【2196】 ◎ 白石 一文 『神秘 (2014/04 毎日新聞社) ★★★★☆

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人と人の不思議な繋がりの綾が面白く、一気読み。主人公のある種ブレークスルーを感じた。
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神秘』(2014/04 毎日新聞社)        神戸・三宮センター街

 2011年8月、膵臓がんの末期で余命1年と宣告された53歳の出版社役員・菊池は、21年前に出会った病を治す力を持つ山下やよいという女性のことを思い出し、彼女を求めて神戸に赴く。やよいは菊池が在籍していた月刊誌の編集部に電話をかけてきた自称超能力者で、他人の体調不良を癒せるらしい。当初は胡散臭いと菊池も疑ったが、やよいと一緒に〈どうか神様、足の痛みを取って下さい〉と念じると、その時捻挫していた足が治ってしまったという経験を21年前にしていた。菊池は、やよいを探し求める一方で、〈自分はこれまで何にすがり、何につかまり、何を目指して生きてきたのだろう?〉という問いに向き合う。そして菊池が神戸で多くの人に聞き込みをしていく中で、〈神秘〉としか言いようがないことが次々と起き、山下やよいと自分との間に、菊池自身が離婚した妻をはじめ、離婚、病気、災害といった受難を経た多くの人々の運命が奇跡的に絡み合っていたことが明らかになる―。

 毎日新聞に'12年9月から'13年12月まで連載された作品で、山本周五郎賞を受賞した『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』('09年/講談社)と同じく癌に罹った出版社勤務の男が主人公。但し、『この胸に...』の方は再発の恐れを抱えるキャンサーサバイバーでしたが、こちらは末期癌患者という設定になっています。

 『この胸に...』同様、主人公の思惟が延々と綴られ、ああ、これがこの作者の作品の一つの特徴だったなあと。癌にかかった男の闘病記というより、癌になったことを契機に、主人公が人生の目的や人間の存在を様々な観点から捉え直す思索の旅のような作りになっています。

 一方で、病を治癒する力を持った主人公の旅は、緩やかな展開ながらもミステリアスな様相を呈していきます。こちらは、『この胸に...』が必ずしもミステリとしては完結していなかったために(或いはラストでばたばたと纏めた感じだっただけに)、プロット的にさほど期待していなかったのですが、読み進むにつれて、ミステリと言うより人と人の不思議な繋がりが、最初は徐々に、終盤は畳み掛けるように一気に浮彫りにされてきます(これぞまさに〈神秘〉)。

 最初からミステリを期待して読んだ人には"落とし処"が無いような作品に感じられたかもしれませんが、個人的にはこれらの人と人の不思議な繋がりの綾が面白く、ラストまで一気に読めました(最近読んだ日本の作家のものでは一番面白かったかも)。

 病を癒す能力を持つ人の存在も(おそらくキリストなどもその一人だったのだろう)不死身の躰を持つ人の存在も(住吉駅「新快速飛び降り事件」って本当にあったんだなあ。スゴイところからネタ拾ってくるね)、共に神秘であるならば、こうした人と人との巡り合わせも、ある意味で神秘ということになるのでしょう。山本周五郎賞受賞作の小野不由美氏の『残穢(ざんえ)』('12年/新潮社)にも似たものを感じましたが、小野氏が自身を主人公に実録風に書いているのはややルール違反のような気もして、こちらの白石氏の『神秘』の方が自分には受け容れ易かったです。

奇跡的治癒とはなにか.jpg 主人公である菊池の思惟のたたき台となる、志賀直哉の『城の崎にて』、スティーブ・ジョブズの伝記、バーニー・シーゲルの『奇跡的治癒とはなにか』、ポール・オースターの『トゥルー・ストーリーズ』などは、読んだこともあるものも含め、何となくまた読みたくなりました(特に、『奇跡的治癒とはなにか』は、自分が癌で余命宣告されたら読むかも)。

バーニー・シーゲル『奇跡的治癒とはなにか―外科医が学んだ生還者たちの難病克服の秘訣

 個人的には自分の実家が神戸なのでロケーション的に親しみがありましたが、初めて神戸に行った人からみると震災の爪痕がもう残っていないように見えるのかなあ(ずっと住んでいる人から見れば、建物の外形や高さが変わってしまって、以前は見えなかった景色が見えたりする、未だに馴染めない感覚があるのだが)。
ジョイフル 三ノ輪.jpg 終わりの方に出てくる菊池が谷口公道と会う「ジョイフル三の輪商店街」も個人的に馴染みがあったりして...(件の蕎麦屋は「砂場総本家」だなあ。以前は店の前に鉄道模型が走っていたなあとか)。

ジョイフル三ノ輪商店街

 作者は余命1年と宣告された菊池をある種の精神的自由に導いたのかもしれないし、そうでないかもしれません。菊池は理知的ではあるが、一般的な宗教に救いを求めるタイプでもないようです。しかしながら、この山下やよいを探し求める旅を通して彼が遭遇した、まさにやよいに象徴される〈神秘〉、そして〈奇跡〉に近い人と人の繋がりを通して、何か自分を包み込む大きなものの存在を感じたであろうことには違いなく、また、そのことが、彼にとって、悟りとまでは言わないまでも、ある種ブレークスルーになっていくことは示唆されていたように思います。

白石一文さん『神秘』の刊行記念しサイン会.jpg三宮センター街「ジュンク堂書店」.jpg白石一文氏:『神秘』の刊行記念しサイン会(2014年5月25日 神戸・三宮センター街「ジュンク堂書店」)[毎日新聞]

【2016年文庫化[講談社文庫(上・下)]】

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