています。そして、人事は多くの社員の中から、"真の経営者"を検索・育成しなければならないとしています。

 第4章では、「今後の人事課題とソリューション」について述べています。まず、人事管理として検討すべきことについて、ギャップの代表的なパターンとその解決策を述べた上で、人事制度改革のあり方を、社員の能力と処遇についてのソリューション、少子高齢化への対応、早急に改善が求められる評価、の3つのポイントから解説し、さらに、雇用管理の時代的変化にどう対応すべきかを考察しています。また、人事改革は早ければ早いほどよいとし、あるべき人事管理構築のために、人事はより経営に近くなることを求められるとしています。

 本書のベースがウェブで一般に公開されているコラムであるということもあって、現在の人事管理の問題点や今後の人事管理を考える上での視点などが、平易かつコンパクトにまとめられていますが、その分、密度は濃いように思われました。

 最近では、景況感が改善した上に、東京での2020年オリンピック開催が決定したことで、景気上昇に対する期待は高まっていますが、著者は、そのことが高齢化の進行に対応するダイナミックな人事管理の改革を遅らせてしまい、人件費高騰などの問題が悪化の一途を辿る可能性があると警告しています。

 企業並びに人事パーソンに対して警鐘を鳴らす書であり、啓発される要素を多く含んでいますが、単に漠然とした抽象的な啓発に止まらず、高齢化を見据えた「50歳管理職登用」「人事評価に体力測定を導入する」といったユニークな施策への落とし込みもみられ、今後の人事のあり方を考える上でお薦めできる本です。

《読書MEMO》
●目次
第1章 人事は遅れた分野(経営管理の中での人事--人事管理の重要性は認識されているか、間違っている人事施策--人事管理は過去の延長で行なわれている ほか)
第2章 あるべき人事管理とは(経営戦略と人事管理--建前で語る人事に意味はない、ポートフォリオとパフォーマンス--人事組織を再編せよ ほか)
第3章 経営者こそ変革すべき(日本企業は優秀か--平時の経営が企業の行く末を左右する、経営者の人事常識を疑う--慣習的な戦術から脱却せよ ほか)
第4章 今後の人事課題とソリューション(人事課題と改革のスタンス--人事管理として検討しなくてはいけないこと、人事制度改革のポイント(1)--社員の能力と処遇についてのソリューション ほか)

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一見理想論に見えるが、内容・理論構成はしっかりしており、啓発度の高い良書。

世界でいちばん大切にしたい会社0.JPG世界でいちばん大切にしたい会社.jpg   Wholefood Market 1.jpg  John Mackey Whole Foods Market.jpg
世界でいちばん大切にしたい会社 コンシャス・カンパニー (Harvard Business School Press)』/Wholefood Market/John Mackey, co-founder and co-CEO of Whole Foods Market

Wholefood Market logo.jpgWholefood Market 3.jpg テキサス州・オースティンを本拠とする米国の大手自然食品スーパー「ホールフーズ・マーケット」の経営者が、自らが30年以上にわたって実践し成功を収めている経営スタイル「意識の高い資本主義」(コンシャス・キャピタリズム)を紹介した本です(原題:Conscious Capitalism: Liberating the Heroic Spirit of Business(2013))(米国を中心に現在300以上の拠点を持つこのスーパーは、1978年、当時25歳の大学中退者ジョン・マッキー(John Mackey)と恋人Wholefood Market 2.jpgのRene Lawson(当時21歳)が、家族から借りた資金45,000米ドルで開店した小さな自然食品から始まった。因みにこの会社は、ゲイリー・ハメルの『経営の未来』('08年/日本経済新聞出版社)で、経営イノベーションに成功した企業事例として紹介されている3社の内の筆頭にきており、続く2社は、W・L・ゴア(ゴアテックス)とグーグル)。

John Mackey2.jpg 本書の目的は、「意識の高い企業」(コンシャス・カンパニー)の誕生を促すことにあるといい、コンシャス・カンパニーとは、①主要ステークホルダー全員と同じ立場に立ち、全員の利益のために奉仕するという高い志に駆り立てられ、②自社の目的、関わる人々、そして地球に奉仕するという意識の高いリーダー(コンシャス・リーダー)を頂き、③そこで働くことが大きな喜びや達成感の源になるような活発で思いやりのある文化に根ざしている会社のことであるとのことです。こう書くと漠然とした理想論のように思われるかもしれませんが、内容および理論構成はしっかりしているように思いました。

John Mackey

 序章(第1章・第2章)でコンシャス・キャピタリズムの四つの柱を示した後、第一部から第四部で、その1つずつを丁寧に解説しています。また、その中で、ホールフーズと同様、すべてのステークホルダーに愛されながら富と幸福をつくり出しているコンシャス・カンパニーとしてイケア、コストコ、サウスウエスト航空、スターバックス、タタ、トヨタ、パタゴニアなど多くの企業例を取り上げおり、これからの企業のあるべき姿の提案として、啓発的かつ説得力のあるものとなっています。

 第一部(第3章・第4章)では、コンシャス・キャピタリズムの四つの柱のうちの第一の柱である「企業の存在目的」について、目的を持つことがなぜ重要なのかを説明し、第二部(第5~第12章)では、第二の柱「ステークホルダーの統合」について、顧客、社員、投資家、サプライヤー、コミュニティなどさまざまなステークホルダーを1つずつ取り上げて、コンシャス・カンパニーがそれぞれをどう捉えているかを考察しています。

 第三部(第13・第14章)では、第三の柱「コンシャス・リーダーシップ」について、コンシャス・リーダーの資質と育成方法を解説し、第四部(第15章~18章)では、四つ目の柱である「コンシャス・カルチャーとコンシャス・マネジメント」―意識の高い企業文化と意識の高い経営を論じています。また、コンシャス・カンパニーになる方法や、コンシャス・キャピタリズムの美と力について述べています。

 ミルトン・フリードマンの「顧客、従業員、企業の慈善活動に気を配ることは投資家の利益を増やすための手段だ」との考えに対し、「利益を上げることは企業の最も重要な使命を実現するための手段にすぎない」とのアンチテーゼを掲げるところからスタートし、「あらゆる企業が存在目的を意識して活動し、すべてのステークホルダーの利益を統合し、コンシャス・リーダーを育てて登用し、信頼と説明責任、思いやりの文化を築き上げること」がコンシャス・キャピタリズムについての自分たちの夢であるという結語で終わる本書は、資本主義社会における新たな企業のあり方が問われる今日において、非常に啓発度の高い良書であるように思いました(本書でのフリードマンの評価はボロクソと言っていい)。

 邦訳タイトルは『日本でいちばん大切にしたい会社』と無意味に張り合ってしまったのかな。個人的には、ジム・コリンズの『ビジョナリー・カンパニー2―飛躍の法則』で"持ち上げられていた"「偉大な」企業のリストにアルトリア(前フィリップ・モリス)が含まれていることに"呆れた"としているのが、本書並びにホールフーズ・マーケット4.jpg店内の一例.jpgこの著者の指向を象徴しているようで興味深かったです(自然食品スーパーの経営者がタバコ製造会社の社的存在意義を認めないというのは、まあ"自然"ではあるが)。思ったより読み易い本でもあり、コンシャス・キャピタリズムとい概念に関心を持たれた人には一読をお勧めします。

ホールフーズ・マーケット/店内の一例(ニューオーリンズ)

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人事パーソンが自ら自己啓発のために読んでも、人事スタッフに読むのを勧めてもよい。

ビジキャリ テキスト.JPG ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト 人事・人材開発2.jpg ビジネス・キャリア検定試験 標準テキスト 人事・人材開発3.jpg
ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト 人事・人材開発2級』『ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト 人事・人材開発 3級

 「ビジネス・キャリア検定試験」は、事務系職種のビジネス・パーソンを対象に平成6年(1994年)にスタートした、中央職業能力開発協会(JAVADA)が実施する公的資格試験で、事務系職業の労働者に求められる能力の高度化に対処するために、段階的・計画的に自らの職業能力の習得を支援し、キャリアアップのための職業能力の客観的な証明を行うことを目的としています。

 分かりやすく言えば、同じくJAVADAが実施する「技能検定」のホワイトカラー版といったところでしょうか。検定分野は「人事・人材開発・労務管理」「企業法務・総務」など8分野に区分され、その中に「人事・人材開発」「労務管理」「企業法務」「総務」など18部門(2級)があり、2級と3級の試験がそれぞれ年2回実施されています。

 本書は「人事・人材開発」部門の2級と3級の標準テキストの改定版です。「2級」は課長・マネジャー等を目指す人またはシニアスタッフを対象とし、「3級」は係長・リーダー等を目指す人または新入社員等担当職務を的確に遂行することを目的とする人を対象としているとのことです。直近の試験問題と解答は「ビジネス・キャリア検定」のサイトで確認することができます。

 旧版(平成19年刊行)と比較すると、人事・人材開発の最近のトレンドを一部織り込むとともに、近年の労働法等の法改正にも対応させ、労働経済データなども必要に応じて新しいものに差し替えられています。また、2級テキストの章立ては、人事企画、雇用管理、賃金管理、人材開発、3級テキストは、人事企画の概要、雇用管理の概要、賃金・社会保険の概要、人材開発の概要と、各4章立になっていて、2級が6章、3級が11章に分かれていた旧版よりすっきりしたものとなっているとともに、試験の出題要領により即した区分となっています。

『ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト 』.JPG 試験の問題は、単に基礎知識を問うだけでなく、実務に沿った内容を指向しており、テキストの内容から一歩踏み込んだ専門知識問題や、相応の実務センスが求められる応用問題なども一部に含まれていますが、合格基準が「正答率概ね60%以上」とされていることから、まずはテキストの内容を理解することが基本かと思われ、、今現在「人事・人材開発」の業務に携わっている人であれば、テキストを充分に読み込んでさえいれば、試験に合格することはそう難しくないかと考えます。

 企業によってはすでに、社内の「公的資格制度」や「昇格試験制度」に当試験制度を織り込んで、社員に対して受験を奨励したり義務づけたりしている例もあるかと思われますが、そうでない企業の人事パーソンであっても、自らの自己啓発のために本テキストを読んでみるのもよいのではないでしょうか。あるいは、人事スタッフに人事の基本を学ばせるために読むことを勧めるのもよいかと思います。試験の受験・合格を目標にすれば、習得効果はより高まるものと思われます。お薦めです('16年に『ビジネス・キャリア検定試験過去問題集(解説付き) 人事・人材開発2級・3級』が刊行された)

【2020年第3版刊行】

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やらないことには始まらないし、やっている人はすでにやっているといった感じも。

マネジャーのための人材育成スキル.jpgマネジャーのための人材育成スキル2.jpgマネジャーのための人材育成スキル (日経文庫)

 企業の管理職やグループリーダーが、部下の人材育成にどのように取り組めばよいかを説いた入門書です。著者はこれまでも、書籍やネットなどで同様のテーマについて多くの発信をしており、まあ、こなれていると言えばこなれているし、お手の物と言えばお手の物という感じでしょうか。

 第1章で「人を育てられるマネジャーになるということ」とはどういうことを解説し、以降、人材育成のスキルについて、第2章では「新人」を預かった場合、第3章では「若手」を鍛える場合、第4章では「中堅」を伸ばす場合についてそれぞれ解説しています。

 更に第5章では多様な人材をどうマネジメントするかを、部下の種類別に、有期社員の部下、女性社員の部下、同期や年上の部下、外国人社員の部下について解説しています。

 最後の第6章では、もう一度、人材育成とは何かを、「育てる人」と「育てられる人」の関係について焦点を当てて解説しています。

 全体で180ページ余りとコンパクトに纏まっていて手頃です。解説も、「入門書」という趣旨に沿ってオーソドックスなものではないでしょうか。「組織に馴染ませる」「褒める」「叱る」「チャレンジさせる」「「目標を設定させる」「支援する」「見守る」など、適切なコミュニケーション手法を具体的に説明しています。

 一方で、このページ数にこれだけ詰め込んでいるため、「スキル」という観点から見ると基本的なものばかりで(入門書であるからそれでいいのかもしれないが)、まあ、書かれていることは、やらないことには始まらないし、やっている人はすでにやっているといった感じでしょうか(第6章の「早い返信」とか「ラポール」とか...。自己啓発書を読んだ読後感に近い?)。

 そういった意味で、管理職自身よりも、人事部員やその中の研修担当者が、管理職やリーダーに対して部下育成研修を行う際の、切り口や内容のチェック、漏れが無いかの確認という意味で読むのにはいいのではないかという気がしました(この著者の書く本はもともと大体が人事部インナー向けの性格を帯びたものが多いのではないか)。

 個人的には、第1章で、物語論という学問分野から、ウラジミール・プロップの、成長物語の共通構造として、①敵対者、②贈与者、③補助者、④王女(とその父)、⑤派遣者、⑥主人公、⑦ニセ主人公の7種類の登場人物が出てくるという説を引いているのが興味深かったですが、これはまあ余談の部類でしょうか。

 最近よく、ビジネスパーソンに向けて「プロフェッショナルを目指せ」などということが言われますが、第4章(中堅社員を伸ばす)でプロとして活躍する姿をイメージさせることが大事としつつ、単に言い放しにせず、プロフェッショナルのタイプをT型(ビジネスリーダー型)、H型(プロデューサー型)、V型(エキスパート型)に分けて解説しているのは良かったです。
 このT型、H型、V型というのは「私」による分類としていますが、例えば第5章(多様な人材のマネジメント)では、リーダーシップの幅を広げることの大切さを説くなかで、状況対応型リーダーシップなど著名な理論も紹介しています。

 しかし、こうした解説もそれぞれ一表一図で済ませるだけで、やや浅いレベルで終わっているかなという印象も。「スキル」がテーマだから「理論」をあまり詳しく解説しても...というのがあるのかもしれません。Amazon.comのレビューでは好評のようですが、個人的には、さらっと読めて入門書としてスタンダードだとは思うけれども、「理論」についても「スキル」についても網羅的になった分、深さと目新しさがあまり感じられなかったかなあという印象です。

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ラム・チャラン)

「人材最優先企業」(タレントマスター)は、その根底に、リーダーを選定し育成するという考え方が根づいている。

人材管理のすすめ7.JPG人材管理のすすめ.jpg   Ram Charan.jpg Ram Charan
人材管理のすすめ』(2014/03 辰巳出版)

 原著タイトルは"The Talent Masters: Why Smart Leaders Put People Before Numbers"(2010)。著者の一人ラム・チャラン(Ram Charan)はアメリカでは人材育成コンサルタントとして知られた人物であり、『経営は「実行」―明日から結果を出す鉄則』('03年/日本経済新聞社、改訂新版:'10年/日本経済新聞出版社)などの邦訳されている著書があります。もう一人の著者ビル・コナティは、ゼネラル・エレクトリック社(GE)で長い間人事部門の責任者を務め、GEを世界に名だたる人材輩出企業に押し上げたとされる人物です。

 本書では、人材管理に際立って優れた企業を「人材最優先企業」(タレントマスター)と呼び、その実際を探求して読者に伝えることを狙いとしています。本書で言う「人材管理」は「リーダー育成」と捉えてよいかと思われ、「タレントマスター」は、「リーダー育成において優れている企業または人」と捉えてよいかと思います。

 第1部では、GEの人材管理システムを通してタレントマスターは何をしているのかを事例で具体的に解説し(その筆頭にくるのがあのジャック・ウェルチ)、第2部では、P&Gなど、ユニークな手法で効果を上げているタレントマスター企業を紹介しています。さらに第3部においても4社の事例を挙げて、タレントマスター企業になるための戦略を紹介しており、このように豊富な事例から帰納法的(実証的)に「タレントマスターの原則」を導き出している点は、アメリカのビジネス書らしいかと思われます。

『人材管理のすすめ』.JPG そのようにして導き出されたタレンントマスターの原則とは、①CEOを頂点とした優秀なリーダーシップ、②実績を重視した能力主義、③企業の価値観の明確な定義、④率直さと信頼、⑤人材評価/育成システム(厳格さと規則性)、⑥人事責任者(CEOのビジネスパートナーとしての機能)、⑦継続的な学習と改善、の7つに纏められています。

 それらの原則の前提として掲げている「人事考課の"システム化"」などは、日本企業においても劣るものではないと思われますが、常にその根底に、リーダーを選定し育成するという考え方が根づいている点が、本書で紹介されているタレントマスター企業の特徴でしょうか。本書では、人材を深く理解し、定期的にレビューをすることで、組織は中間管理職からCEOに至る、あらゆるレベルのリーダーを輩出し続けられるようになるとしています。

 90年代から00年代にかけて、それまで従業員の存在を無視して、事業売買やダウンサイジングなど競争に勝つための戦略にばかり気をとられてきたアメリカ企業が、人材重視の経営へと大きく方針転換した、その流れを汲む本と見てもいいのではないでしょうか。

 著者の1人がGE出身ということもありますが、「CEOを頂点とした優秀なリーダーシップ」がタレントマスター企業の原則の筆頭にきて、CEOの継承者を見つけ育てることが人事の大きな役割とされているという点に、アメリカ企業の人事の特色を感じます。

 経営書と言うよりは、人事パーソンのための啓蒙書と言えるかと思います。事例のオンパレードで、もう少し体系的に纏めてほしかった気もしますが、その分、読み物を読むように読めるのは確かです。賃金制度の改定や評価制度の策定・見直しなど、ともすると制度づくりそのものが目的化しがちな日常において、人事は何のためにあるのか、これからどういった方向を目指していくべきかを考える上で、"啓蒙"される要素はある本かと思います。
 
《読書MEMO》
【主な内容】
●タレントマスターの秘密を解き明かす
GE、P&G、ヒンドゥスタン・ユニリーバなどの一流企業は、どのように人材の見極めと育成のためのシステムを構築し、それによって目覚しい成果をあげていったのか。
●徹底的に人材を理解する
人材を深く理解し、定期的にレビューをすることで、組織は中間管理職からCEOに至る、あらゆるレベルのリーダーを輩出し続けられるようになる。
●人材に永続的な価値がある
業績、市場シェア、ブランド、製品には寿命がある。唯一、永続的なもの、それは、人材と、人材を育てる仕組みのみである。人材は人財なり。
●実践的なアドバイス
タレントマスター「ツールキット」が、あなたの企業をタレントマスターにするための具体的な方法を提供。

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優秀さの部分はスゴすぎてマネ出来ないが、キャリアに対する考え方という点で啓発的。

知る人ぞ知る会社 1.jpg  『大手を蹴った若者が集まる知る人ぞ知る会社』.jpg
大手を蹴った若者が集まる知る人ぞ知る会社』(2014/02 朝日新聞出版)

 本書は2部構成になっていて、第1部で「大手を蹴った若者が集まっている会社」を紹介し、第2部で大企業とベンチャーのどこが違うかを考察していますが、特に第1部が興味深かったです。

テラモーターズ.jpgSansan.jpg 第1部で紹介されているのは、「テラモーターズ」(電動バイク、社員数20人)、「Sansan」(名刺管理サービス、社員数100人)、「ネットプロテクションズ」(後払い決済サービス、社員数50人)、「フォルシア」(商品検索エンジン開発、社員数53人)、「クラウドワークス」(クラウドソーシング、社員数20人)の5社で、いずれもベンチャーで従業員数は20人から最大100人までと、一般の人には殆ど知られていない比較的小さな会社ばかりです。

 創業者自身が大手企業からベンチャー経営者に転身した人が多く、そこに集まった若い社員も皆、極めて優秀で、一旦は大手企業に勤めたもののそこを辞めた人や、大手企業の幾つもの内定を蹴った人ばかりといった感じ(その意味ではタイトルに偽りなし)。
 そうした世間的にみても"レールに乗って"いて、そのまま大企業にいれば、安泰な人生を送れたかもしれない若者たちが敢えてそこから飛び出したり、最初から大手には行かなかったりしたのはなぜか(これだと「大手を蹴った」にウェイトがかかり過ぎるから、換言して「なぜ殆どの人が知らないような会社を選んだのか」と言った方がいいかも)―本書の紹介事例を読むと、そんな彼らのユニークともとれる"キャリア行動"の背景に、個々の強い意思や夢も感じられますが、それと呼応するような各社のビジョン、業界内における先進技術や戦略的ビジネスモデル、トップの人柄やリーダーシップがあることも窺えます。

 企業の人事担当者向けの、優秀な若者を惹きつける企業の魅力とは何かを考える上でのテキストとしても読めますが(最初はそういう本だと思った)、むしろ、これから就職活動をする若者や、既にキャリアの第一歩を踏み出したもののこのままこの会社にいていいのかと悩んでいる人に向けて書かれた本と言えるでしょう。
 実際にはベンチャーの世界が甘いものでないことは確かで、成功する企業はごく一握りだとも言われています。巻末には、こうした優秀な人材を得て活気に溢れる仕事をしている企業をその他にも紹介したリストがあり、ベンチャー企業への就職を希望しているものの、玉石混交でどこがいいのか分からないという人にはガイドブックとしても読めるかも。

 但し、第1部で紹介されている企業にいる社員たちは、先にも述べた通り皆「超」がつくくらい高学歴で、好不況に関わらず何社もの大手企業から内定をもらうような人ばかり、しかも、単に就活に強い、企業ウケする、といっただけでなく中身的にも優秀な若者たちです。
 取材形式のままに書かれている第1部では、著者はそうした若者に対し、彼らの生い立ちから、どのように育ち、どのように学んだり遊んだりして、どうしてその会社に入ったのかまで丁寧に聴き出しており、彼らがただ優秀なガリ勉だったわけでなく、非常に人間的で、青春を謳歌しつつ時に自らのキャリアについて迷うなど、真剣に生き、真剣に自らのキャリアを考えてきたことが窺えました。

 彼らの「優秀さ」の部分はちょっとフツーの人にはマネ出来ないなあと思わせるぐらいスゴいレベルなのかもしれませんが、キャリアというものに対する自分なりの考え方を持つことの重要性という意味では、その優秀さゆえに安泰な道を選ぶ手もあった彼らが数十人しか社員のいないベンチャーで、しかも活き活きと働いていることを想うと、非常に啓発される要素があるかと思います。

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「企画書のスタイルで書かれた"啓発書"」との印象だが、気づきを促す意味で読むには悪くない。

博報堂大学 『「自分ごと」だと人は育つ』.jpg「自分ごと」だと人は育つ 「任せて・見る」「任せ・きる」の新入社員OJT

 博報堂の「社内大学」の編による本書は、「日本の人事部」主催の「HRアワード2014」の書籍部門で最優秀賞を受賞した本でもありますが、同社の新入社員OJT(On the Job Training)の新しい考え方とその取り組みを紹介した本であり、新入社員の育成トレーナー(先輩社員)や、新入社員の人材育成担当者を読者層として想定しています。

 第1章で新入社員OJTの今日的環境について概説し、第2章で本書のOJTの考え方の全体像を紹介しています。さらに、具体的な実践についての考え方と方法論について第3章(OJT前半)、第4章(OJT後半)で解説し、第5章で新人の育成時点での課題、第6章でフィードバックの実践について解説、最後に第7章で、OJT期間で大切な5つの要素をと1年間の育成ストーリーを紹介しています。

 かつて日本企業における人材育成の主要施策とされてきたOJTが、近年は"効かなくなっている"と言われるその理由として、職場で起こっている変化、新人=若者の価値観や学習姿勢の変化、新種類の仕事が全社員に同時に降りかかってくる変化を挙げています。そして、そうした変化へ対応するために、今の時代には「自分ごと」意識に着目したOJTがフィットするとしています。

 「自分ごと」とはどのような意識や状態かというと、仕事のオーナーシップを持ったうえでのアウトプット、未経験の仕事でも「やり遂げてみせる」という姿勢、仕事に自分なりの意味を持って取り組む状態を指し、それらは所属チームに対する安心感や信頼感が前提となるとしています。

 そして、「自分ごと」意識を育て、定着させるためには、「任せて・育てる」ことが効果的であるとし、1年間のOJTの前半においては「任せて・見る」、OJTの後半においては「任せ・きる」という2つの任せ方を通じて、そうした意識は育つとして、さらに、それぞれの方法論や留意点を解説しています。

 全体として、「新しい」OJTの在り方の、"テクニック"というよりはその"コンセプト"を詳(つまび)らかにしたものであり、個人的には、半ば「企画書のスタイルで書かれた"啓発書"」との印象も受けました。コンセプト・ワークが重要な位置を占める広告会社らしいスタイルであり、また、読者へのその伝え方も洗練されていて、分かりやすいと思います(「自分ごと」といったキーワードを編み出すところは、「博報堂生活総研」みたいだなあ)。

 提案されている内容そのものは、リーダーシップ理論等において従来から言われているエンパワーメント(権限委譲)やSL理論(ライフサイクル理論)の応用であったりもするように思いましたが、1年間のOJTの中にそれを落とし込み、懇切丁寧に解説されている点が特徴的であると言えるでしょうか。

 ただ、広告会社の場合、その仕事がやりたくて会社に入ってくる新人がほとんどであり、また、仕事における現場の裁量も大きいため、本書で言うところの「自分ごと」意識は、これまでも自ずと醸成され易かったのではないかと思われます。その広告会社が、人材育成コンセプトを4年がかりで再構築し、新入社員の育成トレーナーに対して啓発を行っているということの方が、むしろ注目すべきことなのかもしれません。

 新入社員の人材育成担当者、とりわけ、ナレッジ・ワーカーが主体の職場の人事パーソンや育成トレーナーは、自らの気づきを促すという意味で、一読されるのも良いかと思います。

《読書MEMO》
●目次
■第1章 「人が育ちにくい時代」の認識から始める
1 OJTが効かなくなっている? 
2 新しいOJTが求められる理由〈論点①〉──職場で起こっている変化への対応
3 新しいOJTが求められる理由〈論点②〉──新人=若者の価値観や学習姿勢の変化への対応
4 新しいOJTが求められる理由〈論点③〉──新種類の仕事が全社員に同時に降りかかってくる変化への対応
5 「自分ごと」意識に着目したOJTが、今の時代にフィットする
■第2章 育成・指導者と新入社員が同じゴールを持つ――今の時代に合った新しいOJTの考え方
1 「自分ごと」とはどのような意識か 
2 2つの任せ方を通じて「自分ごと」の意識は育ち、定着する 
3 1年間のOJTの基本となる考え方 
4 「任せて・育成する」ことの効用 
5 「任せて・見る」「任せ・きる」のOJTが、なぜ新しい考え方なのか? 
6 1年間のOJTでトレーナーが実際にすること
■第3章 「任せて・見る」――「自分ごと」を習慣化する
1 OJTをスタートする前に考えてほしい点 ──新人の気持ちと前期OJT終了時の理想イメージ
2 「任せて・見る」育成・指導のキーワード
3 「任せて・見る」育成・指導で、仕事をどう選ぶか(選定の視点) 
4 「任せて・見る」仕事を通じての新人の学びとは──実例で考える 
5 「任せて・見る」仕事を通じて何を経験して何を学ぶのか
6 「任せて・見る」指導面で求められる見守りのスタンス 
7 次の育成ステップを考えるための観察 
■第4章 「任せ・きる」――「自分ごと」をマスターする
1 OJT折り返し時点の新入社員について考える 
2 「任せ・きる」とはどのようなことか 
3 「任せ・きる」に進むための前提条件 
4 「任せ・きる」育成・指導上の5つのキーワード
5 「任せ・きる」仕事を選定する5つの視点
6 「自分ごと」を本人が体感するために支援者として考えること 
7 成否のカギを握るのは実はトレーナー側
■第5章 「任せて・見る」と「任せ・きる」の合間に考えるべきこと
1 最年少の若手メンバーとしての存在感を確立する
2 担当する仕事の本質を理解したうえでの実行力 
3 新人の成長課題とトレーナーの育成課題 
■第6章 フィードバックの効用と具体的な方法
1 経験から学びを促すフィードバックの方法
2 フィードバックを継続すると気づきが変わる
3 フィードバックの持つ2つの大きな意味 
4 2つの任せ方とフィードバックの関係性
■第7章 OJTの1年間でトレーナーが考えること――5つの軸と1年間のストーリー
1 OJTを進めるうえでの大切な要素と前提となる考え方 
2 「育成の5つの軸」の意味とポイントを考える 
3 「5つの軸」を1年間のOJTのストーリーに沿って考えてみる 
博報堂の新入社員OJTの概要 
あとがき
解説──人材開発部門発、「新たなOJT」創造の「旅」......中原 淳

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「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ

マネジャーの"経験学習"にメス。経験と能力の関係、経験の決定要因をデータから解明。

松尾 睦  『成長する管理職』.jpg松尾 睦  『成長する管理職』2.jpg
成長する管理職: 優れたマネジャーはいかに経験から学んでいるのか』['13年]

 グローバル競争が激化する今日において、現場を支えるミドルマネジャーの成長を支援することは、人事部の今日的且つ大きな課題となっていますが、本書によれば、マネジャーの成長プロセスの研究はあまり進んでいないとのことです。確かに、管理職研修などでも、ひとしきり座学講義があって、最後には、「マネジャーの成長は経験で決まる」という結論で締めくくられることがありますが、その「経験」が具体的に何を指すのかは、曖昧なままにされてきたようにも思います。

 「経験学習」の研究者による本書は、「経験はどのように能力と関係しているのか」「経験はどのような要因によって決定されるのか」という2つの問いかけのもと、日本企業12社の課長・部長の調査データを分析することで、こうしたマネジャーの経験学習のプロセスを明らかにすることを狙いとしています。

 そして、それらの定性的・定量的調査の結果分析を通して、「経験はどのように能力と関係しているのか」という第1の問いに関しては、「部門を超えた連携」「変革への参加」「部下育成」という3つの経験が複合的に「情報分析力」「目標共有力」「事業実行力」を高めていることがわかったとしています。

 また、「経験はどのような要因によって決定されるのか」という第2の問いに関しては、「過去の経験」「目標の性質」「上司の支援」の3つが経験に影響を与えていることがわかったとし、このうち、経験に最も強く影響していたのは、過去の経験であり、例えば、部長時代に部門連携の経験を積んでいる人は、担当者時代や課長時代にも部門連携の経験を積んでいる傾向が見られ、部長時代に変革に参加している人は、それ以前にも変革に参加する傾向が見られたとしています。

 つまり、早い時期に上記3つの経験(「部門を超えた連携」「変革への参加」「部下育成」)を積んでおくほど、その後も同様の経験が積みやすくなる「経験の好循環」に入ることができる、逆にいうと、この循環に入れないマネジャーは成長しにくくなるとしています。

 では、この好循環に入るためにはどうしたらよいのかというと、そのためには、挑戦や好奇心を重視する「学習志向の目標」と、目標達成を重視する「成果志向の目標」を持つことであり、学習志向や成果志向の高い人は、部下育成の経験を積む傾向が見られたとしています。

 また、経験の好循環に入るためのもう1つの要因である「上司の支援」に関しては、特に、通常は会うことが難しい社内外の上位者やキーパーソンを紹介してもらい、対話する機会をもらっている人ほど、連携や変革の経験が見られたとしています。

 本書が示すこうした幾つかの知見に触れて、実際に自分がこれまで見てきた「成長する管理職」像と符合する点が多いと思われる読者も多いのではないでしょうか。、巻末には、これまでに得られた知見をベースに、補論として「マネジャーの育成方法」と「マネジャーの経験学習の診断方法」を付すなど、実務への落とし込みもなされています。

 全体としては研究書というスタイルをとっていますが、マネジャーを育成する役割を担っている人はもちろんのこと、マネジャーとして成長したいと思っている人、今後マネジャーになりたい人も読者層として想定しており、詳しい統計分析方法などはコラムや章末の参考資料としてまとめ、一般のビジネスパーソンは読み飛ばしてもよいとするなど、そうした読者がストレスを感じずに読めるよう配慮されています。

 また、要所ごとに、リーダーシップ理論などを"おさらい"的に紹介しており、その部分に関しては入門書としても読めます。そのため、マネジャーを育成する役割を担っている人には、階層を問わず一読され、「経験学習」という考え方を通して、マネジャーの成長を促すにはどうすればよいかということを改めて考えてみるのもよいのではないかと思います。

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「期間帰属方法」と「割引率」に的を絞った実務書。テーマがフォーカスされている点で効率がいい。

退職給付債務の算定方法の選択とインパクト.jpg退職給付債務の算定方法の選択とインパクト』(2013/07 中央経済社)

『退職給付債務の算定方法の選択とインパクト』.JPG 2012年5月に、日本における新しい退職給付会計基準が公表され、「貸借対照表での未認識債務の即時認識」「退職給付債務の計算方法の変更」「退職給付制度運営に関する開示の充実」などの改正がなされました。本書は、これらの改正項目のうち、「退職給付債務計算」に関わる項目を取り扱っており、その中でも特に企業財務や実務への影響が大きいと思われる「期間帰属方法の取扱い」と「割引率の見直し」を中心に解説しています。

 このように、解説する対象を「期間帰属方法」と「割引率」という2つのテーマを絞り込んでいるため、この項目に対しての知識的ニーズがある人にとっては、ある意味"効率のいい"解説書となっています。テーマを絞り込んでいる分、簡潔ながらも実務レベルにまで踏み込んで解説されており、数値例や図表を多用して視覚的理解を促すとともに、ケース別のシミュレーションを行うなどして、具体的に実務に供するものとなっています。

 とりわけ、「期間帰属方法の選択」において、「下に凸カーブ」「S字カーブ」など給付カーブのさまざまなパターンを設例し、それぞれのパターンにおいて、「期間定額基準」「給付算定式基準」(均等補正を行わない場合と行う場合)のいずれの期間帰属方法を選択するかによってどのような影響の違いが生じるかを検証し、著者なりに考察して一定の結論を導き出している点は、たいへん丁寧であり、また、分かりやすかったように思います。

 「入門書」的要素もありますが、全体としては、退職給付会計についてある程度の予備知識がある人に向けて、今回の改正に沿って諸々の判断を行う際のポイントを示した「実務書」であると言えます。こうした類の本の中では、比較的手に取りやすく、また、読みやすいものであると思います。

 但し、初学者の場合は、退職給付会計の仕組みや実務全般について書かれた「入門書」を先に読まれることをお勧めします。今回の退職給付会計の改正に伴って、これまで出されていた解説書が改訂されたり、また新たな解説書が刊行されたりしています。

 退職給付会計の実務全般を扱った本にしても、今回の改正点に的を絞って解説した本にしても、それぞれ解説の切り口や項目ごとのウェイトのかけ方が微妙に異なるため、自分の知識的ニーズに合ったものに出会うには、何冊かの本を試読してみる必要があるかもしれません。

 また、企業によっては、「退職給付会計」というテーマ自体が、「理解できる人には理解できるが、理解できない人には理解できない」的なものになっているきらいもあるように思います。

 タイトルに「インパクト」とありますが、実際、退職給付会計基準の変更は企業財務に少なからず影響を及ぼすものであり、人事部門や財務部門が、社内勉強会などの相互研鑽を通して、このテーマに関する知識や問題意識を共有化していくことも、大切なことではないかと考えます。

「●企業倫理・企業責任」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3417】 マックス・H・ベイザーマン/他 『倫理の死角《再読》

コンプライアンス取り組み推進が、逆に非倫理的な行動を助長してしまうことがあると指摘。

Blind Spots.jpg倫理の死角2.jpg   Max H. Bazerman.jpg Max H. Bazerman
倫理の死角ーなぜ人と企業は判断を誤るのか
"Blind Spots: Why We Fail to Do What's Right and What to Do About It"

大手銀行G3社で反社会的勢力との取引.jpg大手金融機関の暴力団関係者への融資.jpg 過去に企業不祥事が何度も繰り返され、その社会的反響の大きさから、こんなことは二度と繰り返すまいとその発生防止策がその都度討議されてきたにも関わらず、近年においても、大手金融機関の暴力団関係者への融資問題や、大手百貨店・有名ホテルの食材偽装・不当表示問題大手百貨店・有名ホテルの食材偽装・不当表示問題.jpgが報道されるなどして、相変わらず企業不祥事は後を絶ちません。

[上]2013.10.25 funshoku.blogspot.com「みずほ銀行やくざ融資 役員辞任」/2013.11.14 日テレNEWS24「大手銀行G3社で反社会勢力との取引判明」

[左]2013.12.15 SankeiBiz「客を選ぶ「ゆがんだおもてなし」食材偽装・高級ホテルの"裏の顔"」

IMG_3256.JPG 企業不祥事を防ぐにはどうしたらよいか、CSRが叫ばれるようになっても、人や組織はなぜ無責任で、非倫理的な行動を起こすのか――この問題を考えるに際して、「企業」の行動に焦点を当てるマクロな視点から語った本は多くありますが、ハーバード・ビジネススクールの教授(経営管理)とノートルダム大学教授(ビジネス倫理)の共著である本書(2011、原題:Blind Spots: Why We Fail to Do What's Right and What to Do About It)は、「人間」の行動に焦点を当てた「行動倫理学」という行動心理学・行動経済学的アプローチにより、いわばミクロの視点から人や組織の行動メカニズムを読み解きながら、意思決定プロセスに潜むさまざまな落とし穴を浮き彫りにしています。

 人はどうして意図せずして非倫理的に行動してしまうのか、また人はどうして、自分の倫理観どおりに常に行動せず、他人の非倫理的行動にも目をつぶってしまうのかを、著者らは、人間の意思決定プロセスをいくつかのケースを通して実証的に分析し、会社の方針を徹底しようとすることや、目標達成に対するプレッシャー、自分に対する過小評価や過大評価、身内びいき、考える時間が短いことなどが、倫理的判断を疎かにするとしています。

 人はそうした状況においてなぜ倫理的に振る舞えないのかというと、行動する前の段階では、自分の倫理的行動能力を過大評価し、倫理問題を度外視した判断(直感的行動)をしがちであり、また、行動した後の段階(回想)では、自分の判断を正当化したり、倫理性の判断基準をすり替えたりして、自己イメージを守りがちであるためだと指摘しています。

 他人の非倫理的な行動に気づかなかったりするのも、非倫理的行動を黙認する方が自分の得になるという「動機づけられた見落とし」がそこにはあるからだとし、個々の非倫理的行動が組織内で増幅するケースなどを挙げ、さらに話を広く社会のレベルまで広げ、なぜ賢明な社会改革ができないのか、ということも説いています。そして最後に、健全な企業組織や社会を構築する方法を提示しています。

 興味深かったのは、コンプライアンスの取り組みを進めても、逆にそのことがバイアスとなって、組織の暗黙の文化が非倫理的な行動を助長してしまうことがあることを指摘している点で、制度化の圧力が強まると、人は制度や目標に合わせることばかり考え、内面からの動機や自らの言葉で倫理問題について考えなくなる傾向にあるという指摘は、非常にブラインド・スポットを突いているように思いました。

 制度化を進めるだけでは非倫理的行動を防ぐという期待通り効果を生むとは限らず、一つの意思決定が組織内・外にどういった倫理的影響を与えるか、一人一人が考えることが大事であり、企業側も、形式的な取り組みではなく、自社が抱える問題を明確にし、自らの言葉で説明し、それに応える制度を作っていかない限り、経営基盤の強化にも繋がらないということなのでしょう。

 著者の一人マックス・H・ベイザーマン(Max H. Bazerman)は、『マネジャーのための交渉の認知心理学―戦略的思考の処方箋』(マーガレット・A・ニール との共著、'97年/白桃書房)、『行動意思決定論―バイアスの罠』(ドン・A・ムーア との共著、'11年/白桃書房)などの著書があり、ハーバード・ビジネススクールの"名物教授"であるとのこと。ビジネス書と言うより、全体として教養書としても読める面が多いかも。とりわけ本書の序盤部分は、マイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう―いまを生き延びるための哲学』('10年/早川書房)と重なる部分もあり、あの本が面白く読めた人には面白く読めるかもしれません。

【2772】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『企業変革の名著を読む』 (2016/12 日経文庫)

《読書MEMO》
企業変革の名著を読む.jpg● 『企業変革の名著を読む』('16年/日経文庫)で取り上げている本
1 ジョン・P・コッター『企業変革力』
2 ロバート・バーゲルマン『インテルの戦略』
3 ピーター・センゲほか『出現する未来』
4 サリム・イスマイルほか『シンギュラリティ大学が教える飛躍する方法』
5 松下幸之助述『リーダーになる人に知っておいてほしいこと』
6 ジョセフ・L・バダラッコ『静かなリーダーシップ』
7 C・K・プラハラード『ネクスト・マーケット』
8 シーナ・アイエンガー『選択の科学』
9 ナシーム・ニコラス・タレブ『ブラック・スワン』
10 マックス・ベイザーマンほか『倫理の死角』
11 若桑みどり『クアトロ・ラガッツィ』
12 アレックス・ファーガソン『アレックス・ファーガソン自伝』

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「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(シェリル・サンドバーグ)

女性のためのキャリア指南書。男性が読んでも啓発される要素は多い。

LEAN IN(リーン・イン).jpgLEAN IN(リーン・イン)2.jpg LEAN IN(リーン・イン)3.jpg Sheryl Sandberg.jpg
LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲』 Sheryl Sandberg in TED
              
シェリル・サンドバーグはいかにして野心を抱き.jpg 本書の著者シェリル・サンドバーグは、財務省で首席補佐官を務め、その後グーグルで6年半働いてグローバル・オンライン・セールスおよびオペレーション担当副社長を歴任した後、あのマーク・ザッカーバーグによりフェイスブックにスカウトされ、今現在はフェイスブックのCOO(最高執行責任者)の地位にある人であり、2011年8月のフォーブズ誌「World's 100 Most Powerful Women」で5位になった人でもあり(ミッシェル・オバマ大統領夫人よりも上に位置していた)、2013年には「経営思想家トップ50(Thinkers50)」にランクインしています。

「シェリル・サンドバーグはいかにして野心を抱きすべてを手に入れたのか」(米「TIME」誌→「COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2013年 08月号 [雑誌]」)

 こうした著者の華々しい経歴から、本書は、スーパーウーマンが自らの成功体験をもとに、フツーの人にはちょっと真似できないようなことが書かれた自己啓発書かと思われがちですが、実際に読んでみると、著者自身、自らのキャリアが恵まれたものであることを率直に認めつつも、現在の地位にたどりつくまでにさまざまな苦労や葛藤があったことが、実に赤裸々に、時にユーモアを交え描かれています。

 また、アメリカ社会において女性が仕事をしていくことがいかに困難かを多くのデータや文献から裏付けるとともに、その原因を、社会の仕組みだけでなく、働く女性の心理面からも分析し、女性たちがそうした内面の壁を突破するにはどうしていけばいいかを考える内容となっています。

 著者によれば、男女差別はアメリカ社会の中にも隅々まで根付いていて、優秀な女性たちは、自分たちの優秀さについて一種の罪悪感を抱いており(著者自身、ハーバード大学で最優秀学生の1人に選ばれた際に、「優秀な女は嫌われる」という思い込みから、周囲にはそのことを隠していたという)、女性たちはまず、この内なる敵と闘わなければならないのとしています。

 その上で、「キャリアは梯子ではなくジャングルジム」「笑っていれば気分が明るくなる」「ロケットの座席をオファーされたらまず座ってみる」「正直なリーダーになる」「完璧を目指すよりもとにかくやり遂げること」という「5つのマインドチェンジ」を提唱しています。

 女性がキャリアで成功する上での障害と、それを取り除くためにどうすればよいかということについて多くのページを割いていて、報酬の交渉をする際のポイント、夫を協力的なパートナーにするためのコツや、子供が生まれるまさにその時まで仕事を辞めてはいけないというアドバイスなど、いずれも具体的かつ有用なものばかりです。

シェリル・サンドバーグ1.jpg プレゼンテーション・カンファレンスとして知られる「TED」で著者が講演した際の話がでてきますが、著者が本書を著すきっかけとなったのは、TEDでの著者の「なぜ女性のリーダーは少ないのか?」と題された(周囲はなぜ彼女は成功したのかを聞きたがっていたが、彼女は敢えてこのテーマを演題に選んだ)トークの反響が大きかったためで(トークの模様はインターネットで視聴できる)、本書もアメリカでベストセラーとなり、女性のキャリアについて大きな論争が起きているとのことです。

 論争の元となる1つの要素として、例えば著者が、自分のことを特別な女性と崇め奉り「メンターになってくれませんか?」と言い寄ってくる女性に対して、力のある人間にすり寄っていけば誰かが自分を引き上げてくれるだろうという、その受け身の姿勢が気に入らないとぶちまけていたりすることもあるのかもしれません。また、男性優位社会との対立項として自らの考えを述べているように捉えられる点もあるのかも。

 但し、単に声高に女性の権利を主張するのではなく、本当に必要なのは相互理解であり、女性は女性で、まず出来ること、やるべきことをやりましょう、と言っているように思えました。その上で著者は、「いまこそ私は、誇りをもって、自分をフェミニストと呼ぼう」と宣言しています。結婚や出産といったライフイベントを機に、キャリアを諦めてしまう女性が多いのは日本も同じであるという、データに基づいた指摘もあり、アメリカ国内だけでなく、世界の女性に呼びかけているところに、メッセージ性、発信力のスケールの大きさを感じます。

 著者は本書を自分の領域でトップに就く可能性を高めたい、全力でゴールを目指したい、そう考えている女性に向けて書いたそうです。女性のためのキャリアの指南書として読めるばかりでなく、男性にとっても、一緒に働く女性のことを考える契機となる本であり、また、男女を問わず、キャリアやリーダーシップに関する示唆に富むものとなっています。更に、女性リーダーのロールモデルを増やしていくことは、今後の企業の人材活用における大きな課題になっていくことは間違いなく、人事パーソンの視点からみても、啓発される要素を多分に含んだ本であると思います。

photo3377-2.jpg それにしてもこの人、TEDのプレゼンもNHKの「クローズアップ現代」でのインタビューも見ましたが、コミュニケーション能力がやはり抜群に長けているのではないでしょうか、「1対多」でも「1対1」でも。その年俸22億円はカルロス・ゴーンの倍以上ですが、確かにハーバードを首席で卒業した秀才ではあるし、おそらくマーケティングなどの知識も豊富だとは思われるのですが、やはりこの人をこうした地位まで押し上げたのは、リーダーシップとコミュニケーション能力だろうなあと思います。

「クローズアップ現代 女性のリーダーはなぜ少ない?~米企業トップ サンドバーグさんのメッセージ~」(2013年7月9日放送)

Facebook COO Sheryl Sandberg Commencement Speech | Harvard Commencement 2014


【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)

【2018年文庫化[日経ビジネス人文庫]】

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マネジメント、組織行動理論を、一般向け噛み砕いて書き直したような感じ。読みやすい!

マネジメントとは何か スティーブン・P・ロビンズ.jpg1マネジメントとは何か.pngマネジメントとの正体 ロビンス.jpg 【新版】組織行動のマネジメント.jpg   Stephen P. Robbins.jpg
マネジメントの正体―組織マネジメントを成功させる63の「人の活かし方」』['02年]『【新版】組織行動のマネジメント―入門から実践へ』['09年]Stephen P. Robbins
マネジメントとは何か』['13年]

 著者のスティーブン・P・ロビンズ(Stephen P. Robbins)は、アメリカ国内の多くの大学で採用され今も使われている組織行動論に関する教科書の著者として知られる人で、日本でも2009年に『組織行動のマネジメント―入門から実践へ』(ダイヤモンド社)としてその要約版が12年ぶりに邦訳されています。新訳版は原著の第8版をベースに翻訳していますが、原著は2013年現在で第12版まで刊行されていて、累計売上げは200万冊を超え、マネジメントと組織行動学の分野における世界一のベストセラー教科書とされています。

 本書は、同著者の"The Truth About Managing People"(『マネジメントの正体―組織マネジメントを成功させる63の「人の活かし方」』('02年/ソフトバンククリエイティブ))の第3版の翻訳で(原著は2014年に第4版が刊行された)、帯に「世界でいちばんわかりやすいマネジメントの教科書」とありますが、MBAなどでテキストとして使われている『組織行動のマネジメント』(これはこれで、これ一冊で組織行動論を概観できる優れもの)がやや硬派な"教科書"であるのに対し、こちらは「現にマネジャーである人々」「人を管理する職に就きたいと考えるすべての人たち」を対象として、マネジメントの真髄を分かり易く噛み砕いて書いた "啓発書"であると言えるのではないでしょうか。

 マネジャーが直面する、人間の行動に関する主要な分野ごとに全9部59章で構成されていて、その分野とは、採用、モチベーション、リーダーシップ、コミュニケーション、チーム作り、業績評価、変化への対応などであり、殆ど「人事マネジメント」に関するトピックを扱っていると言ってもいいのではないと思います。
 新たな版のために16のトピックを書き下ろし、それ以外の部分も最新の状況を加味して書き直したとのことで、今回書き加えられたのは、倫理的なリーダーシップ、バーチャルなリーダーシップ、カリスマの負の側面、年齢に関する固定観念、組織政治、職場でのデジタル雑音などの今日的なトピックです。

 59のケースはそれぞれが一章となっていて、好きな順に読めますが、個人的には、今回書き直された部分が多かったリーダーシップに関する箇所がとりわけ興味深く読めました。
 「カリスマ性は身に着けつけられる」としながらも、「カリスマ性は毒にもなる」としてその負の側面も指摘しており、また、「優れたリーダーは政治に秀でている」として、政治は組織で生きていくために欠かせないとし、ポリティックスを肯定的に捉えています。一方、倫理に欠けるリーダーは、自分のカリスマ性を利用して、自己利益のためにフォロワーを支配しようとするとしています。
 また、今日のマネジャーは、コンピュータやスマートフォンなどで書かれた言葉を通して支援やリーダーシップを伝える能力が求められるとしています。

 更に、文化の違いについて、殆どのリーダーシップ理論はアメリカで、アメリカ人によって、アメリカ人を研究対象として展開されてきたため、アメリカの影響を強く受けているとしています。こうした理論ではフォロワーの権利より責任を重視し、義務を果たす決意や利他的な動機づけよりも、快楽の欲求によって動機づけされる立場を取っていて、精神的なものよりも合理性が強調されると。但し、これらの前提条件は世界各国で同じように適用されるものではないとしています。

 その他では、採用の部でも、「第一印象は正しいか」「性格は無視しよう、肝心なのは行動だ!」など啓発されるフレーズがありましたが、「判断に迷ったら『頭のよい人』に賭けよう」として、仕事をさせるうえでの知能の重要性を説き、また「実績につながるのは、冷静さより誠実さ」であると言っているのが興味深かったです。

 モチベーションの部の「プロは集中する楽しさを知っている」の章で、ランニング、スキー、ダンス、小説など何かに没頭して、他のことはどうでもよくなるような状態を「フロー」と呼び、こうしたフローは、テレビを見る、リラックスするなど気楽に過ごす時間には起きず、フローが一番起きやすいのは仕事中であるとしているのには、そうかもしれないなあと。

 コミュニケーションに関する部では、「男と女のコミュニケーションは違う」という章が面白く読め、男性と女性が互いにうまくコミュニケーションできないのは、男性は自分の地位を強調するために話をしがちだが、女性は繋がりを作るために会話をするからであって、結果として、男性は、女性がだらだらと自分の悩みを話すと非難し、女性は、男性が話を訊かないと文句を言う―といったことになるのだそうです。

『マネジメントとは何か』 .jpg 全体で230ページ弱で、その中にはこうしたエッセイに書かれている箇所も多く、全体を通して読み易いです。個人的には、あまり自己啓発書的なものは読まない方ですが、本書はどちらかというと、著者の専門であるマネジメント、組織行動理論を、一般向けの読み物風に書き直したような感じであり、平易な表現の裏に確固たるバックボーンがあるのが感じられます。
 著者自身、部下の管理についての真理を学ぶのに、人事や組織行動学の詳しい教科書を読み通す必要はないとの思いからこの本を書いたとまえがきに述べています。その意図がよく生かされた本だと思います。すべてのマネジャーはもちろんのこと、人事で仕事する人も読んで啓発される部分が多々あるのではないかと思われます。

 故スティーブ・ジョブズにまつわる話や「ヘリコプター(モンスター)・ペアレント」の話など、「現代の古典」ともなりつつあった本を、著者自身による最新のトピックを交えた新版で読めるのも有難いことです。因みに著者は、個人短距離走で11度の世界タイトルに輝き、米国と世界の年齢別記録を何度も塗り替え、米国マスターズ陸上の殿堂入りを果たしている人でもあるそうです。スゴイね。

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トラブルは「個人対企業」の関係性で起きている。企業・人事の「正しい」役割とは何かを示す。

心の病が職場を潰す.jpg心の病が職場を潰す (新潮新書 588)岩波明氏.jpg 岩波 明 氏(医学博士・精神保健指定医)

 今や日本中の職場が、うつ病をはじめとする精神疾患によって、混乱させられ、疲弊させられている──。それはいつから、どのように広がったのか。この現状を私たちはどう捉えるべきなのか。基礎的な医学知識を紹介しながら、精神科医療の現場から見える、発病、休職、復職、解雇などの実態を豊富な症例を通して報告―。(版元サイトより)

 本書解説によれば、精神医学の専門家である著者が、勤労者の精神疾患がより身近な問題に浮上している現実を捉え、社会的に解決していくためにまずは正しい知識の理解が欠かせないとの考えのもとに本書を著したとことです。

 第1章「疲弊する職場」では、職場に置いて精神疾患(うつ病)の蔓延が進んでいる状況をデータで示すとともに、生保社員と銀行OLの症例を会社の対応と併せて紹介しており、何れも、こうした事例に対してどう判断しどう対処すればいいのか、会社としても扱いが難しいだろうなあと思われる事例であり、身につまされる思いをしました。

 第2章「その病をよく知るために」では、うつ病の多様性並びに躁うつ病・パニック障害・神経症・統合失調症などのその他の主な精神疾患について解説しています。神経症については更に「強迫神経症」「対人恐怖」「ヒステリー」「PTSD」に分けて解説しています。

 第3章「日本の職場の問題点」では、長時間労働と精神疾患の関係について解説していますが、個人的には、日本は労働者が長時間労働でありながら仕事の疲労度が低い国であるというデータが興味を引きました。つまり日本人は労働への耐性が高く、他国の勤労者より勤勉であるということで(欧米に比べると時間当たりの仕事密度が低いとの指摘もあるが)、著者は、長時間労働などの労働条件の厳しさは、日本の勤労者全体にとって必ずしもマイナスに作用はしていないものの、「耐性が低くパフォーマンスが十分でない人においては、うつ病や過労死のリスクファクターになっている」と言えそうだとしています。

 また、これは以前からの著者の立場ですが、「新型うつ」を"虚像"として捉え、こうした病気の"悪用"による社会的損失の大きさを訴えています。

 第4章「職場に戻れる場合、去る場合」では、精神疾患による休職者の復職の様々な形について述べる中で産業医について触れ、産業医がヒール(悪役)に成り得る―、つまり産業医が企業寄りであるため、主治医による患者本人の復職及びその際の主治医からの就業条件への配慮要請などを聞き入れず「復職不可」と判断するケースがあることなどを指摘しています。

 ここにあるように、リハビリ出勤や「リーワーク」の期間を休職扱いにし、その間に休職期間が経過してしまうというのも、休職者を退職に追い込むための、ある程度出来上がったシステムともとれるのかもしれません。大企業などで単独型の健保組合などは、健保で6割払ってさっさと縁を切りたいと思いがちなのか―と思わせるような事例が出てきます(同じ企業で貢献度によって手厚く保障されたケースも紹介されているが)。

 第4章では、職場におけるハラスメントなどによってうつ病を発症し、退職に追い込まれたケースなども紹介されていましたが、第5章「過労自殺という最悪のケース」では、更に重症となり自殺に至ったケースとして、あの有名な「電通事件」の経緯が詳細に記されています(事例の紹介は何れも丁寧で細かい。共に、労働基準監督署による業業務起因性"否認"が覆ったケース。電通事件の画期的な点は、それが即、民事賠償に繋がったことだろう)。
岩波 明 『心の病が職場を潰す』.jpg
 全体として、過労自殺や労災、休職・復職の判断・取り扱いなどの、企業側の対応、人事業務との接点に意識して触れ、トラブルが「個人対企業」の関係性で起きていることを示唆しているように思いました。

 ほぼこれまでの著者の本に書かれていたりすることではありましたが、企業側の本音により深く斬りこんだ面もありました。人事部門に期待される役割の重要性が増していることを実感する上で、また、その「正しい」役割とは何かを考える上で、人事パーソンは一読しておいてもいいのでは。

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現場で「現代型うつ」に向き合っている産業医による、人事労務担当者・管理職にお薦めの一冊。

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「現代型うつ」はサボりなのか (平凡社新書)

 近年、職場で増えている「現代型うつ」について、精神科医であり産業医でもある著者が、主に企業の管理職に向けて分かり易く解説した本です。

 中高年から見れば単なる甘えに見え、「未熟でダメな奴の単なる怠けだ」といって簡単に切り捨てられることが多い「現代型うつ」ですが、本書では「現代型うつ」について解説し、単に批判や排除をするだけでなく、この病理をどのように理解し、どのような社会的支援が必要なのかが具体的に述べられています。

 前半部分では、「現代型うつ」とは何かをさまざまな事例を交えながら解説していますが、「現代型うつ」は、著者の実感として、患者の家庭が比較的裕福な場合が多い、といった興味深い記述もあります。また、「現代型うつ」は職場への不適応が原因であり、何に対し不適応を起こしているのかと言えば、これまで中高年が普通だと思ってきた職場環境に、ということになるとのことです。

 社会的病理とも言われる「現代型うつ」について、若者の働くモチベーションの問題や管理職のプレイングマネージャー化、社会の高度情報化など、その背景となっている近年の職場環境、社会環境の変化に触れていますが、この部分は、読み易く、また、しっくりくるものでした。

 日本と同じように「現代型うつ」が話題にのぼる国に、韓国とイタリアがあり、この三国に共通しているのは、労働者保護の傾向が強い労働法制と(著者は法学博士でもある)、家という制度を非常に大切しているお国柄であるというのも興味深いです。縦社会で、家族のように従業員を大切にする会社のあり方が、実存の不安を抱える「現代型うつ」の背景にあるとしています。

 日本うつ病学会さえもその病理には否定的な見解を示している「現代型うつ」ですが、著者は、「現代型うつ」も「うつ病」であるとの立場をとっており、産業医としてのこの見方は、実際に対処しなければならない事案としてこの問題に真摯に向き合っている、人事労務担当者の見方に呼応するのではないかと思います。

 後半部分では、職場で「うつ」の若者とどう向き合い、職場の「うつ」をどう克服すればよいかが述べられていますが、著者は、上司の対応いかんで「現代型うつ」は回復に向かわせることができると訴えています。

 職場で「現代型うつ」の患者を支援することが最良の方法であり、そのアプローチの仕方として、
 ・本人への支援的アプローチ ... 本人のストレス処理能力の強化
 ・職場対応アプローチ ... 実存の不安を解消する褒め方・叱り方
 ・限界提示アプローチ ... 営利体としての企業における限界提示) 
の3つを示しています。

 その中で、著者が最近注目している「SOC」(Sense Of Coherence)という概念を紹介しています。SOCは日本語で「首尾一貫感覚」と訳され、
 ・つらいことにも意味を見いだせる「有意味感」
 ・困難な状況を秩序立てて受け止められる「把握可能感」
 ・つらいことに対してもやればできると思える「処理可能感」
の3つから成り、この三つを持てるかどうかが、こころの健康を保てるかどうかの分水嶺となり、「SOC=首尾一貫感覚」を高めることで、「現代型うつ」は乗り越えられるとしています。

 労働者を対象とした研究で、年代によってSOCの高さに違いがあることが分かっていて、20代では低いものの、年代とともにその平均値は高くなり、50代の人が最もSOCが高かったというのが興味深いです。
 従って、SOCは鍛え、高めていくことが可能であり、会社こそがSOCを高める場であって、例えば「把握可能感」を高めるには「一貫性のある経験をさせる」「本人の力プラス少しの負荷をかける」といったことが大事であるとしています。

 これらは、前述の「職場対応アプローチ」に関わってくることであり、「褒め方・叱り方」に関して言えば、褒める時は間髪入れずに褒め、叱る時は具体的な理由を挙げて叱ること、ふだんから小さなことでもいいから叱っておくことが大事であるとしています(入社してからすっと小さな事には目をつぶってやってきて、社歴がいってからの大きな失敗に対していきなりガツンと叱ると、相手はハンパではなくへこんでしまう)。また、「褒めて、叱って、褒める」という"サンドイッチ型"の叱り方なども紹介されています。

 このように、部下コミュニケーションの在り方の具体例を通して、部下のSOCの鍛え方を示すなど、現場で「現代型うつ」に向き合っている精神科産業医によって書かれた本らしい、人事労務担当者や管理職にお薦めの一冊です。

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入門書(実務書・啓発書)としては分かりやすくオーソドックス。

職場のメンタルヘルス入門2.jpg    現場対応型 メンタルヘルス不調者 復職支援マニュアル.jpg
職場のメンタルヘルス入門 (日経文庫)』 難波克行/向井蘭 『現場対応型 メンタルヘルス不調者 復職支援マニュアル

 職場のメンタルヘルス問題に関心のある従業員、管理職、人事担当者を対象に、職場のメンタルヘルス不調の問題や対処・予防法について分かり易く解説した入門書です。

 全5章構成の第1章「職場のメンタルヘルス不調」では、さまざまなメンタルヘルス不調について、その症状や治療、職場での対応が簡単に解説されていて、うつ病やうつ状態だけでなく、不眠症、自律神経失調症、パニック障害、適応障害、双極性障害、アルコール依存症、さらには「いわゆる新型うつ病」や「発達障害」など、メンタルヘルス不調全般を幅広く取り上げています。

 第2章「メンタルヘルス不調を防ぐストレス対策」では、自分でできるストレスの緩和策として、ネガティブな「つぶやき」に気づいて対処する認知再構成の技法、漸進的筋弛緩法や呼吸法などのリラクゼーション技法、人間関係のストレスを見つめ直す対人関係療法的な技法や、自分の気持ちや考えを素直に表現するアサーティブネスの技法などを紹介しています。

 第3章「職場で取り組むメンタルヘルス対策」以下、第4章「メンタルヘルス不調者の早期発見・早期対応」、第5章「ンタルヘルス不調者への対応と復職支援」は、管理職や人事担当者にとっての読みどころになるかと思われます。

 第3章では、職場と組織を「元気にする」ことでメンタルヘルス不調を予防しようという「ポジティブなメンタルヘルス対策」について解説されています。特に、職場のメンタルヘルスを左右するのは上司の行動であり、職場のストレスを減らすためのマネジメント・コンピテンシーが管理職にも求められるとして、そうしたマネジメント行動を促すための「コーチング」「行動科学マネジメント」「コンフリクト・マネジメント」について紹介されています。さらに、いきいきとした職場作りに従業員全員で取り組むための「職場環境改善活動」や「組織活性化」の取り組みや、こうした「職場の活性化」「個人の活性化」対策を、どのように企業の経営課題に組み込むべきか、関連部門がどのように連携すべきか、その実施のためのヒントが示されています。

 第4章では、メンタルヘルス不調者の早期発見・早期対応のためには管理職はどういったことに留意すべきか、部下の不調に気づいたときにはどのように対処すればよいか、場面ごとに事例を挙げて解説しています。また、社内の健康管理窓口とどう連携していくか、従業員のプライバシーをどのように守ればよいかについても述べています。

 第5章ではさらに、メンタルヘルス不調で休業している社員への対応や、復職支援の進め方を、休業開始から復職判定、復職プランの準備、復職後のフォローアップまで、場面ごとに解説しています。

 実務書と啓発書を兼ねた入門書と言え、メンタルヘルス研修を行う際のチェックポイントを確認するうえでも比較的オーソドックスな参考書になるかと思いますが、新書版にして相当の内容を盛り込んでいるため、(項目主義に陥らないよう配慮はされているものの)例えば、復職支援などの解説についてはややもの足りないかもしれません。

 復職支援について書かれた最近の書籍では、同著者による『現場対応型 メンタルヘルス不調者 復職支援マニュアル』(2013年/レクシスネクシス・ジャパン、弁護士・向井蘭氏との共著)があります。また、亀田高志 著 『人事担当者のためのメンタルヘルス復職支援』(2012年/労政時報選書)などもあり、実務対応についての知識を深耕したい人事パーソンは、これらに読み進まれることをお勧めします。

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中小企業向けにオーソドック且つ丁寧に解説。人物を見抜く工夫の各社の例が良かった。

なぜあの会社には使える人材が集まるのかZ_.jpgなぜあの会社には使える人材が集まるのか (PHPビジネス新書)

 パート・アルバイトの戦力化支援などで豊富な経験を持つ著者が、主に中小企業の事業主・採用担当者向けに、人材の採用・定着・戦力化に成功している企業の特徴や、採用実務に関して留意すべき点を、募集から面接、実際の採用に至るまで丁寧に解説し、採用できなかった際の対処法などについても述べています。更には、募集・採用に纏わる最近の法改正なども押さえています。

 人材の採用・定着・戦力化に成功している企業は、企業と従業員の間の「相思相愛」を常に意識しているとするなど、テクニカルな解説だけでなく、啓発的な要素も多分に含んでおり、本書に対するネットなどの評価も高いようです。

 そのような「心得」的な部分は、言ってみれば普遍的なものであり、書いてあること自体はオーソドックスですが、その分説得力はありました(著者の示す"働く側の「相思相愛」判断基準"は、60年代に提唱された「PM理論」に通じるものがあったように思った)。ただし、著者が求人広告会社(「アイデム」)の出身者であることもあり、募集広告の出し方と、最適なメディアの選び方(インターネットから、タウン誌・新聞折込み広告なども含めたそれぞれのメリット・デメリット)については、各1章を割いてさすがに詳しく書かれています。

 応募受付のやり方も軽視できないとしているのには共感させらえました。面接で人を見抜く方についても書かれていますが、やはり、これが一番難しいのではないかと思います。その中でも興味深かったのが、相手の仮面を剥がして本質を見極めるためのトーク技術や面接方法について、企業が実際にどのような工夫をしているのかその実例が紹介されている箇所でした。

 面接の際に、履歴書に書かれている内容から、面接官個人との共通点を探し出してそれを話題にし、相手にリラックスしてもらい本音を聞くとか、最寄駅まで車で送迎してその際の態度をミラーでチェックするとか(地方の中小企業だったりするとこうしたことが結構あり得るかも)、幾つも独自の工夫例が出てきます。中小企業の採用担当者は、自分たちで知恵を絞っていろいろな試みをしているのだなあと、その熱意に感心しました。テクニックをそのまま採り入れるかどうかはともかく、面接で人を見抜こうと思ったら、採用担当者もそれなりに知恵を絞ることが必要だと改めて感じました。

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辞めない「しくみ」づくりの具体性がもう少し欲しかった(中小企業経営者向けの啓発書か)。

会社で活躍する人が辞めないしくみ .jpg会社で活躍する人が辞めないしくみ』 (2013/11 クロスメディア・パブリッシング)

辞める.jpg 序章で、社員が残る理由も、離れる理由もやはり"人"であるとし、第1章「会社のしくみ」で、会社が社員に対して「安心」を与えているかどうかが、優秀な社員が辞めずにのびのびと働くための条件となるとしているのには納得。結局、社員が辞める理由の大半は、ハーズバーグが言うところの「動機づけ要因」よりも「衛生(環境)要因」によるものでしょう。

 従業員たちが求めているのは「安心して働ける職場環境」であるとの考えに基づき、第2章「職場環境」では、「会社のゴールを社員と共有する」「社員に会社の将来図を見せる」などといったことが提唱されています。第3章以下、「人間関係」「仕事」「評価」「給与」「採用」「育て方」というそれぞれの視点から、社員が辞めないしくみについて言及しています。

 これを見て分かるように、著者は、1つの施策だけを打てば大丈夫ということはなく(また、そうした便利な施策があるわけでもなく)、これらを総合的に組み合わせていくことが必要であるとしており、また、そうした施策を複合的に講じることが、"魅力のある会社"になることに繋がり、そのことがまた、その会社にとっての優秀な人材が辞めないという好循環に繋がるとの考え方に立っていて、こうした著者の考えには個人的にも大いに賛同するところです。時間のかかる取り組みですが、人材経営の真実であることには違いないでしょう。

 但し、その結果として本全体が網羅的にならざるを得ず、「しくみ」とタイトルにありながらも、1つ1つの章の内容が「しくみ」そのものはさほど解説されておらず、「そうしたしくみ作りが必要である」といった、理念的なものに留まっていて、基調講演を聴いているような読後感を持ちました(「数年先の展望が抱ける」「失敗が許容される」「育てる仕組みがある」「尊敬できる上司がいる」「育成型の評価制度『会社で活躍する人が辞めないしくみ』.jpgがある」―皆すべて確かにそうであり、また、「安心して働ける職場環境」という冒頭のコンセプトとリンクはしているのだが...)。

 優秀な人材をどうすれば採用できるか(アトラクション(Attraction))について書かれた本にくらべると、優秀な人材が会社を辞めないための対策(リテンション(Retention))について書かれた本はそう多くはなく、内容的に期待したのですが、もう少し具体性が欲しかった気もします。「しくみ」そのものの事例やヒントが全く書かれて無いわけではないものの、やや目新しさには欠けたように思います(どちらかと言うと、中小企業経営者向けの啓発書か)。

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若い人に向けて分かり易く語っている。古さを感じさせないのはスゴイことかも。

社員稼業 新書1.jpg 社員稼業 新書2.jpg  社員稼業 新版.jpg 社員稼業 旧版.jpg
社員稼業 仕事のコツ・人生の味 PHPビジネス新書 松下幸之助ライブラリー』『[新装版]社員稼業』『社員稼業―仕事のコツ人生の味 (PHPブックス)』['74年]

 松下幸之助(1894-1989/享年94)が社内外で行った講話を5話収めており、第一話「生きがいをどうつかむか」が昭和45年に朝日ゼミナールとして行われたものである以外は、第二話「熱意が人を動かす」が昭和34年の松下電器大卒定期採用者壮行会、第三話「心意気を持とう」が松下電器寮生大会、第四話「何に精魂を打ち込むのか」が昭和38年の大阪府技能大会、第5話「若き人びとに望む」が同じく昭和38年の郵政省近畿管内長期訓練生研修会での話と、何れも昭和30年代のもとなっています(松下幸之助は昭和36年に社長を退き、会長に就任しているが、会長職を退いたのは昭和48年、80歳の時だった)。

 本書を読むと、若い人に向けて分かり易く話すのが上手だったのだなあという気がしますが(元々そうした話をするのが好きだった?)、当時の若い人たちは、すでに「経営の神様」と呼ばれていた松下幸之助の話をどのような思いで聴いたのでしょうか。

自分自身、PHPから単行本で出されている松下幸之助の講話集はこれまでそれほどじっくり読んだことはなかったのですが(本書も昭和49年10月PHP研究書刊の単行本がオリジナル)、新書になったのを機に読んでみると、意外と今に通じる普遍性があって古さを感じさせず、さすが松下幸之助という感じです。

 とりわけ本書は「社員稼業」という言葉が特徴的で、松下幸之助の説く「社員稼業」とは、「たとえ会社で働く一社員の立場であっても、社員という稼業、つまり一つの独立した経営体の経営者であるという、一段高い意識、視点を持ってみずからの仕事に当たる」という生き方を指します。

 今風に言えば、プロフェッショナルとか、アントレプレナーとか、インディペンダント・コントラクターとか、いろんなものがこの概念に当てはまるのではないでしょうか。松下幸之助が自社の社員に向けてこうした話をするというのは、そのことが社員の独立を促して辞める社員が続出しそうな気もしますが(松下幸之助自身が企業を辞めて独立して会社を起こしたわけだが)、当時は「終身雇用」が守られていて、ましてや松下電器という大企業(既に数万人の従業員がいた)に就職したということでつい安心感に浸ってしまいがちで、こうした話をしないと、自らは何もせず指示待ちの、雇われ根性の社員ばかりになってしまうという危惧が松下幸之助にあったのではないかと思われます。

 結果として、今現在にも通じる話になっているわけですが、この外にも、今風に言えば「ワーク・ライフ・バランス」(松下は昭和40年、日本の大手企業で最初に完全週休2日制を導入している)、「CSR」(どの講話にも「松下電器は社会の公器である」といった話が出てくる)、「フォロワー・シップ」(本書の中で「上司を使う人間になれ」と言っている)に該当する話が出てきて、そうした意味でも古さを感じさせないのはスゴイことかもしれません。

 個人的には、織田信長の長所や、信長対する明智光秀と豊臣秀吉の態度の違いについて述べているところなどが興味深かったですが、非常に日本人の感性に訴えるような話し方をするなあという印象があります。

 リーダーシップの泰斗ジョン・コッタ―が、それまで松下幸之助について全く知らなかったのが、ハーバード・ビジネス・スクールで自分の担当する講座が松下幸之助記念講座(松下による寄付講座)であったこと契機に、幸之助について調べてみると、自分がこれから大学で教えようとしていることを既に幸之助が繰り返し述べていることに驚き、『幸之助論』を著すに至ったというのは有名な話です。

 日本の場合、マネジメントとかリーダーシップとかの「理論」の部分は殆ど「輸入品」だと思うのですが、それゆえに日本人の感性に合わない部分もあるように思え、しかしながら、例えば松下幸之助のこうした話などによって、同じような考えが働く人に浸透していったという経緯はあるのかもしれません。今回初めて松下幸之助の講話本を読んだのですが、単に「経営の神様」による訓話ということだけでなく、「輸入品」である「理論」を、日本的な観点から見直すという意味での効用もあるように思いました。

【1974年単行本[PHP研究所]/1991年文庫化[PHP文庫]/2009年新装版[PHP研究所]/2014年新書化[PHPビジネス新書 松下幸之助ライブラリー]】

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あまりインパクト無かった。マッチポンプっぽい印象を受けなくもない。

好景気だからあなたはクビになる!.jpg img_e5ead3f0d3f6c2a2c218cc377f6f49ae72380.jpg 
好景気だからあなたはクビになる! (扶桑社新書)』/from「東洋経済ON LINE」(2013年06月25日)

 2014年暮れ時点でまだ景気は完全に回復基調にあるとは言えませんが、本書が出された2013年年上半期に株価が上がったりしたため、こうしたタイトルになったのか(その後1年半、株価はほぼ据え置きだった)。まあ、大企業に限って言えば、2016年新卒採用枠を増やす動きなどもあるため、必ずしも予想が外れたタイトルとは言えませんが...。

 著者は経営コンサルタントで、「投資会社、経営コンサルティング会社などにおいて企業再生、成長を見据えた企業変革に約20年従事したあと、独立。現在も企業再生をメインに活動を行う。これまでに30社以上、計2000人以上のリストラに直接関わってきた」とのことです。

 本書の前半部分では、景気回復期においてこそ企業はリストラを進めるということが説かれていて、例えば500人規模の国内の工場を閉鎖するとなると、その費用は100億円を超えることも珍しくないとのこと、何故なら、500人に支払う上積みの退職金が一人1000万円だとして、合計50億円の現金が必要であり、500人規模の広い工場用地を売却するには、まず土壌汚染の有無など原状復帰が必要かどうかの調査をし、必要に応じて処理をしなければならず、また、土壌汚染が見つかってしまった場合には、すっかりきれいにしてからでないと売却できないため、5億円、10億円という単位でお金が出ていき、更に、工場の設備や機械や在庫などの売却・処分にも数億円単位で現金や会計上の処理がかかる―となると、ざっと計算しても、500人の工場を潰すのに100億円ぐらいの金がかかってしまうと朝日新聞(2012.12.31) 追い出し部屋.jpgのことで、企業の台所事情が厳しいときにはリストラに踏み切れないが、好景気により円安・株価上昇によって現金が入れば、それは社員への還元ではなく「リストラ費用」となってもおかしくはないという論旨になっています。

 まあ、そうした面はあるだろうなあという印象で、大袈裟に書いてある部分もあれば(2000年代前半までは、社会保険労務士や経営コンサルが数百万円のリストラを請け負っていたこともあった―って、一体どんな社労士?寡聞にして聞いたことがない)、一方で、業績を悪化させた張本人である幹部が、責任も取らずに会社に残っているのが破綻に至る典型的なケース―って、まあ、正論と言えば正論という感じで、全体としてはあまりインパクトを感じませんでした。

 むしろ朝日新聞の、'12年の年末に大手企業の実名入りでスクープ記事をぶち上げ、'13年、本書刊行とほぼ同時期に連載特集していた「追い出し部屋」の取材記事の方がインパクトあったかも。連載特集では、リストラ会社が出向先となって余剰人員を受け入れ、電話による求人募集のような仕事をあてがっていたりしている実態が紹介されていましたが、今まで管理職だったような人にノルマ制の電話セールスのような仕事をさせるわけで、かなり露骨に辞めてくれと言っているようなものです。

朝日新聞(2012.12.31) 「追い出し部屋」報道

 後半部分は、社員の側からの立場で、どうすればリストラの対象にならないで済むかが指南書的に書かれていて、"顔の見えない社員"のクビは容赦なく飛ぶものであり、上司の価値観に合わせる、報告をマメにする、挨拶や対話を欠かさず、積極的に仕事を引き受ける―などといったことが"リストラ防衛策"として説かれています。

 でも、その人の仕事のやり方ってそう簡単に変えられるのでもないし、今までビジネスライクに付き合っていた部下が、いきなり自らのプライベートを開示して自分に接近してきたら、逆に警戒感を強める上司もいるのではないかなあ。気持ち悪がられてしまったりしてネ。

 何千人ものリストラに関わってきたという経歴をアピールしているのは、どういう人がリストラされ易いかを語る上での説得力に繋がるのかもしれないけれど、リストラをやらないと経営破綻してしまうような場合を除きリストラは絶対してはいけないと言いつつ、一方で、自分がリストラに関わってきた「数」を誇っているのは、マッチポンプっぽい印象を受けなくもありませんでした。

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全否定はしないが、「自己啓発ポルノ(キャリアポルノ)」の一種か。

小玉 歩 『仮面社畜のススメ』 .jpg仮面社畜のススメ (一般書)』(2013/12 徳間書店)

仮面社畜のススメ9.jpg 著者の略歴(自己PR?)を見ただけで既に大いに胡散臭そうなのに、Amazon.comのブックレビューで意外と本書を推す人が多かったのには驚きましたが、個人的にはこの本は、谷本真由美氏が言うところの「キャリアポルノ」の典型ではないかと思いました。「自己啓発ポルノ」と言ってもいいかな。

 ビジネスパーソンは自分なりの考えや価値観、行動指針を持つべきでしょうが、実際のビジネスの場面においては状況対応型になるのが普通でしょう。リーダーシップ理論だって、あるべきリーダー像を唯一のものとする「特性論」は廃れ、50年前から「状況対応型」のリーダーシップ論が主流になっています。

 本書に書かれていることも、原則論で捉えれば、特段目新しいことでもないような内容が多く、但し、本書の危ういところは、ビジネス及び職場の実態や個別の状況に全くおかまいなしに、特定の形式やスタイルを押し付けている点で、その決めつけによって類書との差別化、影響力の強化を図っている点です。

 まあ、本書を読んで目からウロコが落ちたという人はそういないと思いますが、Amazon.comのブックレビューなどからみて、"我が意を得たり"と思ってしまった人は結構いたみたいです。でも、ここに書いてあることは全てが実行可能とは思えないし(逆に出来ることは既にやっているだろうし)、この本を読んだ人が明日から新たに本書にある通りに行動するかどうかも疑わしいです。

 考えなしに実行すれば(そんなこをする人も出来る人も殆どいないと思うが)、結局は著者と同じように会社をクビになるかも。この本、服務規律違反で会社をクビになった人物が書いていることに留意すべきでしょうね。

 ブラック企業と思われる会社に入ってしまった人が指南書として読むつもりならば、こんな本読んで「仮面」を気取ってその会社にしがみついているよりは、早目に自らのキャリア発達が可能な場を他所(よそ)に探した方が良いように思います。

 書かれていることを全否定はしませんが、読むことによって(ある人にとっては)その間ドーパミンが出続け、それで読み終わって暫くしたら後には何も残っていない―「消費されるだけの本」という意味で、やはり「自己啓発ポルノ」の一種、その典型でしょう。

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読み物としても楽しいが、異文化論に止まらず、対処法を具体的に示している点でビジネス書としても優れモノで。

外国人社員の証言 日本の会社40の弱点   .jpg外国人社員の証言 日本の会社40の弱点.jpg外国人社員の証言 日本の会社40の弱点 (文春新書 945)

 本書は、日本企業に勤務する外国人社員向けに研修や講演を行っている著者が、17ヵ国40人から相談された日本企業の困った事例を紹介し、その解決法を示したものであり、外国人社員と日本人社員の「常識」の違いを物語る40の実例が紹介されています。

 「職場のコミュニケーション編」「ビジネス日本語編」「マネジメント・チームワーク編」「悩める上司編」「就職活動・キャリア編」の5章から成り、例えば「職場のコミュニケーション編」では、中国に進出した日系アパレルメーカーに勤める40代の中国人男性が、日本人店長から7月7日に新規店のオープニングセレモニーを開くと聞いて激怒した―中国でも七夕はあるが、7月7日は盧溝橋事件が起きた日で、国内が反日一色染まるから―、「お客様は神様だ」という日本人上司のコメントが納得できない(インドネシア人)―イスラム教は一神教であり、お客は神ではありえないから―、部長に指示を仰いだら瞑想をはじめてしまった(イギリス人)、居酒屋で反対意見を述べて以来、同期とギクシャクしている(中国人)といったような事例が紹介されています。

 外国人社員の悩みや疑問に回答するという形を取りながら、そのまま、われわれ日本人が様々なビジネスシーンで常日頃当たり前のように思っている発言や行動が、外国人にとっては理解不能であったり奇異に感じられたりする場合があることを知らしめるものとなっており、そうした「認識のズレ」が、外国人との仕事を円滑に進めるうえでの障害となり得ることを改めて思い知らされました。

 著者は、グローバル・マネジメントは単なる価値観や精神論ではなく、その実現には、マネジメントする側である日本人管理職によるグローバル対応力の強化がポイントとなるとしています。そのうえで、国籍や性別などによって異なる考え方や行動パターンなどの異文化を企業競争力に転換するステップとして、①外国人社員の適応(理解→信頼)②ライン・マネジメントの高度化(信頼→提案)③知識移転(提案→展開)④制度の高度化(展開→深化)⑤組織改革(深化→文化)という5つのフェーズを示していますが、本書では主に「認識のズレ」にいかに対応するかという①のフェーズにフォーカスしています。

外国人社員の証言 日本の会社40の弱点 3.jpg 本書を読んで、その最初のフェーズというのが意外と重要であり、また多くのビジネスパーソンが悩んでいる部分ではないかと思いました。ただし、ポイントを押さえておけば、起こさなくてもよいトラブルは回避することができ、大切な時間や労力を本来業務に傾け、チームの生産性を上げることができるという思いにもさせられました。

 著者は、「違いを認識し、楽しむ」ことを目的としつつ、読者のグローバル対応力の強化につながればとの思いから本書を書いたとのことですが、その狙いの通り、読み物として読んでも楽しいものとなっています。ですから、今現在、外国人社員を部下に持っていない、あるいは外国人と一緒に仕事をしていない人が読んでも、最後まで飽きずに読めるのではないかと思います。ただし、単に異文化論に止まらず、事例に対する対処法を具体的に示しているという点では、ビジネス書としても優れモノではないでしょうか。新書で200ページ足らずと読みやすいのもいいです。
 
《読書MEMO》
●七夕の日に祝賀行事はありえない(中国人)... 日中戦争の発端・盧溝橋事件(1937年)が起きた日
●「お客様は神様?」納得できない(インドネシア人)... イスラム教は一神教
●なぜ上司を「牛みたい」と言ってはいけないのか(インド人)... インドでは牛は神聖さの象徴(中国では「まじめ」「愚直」「身を粉にして働く」の意)
●上司に相談すると、なぜ瞑想するかのように黙りこむのか?(イギリス人)
●プラスアルファ?初めて聞く英語(オーストラリア人)...「プラスアルファ」は和製英語(「最高!」→「Psycho」(精神病)、「あー、そう?」→「asshole」(肛門。嫌な奴)、「アホみたい」→「Aha! Hold me tight」(しっかり抱いて)
●「油断一秒、怪我一生」?(中国人)... 中国語では「一秒でも油を絶やすと一生責任を追及される」との意に。
●オフィスが好立地に移転するのは困る(ベトナム人)... 交通渋滞で通勤時間が大幅に増える
●社員同士で給与明細を見せ合うのは当然でしょ。(中国人)
●そろそろ出家したいのですが、有給休暇は取れますか?(タイ人)

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「上司学」「仕事術」という域にも達していない、毒にも薬にもならない「処世術」本。

上司は部下の手柄を奪え、部下は上司にゴマをすれ.jpg伊藤洋介 2013 選挙.jpg 伊藤洋介氏/安倍昭恵氏
上司は部下の手柄を奪え、部下は上司にゴマをすれ 会社にしがみついて勝つ47の仕事術 (幻冬舎新書)

 景気回復期こそ企業はリストラを進めるということで、ビジネスパーソンの"リストラ防錆策"を説いた本が結構出されていますが、これも、「上司学」や「仕事術」の本というより、どちらかと言うとその手の本だったかも。少なくとも、「上司学」「仕事術」という域に達しておらず、毒にも薬にもならない「処世術」本という感じでした。

 第1章「上司は何を思う」、第2章「部下は何を願う」、第3章「組織人としての誇りと果たすべき役割」の3部構成ですが、第1章も含め、どちらかと言うと部下から見た視点で書かかれていて、そこから無理矢理、インパクトがありそうな項目をアイキャッチ的にタイトルにもってきた感じ。それも、「手柄はどんどん上司に渡そう」と部下の立場から書いてあるのであって、「上司は部下の仕事を奪え」なんて書いてないんだよなあ。

 「会社が提供してくれる安定やメリットを最大限に享受すべく努めることこそが、幸福な人生の第一歩」との考えのもと、「絶対にクビにならず会社人生をまっとうするための、忘れ去られた美徳ともいうべきマナーや義務を説いた」本であるとのことで、何となく"昭和"的な上司-部下関係の再構築を説いているマニュアル本みたいな印象でした。

シャインズ.jpg東京プリン.jpg 著者は、山一証券勤務時代に「シャインズ」を結成して(相方は杉村太郎(1963-2011/享年47))、その後、森永製菓に転職し、「東京プリン」を結成して(相方は牧野隆志(1964-2014.2.7/享年49))森永の方は辞めるなど、会社員とアーティスト(?)を兼業したり、フリーで活動したりを繰り返しているような人で、この人自身は何度か会社を辞めているわけでしょ。「会社にしがみついて生きろ」と言っているこの人自身のアイデンティティがどうなっているのかよく解りません(会社を辞めてからよっぽどシンドイ思いをしたのか)。

 '13年7月の参院選挙で比例区から自由民主党公認で立候補して(安倍晋三首相の夫人・昭恵氏が森永製菓創業家の娘として伊藤と旧知だったことで公認を得られたらしい)、結局落選していますが、こうしたマニュアル本のような本を書いている人が、何のために国会議員になりたいのか、国会議員になって何をしたいのかもよく解らないね。選挙の前の、知名度アップ作戦だったのかな。

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心構えから具体的なテクニックまで。ビジネス・ドキュメントとしても面白く読めた。

部下をつぶさない! アンチ体育会系リーダー術.jpg部下をつぶさない! アンチ体育会系リーダー術』(2014/05 dZERO)

 光文社にて「週刊宝石」「フラッシュ」の創刊に参加し、後に両誌の編集長となった人による本('04年に常務取締役を退任し、現在は大学の非常勤講師)。

写真週刊誌 FLASH 創刊号.jpg とりわけ、'86年の「フラッシュ(FLASH)」創刊の時のことが詳しく語られていて、写真週刊誌なんて一体世の中にどういった意義をもたらしているのかといったことを考えなくもないですが、とは言えやはりその道で後から参入したにも関わらず競争に勝ち残ったというのは、それなりにスゴイことなのかもしれません。
 「FLASH」創刊時には、先行して「FOCUS」(新潮社)、「FRIDAY」(講談社)、「Emma」(文藝春秋)、「TOUCH」(小学館)の4誌があったのが、'14年現在続いているのは「FRIDAY」と「FLASH」のみということで、写真週刊誌の時代そのものが既に終わっている印象もなくもありませんが、今現在はともかく、最も競争が激しかった当時にことを、企業を退いて10年を経て棚卸し的に書いているわけです。

 創刊プロジェク等を進めていく際の、殆ど寄せ集め部隊的な部下たちをどう束ね、どう導いていったかが、現場で起きた出来事に即して書いているため、単なる漫然とした成功談や人生訓で終わらず、心構えから具体的なテクニックまで披瀝されているのがいいです。また、販売部数の増減に喜んだり廃刊のピンチに立たされたりする様は、実録ビジネス・ドキュメントとしても面白く読めるものになっています。

 タイトルの「アンチ体育会系」云々は、編集部が特徴を出すためにつけたタイトルなのでしょう。さほどそのことが言われているわけではなく、与えられたことをこつこつとやり、その際に周囲に同僚や部下に配慮することができる常識人であることが、実はリーダーの要件であるということが窺えるものとなっています。ただ、当時の写真週刊誌業界というのが雰囲気的には「体育会系」であったのは間違いなく、そうした中で著者がその逆のタイプであったことが、かえってチームをバランス感覚のもとで率いていくのに良かったということはあったのかもしれません。

 但し、単に和気藹々とやっていればいいというものではなく、「怒鳴り声」よりも「囁き声」とありますが、そこは、新人への配慮、女性スタッフの活性化、反対勢力や社内の実力者を味方に巻き込む方法等々、さらには気の弱い人の社外での人脈の作り方まで、方法論的な話も出てきます(むしろ、体験的方法論が大半か。「リーダー術」というタイトルに悖(もと)るものではない)。

 個人的には、女性チームで女性リーダーを2人作って対等に扱う、とかいったテクニックは興味深かったです。但し、あくまでも著者の成功体験に過ぎないという見方も出来、上手くいくかどうかは状況によるでしょうし(著者もそのことを重々わきまえて書いている)、むしろ、著者の部下に向き合おうとする地道な姿勢、チームから一人も落伍者を出さないという強い意志の方に共感しました。

 一方で、一部に見られる、強引にプライバシー侵害に当たるような記事や芸能人の写真を持ち出して、後で関係先に謝って済ませるというやり方は(別に当時としては「FLASH」に限らず全ての写真週刊誌がやっていたことだが)、イエロージャーナリズムを助長し、これこそが写真週刊誌が退潮に追い込まれていった遠因ではないかと思われるフシもありました('86年の創刊号の発売部数80万部以降、次のピークは'89年1月の号が50万1000部。以降。50万部超えはない)。
 
 今の基準で見るとどうかなあという面は多々あり、当時でも「人間のクズだ」とか言われたという話が本文中にありますが、著者はそうしたことは「意に介さない」と断言し、「FLASH」の支持者が増え、部数が伸びることが、スタッフやその家族、会社やその取引先の幸福に繋がると信じ、従って編集長たる自分は「部数を伸ばす」ことに専念したのだとしています。
 
 企業の一員として、現場で部下を率いて仕事している人の考え方として真っ当なのかもしれないと思いました。文科系タイプであろうと体育会系タイプであろうと、自社にしても他社にしても、生き馬の目を抜くようなアグレッシブな人材が互いに鎬を削っていたというのが、当時の写真週刊誌業界ではなかったと思われ、著者もその一人であったと考えられなくもありません(何となくバブル期の回顧譚っぽい雰囲気もある本)。

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モチベーション低下要因を「変化・慣性・理想・違い」に分類しケースで語る。読み易いが、やや浅いか。
『実践 モチベーション・マネジメント』.JPG実践 モチベーション・マネジメント.jpg
実践モチベーション・マネジメント』(2013/12 PHP研究所)

 高いモチベーションの実現が、成果を上げる強い組織づくりには必須であることは異論のないところだと思います。本書は、何がメンバーのモチベーションを下げるのか、どのようにモチベーションをマネジメントすればよいのかをテーマに、ありがちな会社内の「モチベーション低下」の事例をストーリー仕立てで紹介しつつ、「モチベーションUP」のための具体的な方策や考え方を、背景となる理論やセオリーとともに解説しています。

ビジネスシーン1.jpg 12の事例と24の理論解説で構成されていますが、事例は、モチベーションを下げる要因を「変化・慣性・理想・違い」の4つに分類しています。例えば「変化」がモチベーションを下げるケースでは、人事異動やM&Aなどによるモチベーション低下の事例をストーリーで示し、それらに対する対応をアドバイスするとともに、「欲求階層説」や「Ⅹ理論・Y理論」などのモチベーション理論が紹介および解説されています。

 同様に、仕事がつまらない、仕事に飽きたなど「慣性」がモチベーションを下げるケースでは、「集団疑似性」や「高原現象」などの理論が、キャリアがみえない、自信喪失などの「理想」がモチベーションを下げるケースでは、「プランド・ハップンスタンス」や「経験学習モデル」などの理論が、年下上司・年上部下、女性上司、外国人社員といった「違い」がモチベーションを下げるケースでは、「サーバント・リーダーシップ」や「PM理論」などの理論が解説されています。
 
 本書は「公認モチベーション・マネージャー資格」の「アドバンスド・テキスト」でもあるとのことですが、モチベーションに関する諸理論を最初から体系立てて解説するのではなく、モチベーションの低下要因をまず類型化し、該当する状況をケース・ストーリーで示した上で、各事例にリンクする諸理論を紹介しているという点ではユニークであると思います。

 事例が、モチベーション・コンサルタントが相談者である上司の悩みに応えるという形をとっているため、読み物のようにすらすら読める一方で、事例にリンクされて解説されている諸理論が一般的かつ広範なケースに当てはまるものであるだけに、初学者が読むと、ともすると事例に引きずられてしまい、理論の一面しか理解し得ないのではないかとの危惧もいだきました。

 更には、仕事がつまらないと感じている新人に困っている上司に対して、「修行だと思って文句を言わずやってみろ」と言ってみるのもいいとか、時流から見てどうかなと、或いは状況によって逆効果ではないかとも思われるアドバイスなどもあり、事例と理論の結び付けにも一部に強引さを感じるものがありました。

 一応は巻末で、ケースごとに紹介した理論を改めて体系化して整理しており、また、各ケースや理論に関係する参考図書も紹介されているため、モチベーション理論の初学者は、本書と併せて、巻末に紹介されている参考図書や他の入門書などに読み進むことをお勧めします。

 研修担当者など実務者の観点からすると、ケース・ストーリーを実際の研修で使ってみるというよりは(ケース・ストーリーの中にQ&Aが混在している感じなので、使うとすれば、ケース・ストーリー全体を、その後で解説する理論の理論背景として説明する感じになるか)、モチベーション・マネジメントに対する理解度を再確認するとともに、改めて意識を高める参考書といった感じでしょうか。

 読み易いことは読み易いのですが、その分「アドバンスド(上級)」というほどには歯ごたえがなく、モチベーション理論のおさらい本としてはやや浅いとの印象を受けました。

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自社の管理職任用アセスメントが形骸化していないかどうかをチェックするうえでいい本。

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部長の資格 アセスメントから見たマネジメント能力の正体 (講談社現代新書)』['13年]

部長コマ.jpg 40年余に渡って経営コンサルティングに携わり、とりわけこの20年は管理職層を対象に、人材の能力評価と能力開発を主題とするヒューマン・アセスメントを行うことで企業を支援してきた著者が、ビジネスマンを読者として想定し、上級管理職である部長に焦点を合せ、彼らの仕事ぶりや様々な言動特徴を取り上げ、彼らのマネジメント能力とその開発方法を解説した本です。

 第1章で、様々なタイプの「困った部長」を大きく4つのグループ(1.的確な意思決定ができない部長、2.計画・管理がきちんとできない部長、3.対人能力に問題がある部長、4.個人特性の面で様々な問題を抱える部長)に分け、さらにそれらを18のタイプに細分化しています。体系的に分類されているだけでなく、18のタイプごとにそれぞれ具体的な言動例を挙げ、更にそれらに共通する特徴を整理し、必要に応じてケース事例を取り上げ、そうした部長が生まれる背景を分析し、他に与える影響などの問題点を解説しています。読んでいて分かりやすく、個人的にはそうしたタイプの「困った部長」に思い当るフシが多々ありました。章の終わりでは、それら「困った部長」への対処方法を概説しています。

 第2章では、部長の役割は何なのか、課長とどこが違うのか、マネジメント能力とは何かを整理しています。近年、経営環境が厳しさを増す中で、部長の役割が、かつての「部の目標達成を管理統制すること」から「所管する部門をより合目的的で効率的な組織に変え、より大きな付加価値を産み出すこと」へ変化してきているとしたうえで、そのような役割を遂行する能力とは何か、課長における求られる能力との違いはどこにあるのかを明らかにしています。

 第3章では、優秀な管理職の証と見做されている一般常識が間違っているケースを取り上げています。例えば一般的にできる部長はリーダーシップに富んでいると見做されますが、その部長にリーダーシップがあるかどうかは、そのリーダーシップが何を指すのか、その組織に本当に必要で効果的なものであるかで決まるとしています(リーダーシップがかえって有害になるケースも挙げている点が興味深い)。

 最後の第4章では、部長の能力開発にフォーカスして、実際の能力開発のステップと方法を示しています。本書の一番の狙いは、読者に気づきを促し、自らのマネジメント能力の開発に役立ててもらうこと、状況に合った効果的な言動を身につけ、タイミングよく発現してもらうことにあります。

 本書によれば、「困った部長」に不足しているマネジメント能力は、「考えてマネジメントする能力(狭義の意思決定能力と計画管理能力)」「人を活かし、組織を機能化させる能力(対人・組織マネジメント能力)」「能力全般の基盤となる個人特性(パーソナリティ)」に分けられ、それぞれ言動に現れるとのことです。「困った部長」のタイプの特徴が分かり易く活き活きと書かれていて、網羅的・体系的でありながら、項目主義的なテキストで終わっていない点がいいです。

部長の資格00.jpg ビジネスパーソンにとって啓発される要素が多いばかりでなく、人事パーソンの視点から見ても、上級管理職についてのアセスメントの重点項目を分かり易く説いたものと言えます。社内に「なんであんな人が部長をやっているんだろう」というような「困った部長」がいる企業の人事パーソンには、自社の管理職任用アセスメントが形骸化していないかどうかをチェックするうえでも、是非一読をお勧めします。

 こうした「上司学」的な本は毎月のように書店に並びますが、中身がスカスカのものも少なくなく、やはりその道のベテランが書いたものの方がいいように思います。本書は新書で読めるのもいいです。

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自社の管理職任用アセスメントが形骸化していないかどうかをチェックするうえでお勧め。

『お子様上司の時代』 2.jpg
 
  榎本 博明.jpg 榎本 博明 氏(略歴下記)
お子様上司の時代 (日経プレミアシリーズ)

 本書によれば、未成熟な大人が増加し、上司‐部下間の関係構築を困難にしているとのことであり、上司の側は、経験を伝え、部下を育てるために、言うべきことを言っているつもりでも、部下の側は、責められているように感じ、上司の指示や注意が押しつけられて、こちらの言い分は聞いてもらえないという不満を持っていることがあるとのことです(著者はこれを「俺の話を聞け!」ハラスメントと呼んでいる)。

 人間は、理屈ではなく感情で動くものであり、こうした「聴く耳」をもたず、自分語りに終始する上司では、部下のやる気を引き出すのは難しいとのこと。そこで、心理学者(心理学をベースにして企業の研修などを行う研究所の主宰者)である著者が提唱しているのが、心理学の世界で今流行している「ナラティブ」であり、「ナラティブ」とは「語り」を意味し、上司の思いを伝えるというよりも、部下の思いを共有すること、それによって気持ちの交流を引き起こし、その結果、部下のやる気を引き出すことができるものであるとしています。

 第1章「台頭するお子様上司」では、頼らないと拗ねる、立ててやらないと拗ねる、できる部下が気に食わない、意見が毎回変わる、といった、大人として未成熟な上司の具体例をいくつも挙げていますが、この部分を読んで、思わず「いるいる、こんな上司」と思う人は多いのではないでしょうか。

 第2章「社員旅行に行きたい20代」では、今度は若者世代を俯瞰して、プライベートな世界で率直に語り合える関係性を作れない若者が増えるなか、自分のことをわかってほしい、認めてほしい、といった承認欲求と結びついた関係性の欲求が高まっていて、アフターファイブの"ノミュニケーション"のようなものが退潮した現代において、彼らには職場のドライな人間関係が物足りなくなっていると分析しています。

『お子様上司の時代』.JPG 第3章「幼稚園化する職場」では、こうしたメンツや保身ばかり考える上司と、権利意識ばかりが強い部下(若者)という、それぞれが抱える要因により、職場全体が"幼稚化"していることを指摘しています。そうした状況を踏まえたうえで、第4章「やる気を引き出すのは『気分』」において、ナラティブの効用を説いていますが、この部分は、ナラティブの考え方の基本を説いた啓発的な内容となっています。

 最終の第5章「お子様上司の処方箋」において、ナラティブ・コーチングの手法を紹介していますが、相手の言うことをきちんと引き出して、かつ、ストーリーを語ることで部下のやる気を引き出す、細かいところまで指示するのではなく、自分で考えさせるのが大切と。紙数の関係もあってかごく簡潔なものにとどまっており、昔から言われているようなことを、ナラティブの名のもとに繰り返し述べていている印象も。結局、本書全体を通しては、ナラティブの「技法」よりも「必要性」と「効用」を説いた啓蒙書のような印象を受けましたが、それほど新鮮味は感じませんでした。
 
榎本 博明 『お子様上司の時代』.jpg むしろ、今日の職場で起きている世代間の認識のズレやコミュニケーション不全を、心理学というより世代論的な観点から分析してみせた本のようにも思います。その意味では"タイトルずれ"はしておらず、また、企業勤務の経験がある著者らしい洞察がみられますが、「分析」に比重がかかった分、「処方箋」の部分がやや弱かったように思います。

 読み物として楽しく、またすらすらと読めましたが、この本を読んだだけでナラティブを即実行するのは結構たいへんかも(ナラティブって意外と難しい?)。まあ、部下との関係性において、ナラティブということを意識してみる契機にはなるかもしれませんが。
 
 著者は元大学助教授で、心理学をベースにして企業の研修などを行う研究所の主宰者であるとのこと、『「上から目線」の構造』など「日経プレミアシリーズ」だけで既刊が3冊あり、固定的な読者もいるようですが、個人的にはこの著者の本を読むのは初めてです。浅く広く、この手の本をいっぱい書いていそうな人という印象も受けました。
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榎本 博明
心理学博士。1955年東京生まれ。東京大学教育心理学科卒。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。川村短期大学講師、カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授を経て、MP人間科学研究所代表。心理学をベースにした企業研修・教育講演を行う。著書に、『「上から目線」の構造』『「すみません」の国』『「やりたい仕事」病』『記憶の整理術』、『〈ほんとうの自分〉のつくり方』など多数。

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コミュニティや個々の文化の違いによる問題の解決法、文化差を積極的に活用するスキルを解説。事例がいい。
グローバル人材の新しい教科書23.jpgグローバル人材の新しい教科書―カルチュラル・コンピテンスを伸ばせ

グローバル人材の新しい教科書 image.jpg 外国語教授や留学等、語学に関わるサービスを提供しているベルリッツ・ジャパンによる本であり、本書にある「カルチュラル・コンピテンス」を伸ばす手法は、ベルリッツの子会社であるTMC(Training Management Corporation)が開発したものであり、世界各国の組織や個人によって実務に適用されているとのこと(ベルリッツ・ジャパンも「カルチュラル・コンピテンス」を使った研修を2010年から実施している)。今回の刊行は、この研修の受講者からの、日本語で「カルチュラル・コンピテンス」を復習したいとの要望に応えてのものだそうです。

 ベルリッツによれば、多くの日本企業がグローバル化を目指し、グローバル人材の育成に注力している中、「英語力はそれなりにあるはずなのにうまくいかない」との悩みが多く聞かれるとのこと。本書では、この問題は語学力ではなく、文化の衝突や対立に対処できない「カルチュラル・コンピテンス」の不足から生じているとしています。「カルチュラル・コンピテンス」とは、こうした文化の違いを活用する力のことで、英語に不自由しない人でも、不断の努力をして身につけるものであるとのことです。

 本書によれば、通常の異文化研修は、いわば「知識」を得るための研修であり、カルチュラル・コンピテンスの一部ではあるが、本書が説いているのは「知識」(カルチュラル・ナレッジ)の重要性や必要性だけではなく、文化を生かして積極的に活用するための具体的なスキル(カルチュラル・スキル)も含めてであるとのこと。

 例えば、メールを送る際に、社会的慣例や言葉遣いを気にする人と、端的でカジュアルなメールを送る人とでは、「文化」が違うと言え、社会的慣例を重んじる人が、カジュアルなメールをもらった場合、「常識がない」と思い、不愉快に感じるかもしれず、一方、逆の場合は、勿体ぶった書き方が無駄で不愉快に感じるかもしれないと。「常識がない」ととるか「文化の違い」と捉えるかで、仕事関係に大きく影響し、但し、「文化」の違いを認識するだけでは何も解決せず、本書ではこの違いをどのように解決し、活用していけばいいのか具体的なスキルを紹介しています。

 第1部~第2部の第4章までは、「カルチュラル・コンピテンス」がどういうものかを詳しく説明しています。第2部の第5章からは、「森山豊」という、M&Aに伴う懸案で、中年にして初めてチームリーダーとして海外に派遣されることになった架空の人物「森山豊」の経験を通し、日本人が海外でビジネスを行っていく上でどのように「文化」を理解し、対応していったのかというケース・ストーリーとなっています。第3部では、ベルリッツが実際に行った研修の事例を紹介しており、会社が抱える「文化」の問題がより具体的に記されています。

 「グローバル人材」について書かれた本は、著者自身の経験に基づくものが多く、それはそれで参考になったりもしますが、日系企業から多国籍企業の経営トップに転身した人(その逆のケースもあるが)や、証券マンから国際金融アナリストに転身したといった人などが書いたりしたものが多く、その人のキャリアの華々しさに、読む側としてはちょっと引いてしまうことが少なからずあり、また、そこで語られる内容も、著者個人の経験や価値観が色濃く反映されたりもしているように思います(勿論、良書もあるが、コンサルタントとして独立したことに伴う名刺代わりの本だったりする側面もあったりする)。

 それらの本を場当たり的に読んでいくのも悪いとは言いませんが、やや非効率かも。その点、本書は、「教科書」と謳うだけあって、「カルチュラル・コンピテンス」の概念がよく整理されており、但し、概念整理だけだと読んでもそれほど頭に残らないということからか、「森山豊」という人物の"奮闘記"とも言える事例が挿入されていて、これが実に活き活きしていて、小説を読むように楽しく読め、また、そのケース・ストーリーを通して、個対集団、個対個の関係においてどのような形でリーダーシップを発揮していくかを示すとともに、最初に述べた理論をおさらいするような形になっていて、とても分かり良いもののように思えました。

 国による文化の違いだけでなく、日本人であろうと外国人であろうと、同国人であってもその中で個人差があることに着眼しており、また、相手の価値観や文化に合わせるだけでなく、自国の文化や自分自身の価値観を主張し、相手に理解させることの重要さを(これもストーリー仕立てで)説いている点もいいです(まえがきに「日本人同士の仕事であっても仕事の進め方に悩んでいる方には有益であろう」とあるが、まさにその通りかも知れない)。

 自社の研修テキストをオープンにしているという点では、(これもまた自社ビジネスの一環であるにしても)好感が持てます。日本は所謂モノカルチャー社会と言われており、異質な文化と接する機会が少なかったと言えますが、今後、グローバル社会へと進んでいくにあたり、ビジネス文化の異なる人たちとの問題解決の一助になればと考えての刊行とのことで、また、M&Aで生じる会社間の文化の違いや、各コミュニティや個々人の、文化の違いから発生する問題など、日常に潜む「文化」の違いを発見してみる一助にもなるかも知れません。

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「守・破・離」という従来の概念に、マネジャー、スペシャリストという概念をクロスオーバーさせたもの?

「一体感」が会社を潰す―6.JPG「一体感」が会社を潰す1.JPG
「一体感」が会社を潰す 異質と一流を排除する<子ども病>の正体 (PHPビジネス新書)

 バブル崩壊までの高度経済成長期においては、社員は社長や上司の号令のもと、一致団結して同じ行動をとることが組織の勝利の方程式であり、そのため、組織において「一体感」や「仲間意識」を高めることが、非常に良いこととされてきた―しかし、これまでの社会情勢に合わせて発達してきたこの「一体感」や「仲間意識」が、ここに来て、たくさんの組織、会社の成長をかえって妨げているのではないか。そして、変化に適応できていない人や組織が、かつての成功モデルにしがみつき、かつて合理的であった、仲間ウチの「一体感」を高めるべく、子どもっぽい思考や行動、そして組織のあり方を続けているのではないか―。

 25年以上にわたり、30社以上の組織に経営改革のための助言をしてきた組織コンサルタントであるという著者(この人の本はあ『インディペンデント・コントラクター―社員でも起業でもない「第3の働き方」』を読んだことがある)は、こうした状況を「組織の<子ども病>」と呼び、本書前半部分(第1章~第3章)では、個人、組織文化、マネジメントの3つの観点から「コドモ組織」の以下の15のパターンを、事例でもって分かり易く示しています。著者が本書をエッセイ風に書いたブログで述べている通り、この部分は楽しく読めました。

「個人がコドモ」
 パターン1:誰が当事者?批評家ばかりの組織
  パターン2:「空気」に支配されている人たちの組織
  パターン3:「稼ぐ」ことを忘れた人たちの組織
 パターン4:仲間としか仕事をしない人たちの組織
 パターン5:忠誠心の表明を要求する上司がいる組織
「組織文化がコドモ」
 パターン6:全体最適より個別最適を優先する組織
 パターン7:必要以上に摩擦を回避する組織
  パターン8:よその部署の情報が流れてこない組織
 パターン9:例外対応ができていない組織
 パターン10:議論のための議論で満足する組織
「マネジメントがコドモ」
 パターン11:実現不可能な目標が設定される組織
 パターン12:権限と責任が不釣り合いな組織
 パターン13:優先順位がつけられない組織
 パターン14:反省しない、学習能力の低い組織
  パターン15:一流が排除される組織

 そして、続く第4章で、コドモ組織と大人組織の違いを「標準化力と同質性/専門技術力と異質性」といったように対比的に示し、コドモ組織が大人組織に変わるための3つのポイントとして、1.個人の「自立」と「自律」、2 .目的合理的な思考行動パターン、3.マネジメントのプロ化、を掲げ、それぞれ解説しています。

 この中ではまず、個人の「自立」と「自律」を具体的に考えるために、両要素を縦横の軸としたマトリクスを示しています。そして、目指すべき究極は「プロフェッショナル」乃至は「超一流」であるとの前提のもと、「丁稚」→「一人前」→「自律」というプロセスを経て次に「統合的役割」に至るのが通常だが、「自律」での研鑽が足りないために、次段階の「プロフェッショナル」に至る前に厚い壁があるとし、また、「一人前」段階で「一流」を目指すにしても、「一人前」から「自律」を経ないでそこへ行こうとするから、やはりそこには厚い壁があるとしています。つまり、「プロフェッショナル」への道と同様、「一人前」から「自律」へ行き、そこで研鑽を積むことで初めて「一流」「超一流」への道が開けるというものです。

 そして、コドモの組織から大人の組織になるためには、「目的合理的な思考行動パターン」が求められ、それは例えば、自分の仕事にこだわりを持ち、自分がやるべき仕事を深く理解して、自分のやりたい仕事ができる組織で働くことができることが目的合理的ということになると。そこで摩擦が起こるのは当たり前であり、それを回避するのではなく、摩擦が発展の糧となると考えるべきだとしています。

 更に、「マネジメントのプロ化」とは、専門家の持つ多様性を束ねて機能的に統合し、共通の目標を実現させるようにすることであり、一流から一目置かれる「眼力」と「質問力」を有するのがマネジメントのプロであり、また、大人の組織はルールではなくプリンシプルで動き、プロセス制御ではなく結果制御であるとしています。

そして、最後の第5章では、組織がコドモの組織である状況で、大人になるための戦略を、「一流の仕事人」の日常を通して解説し、一流の技術者、プロフェッショナルとして大切にしたい要素として、1.自助努力、2.連携、3.正直かつ率直、4.ポジティブ、5.基準を高くもつ、の5つを挙げています。

 全体を通して啓発的であるだけでなく理論構成もしっかりしていて、書かれていることは異を唱えるものではありませんが、考え方は、本書の中にも出てくる「守・破・離」という従来の概念と、マネジャー、スペシャリストという概念をクロスオーバーさせたものであるように思われました。

 但し、現代ビジネスに求められる高度の専門性や、常に変革が求められる時代環境に即した、新たなマネジャー、スペシャリスト像を示しているという点では評価できると思います(「一体感」を批判していると言うより、「自律」段階にある人を異質なもの、または脅威として潰してしまう組織体質を批判している本だと思った)。

 一方で、「一流」「超一流」という言葉を使っていることにやや引っ掛かりました。スポーツにおけるスター選手などと違ってビジネスの現場では、「一流」の仕事をしている人って意外と自分が「一流」だという意識は無かったりするのではないかなあ。まだ「丁稚」段階にある人に向かって、あんまり「一流」ということを言いすぎると、逆に「守・破・離」の「破」をすっ飛ばして「離」に行こうとして、著者が意図したものと逆の結果を生むことに繋がる気もするのですが、杞憂に過ぎないものでしょうか。 自己啓発書的要素もあり、読む人によって相性の違いはある本だと思います。

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手軽に読めるがややインパクトは弱いか。若手ビジネスパーソンへのサバイバルのための指南書?

崩壊する組織にはみな「前兆」がある 1.jpg崩壊する組織にはみな「前兆」がある: 気づき、生き延びるための15の知恵 (PHPビジネス新書)

 三菱商事で10年間海外プロジェクトを担当後、ボストン・コンサルティンググループ(BCG)で19年間内外の一流企業に経営アドバイスを行ってきたという著者(現在は経営大学院教授)が、企業組織が崩壊に向かう「前兆」となる現象を紹介するとともに、その問題点や発生原因を解説したものです。読者ターゲットは、キャリア半ばのビジネスパーソンであるとのことで、そのため、大手コンサルティングファームの出身者が書いた本であるわりには、"田の字"の図説が多用されているようなものに比べ、分かり易く書かれているように思いました。

 本書で取り上げられている15の前兆とは、「沈黙する」「どなり合う」「ブンブン回る」「飾り立てる」「コロコロ変わる」「誇大妄想する」「はしごを外す」「浮かれる」「MBAする」「面従腹背する」「密談する」「ぐちゃぐちゃになる」「からめとられる」「別居する」「マヒする」「落下する」の15です(なぜか16あるね)。

 これらの前兆の発生に大きく影響する要因として、①企業のライフサイクル・ステージ、②企業のDNA、③そのときどきのリーダーのタイプの3つがあり、これらが組み合わさってこうした前兆が生まれるとしています。15の前兆の並べ方は、概ね企業のライフサイクル・ステージに沿ったものであり、「ブンブン回る」あたりから創業期、「浮かれる」あたりから成長期の問題となり、「面従腹背する」「密談する」あたりで成熟期・再生期、「マヒする」「落下する」で衰退期から組織崩壊へ至るとしています。

 15の前兆は、何となく読む前から内容が分かりそうなものもありますが、そうでないものも、各章の冒頭に具体的な事例が紹介されていて、読み始めればすぐにナルホドなあと。例えば「飾り立てる」の章では、経営者が美術品や競走馬にはまった例が紹介されていますが、経営トップ自らが「経営者本」を出したりして、メディアなどで飾り立てられている組織も、顕在的・潜在的両面で問題を内包している可能性が高いとしています。

 「はしごを外す」とは、リスクのある仕事を他人にやらせてその成否を見極め、うまくいけばすかさず自分の手柄にし、うまくいかなければ責任を他人に押し付けて逃げることであり、テレビドラマ「半沢直樹」を思い出してしまいました。ドラマでは、そうした上司に立ち向かう主人公がヒーローとして描かれているのに対し、本書のスタンスは、若いビジネスパーソンの立場に立って、そうしたことが蔓延する組織をどう見切るか、その"見切り"のポイント、ビジネスパーソンとしてのサバイバル方法を指南していると言えるかと思います。

 ただ、個人的に思うに、若いビジネスパーソンの方が意外とこれらの組織崩壊の前兆に敏感であり、むしろ、本書にもあるように、危機感覚が「マヒする」ことになりがちなのは、"組織の中にどっぷりと浸かっている"ベテランだったりするのではないかなあ。

 著者は、15の前兆の中で最も危険なものを一つ選べと言われれば、「沈黙する」(会議などで出席者が口を開かないこと)を選ぶとしており、ベテランの経営コンサルタントが、どのような視点で企業診断を行っているかを知るうえでは興味深い面もありました。ただ、人事パーソンの目線からすれば、全体としてはそれほどインパクトのある本ではないかも(まあ、一応、自らの組織の中で起きていることが、組織崩壊の"前兆"に該当するかどうかを振り返ってみる分には悪くない、と言うか、手軽に読める本ではありますが。

《読書MEMO》
●出席者が会議で沈黙する
役員会での沈黙、部門会議での沈黙、労使懇談会や職場をよくする会での沈黙。せっかく議論するために集まっているのに、みな口を開かない。(中略) 多くの場合、沈黙の会議は、その組織に何か大きな不具合が生じていることの「兆候」と考えてよい。役員会が静かで、議論が活発化していない企業は、おそらく経営的に問題があると疑ってよい。この例の会社もそれから間もなくして、経営不振に陥り、社長も退任させられてしまった。
●経営者が美術品や馬にはまる
これも有名な話だが、ある成功した技術系新興企業の経営者が、ふとしたはずみで馬主になったらその魅力に取りつかれ、ついには巨額の資金を競馬に投じるようになってしまった。しばらくして彼は、会社の役員会で社長を電撃的に解任されてしまった。一説には、彼が「競走馬育成事業」を会社の中核事業にしようと目論んだため、他の役員がそれを阻止するためだった、とも言われている。そのまま競馬事業に突き進んでいたら、その会社の経営はどうなっていただろうか。
●「はしご外し」が蔓延する
正しいことやチャンスがあることでも、そのリスクが目について、自分ではなかなか先頭を切れなくなる。そこで他の人にやらせて、その成否を見極める。うまくいけばすかさず前に出て、自分の手柄にするし、うまくいかなければ首を引っ込めて、責任をそいつに押し付けて逃げる。(中略)もちろん、こうした「はしご外し」行動が蔓延すれば、その組織には徐々に活力が失われ、もはやかつてのようなダイナミックな成長は期待できない。緩やかに衰退していくしかない。
●幹部社員が不審な行動をとる
会社の社員、特に幹部社員に不審な行動が目立つようになると、危険な兆候であることが多い。ひそひそ話、密談、長時間の離席、非常階段や喫煙コーナーなどでの長い携帯電話、会議の席などで目を伏せる、目を合わせない......。こうした行動がしばしば目撃されるのは、組織崩壊の前兆である。幹部や社員は、さまざまな理由で、会社を逃げ出そうとしている可能性が高い。
●利害関係者が多い
こうした体験を通じて、私が考え出したのは、「ステークホールダーの数と意思決定スピードは二乗に反比例する」という法則である。この意味は、ステークホールダーの数が、たとえば4人から5人へと2倍になると、意思決定のスピードは、2×2=4の逆数で4分の1に落ち、意思決定にかかる時問は逆に4倍に延びるということである。ステークホールダーが多いことは、それだけ組織の足を引っ張り、うすのろの組織にする絶大な効果があるということだ。
●「やつら対われわれ」と言いだすようになる
合弁会社や統合会社は、男女の結婚のようなものである。最初は、相思相愛の熱烈な恋愛感情で結ばれたカップルも、結婚して一緒に暮らすようになると、「こんなはずではなかった」という思いが生じ、両者の間に冷ややかなすきま風が吹くようになる。(中略)会話の中に、「やつら対われわれ」というような表現が出てくるのは、パートナー間に不信感が蔓延していることの表れである。こうなると、組織の崩壊も間近である。
●組織の中に浸かってマヒする
想定外の事故が起きたとき、事故調査委員会などが組織されて、事故原因を調査する。そうすると、経営が緩んでいた兆候や、事故が起きる伏線あるいは予兆がいたるところに出てくる。それに対して、調査委員会もまたメディアも「想定できたじゃないか」とか、「事前になぜ手を打てなかったのか」とか、「経営陣の怠慢だ」と責めることになる。(中略)しかし、実際に事故発生前の組織の中にどっぷりと浸かっていると、そうした兆候がいたるところにあったとしても、気がつかない。あるいは気がついていても手を打とうという行動にはならない。「まあ今まで大丈夫だったし...」とか、「自分の任期中には目をつむろう...」となるわけである。

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従業員を辞めさせない「新ブラック企業」の実態について、企業だけでなく、働く側の心理、社会的・経済的背景にまで言及。

辞めたくても、辞められない!.jpg辞めたくても、辞められない! (廣済堂新書)』(2014/02 廣済堂新書)

 一般的に「ブラック企業=従業員を辞めさせる(辞めさせたい)」という構図があると思われますが、本書では、それとは真逆の、最近増えてきていると思われる「従業員を辞めさせない」企業(「新ブラック企業」とでも呼べばいいか)の実態を取り上げています。

 「従業員を辞めさせない」企業の実例を紹介し、その遣り口をタイプ別に分類した上で、本書では「従業員を辞めさせない」企業の特徴として、その背景に、独裁的経営者の下での「低賃金・重労働・人手不足」という3つの要素があるとしており、本質的には「辞めさせない企業」は「使い捨て企業」と表裏一体であると看破しています。

 更にそうした背景とは別に(或いはあたかもそれに呼応するように)、働く若者の側に、会社の「言いなり」になる心理構造がみられ、「素直で誠実」「自罰的傾向(自分が悪いと考える傾向)」「社会性の希薄」「働くルールの基礎知識の欠如」などがみられるとのことです。

 「従業員を辞めさせない」企業というのも詰まる所ブラック企業であり、本書では最後にブラック経営者から身を守るにはどうすればよいかを指南していますが、個人的にはそんな会社はとっとと辞めればいいのにと思ってしまうものの、実際には、従業員を巧妙に辞めさせない会社、辞められないという心理に陥ってしまう労働者、今のところ法的措置は考えていない政府、といった構造的な問題があり、そう簡単に解決が図れることでもないようです。著者は、働く者は身を守るために「武装」する必要があると言っています。

 労働問題・労働経済分野において多くの著書、ルポルタージュがある著者による本であり、本書は新書で200ページ弱のさらっと読める内容ですが、その限られた紙数の中で、単にこうした「従業員を辞めさせない企業」=「新ブラック企業」の実態を暴くだけに止まらず、その背景にあるものを、ブラック経営者の思惑だけでなく、労働者個人の心理から社会的・経済的背景にまで言及・分析している点はさすがかと思います。

 一方で、さらっと読める分、そうした企業があることをある程度実態として知っている人にとっては、こうしたことへの「言及」は状況の再確認になるものの、「分析」そのものは特段ユニークと思われるものは無かったかも(オーソドックスな「新ブラック企業」入門という感じ)。
 とは言え、景気回復基調に浮かれるアベノミックスの裏で、労働者は疲弊し、職場自体も病んでいる―そうした実態を改めて知らしめる1冊ではありました。

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基本的には教養書だが、その範疇にとどまらず今後の賃金のあり方を考えるうえでの示唆を含む。

日本の賃金を歴史から考える.jpg日本の賃金を歴史から考える』['13年/旬報社] 金子良事.jpg 金子良事 氏 

 著者によれば、高齢化社会における介護の問題など、労働者の生活問題の範囲が広がる中で、賃金は必ずしも生活問題の筆頭にあがらなくなってきたが、だからといって賃金の重要性が減じたわけではないとのこと。本書は、今、賃金の重要性を再認識するためにはどうすればよいのか、その答えを歴史のなかに求める一つの試みであるとのことです。

 確かに、人事労務の専門誌の特集テーマを見ても、ここ10年で賃金制度を取り上げている回数はかなり減っているし、企業担当者の間でも、賃金制度の策定に携わった経験のない人事パーソンが増えているのは事実ではないでしょうか。本書は、そうした人々をはじめ、働く人、労働組合関係者、賃金コンサルタント、近い将来賃金を生活の糧として働く学生など、なんらかのかたちで賃金に関心のある人を広く対象として書いたとのことです。

 したがって、初学者にも通読できるようにするため敢えて学術論文のスタイルはとらず、図表も全編を通してたった1つあるだけで、それ以外は統計表もなく、すべて地の文となっており、そのかわり、賃金そのものの多様な考え方をできるだけ多く紹介し、さらに、その背景にある社会の歴史の説明に多くを割いています。

 著者の意図は、日本の賃金の歴史研究を通して現状の実践的問題に対する意識を高め、賃金についての議論を再び活性化させることにあるようですが、単純に歴史的関心から読み始めても面白く読める本ではないでしょうか。身元保証人制度のルーツは、江戸時代の期間奉公にあり、当時、奉公人の衣食住を保証する一方で、貨幣的な報酬は保証人に支払われていた―とか(「被用者の従属制と生活の保障」)。

 報酬には、感謝報恩と受取権利という2つの考え方があり、これを現代に置き換えれば、前者が「給与」、後者が「賃金」となり、それぞれ、英語の「salary」「wage」に対応するというのも興味深いです(「報酬の考え方としての感謝報恩と受取権利」)。「賞与金(ボーナス)」の系譜、「社員」という呼称の始まり、「人事部」の登場、科学的管理法の登場などの解説も興味深く読めました。

 さらに、「日本的賃金」というものがどのように形成されていったのか、基本給を中心とした賃金体系の形成というミクロの視点から解き明かすとともに、賃金政策と賃金決定機構、社会生活における賃金のあり方といったマクロの視点まで幅広く論考されているため、社会政策、社会福祉などに関心をもつ読者にも応えるものとなっています。

 一般書であるとはしながらも研究者も読者対象としているようであり、"手加減"はされていないとの印象を受ける一方で、一般の読者には難解な箇所があれば読み飛ばしてもいいとしています。

 基本的には教養書であり、自分自身も、現状およびこれからの賃金問題を考えるといった大上段に構えるのではなく、単純に歴史的関心から読み始めたのですが、そもそも、こうした本があまり刊行されていないだけに貴重であるように思われました(本書を読むと解るが、テーマによっては歴史的資料が充分でない面があり、体系立てて歴史的変遷を探るのは結構大変そう)。

 但し、その上で、単に教養書の範疇にとどまらず、これからの賃金のあり方を考えるうえで、多くの示唆を含んだ労作であるように思いました(hamacanこと労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎氏がオビの推薦文を。ブログでも絶賛していたなあ)。
 
《読書MEMO》 
●主な目次
 第1章 二つの賃金
 第2章 工場労働者によって形成される雇用社会
 第3章 第一次世界大戦と賃金制度を決める主要プレイヤーの登場
 第4章 日本的賃金の誕生
 第5章 基本給を中心とした賃金体系
 第6章 雇用類型と組織
 第7章 賃金政策と賃金決定機構
 第8章 社会生活のなかの賃金
●出版社からのコメント
 推薦 濱口桂一郎氏(労働政策研究・研修機構 労使関係部門統括研究員)
  このタイトルは過小広告!
  賃金だけでなく日本の雇用の全体像を歴史を軸に描き出した名著

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統計データから「正社員」の現在を分析。悲観的ではあるが、一定の説得力を持った現実的所見。

「正社員」の研究.jpg「正社員」の研究』 小倉 一哉.jpg 小倉 一哉 早稲田大学商学学術院准教授(略歴下記)

 長引いた不況とその後の景気回復の遅れによって、全雇用者数に占める非正規社員の割合は3分の1を超える現在ですが、それでも、依然として残り約3分の2の雇用労働者は「正社員」であるわけです。労働研究の分野では、トレンドとして「非正社員」に関する研究は目立つものの、「正社員」の研究は多くはなかった―そこで、企業における「正社員」の位置づけと役割は今どうなっているかを考察したのが本書です。

 バブル崩壊後の「失われた20年」で「正社員」の姿は変わったと言われていますが、研究書としての性格が強い本書では、「正社員」についての様々な研究蓄積や多くの統計データから、「正社員」及びそれを取り巻く環境の変化を分析し、事実確認並びに考察と検討を行っています。

 第1章では、「正社員」とは何かを考察していますが、そもそも「正社員」の厳密な定義は存在せず、統計調査においても省庁間や時期の違いによって微妙なニュアンスの差があるようです。また、新聞記事などに「正社員」という言葉が徐々に登場し始めたのは1980年代で、それがほぼ毎日のように紙面に登場するようになったのは2000年代になってからとのことだそうです。しかし、それまでにも当然のことながら、現在の「正社員」に該当する労働者はいたわけであり(単に「社員」「職員」などと呼ばれていた)、本書では、多くの会社に存在する「正社員」のイメージと大きく異ならない範囲で、これらを研究対象として取り上げることを予め断っています。

 以降の章で、「正社員」の雇用の安定、転職と定着、人事評価、賃金と福利厚生、労働時間などの側面を取り上げていますが、そうした分析を通して、例えば雇用や賃金については、2000年代以降、「正社員」の平均勤続年数は短くなり、賃金は低下し、一部の「正社員」に関しては、賃金カーブもフラットになってきていることなどが明らかにされています。正社員が雇用不安を感じる要因は、現在の家計を維持しなければならない正社員が、会社の経営状況などに危機感を持っている場合が多いとのことです。

 大方は、本書が読者対象として想定している「労働市場の動向に関心を持っているすべての人」が感じているだろうと思われることを裏付けるものとなっていますが、雇用不安や転職志向、あるいは会社を辞めない理由など、働く人の心理面にまで踏み込んだ調査についても取り上げ、詳細に分析されている点は丁寧であるように思いました。

 こうした分析が本書の"本体部分"ですが、最終章において、データ等から得られた事実発見をもとに、これからの正社員について考察がなされています。

 それによれば、まず、「正社員」はいなくなるのかいうことについてですが、企業の中核的な人材は、定着してきている成果主義的な人事評価によって、ますます厳しい状態に置かれているように感じるとしながらも、今さら牧歌的な職能資格制度に戻る気配はなく、これからも改良型の成果主義が、人事評価、処遇の中心に据えられるだろうとし、また、(長期的には「正社員」と「非正社員」の間にある壁が取り払われる日がくるかもしれないが)冷静に考えれば企業の中核を支える屋台骨的な「正社員」が消滅するはずはなく、但し、何十年も後には、ごく少数の「正社員」とその他大勢の「その他社員」などという括りになっているかもしれないとしています。

 また、「正社員」の特徴の一つである長時間労働については、恒常的な残業と引き替えに「正社員」の雇用が守られているうちは、「正社員」の労働時間が長期的にみて短くなることはないだろうとしています。日本の正社員はまじめであり、「どこが100点かわからないのに、100点を目指して働いている」人が多いと感じるとも。まじめな「正社員」が多くいることは、それだけ労働時間が短くなる可能性は低くなるということであるとしています。

 著者は、「正社員」が守られ過ぎているという主張に対し、確かに「非正社員」と比較すれば、「正社員」は多くの点で恵まれているが、だからと言って、「正社員」という「身分」を撤廃せよとの主張に対しては、これまでの「正社員」が享受していた職業能力の向上機会が減ることに繋がるのではないかと疑念を呈しています。

 また著者は、本書で検討した「正社員」の現状は、「正社員」にまつわる不安をさらに強めることになってしまったとも述べています。本書から導かれた結論が、「やはり正社員の相対的価値が高まっている」「正社員は今後も枠が狭められるだろう」「成果主義、仕事のきつさ、長時間労働という正社員の厳しい特徴も緩和される気配がない」という(執筆前から予想がついた)悲観的な結論で筆を置かねばならないのが残念であるとしていますが、これだけの研究蓄積や多くの統計データを分析してきた上での所感であるだけに、一定の説得力を持った、現実的な"所見"となっているように思われました。
_____________________________________________________
小倉 一哉(おぐら・かずや)/早稲田大学商学学術院准教授
 1965年東京生まれ
 明治大学商学部卒業
 早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。博士(商学)
 1993年より2011年まで労働政策研究・研修機構に勤務
 専門分野は労働経済・労使関係
著書(単著)
  『エンドレス・ワーカーズ 働きすぎ日本人の実像』日本経済新聞出版社、2007年、
 『会社が教えてくれない働き方の授業』中経出版、2010年 など。

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人事・賃金・考制度のオーソドックスかつ木目の細かいテキストであるとともに、今後のあり方を探るうえでの啓発書でもある。

65歳全員雇用に対応する人事・賃金・考課の知識と実務9.JPG65歳全員雇用に対応する人事・賃金・考課の知識と実務.jpg65歳全員雇用に対応する人事・賃金・考課の知識と実務

 本書の著者の小柳(おやなぎ)勝二郎氏は、日本経営者団体連盟の元理事で、賃金部長、労務部長などを歴任し、日経連を退職した後はコンサルタント(なMMC総研代表)として活躍している人ですが、65歳雇用に限らず(もちろんその問題は念頭に置きながら)、人事・賃金・考課についての基礎知識全般を網羅したうえに、実務に沿ったオーソドックスかつ木目の細かい解説がなされているように思いました。

 第1部「65歳までの雇用確保措置と人事・賃金等の具体的対策」では、高年齢者雇用安定法の改正のポイント、雇用確保の考え方、制度化に当たっての留意点、具体的対応策を整理してまとめています。継続雇用の問題をマクロ的な観点や人事施策的な面から解説する一方で、例えば再雇用制度の導入に伴う賃金カーブの見直しについては4つの方法に分けて解説しており、さらに、定年延長の実施についても4つの方法を示すなど、それぞれの企業の人事戦略の違いに対応できる制度解説となっており、また、今後の人事管理の動向を見据えた提案的な要素も多分に含まれたものとなっています。

 第2部「これからの人事制度のあり方と具体策」では、人事制度の導入・運用・管理の方法を解説するとともに、人事制度導入についての基礎知識、等級制度の導入方法について詳しく述べ、さらに、グローバル人材の確保・育成・活用と処遇制度についても触れられています。特に、成果主義の問題点と対策について述べている箇所で、職務・役割・成果主義の制度の内容をよく理解し、従業員に十分説明して制度作りや管理・運用をすれば、公正で納得できる制度として従業員からも評価されるだろうとしている点はしっくりきました。

 以降、第3部「目標管理制度の導入・活用方法」、第4部「納得性を高める人事考課制度の導入・活用のポイント」、第5部「賃金制度の導入・見直しのポイント」、第6部「賞与・一時金制度見直しのポイント」、そして最後の第7部「退職一時金の見直し方向」まで、人事・賃金・目標管理・人事考課等を広く網羅しており、また、制度設計における実務入門書としてもかなり深いレベルまで踏み込んでいますが、それら技術面の解説の前にまず人事理念や制度背景の説明から入り、そうした制度を入れることの意義をしっかり解説しているため、技術的なテキストとして読めるだけでなく、人事・賃金・考課制度のあり方を根本的におさらいする啓発書にもなっているように思いました。

 何よりも制度解説が具体的であり、その意味では、制度設計に携わる人にとってリジッドな(手堅い)指南書であることは疑いの余地はないと思われますが、人事パーソン全般にとっても、これからの超高齢社会を念頭に置きながら人事制度のあり方を探る啓発書として読める本であり、これだけの"濃い"内容で2,000円という価格はかなり良心的であるとみていいのではないでしょうか。全体を通読し(かなり読みではあるが)、その上で手元に常備しておいて必要に応じて参考書として使う、あるいはさらなる自己啓発のために再読するといった使い方になるのではないでしょうか。役職階層を問わずお薦めしたい良書です。

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前著『労働契約法入門』の改定だが、タイトル通りの入門書としてスッキリした。

労働法の基本36.JPG労働法の基本 (日経文庫)』〔'13年〕労働契約法入門 山川隆一.jpg労働契約法入門 (日経文庫)

 '08(平成20)年3月に労働契約法施行された際に、日経文庫で、大学教授(昨年['13年]、慶應大学から東大に移った)の山川隆一氏の『労働契約法入門』と弁護士の浅井隆氏の『労働契約の実務』がほぼ同時に刊行されましたが、今度は、その労働契約法の'12(平成24)年の改正に伴って、同じ日経文庫で浅井氏の『Q&A 管理職のための労働法の使い方』が'13年3月に刊行され、それに続くかのように山川氏による本書『労働法の基本』が刊行されました。

 日経文庫編集部は、法制定及び改正のごとに弁護士と大学教授でセットにして書かせているのか? ('12年の法改正については、同じく日経文庫で、安西愈弁護士による『雇用法改正―人事・労務はこう変わる』が今年['13年]2月に刊行されている)。日経文庫編集部は、法制定及び改正のごとに弁護士と大学教授でセットにして書かせているのか?(悪くない試みだと思うが)

 今回の浅井氏と山川氏の著書を比べると、浅井氏の本は「職場の管理職」向けで、山川氏の方は「初学者」向け(人事部の初任者なども含まれるか)と、多少読者層を変えてきているようです。

 山川氏の前著『労働契約法入門』は、「労働契約法」に的を絞ったものと言うより労働法全般の入門書として読めるもので、その分、はっきり言ってややタイトルずれの感もありましたが(労働契約法だけだと、規定を置いた事項が限られている上に判例は未だ無い状況だったので、労働基準法などについても取り上げ、個別的労働関係法全般を概観するものとした―と本書まえがきにもある『労働法の基本』.JPGが)、本書『労働法の基本』は前著『労働契約法入門』を改定し、平成24年の労働契約法の改正など最近の法改正の状況を織り込みつつ、個別的労働関係法の解説を充実させるとともに、労働組合法など集団的労働関係法における法的ルールについてもとり上げたとのことです。

 その分、網羅的であるとともに、タイトルずれが無くなって、入門書としてスッキリしたという感じでしょうか。労働法とは何かということから始まって、労働契約の基礎と労働条件の決定・変更、人事をめぐる法的ルール、労働契約の終了と続き、労働条件(賃金・労働時間・労災補償)、更に、雇用平等・ワークライフバランス、様々な雇用形態といった今日的テーマを取り上げ、最後に、労働組合と労使関係についての解説がきています。

 工夫されていると思ったのは、本文の各所にQ&A形式の「チェックポイント」が設けられていて、自学自習ででも理解度を確認することできるようになっていることです(質問の解答は巻末に纏められている)。

 例えば第1章の章末には次の4つの問いがあります。
 Q1 労働基準法の定める基準を下回る労働条件も、労働者が自由な意思で合意した場合には有効となる。
 Q2 使用者が労働契約法の規定に従わない場合、労働基準監督官が是正勧告をすることがある。
 Q3 労働審判制度は、労働組合が使用者に対する権利を実現するためにも利用できる。
 Q4 都道府県労働局における個別労働紛争解決制度では、当事者に対して法に従った紛争解決を強制することはできない。
 解答は、
 Q1 × 労働基準法13条により無効となる。
 Q2 × 労働契約法は労働基準監督制度による実現は予定されていない。
 Q3 × 労働審判制度の対象は労働者個人が当事者となる個別紛争のみである。
 Q4 ○ 個別労働紛争解決促進制度のもとでの助言・指導もあっせんも、自主的な紛争解決を促進するための制度である。

 知ってる人は知ってるけれど、知らない人は知らないといった感じの問題が多いかな。設問文自体が本文テキストの延長及び要約としてあるようにもとれる良問が揃っているように思います。
 ベテランの人事パーソンは、部下である人事部の初任者に本書を読ませる前に、取り敢えず自身でこれらの設問に解答してみましょうね。

《読書MEMO》
●章立て
第1章 労働法とは何か
第2章 労働契約の基礎と労働条件の決定・変更
第3章 人事をめぐる法的ルール
第4章 労働契約の終了
第5章 労働条件--賃金・労働時間・労災補償
第6章 雇用平等・ワークライフバランス
第7章 様々な雇用形態
第8章 労働組合と労使関係

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地味め(?)だが意外と"優れもの"。職場管理者だけでなく人事パーソンも一読を。

Q&A 管理職のための労働法の使い方2.jpgQ&A 管理職のための労働法の使い方.jpg
Q&A 管理職のための労働法の使い方(日経文庫)』(2013/03 日経文庫)

 職場で起きる労務問題について、管理職としてどう対応したらよいかを、Q&A形式で具体的にまとめたものです。労働時間・残業管理、休暇の管理等について、労働法の知識を頭から順番に教科書的に解説するのではなく、現実に起こり得る問題を具体的に想定して、どのタイミングで何をすればいいのかを、実践的な観点から解説しています。

 法律の解説部分は、人事パーソンにとっては"おさらい"的なレベルでしょう。しかしながら、人事部とどう連携するかという視点から解説されているため、職場の管理職が単独であるいは人事部と連携して対応していくそのやり方が分かるだけでなく、それを引き取った人事部が、引き続き職場の管理職と連携して、どのような形で問題への対応に当たるのが望ましいのかを知る上でも、多くの示唆が含まれているように思いました。

 例えば、「労働時間・残業の管理」について解説した第1章には、朝、勝手に早い時間に出社し、早出残業をつけている社員がいて、そのやめさせ方をどうすればよいかという問いに対し、「始業時間までは勤務に入らず、始業時刻になったらただちに勤務=仕事に取りかかれるように、それ以上はしないように、と指示すればよい」としていますが、こうした問題などはまさに、法律問題というより、その職場に合ったルールづくりの在り方の問題なのでしょう。

 「さぼる社員、言うことを聞かない社員をどうただすか」を解説した第3章では、社外の人への態度が悪く、評判の悪い社員に対して、その態度を改めさせるためにどうすればよいかという問いに対し、業務指示として将来の行動規範を具体的に示すことで、改善指導の対象・目的を明確にするのがよいとし、更に、「なぜ、私だけにそういう指示をするのか」といった社員の反撃に対する対処の仕方も具体的に書かれています。

 無断欠勤が続いている社員を解雇せざるを得ない場合、長期無断欠勤が自然退職事由になっておらず普通解雇事由になっている場合は、解雇の意思表示が本人に到達しなければなりませんが、配達証明付内容証明郵便で解雇通知を発送して本人が受け取り拒否した場合は"未到達"になるため、解雇の効力が発生せず、このような場合においては、内容証明郵便ではなく普通郵便で発送するようにする―といった具体的な方法論についても触れられており、この辺りはむしろ人事部マターとしての基礎知識と言えるかと思います。

 以下、病気の社員、問題行動のある社員への対応、セクハラ・パワハラの防止、有期労働者の管理、派遣労働者の管理、請負労働者の管理、トラブル発生への予防と対応、外部の労働組合への対応など幅広い問題について、ともすると職場の管理者だけでなく人事パーソンでさえ判断を誤りがちなケースを設問形式で取り上げ、最新の改正法を踏まえつつ、予防や事後のフォローなども含め丁寧に解説しています。

 日経文庫という地味め(?)のレーベルの一冊である上に、タイトルに「管理職のための」とあるため、人事パーソンはついスルーしてしまいがちな本かもしれませんが、(職場管理者を啓発していく上では勿論のこと)人事パーソン自身が職場の管理者とともに労務問題への対処の在り方を考えていくうえで、改めて気づかされる点、考えさせる点が少なからずある本でした。

 ということで、意外と"優れもの"だったという印象。新書版という手軽さ、労働法の関係する実務に直接は携わっていない現場の管理者向けに平易に書かれているということもあり、ふだん労働法関連の本をあまり読まない人は(人事パーソンの中にもいるかもしれないけれど)一読されることをお勧めします(設問に対して、自分だったらこう対処する―とまず回答を想定してから、その後に解説に読み進むといい)。

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懲戒基準の世間相場や判例上の適否判断基準を把握しておくことは、意外と重要なことかも。

『懲戒処分 適正な対応と実務 (労政時報選書)』.JPG懲戒処分.JPG
懲戒処分 適正な対応と実務(労政時報選書)』(2013/03 労務行政)

 日々さまざまな事案や問題が発生する職場においては、人事管理的側面はもとより、企業秩序維持のためにも懲戒を検討しなければならないケースがありますが、社員の起こす非違行為は多様であり、それらについてどのように対応すべきかであるかは、そう簡単な問題ではないように思います。本書では、企業における懲戒処分の基本的事項、判断の分岐点等について、豊富な判例を基に弁護士が丁寧に解説しています。

 第1章「懲戒の種類・基本的考え方と実務上のポイント」では、懲戒処分とは何か、その根拠と限界並びに有効性について解説するとともに、「一事不再理の原則」など懲戒処分を適正に行うために知っておくべきこと、実際の懲戒処分の進め方、懲戒の種別や懲戒事由にはどのようなものがあるかなどの基本的事項を解説しています。

 第2章「労働判例に見る懲戒の有効・無効の分岐点」では、懲戒処分の基本的な考え方や懲戒権行使の限界を再確認すると共に、これまでの裁判例から、無断欠勤、業務命令違反、セクハラ・パワハラなど職場秩序を乱す行為、会社に損害を与える行為、私生活上の問題行為などに関する具体的事案について、それらが懲戒処分になるかならないのか、その分岐点を探っています。

 第3章「懲戒制度の最新実態調査」では、労務行政研究所のオリジナル調査として、企業における最近5年間の懲戒制度の変更状況や、懲戒段階の設定状況、処分の種類、賞罰委員会など審査期間の設定状況をはじめ、「無断欠勤日数と懲戒処分」「出勤停止日数」と賃金の支給状況」「解雇における退職金の支給状況」などのアンケート結果を示すとともに、「売上金100万円を使い込んだ場合」は77.9%が「懲戒解雇」を適用―といったように、モデルケース別にみた懲戒措置の回答をまとめることで、懲戒処分の"世間相場"を浮き彫りにしています。

 第4章「懲戒処分にまつわる実務Q&A」では、「痴漢を理由に懲戒処分を受けた後、再犯した社員の処分は?」「メールを私的利用している社員の処分は?」など、企業で実際に想定される21の懲戒対象のケースについて、その実務のポイントを、これも判例等を引用しつつ解説しています。

 最終第5章「懲戒に関する文書・書式例」では、セクハラ事案の場合の「譴責処分通知書」や残業命令拒否の場合の「譴責処分通知書」など、懲戒に関する具体的な文書・書式例が掲載されています。

 懲戒処分に関する実務的な解説書が少ない中、実務に供することを狙いとして多角的見地からよくまとめられているように思いました。
 ある程度の実務経験のある人事パーソンにとっての読みどころは第2章、第4章であるかと思われますが、第1章の基本解説の中にも、懲戒処分の「社内発表」に際しては、氏名の公表や、個人を特定し得る具体的事実の公表は原則として差し控えるべきであるといった、著者らの考えが織り込まれていたりもします。殆どの企業で氏名公表しているのではないかなあ(或いは、懲戒そのものを発表しないとか―これはこれでどうかなあと思うが)。

 懲戒をめぐる裁判例について、とりわけ近年のものがよく網羅されているのも本書の特長であり、実務担当者としては手元に置いておきたい一冊。
 企業によっては、取締役会や賞罰委員会が、懲戒すべき事案をうやむやにしたり、逆に暴走気味に厳しい処分を下したりすることもあるんだよなあ(そうした場合、少なからず社内ポリティックスが働いていることがある)。懲戒基準の世間相場や判例における適否判断基準を把握しておくことは、意外と重要なことかも。

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実務に役立てながら、法改正の意義と問題点をも知ることができる入門書。「無期転換」関連は読み処多し。

1雇用法改正.png雇用法改正 安西.jpg雇用法改正 人事・労務はこう変わる (日経文庫)

 平成24年に改正された、人事・労務に大きな影響を及ぼす3つの労働関係の法律について、それらの改正によって企業の人事労務はどう変わるのか、人材活用や雇用のリスク管理はどうすべきであるかという観点から、それぞれの法改正の背景やその具体的内容、実務対応の在り方を解説した本です。

 第一は、労働契約法の改正であり、有機労働契約を5年を超えて継続更新した場合における、無期雇用転換申込制度を定めました。第2は、労働者派遣法の改正であり、日雇い派遣の禁止、派遣先の1年以内の離職労働者の派遣禁止などが定められました。第3は、高年齢者雇用安定法の改正で、老齢厚生年金の支給年齢の引き上げに伴い、「65歳までの高年齢者雇用確保措置」が義務化され、継続雇用の対象者を労使協定による基準で定める制度が廃止されました。

 同じ日経新書に『人事の法律常識』(2013年、第9版)などの著書もある、第一人者の弁護士による解説書ですが、新書でありながらも詳しい解説がされていて、とりわけ改正労働契約法については、無期雇用転換のほかに、有期労働雇止め法理、期間労働者への不合理な労働条件の禁止のそれぞれについても単独で1章を割き、丁寧な解説がされています。

例えば、「無期転換申込みの手続」について、「無期転換申込みは契約期間満了前1ヵ月前までに行わなければならな い」といった手続の制限を設けることは、使用者が雇止めする場合の予告期間として定められている「少なくとも30日前」とのパラレルな関係からみて、「合理的であろうと解します」と書かれています。

 また、「更新5年の期間満了をもって、雇用契約は終了する」との定めが有効であるかについては、労働契約は使用者と労働者の合意によって成立するものであるから、このような労働契約は有効であるとし、ただし、当初からこの契約の趣旨に従い、例えば契約期間が1年毎であるなら、その都度更新について労働者と労使間で協議して、きちんと有期労働契約を締結し、「更新5年まで」ということを明白にしておく必要があるとのこと。労働者に対し、最長更新の限度を超える合理的期待を発生させるような言動をしたり、さらに5年を超えて更新したりすると、「5年の期間限定」の効力は全くなくなるとしています。

 それでは、現在の有期雇用者に「5年まで」の更新制限をつけられるか―この問題については、「更新日から5年を超える期間の更新は行わず、最終更新日の満了を以って終了する」旨の新たな契約条項に合意した場合は。この契約は有効となり、合意しなかった場合は、使用者としては、雇用の終了(雇止め)という方法をとるか、法的リスクを避けるため、一応は更新して、今後5年間の間に本人と協議を続け、最終更新日までに合意を得るという方法もあるとしています。

 以下、有期労働雇い止め法理がどのような場合に適用されるかといったことから、期間労働者への不合理な労働条件の禁止における「不合理な労働条件」とは何か、さらに、労働者派遣法の改正によって派遣先で必要となる対応や、高年齢者雇用安定法の改正に対する対応まで、実務に沿ってかなり突っ込んだ解説がされています。

 今回の労働契約法の改正は「雇用体系を混乱させる法改正」であるとし、期間労働者への不合理な労働条件の禁止における「不合理と認められるものであってはならない」という規定について、この規定の効力が争われた場合、いったい裁判所はどんな判決を下すべきか全く不明であるとするなど、著者らしい批判精神が織り込まれている点でも、入門書の枠を超えています。

 それでも形態上は新書であるため、手元に置いて実務の参考にするのに便利であり、実務に役立てながら、法改正の意義と問題点をも知ることができる本―といったところでしょうか。

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人事マネジメント、労働法それぞれの分野の第一人者による"相互乗り入れ"的討議。興味深い。

人事と法の対話 .JPG人事と法の対話 有斐閣.jpg
人事と法の対話 -- 新たな融合を目指して』(2013/10 有斐閣)

 企業内で実務携わる人事パーソンの立場からすると、労働法が次々とハードルを設定するために人事管理がやりにくいと感じられたり、また、人事管理上の課題や案件の解決に際して、労働法の規制があるがためにその選択肢が限定されたりすることもあるのではないかと思います。

 そうしたことから、ともすると人事管理(HRM)と労働法は対立する関係にあると捉えられがちですが、元をたどればいずれも労働者に資することを目的としている点では同じはずであり、ただし、人事管理においては企業経営に資することも併せて求められるために、そこが"対立"の起点となるように思われます。

 本書は、守島基博氏、大内伸哉氏という人事マネジメント、労働法それぞれの分野の第一人者による対談の形式をとっており、「限定正社員」「雇用の多様化」「解雇規制緩和」「高齢者の活用」などの人事管理におけるテーマを取り上げて、人事マネジメント、労働法それぞれの立場からこうした課題を論じることで、新たな人材マネジメントのあり方を考察したものです。

 ワーク・ライフ・バランス、メンタルヘルス、グローバル化対応など、取り上げているテーマが非常に今日的なものであるばかりでなく、守島氏が企業における人事マネジメントの実情を具体的に解説し、また、時に企業の実務者や産業医を交えた鼎談のかたちで、先進企業の具体的取り組み事例などをも紹介しているため、実務家が読んで充分にシズル感のある議論になっているように思いました。

 一方の大内氏も、そうした多様な企業の実情を新たな知見として謙虚に受け止め、それらを踏まえて今後の労働法が果たすべき役割について深く突っ込んだ見解を述べるなどしており、まさに「人事と法の対話」というタイトルに沿った内容になっているように思いました。

 対談を通して興味深く感じられたのは、守島氏もあとがきで指摘しているように、労働法が目指す人材管理のあり方は、正社員の雇用維持努力など多くの優良企業ではこれまでも実施されてきており、ただし、競争環境や働く人の意識の変化によって、わが国の人材マネジメントそのものが変化する必要に迫られているという実情があるということです。

 例えば「限定正社員」のような考え方が出てくると、従来のような正社員・非正社員といった二分法での人事管理では対応しきれなくなるわけであり、一方、労働法の方も、働き方の多様化に対応するようなかたちに少しずつ変化していくのではないかということが、両者の対談から示唆されているのが興味深いです。

 人事管理における今日的テーマを俯瞰し、自社の相対的位置づけを把握するうえでも参考になりますが、ただそれだけに終わらず、人事マネジメントのこれからのかたちを思い描き、さらに、労働法とどう付き合っていけばいいかについて考えをめぐらせることができる本であると思います。

 その答えは必ずしも容易に見つかるものではなく、また本書も安易に答えを導き出そうという姿勢はとっていませんが、人事マネジメントにおける個別の課題を時代の流れに沿って整理し、将来的な見識に基づいた課題解決のヒントを見出す一助となり得るという意味では、広く人事パーソンにお薦めしたい一冊です。

 対談形式なので読み易いというのもありますが、これまで、こうした人事マネジメント、労働法それぞれの分野の第一人者による"相互乗り入れ"的討議というものがあまりなかっただけに、個人的にもたいへん興味深く読めました。

「●人事マネジメント全般」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2250】 中央職業能力開発協会 『ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト 人事・人材開発2級 [第2版]』/『ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト 人事・人材開発3級 [第2版]
人事部長は「社風」の代理人。人事がリアルタイムでは回避している視点を突いている点で示唆に富む。

日本の人事は社風で決まる.jpg日本の人事は社風で決まる---出世と左遷を決める暗黙知の正体』(2014/02 ダイヤモンド社)

 著者は、大手銀行、セブン‐イレブン、楽天で人事部長などを歴任した人であり、現在は、様々な人材サービスを行っている企業グループの持ち株会社の社長を務めています。本書ではまず、出世した人は、その会社の社風が自分に合っていた人であるとしています。そして、社風とは言葉にはできない「暗黙知」であり、それを決めるのは、①ビジネスモデルを規定する顧客との距離、②資本形態、③会社の歴史の3つであるとしています。

 第1章から第3章までの前半部分では、そうした観点から、業界による社風の違いや、同じ業界内における企業間の社風の違いとそういsた違いがどうして生まれたのかを、幾つもの具体的事例を挙げて解説しており、この部分は読み物として興味深く読めるとともに、社風を決める要素は何かということの裏付けにもなっています。

 著者によれば、社風は会社を支配していて、会議の結論を決めるのも社風であるならば、飲み会・接待にも社風の違いがみえるとのことです。そして、その支配者である社風が最も力を発揮するのが人事分野であり、人事部長は「社風」の代理人であるとしています。従って、人事部長に期待される役割は、目から鼻に抜けるような先進的な人事制度を作ることでも、また、高邁な人事理念を浸透させることでもなく、まずは社内に吹く風、声なき社内世論を適切に読み取ることになるとしています。

 第4章では、社風と人事制度の関係について述べていますが、結論としては、社風に合致した人を偉くする仕組みが日本の人事制度であるとしています。従って「コンピタンシー」評価は「好き・嫌い」に近い感覚的評価となり、「成果主義」も結局は定着しておらず、伝統的な概念である「人物主義」が脈々と生き残っているとし、さらに、「目標管理制度」も、本来は絶対評価であるべきものを「相対評価で運用する」という建前と本音の使い分けが行われているとしています。

 第5章では、社風と採用の関係について述べていますが、人事部は採用のリスクを少なくするために「社風に合致した人」を感覚的に選び、この点においては採用も出世も同じであるとしています。その上で、どうやって企業を選べばいいのかを指南し、また、第6章では、入社してから社風とどう向き合えばよいのかを新人や中堅社員に向けてアドバイスしています。

 著者は、社風というものを必ずしも否定的には捉えておらず、むしろビジネスパーソン個々の立場としては、社風との間の「距離感」をコントロールすることが大事であるとしています。また、「日本的雇用」の終わりが説かれる今日においても、社風がコア人材を通じて会社を支配していく構造自体は変わらないだろうとしています。

 人事のベテラン・プロによる本であり、全体を通して説得力があるように思いました。人事パーソンとしての読みどころは第4章、第5章でしょうか。人事パーソンは概ね本書に書かれているようなことは何となく「肌で感じて」いながらも、人事制度や採用のあり方を一つの完成された中立的なシステムとして見なし(或いはそのことを指向して)、その何となく肌で感じているはずの部分は、リアルタイムでは意図的に頭の隅へ追いやる傾向にあるのではないでしょうか。本書は、社風が人事に直接的な影響を与えていることを解き明かしている点で、人事というものに対するリアル且つ独自の視座を提供しており、示唆的な内容かと思います。

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グローバル人事におけるトラブル防止、優秀人材の有効活用等。啓蒙レベルと実務レベルの話がリンクされている。

アメリカ企業には就業規則がない.jpgアメリカ企業には就業規則がない: グローバル人事「違い」のマネジメント』(2013/09 国書刊行会)

 日系・外資系銀行、外資系IT企業で人事の仕事に携わり、現在はコンサルティング会社と社会保険労務士事務所の代表を兼務し、外資系企業や海外に進出する日系企業へのサポートやコンサルティングをしている著者による本です。

 「アメリカ企業には就業規則がない」というタイトルを見て「そんなこと知っているよ」と思う人も多いかと思いますが、このタイトルは、日本企業とアメリカ(欧米)企業の雇用契約の在り方の違いの一例として挙げたものであり、雇用契約だけでなく、採用、給与、人事考課の在り方から、セクシャル・ハラスメント、ダイバシティ・マネジメントへの対応、優秀人材の確保方法まで、アメリカを中心とする海外企業の人事労務と日本企業の人事労務の取り組みや考え方の違い、それぞれの法的背景などについて紹介および解説されています。

 さらには、外国人と日本人の労働意識の違いなども、具体例をもって分かりやすく解説されていて、読者の中には、自分自身が外国人と仕事した際に経験したり感じたりしたことを、改めて自らの中で体系的に整理・理解する助けになる人もいるのではないかと思われます。

 著者は、これからの日本企業に必要なのは、異文化を日本文化と融合させるという日本人がこれまで用いてきたプロセスではなく、日本という核はしっかりと保ちつつも、相手の文化はそのまま受け入れる「多様性への適応力」であるとしています。グローバル人事を成功させる秘訣は「違い」のマネジメントにあり、自分と相手が違うということを受け入れマネージすることが重要であるということです。

 そうしたマネジメントのポイントとして、海外の人事労務と日本型の人事労務との違いを紹介し、この「違い」の原因の一つとして、諸外国と比べて、労働基準法を始めとする日本の労働法がユニークなものであることを指摘しています。また、労務管理における日本の常識が、海外では非常識となってしまう事例を紹介し、「違い」を認識することがグローバル人事の出発点であると説いています。

 グローバル人事を担うこれから日本企業の人事部のあり方にまで踏み込んで書かれていますが、これらの考察に際して、具体的に裏付けとなるデータを掲げ、また、中国における労働法や労務管理の解説している箇所に見られるように、法律・実務に関する部分についてもきちんとフォローされています。

 グローバルビジネスの行方を見据えた啓蒙的・教養的とも言える内容でありながらも、文章的にも内容的にも、学者や法律家の本によく見られるスタイルとは異なり、あくまでも実務家のもの、実務に近いところで書かれているのがいいです。

 グローバル人事におけるトラブルを未然に防ぐだけでなく、優秀な人材を有効に活用するためにはどのような労務管理を行えばよいのかといったことも含め、自らの経験も交えながらアドバイスされており、啓蒙レベルと実務レベルの話がしっかりリンクさているので、今そうしたグローバルな人事実務に携わっている人にも、近い将来に向けて対応への心構えをしておきたいという人にも、一読をお勧めします。

《読書MEMO》
●目次
はじめに
第1章 日本とアメリカの雇用契約の違い
第2章 採用、給与、人事考課に見る日本と欧米の違い
第3章 セクシャル・ハラスメント
第4章 ダイバシティ・マネジメントの考察
第5章 海外で優秀な人材を確保する方法
第6章 外国人と日本人の労働意識
第7章 英語は国際ビジネスの公用語
第8章 グローバル人材の育成と活用
第9章 日本人の海外駐在者と単身赴任者
第10章 中国の労働法
第11章 中国の労務管理
第12章 国際人事管理
第13章 ゼネラリストとスペシャリスト
第14章 日本と海外の違いの大きな原因は労働基準法にある
第15章 グローバル人事について
第16章 雇用契約書の内容
終 章 グローバルカンパニーへの道

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これからの人事の在り方、企業の枠組みを超えた働く理論の再構築に一石を投じた、啓発される要素の多い本。

社会的人事論.JPG社会的人事論2.jpg  木谷宏氏.jpg 木谷 宏 氏(麗澤大学教授)
社会的人事論 (年功制、成果主義に続く第3のマネジメントへ)』(2013/03 労働調査会)

 本書では、企業の利益追求を目的とする経営戦略が行き詰まりを見せ、社会環境の変化に対応した企業・人材・働き方が求められている今日では、人事管理の枠組みも、従来の経済的合理性から社会的合理性へとそのフレームワークを変えていく必要があるとして、年功制、成果主義に続く第3のマネジメントとして、「社会的人事論」という考え方を提唱しています。

 「社会的人事論」とは、第1に、社会的存在としての企業の枠組みを変えていくことであり、そのためにはすべての企業がCSR(企業の社会的責任)を果たすべく、経済・社会・環境のトリプル・ボトム・ラインによる企業経営を行うことが不可欠になるとしています。第2には、個々の働く人のすべてがプロフェッショナルへと変身することであり、エリートやスター社員を育成・選抜するための人事管理ではなく、パートタイマーやアルバイト、若年者や高齢者、そして男性も女性も全員が活躍できる企業風土、処遇、育成が不可欠なるとしています。第3は、多様な働き方の実現であり、それは、企業が預かっていた人々の24時間を個人に返還する試みであるといってもよいとしています。

 本書全体は5つの章から構成されており、第1章で人事管理の系譜と行く末を概観し、以下の章で、新たな人事の枠組みを企業、人材、働き方の3つのアプローチから考察しています。第2章では企業のこれからの姿をCSRの視点から考え、第3章ではあるべき人材の姿についてプロフェッショナル論を展開し、第4章では働き方の未来をワーク・ライフ・バランスとダイバーシティ・マネジメントの観点から考察し、最終の第5章では、新たな時代の人事管理のトピックを幾つかとり上げています。

 著者は大学教授であり、本書は人事管理のこれまでと今後の在り方について説いたテキストとしても読めますが、一方で、大手企業での長年の勤務の間、米国現地法人でCOOを務めたり、人事部で成果主義の導入、ポジティブ・アクションの実現をはじめ様々な人事改革に携わったりした実績の後にアカデミズムの世界に転身した人でもあり、幅広いテーマを扱いながらも、各章において、「現場」「実務」への落とし込みがなされているため、その提案に空疎感はなく、まさに、これからの人事の在り方、さらにいえば、企業の枠組みを超えた働く理論の再構築に一石を投じた、啓発される要素の多い本だと思います。

 個人的には、「小さなプロフェッショナル」という提案が非常に興味深く、その他にも、「時間とは第3の報酬である」という考え方や、ダイバーシティにおける個人の内なる多様性、根源的(個人的)ダイバーシティに着眼し、その重要性を説いている点などに大いに啓発されました。

 本文の冒頭には「多様な人材をマネジメントする20の問い」というリストがあり、「Q4 日本における成果主義はなぜ失敗したか?」「Q8 能力は正しく定義されているか?」「Q16 短時間正社員とは何か?」といった問いが並んでいますが、本書のすべてのページの右上ハシラに内容に対応する「問い」が示されており、学生や初学者は「20の問い」を先に見た方が本書の内容が概観しやすいかもしれません。

木谷先生.png 関心がある「問い」に対応している節から読み始めても読めてしまうという"優れもの"。ベテラン、中堅、初学者を問わず、人事パーソンにお奨めです。


ヒューマン21 EC-Net 第25回研究会
「多様な人材のマネジメント ー企業アドバイザリーのスタンスとはー」
日 時:2012年11月3日(土) 10:00-17:00
講 師:木谷 宏教授(麗澤大学経済学部)
開催場所:日本青年館ホテル「504」会議室(新宿区霞ヶ丘町)

《読書MEMO》
●目次
はじめに~「社会的人事論」とは何か?
第1章 人事管理の過去、現在、未来
 1 企業は人材をどのように管理してきたのか?
 2 今日の人事管理の問題は何か?
 3 日本における成果主義はなぜ失敗したのか?
 コラム① 聖職としての人事
 コラム② 経営者を蝕む5つの病
第2章 社会的存在としての企業
 1 企業とはいったい何か?
 2 企業の社会的責任(CSR)と人事はどのように関係するのか?
 3 東日本大震災が人事に与えた影響とは何か?
 コラム③ 柏の研究室にて
 コラム④ 企業経営におけるボランティア活動の意義
第3章 小さなプロフェッショナルの育成
 1 能力は正しく定義されているか?
 2 日本企業は本当に人材開発に熱心だったのか?
 3 小さなプロフェッショナルとは何か?
4 これからの採用はどのように変わっていくのか?
 コラム⑤ 小さなプロフェッショナルに惹かれて
 コラム⑥ 自己啓発はすでに脇役ではない
第4章 多様な働き方の実現
 1 ワーク・ライフ・バランスの本質とは何か?
 2 ポジティブ・アクションを機能させるにはどうすればよいか?
 3 ダイバーシティ・マネジメントは正しく理解されているのか?
4 組織や人はなぜ多様性を拒むのか?
 コラム⑦ シアトルのオフィスにて
 コラム⑧ 第3の報酬としての時間
第5章 新たな時代の人事管理
 1 短時間正社員とは何か?
 2 目標管理制度は本当に企業業績に結びつくのか?
 3 なぜ働く人々のモチベーションは上がらないのか?
 4 本当に成功した人事改革は存在するのか?
 コラム⑨ 明日の人事を読み解く名著
       ・デイビッド・ウルリッチ『MBAの人材戦略』
       ・エドワード・ラジアー『人事と組織の経済学』
       ・高橋俊介『成果主義』
       ・桑田耕太郎・田尾雅夫『組織論 補訂版』
       ・三品和広『経営戦略を問いなおす』
       ・エドガー・シャイン『キャリア・ダイナミクス』
       ・金井壽宏『働く人のためのキャリア・デザイン』  
さいごに ~ 新たな社会のために個人、企業、国がなすべきことは何か?

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「閉塞感発生のメカニズム」とそれを乗り越える"手だて"を示す。"特効薬"はないということか。

IMG_4755.JPGやる気もある! 能力もある! でもどうにもならない職場2.jpgやる気もある! 能力もある! でもどうにもならない職場: 閉塞感の正体』(2013/06 東洋経済新報社)

 本書のテーマは「職場の閉塞感」であり、閉塞感という言葉は、個人が抱く「感覚」ですが、その「狭いところに閉じ込められ」「身動きができない」そして「手の打ちようがない」雰囲気は、社会や企業の構造的な問題から発生しているため、働く個人としては簡単には対処のしようがなく、不条理感に近いものがあるとし、従って、閉塞感を発生させている根源的原因を解決しないかぎり、いくら社員を元気づける研修を行なっても無駄になるとしています。そこで、働く人々の「成長意欲があるにもかかわらず、企業内の構造がそれを阻害しているのではないか」という問題意識に基づき、職場に蔓延する閉塞感と日本企業が抱える構造的な問題点の関係を解明していくことが本書の狙いであり、「閉塞感発生のメカニズム」と「閉塞感を乗り越えるための手だて」を示した本であるとのことです。

 全4章構成の第1章「今そこにある閉塞感―4つのケース」では、20代から50代までの幅広い世代のビジネスパーソンが、どのような場面で閉塞感を抱いてしまっているのか、その状況をストーリー仕立てで描写しています。就職氷河期に入社後頑張ってきたもののキャリアの危機に立たされる30代、入社後バブル期を謳歌しつつも事業不振の渦の中でやむを得ず今の仕事を続ける40代、終身雇用を約束されながらも人事担当者としてそれを自ら反古にする役割を割り当てられて苦悩する50代、様々な理由の中ジョブホップをし続ける中で知らず知らずのうちに報われない階層に押し込められている20代の4人が主人公で、それぞれが閉塞感に陥っている状況をリアルに描いていて、状況は極めて深刻なのですが、導入部としてスンナリ入っていける、読み易いものとなっています。

 第2章「職場の閉塞感はどこからやってきたのか」では、第1章の各ケースで描写された情景の背景で、どのような閉塞感が立ち現われているのか、その背景を炙り出し、多種多様な要因が相まった結果、閉塞感が生まれていることを示しています。

 第3章「社員を蝕む閉塞感の構造」では、第1章と第2章で見てきた閉塞的な状況を、より構造的・立体的に、メカニズムとして解説していきます。ここでは、閉塞感の発生源と元凶をそれぞれ「心理的なカベ」「構造的なカベ」と名付け、閉塞感の構造の全容を明らかにする試みがなされています。

 最後の第4章「閉塞感に立ち向かう―カベを乗り越えるために」では、個人、企業、そして社会が閉塞感を乗り越えていくための、具体的な処方箋を提示していますが、「これだけやればうまくいく、といった特効薬は残念ながら存在しないとしない」としながらも、当事者意識を持って主体的に取り組む際の、実践的なアドバイス集として読者に活用してもらうことを狙いとしています。

 「閉塞感」というキーワードで企業や人事、働く個人が抱えている今日的な課題に斬り込んでいるアプローチの仕方がユニークで、それでいて、第1章のケーススタディも極めてリアルであるため、読者は違和感なく著者らが提示した課題を共有できるのではないでしょうか。そのケーススタディとの関連において、第2章、第3章で展開される、日本企業の人事制度の歴史的変遷や、人材フローの過去と現在といった比較分析などもクリアで、閉塞感の構造といったものが大掴みに把握でき、テキストとしても、変革を促す啓発書としても、オーソドックス且つ良質であるるように思いました。

 第4章も、企業として、人事として何をすべきなのかということと、個人としてどうすればよいかという両方の視点から書かれているのはいいのですが、どちらかというと個人としての処方箋はかなり具体的に書かれているのに対し、企業として組織をどう変えていくかということついては、変革の必要性を啓発するレベルに留まっているようにも感じられました。「特効薬は残念ながら存在しないとしない」というのは、著者らの偽らざる気持ちかと思われます。

 トータルで見ると、「閉塞感発生のメカニズム」は分かり易く解説されていて、「閉塞感を乗り越えるための手だて」についても、個人に対しては冒頭のケーススタディから一貫して具体的に書かれている一方、企業に対しては、"手だて"の面での解説がややもの足りなかったかも。結果として"自助努力"中心に近くなっている? 但し、一般の読者がすぐに出来ることと言えば"自助努力"しかないわけですが。

 惹句的なタイトルですが、「閉塞感の正体」はきちんと解明しているわけであってタイトルずれはしておらず、"解決法"を無責任に安売りしていない分、却って著者らの誠意を感じました(問題の根の深さも)。

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