【2193】 ○ 伊丹 万作 (原作:岡本綺堂) 「権三と助十(ごんざとすけじゅう) (1937/10 東宝映画) ★★★☆

「●あ行の日本映画の監督」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3253】 市川 準 「会社物語 MEMORIES OF YOU
「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ

悲劇と喜劇という違いはあるが、山中貞夫監督「人情紙風船」と意外と共通点が多い。

権三と助十 vhs 裏.jpg権三と助十 vhs.jpg 伊丹万作.jpg
日本映画傑作全集 「権三と助十」主演 鳥羽陽之助 花井蘭子 高堂国典 伊丹万作監督作品 VHSビデオソフト」伊丹万作(1900-1946/享年46)

 駕籠かきの権三(鳥羽陽之助)と相棒の助十(小笠原章二郎)が住んでいる神田の裏長屋で、金貸しの老婆・お源(藤間房子)が殺される事件が起き、流しの鍋焼きうどん屋台屋・源三位の政(横山運平)が捕えられる。政は入牢中に病死するが、息子の彦三郎(冬木京三)が、父がそんなことをするとは信じられず、無実を証明して父の汚名を晴らしたいと大家の六郎兵衛(高堂黒天)を訪ねて来た。権三と助十は、事件の夜に真犯人とおぼしき人物、浪人・中津山祐見(鬼頭善一郎)を目撃していながら、関わり合いになるのを恐れてこれまで黙っていたとをきまり悪く思い、名奉行と評判の大岡越前守(深見泰三)の裁きで落着した事件を再審議してもらうにはどうしたものか六郎兵衛に相談、六郎兵衛の知恵で、権三と助十と彦三郎に縄をかけ、「父は無実なのに家主が十分に訊ねなかったと暴れ込んできたので引き立ててきた」と訴え出れば再審議になるのではないかと考え、長屋の皆の声援を受けて、権三たちは引き立てられていくが、六郎兵衛の思惑どおり再審議となったものの―。

 1937(昭和12)年製作・公開の伊丹万作脚本・監督によるトーキー映画で、原作は1926(大正15)年に初演されたあの「半七捕物帳」の岡本綺堂の戯曲であり、講談「大岡政談」の一挿話「権三助十」を下敷きにしたものです。「権三助十」は新歌舞伎の(ごんざとすけじゅう).jpg演目でもありますが、この映画の2か月前に公開された山中貞雄監督の「人情紙風船」('37年/東宝映画)のベースになっている「髪結新三(かみゆいしんざ)」(原作:河竹黙阿弥)などに比べると歌舞伎演目としては当初はマイナーだったようです。

 一方、講談「権三助十」は後藤秋声監督の「権三と助十」('23年)を皮切りにこの作品を含め戦前だけで10回も映画化されており、戦後も1948年に渡辺邦男監督作「歌うエノケン捕物帖」という権三と助十の元ネタに焼き直し作品があり、藤木悠・高島サラリーマン權三と助十.jpg忠夫・白川由美主演で「サラリーマン權三と助十」('62年/東宝)という現代ものに置き換えたパロディ映画まで作られていますが(「サラリーマン權三と助十 恋愛交叉点」('62年/東宝)という続編まで作られた)、岡本綺堂の戯曲を原作としたものはこの伊丹万作の作品のみです。岡本綺堂の戯曲が講談と大きく異なるのは大岡越前守が登場しないという点なのですが、この映画化作品では大岡越前守が登場するものの脇に置かれているには違いなく、前進座などで演じられる歌舞伎の「権三と助十」などもほぼ同じような作りになっているようです。
「サラリーマン權三と助十」('62年/東宝)

 冒頭の高堂黒天が演じる大家が長屋を順々に家賃回収のため訪ねて廻る場面など(店子らは家賃を全く払おうとはせず、中には逆に大家から金を貸りる者もいる始末)、庶民の暮らしぶりをじっくり描いています。そのため、捕物帳でありながら事件が起こるまでに随分と間があり、事件が起きてから一旦急展開になるかと思ったら、またすぐにゆったりした展開になります(「赤西蠣太」('36年/日活)で伊達騒動を"早送り"的に描き、ヒューマンな部分をじっくり描いた伊丹万作監督らしいと言えるか)。

0権三と助十.jpg 源三位の政の娘のおとわ(花井蘭子、当時19歳)は、家計を救うために吉原に売られていくが、その彼女を駕籠に乗せる助十と慕い合っている関係にあり、こうなると悲劇・悲恋のオンパレードみたいですが、途中の庶民の暮らしぶりの描き方などにユーモアがあって、映画全体としてむしろコメディ色が前面に出ていると言えます。事件の方も、実はおとわの父・源三位の政は死んではおらず、大岡越前は全てを承知の上で浪人を釈放して泳がせたらしく、そうと知らぬ浪人が天井裏に隠してあった血のついた財布を証拠隠滅のため燃やすところを目撃され捕縛される―そして助十とおとわは結ばれる、といった具合にハッピーエンドに収束しています。

 長屋の暮らしぶりの描き方で、山中貞雄監督の「人情紙風船」を想起しました。悲劇と喜劇という違いはあり、更にルーツが片や浄瑠璃、片や講談という違いもありますが、共にそれぞれ「髪結新三」「権三助十」として歌舞伎にもなっている作品であることと、庶民の逞しさを描いている面では共通しているのが興味深いです。

 長屋の住人らが権三・助十・彦三郎を送り出すところなどは、「人情紙風船」で長屋の住人らがヤクザの親分を退散させた新三を快哉で迎える場面に通じる連帯感を感じます。長屋での葬式(通夜または法要)の場面が出てきて、結局はどんちゃん騒ぎ乃至は博打打ちになるのも似ています。

 先にも書いた、冒頭の大家が家賃の回収に長屋を廻るが誰も家賃を払わないしシーンで、極貧で実際払える状態でない者もいる中、長屋に住まう浪人が、誰も払わないのに自分だけ払うと義理を欠くと屁理屈を捏ねて支払いを逃れようとするのが可笑しく(「人情紙風船」の海野又十郎の気弱さとは随分違う)、この辺りは殆ど落語の世界だなあと。

「麦秋」('51年/松竹)原節子・高堂國典 「酔いどれ天使」('48年/東宝)進藤英太郎・志村喬
麦秋 高堂國典.jpg酔いどれ天使45.jpg 人の好い長屋の大家役の高堂黒天は、後の高堂國典であり、戦後も「野良犬」('49年/東宝)、「七人の侍」('54年/東宝) ほか多くの黒澤作品で活躍し、小津安二郎監督の「麦秋」('51年/松竹)にも出演しています。また、按摩・六蔵を演じた進藤英太郎は、当時バイプレーヤーとして人気上昇中で、この人も、戦前から戦後にかけて溝口健二監督の「祇園の姉妹」('36年/松竹)、「山椒大夫」('54年/大映)といった作品で活躍するほか、黒澤作品の「酔いどれ天使」('48年/東宝)にも出演しています。

「権三と助十(ごんざとすけじゅう)」●制作年:1937年●監督:伊丹万作●製作:森田信義●脚本:伊丹万作●撮影:三木茂●音楽:紙恭輔●原作:岡本綺堂●時間:81分●出演:鳥羽陽之助/小笠原章二郎/花井蘭子/高堂黒天(國典)/澤村昌之助/横山運平/鬼頭善一郎/澤井三郎/山田好良/上田吉二郎/進藤英太郎/深見泰三/冬木京三/大家康宏/石川冷/髙松文麿/花澤徳衛/五月潤子/濱路良子/藤間房子/金剛麗子●公開:1937/10●配給:東宝映画(評価:★★★☆)bu

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1