2014年11月 Archives

「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2778】 バーバラ・ケラーマン 『ハーバード大学特別講義 リーダーシップが滅ぶ時代

現在必要なのは支援型のリーダーシップ3.0であると。著者なりの理論の体系づけと啓発。
リーダーシップ3.0カリスマから支援者へ.jpg
リーダーシップ3.050.JPG  小杉 俊哉.jpg 小杉 俊哉 氏(経営学者、コンサルタント。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科准教授、コーポレイト・ユニバーシティ・プラットフォーム代表取締役社長)
リーダーシップ3.0――カリスマから支援者へ(祥伝社新書306)

 企業や国家の運営が不振に陥ると、「カリスマ」リーダーを求める声が起こるのが世の常ですが、本書では、時代とともに企業にとって必要とされるリーダー像は変遷しているとし、中央集権のリーダーシップ1.0、変革型のリーダーシップ2.0を経て、現在必要なのは支援型のリーダーシップ3.0であるとしています。

 リーダーシップ1.0は、中央集権的に組織を支配するナポレオンのようなタイプで、企業リーダーの代表例は、軍隊式中央集権的な仕組みを産業界に持ち込んだフォード・モーターの創立者ヘンリー・フォードであり、これに対し、各事業部に責任者を置き、権限を委譲して責任を持たせることで組織をコントロールするGMのアルフレッド・スローンのようなタイプをリーダーシップ1.1とし、何れも、やがて時代の変化に沿わないものとなっていったとしています。

 一方、戦後急成長を遂げた日本企業におけるリーダーは、権力で率いるのではなく、組織全体に価値観と働く意味を与え、雇用の安定を図るなど協調を促し、一体感を醸成して組織を牽引するタイプであり、これをリーダーシップ1.5としていますが、これもバブル崩壊後は輝きを失った―。

 そこで1990年代以降は、組織の方向性を提示し、大胆に組織改編を行ない、競争や学習を促して組織を変革させる、例えばGEのジャック・ウェルチのような強いタイプのリーダーがもてはやされるようになり、ウェルチ以外にも、IBMのルイス・ガースナーやマイクロ・ソフトのビル・ゲイツ、アップルのスティーブ・ジョブズといったカリスマリーダーもそうであるとして、これをリーダーシップ2.0としていますが、このリーダーシップ2.0も、強さゆえのリスクを伴い、個人の力量に依存するところが大きいため、組織が個人の器を超えられないという難点が露呈した―そこで今求められるのが、支援型のリーダーシップ3.0であると。

図 リーダーシップ3.0.jpg リーダーシップ3.0は、それまでのヒエラルキーを逆転し、逆ピラミッドの最も下にリーダーがいて支える新たなリーダーシップのタイプであり、組織全体に働きかけてミッションやビジョンを共有し、コミュニティ意識を育てるところがポイント。個人とも向き合ってオープンにコミュニケーションを取り、組織や個人の主体性、自立性を引き出すものであり、高度成長期にあった日本企業のリーダーシップ1.5と一見似ているようにもみえるが、リーダーシップ1.5が他の選択肢を許さなかったのに対し、リーダーシップ3.0では「あえて、そこで働くことを選ぶ」という価値観が重視されるとしています。

 また、リーダーシップ3.0の具体例モデルとして、「サーバント・リーダーシップ」や「コラボレイティブ・リーダー」「第五水準のリーダーシップ」などを、リーダーシップ3.0を裏付ける理論として「マネジメント2.0」や「場の理論」「モチベーション3.0」などの諸理論を取り上げて、体系的に解説しています。

 単にリーダーシップ論を整理するだけでなく、リーダーシップ3.0を経営において実践している企業として、インドのIT企業HCLテクノロジーズや、ザ・リッツ・カールトン、SAS、サウスウェスト航空、資生堂など、日本企業を含む何社もの事例を挙げて、その取り組みも紹介しています。更に興味深いのは、「永平寺のリーダーシップ3.0」を禅の思想と絡めながら紹介し、760年続くマネジメント仕組みを解き明かしている点です。

 後半は、「3.0」リーダーに必要とされる要素を、「ビジョンを持ち、語る」「リーダーになる」「ミッションを持つ」など9つ掲げるとともに、日本人が「3.0」リーダーになるために必要なことは何かを考察し、「個人としての謙虚さと職業人としての意志の強さという矛盾した性格の組み合わせによって、偉大さを持続できる企業を作り上げる」という点で、日本人はリーダーシップ3.0に向いているとしています。

 リーダーシップ理論の多くは、いわば"輸入もの"であるわけですが、それを著者なりに体系づけ、現在の日本及び日本企業が置かれている状況を鑑みながら、今後の企業や社会で求められるリーダー像を明確に示しているという点で良書だと思います(こうした、既存の理論を自分の頭で考えた体系の中で整理して考察を深める手法は、著者の著書に共通する)。

 新書一冊に密度濃く詰め込んだため、若干項目主義になったきらいもありますが(いい意味において単行本で読みたかった本)、「永平寺から学ぶリーダーシップ3.0」などは読み物としても面白く、また、後半部分は大いに啓発的であり、新書であるがゆえに手軽に手に取れて、しかも元気づけられる本でもありました。

《読書MEMO》
●リーダーシップの変遷
リーダーシップ1.0―権力者<中央集権> 1900〜1920年代まで(17p~)
権力者が頂点に立ち、中央集権的に組織を支配するナポレオンのようなタイプ。代表例は、軍隊式中央集権的な仕組みを産業界に持ち込んだフォード・モーターの創立者ヘンリー・フォード。流れ作業を導入し、大量生産の管理手法を導入した。ユーザーが好みの色、形、性能を求めるようになると中央集権的な大量生産では対応できなくなり、リーダーシップ1.0は終演を迎える。
リーダーシップ1.1―権力者<分権> 1970〜1980年代まで(21p~)
各事業部に責任者を置き、権限を委譲して責任を持たせることで組織をコントロールするタイプ。代表例は、1920年にゼネラル・モーターズのCEOに就任したアルフレッド・スローン。最下級のシボレーからその上のポンティアック、中級のオールズモービル、中上級のビュイック、最上級のキャディラックとユーザーのニーズに応じたラインナップを用意し、あらゆるニーズに応えた。しかし、事業部制組織は現場とマネジャーの対立を深めることになり、階層による厳格な管理、賃金のみによる動機づけは社員の独創性を削いでいくことになった。
リーダーシップ1.5―調整者 1930〜1960年代まで(24p~)
権力で率いるのではなく、組織全体に価値観と働く意味を与え、雇用の安定を図るなど強調を促し、一体感を醸成して組織を牽引するタイプ。当時急成長を遂げた日本企業がこれにあたる。結果的に、この手法を取り入れた戦後日本はGNP世界第二位を達成し、産業界においてアメリカをしのぐ急成長を果たした。しかし、当初は有効だった価値観は次第に形骸化し、1991年のバブル崩壊後は急速に輝きを失った。
リーダーシップ2.0―変革者 1990年代(31p~)
組織の方向性を提示し、大胆に組織改編を行ない、競争や学習を促し、組織を変革させるタイプ。それまでのリーダーシップを否定し、毅然と大胆に行動するリーダーとしての存在価値をアピール。工業製品の大量生産・大量販売からいち早く脱却し、製品とサービスをバンドリングさせた新たなビジネスモデルを構築したGEのジャック・ウェルチ他、IBMのルイス・ガースナー、HPのカーリー・フィオリーナ、マイクロソフトのビル・ゲイツ、Appleのスティーブ・ジョブズなどカリスマ的リーダー。デメリットは、強さゆえのリスクを伴い、個人の力量に依存するところが大きいため、組織が個人の器を超えられないことであり、新しいビジネスモデルを創造しにくく、破壊的イノベーションに対応しづらく、社員も受け身に。
リーダーシップ3.0―支援者 2001年〜(73p~)
それまでのヒエラルキーを逆転し、逆ピラミッドの最も下にリーダーがいて支える新たなリーダーシップのタイプ。組織全体に働きかけてミッションやビジョンを共有し、コミュニティ意識を育てるところがポイント。個人とも向き合ってオープンにコミュニケーションを取り、組織や個人の主体性、自立性を引き出す。リーダーシップ1.5が他の選択肢を許さなかったのに対し、リーダーシップ3.0では「あえて、そこで働くことを選ぶ」という価値観が重視されている。
●「3.0」リーダーに必要とされる要素
○要素1「ビジョンを持ち、語る」
○要素2「リーダーになる」
○要素3「ミッションを持つ」
・ミッションを考えあぐねる場合は、自分のギフト(天賦の才能)について考えてもらう
○要素4「他者を支援する」
・「自己承認と自己確立」から「他者支援・感謝」
○要素5「人間力を磨く」
○要素6「仮面をとる」
・①自らの弱点を認める ②直観を信じる ③タフ・エンパシー(厳しい思いやり)を実践する ④他人との違いを隠さない
○要素7「ファシリテーと(促進)する」
○要素8「エンパワーメントを正しく理解し実行する」
○要素9「動機づけを行う」

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「第5水準のリーダーシップ」(カリスマ経営者はいらない)。「だれをバスに乗せるか―最初に人を選び、その後に目標を選ぶ」。
『ビジョナリー・カンパニー2―飛躍の法則』.jpg
Good to Great_ビジョナリー・カンパニー2.jpgビジョナリー・カンパニー2.jpg  ジム・コリンズ(Jim Collins).jpg Jim Collins
ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則』['01年]
Good to Great: Why Some Companies Make the Leap...And Others Don't

 ビジョナリーカンパニー・シリーズの第2弾となる本書(原題:"Good to Great"、2001)は、1994年に出版されてベストセラーになった『ビジョナリー・カンパニー』の著者であるジム・コリンズが、6年の歳月をかけて「良い企業(グッド・カンパニー)」と「偉大な企業(グレート・カンパニー)」の違いを調べ上げて、そこから得られた知見を偉大な企業の法則としてまとめたもの」(解説より)です。章立ては以下の通り。

 第1章 時代を超えた成功の法則―良好は偉大の敵
 第2章 野心は会社のために―第5水準のリーダーシップ
 第3章 だれをバスに乗せるか―最初に人を選び、その後に目標を選ぶ
 第4章 最後にはかならず勝つ―厳しい現実を直視する
 第5章 単純明快な戦略―針鼠の概念
 第6章 人ではなく、システムを管理する―規律の文化
 第7章 新技術にふりまわされない―促進剤としての技術
 第8章 劇的な転換はゆっくり進む―弾み車と悪循環
 第9章 ビジョナリーカンパニーへの道

 第1章「時代を超えた成功の法則―良好は偉大の敵」では、本書の概要が述べられており、本書で纏められている調査とは、アメリカの上場企業の中で、15年程度凡庸な成長を続け、転換点を超えて目覚ましい成長を遂げその成長を15年以上維持できた偉大な企業11社を選び出し、その企業と同業種で同じ様に成長したがその後数年で衰えた企業との 比較において、何故その11社が良い企業から偉大な企業へと飛躍し、それを維持できたのかを探り出したものであるとのことです。そして、そうした企業には時代を超えた法則があり、「良好」であることはむしろ「偉大」となるための障害であるとしています。この章では、これから述べる各章の内容が要約されていますので、改めてそれを追ってみたいと思います。

 第2章「野心は会社のために―第5水準のリーダーシップ」では、良い企業を偉大な企業に変えるために必要なリーダーシップとは「第5水準のリーダーシップ」であり、派手なリ―ダーが強烈な個性をもち、マスコミで大きく取り上げられて有名人になっているのと比較すると、飛躍を指導したリーダーは万事に控えめで、物静かで、内気で、恥ずかしがり屋ですらあって、個人としての謙虚さと、職業人としての意思の強さという一見矛盾した組み合わせを特徴としている―これがその「「第5水準のリーダーシップ」であるとしています。

 第3章「だれをバスに乗せるか―最初に人を選び、その後に目標を選ぶ」では、偉大な企業への飛躍を指導したリーダーは、はじめに新しいビジョンと戦略を設定したのだろうと著者らは予想していたが、事実はそうではなく、最初に適切な人をバスに乗せ、不適切な人をバスから降ろし、適切な人がそれぞれにふさわしい席に坐ってから、どこに向かうべきかを決めていた―よって「人材こそがもっとも重要な資産だ」という格言は間違っていたことになり、人材が最重要の資産なのではなく、適切な人材こそがもっとも重要な資産であるとしています。

 第4章「最後にはかならず勝つ―厳しい現実を直視する(だが、勝利への確信を失わない)」では、偉大な企業への道筋を探し出すのに何が必要かについて、企業戦略を論じた本の大半よりも、捕虜になって生き残った人たちの方が学べる点が多いことに著者らは気づいたとし、それを「ストックデールの逆説」と呼んで、偉大な企業はいずれも、同じ逆説を信奉していて、その逆説とは、どんな困難にぶつかろうとも、最後にはかならず勝てるし、勝つのだという確信が確固としていなければならない。だが同時に、それがどんなものであろうとも、きわめて厳しい現実を直視する確固たる姿勢をもっていなければならないとしています。

 第5章「単純明快な戦略― 針鼠の概念(三つの円のなかの単純さ)」では、 偉大な企業に飛躍するには、「能力の罠」から脱却しなければならないとし、中核事業だからといって、何年か何十年かにわたってそれに従事してきたからといって、それに関する能力が世界でもっとも高いとは限らないし、中核事業で世界一になれないのであれば、中核事業が飛躍の基礎になることは絶対にありえず、「自社が世界一になれる部分はどこか」「経済的原動力になるものは何か」「情熱をもって取り組めるものは何か」の三つの円が重なる部分に関する深い理解に基づいて、中核事業に代わる単純な概念を確立するべきだとしています。

 第6章「人ではなく、システムを管理する ―規律の文化」では、どの企業にも文化があり、一部の企業には規律があるが、規律の文化をもつ企業はきわめて少ないとしています。規律ある人材に恵まれていれば、階層組織は不要になり、規律ある考えが浸透していれば、官僚組織は不要になる。規律ある行動がとられていれば、過剰な管理は不要になり、規律の文化と起業家の精神を組み合わせれば、偉大な業績を生み出す魔法の妙薬になるとしています。

 第7章「新技術にふりまわされない―促進剤としての技術」では、飛躍した企業は、技術の役割についての見方が一般とは違っていて、変化を起こす主要な手段としては使っていない。その一方で逆説的なことに、慎重に選んだ技術の適用に関しては、先駆者になっている。偉大な企業への飛躍にしろ、没落にしろ、技術そのものが主要な原因になることはないのだとしています。

 第8章「劇的な転換はゆっくり進む―弾み車と悪循環」では、革命や、劇的な改革や、痛みを伴う大リストラに取り組む指導者は、ほぼ例外なく偉大な企業への飛躍を達成できない。偉大な企業への飛躍は、結果をみればどれほど劇的なものであっても、一挙に達成されることはない。たったひとつの決定的な行動もなければ、壮大な計画もなければ、起死回生の技術革新もなければ、一回限りの幸運もなければ、奇跡の瞬間もない。逆に、巨大で重い弾み車をひとつの方向に回しつづけるのに似ている。ひたすら回しつづけていると、少しずつ勢いがついていき、やがて考えられないほど回転が速くなるとしています。

 第9章「ビジョナリーカンパニーへの道」では、これまで調査に基づき述べてきたことを総括するとともに、前著『ビジョナリー・カンパニー』で述べたことと本書との関係性などを解説しています。

 第2章から第8章にかけて、各章の章末にその章の要約があり、内容理解の助けになります。「第5水準のリーダーシップ」(カリスマ経営者はいらない)というのも、データと事例に基づいているだけに説得力があり、「だれをバスに乗せるか―最初に人を選び、その後に目標を選ぶ」というのが個人的にはたいへん新鮮でした。

 本書では、人事制度については報酬制度も含めそれほど力点が置かれていませんが、本書を読むと、企業組織におけるトップのリーダーシップのあり方、企業の文化や価値観、人材選抜などの重要性が実感され、その点において人事は、社員の採用・人材育成から退職までの活動を通して大事な役割を担うということを再認識させられるとともに、経営者に対してフォロアーシップを発揮していかなければならないこともあるこいう思いにもさせられます。人事パーソンにもお薦めの1冊です。
 
【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)

《読書MEMO》
●飛躍を導いた経営者は、派手さやカリスマ性とは縁遠い地味なしかも謙虚な人物だった。その一方で勝利への核心を持ち続ける不屈の意思を備えており、、カエサルやパットン将軍というよりは、リンカーンやソクラテスに似た思索する経営者であった。
●飛躍を導いた経営者は、最初に優秀な人材を選び、その後に経営目標を定める。目標にあわせた人材を選ぶのではない。
●飛躍を導いた経営者は、自社が世界一になれる部分はどこか、経済的原動力は何か、そして情熱を持って取り組めるものは何かを深く考え、必要とあればそれまでの中核事業を切り捨てる判断さえ下す。
●劇的な改革や痛みを伴う大リストラに取り組む経営者は、ほぼ例外なく継続した飛躍を達成できない。飛躍を導いた経営者は、結果的に劇的な転換にみえる改革を、社内に規律を重視した文化を築きながら、じっくりと時間をかけて実行する。
飛躍した企業と比較対象企業の例 ジレット vs ワーナーランバート フィリップ・モリス vs R.J.レイノルズ キンバリー・クラーク vs スコットペーパー

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ジジョン・P・コッター)

"リーダーシップ論のバイブル"の新版・新訳。自らの経験を咀嚼するアイデアの源泉として読む。

第2版 リーダーシップ論 帯付.jpg第2版 リーダーシップ論.jpg第2版 リーダーシップ論』 ジョン・コッター(John Kotter).jpg ジョン・コッター(John Kotter) ハーバード・ビジネススクール(松下幸之助記念リーダーシップ講座)名誉教授

 1999年に本邦で初版が刊行されて以来、リーダーシップ論のバイブルとまで言われてきた旧版に、新たな章を追加し、翻訳も一新したものです。全7章の構成の内、第1章から第6章までは、著者が1979年から97年にかけて「ハーバード・ビジネス・レビュー」誌に発表したものであり、第1章から第3章では、リーダーシップと変革について論じ、第4章から第6章では、今日のマネジャーの仕事が、権限の行使から依存関係への適応にどうシフトしているのか、組織図に表れるよりもはるかに複雑な人間関係にマネジャーはどう身を置いているか、そしてこの2点からどのような意味が引き出せるかを論じています。

 第1章「リーダーシップとマネジメントの違い」では、リーダーシップはマネジメントとは別物であり、また両者は補完関係にあるとしつつ、リーダーシップとマネジメントの違いを、「方向性の設定」vs.「計画と予算の策定」、「人心の統合」vs.「組織編成と人員配置」、「動機づけ」vs.「統制と問題解決」という具合に対比的に論じ、リーダーシップ重視の文化を醸成することの重要さを説いています。

 第2章「企業変革の落とし穴」では、自らが提唱する「企業変革の8段階」説に沿って、各ステップの落とし穴として、
 ①「変革は緊急課題である」ことが全体に徹底されていない、
 ②変革推進チームのリーダーシップが不十分である、
 ③ビジョンが見えない、
 ④社内コミュニケーションが絶対的に不足している、
 ⑤ビジョンの障害を放置してしまう、
 ⑥計画的な短期成果の欠如、
 ⑦早すぎる勝利宣言、
 ⑧変革推進チームのリーダーシップの不足、
を挙げています。

 第3章「変革への抵抗にどう対応するか」では、変革の難問である"抵抗"に対処する方法として、教育とコミュニケーション、参画と巻き込み、援助と促進、交渉と合意、操作と取り込み、直接的強制と間接的強制の6つを掲げ、戦略をいかに選択するは、
 ①予想される抵抗の度合いと性格、
 ②変革の主導者と抵抗者の力関係、
 ③変革の計画・実行に必要な情報と受熱を持つ人がどこにいるか、
 ④変革の成否にかかっているもの、
の4つの状況要因を明確にする必要があるとしています。

 第4章「権力と影響力」では、優秀なマネジャーは、その仕事がさまざまな人たちに依存しているとし、その上で、権力を獲得・強化する4つの方法として、
 ①感謝や恩義を感じさせる、
 ②豊富な経験や知識の持ち主として信頼される、
 ③「このマネジャーとは波長が合う」と思わせる、
 ④「このマネジャーに依存している」と自覚させる、
ことを挙げるとともに、直接的あるいは間接的に権力を行使する方法を示した上で、①権力を身につけ、行使するうえで、どのような行動ならば、周囲の目に「妥当である」と映るのかに敏感である、②周囲に好影響を及ぼすには、権力や方法を使い分ける必要があり、そのことを直感的に理解している、③4種類の方法のすべてをある程度行使し、直接的・間接的方法のすべてを用いる、などの「権力を賢く使うための7カ条」を掲げています。

 第5章「上司をマネジメントする」では、上司と部下にまつわる一般的誤解を解くとともに、上司を理解することと併せて自分自身を理解することも欠かせないとした上で、上司との関係を構築し管理する方法を説いています。

 第6章「マネジャーの日常」では、あるリーダーの1日を追うことで、優秀なリーダーの仕事のやり方を分析し、優秀なリーダーは人脈を活用して課題を成し遂げるとしています。

 著者は98年にこの6本の論文を読み返し、核となるアイデアを10の相関性のある教訓としてまとめていますが(それらは本書の序章に掲載されている)、それぞれの教訓は、マネジャーが直面する事業環境の絶えざる重要な変化を映し出したものとなっています。

 その序章で著者も述べているように、本書を読む際のポイントは、医学書のように知識を詰め込むように読むのではなく、自分のこれまでの経験を咀嚼するアイデアとインスピレーションの源として読むことにあるのでしょう。
 
 個人的には、優れたリーダーというのはインフォーマルな人的ネットワークの構築ができ、そうした依存関係の中でパワーを発揮しているという旧版から著者の見方は実に炯眼であると感じられ、更には、エンパワーメント(権限委譲)が次のリーダーを育成し、組織改革を促すと述べている点も、大いに賛同するところです。
 
【2713】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『リーダーシップの名著を読む』 (2015/05 日経文庫)

《読書MEMO》 
●目次 
訳者まえがき──リーダーシップの役割、マネジメントの役割
DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部
序章 リーダーシップの未来
 リーダーシップの本質とは何か
 リーダーシップ:10の教訓
 世紀の変わり目に思うこと
第1章 リーダーシップとマネジメントの違い
 リーダーシップとマネジメントは補完関係にある
 マネジメントとリーダーシップの違い
 「方向性の設定」vs.「計画と予算の策定」
 「人心の統合」vs.「組織編成と人員配置」
 「動機づけ」vs.「統制と問題解決」
 リーダーシップ重視の文化を醸成する
 【章末】方向性の設定:アメリカン・エキスプレスのルー・ガースナー
 【章末】一体化:イーストマン・コダックのチャック・トローブリッジとボブ・クランダル
 【章末】動機づけ:プロクター・アンド・ギャンブルのリチャード・ニコローシ
第2章 企業変革の落とし穴
100を超える変革事例からの教訓
 第一ステップの落とし穴◉ 「変革は緊急課題である」ことが全社に徹底されない
 第二ステップの落とし穴◉変革推進チームのリーダーシップが不十分である
 第三ステップの落とし穴◉ビジョンが見えない
 第四ステップの落とし穴◉社内コミュニケーションが絶対的に不足している
 第五ステップの落とし穴◉ビジョンの障害を放置してしまう
 第六ステップの落とし穴◉計画的な短期的成果の欠如
 第七ステップの落とし穴◉早すぎる勝利宣言
 第八ステップの落とし穴◉変革推進チームのリーダーシップが不十分である
第3章 変革への抵抗にどう対応するか
 変革への難問
 抵抗の原因を突き止める
 抵抗に対処する
 戦略をいかに選択するか 
第4章 権力と影響力
 権力をめぐる三つの疑問
 優秀なマネジャーは依存関係を考えながら権力を使う
 権力を獲得・強化する四つの方法
 公式の権威イコール権力ではない
 直接的あるいは間接的に権力を行使する方法
 権力を賢く使うための七カ条
第5章 上司をマネジメントする
 「ボス・マネジメント」はなおざりにされている
 上司と部下の関係にまつわる誤解
 上司を理解する
 自分自身を理解する
 上司との関係を構築し管理する方法
第6章 マネジャーの日常
 あるリーダーの一日
 優秀なリーダーの仕事のやり方
 人脈を活用して課題を成し遂げる
 立場が行動を規定する
 一見非効率だが実は効率的な行動
 リーダーのために会社は何をすべきか
 【章末】調査の概要と結果
第7章 自分のアイデアを支持させる技術
 優れたアイデアはなぜ日の目を見ないのか
 反対者や批判者を巻き込むテクニック
 批判にはこう対処する
 偉大なリーダーたちは物語を語る
第8章 【特別インタビュー】 迷走するアメリカ企業内大学
 リーダーシップ論のグールーの嘆き
 ベスト・プラクティスはGEの企業内大学
 マネジメント教育とリーダーシップ教育は別物
 MBAプログラムはリーダーを育成しない
 経営者と人事部門のミッシング・リンク

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○経営思想家トップ50 ランクイン(デイビッド・ウルリッチ)

人事担当者の役割とは何かを明確に打ち出すとともに、その役割の重さを改めて認識させられる本。
MBAの人材戦略2.JPGMBAの人材戦略.jpgMBAの人材戦略』 デイビッド・ウルリッチ.jpg デイビッド・ウルリッチ

 ミシガン大学のデイビッド・ウルリッチ(David Ulrich)教授による本書『MBAの人材戦略』(原題:Human Resource Champions,1997)は、「人事の役割」を、①戦略パートナー(Strategic Partner)、②管理のエキスパート(Administrative Expert)、③従業員のチャンピオン(Employee Champion)、④変革のエージェント(Change Agent)という4つの分類に定義したことで人事パーソンの間では広く知られる本です。

 第1章「人材経営―競争力を築くための新しい行動計画」では、競争力を備えた企業を築くために、ライン管理者と人材経営専門職に求められる行動指針とは何かを解明することが本書の目的であるとするとともに、本書では、従来の人材経営について書かれた本に見られる人材経営専門職は何を遂行すべきか(手段)という視点からの転換を図り、何を達成すべきか(目的)という人材経営の生み出すべき成果、それらの成果を生む際に求められる活動に沿って構成されているとしています。

『MBAの人材戦略』.JPG 第2章「変化を続ける人材経営―複合的な役割を担う人材経営モデル」においては、人材経営の実践から生じる結果として、①戦略の実現、②効率的経営の実現、③従業員からの貢献の促進、④変換の推進、の4つの成果の領域を掲げ、将来の人材経営専門職の役割を表現するイメージは、「戦略パートナー」「管理のエキスパート」「従業員のチャンピオン」「変革のエージェント」で4つの複合的なものとなるとしています。そのうえで、以下、第3章から第6章にかけて、これらの役割について詳しく検討しています。

 第3章「戦略パートナーになる」では、人材経営が戦略の実現に対していかに支援し得るかを検討し、ビジネス上の戦略を具体的にアクションとして展開していく際に、ライン管理者と共同して人材経営専門職が戦略実現のパートナーとしてどのような役割を果たすべきかを検討しています。そして、人材経営専門職は、きちんと確立された組織監査を遂行する手法を身につけることが求められるとしています。

 第4章「管理のエキスパートに」では、人材経営部門がいかに効率的経営の実現に貢献できるかを検討し、効率的経営のエキスパートとしての人材経営部門の役割を解明しています。そして、管理のエキスパートになるためには、「プロセスの改善」と「人材経営の価値創造の再検討」という2つの段階をマスターすることが求められるとしています。

 第5章「従業員のチャンピオンになる」では、人材経営部門が従業員からの貢献をいかに最大限に引き出すことができるかを検討しています。そして、従業員のチャンピオンとして機能するためには、従業員に対して、牧師の示す確信と信頼、心理学者の示す感受性、芸術家の示す創造性、航空機パイロットの示す厳格な規律のすべてを明示し、管理者と従業員の双方と協力して、従業員が彼らに期待されていることのすべてを達成するように導いていかなければならないとしています。

 第6章「変革推進者になる」では、人材経営が企業に変革を推進する際に、どのように貢献し得るかを説明しています。そして、企業がさまざまな変革の試み、プロセスの変革、文化変容を効果的に取り組むことを支援するためには、ライン管理者と人材経営専門職は、変化に関する理論と実際の方法の両方を学んでいく必要があるとしています。

 第7章「人材経営部門のための人材経営」では、人材経営に伴う基本的機能を再検討しています。著者によれば、人材経営専門職は、他部門を援助することに熱心なあまり、自部門に眼を向けない傾向が強いが、企業経営に貢献する人材経営理念が自部門に適用されれば、人材経営部門も疑いなく向上するとして、人材経営の諸機能をトランスフォームすることに成功を収めた数多くの企業の実例を紹介し、人材経営部門が取り組むべき活動を示唆しています。

 第8章「人材経営の将来」では、人材経営の方法、機能、専門職・ライン管理者に将来何が求められているのかを検討しています。ここでは、「何が問題か」「ではどうするべきか」「どのような改善を進めるべきか」の3つの問いを取り上げることで、人材経営の将来像を探っています。

 人事専門職が何を達成すべきかを、戦略の実現、効率的経営の実現、従業員からの貢献の促進、変換の推進の4つに絞って検討することで、人事担当者は、戦略パートナー、管理のエキスパート、従業員のチャンピオン、変革のエージェントという4つの役割を担うことを期待されていることを明確に打ち出し、人事担当者そのものが最も重要な経営資源であることを浮き彫りにした名著と言えます。
 但し、正確を期そうとするためか、翻訳がこなれていないのがやや残念です。「人材経営部門」は「人事部」と訳し、「人材経営専門職」は「人事担当者」「人事パーソン」と解していいのではないでしょうか(殆どの読者がそのようにとって読むではあろうが)。

 本書で示された人事パーソンの4つの役割について、日本企業の人事パーソンに自分自身はどの部分に強みを持っていると思うかというアンケートをとると、「管理のエキスパート」としては自分でも満足しているが、「変革のエージェント」としてはやや力を発揮しきれていないという自己評価結果が出ることが多いようです。 
 また、「従業員のチャンピオン」ということ関しても、あまり自分には当て嵌まらないという結果が出ることが多いようですが、一部にはこの言葉が俗に言う「社内エリート」であることという風に誤解されている向きもあるようです。著者が言うところの「従業員のチャンピオン」としての人事パーソンに求められる資質とは、従業員の発言に耳を傾け、従業員の信頼感を尊重し、従業員との信頼関係を築くことができて、そのことによって、従業員の企業に対する貢献を高めることができる能力のことを指します。

 1997年に書かれた本書「日本語版への序」において、著者は、日本企業の人材経営職は、常に「戦略パートナー」の役割を果たしてきたと評価したうえで、但し、「最近、日本企業でも、1980年代と90年代前半における成功が思い通りに実現していない現実が存在する。推論するに日本企業の人材経営専門職は、うぬぼれあるいは自己満足に陥っているのかもしれない」としています。実際、近年においては、外資系企業の人事担当者から見た場合、日本企業の人事部は、「戦略パートナー」としての機能を充分に果たしていないとの指摘もあるようです。

 著者は、グローバル競争が激しさを増す中で、ある国で開発されたベストプラクティスは瞬く間に世界各国で学習され、移転が進む現代にあって、期待される成果とは、「新しい人材経営の方法の探求」であるとしています。原著の「序」で、目指す新しい役割をマスターしていくためには、学習とともに忘れ去ること(過去からの脱却)も求められるとしているのが関心を引きます。

 人材経営職は、機会と将来方向が示されたときこそ専門職としての力を発揮し、どのように付加価値を生み出すかを理解していれば、必ず付加価値を生み出すであろうという著者の信念が根底にあることが窺え、人事担当者にとっては、自らの役割の方向性を見定める指針となるともに、その役割の重さを改めて認識させられる本であると思います。翻訳にやや硬さはありますが、一度は読んでおきたい一冊です。

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現代の社会や企業経営、人事管理の在り方に照らしても、耳を傾けるべき言葉が多く含まれている名著。

完全なる経営図1.jpg
完全なる経営』 アブラハム・マズロー.jpg アブラハム・マズロー(1908-1970)

 本書は、「欲求5段階説」を提唱したことで知られる米国の心理学者アブラハム・マズロー(Abraham Harold Maslow, 1908 - 1970)が1960年代初めに書いた手記や覚書の数々を纏めたものが、一旦は1965年に本として刊行され(原題;Eupsychian Management (1965)、邦訳『自己実現の経営―経営の心理的側面』('67年/産業能率短期大学出版部))、その後長い間絶版になっていたものを1998年に復刻刊行したもので(原題:Maslow on Managemen「マズローオンマネジメント(マズロー、経営を語る)」、そのことを示すかのように、冒頭にウォーレン・ベニスの「37年後に」という副題の序文があります(随所に、マズローの影響を受けた経営者へのインタビューが挿入されているため、400ページ超と旧版のおよそ倍のヴォリュームの大著となっている)。

 元が手記乃至覚書の形式なので、1つ1つ独立した考察として読みながら、全体の流れの中で彼が訴えたかったことを汲み取っていくという読み方になるかと思います(ある意味、どこからでも読める)。

 まず、仕事生活を正しく管理すれば、そこで人間は成長し、世界はより良いものになるとしています(その意味で、仕事生活の正しい管理はユートピア的であり、彼はこのことを「ユーサイキアン・マネジメント」と呼んだ)。人は誰でも高次の価値を体現したいとの生まれながらの欲求を持っているので、くだらない仕事を見事にやり遂げたとしても、それは真の達成とは言えず、自己実現を促す仕事をすることが肝要であり、またそのこと自体が自己を癒す治療的効果を持つとしています。

 誰もが受動的な助力者であるよりも、原動力でありたいと望んでおり、人々が積極的な人生を送るか、それとも無力な人生を送るかは、彼らが組織内で権限を与えられるかどうかにかかっており、経営者が従業員を、マクレガーが言うところの「Y理論」的な人間として扱うことが必要なのは、それが企業経営にとって利益を生むことにつながるからであると。従って、大規模な組織に見られる画一主義的な行動基準は改め、権威主義的な経営管理スタイルから参加型の経営管理スタイルに移行する必要があるとしています(会計士には、労働者を向上させることから生まれる目に見えない人的価値を、貸借対照表に記載できる会計用語に置き換える努力が求められるとし、最高の管理者は、自分が管理する労働者の健康を増進するとも)。

 また、チームの場では、メンバーにより大きな影響力とパワーを授ければ、自分の影響力とパワーも大きくなるという"シナジー"効果が生まれ、貧弱な社会や環境の条件下では、各個人の利害が対立的、相互排他的にとらえられ、人々が互いに反目してしまうような状況になるとしています。

 リーダーシップに関しては、権力を求めるような人間こそ権力を手にすべきではなく、こうした人間は権力を悪用し、他人を圧倒し、制圧して自己満足を得るために権力を用いるのであり、進歩的リーダーのやり方というのは、メンバーに対するパワーを放棄して自由を認めるとともに、メンバーの自由と自己実現を心から喜べるような人であるとしています。また、リーダーの創造性に関しては、先の見通しが予測不可能な状態に耐え、それを受け入れることのできる能力が、創造性と深い関係にあるとしています(メンバーは往々にして、予想外の事態や不測の出来事を正面から受け止める力が備わっていないという不安感が入り交っている)。また、卓越した社会(組織)と退行的で堕落した社会を分けるものは、起業家精神を発揮する機会に恵まれているかどうか、その社会に起業家が大勢いるかどうかという点であるともしています。

 また、より高次の欲求を満足させる条件が提示されない限り、多くの人は現在の職務からの転職は考えないが、人材は無形かつ真正の財産であり、社会から必要とされている重要な人物が転職せず同じ職場にとどまっているのは無駄であると。さらに、投資家の立場からすれば、人的資産の豊富な企業と人的資産の乏しい企業で、或いは消費者の信用を得ている企業と消費者の信用をすっかり失っている企業で、或いはまた労働者の士気の高い企業と低い企業で、それぞれどちらに投資するか、と問うています。企業経営の在り方について、長期にわたって存続し、その間健全性を維持しながら成長を目指す企業は、顧客との間に掛け値無しの信頼関係を築きたいと願うはずであり、むしり取るだけむしり取ったら後は目もくれないというような関係を結びたいとは考えないはずだとしています。そして、進歩的な経営管理という哲学は、社会全体を確実に向上させるものであり、それ故に、革命的な哲学と呼ぶべきものであるとしています。

 その他にも示唆に富むフレーズに満ち満ちている本であり、マズローの言うところの「自己実現」の奥の深さが窺い知れるとともに、現代の社会や企業経営、人事管理・人材活用の在り方に照らしても耳を傾けるべき言葉が多く含まれている名著であると思います。

 因みにマズローは、1908年にブルックリンのスラム街でロシア系ユダヤ人の家系に生まれ、貧しい家の7人兄弟の長男で一時は叔父の家に引き取られて育てられたこともあったそうです。父親の事業が軌道に乗るとスラム街を出て白人街に移りますが、そこで今度はユダヤ人としての差別を体験したとも言われています。大学では最初、法律学を勉強しましたが、法律学の人間性悪説的な立場が肌に合わず心理学に転向したと言われています。

《読書MEMO》
03 完全なる経営.jpg(経営者インタビューからの抜粋を含む)
●人間の使命とは、可能な限り「自分自身」にあることである。
・彼にとって必要なこと、実現しうることは、唯一このことだけなのだ。そこには競争というものが存在しない。
●仕事は一種の心理療法とも心理高揚法ともなりうるものだ。心理高揚法によって健全な人間は仕事を通じて成長し、自己実現に向かうことができるのだ。
●この上ない安らぎを得たいのであれば、音楽家は曲を作り、画家は絵を描き、詩人は詩を詠む必要がある。人間は自分がそうでありうる状態を目指さずにはいられないのだ。こうした欲求を自己実現の欲求と呼ぶことができよう。
●重要で価値ある仕事をやり遂げ自己実現に至ることは、人間が幸福に至る道である。
・幸福とは、何かにともなって生じる状態であり、副産物なのだ。直接求めるものではなく、善き行いに対して間接的に与えられる報酬なのである。
●仕事を通じての自己実現は、自己を追求しその充足を果たすことであると同時に、真の自我とも言うべき無我に達することでもある。
●何としてもやり遂げるのだという気概で仕事に望んでいると、ある時点から仕事は情熱を傾ける対象となり、仕事と自分との距離はなくなってしまいます。
・健全で安定した自尊心をもてるかどうかは、りっぱな価値ある仕事を自己の内部に取り込み、自己の一部にできるかどうかにかかっている。
●あらゆる人間は、美、真実、正義といった最高の諸価値を求める本能的欲求を持つのである。真の重要な問題とは、「何が創造性を育むのか」ではなく、「だれもが創造的とは限らないのはなぜか」ということなのだ。
●リーダーが第一に考慮すべき点
①人間は信頼に値すると信じているか
②人間は責任や義務を担おうとするものであると信じているか
③人間は仕事に意義を求めると信じているか
④人間は生まれながらに学習欲求をもっていると信じているか
⑤人間は変わることには抵抗しないが、変えられることには抵抗すると信じているか
⑥人間は怠惰よりも働くことを好むと信じているか
●仕事や課題に取り組むこと自体が自己を癒す利用的効果を持つものになりうる。心の中の問題が周囲の世界に投影されて外に姿を現した結果、内省だけで直接処理するよりもはるかに容易に、しかも不安や抑制をそれほど感じることなく、問題に取り組めるようになるのである。
●ブラックフット族において最も尊敬を集める人物、それは最も多くを与えた人物なのだ。
●シナジーは、個人にとっての利益が同時にすべての人間にとっても利益となるような文化である。シナジーの度合いの高い文化は安定しており、善意に満ち、人々の士気も高い。
●「問題はこういうことだ。やるべきことはこれだ」とはっきり社員一人ひとりに伝えるべきだろうか。「これをやれば、こういう報酬を与えよう」と言うべきだろうか。「顧客のためになる価値を創造しよう。社員のためになる職場環境を整え、結果を見てみよう」と言うべきなのだろうか。最後のアプローチをとれば、社員にやるべきことを指示した場合よりも10倍効果が上がるでしょう。
●我が社のサービスのおかげで、顧客が一人で努力したときよりも、はるかに大きな価値が生まれる。
●人生における使命は自己と深く一体化しており、真に幸運な作業者、進歩的で理想的作業者から仕事(人生における使命)を奪うのは、彼の生命を奪うに等しい行為なのだ。
●自己実現の段階では、個人に足りない部分、つまり欠乏や不足の充足を訴えることによって、その個人を動機「づけ」することはもはやできない。それは外からの充足でなく内からの発達を目指すものだからである。
●企業の目的は単に利益を上げることではなく、基本的欲求を満たそうと努力する人々、特定の集団に属しながら社会全体に奉仕する人々にとって、真の共同体となることである。ビジネスにおいては収益は大きな意味を持っているが、唯一絶対のものではない。人間的要因や道徳的要因を忘れてはならないのだ。
●自尊心や尊厳に関する精神力動的理解が深まっていけば、産業界にも大きな変化がもたらされるはずだ。なぜなら、尊厳、尊敬、自尊の意識といったものは、実にたやすく与えることができるからである。経済的負担はほとんどない。
●普通の人間にとって、仕事は休息や遊びと同じく自然なものであり、皆働くことを望んでいる。やりがいのある目標だと思えば、たいていの人間は自己統制しつつ自発的に仕事に取り組み、積極的に責任を引き受けようとする。
・人間は自らの仕事に意味を求め、遠大な目標の実現に専心したいと願っており、やりがいのある職務や役割、責任に取り組めば「世間をあっと言わせる」ことができる。
●アップルの成功の方程式の大部分を占めていたのは、その社内環境-社員が潜在能力を発揮し、目標の実現に向けて専心できる環境。仕事に大いなる意味を見出せる環境-だったはずだ。
・ラインの全従業員が、生産工程全体の中で自分の果たす役割を理解していましたし、自分の作業が最終製品にどのような影響を及ぼすかも承知していたのです。
●泥棒が泥棒である事を自覚し、まっとうな人間に生まれ変わりたいと願うならば、意識的に盗みをやめ、意識的に正直な人間になろうと努力するしか道はない。
●利己主義と利他主義を互いに相容れない対立概念としてとらえることには何の意味もない。私がとった行動は全面的に利己的でもなければ、全面的に利他的でもない。利己的であると同時に利他的であるといっても同じことである。より洗練された表現を用いれば、シナジーのある行為なのである。
・相手の幸福が自分を幸福にするとき、相手の自己実現が自分の自己実現に劣らぬ喜びをもたらすとき、さらには「他人のもの」と「自分のもの」との区別がなくなるとき、そこに愛は存在するのだ。
●語彙を豊かにすることで世の中に対する認識を高めることができる。
●いい社会とは、徳が報われる社会である。
・いい社会とは利己主義が利益につながる社会である。社会の成員が、結果的には自分にとっても利益になることを理解しているため、他者の利己主義を認める社会である。
●会社が、一見当然だとも思われる結びつきやサービスなどの織りなすネットワークの中に存在しているという事実である。これを逆方向から述べることもできる。製品やサービスがもっといいものになればなるほど、労働者が、管理者が、企業が、地域社会が、州が、国家が、世界が改善される。
・いくつもの同心円の中に立っている自分を発見することになる。
●幸せは探そうとして見つかるものではない。人への奉仕を通じて見出せるものなのだ。
●観光客にユニークな体験を味わってもらうために、アスペン社の価値観と地域住民の価値観をいかにして活用すべきかが明らかになってきた。その結果掲げられた目標は、両者に対して「命の洗濯」の機会を提供することと、住民に対してこの活動に参加する機会を提供することであった。
●たとえ危機的状況であろうとも、権威主義的リーダーシップの出る幕はないというのが私の意見です。危機に直面したときに独裁者の出番だということを否定するつもりはありません。それが状況を打開する最善の策だったかもしれないし、余計な手間をかけずにすんだかもしれません。でも、今回と同じ結果が得られたとは思えないんです。
●B力とは、やるべきことをやる能力のことであり、取り組むべき仕事に取り組む能力、現実に存在する問題を解決する能力、完遂すべき仕事を完遂する能力のことである。あるいは、真、善、美、正義、完全性、秩序といったあらゆるB価値を育み、守り、高める能力と言うこともできる。B力は、もっといい世界を作る能力であり、世界をより完璧に近づける能力である。
●参加者タイプの人間は、人生の指針となる価値観や信念を持っており、危険を怖れず未知のことがらに挑戦する。ものごとが順調に運び、もてはやされ、成功を味わっているときでも、不調で、批判を浴び、不安定に苦しむときでも、常に自分の信念を貫き通そうと努力する。
●短期間で心理療法と同じ効果を上げるために、ある人物の普段の生活ぶりを正面と背後からそっくりそのまま映像に記録して、本人に見せるというものだ。この映像を見れば、自分自身について実に多くのこと-自分の外見がどうか、自分はどんなペルソナ、つまり仮面をかぶって生活しているか、さらには自分が何者なのか、自分のアイデンティティとは何か、本当の自己とは何かなど-が学べるだろう。
●完全に信頼できる相手、怖れる必要がなく、自分を傷つけたり、自分の弱みにつけ込んだりする心配のない相手に向かって、思いの丈を包み隠さず打ち明けられるという特権は、何にも勝るものなのだ。
●人間はある程度成功を収めると、社会の枠組みに沿った考えからをしなければならないと思い込むようになる。だが、このような態度をとっているうちに個性を失い、個人の内面にある創造性や喜び、ユーモア、学習、革新の源泉をからしてしまう人間が少なからずいる。
・一日に何度この声-自分の外からきて、世の中の仕組みを教え込む声-に行動を阻まれているか、十分反省してみるべきです。
●自分が人生をかけて取り組む劇仕事(マイライフワーク)とは何か。
・いまこの瞬間に没頭するよう強く主張している。
・いまここに全面的に没頭し、完全にその場で見聞きするためには、強靭なパーソナリティをすべて備えていなければならない。過去も未来も忘れ、現在だけを考えることだといってもいい。
・この姿勢は、彼がかなり勇敢な人物で、自分自身に信頼を寄せていること、新たな問題を解決できるという静かな自信を秘めていることを示すものである。
●創造的な人間は柔軟性があり、状況の変化に応じて行動を変えることができる。自分の計画にこだわらず、状況の変化に適応し、その都度その都度の問題に的確に対処することができる。
・絶え間ない変化こそ、人生に興を添えてくれるのである。
●セールスパーソンに求められることは、より長期的で広い視野に立ち、物事の因果関係や全体論的な関連性を把握した上で判断を下す姿勢である。それはなぜか。顧客との関係を百年も二百年も維持することを目指す健全な企業にとって、両者が騙しあう関係など論外だからだ。
●高次の不平を、それより低次の不平と同等に扱ってはならない。高次の不平は、そうした不平が理論的に存在しうるための前提条件がすべて満たされていることを示す証拠として理解されなければならないのだ。
●宇宙レベルの壮大な過大に取りかかるのではなく、身近な具体的課題に専心し努力すべきである。
・社会の全成員が目標を明確に理解し、全力を尽くして各人になしうる最大の貢献を果たすのが理想的な社会変革の姿なのだ。
●自分から事を起こそうとせず、何かが起こるのを待ち受ける姿勢、あるいは、才能を開花させるためには適切な指導や訓練の積み重ねが必要であることを理解せず、怠惰にすごしてしまうような姿勢は、何としても改めなければならない。
●自己実現は、本人以外の人が「これがお前の自己実現だ」と外からは定義できない。
●自己実現は、ないものを埋めること(欠乏動機、D動機)によって人を短期的に動かすのでなく、自分の存在価値を示していくこと(存在動機、B動機)によって長期的に探し続けるものなのだ。確かに虹のようになかなかたどり着かないかもしれない。しかし、それをあきらめると、完全なる人間も、完全なる経営も成り立たなくなってしまう。

・ユーサイキア(Eupsychia):マズローの造語。現実的可能性や向上の余地、心理学的な健康を目指す動き、健康志向。
・個人の成長→企業は自律的な欲求充足に加えて、共同的な欲求充足をもたらすことが可能。
・自己救済→自分に運命付けられた「天職」をやりとげること。例えば、黒澤明監督の映画「生きる」。こうした志向性はおのずと自己超越、自己を追求すると同時に、無我でもある。自己/利他、内的/外的、主観/客観といった二項対立は解消(仕事の大義名分も自己の一部に取り込まれているのだから)。
・研究課題→「人間の尊厳を奪ったり、損なったりしない組織を作るにはどうすればよいのか。組み立てラインのような非人間的な環境は、産業界では避けることができないが、こうした環境を浄化し、労働者の尊厳と自尊心をできる限り保つためには、どうすればよいのか──」(96~97ページ)。
・マグレガーのX理論(人間は一般に怠惰→管理は命令。低次の欲求に対応)とY理論(人間は本当は働きたい→自発的な創造性を生かす。高次の欲求に対応)はマズローの動機付け、自己実現の理論を応用。晩年のマズローはさらに、経済的欲求の次なる段階として価値ある人生や創造的な職業生活を求めるものとしてZ理論を構想。
・産業的権威主義に対して、自律的な人間モデルによる民主主義的なものとしての「進歩的な経営管理」→ただし、客観的要件がそろっていることが必要。生存的に厳しい社会では権威主義的上司の方が適合的かもしれない。状況に応じて最高の、機能する管理方法を選ぶこと。
・リーダーシップ:その状況における客観的要件を誰よりも鋭く見抜き、そうであるが故に全く利他的な人間が問題解決や職務遂行に最適→安全の欲求、所属の欲求、愛の欲求、尊敬の欲求、自尊の欲求のすべてが満たされた、自己実現に近づいた人間がリーダーとして理想的。そうでない人間は、自身の欲求充足のレベルで右往左往してしまう。

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「●組織論」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(ピーター・M・センゲ)

「組織学習」の名著。核となる提案部分(5つのディシプリン)は旧版と同じ。旧版でも問題ない。
学習する組織00.jpg学習する組織 2011.jpg  最強組織の法則 - 原著1990.jpg  Peter M Senge .jpg
学習する組織―システム思考で未来を創造する』(2011/11 英治出版)/『最強組織の法則―新時代のチームワークとは何か』(1995/06 徳間書店) Peter M Senge

Peter M Senge 2.jpg 著者のピーター・M・センゲ(Peter M. Senge)はマサチューセッツ工科大学スローン経営大学院の組織センター長であり、本書のオリジナルに当たる1990年にセンゲが発表した『最強組織の法則―新時代のチームワークとは何か(The Fifth Discipline : The Art & Practice of The Learning Organization)』('95年/徳間書店)は、「ラーニング・オーガニゼーション(学習する組織)」というコンセプトを提唱したことで知られています。本書『学習する組織―システム思考で未来を創造する』('11年/英治出版)は、原著の2006年改訂版(原題同じ)であり、書き加えられた「学習する組織」の実践上の課題やそれを乗り越える事例と併せて、旧版の翻訳で一部割愛されていた内容を補完したものです。

 全5部構成の第Ⅰ部において、著者は、世界では物事の相互の繋がりは一層深まり、ビジネスは複合的でダイナミックになっていて、そうした中、仕事はもっと「学習的」にならなければならず、それは、会社のために誰か1人が学べばいいというものでもなく、また、トップが解決策を見つけ、社員がその大戦略家に付き従うという方法でももはや成功できず、これからはあらゆるレベルの社員から学習する意欲と能力を引き出すことができる企業こそ成功していくだろうとしています。

 従って、マネジャーは社員に①新しいアイデアに柔軟に対応する、②互いに気兼ねなく率直にコミュニケーションする、③企業がどのように運営されるべきか、深く理解する、④集団的なビジョンを構築する、⑤共通の目的を達成するために力を合わせる、といったことを奨励すべきだとしています。

 そのうえで、学習する組織には5つの基本的なディシプリン(構成要素)があるとしており、それらは以下の通りであるとともに(本書で意味する"ディシプリン"とは、学習し習得すべき理論及び技術の総体を指す)、第Ⅱ部において「システム思考」(第1のディシプリンとして重要視されるこのシステム思考は、これに続く他の4つを統合するものとされる)、第Ⅲ部において残りの4つのディシプリンについて解説しています。

①システム思考:全体のパターンを明らかにし、それを有効に変えていく視点でものを考えること。このシステム思考によって全体を纏め、一貫した実行プランが構築できる。
 センゲの組織研究のアプローチは一貫して、組織を独自の行動様式と学習パターンを持つ一個の生きた存在と捉えるシステムアプローチであると言えます。彼はここで、問題を頻発させたり成長を抑制したりする反復性のパターンをマネジャーが見抜くのに役立つ「システムの原型」の考え方を紹介しています。

②自己マスタリー:現実を客観的に捉える。そのために、個人の視野を拡げ、常に現実への理解を深めていくことの重要性を意識的に認識する必要がある。
 現代のマネジャーは誰でも個人のスキルや強みを開発することの大切さを認識していますが、センゲはこの考えからさらに一歩踏み込んで、学習する組織における個人の心の成長の重要性を強調しています。真に心が成長すれば、現実をよりはっきりと認識するようになるとして、心の成長によって現実をもっとはっきりと見据えることを教え、ビジョンと現実との違いを際立たせることにより、創造的な緊張関係を生み出すことが出来るとしています。そしてこの緊張関係から効果的な学習が生まれると。センゲの言う「学習する組織」とは、「自分が大切だと思うことを達成できるように自分を変える」ことにより「自分の未来を創造する能力を絶えず充実させている人々の集団」であると。

③メンタル・モデルの克服:自分たちの心に知らないうちに固定化されたイメージや概念(メンタル・モデル)を分析し、精査する。
 システムアプローチの次なる要素としてセンゲが強調しているのは、メンタル・モデルであり、センゲは、マネジャーたちに組織の価値観や理念を裏で支えるメンタルモデルを構築することを要求しています。組織レベルで培われてきた既成の思考パターンの影響力の大きさに注意を促し、これらのパターンの性質を検証するオープンな仕組みづくりが必要であるとしています。

④共有ビジョンの構築:組織内で共通のアイデンティとミッションのもとに個人を結束させる。そのためには、お題目だけのビジョンではなく個々が心から納得し、参加できるような共通の「将来像」を掘り起し、コミュニケーションを続ける必要がある。
 真の創造性やイノベーションは集団の創造性に基づくものであり、また、集団のビジョンはメンバーの個人的なビジョンの上に構築されるものであって、メンバーが集団のビジョンを自分と切り離すことなく考え始めたときにビジョンの共有が可能になるとしています。

⑤チーム学習:現代の組織では、個人ではなくチームで成果を出し、そのための学習の基礎を構築する。そのために対話と議論という2つの実践が伴う。チームが学び、成長できなければ集合体としての組織も成長できない。
 ここでは、効果的なチーム学習のためには、「ダイアローグ」(dialogue)と「ディスカッション」(discussion)という2つの異なる対話方法をうまく使い分けることが必要であるとしています。ダイアローグ(意見交換)は問題点をどんどん探し出してゆくことであり可能性を広げるものであり、ディスカッションとは将来の意思決定のために最善の選択肢を絞り込む作業であると。これらの2つのプロセスは相互補完的ではあるが、別々のものとして考えなければならず、実際には両者を意識して使い分けられるチームは残念ながら殆ど見当たらないとしています。

 本書で挙げられている事例を見ればわかる通り、企業をラーニング・オーガニゼーションに変身させるのは簡単なことではなく、それは何故かと言うと、最大の理由は、マネジャーが今まで持っていた権力や権限を手放し、学習している人に渡さなければならないからだとしています。社員が学習するためには試行錯誤が必要であり、とりわけ(旧来型の)責任追及型の企業文化であればそれは大胆な変革が必要となると。また、ラーニング・オーガニゼーションを築くには、信頼と関与が必要であり、これも多くの企業で欠けているとも言っています。

 旧版『最強組織の法則』第Ⅳ部では、「創造への課題」を取り上げ、この中では「仕事と家庭の対立は終わる」といったワーク・ライフ・バランスに対する早くからの炯眼を窺わせる記述もあり、第Ⅴ部では。「組織学習の新しいテクノロジー」を事例を交えて解説していました。新版『学習する組織』第Ⅳ部は、「実践から振り返り」となっており、第Ⅴ部が「結び」となっています。

 基本となる第Ⅰ部から第Ⅲ部までは『最強組織の法則』も『学習する組織』も同じ内容なので、どちらを読んでも構わないかと思います。取り上げている事例の部分で旧版の方が「アメリカ企業はなぜ日本企業に敗れたのか」といった例が多くなっているのが、やや時代を感じさせるぐらいしょうか。「組織学習」の名著としての評価は定着しているのではないかと思います。
 旧版1,900円、新版3,500円(何れも本体価格)。旧版の日本語タイトルは不評でしたが、旧版の方の訳が古びているとか硬いとかいったことはなく、読む上では旧版でも全く問題ないかと思います(むしろ旧版の方が単独翻訳者なので、訳調が統一されているかも)。

【2201】 ○ グローバルタスクフォース 『あらすじで読む 世界のビジネス名著』 (2004/07 総合法令)
【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)
【2790】○ グローバルタスクフォース 『トップMBAの必読文献―ビジネススクールの使用テキスト500冊』 (2009/11 東洋経済新報社)
【2701】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『マネジメントの名著を読む』 (2015/01 日経文庫)

《読書MEMO》
●企業が抱える7つの学習障害
①「職務イコール自分」:
 個人が自分の職務だけに気を取られると、全ての職務が関連し合って生まれる結果に対して責任が薄れ、職務間の連携が阻害される。
②「敵は向こうに」:
 自分の仕事にしか目が向かないと、何のために仕事しているのかという本質的な目的や、自分の行動の影響が職務の範囲を超えてどう拡がっていくのかを認識できなくなる。そんな中、自分の仕事の結果が悪い形で出てくると、理由を外に向け、自分以外のせいにしようとする。
③積極策の幻想:
 「向こうの敵」と戦かおうとひたすら攻撃的になるとすれば、人は受身に反応しているということになる。これは積極策の幻想であり、真の積極性は、自分の抱える問題にどのように寄与するかの見通しから生まれる。
④個々の出来事に捉われる:
 我々の組織及び社会の生き残りにとっての中心的脅威は、不意の出来事からではなく、徐々にゆっくり進行するプロセスからくること。
⑤茹でられた蛙の寓話:
 徐々に変化していくプロセスを見極める力を養うには、現在の慌ただしいペースを緩め、全体像を見極めた上で、派手なものだけでなく目立たないものにも注意を払う必要がある。
⑥体験から学ぶという錯覚:
 人は経験から最も多くのことを学ぶが、重要な決定の場合は大抵(その影響が長期にわたるため)、その帰結を直接には経験しない。
⑦経営チームの神話:
 経営チーム=組織の様々な機能と専門分野を代表する有能で経験豊富な管理職の一団のはずが、実際には会社の現状を擁護し、保身のための能力だけに長けた「熟練した無能」集団と化す。
●システム思考の法則
①今日の課題が昨日の「解決策」からくる。
②システムは押せば押すほど強く押し返す(補償的フィードバック)
③状況は一旦好転してから悪化する
④安易な出口は通常元に戻る
⑤治癒策が病気そのものより問題になることがある
⑥急がば回れ
⑦原因と結果は時間的・空間的に近隣しているとは限らない
⑧小さな変化が大きな結果を生むことがある。しかし一番効果のある手段はしばしば一番見えにくい。
⑨ケーキを手に入れ、しかも味わうことができる(同時にではないが)
⑩1頭の象を分割しても2頭の小象にはできない
⑪罪を着せる外部はない...etc.

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成果を上げることは"教科"ではなく自己鍛錬。リーダーにも新人にも有益な書。

The Effective Executive   .jpg経営者の条件.JPG経営者の条件 ドラッカー 旧版.jpg 経営者の条件 ドラッカー.jpg
ペーパーバック(1993)『経営者の条件 (1966年)』  『ドラッカー名著集1 経営者の条件

Video Review for The Effective Executive by Peter Drucker
 ピーター・ドラッカーが1966年に発表(同年に大幅改訂、改訂版原著は1967年刊)した本書『経営者の条件』(原題"The Effective Executive")を読むと、ドラッカーが「知識労働者(ナレッジワーカー)」という言葉を半世紀も前から使っていたことがわかります。本書は、序章と本体全7章と最終章から成ります。

 第1章「成果をあげる能力は修得できる」では、現代の組織社会において中心的な存在となりつつある知識労働者のうち、企業や組織の業績に影響を与える意思決定を下す人を、"地位を問わず"「エグゼクティブ」と位置づけています。ドラッカーはまず、肉体的労働者が基本的に能率性で評価されるならば、知識労働者は何をもって評価されるのが妥当であるか、と読者に問いかけ、知識労働者は、"仕事を正しくやり遂げる"というよりも、"何をすべきかを判断してそれをやり遂げる"ことで成果を生み出す必要があるといいます。そして、成果をあげる能力は"教科"として学ぶことはできないが、実践を通した自己鍛錬によって修得できるとしています。つまり、本書では、(1)エグゼクティブの仕事は成果をあげることである、(2)成果をあげる能力は修得できる-という2つの前提に立ち、以下、成果を上げるエグゼクティブの条件について、時間、貢献、強み、集中、意思決定の5つの観点から述べています。

 第2章「汝の時間を知れ」において、成果を上げるエグゼクティブは、「時間」を慈しみ大切に扱っているだろうとしています。人間が時間に対する意識をどれほどおろそかにしているか、自分がどのように時間を過ごしたかを記憶していないものであるかを、調査結果を挙げて示し、エグゼクティブの知識集約的な仕事は、定型化が難しい上に発生頻度もまちまちで、かつ他のエグゼクティブとの協業を必要とするものが非常に多いため、自分で積極的に時間をコントロールしない限り、偶発的な仕事と周囲のエグゼクティブに振り回されてしまうのであると。そこで彼は、時間の使い方について記録をとることを勧めています。そして、自分の時間の半分以上を他人の都合によって決定されているようならば、それを自分の管理下に戻さなくてはならないと。

 第3章「どのような貢献ができるか」では、成果を上げるエグゼクティブは「貢献」に焦点を合わせることが重要であるとし、「どのような貢献ができるか?」と自問することは、仕事においてまだ用いられていない可能性に目を向けることになり、また、貢献に焦点を合せれば、当然の結果としてコミュニケーションやチームワークが生まれ、自己改善や周囲の人々の成長にも繋がるとしています。

 第4章「人の強みを生かす」では、優れた人事とは人の「強み」を生かすことであり、弱みからは何も生まれない、結果を生むには利用できるかぎりの強み、すなわち同僚の強み、上司の強み、自らの強みを動員しなければならならず(人の強みを生かすとは、人すなわち自らと他人を敬うということである)、強みこそが機会であり、強みを生かすことは組織に特有の機能であるとしています。「弱みからスタートしてはならない」、つまり、ある仕事に就ける人材を決める際に、一部の欠点に着目して、減点主義で候補者を外していくような人材配置は行ってはならないと主張しているわけです。上司、同僚、部下の強みを活かさなければならないという点も非常に重要であり、エグゼクティブの仕事は個人単位では完結せず、必ず他者との協業を必要とするため、対人関係能力やコミュニケーション能力、チームビルディングの能力、動機づけの能力などといった、複合的なヒューマンスキルが必須となるとしています。

 第5章「最も重要なことに集中せよ」では、成果を上げるエグゼクティブは、まず最優先事項から取りかかり、一度に一つのことだけに「集中」して行うとし、そのためには、これまで期待通りの成果を生み出していない仕事を捨て去らなければならない、過去を捨て去ることが、前進のためには最も肝要である、エグゼクティブの仕事の本質は、資源を本来の可能性に充てる決断を下すことであるから、としています。また、意思決定の大部分は会議を通じて下されるため、「会議を運営する能力」と言い換えられるだろう。だが一口に会議を運営する能力と言っても、以下に示す通り、実に幅広い行動とマインドをエグゼクティブは習得しなければならない

 第6章「意思決定とは何か」では、成果を上げるエグゼクティブは、「意思決定」において問題を一度で解決するとしています。そもそも彼らは、問題を包括的に見て、目下の問題に関連している人たちだけではなく、誰にとってもシンプルなルールで問題を解決しようとするとし、その際には、何もしないという選択肢もあるという点も、決断はそれが実行に移されるまでは完結しないということも知っているとしています。

 第7章「成果をあげる意思決定とは」では、成果をあげるエグゼクティブは、「意思決定」は事実を探すことからスタートしないこと、人々の意見を聞くことからスタートすることを誰もが知っており、最初から事実を探すと、すでに決めている結論を裏づける事実を探すだけになり、好ましいことではないとしています。また、決定には判断と同じくらい勇気が必要であり、一般的に成果をあげる決定は苦いものであるが、エグゼクティブは好きなことをするために報酬を手にしているのではなく、すべきことをなすために、成果をあげる意思決定をするために報酬を手にしているのであるとしています。

 終章「成果をあげる能力を修得せよ」では、(1)エグゼクティブの仕事は成果をあげることである、(2)成果をあげる能力は修得できる、という二つの前提のもとこれまで述べてきたことを総括するとともに、エグゼクティブの成果をあげる能力が、現代社会を経済的に生産的なものとし社会的に発展しうるものとするとして締め括っています。

『経営者の条件』I.jpg 時間、貢献、強み、集中、意思決定―これらが、実行可能で適切な観点から説明されており、仕事の姿勢に対する洞察に溢れた本であるとともに、人材の配置、育成、活用に関する示唆にも富んでいます。リーダーにとってもキャリアの起点にある人にとっても、仕事とはただ与えられたことをするのではなく、判断して成すべきことを成すことであるということを喚起させるに有益な本です。

 本書を最初に読んだのは、野田 一夫、川村 欣也訳('66年11月/ダイヤモンド社、原著の決定稿版が'67年2月刊行であり、原著より日本語版の方が先に刊行された)の第9版('67年9月)で、個人的にはこれが今も手元にあります。上田惇生訳の選書版('95年)、ドラッカー名著集('06年)と若干章立てが異なるほか、文脈も翻訳の表現も異なっているところが多いようですが、全体の流れや趣旨は同じではないでしょうか。
 今回初めて読んだ新訳の方は、冒頭に「八つの習慣」(下に列記)とあり、序文の中でそれぞれについて簡単に解説されていましたが、本文とも緩やかに対応している印象を受けました。
 1.なされるべきことを考える
 2.組織のことを考える
 3.アクションプランをつくる
 4.意思決定を行う
 5.コミュニケーションを行う
 6.機会に焦点を合わせる
 7.会議の生産性をあげる
 8.「私は」ではなく「われわれは」を考える

【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)

《●『経営者の条件』要約pp》
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《読書MEMO》
第1章「成果をあげる能力は修得できる」
●今日では、知識を基盤とする組織が、社会の中心的な存在である。現代社会は、組織の社会である。それら大組織のすべてにおいて、中心的な存在は、筋力や熟練技能ではなく、頭脳を用いて仕事をする知識労働者である。筋力や熟練ではなく、知識や理論を使うよう、学校で教育を受けた人たちが、ますます多く組織の中で働くようになっている。
●われわれはすでに、最下層の経営管理者が、企業の社長や政府機関の長とまったく同じ種類の仕事、すなわち、企画、組織化、統合、調整、動機づけ、そして成果の測定を行うことを知っている。意思決定の範囲は、非常に限られた狭いものかもしれない。しかし、たとえ狭くとも、その範囲内においては、まぎれもないエグゼクティブである。(中略)そして、トップであろうと、新人であろうと、エグゼクティブであるかぎり、成果をあげなければならない。
●確かに人生には、成果をあげるエグゼクティブになることよりも高い目標がある。しかし目標があまり高くないからこそ、実現も期待しうるというものである。すなわち、現代社会とその組織が必要とする膨大な数の成果をあげるエグゼクティブを得る、という目標の実現である。(中略)大規模組織のニーズは、非凡な成果をあげることのできる普通の人によって満たされなければならない。これこそ、成果をあげるエグゼクティブが応ずべきニーズである。しかも目標は謙虚であって、だれでも努力さえすれば実現可能である。
第2章「汝の時間を知れ」
●アルフレッド・P・スローンは、人事についての意思決定はその場では決してしなかったそうである。一応の判断はするが、それにさえ、通常、数時間を使っている。しかも、その数日あるいは数週間後には、初めから考え直していた。二度も三度も同じ名前が出てきたときだけ、人事の最終決定を行った。スローンは、人事の秘訣を聞かれたとき、「秘訣などない。最初に思いつく名前は、概して間違いだということを知っているにすぎない。だから私は、何度も検討し直して、決定することにしている」と答えたという。
●自分の時間の半分以上をコントロールしており、自分の判断によって自由に使っているなどという者は、実際に自分がどのように時間を使っているかを知らないだけであると断言してよい。組織のトップにいる人たちには、重要なことや、貢献につながることや、報酬を払われている当の目的に使える自由な時間など、4分の1もない。これは、あらゆる組織についていえる。
第3章「どのような貢献ができるか」
●知識労働者が貢献に焦点を合わせることは必須である。貢献に焦点を合わせることなくして貢献する術はない。
●必要なことは、専門家自身に彼と彼の専門知識をもって成果をあげさせることである。言い換えれば、自らの産出物たる断片的なものを生産的な存在にするために、何を知り、何を理解し、誰に利用してもらうかを考えさせることである。
●対人関係の能力をもつことによってよい人間関係がもてるわけではない。自らの仕事や他との関係において、貢献に焦点を合わせることによってよい人間関係がもてる。そうして人間関係が生産的となる。生産的であることが、よい人間関係の唯一の定義である。
●われわれは貢献に焦点を合わせることによって、コミュニケーション、チームワーク、自己開発、人材育成という、成果をあげるうえで必要な四つの基本的な能力を身につけることができる。(中略)第一に、長い間マネジメント上の中心課題だったものがコミュニケーションである。(中略)第二に、果たすべき貢献を考えることによって、横へのコミュニケーションが可能となり、その結果チームワークが可能となる。(中略)第三に自己開発は、その成果の大部分が貢献に焦点を合わせるかどうかにかかっている。(中略)第四に、貢献に焦点を合わせるならば、部下、同僚、上司を問わず、他の人の自己開発を触発することにもなる。
第4章「人の強みを生かす」●優れた人事は人の強みを生かす。弱みからは何も生まれない。結果を生むには利用できるかぎりの強み、すなわち同僚の強み、上司の強み、自らの強みを動員しなければならない。強みこそが機会である。強みを生かすことは組織に特有の機能である。
●いかにして、人に合うように仕事を設計するという陥穽に陥ることなく強みに基づいた人事を行うか。(四つの原則)
(1)適切に設計されているか
(2)多くを要求する大きなものか
(3)その人間にできることか
(4)弱みを我慢できるか
●今日あらゆる分野のエグゼクティブが、胸に炎を抱いているべき若者たちの多くがあまりに早く燃えかすになるといって嘆く。しかし責められるべきは彼らエグゼクティブである。彼らが若者たちの仕事をあまりに小さなものにすることによって彼らの胸の炎を消している。
●強みを手にするには弱みを我慢しなければならない。(中略)実績によってある仕事に適任であることが明らかである者は、必ずその仕事に異動させ、昇進させることを絶対のルールとしなければならない。(中略)仕事には最適の者を充てなければならないだけではない。実績をもつ者には、機会を与えなければならない。問題ではなく機会を中心に人事を行うことこそ、成果をあげる組織を創造する道であり、献身と情熱を創造する道である。(中略)かくして知識労働の時代においては、強みをもとに人事を行うことは、知識労働者本人、人事を行った者、ひいては組織そのものにとってだけでなく、社会にとっても欠くべからざることになっている。
第5章「最も重要なことに集中せよ」
●成果をあげるための秘訣を一つだけ挙げるならば、それは集中である。成果をあげる人は最も重要なことから始め、しかも一度に一つのことしかしない。(中略)これこそ困難な仕事をいくつも行う人たちの秘訣である。彼らは一時に一つの仕事をする。その結果ほかの人よりも少ない時間しか必要としない。
成果をあげられない人の方が多くの時間働いている。(中略)成果をあげる人は、多くのことをなさなければならないこと、しかも成果をあげなければならないことを知っている。したがって、自らの時間とエネルギー、そして組織全体の時間とエネルギーを一つのことに集中する。最も重要なことを最初に行うべく集中する。
●集中のための第一の原則は、生産的でなくなった過去のものを捨てることである。そのためには自らの仕事と部下の仕事を定期的に見直し、「まだ行っていなかったとして、いまこれに手をつけるか」を問うことである。答が無条件のイエスでないかぎり、やめるか大幅に縮小すべきである。もはや生産的でなくなった過去のもののために資源を投じてはならない。第一級の資源、特に人の強みという希少な資源を昨日の活動から引き揚げ、明日の機会にあてなければならない。
第6章「意思決定とは何か」●ヴェイルとスローンの意思決定の特徴は次のようなものだった。
(1)問題の多くは原則の決定を通してのみ解決できることを認識していた。
(2)問題への答えが満たすべき必要条件を明確にした。
(3)決定を受け入れられやすくするための妥協を考慮する前に、正しい答えすなわち必要条件を満足させる答えを検討した。
(4)決定に基づく行動を決定そのものの中に組み込んでいた。
(5)決定の適切さを検証するためにフィードバックを行った。
これらが、成果をあげるうえで必要とされる意思決定の五つのステップである。
(1)問題の種類を知る
厳密にいえば、あらゆる問題が、二つではなく四つの種類に分類できる。第一に、基本的な問題の兆候にすぎない問題がある。(中略)第二に、当事者にとっては例外的だが実際には基本的、一般的な問題がある。(中略)第三に、真に例外的で特殊な問題がある。(中略)第四に、そのような何か新しい種類の基本的、一般的な問題の最初の表れとしての問題がある。
(2)必要条件を明確にする
決定が満たすべき必要条件を明確にしなければならない。意思決定においては、決定の目的は何か、達成すべき目標は何か、満足させるべき必要条件は何かを明らかにしなければならない。(中略)必要条件を簡潔かつ明確にするほど成果はあがり、達成しようとするものを達成する可能性が高まる。逆に、いかに優れた決定に見えようとも、必要条件の理解に不備があれば成果をあげられないことは確実である。(中略)もちろん誰もが間違った決定を行う危険はある。
事実、誰もが時に間違った決定を行う。だが最初から必要条件を満たさない決定は行ってはならない。2)必要条件を明確にする。(中略)決定が満たすべき必要条件を明確にしなければならない。意思決定においては、決定の目的は何か、達成すべき目標は何か、満足させるべき必要条件は何かを明らかにしなければならない。(中略)必要条件を簡潔かつ明確にするほど成果はあがり、達成しようとするものを達成する可能性が高まる。逆に、いかに優れた決定に見えようとも、必要条件の理解に不備があれば成果をあげられないことは確実である。(中略)もちろん誰もが間違った決定を行う危険はある。事実、誰もが時に間違った決定を行う。だが最初から必要条件を満たさない決定は行ってはならない。
(3)何が正しいかを知る
決定においては何が正しいかを考えなければならない。やがては妥協が必要になるからこそ、誰が正しいか、何が受け入れられやすいかと言う観点からスタートしてはならない。満たすべき必要条件を満足させるうえで何が正しいかを知らなければ、正しい妥協と間違った妥協を見分けることもできない。その結果間違った妥協をしてしまう。(中略)そもそも「何が受け入れられやすいか」
「何が反対を招くからいうべきでないか」を心配することは無益であって時間の無駄である。心配したことは起こらず、予想しなかった困難や反対が突然ほとんど対処しがたい障害となって現れる。換言するならば、「何が受け入れられやすいか」からスタートしても得るところはない。それどころか通常この問いに答える過程において大切なことを犠牲にし、正しい答えはもちろん成果に結びつく可能性のある答えを得る望みさえ失う。
(4)行動に変える
決定を行動に変えなければならない。決定においてもっとも困難な部分が必要条件を検討する段階であるのに対し、最も時間のかかる部分が、成果をあげるべく決定を行動に移す段階である。決定は最初の段階から行動への取り組みをその中に組み込んでおかなければ成果はあがらない。事実、決定の実行が具体的な手順として誰か特定の人の仕事と責任になるまでは、いかなる決定も行われていないに等しい。それまでは意図があるだけである。(中略)決定を行動に移すには、「誰がこの意思決定を知らなければならないか」「誰が行動をとるか」「いかなる行動が必要か」「その行動はいかなるものであるべきか」
を問う必要がある。特に最初と最後の問いが忘れられることが多い。そのためひどい結果を招くことがある。
(5)フィードバックを行う
最後に、決定の基礎となった仮定を現実に照らして継続的に検証していくために、決定そのものの中にフィードバックを講じておかなければならない。
決定を行うのは人である。人は間違いを犯す。最善を尽くしたとしても必ずしも最高の決定を行えるわけではない、最善の決定といえども間違っている可能性はある。そのうえ大きな成果をあげた決定はやがては陳腐化する。(中略)
自ら出かけ確かめることは、決定の前提となっていたものが有効か、それとも陳腐化しており決定そのものを再検討する必要があるかどうかを知るための、
唯一ではなくとも最善の方法である。われわれは意思決定の前提というものが、
遅かれ早かれ必ず陳腐化すること知らなければならない。現実には長い間変化しないでいられるものではない。
●会議を運営する能力
・会議の適切な目的、アジェンダを設定する。
 ・意思決定によって影響を受ける社内外の利害関係者を特定する。
 ・利害関係者をモレなく会議に出席させる。
 ・議論に必要な情報を前もって準備する。
 ・会議の出席者から、追加的な情報を引き出す。
 ・情報の意味や解釈をめぐって、出席者の見解を擦り合わせる。
 ・下準備した情報と、会議の場で出た情報に基づいて、選択肢を形成する。
 ・選択肢を取捨選択する際の基準を設定する。
 ・上記の基準に従って、それぞれの選択肢のメリット、デメリットを十分に検討する。
 ・リスクを伴う選択肢の場合は、リスクを低減する補完的な施策も検討する。
 ・最終的に選択肢を絞り込み、それを現場でのアクションに落とし込む。
 (誰が、何を、いつまでにするのか?そのタスクの成否は何によって判断するのか?)
 ・(会議全体を通じて、)出席者からモレなく公平に意見を引き出す。
 ・(会議全体を通じて、)各出席者の意見を尊重して最後まで聞く。反対意見を歓迎する。また、エグゼクティブ自身だけでなく、出席者全員にも同じマインドで会議に臨んでもらうよう要請する。
 ・(会議終了後、)会議で意見が採用されなかった出席者、他の出席者から批判を受けた出席者を心理的にフォローする。
 ・(会議終了後、)選択肢の実行によって、不利益や負担を被る利害関係者を事後フォローする。
第7章「成果をあげる意思決定とは
意思決定とは判断である。いくつかの選択肢からの選択である。しかし、決定が正しいものと間違ったものからの選択であることは稀である。せいぜいのところ、かなり正しいものとおそらく間違っているであろうものからの選択である。はるかに多いのが一方が他方よりたぶん正しいだろうとさえいえない二つの行動からの選択である。(中略)成果をあげるエグゼクティブは、意思決定は事実を探すことからスタートしないことを知っている。誰もが意見からスタートする。このことに不都合はまったくない。ひとつの分野に多くの経験をもつ者は当然自らの意見をもつべきである。ひとつの分野に長い間関わりながら自らの意見をもたないのでは、観察力と姿勢を疑われる。(中略)人は意見からスタートせざるをえない。最初から事実を探すことは好ましいことではない。すでに決めている結論を裏づける事実を探すだけになる。見つけたい事実を探せないものはいない。
●最後に、意思決定は本当に必要かを自問する必要がある。何も決定しないという代替案が常に存在する。意思決定は外科手術である。システムに対する干渉でありショックのリスクを伴う。よい外科医が不要な手術を行わないように、不要な決定を行ってはならない。優れた決定を行う人も優れた外科医と同じように多様である。ある人は大胆であり、ある人は保守的である。しかし不要な決定を行わないという点では一致している。何もしないと事態が悪化するのであれば行動しなければならない。同じことは機会についてもいえる。急いで何かをしないと機会が消滅するのであれば思い切って行動しなければならない。(中略)第一に、得るものが犠牲やリスクを大幅に上回るならば行動しなければならない。第二に、行動するかしないかいずれかにしなければならない。
二股をかけたり両者の間をとろうとしたりしてはならない。(中略)とうとうここで、決定には判断と同じくらい勇気が必要であることが明らかになる。
薬は苦いとは限らないが、一般的に良薬は苦い。決定が苦くなければならないという必然性はない。しかし一般的に成果をあげる決定は苦い。(中略)エグゼクティブは好きなことをするために報酬を手にしているのではない。なすべきことをなすために、成果をあげる意思決定をするために報酬を手にしている。
終章 「成果をあげる能力を修得せよ」
●本書は二つの前提に立っていた。
(1)エグゼクティブの仕事は成果をあげることである
(2)成果をあげる能力は修得できる
第一に、エグゼクティブは成果をあげることに対して報酬を受ける。彼らは自らの組織に対して成果をあげる責任をもつ。(中略)第二の前提は、成果をあげる能力は修得できるということだった。(中略)本書は教科書ではない。その理由の一つは、成果をあげることは学ぶことはできるが教わることはできないからである。つまるところ成果をあげることは教科ではなく修練である。(中略)すなわち成果をあげることは個人の自己開発のために、組織の発展のために、そして現代社会の維持発展のために死活的に重要な意味をもつということである。
●(1)成果をあげるための第一のステップは作業的な段階である。すなわち時間が何に使われているかを記録することである。これは機械的な仕事とはいわないまでも非常に機械的な段階である。
(2)第二のステップは、貢献に焦点を合わせることである。これは作業的はなく概念的であり、機械的ではなく分析的であり、効率ではなく成果への関心の段階である。
(3)強みを生かすということは行動することである。人すなわち自らと他人を敬うということである。それは、行動の価値体系である。強みを生かすということは、実行によって修得すべきことであり、実践によって自己開発すべきものである。そしてエグゼクティブたる者は、強みを生かすことによって個人の目的と組織のニーズを結びつけ、個人の能力と組織の業績を結びつけ、個人の自己実現と組織の機会を結びつける。(中略)上司を喜ばせる部下としての行動ではなくエグゼクティブとしての責任ある行動を要求する。そしてエグゼクティブは、自らと自らの視点の焦点を貢献に合わせることによって、手段ではなく目的を中心に考えるようになる。
(4)次の段階としての「最も重要なことに集中せよ」(第5章)は、「汝自身の時間を知れ」(第2章)に対置されるものである。この二つはエグゼクティブの成果を支える二本の柱である。ここでは時間という資源ではなく、エグゼクティブの成果と組織の成果という最終製品を扱う。記録し分析すべきものは、われわれに起こることではなく、われわれがわれわれの環境に対し起こすものである。
(5)第6章、第7章で論じた成果をあげるための意思決定とは、合理的な行動に関わるものである。たどりさえすれば自然に成果をあげられるような広くてはっきりした道は存在しない。しかしたどるべき方向や道筋を教えてくれる標識はある。(中略)しかし、成果をあげるエグゼクティブの自己開発とは真の人格形成でもある。それは機械的な手法から姿勢、価値、人格へ、そして作業から使命へと進むべきものである。ここで発展させるべきものは、情報ではなく、洞察、自立、勇気など人に関わるものである。換言するならば、それがリーダーシップである。聡明さや才能によるリーダーシップではなく、持続的なリーダーシップ、献身、決断、目的意識によるリーダーシップである。
●エグゼクティブの成果をあげる能力が、現代社会を経済的に生産的なものとし社会的に発展しうるものとする。(中略)エグゼクティブの成果をあげる力によってのみ、現代社会は二つのニーズ、すなわち個人からの貢献を得る組織のニーズと、自らの目的の達成のための道具として組織を使うという個人のニーズを調和させることができる。
したがってまさにエグゼクティブは成果をあげる能力を修得しなければならない。

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本書そのものを味わってもいいのでは。紹介本へ読み進むうえでは、読み所や関連書籍をガイドしているのが丁寧。

『アメリカCEOのベストビジネス書100』2.JPGThe 100 Best Business Books of All Time.jpgアメリカCEOのベストビジネス書100.jpg
  
  
  
アメリカCEOのベストビジネス書100』(2009/11 講談社)/"The 100 Best Business Books of All Time: What They Say Why They Matter and How They Can Help You (Paperback) - Common"/『トップMBAの必読文献―ビジネススクールの使用テキスト500冊』(2009/11 東洋経済新報社)

『アメリカCEOのベストビジネス書100』.JPG アメリカのビジネス専門誌書店「800-CEO-READ」の経営者らが、最高レベルのビジネス書と言えるものを100冊を選んで、第1章「まず、あなた自身から」から第12章「さわりで読む」まで12の章に分けて紹介したもので、1冊あたり3~5ページにわたってしっかり解説されているため、500ページを超える大著となっています。

 著者らによれば、2007年にアメリカで出版されたビジネス書の数は1万1千で、1冊ずつ積み重ねたら、9階建てのビルの高さに相当するとのことです。著者らがそれらの中からどういう基準で100冊を選んだかと言うと、まず「アイデアの質」を重視したとのことです。更に、「現代ビジネス社会で働く人にとって、そのアイデアが適用できるか」も重視し、最後に「読み易さ」を基準にしたとのことで、フレデリック・テーラーが20世紀の変わり目に提唱した「労働者は組織という機械における交換可能な歯車にすぎない」といった考え方は、現代は個人の多様性が職場に強みをもたらすという考え方に置き代わっているためテーラーは外し(個人的には、テーラーはそのことだけ言ったわけではないと思うが)、アダム・スミスの『国富論』などは、「読み易さ」重視の観点から外したとのことです(全体的には、所謂"準古典"系はあるが、ストレートな"古典"は取り上げていない)。

アメリカCEOのベストビジネス書1002.jpg 経営学者による著書だけでなく、企業経営者によるものも幾つか含まれているのが特徴で(「伝記から選ぶ」という章がある)、但し、成功体験であっても現代の世の中で応用されにくいものは除外したとのこと、自己啓発的な本も若干含まれていますが(個人的にはあまり読まないなあ)、全体としてバランス良く、ドラッカーの著者を複数取り上げる中で『経営者の条件』などを紹介しているところなど、個人的には悪くないと思いました。

 著者のバックグランドやその本が書かれた経緯も述べられていて、ただ内容解説するだけでなく、著者らの観点から"書評"的に書かれている箇所もあり、本書自体が読み物として読めるようになっています。また、他の啓蒙家や経営思想家が述べていることと一致している点やそこから派生している点、或いは相反している点などの記述もあり、自ずと他の本と関連付けながら読めるのも本書の特長です。

 100冊も紹介されて、これだけでお腹一杯という印象もありますが、本書そのものを味わえばいいのではないかなあと。それで尚且つ、紹介されている本を読んでみたいと思えば読めばいいという感じでしょうか。本書によってその著書への関心が湧けば、著者のその他の本や同系の著者の本へと読み進んでいってもいいわけで、解説の終わりに「次に読むべきところは?」「さらに読むべき本は?」という項目で、解説した以外の読み所の箇所や同じ著者の関連書籍をガイドしているのも丁寧であると思いました。

 以下、紹介書籍の一部を示しますが、本の括り方(ジャンル分け)や小見出しの付け方にも工夫があるように思いました。

第1章 まず、あなた自身から
フロー体験 喜びの現象学1.jpg・忘我の境地こそフローの感覚 『フロー体験 喜びの現象学
・まず、必要な行動を明確にせよ 『ストレスフリーの整理術』
経営者の条件 ドラッカー 旧版.jpg経営者の条件 ドラッカー.jpg・リーダーにも新人にも必須のビジネス指南書 『経営者の条件』 ほか
・スターをはぐくむ「九つの戦略」 『9つの黄金測』
・成功を創造する習慣 『7つの習慣』
・「人間関係」を説いた不朽の大ベストセラー 『人を動かす』
・ビジネスで生き残り、成功する近道とは 『ビジネス人間学』 ほか

第2章 リーダーシップとは
・生まれながらのリーダーはいない 『リーダーになる』
・実話に学ぶリーダーシップの原則 『九つの決断』
リーダーシップ・チャレンジ[原書第五版].jpg・豊富なリサーチのもと「優れたリーダー像」を追求 『リーダーシップ・チャレンジ
響き合うリーダーシップ.jpg・ハーマンミラーの元CEOが語る真のリーダーの意義 『響き合うリーダーシップ
・「究極のリーダーシップ」をフィクションで描いた一冊 『LEAP!』
・ジャック・ウェルチは、いかにしてGEを変化させたのか? 『ジャック・ウェルチのGE革命』
・企業変革を成功させる秘訣を八段階のプロセスで指南 『企業変革力』 ほか
 
第3章 戦略を考える
エクセレント・カンパニー_.jpg・超優良企業の観察をもとに提言された時代を超える企業ビジョン『エクセレント・カンパニー
・平均的企業が大きく飛躍する法則 『ビジョナリー・カンパニー2.jpgビジョナリー・カンパニー2
・巨大企業も脅かす新技術への対応とは 『イノベーションのジレンマ』
・「戦略転換点」を見定めて危機を乗り越えよ 『インテル戦略転換』
・IBM再建に見る戦略的措置 『巨象も踊る.jpg巨象も踊る
・サービス業の必勝戦略集 『成功企業のサービス戦略』
・目標達成には実行力が不可欠だ 『経営は「実行」 2010 - コピー.jpg経営は「実行」』ほか

第4章 販売とマーケティングのコツ
・セールスと消費における人間心理のメカニズム 『影響力の武器』
・モノと情報の過剰供給社会では「ポジショニングが不可欠だ」 『ポジショニング戦略』 ほか

第5章 ルールを知って、スコアをつける
・賢い人のための経済学入門 『裸の経済学』
・会計の基本ルールと問題点をわかりやすく示した書 『Financial Inteligence』 ほか
キャプランとノートンの戦略バランスト・スコアカード.jpg・戦略と実行を結びつける、バランス・スコアカードの構築法 『バランス・スコアカード

第6章 マネジメントは組織運営の要諦
・ドラッカー作品群の"ベスト盤" 『チェンジ・リーダーの条件』『プロフェッショナルの条件』『イノベーターの条件』
・徹底的にムダを排除する、トヨタの生産方式に学べ 『トヨタ生産方式』 ほか

第7章 伝記から学ぶ
・石油王ロックフェラーの貪欲かつ人道的な生涯 『タイタン(上・下)』
・GMの地位を引き上げた偉大な経営者の記録 『GMとともに』 ほか

第8章 起業家精神
・起業のノウハウを軽妙な語り口で説いた1冊 『起業成功マニュアル』
・スモールビジネスで成功する基本ルールとは 『はじめの一歩を踏み出そう』 ほか

第9章 物語(ナラティブ)
・厳格な戦略で築き上げたマクドナルドの成功物語 『マクドナルド』
・鉄鋼業界で生き残りをかけた、スリルとロマンあふれるストーリー 『鉄鋼サバイバル』 ほか

第10章 イノベーションと創造性
・アイデアを形にする「ベストプラクティス」の精神 『発想する会社!』
・創造的な自己発掘のための実践的ガイドブック 『A Whack on the Side of the Head.gif頭脳(あたま)を鍛える練習帳』 ほか

第11章 ビッグアイデアは未来に続く
・人々のライフスタイルはどのように変化していくのか 『ビジネスマン価値逆転の時代』
・コントロールを手放すことが進歩へのカギだ 『「複雑系」を超えて』 ほか

第12章 さわりで読む
・キャリアの移行期を乗り切る実用的な指針 『ハーバード・ビジネス式マネジメント』
ロバート・タウンゼンド組織に活を入れろil2.png・会社を再建させたCEOが語る経営のイロハと企業理念 『組織に活を入れろ』 ほか
  

  

《読書MEMO》
全100冊
YOU
 ●フロー体験 喜びの現象学 Mihaly Csikszentmihalyi  (Flow)
 ・はじめてのGTD ストレスフリーの整理術 David Allen(Getting Things Done:The Art of Stress-Free Productivity)
 ●経営者の条件 Peter F. Drucker  (The Effective)
 ・9つの黄金則 Robert E. Kelley  (How to Be a Star at Work)
 ・7つの習慣 Stephen R. Covey  (The 7 Habits of Highly Effective People)
 ・人を動かす Dale Carnegie  (How to Win Friends and Influence People)
 ・ビジネス人間学 Harvey Mackay  (Swim with the Sharks Without Being Eaten Alive)
 ・The Power of Intuition Gary Klein Ph.D.
 ・このつまらない仕事を辞めたら、僕の人生は変わるのだろうか?Po Bronson(What Should I Do with My Life?)
 ・きみの行く道 Dr.Seuss  (Oh, the Places You'll Go!)
 ・ビジネスマンに贈る最後の言葉 Eugene O'Kelly  (Chasing Daylight)
LEADERSHIP
 ・リーダーになる Warren Bennis  (On Becoming a Leader)
 ・九つの決断 Michael Useem   (The Leadership Moment)
 ●The Leadership Challenge James M. Kouzes, Barry Z. Posner
 ●響き合うリーダーシップ Max Depree  (Leadership Is an Art)
 ・LEAP! Steve Farber  (The Radical Leap)
 ・ジャック・ウェルチのGE革命 Noel M.Tichy, S. Sherman(Control Your Destiny or Someone Else Will)
 ・企業変革力 John P. Kotter  (Leading Change)
 ・Questions of Character Joseph L., Jr. Badaracco
 ・The Story Factor Annette Simmons
 ・Never Give In! Winston S. Churchill
STRATEGY
 ●エクセレント・カンパニー Thomas J. Peters, Robert H. Waterman  (In Search of Excellence)
 ●ビジョナリーカンパニー2 Jim Collins  (Good to Great)
 ・イノベーションのジレンマ Clayton M. Christensen  (The Innovator's Dilemma)
 ・インテルの戦略転換 Andrew S. Grove  (Only the Paranoid Survive)
 ●巨象も踊る Louis Gerstner  (Who Says Elephants Can't Dance?)
 ・成功企業のサービス戦略 Leonard L. Berry  (Discovering the Soul of Service)
 ●経営は「実行」 Larry Bossidy, Ram Charan  (Execution)
 ・コア・コンピタンス経営 Gary Hamel, C. K. Prahalad  (Competing for the Future)
SALES AND MARKETING
 ・影響力の武器 Robert B. Cialdini  (influence)
 ・ポジショニング戦略 Al Ries, Jack Trout  (Positioning)
 ・なぜみんなスターバックスに行きたがるのか? Scott Bedbury, Stephen Fenichell  (A New Brand World)
 ・逆転のサービス発想法 Harry Beckwith  (Selling the Invisible)
 ・ザグを探せ! Marty Neumeier  (ZAG)
 ・キャズム Geoffrey A. Moore  (Crossing the Chasm)
 ・販売成約120の秘訣 Zig Ziglar  (Secrets Of Closing The Sale)
 ・めざせ!レインメーカー Jeffrey J. Fox  (How to Become a Rainmaker)
 ・なぜこの店で買ってしまうのか Paco Underhill  (Why We Buy)
 ・経験経済 B. Joseph Pine, James H. Gilmore   (The Experience Economy)
 ・「紫の牛」を売れ! Seth Godin  (Purple Cow)
 ・急に売れ始めるにはワケがある Malcolm Gladwell  (The Tipping Point)
RULE AND SCOREKEEPING
 ・裸の経済学 Charles Wheelan  (Naked Economics)
 ・Financial Intelligence Karen Berman, Joe Knight
 ●バランス・スコアカード Robert S. Kaplan, David P. Norton  (The Balanced Scorecard)
MANAGEMENT
 ・チェンジ・リーダーの条件 Peter F. Drucker  (The Essential Drucker)
 ・プロフェッショナルの条件 Peter F. Drucker  (The Essential Drucker)
 ・イノベーターの条件 Peter F. Drucker  (The Essential Drucker)
 ・Out of the Crisis W. Edwards Deming
 ・トヨタ生産方式 大野 耐一  (Toyota Production System)
 ・リエンジニアリング革命 Michael Hammer, James Champy  (Reengineering the Corporation)
 ・ザ・ゴール Eliyahu M. Goldratt, Jeff Cox  (The Goal)
 ・その仕事は利益につながっていますか? Jack Stack  (The Great Game of Business)
 ・まず、ルールを破れ Marcus Buckingham, Curt Coffman  (First, Break All The Rules)
 ・さあ、才能(じぶん)に目覚めよう Marcus Buckingham, Donald O. Clifton(Now, Discover Your Strengths)
 ・実行力不全 Jeffrey Pfeffer, Robert I. Sutton  (The Knowing-Doing Gap)
 ・あなたのチームは、機能してますか? Patrick M. Lencioni  (The Five Dysfunctions of a Team)
 ・会議が変わる6つの帽子 Edward de Bono  (Six Thinking Hats)
BIOGRAPHIES
 ・タイタン〈上・下〉 Ron Chernow  (Titan)
 ・GMとともに Alfred Sloan  (My Years with General Motors)
 ・HPウェイ David Packard  (The HP Way)
 ・キャサリン・グラハム わが人生 Katharine Graham  (Personal History)
 ・真実の瞬間 Jan Carlzon  (Moments of Truth)
 ・私のウォルマート商法 Sam Walton  (Sam Walton)
 ・ヴァージン―僕は世界を変えていく Richard Branson  (Losing My Virginity)
ENTREPRENEURSHIP
 ・完全網羅 起業成功マニュアル Guy Kawasaki  (The Art of the Start)
 ・はじめの一歩を踏み出そう Michael E. Gerber  (The E-Myth Revisited)
 ・The Republic of Tea Mel Ziegler, etc.
 ・The Partnership Charter David Gage
 ・ビジネスを育てる Paul Hawken  (Growing a Business)
 ・Guerrilla Marketing Jay Conrad Levinson
 ・ランディ・コミサー Randy Kosimar  (The Monk and the Riddle)
NARRATIVE
 ・マクドナルド John F. Love  (McDonald's)
 ・American Steel Richard Preston
 ・いまだ目標に達せず David Dorsey  (The Force)
 ・The Smartest Guys in the Room Bethany McLean, Peter Elkind
 ・最強ヘッジファンドLTCMの興亡 Roger Lowenstein  (When Genius Failed)
 ・マネー・ボール Michael Lewis  (Moneyball)
INNOVATION AND CREATIVITY
 ・Orbiting the Giant Hairball Gordon MacKenzie
 ・発想する会社! Thomas Kelley  (The Art of Innovation)
 ・Jump Start Your Business Brain Doug Hall
 ●頭脳(あたま)を鍛える練習帳 Roger von Oech  (A Whack on the Side of the Head)
 ・クリエイティブな習慣 Twyla Tharp  (The Creative Habit)
 ・チャンスを広げる思考トレーニング Rosamund Stone Zander, Benjamin Zander (The Art of Possibility)
BIG IDEAS
 ・ビジネスマン価値逆転の時代 Charles Handy  (The Age of Unreason)
 ・「複雑系」を超えて Kevin Kelly  (Out Of Control)
 ・クリエイティブ資本論 Richard Florida  (The Rise of the Creative Class)
 ・EQ―こころの知能指数 Daniel Goleman  (Emotional Intelligence)
 ・Driven Paul R. Lawrence, Nitin Nohria
 ・人はだれでもエンジニア Henry Petroski  (To Engineer Is Human)
 ・「みんなの意見」は案外正しい James Surowiecki  (The Wisdom of Crowds)
 ・アイデアのちから Dan Heath, Chip Heath  (Made to Stick)
TAKEAWAYS
 ・ハーバード・ビジネス式マネジメント Michael Watkins  (The First 90 Days)
 ●組織に活を入れろ Robert C. Townsend  (Up the Organization)
 ・Beyond the Core Chris Zook
 ・営業の赤本 Jeffrey Gitomer  (Jeffrey Gitomer's Little Red Book of Selling)
 ・ビジネスの極意は、インドの露天商に学べ! Ram Charan  (What the CEO Wants You to Know)
 ・The Team Handbook Barbara J. Streibel, Brian L. Joiner, Peter R. Scholtes
 ・IBMを世界的企業にしたワトソンJr.の言葉 Thomas J., Jr. Watson  (A Business and Its Beliefs)
 ・セレンディピティ Bo Peabody  (Lucky or Smart?)
 ・レクサスとオリーブの木(上・下) Thomas L. Friedman  (The Lexus and the Olive Tree)
 ・アイデアのおもちゃ箱 Michael Michalko  (Thinkertoys)
 ・投資の科学 Michael J. Mauboussin  (More Than You Know)

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紙質もレイアウトもいい。選本も要所を押さえていて、解説もこなれている。

世界で最も重要なビジネス書.jpg世界で最も重要なビジネス書 .JPG   あらすじで読む世界のビジネス名著.jpg
世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』['05年/ダイヤモンド社] 『あらすじで読む 世界のビジネス名著』['04年/総合法令]
『世界で最も重要なビジネス書 』.jpg
 先に取り上げた『あらすじで読む 世界のビジネス名著』('04年/総合法令)が、全190ぺージ余りの中で世界のMBAカリキュラムでも必読テキストとなっているドラッカー、コトラー、ポーターなど、ビジネス書の名著とされる定番28冊を紹介したものであったのに対し、こちらは全350ページの中で、ビジネス名著77冊を、「思想と人間」「戦略と理論」「マネジメントと組織」の3部に分け、1冊あたり4ページから5ページを割いて紹介し紹介・解説しています。

 ダイヤモンド社編となっていますが、英国ブルームズベリー社(確か「ハリー・ポッター」シリーズの版元のはず)のオリジナルの文章にダイヤモンド社の編集者が類書紹介(エディターズ・チョイス)を追加したもので、取り上げている本は『国富論』(アダム・スミス)、『資本論」(マルクス)、『君主論』(マキャベリ)などの歴史的書物から、『人を動かす』(カーネギー)、『現代の経営』(ドラッカー)などの古典的ビジネス書、『ビジョナリー・カンパニー』(コリンズ)、『ザ・ゴール』(ゴールドラット)など比較的近年ものまで(と言っても、原著が刊行されて10年経っているのだが)幅広く、『五輪書』(宮本武蔵)などもラインアップされています。

 各解説は「GETTING STARTED」(主要テーマについてのイントロ)、「CONTRIBUTION」(ラーニングポイント)、「CONTEXT」(その本の影響や意義)で構成され、全編を通して読み物のように読め、また、そうして読んでいくと、一見拡散気味に思えたラインアップが自然と流れとして繋がってくるという印象でした。
 
 2段組みですが行間はゆったりしていてたいへん読み易く、デザインやレイアウトも凝っていて紙質も良く、保存版として手元に置いておくのにいいです。その上、気持ち良く読めるという印象で(このレイアウトと紙質は、少なくとも本書自体への読書欲は増進させる効果はある)、各冒頭の1ページにある書影はくっきりと大きく、また、著者略歴、翻訳・原著のリソース、内容を一言で表したキャッチフレーズ、難易度、概説なども同じページ内に纏められているので、何だかもう手元に本があるような気分にもなってしまいます。

 選本も要所を押さえているように思え、解説もよくこなれているため、個人的には、本書1冊を読んでそれなりに満足してしまった感も。今まで読んだことがある本の振り返りにもなったし、ある程度、"時代限定"的に評価の定まっている本(今それほどこぞって読むようなものでもない本)もあるし...と言うと、何だか全てを読み切れないことの負け惜しみみたいですが、こうした本があるということだけでも知っておくことの意味はあるのではないかと思います(教養とは、自分が何を知らないかを知っていることである、という説もあるし)。

《読書MEMO》
●紹介書籍
第1部 思想と人間
『IBMを世界的企業にしたワトソンJr.の言葉 (Eijipress business classics) 』
『HPウェイ - シリコンバレーの夜明け』 (日経ビジネス人文庫)
『新訳 君主論』 (中公文庫BIBLIO)
『[新訳]経験経済』
『経済発展の理論―企業者利潤・資本・信用・利子および景気の回転に関する一研究〈上・下〉』 (岩波文庫)
『国富論』 (岩波文庫)
『雇用・利子および貨幣の一般理論』
『ザ チェンジ マスターズ―21世紀への企業変革者たち』
『産業文明における人間問題―オーソン実験とその展開』 (1967年)
『GMとともに』
『自然資本の経済―「成長の限界」を突破する新産業革命』
『資本論』
『スモール イズ ビューティフル』 (講談社学術文庫)
『セムラーイズム 全員参加の経営革命 (ソフトバンク文庫)
『組織のなかの人間―オーガニゼーション・マン』 (現代社会科学叢書)
『第三の波』 (中公文庫 M 178-3)
『断絶の時代―いま起こっていることの本質』
『人間性の心理学―モチベーションとパーソナリティ』
『ハーバード流交渉術』.jpgハーバード流交渉術』 (知的生きかた文庫)
『ビーイング・デジタル - ビットの時代』新装版
ピーターの法則.jpgピーターの法則 創造的無能のすすめ
『人を動かす』新装版
プロフェッショナルマネジャー ハロルド ジェニーン.jpgプロフェッショナルマネジャー
『ボーダレス・ワールド』
『MADE IN JAPAN(メイド・イン・ジャパン)』
『メガトレンド』
『20世紀の巨人事業家ヘンリー・フォード著作集』

第2部 戦略と理論
エクセレント・カンパニー_.jpgエクセレント・カンパニー
『企業価値評価 第4版 【上】、企業価値評価 第4版 【下】』
『企業生命力』
『企業戦略論』
企業の人間的側面.jpg企業の人間的側面―統合と自己統制による経営
『競争の戦略』
『国の競争優位〈上〉、国の競争優位〈下〉』
『ゲーム理論で勝つ経営 競争と協調のコーペティション戦略』 日経ビジネス人文庫
『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント』
『五輪書』 (岩波文庫)
『ザ・ゴール― 企業の究極の目的とは何か』
『シックスシグマ・ブレイクスルー戦略―高収益を生む経営品質をいかに築くか』
『シナリオ・プランニングの技法』 (Best solution)
『真実の瞬間―SAS(スカンジナビア航空)のサービス戦略はなぜ成功したか』
『ストラテジック・マインド―変革期の企業戦略論』
『戦争論』〈上・下〉』 (岩波文庫)
『戦略計画 創造的破壊の時代』
『戦略サファリ―戦略マネジメント・ガイドブック』 (Best solution)
ビジョナリー・カンパニー1.jpg『戦略の原理―独創的なポジショニングが競争優位を生む』
『孫子』 (講談社学術文庫)
『地球市場時代の企業戦略―トランスナショナル・マネジメントの構築』
ビジョナリー・カンパニー―時代を超える生存の原則
『複雑系―科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち』 (新潮文庫)
『マーケティングの革新―未来戦略の新視点』
『マッキンゼー 経営の本質 意思と仕組み』

第3部 マネジメントと組織
1分間マネジャー.jpg1分間マネジャー―何を示し、どう褒め、どう叱るか!
『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』
科学的管理法.JPG[新訳]科学的管理法
期待される管理者像.jpg期待される管理者像―新・グリッド理論
新訳 経営者の役割_.jpg経営者の役割 (経営名著シリーズ 2)
『経営の行動科学』 (1984年)
『マックス・ウェーバー―経済と社会』     
ドラッカー名著集2.jpg現代の経営[上・下]
『コア・コンピタンス経営―未来への競争戦略』
最強組織の法則 - 原著1990.jpg最強組織の法則―新時代のチームワークとは何か
産業ならびに一般の管理2.jpg産業ならびに一般の管理』 (1985年)
ディルバートの法則011.jpgディルバートの法則
『ジャパニーズ・マネジメント』(講談社文庫)
『組織行動の原理―動態的管理』
『組織は戦略に従う』
『知識構築企業』
『トヨタ生産方式―脱規模の経営をめざして』
『ナンバーワン企業の法則―勝者が選んだポジショニング』 (日経ビジネス人文庫)
『21世紀の経営リーダーシップ―グローバル企業の生き残り戦略』
パーキンソンの法則.jpgパーキンソンの法則』 (至誠堂選書)
『ビジネスマン価値逆転の時代―組織とライフスタイル創り直せ』
マネジャーの仕事.jpgマネジャーの仕事』
『リエンジニアリング革命―企業を根本から変える業務革新』 (日経ビジネス人文庫)
リーダーシップの王道.jpgリーダーシップの王道
『リーダーになる』[増補改訂版]

  

  
   

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紹介冊数は多くないが、その分解説は丁寧。選本も手堅く、実際にその著書を読む時に使える。
あらすじで読む世界のビジネス名著.jpgあらすじで読む世界のビジネス名著2.jpg      あらすじで読む 世界のビジネス名著』6.JPG
あらすじで読む 世界のビジネス名著』['04年/総合法令]/『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』['05年/ダイヤモンド社]

 世界のMBAカリキュラムでも必読テキストとなっているドラッカー、コトラー、ポーターなど、ビジネス書の名著とされる定番28冊のエッセンスを抜き出して1冊にしたもので(全195ページ)、1冊あたり6ページの割り振りの中で、冒頭のページの「キーワード」「機能別分類」「キャリア職位別分類」で、その本の理論や主張のキーとなる言葉、どういった領域のことが述べられているのか、初級者・中級者(マネージャー)・上級者(シニアマネージャー)の何れの読者層向きか示しています。

 本文各3ページはそれぞれ「1分解説」「要旨」「読書メモ」から成り、「1分解説」で、なぜその本がバイブルとされるのか、その経緯や背景を説明し、「要旨」で、著者がその本で伝えているメッセージを要約し、「読書メモ」で、そのメッセージで特に核となる部分、メッセージを補足する重要な事柄について、読書メモ的に抜書き整理しています。

そして、最後に見開き2ページの「目次体系マップ」があり、目次から各章の構成と関連を、論旨の流れに合わせてツリー状に図説するとともに、必要に応じてその要約が示されていますが(この部分が、タイトルの「あらすじで読む」に呼応しているとも言える)、全体に分かり易く、また使い勝手よく纏められているように思います。

ただ単に内容をざっと知るだけならば最初の4ページまででもいいのですが、実際にその著書を読むとなると、最後に見開き2ページを割いている「目次体系マップ」がかなり役立つように思われます。

章の構成としては、中心となる部分を「ヒト(HR/組織行動)」「モノ(マーケティング)」「カネ(会計・財務)」「戦略」という分け方にしているのが特徴で、各章5冊から7冊ずつ取り上げています。

 1冊ずつじっくり、しかも分かり易く紹介しているという印象。しかも、ビジネスの広い範囲に渡って取り上げているため、28冊という限られた冊数になっていますが、「名著」の選定に関しては、編者がグローバルなMBA同窓組織から生まれたプロジェクト支援組織であるだけに、MBA基準での手堅いラインアップという印象を受けた一方で、'04年の刊行ということで、当時のトレンドを反映している面も一部には感じられました(今読んでも"ハズレ"ということではないのでしょうが)。。

《読書MEMO》
●紹介書籍
第1章:ゼネラル・マネジメント
ドラッカー名著集2.jpgドラッカー名著集3.jpg新訳 現代の経営(上・下)』P・F・ドラッカー

第2章:論理的思考
『考える技術・書く技術』バーバラ・ミント

第3章:技術経営・アントレプレナーシップ
『増補改訂版 イノベーションのジレンマ』クレイトン・クリステンセン
『イノベーションの解』クレイトン・クリステンセン他
『ベンチャー創造の理論と戦略』ジェフリー・A・ティモンズ

第4章:ヒト(HR/組織行動)
ハーバードで教える人材戦略2.jpgハーバードで教える人材戦略』M・ビアー+B・スペクター他
【新版】組織行動のマネジメント.jpg組織行動のマネジメント 旧.jpg組織行動のマネジメント』ステファン・P・ロビンス
コンピテンシーマネジメントの展開.gifコンピテンシー・マネジメントの展開』ライル・M・スペンサー他
最強組織の法則 - 原著1990.jpg最強組織の法則』ピーター・M・センゲ
『企業変革力』ジョン・P・コッター

第5章:モノ(マーケティング)
『コトラーのマーケティング・マネジメント ミレニアム版』フィリップ・コトラー
『顧客ロイヤルティのマネジメント』フレデリック・F・ライクヘルド
『サービスマーケティング原理』クリストファー・ラブロック他
『ブランド・エクイティ戦略』D・A・アーカー

第6章:カネ(会計・財務)
『企業分析入門 第二版』K・G・パレプ+P・M・ヒーリー他
『企業価値評価』マッキンゼー・アンド・カンパニー+トム・コープランド他
『コーポレイト・ファイナンス(上・下)第六版』リチャード・ブリーリー他
『ABCマネジメント革命』R・クーパー+R・S・カプラン他
『EVA創造の経営』G・ベネット・スチュワートIII
『決定版リアル・オプション』トム・コープランド他
『リスク 神々への反逆(上・下)』ピーター・バーンスタイン

第7章:戦略
『新訂 競争の戦略』M・E・ポーター
『競争優位の戦略』M・E・ポーター
『コア・コンピタンス経営』ゲイリー・ハメル+C・K・プラハラード
『知識創造企業』野中郁次郎+竹内弘高
『ゲーム理論で勝つ経営』A・ブランデンバーガー&B・ネイルバフ
ビジョナリー・カンパニー1.jpgビジョナリー・カンパニー』ジェームズ・C・コリンズ他
キャプランとノートンの戦略バランスト・スコアカード.jpgキャプランとノートンの戦略バランスト・スコアカード』ロバート・S・キャプラン他
 
 

 

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謎解きの面白さと人間の情(業)を描いた部分の重さが適度に均衡。松本清張っぽい?

祈りの幕が下りる時1.jpg    祈りの幕が下りる時 文庫.jpg
祈りの幕が下りる時2018年映画化(監督:福澤克雄/出演:阿部寛、松嶋菜々子)『祈りの幕が下りる時 (講談社文庫)

 2014(平成26)年・第48 回「吉川英治文学賞」受賞作。2013年「週刊文春ミステリーベスト10」第2位。2014年「このミステリーがすごい!」第10位。

 小菅のアパートで滋賀県在住の40代女性・押谷道子の腐乱遺体が発見され、アパートの住人の越川睦夫という男性は消息を絶っていた。捜査一課の松宮は殺害時期や現場が近い新小岩での河川敷で発生したホームレス焼死事件との関連を感じながらも、道子の住む滋賀県での捜査で道子が中学の同級生で演出家の浅居博美を訪ね上京したことを突き止める。しかも博美は松宮の従兄で日本橋署の刑事・加賀の知り合いだった。松宮から博美についての意見を求められ、初めは管轄違いということもあり助言する程度だった加賀だったが、アパートで見つかった日本橋にある橋の名前を月毎に書き込んだカレンダーの存在が、この事件を思わぬ形で加賀の中で燻っていた失踪した母に関する謎と直結させることとなる―。

 "加賀恭一郎シリーズ"の『赤い指』『新参者』『麒麟の翼』に続く作品で、このシリーズの第10作となる書き下ろし作品。そっか、もう第10作になるのかあという感じで、"ガリレオシリーズ"('14年時点で8作)より多いのが意外に感じるのは、個人的には『赤い指』より前の作品を読んでいないせいかも。TVドラマ化などで注目を集めたのも阿部寛主演の「新参者」以降ではないかなあ。

 今回は面白かったです。『新参者』のような連作でもその持ち味を発揮している作者ですが、やはりこうしたストレートな長編はハマれば面白い。本作は、書き下ろしということもあってか、その"ハマった"例でしょう。謎解きの面白さと人間の情を描いた部分の重さが適度に均衡していて、特に「情」の部分は人間の「業」を描いた部分であるとも言え、社会性のある背景なども相俟って、松本清張の作品などを想起させられました。

 実際、評論家の川本三郎氏は本作を「犯罪の背後に犯人の経済的苦境が浮かび上がる松本清張の世界を思わせる古典的ミステリー」と評し、『砂の器』との類似を指摘しているほか、書評家の岡崎武志氏も「東野版『砂の器』ともいえる」と評しているとのことで、同じような印象を抱いた人は結構いるようです(『ゼロの焦点』を連想させる部分もある)。

 そうした「昭和的」雰囲気を醸しながらも、原発作業員など今日的テーマに繋がるモチーフを織り込んでいて、それがそう不自然でないのが旨いと思いました。日本橋川に架かる12の橋をモチーフに用いているところがやや凝り過ぎの印象もありますが、まあ、下町の地理や文化を作品に織り込むのは"加賀恭一郎シリーズ"のお約束事と見るべきでしょうか。

 やはりプロットがよく出来ているというのが一番だと思います。『ナミヤ雑貨店の奇蹟』('12年/角川書店)で「中央公論文芸賞」、『夢幻花(むげんばな)』('13年/PHP研究所)で「柴田錬三郎賞」受賞、そして本作で「吉川英治文学賞」と、既にミステリ界の第一人者でありながら、何だかここにきて更に"賞"づいている感じですが、本作の吉川賞の受賞は個人的には納得できました。

【2016年文庫化[講談社文庫]】

祈りの幕が下りる時ド.jpg祈りの幕が下りる時 ド.jpg2018年映画化「祈りの幕が下りる時」(東宝)監督:福澤克雄
出演:阿部寛、松嶋菜々子、溝端淳平、田中麗奈、烏丸せつこ、春風亭昇太、及川光博、伊藤蘭、小日向文世、山﨑努

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どんでん返し16連発。悪意の勝利で終わるものが多く、その終わり方で好き嫌いが分かれるかも。

IMGクリスマス・プレゼント.jpgクリスマス・プレゼント ディーヴァー.jpg クリスマス・プレゼント4.JPG
クリスマス・プレゼント

twisted Jeffery Deaver.jpg ジェフリー・ディーヴァーの短編集で、この作家はイギリスの作家ジェフリー・アーチャーなどと同じく長編も短編もこなす力があることを思い知らされます。J・アーチャーの短編集に比べると1編当たりがやや長いでしょうか。長編ではどんでん返し売り物にしているJ・ディーヴァーですが、この短編集はどんでん返しばかり16編集めたという印象で、原題も"Twisted"、つまり「ひねり」となっているし、帯にも「どんでん返し16連発」とありましたが、まさにその通り。短編が長編と異なるのは、究極の悪を究極の善として描くことが可能なことであると作者が述べている通り、悪意ある主人公が勝利を収める作品がその逆の善意の主人公が恵まれた結末を迎える正統派タイプの作品を数ではずっと上回っています。

 以下、ネタバレも一部含むため、読みたくない人は読み飛ばしてほしいのですが、最初の「ジョナサンがいない」でいきなりその"悪が勝つ"パターンが出てきて、"悲しみにくれる妻"にキレイに騙されました(半ば叙述トリックだね)。 ウィークエンダー」では強盗と被害者の関係がいつしか...。 「サービス料として」は、精神病を装って有閑マダムが夫を殺害するが、利用したつもりだった精神科医が実は自分より上手の曲者だった...。 「ビューティフル」はスーパーモデルが選んだ究極のストーカー撃退法でしたが、ここまでやるかなあ。

 「身代わり」は、またまた浮気夫の殺害を企てる妻の登場で、偶然知り合った殺し屋が...。 「見解」は、現金輸送車のピストル強盗事件に便乗して現金をかすめ取ろうとした二人の保安官助手が、高校時代にいじめたネクラな男の復讐に遭う話(作者の言を借りれば"ぱっとしない少年の逆襲")。 「三角関係」は、一見よくある三角関係での夫による妻の不倫相手への計画殺人にみえたのですが、この"夫"の正体は...。これは巧みな叙述トリックでした。 「この世はすべてひとつの舞台」はシェイクスピアが登場し、主人公の復讐劇に加担して見事に成功を収めるという異色作ですが、やっと出てきた明るい結末といったところでしょうか。

 「釣り日和」 は、休日に趣味である釣りに行った時は、一緒に遊んでやれなかった娘にお土産を持って帰る優しいパパが実は...。 「ノクターン」もこれまでの例にもれずどんでん返し劇ですが、これまで大方を占めたトーンと違って、警官と黒人少年の人情話にもなっていて後味が爽やかでした。 「被包含犯罪」も、法の網を巧みに逃れようとする悪漢を、主人公の検事が逆に法を使って搦め手で―という正義が勝つ話。 「宛名のないカード」は、妻の浮気の疑惑に苦しむ夫が精神的に追い詰められ妻を襲おうとして逮捕されるが実は―というこれまた悪意が勝つ話(大体勝つのは女性だなあ)。

 「クリスマス・プレゼント」は、この短編集の単行本化の際の書き下ろし作で(この短編集は2003年12月にSimon & Schuster社からリリースされている)、長編でお馴染みのリンカーン・ライム、アメリア・サックスらが登場しますが、パターンも長編でお馴染みのパターンであり、それをぐっと短編に縮めて短編に仕上げている点が興味深いです(どんどん肉付けしていけば長編になる? 長編の"卵"みたいなものだなと)。 「超越した愛」は、冒頭の会話が誰と誰がどのような状況で話しているのかがミソで、それが分かった時は思わずあっと言いたくなるような作品。 「パインクリークの未亡人」は、女社長と秘書、どんでん返しの二連荘でした。 「ひざまずく兵士」は愛する娘を狙う薄気味悪いストーカーを何とか撃退しようと躍起になる父親だったが...。

 「どんでん返し」で統一した分、リアリティの面で若干のでこぼこはあったかもしれませんが、むしろ読み手側としては、善意の勝利で終わるか悪意の勝利で終わるか、特に悪意の勝利で終わる場合は、その終わり方で好みが分かれるかも。個人的には、善意系では(そもそも善意系が殆ど無いのだが)「この世はすべてひとつの舞台」「ノクターン」が、悪意系では「ジョナサンがいない」「身代わり」「三角関係」が良かったように思います。

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70年代っぽい「文学」のテイスト。個人的には好みだが、一般には第2部で評価が割れそう?

そこのみにて光輝く 河出文庫.jpg  そこのみにて光輝く 映画サイト.jpg そこのみにて光輝く 1シーン.jpg  佐藤泰志 生の輝きを求めつづけた作家.jpg  
そこのみにて光輝く (河出文庫)』['11年]/映画「そこのみにて光輝く公式サイト 綾野剛・池脇千鶴/『佐藤泰志: 生の輝きを求めつづけた作家』['14年]
『そこのみにて光輝く』['89年/河出書房新社]
そこのみにて光輝く.jpg 函館に住む主人公・達夫は、三十歳を目前にして、造船所の労働争議に嫌気がさして会社を退職し、退職金を手に無為の日々を送っている。そんなある日パチンコ屋で百円ライターを貸したのをきっかけに拓次という若いテキ屋の男と知り合いになり、誘われるままにこの街の近代化から取り残された彼の自宅であるバラック小屋に連れて行かれる。そこには、拓次の姉で、出戻りで一家四人を養うため売春も厭わないキャバレー勤めの女・千夏がいた。達夫の運命は千夏との出会いから話は動き始めていく―。

 20年以上前に自死した函館出身の作家・佐藤泰志(1949-1990/享年41)が遺した長篇小説で、ついこの間、山口瞳原作の映画「居酒屋兆治」('83年)を高倉健の逝去を契機に久しぶりに観ましたが(舞台を原作の東京郊外から映画では函館に置き換えている)、こちらも同じく函館を舞台としており、この作品の中で函館は「観光と造船とJRしかない街」として描かれています。

そこのみにて光輝く0.jpg 佐藤泰志は村上春樹などと同世代になりますが、この小説ではそうでもないものの他の作品を読むと映画の引用が目につき、かなりの映画狂であったことが窺えます。この作品自体も、男2人、或いは3人の男女の出会いはアメリカン・ニューシネマっぽいところがありますが、一方で、読み進むにつれて、70年代のちょっと暗めのATGやにっかつ映画っぽい印象もあり、更にそれよりも、中上健次の小説、例えば「」などに近い土着的な雰囲気を醸しています(この作品の千夏・拓次姉弟が住む土地は、作者が子ども時代に見聞きした被差別部落がモチーフになっているようだ。中上健次はその被差別部落の出身)。

 一見淡々とした描写を積み重ねながら、そうした土地に囚われ家族の業の中で生きる登場人物の閉塞感を描いて秀逸であり、久しぶりに「文学」のテイストを味わったという感想です。70年代頃に「文學界」新人賞を受賞した畑山博(1935-2001)の「いつか汽笛を鳴らして」などを想起したりもしましたが、畑山博の「いつか汽笛を鳴らして」、中上健次の「岬」が何れも芥川賞を受賞したのに対し(各'72年と'76年)、この「そこのみにて光輝く」は'89年に第2回三島由紀夫賞候補になりながら受賞を逃しています。

 作品は第1部と第2部からなり、第1部「そこのみにて光輝く」は'85年11月号の「文藝」に収載され、第2部「滴る陽のしずくにも」は'89年に単行本化される際に書き下ろしで追加されたものであり、第1部・第2部併せて三島由紀夫賞の選考対象になったと思われますが、う~ん、個人的には第1部・第2部を通してすごく好みですが、一般的には第2部があることで評価が割れそうだなあという印象を受けます(当時、中上健次も三島賞選考委員だったのだが)。

 第1部における達夫は、まさに「そこのみにて光輝く」というタイトルに相応しい、鬱屈しながらもある意味ヒロイックとも言える行動をとるのに対し、第2部における達夫は、夏目漱石の「門」の主人公・宗助みたいに最初は只々流されている印象も。「門」同様に「ロミオとジュリエット」のような激しい恋の後の事後譚のような状況設定で、既に家族への愛も絶対的なものとはなっておらず、しかも彼自身は現在の状況にがんじがらめになっていて、そこから抜け出そうとしている印象を受けました。「門」の主人公・宗助は「寺」へ行きますが、この物語の主人公・達夫は「鉱山」に行こうとします。宗教的な悟りではなく、単純に自分が憧れるものに隘路を見出そうとしているのがいい―しかし、その前に不測の事態が生じ...(これもまた運命的な出来事ととれなくもないが)。

 評価が割れそうだと思ったのは第1部と第2部のギャップで、個人的には、第2部の達夫の不倫などもリアリティがあって良かったですが、第1部で完結していた方が良かったと思う人もいるのでは。佐藤泰志は、それまでにも文學界新人賞1回、新潮新人賞1回、芥川賞5回と落選し続けており、芥川賞の選評などを見ると、「この作家にはもっといい作品があるはずだ」といったものが落選理由になっているようですが、そうなるとその賞の候補になった作品と選考委員の相性が合わなかったという運・不運も関係していたかもしれませんし(佐藤泰志自身にも文芸誌の新人賞の下読みの仕事をしていた時期があったのだが...)、70年代風のモチーフがバブル期当時には既に古いものと思われたのかも(今現在は「格差社会」とかで、皮肉なことに巡り巡って結構時代に合ったモチーフになってしまっているという印象もあるが)。

「北海道新聞・2007年10月9日」掲載記事より
「北海道新聞・2007年10月9日」掲載記事より.jpg 最後にこの作品で三島賞に落選し、翌年自死を遂げるわけですが、「無冠の帝王」と呼ばれ生前にあまり日の目を見なかったことが自死の直接の原因であるかどうかは、元来「自律神経失調症」という病気を抱えていただけに微妙なところではないでしょうか。家庭では普段は子供達の良き父親であったようです。

 没後しばらくでその作品全てが絶版になったものの、地元から再評価運動が起こってそれが全国に拡がり、'07年に「きみの鳥はうたえる」「黄金の服」「そこのみにて光輝く」などを収めた作品集が刊行されました。

 そして'10年に「海炭市叙景」が熊切和嘉監督によって映画化され、'11年にはそれ以外の作品も含め旧作が続々と文庫化され、'13年には 佐藤泰志の作家としての生き方を追ったセミドキュメンタリー映画「書くことの重さ 作家 佐藤泰志」(稲塚秀孝監督)まで作られました(「居酒屋兆治」にも出ていた加藤登紀子が、再現映像で泰志の母親役で出ている)。そして今年('14年)この「そこのみにて光輝く」が呉美保(お・みぽ)監督によって映画化されました。綾野剛(達夫)、池脇千鶴(千夏)、菅田将暉(拓次)という配役が原作に比べて「線が細い」印象を受けたのですが、モントリオール世界映画祭で最優秀監督賞を受賞しており(吉永小百合がプロデュース参画した「ふしぎな岬の物語」の審査員特別賞グランプリ受賞と同時受賞)、やや日本映画に"甘い"映画祭での受賞ですそこのみにて光輝く チラシ.jpgそこのみにて光輝く モントリオール.jpgが、呉美保監督がそれなりの演出力を発揮したのではないでしょうか(3大映画祭の1つ「ベルリン映画祭」に打って出るという話もある)。映画の評価はまた別の機会に。
呉 美保(お・みぽ)「そこのみにて光輝く」(2014/04 東京テアトル+函館シネマアイリス) ★★★★
そこのみにて光輝く 文庫.jpg【2011年文庫化[河出文庫]】 

I『そこのみにて光輝く』.jpg

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高倉健の作品の中ではちょっと変わった味がある? この映画のお蔭で黒澤映画に出られなかった。

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居酒屋兆治 昭和58年.jpg
居酒屋兆治 [DVD]高倉健伊丹十三/細野晴臣
題字:山藤章二
居酒屋兆治 2.jpg 函館で居酒屋「兆治」を営む藤野英治(高倉健)は、輝くような青春を送り、挫折と再生を経て現在に至っている。かつての恋人で、今は資産家と一緒になった「さよ」(大原麗子)の転落を耳にするが、現在の妻・茂子(加藤登紀子)との生活の中で何もできない自分と、振り払えない思いに挟まれていく。周囲の人間はそんな彼に同情し苛立ち、さざなみのような波紋が周囲に広がる。「煮えきらねえ野郎だな。てめえんとこの煮込みと同じだ」と学校の先輩の河原(伊丹十三)に挑発されても頭を下げるだけの英治。そんな夫を見ながら茂子は、人が人を思うことは誰にも止められないと呟いていた―。

居酒屋兆治 31.jpg 今月['14年11月]10日に亡くなった高倉健(1931-2014/享年83)の52歳の時の出演作。文春文庫ビジュアル版の『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年)に監督・男優・女優の各ベスト10のコーナーがあって、男優ベスト10は、1位・坂東妻三郎、2位・高倉健、3位・笠智衆、4位・三船敏郎、5位・三國連太郎、6位・森雅之、7位・志村喬、8位・石原裕次郎、9位・市川雷蔵、10位・緒形拳となっており、この中で存命していたのは高倉健のみだっただけに、その死は尚更に寂しく思えます。'12年の菊池寛賞の受賞式を欠席したのはともかく、'13年の文化勲章受賞式に出席したのを見て逆にもしかしてちょっとヤバいのかなと思ったけれど...。

居酒屋兆治 41.jpg この作品は最初に観た時は、大原麗子(当時37歳)のあまりの暗さに引いてしまいましたが(「網走番外地 北海篇」('65年)などで見せた勝気で明るい女性キャラとは真逆)、改めて観直してみるとそう悪くも感じないのは自分の年齢のせいか。その大原麗子(1946-2009/享年62)も亡くなってしまったわけですが、河原役の伊丹十三(1933-97/享年64)、居酒屋の親爺で英治の師匠役の東野英治郎(1907-94/享年86)、「兆治」の常連客役の池部良(1918-2010/享年92)(高倉健とは「昭和残侠居酒屋兆治 大滝秀治.jpg伝」シリーズ('65-'72年)以来、正確には「君よ憤怒の河を渉れ」('76年)、「冬の華」('78年)、「駅STATION」('81年)に続く共演)、英治が元いた会社の専務役の佐藤慶(1928-2010/享年81)、小学校長役の大滝秀治(1925-2012/享年87)など、'84年にテアトル新宿で初めてこの作品を観てから亡くなった人が随分いるなあと。高倉健、伊丹十三、池部良のスリーショットなんて、観ていてしみじみしてしまいます。

居酒屋兆治 山藤.jpg居酒屋兆治 11.jpg 俳優だけでなく、原作者の山口瞳(1926-1995/享年68)や、この映画の題字を担当した山藤章二(共に右写真中央)、ミュージシャンの細野晴臣なども出演していて(水色のランニング姿。カメオ出演というより役者として出ている。'82年から'83年にかけてYMOの活動休止期があり、それを機に坂本龍一が「戦場のメリークリスマス」('83年)、高橋幸宏が「だいじょうぶマイ・フレンド」('83年)、「天国にいちばん近い島」('84年)などに出演したりした)、皆で楽しく作っている作品という印象もあり、女性陣も、ちあきなおみ加藤登紀子といった役者が本業ではない人が活き活きと演技しています。
ポスター・題字:山藤章二

 高倉健はこの「居酒屋兆治」への出演準備をしていた矢先に黒澤明監督から「」('85年/東宝)への架空の人物「鉄修理(くろがねしゅり)」の役での出演を打診されていますが、「でも僕が『乱』に出ちゃうと、『居酒屋兆治』がいつ撮影できるかわからなくなる。僕がとても悪くて、計算高い奴になると追い込まれて、僕は黒澤さんのところへ謝りに行きました」と述懐しています。黒澤明は自ら高倉宅へ足繁く黒澤明2.jpg4回も通って、「困ったよ、高倉君。僕の中で鉄(くろがね)の役がこんなに膨らんでいるんですよ。僕が降旗康男君のところへ謝りに行きます」と口説いたけれども、高倉健は「いや、それをされたら降旗監督が困ると思いますから。二つを天秤にかけたら誰が考えたって、世界の黒澤作品を選ぶでしょうが僕には出来ない。本当に申し訳ない」と断ったため、黒澤明から「あなたは難しい」と言われたそうです(結局、鉄修理は井川比佐志が演じることになった。高倉健はその後、偶然「乱」のロケ地を通る機会があり、「畜生、やっていればな」と後悔の念があったとも語っている。但し、高倉健の後期の黒澤作品に対する評価はイマイチのようだ)。

居酒屋兆治 71.jpg 今観ると、高倉健の降旗監督に寄せる信頼が、この作品のアットホームな雰囲気を醸しているのかもしれないという気もします。高倉健と田中邦衛がやり合う場面で、田中那衛のオーバーアクションに高倉健が噴き出したように見えるシーンがあって、最初に観た時はそれがものすごく引っかかったのですが(普通はNGではないかと)、そうした雰囲気の中で撮られた作品だと思うとさほど気にはならず、高倉健の出演作の中ではちょっと変わった味があると思えるようにもなってきました。
  
  
   高倉健・ちあきなおみ  /  高倉健・東野英治郎  /  伊丹十三・細野晴臣
居酒屋兆冶 ちあき.jpg 居酒屋兆冶 東野.jpg 居酒屋兆冶 細野.jpg
  高倉健・田中邦衛    /    田中邦衛・大滝秀治
田中邦衛 「居酒屋兆治」2.jpg田中邦衛 「居酒屋兆治」.jpg

チャン・イーモウ監督と高倉健さん.jpg    高倉健 訃報.png
チャン・イーモウ監督と高倉健(2005年東京国際映画祭)[毎日新聞]/2013年文化勲章受章

池部 良 居酒屋兆治1.jpg池部 良 居酒屋兆治2.jpg「居酒屋兆治」●制作年:1983年●監督:降旗康男●製作:田中プロモーション●脚本:大野靖子●撮影:木村大作●音楽:井上堯之(主題歌「時代おくれの酒場」 歌:高倉健/作詞・作曲:加藤登紀子)●時間:125分●原作:山口瞳「居酒屋兆治」●出演:高倉健/大原麗子/加藤登紀子/伊丹十三/田中邦衛/小林稔侍/左とん平/池部良/ちあきなおみ/東野英治郎/佐藤慶/平田満/河原さぶ/小松政夫/美里英二/あき竹城/大滝秀治/石野真子/山谷初男/細野晴臣/三谷昇/石山雄大/武田鉄矢/好井ひとみ/伊佐山ひろ子/板東英二/山藤章二/山口瞳●公開:1983/11●配給:東宝●最初に観た場所:テアトル新宿(84-02-12)(評価:★★★☆)●併映:「魚影の群れ」(相米慎二)

大原麗子メモリー ずっと好きでいて」('10年/講談社)
大原麗子メモリー ずっと好きでいて200_.jpg 大原麗子メモリー ずっと好きでいてWL.jpg 大原麗子メモリー ずっと好きでいて1L.jpg
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《読書MEMO》
●ロングインタビュー(時事ドットコム 2012年)より
 「降旗監督の「居酒屋兆治」の準備が進んでいたとき、黒澤さんの「乱」に(鉄修理=くろがね・しゅり=役で)出演できるという話があった。でも、僕が「乱」に出ちゃうと「居酒屋兆治」がいつ撮影できるか分からなくなる...。とても僕が悪くて、計算高いやつになるという風に追い込まれて、僕は黒澤さんのところへ謝りに行きました。
 あの時、黒澤さんは僕の家に4回いらして、「困ったよ、高倉君。僕の中で鉄(くろがね)の役がこんなに膨らんでいるんですよ。僕が降旗君のところへ謝りに行きます」とまで言ってくれた。でも、僕は「いや、それをされたら降旗さんが困ると思いますから。二つをてんびんに掛けたら、誰が考えたって世界の黒澤作品を選ぶのが当然でしょうが、僕にはできない。本当に申し訳ない」と謝った。黒澤さんには「あなたは難しい」って言われましたね。
 その後、「乱」のロケ地を偶然通ったことがあって、「畜生、やっていればな」と思いましたよ。
 ただ、黒澤監督の晩年の作品には、良いものがないと思うんですよね。僕は、監督が(作品の常連だった)三船敏郎さんと別れたのが大きい気がする。志村喬さんもそうだったけれど、三船さんは(黒澤作品の)エンジンの大きな出力だったのでしょう。二人が抜けたことで、その出力がどーんと落ちた。怖いですよね。映画は絶対に一人ではできないんですよ。」

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人と人の不思議な繋がりの綾が面白く、一気読み。主人公のある種ブレークスルーを感じた。
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神秘』(2014/04 毎日新聞社)        神戸・三宮センター街

 2011年8月、膵臓がんの末期で余命1年と宣告された53歳の出版社役員・菊池は、21年前に出会った病を治す力を持つ山下やよいという女性のことを思い出し、彼女を求めて神戸に赴く。やよいは菊池が在籍していた月刊誌の編集部に電話をかけてきた自称超能力者で、他人の体調不良を癒せるらしい。当初は胡散臭いと菊池も疑ったが、やよいと一緒に〈どうか神様、足の痛みを取って下さい〉と念じると、その時捻挫していた足が治ってしまったという経験を21年前にしていた。菊池は、やよいを探し求める一方で、〈自分はこれまで何にすがり、何につかまり、何を目指して生きてきたのだろう?〉という問いに向き合う。そして菊池が神戸で多くの人に聞き込みをしていく中で、〈神秘〉としか言いようがないことが次々と起き、山下やよいと自分との間に、菊池自身が離婚した妻をはじめ、離婚、病気、災害といった受難を経た多くの人々の運命が奇跡的に絡み合っていたことが明らかになる―。

 毎日新聞に'12年9月から'13年12月まで連載された作品で、山本周五郎賞を受賞した『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』('09年/講談社)と同じく癌に罹った出版社勤務の男が主人公。但し、『この胸に...』の方は再発の恐れを抱えるキャンサーサバイバーでしたが、こちらは末期癌患者という設定になっています。

 『この胸に...』同様、主人公の思惟が延々と綴られ、ああ、これがこの作者の作品の一つの特徴だったなあと。癌にかかった男の闘病記というより、癌になったことを契機に、主人公が人生の目的や人間の存在を様々な観点から捉え直す思索の旅のような作りになっています。

 一方で、病を治癒する力を持った主人公の旅は、緩やかな展開ながらもミステリアスな様相を呈していきます。こちらは、『この胸に...』が必ずしもミステリとしては完結していなかったために(或いはラストでばたばたと纏めた感じだっただけに)、プロット的にさほど期待していなかったのですが、読み進むにつれて、ミステリと言うより人と人の不思議な繋がりが、最初は徐々に、終盤は畳み掛けるように一気に浮彫りにされてきます(これぞまさに〈神秘〉)。

 最初からミステリを期待して読んだ人には"落とし処"が無いような作品に感じられたかもしれませんが、個人的にはこれらの人と人の不思議な繋がりの綾が面白く、ラストまで一気に読めました(最近読んだ日本の作家のものでは一番面白かったかも)。

 病を癒す能力を持つ人の存在も(おそらくキリストなどもその一人だったのだろう)不死身の躰を持つ人の存在も(住吉駅「新快速飛び降り事件」って本当にあったんだなあ。スゴイところからネタ拾ってくるね)、共に神秘であるならば、こうした人と人との巡り合わせも、ある意味で神秘ということになるのでしょう。山本周五郎賞受賞作の小野不由美氏の『残穢(ざんえ)』('12年/新潮社)にも似たものを感じましたが、小野氏が自身を主人公に実録風に書いているのはややルール違反のような気もして、こちらの白石氏の『神秘』の方が自分には受け容れ易かったです。

奇跡的治癒とはなにか.jpg 主人公である菊池の思惟のたたき台となる、志賀直哉の『城の崎にて』、スティーブ・ジョブズの伝記、バーニー・シーゲルの『奇跡的治癒とはなにか』、ポール・オースターの『トゥルー・ストーリーズ』などは、読んだこともあるものも含め、何となくまた読みたくなりました(特に、『奇跡的治癒とはなにか』は、自分が癌で余命宣告されたら読むかも)。

バーニー・シーゲル『奇跡的治癒とはなにか―外科医が学んだ生還者たちの難病克服の秘訣

 個人的には自分の実家が神戸なのでロケーション的に親しみがありましたが、初めて神戸に行った人からみると震災の爪痕がもう残っていないように見えるのかなあ(ずっと住んでいる人から見れば、建物の外形や高さが変わってしまって、以前は見えなかった景色が見えたりする、未だに馴染めない感覚があるのだが)。
ジョイフル 三ノ輪.jpg 終わりの方に出てくる菊池が谷口公道と会う「ジョイフル三の輪商店街」も個人的に馴染みがあったりして...(件の蕎麦屋は「砂場総本家」だなあ。以前は店の前に鉄道模型が走っていたなあとか)。

ジョイフル三ノ輪商店街

 作者は余命1年と宣告された菊池をある種の精神的自由に導いたのかもしれないし、そうでないかもしれません。菊池は理知的ではあるが、一般的な宗教に救いを求めるタイプでもないようです。しかしながら、この山下やよいを探し求める旅を通して彼が遭遇した、まさにやよいに象徴される〈神秘〉、そして〈奇跡〉に近い人と人の繋がりを通して、何か自分を包み込む大きなものの存在を感じたであろうことには違いなく、また、そのことが、彼にとって、悟りとまでは言わないまでも、ある種ブレークスルーになっていくことは示唆されていたように思います。

白石一文さん『神秘』の刊行記念しサイン会.jpg三宮センター街「ジュンク堂書店」.jpg白石一文氏:『神秘』の刊行記念しサイン会(2014年5月25日 神戸・三宮センター街「ジュンク堂書店」)[毎日新聞]

【2016年文庫化[講談社文庫(上・下)]】

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羅門光三郎の剣戟がいい「韋駄天数右衛門」。阿部九州男の二役が光る「柘榴一角」。戦前は主役級だった二人。

韋駄天数右衛門vhs3.jpg    「柘榴一角」 1941年 vhs.jpg
「韋駄天数右衛門」('33年/宝塚キネマ)主演:羅門光三郎  「柘榴一角」('41年/大都映画)主演:阿部九州男

『韋駄天数右衛門』.jpg 粗忽者の不破数右衛門(羅門光三郎)はある日、仇討ちの兄妹を救う。だが、肝心の仇を取り逃がしてしまい、その仇そっくりの武士を誤って斬ってしまう。しかも、斬った相手が浅野家の悪評高い家老・大野九郎兵衛(矢野伊之助)の息子であることが判明。愕然とし死を覚悟する数右衛門だったが、大殿・浅野内匠頭(阪東太郎)は、自ら手打ちにすると公言しながらも、秘密裡に数右衛門を生かして逃がす。月日は流れ三年後、赤穂城下を離れていた数右衛門はお家の大事を知り、質草になっていた鎧櫃(よろいびつ)を強引に取り戻して、韋駄天走りで赤穂を目指す―。

羅門光三郎(上・下)

澤登翠2.jpg韋駄天数右衛門1.jpg 1933(昭和8)年公開の後藤岱山監督による人情話あり、仇討ありの痛快講談調時代劇で、活弁トーキー版ビデオで鑑賞(弁士は澤登翠(さわみどり)氏。90年代に録音されたものか)。赤穂四十七士のうち、堀部安兵衛や赤垣源蔵(赤埴源蔵)と並んで人気の高い不破数右衛門を主人公にした作品で、「不破数右衛門」というタイトルの映画だけでこの作品の前に7作作られています(但し、何れもフィルムが現存せず)。赤穂浪士の中でも討ち入りで大活躍したとされていますが、その一方で、お人好しで粗忽者だったというイメージも、既に定着済みだったかも。

中島 らも 2.jpg 主演は当時の大衆映画のスター羅門光三郎(1901- 没年不詳、1963年まで活動)で、作家・中島らものペンネームの由来である俳優としても知られますが、その芸名の苗字「羅門」は1925年版「ベン・ハー」主演のラモン・ナヴァロに由来するそうです。この「韋駄天数右衛門」の中では、大石内蔵助と不破数右衛門の1人2役を演じていますが、大石内蔵助としての登場は僅かで、当然のことながら不破数右衛門としての登場が中心で、さらに浪人前と浪人後ががらっと雰囲気が変わるため、個人的にはそちらの数右衛門同士の違いの方で「1人2役」っぽい印象もありました。

 前半の人情派ぶりも悪くないですが、剣戟が颯爽としていて、更に、終盤の赤穂へひた走る中(酒で喉を潤しつつ!)、かつて数右衛が仇討ちに加勢したせいで命を落とした武士・相良久八郎の道場仲間らに行く手を阻まれ、橋の上でで繰り広げられる剣戟は前半の剣戟の上を行く躍動ぶり―と思ったらそこで映画が終わって、こういうの、○○の巻~みたいな講談的な終わり方だなあと思いました。

 赤穂に向かうということは、討ち入りに加わり、本懐を遂げた後は切腹を命じられるという流れに繋がっていくわけで、つまり彼は「死」に向かって走っているわけですが、それがカッコいい。その前に、赤穂に向かおうとする彼を周囲は止めるわけですが、女房のお國は行かせてやってくれと言います(お國を演じるのはその後一時期羅門夫人であった原駒子)。この辺りに満州事変以降の世相の反映が見られるとの見方もあるみたいですが、むしろ、武士の妻としては当然の振舞いと言えるのではないかと思います(別のパターンでは、お國が夫の勇気を増すがために自害し、後顧の憂いを断つため子供も殺してしまうというのもある)。「立派にお手柄を」というお國の台詞は当時の価値観からみて自然であり、「あなた行かないで」と言わせてしまったら現代劇になってしまいます。

 因みに、1人2役については、伊丹万作監督の「赤西蠣太」('36年)で片岡千恵蔵が赤西蠣太を演じる傍ら原田甲斐も演じていたり、白井戦太郎監督の「柘榴一角」('41年)阿部九州男(1910-1965/享年55)が柘榴一角こと佐久間京七郎とその父・権太夫の両方を演じていたりと、結構こうした"遊び"は当時の映画作りにおいて見られたようです。

近衛十四郎/阿部九州男
「柘榴一角」 1941年 vhs裏.jpg柘榴一角 2.JPG その「柘榴一角」のストーリーは―、
年老いた浪人・柘榴権太夫(阿部九州男)は実は公儀の隠密。彼は江戸市中に蔓延する贋金を作っている播磨萬心(大瀬恵三郎)とその黒幕(後に青山壱岐守(大乗寺八郎)と判明)を追っていた。自分の近衛十四郎「柘榴一角」.jpg身の危険を悟った権太夫は息子の一角(阿部九州男、二役)に初めて正体を打ち明けて仕事を手伝わせるが、権太夫を仇と狙う若侍・宇家田輝雪(近衛十四郎、俳優・松方弘樹の父)が現れて―。

 一角が父を仇と思う輝雪の誤解を解く前に、父・権太夫は何者かによって殺害され、贋金作り一味の絶滅を父に誓った一角に、今度は輝雪が協力する―そう、輝雪は、長年仇と思っていた柘榴権太夫とその息子・一角が、実際に会ってみたらいい人だったということで、すでに仇討ちの気分ではなくなっていたわけかあ。加えて、一角の妹・お鴇(琴糸路)と良い仲に(最後、一角は二人の結婚を快く許す)。

柘榴一角 41/1.jpg かなり現代風な話の作りになっているように思え、しかも、一角が偶然知り合った輝雪と別れ、輝雪が入っていった家に何だか見覚えがあるかと思ったら「何だ、わしのウチか」と言うところのなどは喜劇風であるし(輝雪は何と仇先に居候していた)、贋金作りの一味の矢尻師・旦庵(横山文彦)を一角は成敗するも、その娘・早苗(小町美千代)は一角に惹かれているというところなどは悲恋物語風と、何でもありのてんこ盛り。播磨萬心を斬って父の仇討ちを果たし、贋金作り一味を暴いた功績からお家再興となった25歳独身の一角は、輝雪から妻を娶る必要があろうと示唆されますが、さすがに早苗と一緒になるところまでは描かれていません。但し、この2人の微妙なやり取りが大ラスにきます。もし、一角が早苗と結ばれれば、輝雪、一角とも仇の娘と結ばれることになるので、ストーリー的には収まりいいのですが、話が出来過ぎか?

 父・柘榴権太夫、息子・一角の親子の対面シーンが結構多く、2役の阿部九州男が大活躍。仕舞には2人で槍や柔術の稽古試合をしたり、一角が父に変装して敵をおびき寄せ返り討ちする場面などもあって、結構遊んでいる感じでした(合成は一切無しというのが興味深い。そのため柔術をしている2人の顔が同時に映ることはない)。B級映画専門だった「大都映画」にしては大作ですが、音声が聴き取りにくい部分があるのがやや難か。VHSの途中で部分的に字幕が入ったりもするが、入れるなら全部に入れて欲しかった気もします(とりあえず評価は△だが、仮にその部分が補正されていれば評価は○だったかも)。

映画論叢 21号特集・羅門光三郎.JPG 羅門光三郎は、戦後は脇役に回り、「狐の呉れた赤ん坊」('45年)や「殴られたお殿様」('46年)、「国定忠治」('46年)、「雨月物語」('53年)など数多くの作品に出演しています。一方の阿部九州男も、戦後は専ら脇役となり、同じく「狐の呉れた赤ん坊」に出演したほ「生きる」阿部九洲男.jpgか、「生きる」('52年)、「十三人の刺客」('63年)などにも出演しています。2人とも出演作品本数は多いのですが、主役から脇に回ったというのは、共に所属していた映画会社「宝塚キネマ」が潰れたり、いろいろ映画会社の統廃合があったことも多少関係しているのではないでしょうか。

阿部九洲男 in「生きる」
映画論叢 21 松林宗恵・左幸子・青山通春・三輪彰・羅門光三郎

 この2作、1人2役ということで共通しますが、片や「赤穂浪士」に先駆けて浪人になった赤穂武士を、片や浪人でありながら公儀の隠密であるという武士をと、やや変わった武士浪人を扱っている点で重なる部分があるのも興味深いです。因みに、羅門光三郎と阿部九州男の両方が出演していて、今DVDで観ることが出来る作品としては、「狐の呉れた赤ん坊」のほかに、「虚無僧系図」('55年/東映)(羅門光三郎主演)などがあります。VHSならば先に挙げた「殴られたお殿様」('46年/大映京都)も、羅門光三郎は準主役級で、阿部九州男が脇役(殿様役)で出ています。

 羅門光三郎、阿部九州男とも、戦前は嵐寛寿郎や大河内伝次郎に次ぐ主役級または準主役級の役者であったことが窺える、この2作品です。

日本映画傑作全集「剣光桜吹雪」(嵐寛寿郎)・「柘榴一角」(阿部九洲男)・「鞍馬天狗黄金地獄」(嵐寛寿郎)・「尊王攘夷」(大河内伝次郎)・「韋駄天数右衛門」(羅門光三郎)
日本映画傑作全集 剣光桜吹雪 hoka.jpg韋駄天数右衛門ド.jpg「韋駄天数右衛門」●制作年:1933年●監督:後藤岱山●脚本・原作:波多野理一●撮影:小柳京之助●時間:57分●出演:羅門光三郎/静田二三夫/阪東太郎/矢野伊之助/市川竜男/金子文次郎/市川花紅/加藤義夫/豊島竜平/菊地双三郎/鳴戸史郎/原駒子/三原珠子●公開:1933/12●配給:宝塚キネマ(評価:★★★☆)

近衛十四郎(宇家田輝雪(うけだてるゆき))in「柘榴一角」

柘榴一角 近藤.gif「柘榴一角」●制作年:1941年●監督:白井戦太郎●脚本:湊邦三●撮影:広川朝次郎●音楽:杉田良造●原作:白井喬二●時間:111分●出演:阿部九州男近衛十四郎 柘榴一角.jpg近衛十四郎/琴糸路/大乗寺八郎/水原洋一/大瀬恵二郎/遠山龍之助/雲井三郎/泉春子/久野あかね/小町美千代/谷定子/橘喜>久子/小柳みどり/大山デブ子/春野美葉子/水川八重子●公開:1941/01●配給:大都映画(評価:★★★)

近衛十四郎/琴糸路 in「柘榴一角」
 
「柘榴一角」v.jpg 

羅門光三郎 松田定次監督「河童大将」(1944年)左から羅門光三郎、嵐寛寿郎/松田定次監督「乞食大将」(1945年製作・1952年公開)左から羅門光三郎、市川右太衛門/丸根賛太郎監督「殴られたお殿様」(1946年)左から羅門光三郎、市川右太衛門)
河童大将(1944年)2.jpg 乞食大将(1945年)2.jpg 殴られたお殿様(1946年) .jpg                 
  
近衛十四郎
近衛十四郎 01.jpg 近衛十四郎(父) 松方弘樹 月影兵庫.jpg 松方弘樹(子)

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大人のための癒し系ファンタジーといった感じ。モデルが実在するというのは強い。

虹の岬の喫茶店 単行本.jpg 単行本(左)   虹の岬の喫茶店 文庫.jpg
(カバーイラスト:加藤美紀)/『虹の岬の喫茶店 (幻冬舎文庫)』/映画チラシ
文庫本(下)
虹の岬の喫茶店森沢明夫.jpg トンネルを抜けたら、ガードレールの切れ目をすぐ左折。雑草の生える荒地を進むと、小さな岬の先端に、ふいに喫茶店が現れる。そこには、とびきりおいしいコーヒーとお客さんの人生にそっと寄り添うような音楽を選曲してくれるおばあさんがいた。彼女は一人で喫茶店を切り盛りしながら、ときおり窓から海を眺め、何かを待ち続けていた。その喫茶店に引き寄せられるように集まる人々―妻をなくしたばかりの夫と幼い娘、卒業後の進路に悩む男子大学生、やむにやまれぬ事情で喫茶店へ盗みに入った泥棒など―心に傷を抱えた彼らの人生は、その喫茶店とおばあさんとの出逢いで、変化し始める。心がやわらかさを取り戻す―(「BOOK」データベースより)。
                  
 岬の先端に立つ喫茶店に集まる人々と女店主の交流を描いたこの作品ですが、モデルとなった「岬」のブログのフォト.jpg 大人のための癒し系ファンタジーといった感じでしょうか。6話から成る連作の各話がそれぞれの登場人物の目から語られており、前半3話は、岬の喫茶店をたまたま訪れた人の話(妻を亡くした陶芸作家と娘、就職活動中の学生、さらに泥棒に入った砥ぎ屋もいるが)になっていますが、後半3話は、常連客のタニさん、店主・柏木悦子の甥・浩司、そして悦子自身の話となっています。

作品のモデルとなった音楽と珈琲の店「岬」のブログフォト

 版元の口上に「心がやわらかさを取り戻す感涙の長編小説」とありましたが、作者の作品はカジュアル系とも言われているようで、無理矢理"感涙"ものに仕上げようとしないとこところがいいのではないかなあ。よく読むと、ラストが冒頭の謎解きのようになっているようにも読めるなど、作者のオリジナリティも活かされているように思われます。敢えて言えば、主要登場人物が結局"いい人"ばかりなのが、まあ癒し系ファンタジーとしては自ずとそうなるのでしょうが、やっぱりファンタジーの世界かな、で終わってしまいそうな危惧も。

ふしぎな岬の物語 (2014).jpg吉永小百合 モントリオール.jpg その点において、モデルとなった喫茶店が実在するというのは、たとえどれだけ虚構化されていようと、一つ強みだなあと思いました。吉永小百合がプロデュースから参画して映画化され(原作候補は10作ぐらいあったらしいが、吉永小百合の強い推挙でこの作品に決まったらしい)、「ふしぎな岬の物語」として今月('14年11月)から公開されましたが、公開前に、第38回モントリオール世界映画祭で審査員特別賞グランプリ受賞というオマケがつきました。
「ふしぎな岬の物語」ポスター 題字・絵:和田 誠(吉永小百合がオファー)

 まだ観ていませんが、吉永小百合は、山田(洋次)組で「母べえ」('08年/松竹)に出るよりも、成島(出)組でこうした映画に出る方がやり易かったのではないでしょうか。作品的にも(先入観もあるかもしれないが)母親役より未亡人役の方が合っているように思います。

 モントリオール世界映画祭は、カンヌ、ベルリン、ヴェネツィアの三大映画祭より格下であり、さらに同じカナダのトロント国際映画祭よりも落ちると言われ、一方で、'80年に「遥かなる山の呼び声 」が審査員特別賞、'83年に「天城越え」で田中裕子が主演女優賞、'96年に「眠る男」が審査員特別賞グランプリ、'99年に「鉄道員」で高倉健が主演男優賞、'08年に「おくりびと」が最優秀作品賞受賞、'10年に「悪人」で深津絵里が最優秀女優賞、'11年に「わが母の記」が審査員特別賞グランプリを受賞するなど、日本の映画及び日本人が受賞し易い映画祭でもあるとも言われています。今回も、呉美保監督の「そこのみにて光輝く」が最優秀監督賞を受賞しており、日本映画はW受賞となっています。ただ、「おくりびと」がその後アカデミー賞の外国語映画賞したりしているケースもあり、海外の映画祭に出品して評価を問うこと自体は良いことではないかなと思います(それで賞が貰えれば尚の事)。吉永小百合が受賞後のロングスピーチをフランス語でこなしたのは立派、阿部寛の方は英語でした(トロント~モントリオールは東京~大阪ぐらいの距離だが、トロントのあるオンタリオ州の公用語は英語なのに対し、モントリオールのあるケベック州の公用語はフランス語)。吉永小百合、最初から賞を獲るつもりでモントリオールに乗り込んだ?

【2013年文庫化[幻冬舎文庫]】

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悲劇と喜劇という違いはあるが、山中貞夫監督「人情紙風船」と意外と共通点が多い。

権三と助十 vhs 裏.jpg権三と助十 vhs.jpg 伊丹万作.jpg
日本映画傑作全集 「権三と助十」主演 鳥羽陽之助 花井蘭子 高堂国典 伊丹万作監督作品 VHSビデオソフト」伊丹万作(1900-1946/享年46)

 駕籠かきの権三(鳥羽陽之助)と相棒の助十(小笠原章二郎)が住んでいる神田の裏長屋で、金貸しの老婆・お源(藤間房子)が殺される事件が起き、流しの鍋焼きうどん屋台屋・源三位の政(横山運平)が捕えられる。政は入牢中に病死するが、息子の彦三郎(冬木京三)が、父がそんなことをするとは信じられず、無実を証明して父の汚名を晴らしたいと大家の六郎兵衛(高堂黒天)を訪ねて来た。権三と助十は、事件の夜に真犯人とおぼしき人物、浪人・中津山祐見(鬼頭善一郎)を目撃していながら、関わり合いになるのを恐れてこれまで黙っていたとをきまり悪く思い、名奉行と評判の大岡越前守(深見泰三)の裁きで落着した事件を再審議してもらうにはどうしたものか六郎兵衛に相談、六郎兵衛の知恵で、権三と助十と彦三郎に縄をかけ、「父は無実なのに家主が十分に訊ねなかったと暴れ込んできたので引き立ててきた」と訴え出れば再審議になるのではないかと考え、長屋の皆の声援を受けて、権三たちは引き立てられていくが、六郎兵衛の思惑どおり再審議となったものの―。

 1937(昭和12)年製作・公開の伊丹万作脚本・監督によるトーキー映画で、原作は1926(大正15)年に初演されたあの「半七捕物帳」の岡本綺堂の戯曲であり、講談「大岡政談」の一挿話「権三助十」を下敷きにしたものです。「権三助十」は新歌舞伎の(ごんざとすけじゅう).jpg演目でもありますが、この映画の2か月前に公開された山中貞雄監督の「人情紙風船」('37年/東宝映画)のベースになっている「髪結新三(かみゆいしんざ)」(原作:河竹黙阿弥)などに比べると歌舞伎演目としては当初はマイナーだったようです。

 一方、講談「権三助十」は後藤秋声監督の「権三と助十」('23年)を皮切りにこの作品を含め戦前だけで10回も映画化されており、戦後も1948年に渡辺邦男監督作「歌うエノケン捕物帖」という権三と助十の元ネタに焼き直し作品があり、藤木悠・高島サラリーマン權三と助十.jpg忠夫・白川由美主演で「サラリーマン權三と助十」('62年/東宝)という現代ものに置き換えたパロディ映画まで作られていますが(「サラリーマン權三と助十 恋愛交叉点」('62年/東宝)という続編まで作られた)、岡本綺堂の戯曲を原作としたものはこの伊丹万作の作品のみです。岡本綺堂の戯曲が講談と大きく異なるのは大岡越前守が登場しないという点なのですが、この映画化作品では大岡越前守が登場するものの脇に置かれているには違いなく、前進座などで演じられる歌舞伎の「権三と助十」などもほぼ同じような作りになっているようです。
「サラリーマン權三と助十」('62年/東宝)

 冒頭の高堂黒天が演じる大家が長屋を順々に家賃回収のため訪ねて廻る場面など(店子らは家賃を全く払おうとはせず、中には逆に大家から金を貸りる者もいる始末)、庶民の暮らしぶりをじっくり描いています。そのため、捕物帳でありながら事件が起こるまでに随分と間があり、事件が起きてから一旦急展開になるかと思ったら、またすぐにゆったりした展開になります(「赤西蠣太」('36年/日活)で伊達騒動を"早送り"的に描き、ヒューマンな部分をじっくり描いた伊丹万作監督らしいと言えるか)。

0権三と助十.jpg 源三位の政の娘のおとわ(花井蘭子、当時19歳)は、家計を救うために吉原に売られていくが、その彼女を駕籠に乗せる助十と慕い合っている関係にあり、こうなると悲劇・悲恋のオンパレードみたいですが、途中の庶民の暮らしぶりの描き方などにユーモアがあって、映画全体としてむしろコメディ色が前面に出ていると言えます。事件の方も、実はおとわの父・源三位の政は死んではおらず、大岡越前は全てを承知の上で浪人を釈放して泳がせたらしく、そうと知らぬ浪人が天井裏に隠してあった血のついた財布を証拠隠滅のため燃やすところを目撃され捕縛される―そして助十とおとわは結ばれる、といった具合にハッピーエンドに収束しています。

 長屋の暮らしぶりの描き方で、山中貞雄監督の「人情紙風船」を想起しました。悲劇と喜劇という違いはあり、更にルーツが片や浄瑠璃、片や講談という違いもありますが、共にそれぞれ「髪結新三」「権三助十」として歌舞伎にもなっている作品であることと、庶民の逞しさを描いている面では共通しているのが興味深いです。

 長屋の住人らが権三・助十・彦三郎を送り出すところなどは、「人情紙風船」で長屋の住人らがヤクザの親分を退散させた新三を快哉で迎える場面に通じる連帯感を感じます。長屋での葬式(通夜または法要)の場面が出てきて、結局はどんちゃん騒ぎ乃至は博打打ちになるのも似ています。

 先にも書いた、冒頭の大家が家賃の回収に長屋を廻るが誰も家賃を払わないしシーンで、極貧で実際払える状態でない者もいる中、長屋に住まう浪人が、誰も払わないのに自分だけ払うと義理を欠くと屁理屈を捏ねて支払いを逃れようとするのが可笑しく(「人情紙風船」の海野又十郎の気弱さとは随分違う)、この辺りは殆ど落語の世界だなあと。

「麦秋」('51年/松竹)原節子・高堂國典 「酔いどれ天使」('48年/東宝)進藤英太郎・志村喬
麦秋 高堂國典.jpg酔いどれ天使45.jpg 人の好い長屋の大家役の高堂黒天は、後の高堂國典であり、戦後も「野良犬」('49年/東宝)、「七人の侍」('54年/東宝) ほか多くの黒澤作品で活躍し、小津安二郎監督の「麦秋」('51年/松竹)にも出演しています。また、按摩・六蔵を演じた進藤英太郎は、当時バイプレーヤーとして人気上昇中で、この人も、戦前から戦後にかけて溝口健二監督の「祇園の姉妹」('36年/松竹)、「山椒大夫」('54年/大映)といった作品で活躍するほか、黒澤作品の「酔いどれ天使」('48年/東宝)にも出演しています。

「権三と助十(ごんざとすけじゅう)」●制作年:1937年●監督:伊丹万作●製作:森田信義●脚本:伊丹万作●撮影:三木茂●音楽:紙恭輔●原作:岡本綺堂●時間:81分●出演:鳥羽陽之助/小笠原章二郎/花井蘭子/高堂黒天(國典)/澤村昌之助/横山運平/鬼頭善一郎/澤井三郎/山田好良/上田吉二郎/進藤英太郎/深見泰三/冬木京三/大家康宏/石川冷/髙松文麿/花澤徳衛/五月潤子/濱路良子/藤間房子/金剛麗子●公開:1937/10●配給:東宝映画(評価:★★★☆)bu

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