2014年9月 Archives

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PART2で区切りをつけるつもりで書いていたと思われるだけに、密度濃く、充実している。

お楽しみはこれからだ Part2 映画の名セリフ.jpg 男はつらいよ 第一作 dvd2.jpg  和田 誠 氏.jpg 和田 誠
「男はつらいよ」(1969)渥美清/倍賞千恵子/光本幸子             
お楽しみはこれからだ〈Part2〉―映画の名セリフ (1976年)』 「男はつらいよ〈シリーズ第1作〉 [DVD]

 1973年から「キネマ旬報」に連載されたイラストレーターの和田誠(1936年生まれ)氏による映画エッセイシリーズのPART2で単行本刊行は1976(昭和51)年。PART1との違いは、日本映画がいくらか入っていることと、古い映画から当時の新作まで年代的に幅が拡がっていることです。このシリーズ、著者が許可を出さないためなのか文庫化されていませんが、一方で、当時の映画のロードショー料金を上回らない価格設定にするため、表紙は単色でしかも新刊時から帯無しというシンプルなスタイルになっています。このシンプルさにも、多くの装丁を手掛ける著者の美意識が表れているのかも。但し、例えば表紙にトリュフォーの「アメリカの夜」をもってきていますが、本文の形式を倣いながらも(この作品は本文でも取り上げいている)、表紙用に文も絵も新たに書き(描き)起こすなど、手抜きはしていません。

 日本映画は、冒頭から「幕末太陽伝」('57年)、「夫婦善哉」('55年)、「けんかえれじい」('66年)、「総長賭博」('68年)、「日本沈没」('73年)ときて、途中、「生きる」('52年)をはじめとする一連の黒澤明監督作や、中村翫右衛門らが出演したオムニバス映画「怪談」('64年)、片岡千恵蔵主演の「七つの顔の男だぜ」('60年)、更には高倉健主演の「網走番外地」('65年)やその他任侠映画まで様々取り上げていますが、それでもトータルでは洋画の方が多くなっています。

 新作も幾つか入れたといっても数的にはそれほどでもなく、圧倒的に著者が昔観た古い映画の話が多く、次いで、テレビや映画祭の特集で最近観た、かつて観ることが出来なかった昔の作品などがくる感じでしょうか。有名な作品と併せてややマニアックな作品もとり上げていて、よく観ているなあと思う一方で、その記憶力には驚かされます。

さらば友よ (お楽しみはこれからだ─和田誠─より.jpg このシリーズは、映画の中の名セリフを取り上げて、リレー方式というか連想方式的に一定サイクル話を繋いでいっていますが(それと、勿論のことだが、イラストとの組み合わせ)、著者によれば、日本映画の方がセリフに関する記憶が少なく、洋画においてスパーインポーズで読んだものの方が記憶に残っているとのことです(そういうものかもしれないなあ)。

 ここまでで「キネマ旬報」連載の60回分がひとまず落着し、あとがきで著者はまた書かせてもらう機会があるかもしれないといったことを書いていますが、結局、間を置きながらも20年以上にわたって連載は続き、単行本はPART7まで刊行されました。いずれの巻も映画ファンには読み応えがありますが、特にPART2までは、当初はそこで区切りをつけるつもりで書いていたと思われるだけに、密度が濃くて充実しているように思います。
「さらば友よ」(1968)

 久しぶりに読み返してああそうか、ナルホドなと思った点を、外国映画主体のこのシリーズの中では少数派である日本映画から2つ。

椿三十郎 三船 仲代.jpg 1つは、「椿三十郎」('62年)のラストの三船敏郎、仲代達矢の決闘シーンで、近距離で一瞬にして勝負がつく斬り合いは、著者自身、当時"新機軸"だと思ったそうですが、山中丹下左膳 百万両の壺 dvd.jpg貞雄の「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」('35年)で、すでに大河内伝次郎の丹下左膳がヤクザ風の男を斬る場面で使われていたことを、著者はフィルムセンターで観て知ったとのことです。ああ、そうだったかなあ。「百萬兩の壺」の丹下左膳って、それまでの丹下左膳像と違ってコミカルな印象が強くて、剣豪のイメージが相対的に抑えられていたような気がしましたが、コミカルであろうと強いことに変わりはないんだよね、丹下左膳は。但し、あの"噴血"はやはり黒澤ならではの見せ方ではないかな。
丹下左膳餘話 百萬両の壺 [DVD] COS-032

『男はつらいよ』森川信、渥美清、三崎千恵子、倍賞千恵子ら.jpg もう1つは、「男はつらいよ」('69年)で、この作品はTVが先で映画が後ですが、著者はTVは観ていたけれど映画化されてこれほどの人気シリーズになるとは思っていなかったとのことで、作者らもそうだったのでないかとしている点です。その証拠として、TV版のあらゆる要素が(総まとめ的に)ぶちこまれていて、妹のさくらが結婚してしまうのもその現れで、シリーズ化が先に決まっていれば、さくらの見合いを寅が邪魔するなど、第2作以降にさくらの結婚は持ち越されていたのではないかとしており、ナルホドなあと思いました。

「男はつらいよ」(1969)森川信、渥美清、三崎千恵子、倍賞千恵子ら

光本幸子さん .jpg その代りのお楽しみとして、毎回違った"マドンナ"が登場するパターンになったということなのでしょう。初代マドンナは昨年['13年]食道癌で亡くなった光本幸子でした。また、著者が矛盾を指摘する「俺がいたんじゃお嫁にゃ行けぬ」という主題歌の歌詞はもともとTV版用に作られたものですが、映画版の第2作からは別の歌詞に差し替えられています。
光本幸子(1943-2013)

男はつらいよ 志村・笠1.jpg 第1作は、黒澤明監督映画の重鎮俳優・志村喬(諏訪飈一郎役)が出演し、さくらの披露宴のシーンで小津映画の重要俳優・笠智衆(御前様役)と同じ画面に収まっているというのが珍しいかもしれません(黒澤監督の「赤ひげ」('65年/東宝)にも2人共が出演しているが、それぞれ違った場面での登場となっている)。

男はつらいよ 〈シリーズ第1作〉.jpg 第1作がヒットして、山田洋次監督が松竹渥美清の泣いてたまるか 男はつらい0.jpgから3作撮ったところで好きな映画作りをしてもいいと言われて撮ったのが「家族」('70年)ですが、「家族」の構想は山田監督の中で製作の5年前からあったそうです。一方の「男はつらいよ」は、山田洋次監督が渥美清に最初に出会った時に「この役者は天才だ」と思ったそうで、おそらく、毎回脚本家が変わり、渥美清も毎回違う役柄で出演した連続テレビドラマ「渥美清の泣いてたまるか」('66‐'68年/TBS[全53話])(渥美清主演のほかに、青島幸男、中村嘉津雄主演の「泣いてたまるか」がそれぞれ14話と13話作られた)が二人の出会いではないかと思われますが、そこから急に構想が芽生えてきたのではないかと勝手に推測しています。「渥美清の泣いてたまるか」の最終回は山田洋次監督が脚本担当で、タイトルは「男はつらい」でした。やがて、これが独立した連続TVドラマ「男はつらいよ」('68‐'69年/フジテレビ[全26回])になったという流れでしょうか。
渥美清の泣いてたまるかVOL.20 [DVD]


お楽しみはこれからだPART2 223.jpg 「天井桟敷の人々」(1945)のところで、初めて観たのが高校1年の時で、その良さを理解できなかったように思うというのは正直か(その後何度か観て、少しずつ判ってきたとのこと)。山田宏一(1938年生まれ)氏が中学時代にこの映画を観てフランス語を習う決心をした話を引き合いに、著者は「バチスト(ジャン=ルイ・バロー)とガランス(アルレッティ)のベッドシーンで、カメラが窓の方にパンしてしまうのを不服に思ったのが初めて観たときの印象だから、ずいぶんと差がついてしまった」と書いているのがユーモラスです。個人的にも名作だと思いますが、3時間超の内容は結構「大河メロドラマ」的な要素もあったように思います。

「天井桟敷の人々」(1945)

 『お楽しみはこれからだ』―時々読み返してみるのも悪くないシリーズです。

「椿三十郎」.jpg椿三十.bmp「椿三十郎」●制作年:1962年●製作:東宝・黒澤プロダクション●監督・脚本:黒澤明●音楽:佐藤勝●原作:山本周五郎「日日平安」●時間:96分●出演:三船敏郎/仲代達矢/司葉子/加山雄三/小林桂樹/田中邦衛/山茶花究/加東大介/河津清三郎/山田五十鈴/東野英治郎/入江たか子/志村喬/藤原釜足/夏木陽介/清水将夫 /伊藤雄之助/久保明/太刀川寛/土屋嘉男/団令子/平田昭彦●劇場公開:1962/01●配給:東宝 (評価★★★★☆)椿三十郎 [監督:黒澤明] [三船敏郎/仲代達矢] [レンタル落ち]

『丹下左膳余話 百萬両の壺』のDVD版のジャケット.jpg丹下左膳 百万両の壺 02.jpg「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」●制作年:1935年●監督:山中貞雄●脚本:三村伸太郎●潤色:三神三太郎●撮影:安本淳●音楽:西梧郎●原作:林不忘●時間:92分●出演:大河内傳次郎/喜代三/沢村国太郎/山本礼三郎/鬼頭善一郎/阪東勝太郎/磯川勝彦/清川荘司/高勢実乗/鳥羽陽之助/宗春太郎/花井蘭子/伊村理江子/達美心子/深水藤子●公開:1935/06●配給:日活(評価:★★★★☆)丹下左膳餘話 百萬兩の壺 [DVD]
                          
シリーズ第1作「男はつらいよ」三崎千恵子.jpg「男はつらいよ 〈シリーズ第1作〉」●制作年:1969年●監督・原作:山田洋次●脚本:山田シリーズ第1作「男はつらいよ」渥美清.jpg洋次/森崎東●製作:上村力●撮影:高羽哲夫●音楽:山本直純●時間:91分●出演:渥美清/倍賞千恵子/光本幸子/笠智衆/志村喬(特別出演)/森川信/前田吟/津坂匡章/佐藤蛾次郎/関敬六「男はつらいよ」志村喬.jpg男はつらいよ 第一作 dvd.png三崎千恵子/太宰久雄/近江俊輔/広川太一郎/石島戻太郎/志賀真津子/津路清子/村上記代/石井愃一/市山達己/北竜介/川島照満/水木涼子/谷よしの/●公開:1969/08●配給:松竹(評価:★★★★)

第1作 男はつらいよ HDリマスター版 [DVD]

光本幸子 in「男はつらいよ〈第1作〉」('69年/松竹)/「必殺仕事人・激突!」('91-'92年/テレビ朝日系)
第1作 男はつらいよ 光本幸子.jpg 必殺仕事人・激突.jpg

泣いてたまるか1.jpg渥美清の泣いてたまるか 男はつらい2.jpg「泣いてたまるか」●制作:国際放映/松竹テレビ室/TBS●脚本:野村芳太郎/橋田壽賀子/早坂暁/家城巳代治/山田洋次/清水邦夫/泣いてたまるかe.jpg青島幸男/橋本忍/金城哲夫/小林久三/山中恒/深作欣二/木下惠介/山田太一/井出雅人/佐藤純彌/森崎東/桜井康裕/山根優一郎/鈴木尚之/掛札昌裕/光畑碩郎/高岡尚平/関沢新一/大川久男/渡邊祐介/大石隆一/大原清秀/高岡尚平/北野夏生/山内泰雄/入江昭夫/乙武英樹/灘千造/家城秀男/稲垣俊/大川タケシ/秋山透/内田栄一●演出:高橋繁男/山際永三/松野宏軌/中川晴之助/森崎東/今井正/深作欣二/降旗康男/福田純/円谷一/佐藤純彌/降旗康男/望月優子/山際永三/佐伯孚治/下村堯二/渡邊祐介/真船禎/松林宗恵/家城巳代治/飯島敏宏/瀬川昌治/神谷吉彦/枝川弘/平松弘至/小山幹夫/吉野安雄/大槻義一/鈴木英夫/井上博/香月敏郎●音楽:木下忠司(主題歌「泣いてたまるか」(作詞:良池まもる、作曲:木下忠司、歌:渥美清(渥美清主演の時))●出演(主人公):渥美清/青島幸男/中村賀津雄●放映:1966/04~1968/03(全80回)●放送局:TBS
   
天井桟敷の人々1.jpg天井桟敷.jpg天井桟敷の人々 ポスター.jpg「天井桟敷の人々」●原題:LES ENFANTS DU PARADIS●制作年:1945年●制作国:フランス●監督:マルセル・カルネ●製作:フレッド・オラン●脚本:ジャック・プレヴェール●撮影:ロジェ・ユベール/マルク・フォサール●音楽:モーリス・ティリエ/ジョセフ・コズマ●時間:190分●出演:アルレッティ/ジャン=ルイ・バロー/ピエール・ブラッスール/マルセル・エラン/ルイ・サルー/マリア・カザレス/ピエール・ルノワール●日本公開:1952/02●配給:東宝●最初に観た場所:池袋文芸坐(82-03-21)(評価:★★★★)●併映:「ネオ・ファンタジア」(ブルーノ・ボセット)

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「懐かしい未来図」。実際にはまだ未来図のままだが、少しずつ実現出来ている部分も。

空中都市008青い鳥文庫.jpg空中都市008 アオゾラ市のものがたり 1.jpg空中都市008 アオゾラ市のものがたり 2.jpg  完全読本 さよなら小松左京.jpg 
『空中都市008―アオゾラ市のものがたり』(1969/02 講談社)[装丁・挿絵:和田 誠
空中都市008 アオゾラ市のものがたり (講談社青い鳥文庫)』『完全読本 さよなら小松左京
 空中都市008に引っ越してきた、ホシオくんとツキコちゃん。ここはいままで住んでいた街とはいろんなことがちがうみたい。アンドロイドのメイドさんがいたり、ふしぎなものがいっぱい......じつはこのお話、1968年に作者が想像した未来社会、21世紀の物語なのです。さあ、今と同じようで少しちがう、もうひとつの21世紀へ出かけてみましょう!(「青い鳥文庫」より)。

田中 耕一 記者会見2.jpg 1968(昭和43)年に「月刊PTA」(産経新聞発行)に「あおぞら市のものがたり」というタイトルで連載され、1969年に単行本刊行された際に「空中都市008」がタイトルとなった小松左京(1931-2011)のSF児童文学で、2003年版「青い鳥文庫」の作者まえがきで、2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏が小学生の頃この作品の愛読者だったことを知って感激したとあります(オリジナルは入手困難だが、「青い鳥文庫」版も和田誠氏の挿画を完全収録している)。

 作品の中で主人公たちが月に行く場面がありますが、この作品が書かれた当時は米ソが宇宙進出競争をしていて、この作品の発表の翌年1969(昭和44)年にアメリカがアポロ11号で人類を月に送り込んでいます。この作品では月には既に都市があって、月で生まれ育った「月っ子」たちがいることになっています。

スケッチブック.jpg このように、この作品に出てくる様々な未来像は、21世紀になっている現在からみてもまだ先の「未来像」のままであるものが多くありますが、方向性として全然違っているというものは少ないように思われ、そこはさすが科学情報に精通していた作者ならではと思われます。子どもの頃に思い描いていたという意味で、「懐かしい未来図」という言葉を思い出してしまいますが、あの時の"未来図"が本当ならば今頃スゴイことになっている? (人々はエア・カーや動く歩道で移動しているとか...)。実際にはそれほど変っていないかなあ。但し、少しずつ実現出来ている部分も一部あるなあと思いました。

スケッチブック

「ぼくら」1969年7月号付録.jpg 例えば、ホシオたちの家族が移り住んだ空中都市は、「50かいだてアパートの36かい」ということになっていますが、今ならそういうところに住んでいる人はいるなあと(但し、ホシオたちの場合は「可動キャビン」方式で家ごと引っ越してきたのだが)。

 「ファクシミリ・ニュース」というのは今で言えばインターネットによるニュース配信であり、1000人乗れるという「ジャンボ・ジェット」もそれに近いところまでいっているし、「エアクッション・カー」という車輪を使わない鉄道は、今で言うリニアモーター・カーでしょうか。

「ぼくら」1969年7月号付録

 道路の「標識システム」は今で言うカーナビゲーションに近いかも。「電子脳」(今で言う「コンピュータ」)が故障して、都市の交通システムが麻痺してしまうという話は、例えばシステムの不具合で金融機関のATMが仕えなくなったといった近年の出来事を思い出させ、クルマが使えないので人々が皆、久しぶりに自転車に乗ってみたらこれが意外と良かったというのも、エコ・ブームや健康ブームを想起させます。

 この物語はNHKで連続人形劇としてテレビドラマ化され、月曜から金曜の18:05-18:20の放送時間帯で1年間にわたり空中都市008 グラフNHK.jpg放映されました(「空中都市008」1969年4月-1970年4月、全230回)。ひ番組の絵葉書.jpgと続きの話は原則として1週間単位で終わったため、原作のエピソード以外に多数の書き下ろしがあります。「チロリン村とくるみの木」(1956年-1964年、全812回)「ひょっこりひょうたん島」(1964年-1969年、全1,224回)に続くNHKの平日夕方の人形劇シリーズ第3弾でしたが、技術的にはよく出来ていたように思います。ただ、人形やセットに費用がかかり過ぎたのと、指向としては「サンダーバード」(1965年-1966年)などを目指したため人形がリアルになり過ぎて「ひょっこりひょうたん島」のキャラのような可愛さが足りず、視聴率が伸び悩んだということもあって1年足らず(全230回)で放送終了となりました(次番組「ネコジャラ市の11人」(1970年-1973年、全668回)と比べても放送回数はかなり少なかったことになる)。
番組の絵葉書

銀河少年隊 title.jpg銀河少年隊01.jpg 因みに、「空中都市008」は人形美術及び操作を糸あやつり人形の竹田人形座が担当しましたが、同じ竹田人形座による人形美術及び操作の担当でこれに先行するものにとして、NHKの日曜の17:45-18:00の15分の時間帯(後に木曜の18:00-18:25の25分の時間帯に変更)で、「銀河少年隊」(1963年4月-1965年4月、全92回)がありました(さらにその前に「宇宙船シリカ」(1960年9月-1962年3月、全227回)というのもあった)。「銀河少年隊」は人形芝居と銀河少年隊 sono.jpg手塚治虫2.jpgアニメーションを合成したもので、原作は手塚治虫(因みに「宇宙船シリカ」の原作は星新一)。太陽のエネルギーが急速に衰え、地球を含めた太陽系の惑星は極寒に襲われ、数年後には太陽系の全生物が死滅してしまうという危機を救うために、花島六平少年率いる銀河少年隊が活躍するというもの。アニメ部分は虫プロの作品を多く手がけてきた若林一郎が脚色をして、スケールの大きい物語となって④冨田 勲.jpgおり、金星人の美少女アーリアも登場、宇宙服や宇宙船の操縦席など小道具もよくできていたように思いますが、竹田喜之助(1923-1979)って相当な"凝り性"だった? 音楽は「銀河少年隊」「空中都市008」とも富田勲(1932-2016)が担当しています(「宇宙船シリカ」も富田勲)。

地球になった男 (新潮文庫 こ 8-1)
『地球になった男.jpg小松 左京(0.jpg 「空中都市008」原作者の小松左京は「空中都市008」放送終了時の頃は、日本万国博覧会のサブ・テーマ委員、テーマ館サブ・プロデューサー(チーフ・プロデューサーは岡本太郎)として1970年の日本万博開催の準備に追われており、放送終了を残念がる暇も無かったのではないかな。『地球になった男』('71年/新潮文庫)などの短編集の刊行もあり、'73年には『日本沈没』(カッパ・ノベルズ)で日本推理作家協会賞を受賞するなどした一方で、テレビなどにもよく出ていましたが、この人、この頃が一番太っていて、すごくパワフルな印象がありました。
  
中山千夏(1970)/初音ミク(2010)        iPad 版「空中都市008」音楽(唄:初音ミクvs中山千夏)
空中都市008 アプリ版 .jpg中山千夏(1970).jpg初音ミク.jpg この作品は2010年にiPad専用のオーディオビジュアルノベルとしてApp Storeで配信され、作中の登場人物の台詞が声優によって読み上げられるほか、物語の進行に合わせたBGMが再生され、かつてのNHKの放送で番組主題歌を歌った中山千夏が初音ミクとコラボして誕生したテーマソングや、小松氏のボイスコメントなども収録されているそうですが、「まさ小松左京マガジン 第46巻_.jpg小松左京マガジン47.pngか本がこんなことになっちまうとは、私自身がSF作家のくせに思いもよりませんでした」とのコメントを寄せた小松左京氏は、その翌年2011年の7月に肺炎のため80歳で亡くなっています(健康時にはタバコを1日3箱吸うヘビースモーカーだった)。

 「小松左京マガジン」が没後もしばらく刊行され続けていたことなどからみても、小松左京やその作品には当時も今も根強いファンがいるものと思われます。

小松左京マガジン 第46巻」(2012.09)/「小松左京マガジン〈第47巻〉」(2012.12)

宇宙人ピピ.jpg 因みに、小松左京原作で「空中都市008」より以前にテレビ番組になったものには「宇宙人ピピ」(1965年4月-1966年3月、全52回)があります。宇宙人"ピピ"と彼を取り巻く地球人との騒動を描いたコメディドラマで、ピピ宇宙人ピピ シングル .jpgはアニメーション、円盤は写真で描かれていて、日本で最初の実写とアニメの画面合成によるテレビドラマシリーズです(小松左京が大阪から原稿を送り週1回の放送を1人でこなすのは困難だったことから、脚本は平井和正との合作となっている)。"ピピ"の声は中村メイコで、主題歌の作曲は「銀河少年隊」('63年)、「空中都市008」('69年)と同じく冨田勲(1932-2016)でした。NHKのアーカイブで観たら、形式はコメディなのですが、中身は子どもの塾の問題とか扱っていて、結構シリアスだった?

空中都市008(中山千夏).jpg「空中都市008」●脚本:高垣葵●音楽:冨田勲(主題歌:中山千夏)●人形美術及び操作:竹田人形座●原作:小松左京●出演(声):里見京子/若空中都市008 [DVD].jpg山弦蔵/太田淑子/平井道子/山崎唯/藤村有弘/松島トモ子/熊倉一雄/古今亭志ん朝/松島みのり/大山のぶ代●放映:1969/04~1970/04(全230回)●放送局:NHK NHK人形劇クロニクルシリーズVol.3 竹田人形座の世界~空中都市008~ [DVD]

 空中都市0083.jpg


銀河少年隊 02.jpg「銀河少年隊」●脚本:若林一郎●音楽:冨田勲●人形製作:竹田喜之助(竹田人形座)●アニメーション:虫プロダクション●原作:手塚治虫●出演(声):安藤哲(ロップ[第1部])/白坂道子(ロップ[第2部以降])/若山弦蔵(花島博士[第1部])/天地総子(ポイポイ[第1部])/永井一郎(ダー[第1部]、テックス刑事[第2部])/安田まり子/相模武/太田淑子/高見理沙/木下喜久子/滝口順平/牟田悌三(語り[第1部])●放映:1963/04~1965/01(全92回)●放送局:NHK

宇宙人ピピ   .jpg宇宙人ピピ 00.jpg「宇宙人ピピ」●脚本:小松左京/平井和正●音楽:冨田勲(主題歌:中村メイコ)●人形製作:竹田人形座●原作:小松左京●出演(声):中村メイコ/安中滋/北条文栄/福山きよ子/梶哲也/安田洋子/小林淳一/大山尚雄/黒木憲三/酒井久美子/峰恵研/蔭山昌夫/加藤順一/乾進/中島浩二/若柳東穂/大山のぶ代/小泉博●放映:1965/04~1966/03(全52回)●放送局:NHK


【1969年単行本[講談社]/1981年文庫化[角川文庫]/2003年再文庫化[講談社・青い鳥文庫]】
  

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映画化で再注目された面もあるが、個人的には原作も映画も(特にそこに込められた毒が)好き。

チョコレート工場の秘密 yanase.jpg チョコレート工場の秘密 tamura1.jpg チョコレート工場の秘密 tamura 2.jpg  チャーリーとチョコレート工場 dvd.jpg Roald Dahl.png
チョコレート工場の秘密 (ロアルド・ダールコレクション 2)』柳瀬 尚紀:訳 クェンティン・ブレイク(イラスト)/田村 隆一:訳 J.シンデルマン(イラスト)(1972/09 評論社)/『チョコレート工場の秘密 (児童図書館・文学の部屋)』 田村 隆一:訳 J.シンデルマン(イラスト)(評論社・改訂版)/「チャーリーとチョコレート工場 [DVD]

Charlie and the Chocolate Factory1.jpgCharlie and the Chocolate Factory2.jpgCharlie and the Chocolate Factory.jpg 外界から隔離された巨大なチョコレート工場がある大きな町の片隅で、貧乏な暮らしを余儀なくされている少年チャーリーとその一家。ある日、チョコレート工場の工場主ウィリー・ワンカ氏が、自社のチョコレートの中に5枚のゴールデンチケットを隠し、チケットを引き当てた5人の子供を工場見学に招待すると発表する―。

Roald Dahl(著), Quentin Blake(イラスト)

 1964年にロアルド・ダール(Roald Dahl、1916-1990/享年74)が発表した児童小説(原題:Charlie and the Chocolate Factory)で、個人的には、子どもの頃に心と響き合う読書案内.jpg何となく見聞きした覚えがある気もしますが、最近ではまずティム・バートン監督、ジョニー・デップ主演の映画化作品「チャーリーとチョコレート工場」('05年/米)を観て、作者名と併せて再認識したのは小川洋子氏の『心と響き合う読書案内』('09年/PHP新書)で紹介されていたことによるものでした(周囲にも大人になって原作を読んだ人が多くいるような気がするが、映画の影響か)。

 子どもの頃のチョコレートが目一杯食べられたらいいなあという願望を投影した作品とも言えますが、小川氏の場合は、社会科の工場見学にわくわくした記憶が甦ったようで、その気持ちも分かる気がします。一方で、この作品の中にはちょっと怖い場面もありますが、これも童話につき物の「毒」のようなものとみることができるのではないでしょうか(この「毒」がいいのだが)。

 チャーリー以外の4人の悪ガキのうち、デブの男の子がチョコレートの川に落ちて吸い上げられたパイプに詰まったり、女の子が巨大なブルーベリーに変身させられたりするため、発表時はこんなものは子どもに読み聞かせ出来ないとの批判もあったそうですが、作者は毎晩自分の子どもたちに読み聞かせしているとして批判をかわしたそうな。但し、最初の草稿では、面白がって悪ガキを15人も登場させたら、さすがに試しに読んでもらった甥に「このお話は不愉快で嫌だ」と言われて書き直したそうです(「チョコレート工場の秘密の秘密」―『まるごと一冊ロアルド・ダール』より)。

 また、この作品の邦訳は、柳瀬尚紀氏の訳の前に田村隆一氏の訳がありますが(柳瀬尚紀氏の訳は映画化に合わせたものか)、田村隆一氏の訳では主人公の名前がチャーリー・バケットとなっているのに対し、柳瀬尚紀氏の訳ではチャーリー・バケツとなっているなど、登場人物名に作者が込めた意味が分かるようになっています(例えば、肥満の子どもだったら「ブクブトリー」とか)。この訳し方にも賛否両論があるようですが(小川洋子氏は、柳瀬訳は「手がこんでいる」としている)、既にオーソドックスな翻訳(田村訳)があることを前提にすれば、こうした訳もあっていいのではないかという気もします。個人的にはどちらも好きですが。

まるごと一冊ロアルド・ダール.jpgクェンティン・ブレイク.jpg 但し、挿絵は、柳瀬訳のクウェンティン・ブレイク(Quentin Blake、1932年生まれ)のものが良く、大型本である『まるごと一冊ロアルド・ダール』('00年/評論社)によるとロアルド・ダールは何人かの画家と組んで仕事をしているようですが、クウェンティン・ブレイクとのコンビでの仕事が最も多く、また、クウェンティン・ブレイクの絵は、ちょっとシュールな話の内容よくマッチしたタッチであるように思います。
まるごと一冊 ロアルド・ダール (児童図書館・文学の部屋)
         
チャーリーとチョコレート工場o.jpg このお話は、メル・スチュアート監督(「夢のチョコレート工場」('71年/米)ジーン・ワイルダー主演)と、先に述べたティム・バートン監督(「チャーリーとチョコレート工場」('05年/米))によってそれぞれ映画化されていますが、ジョニー・デップがチョコレート工場の工場主ワンカ氏に扮した後者「チャーリーとチョコレート工場」は比較的記憶に新しいところで、ジョニー・デップの演技力というより、演CHARLIE & CHOCOLATE FACTORYI.jpg出に「バットマン」シリーズのティム・バートン色を感じましたが、ストーリー的には原作を忠実になぞっています。男の子がパイプに詰まったり、女の子が巨大なブルーベリーに変身してしまったりするのもCGを使って再現していますが(映画館で近くに座った男の子が「CGだ、CGだ」といちいち口にしていた)、庭園のモニュメントや芝生はパティシェによって作られた本物の菓子だったそうです。

チャーリーとチョコレート工場 set.jpgティム・バートン「チャーリーとチョコレート工場」('05年/米)

チャーリーとチョコレート工場1.jpg 但し、ジョニー・デップ扮するワンカ氏が、幼少時代に歯科医である厳格な父親に半ば虐待に近い躾を受けたことがトラウマになっている"アダルトチルドレン"として描かれているのは映画のオリジナルで、これに原作の続編である『ガラスのCHARLIE & CHOCOLATE FACTORYR.jpg大エレベーター』('05年/評論社)の話をミックスさせて、ラストはワンカ氏がチャーリーとその家族を通して新たな「家族」に回帰的に出会う(トラウマを克服する)というオチになっており、やや予定調和的である気もしますが、プロセスにおいて悪ガキが散々な目に遭い、一方のワンカ氏はケロッとしている(或いはふりをしている)という結構サディスティックな「毒」を孕んでいるため、こうしたオチにすることでバランスを保ったのではないでしょうか(映画はそこそこヒットし、映画館はロード終盤でも週末はほぼ満席。結構口コミで観に行った人が多かったのか)。結局は「家族愛」に搦め捕られてしまったワンカ氏といった感じで、個人的には、折角の「毒」を弱めてしまった印象が無くもありません。

チャーリーとチョコレート工場 uppa.jpg 「2001年宇宙の旅」「サタデー・ナイト・フィーバー」「鳥」「サイコ」「ベン・ハー」「水着の女王」「アフリカの女王」「アダムス・ファミリー」「スター・ウォーズ」といった映画作品へのオマージュも込められていて、後でまた観直してみるのも良し。音楽面でもクイーンやビートルズ、キッスへのオマージュが込められています。こうした味付けもさることながら、ビジュアル面で原作の(クウェンティン・ブレイクの絵の)イメージと一番違ったのは、チョコレート工場で働くウンパ・ルンパ人(柳瀬訳は「ウンパッパ・ルンパッパ人」)でしょうか。ワンカ氏がアフリカの何処かと思しきジャングルの地から連れてきた小人たちですが、色黒のオッサンになっていたなあ。演じたのはディープ・ロイというケニア生まれのインド人俳優で、インドで26代続くマハラジャの家系だそうですが、この映画で165人のウンパルンパ役をこなしたとのことです。個人的には原作も映画も(特にそこに込められた毒が)好きですが、映画は子どもも楽しんでいたのでは。

Roald Dahl2.jpg単独飛行2.jpg ロアルド・ダールは学校を卒業して、まず石油会社に入社して最初の勤務地が東アフリカで、第二次世界大戦では空軍パイロットとして活躍したとのことですが、乗Roald Dahl going solo.jpgった飛行機が燃料切れを起こして墜落、九死に一生を得たとのこと。その後、文筆家として活動するようになり、まずアフリカで聞いた話やパイロット時代の経験を生かして短編小説を書き始め、やがて児童文学の方へ進んだとのことです。初期の作品は、自伝的短編集『単独飛行』('00年/早川書房)に収められているほか、『まるごと一冊ロアルド・ダール』('00年シンバ.JPG/評論社)でもその一部を読むことが出来ますが、最初に原稿料を貰ったのが、アフリカでライオンに咥えられ連れ去れたけれども無事だった女性を実際に目撃した話の記事だったというからスゴイね(「シンバ」―『単独飛行』より)。

『まるごと一冊ロアルド・ダール』('00年/評論社)

サン=テグジュペリ2.png宮崎駿2.jpg 自らの飛行機が墜落して生還するまでのドキュメントも記していますが、『夜間飛行』のサン=テグジュペリ(1900-1944)と、同じ飛行機乗りであって遭難も経験している点で似ており(サン=テグジュペリは第二次世界大戦中に撃墜されて結局不帰の人となったが)、あの宮崎駿監督は、サン=テグジュペリ同様にロアルド・ダールをも敬愛していて、自らの作品においてオマージュをささげたり、共に文庫本の作品の解説を書いたりしています(サン=テグジュペリ『人間の土地』(新潮文庫)とロアルド・ダール『単独飛行』(ハヤカワ・ミステリ文庫))。

007は二度死ぬ チラシ.jpgチキ・チキ・バン・バン 01.jpg 因みに、ロアルド・ダールは「007シリーズ」のイアン・フレミング(1908-1964)と親交があり、映画007は二度死ぬ」('67年/英)と「チキ・チキ・バン・バン」('68年/英)の脚本も手掛けています(イアン・フレミングが「チキ・チキ・バン・バン」の原作者と知った時は今一つぴんとこなかったが、間に児童文学作家ロアルド・ダールが噛んでいたのか)。

チャーリーとチョコレート工場 dvd2.jpg「チャーリーとチョコレート工場」●原題:CHARLIE & CHOCOLATE FACTORY●制作年:2005年●制作国:アメリカ●監督:ティム・バートン●製作:ブラッド・グレイ/リチャード・D・ザナック●脚本:ジョン・オーガスト●撮アナソフィア・ロブ.jpg影:フィリップ・ルースロ●音楽:ダニー・エルフマン●原作:ロアルド・ダール●時間:115分●出演:ジョニー・デップ/フレディ・ハイモア/デヴィッド・ケリー/ヘレナ・ボナム=カーター/ノア・テイラ/ミッシー・パイル/ジェームズ・フォックス/アナソフィア・ロブ/アダム・ゴドリー/アダム・ゴドリー/ディープ・ロイ/クリストファー・リー/ジュリア・ウィンター/ジョーダン・フライ/フィリップ・ウィーグラッツ/リズ・スミス●日本公開:2005/09●配給:ワーナー・ブラザーズ●最初に観た場所:丸の内TOEI2(05-10-23)(評価:★★★☆)アナソフィア・ロブ(AnnaSophia Robb) in 「ソウル・サーファー」('11年)/「チャーリーとチョコレート工場」('05年)
丸の内東映.jpg丸の内toei.jpg丸の内TOEI2(銀座3丁目・東映会館) 1960年丸の内東映、丸の内東映パラスオープン(1992年~丸の内シャンゼリゼ)→2004年10月~丸の内TOEI1・2

【1972年単行本[評論社(児童図書館・文学の部屋)/田村隆一:訳(『チョコレート工場の秘密』)]/2005年単行本[評論社(ロアルド・ダールコレクション)/柳瀬尚紀:訳(『チョコレート工場の秘密』)]】

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20年以上続いたシリーズの記念すべき単行本第1冊。著者はビリー・ワイルダーがお好き?

お楽しみはこれからだ  1 - コピー.jpg和田 誠 氏.jpg 和田 誠 氏 麗しのサブリナ bl.jpg 麗しのサブリナ 3.jpg 
お楽しみはこれからだ―映画の名セリフ』「麗しのサブリナ [Blu-ray]」Humphrey Bogart, Audrey Hepburn, William Holden

 本書は、「キネマ旬報」に1973(昭和48)年から連載されたもので、単行本で全7冊あるシリーズの第1作目です。サブタイトルにあるように、映画の名セリフを素材に映画批評と言うよりエッセイ風に書いていますが、それにイラストを組み合わせるスタイルになっています。

 和田誠(1936年生まれ)氏は古い映画を非常によく観ていて(まあ、単行本初版が1975年であるため、それより以前の映画の話しか出てこないわけだが)、しかも、ビデオもそう普及していない時代に、よくセリフを記憶しているものだなあと感心させられます。

 一部シナリオに頼ったりしているそうですが殆ど自分の記憶頼みで、従って連載中に映画通の読者や評論家から誤りを指摘されることもあったとのことですが、単行本化に際して間違っているところは修正したとのこと。それにしてもやっぱりスゴイ記憶力だなあと。故・淀川長治なども尋常でない記憶力だったようですが、本当に映画が好きで、何回も観ているのでしょう。

 自分があまり面白いと思わなかった映画は、その理由も含め正直に書いているのもいいです。一方、この人の一番好きな監督は、表紙に「サンセット大通り」('50年)がきていることから、やはりビリー・ワイルダーでしょうか(自分も個人的に高く評価している監督なのだが)。しかしながら、この本で最も多く登場する作品は「カサブランカ」('43年)で、やはりあの作品は名セリフの宝庫だということなのでしょう。

麗しのサブリナ tirashi.png ボギーことハンフリー・ボガートが出演したビリー・ワイルダー作品では「麗しのサブリナ」('54年)があり、ここではボガートの「ぼくをみてください。神経痛の大学生だ」というセリフを取り上げていますが、堅物の兄ボガートが、遊び人の弟ウィリアム・ホールデンから女の子オードリー・ヘプバーンを引き離すために自分が代わりにデートする、その際に無理矢理若作りしている自分のことを自嘲気味に父親に言うセリフです。

麗しのサブリナ b&h.jpg この作品は、ボガートがコメディタッチの演技を見せ(しかもラストは女の子を追いかけるために飛んでいく)、三島由紀夫.jpgそれが彼にあまりに似合っていないのではないかということで、一般の評価はそう高くないように思いますが、本書では、三島由紀夫がこのセリフを言うボガートを評して、「これ以上の適役はなかろう」と当時の「スクリーン」誌に書いていることを取り上げ、「こんな文章を読むと、とてもあのような死に方をする人とは思えないのだ」と書いているが印象深かったです(和田氏がこの文章を書いている時は、三島の自決からまだ3年と経っていない)。

麗しのサブリナ32.jpg 「麗しのサブリナ」は、サミュエル・テイラーの舞台劇を映画化したもので、「ローマの休日」に続くヘプバーン主演第2作。運転手の娘が何故ジバンシィを着ているのかというのはあるけれ麗しのサブリナ02.jpgど(ジバンシィがヘプバーンのドレスを最初にデザインしたのがこの作品だが、ジバンシィはヘプバーンと顔を合わせるまで、自分が衣裳を担当する女優はキャサリン・ヘプバーンだと思っていた)、モノクロのせいか、ヘプバーンの美しさ、可憐さという点では「ローマの休日」と並んで一番の作品ではないかと思います。でも、ビリー・ワイルダーの演出も結構しっかりしていて、そこがまた見所だったのかも(因みに、ボガートは撮影中、ヘプバーンの演技の未熟さにややウンザリさせられていたという話もある(エドワード・ルケィア『ハリウッド・スキャンダル』より))。

 久しぶりの読み直しで、いろいろなことを思い出させてくれる本―と言うより、殆ど忘れてしまっていたなあという感じで実質的には初読に近かった? こういう本って、手元に置いておいて、時々ぱらぱらめくって楽しむのがいいのでしょう。ただ、回ごとの繋がりが良いせいもあって、読み始めると止まらなくなるという面もあります。

 一冊に連載30回分が纏められているそうで、連載1回につき8ページ(「キネ旬」誌上では4ページ)というのは結構きつかったのではないでしょうか。因みに第7巻(PART7)までの累計ページ数は1,757ページで、その第7巻は1995年刊行されていますから、第1巻である本書の刊行から20年、連載としては22年続いたことになりますが、連載を終える際に和田氏は、これでもう映画を観なくなってしまうのではと自分で心配したというから、連載が新たに映画を観たり古い映画を観直したりする動機づけになっていた面はあるのでしょう。

SABRINA 1954 08.jpg麗しのサブリナ dvd.jpg「麗しのサブリナ」●原題:SUBRINA●制作年:1954年●制作国:アメリカ●監督・製作:ビリー・ワイルダー●脚本:ビリー・ワイルダー/ サミュエル・テイラー/アーネスト・レーマン●撮影:チャールズ・ラング・Jr●音楽:フレデリック・ホランダー●原作:サミュエル・テイラー●時間:113分●出演:オードリー・ヘプバーン/ハンフリー・ボガート/ウィリアム・ホールデン/ジョン・ウィリアムズ/マーサ・ハイヤー/ジョーン・ヴォーンズ/ウォルター・ホールデン●日本公開:1954/09●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアター (85-04-27)(評価:★★★★)●併映「失われた週末」(ビリー・ワイルダー)
麗しのサブリナ [DVD]

お楽しみはこれからだ  vol1.jpg

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安西氏が急逝した今となっては貴重なコラボ。文庫化されて入手し易く気軽に読めるのが有難い。

『青豆とうふ』.jpg青豆とうふ.jpg 青豆とうふ 文庫.jpg 安西 水丸.jpg   『パートナーズ』[08年].jpg
青豆とうふ』['03年] 『青豆とうふ (新潮文庫)』['11年]安西 水丸(1942-2014.3.19/享年71)『パートナーズ』['08年]

 今年('14年)3月19日に脳出血のため71歳で亡くなったイラストレーターの安西水丸(1942年生まれ)氏と、同じくイラストレーターの和田誠(1936年生まれ)氏のリレーエッセイで、安西氏が文章を書くときは和田氏がイラストを描き、和田氏が文章を書くときは安西氏がイラストを描くという、この二人ならではのコラボレーションです。

チャペック「ロボット」2.jpg イラストレーターが二人寄れば同じことは出来そうにも思えますが、やはりそこはこの二人ならではと言うか、最初が「ハゲの話」で始まって、最後も「ハゲの話」で終わっていて、共にショーン・コネリーの話になっているという循環構造を成しているのも洒落ていますが、チャペックの「ロボット」から美空ひばり、キングコング、市原悦子、寺山修司、怪奇的体験、ジェイムズ・スチュアート、IVYファッション、映画で観た景色...と、とにかく文章や話題のつなぎ方が上手いなあと思います。

村上春樹 09.jpg 二人の文章の上手さは、あとがきの村上春樹氏も絶賛していますが、この本のタイトルは、安西氏が村上氏にタイトルをどうしょうか相談した時に二人が中華料理店で食べていたのが「青豆とうふ」だったというところから村上氏が「青豆とうふ」と名付けたということで、こうした"軽さ"と言うか"ユルさ"もいいなあと思いました。

 但し、ユルい話も結構多い中で、こと映画の話になると二人ともかなりマニアックになるのが面白いです。和田氏が高校時代にジェイムズ・スチュアートに絵入りのファンレターを出したら返事が来たというのなどは、その典型でしょうか。

 読んでいるうちに、今どちらが文章を書いていてどちらがイラストを描いているのか判らなくなるくらい、二人の文章と絵が次第に似てくると言うか、溶け込んでくるのですが、これ、計算してやっているとすればスゴイなあと。

 しいて言えば、安西氏が和田氏を描くことは少なく、描いてもあまり真正面から捉えないのに対し、和田氏は安西氏の正面から見た無精髭のある顔を描いていて、それでふと今和田氏が文章を書いているんだなとか思い出したりするのですが、この辺りは業界の先輩・後輩の関係とか影響しているのかなあ。

 この二人はその後、『パートナーズ』('08年/文藝春秋)でもコラボしており、こちらは「ライバルともだち」と「ことわざバトル」の二分冊になっていますが、例えば「ことわざバトル」の場合は、二人で諺を選び、それぞれについて文章担当を決めた上でイラストは半分ずつ受け持つという試みをしていて(一枚の紙に、先に描く方が左側に描き、描き終ったところで絵を交換し、空いている右側に絵を描く)、これを見ても二人の絵は似ているなあという気がします。

 どちらかと言うと、安西氏の方が和田氏の画風を意識してトーンを揃えていうような気がするのですが、他の作品におけるそれぞれの画風を十分にチェックしたわけではないので何とも言えません。

 ただ、安西氏が急逝して、こうしたコラボの機会が将来に渡って望めなくなったことは残念であり、寂しく思います。今となっては貴重なコラボですが、文庫化もされて入手し易く気軽に読めるのが有難いです。

【2011年文庫化[新潮文庫]】

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作者が本当にやりたかったのは漫画よりアニメーションであったことを如実に窺わせる。

フィルムは生きている2.jpg  西遊記 1960 poster.jpg 西遊記 [DVD].jpg   悟空の大冒険01.jpg
フィルムは生きている』「西遊記」(1960年)ポスター「西遊記 [DVD]」「悟空の大冒険 Complete BOX [DVD]
函入愛蔵版(装丁・装画:和田 誠
フィルムは生きている.jpg マンガ映画を作ることを夢見て地方から東京に出てきた青年・宮本武蔵は、アニメ制作会社へ入社を申し出るが、アニメ作家・壇末魔から「絵の動きが死んでいる」と評されて叶わず、街頭で似顔絵を描いて暮らしていた。そして、その際に出会った、やはりマンガ映画を目指している佐々木小次郎と意気投合し、同居を始める。2人は共同でマンガ映画を作ろうとしたが、どちらの作ったキャラクターを主人公にするかで対立して喧嘩別れしてしまう―。

フィルムは生きている 手塚治虫.jpg 「フィルムは生きている」は、学研の「中学1年生コース」(1958(昭和33)年4月号~1959(昭和34)年3月号)、「中学2年生コース」(1959年4月号~1959年8月号)に連載されもので、これまでも単行本化されたり文庫に収められたりしていますが、本書では、連載第1回のカラーページ部分を再現し、各回の扉絵も収録され、その他に、作者自身が日本マンガ映画史を辿った「マンガ映画 メイドイン・ジャパン」なども巻末にあります。装丁・装画は和田誠氏で、和田氏も巻末に「手塚さんとの出会い」という小文を寄せています。

手塚治虫漫画選集5 「フィルムは生きている」.jpg 物語は、武蔵と小次郎の巌流島の決闘に懸けた「アニメ対決」へと向かっていきますが、一方で、後半に武蔵は視力低下に苦しむことになり、この辺りはベートーヴェンの後半の生涯に重ねた味付けになっています。
『手塚治虫漫画選集5「フィルムは生きている」』(1959)

フィルムは生きている (小学館文庫).jpg 武蔵は明らかに作者自身を投影したキャラクターだと思われますが、興味深いのは、一度は200万部の発行部数を誇る雑誌「少年パック」の一番の人気漫画家となった武蔵が、漫画家の"宍戸梅軒"から「マンガ映画を無理に捨てた武蔵は、自分の心を殺したぬけがらだ」と指摘され、漫画を捨ててマンガ映画に打ち込むというストーリーになっている点で、作者が本当にやりたいのはアニメーションであったことを如実に窺わせるものとなっている点です。
フィルムは生きている (小学館文庫)

 実際には作者は、自らのプロダクション創設後も漫画を描き続けますが、それは漫画がアニメーション制作の資金を稼ぐための手段だったのかもしれません。1961年にプロダクション内に動画部を設立、これが後の虫プロダクションになります。

西遊記 1960.jpg 一方、「マンガ映画 メイドイン・ジャパン」の最後に、東映が「少年猿飛佐助(壇一雄作)」に続いて「西遊記(手塚治虫作)」を製作中であるとありますが、「手塚治虫作」と言いつつ、出来上がった「西遊記」('60年/東映)は、あくまでもそれまでの「白蛇伝」('58年/東映)から次回作の「安寿と厨子王丸」('61年/東映西遊記 1960 2.jpg)にかけての流れの中にあるもので(監督・演出は何れも藪下泰司)、あまり手塚カラーというのが感じらないと言うか、逆にその分、時々「ここは手塚治虫だなあ」と思わせる部分があって、手塚的キャラクター及びその動きの描き方と、当時の東映アニメ調のキャラクター及びその動きの描き方とが全く異質であったことが窺えるものとなっています(但し、実際には手塚治虫は構成のみに関与し、作画には携わっていない)。

悟空の大冒険02.jpg やがて手塚治虫は、「鉄腕アトム」(自らのプロダクションのTVアニメ第1作)の後番組として'67年に「悟空の大冒険」を手掛けることになりますが、やはり、自分のプロダクションで自分の作りたい孫悟空のアニメを作りたいと思ったのではないでしょうか。しかし、手塚治虫のオフィシャルサイトによると、「パイロット版「孫悟空が始まるよー」が悟空が真面目過ぎると子どもたちからの批判を受けて、大幅に設定が改められ、ならば徹底的に不真面目にしてやろうと、スタッフも当時としてはかなり実験的な試みを行い、現代っ子らしいヤンチャ坊主にしたら、今度は「言葉遣いが汚い!」とPTAからの大批判を受けて、放映打ち切りに追いこまれてしまいました」とのことで(放送予定本数は52本だったが39本の放送で終了)、やはりいろいろ苦労はあったようです。

 「西遊記」の仕事を通して手塚が得た教訓は「自分が表現したいことを表現するためには、自分の金で作らなければ駄目だ」ということであったと言われています。しかし、アニメ作りは膨大な人手と手間がかかることから、そのための費用を漫画の仕事によって捻出するという構造は続けざるを得ず、手塚は創作と経営の狭間で常に苦悩し、ある時期ヒット作を生み出しながらも、虫プロダクション(旧)は'73年に倒産します。やはり、当初アニメは、急速に伸びつつも不確実性要素の多い新興ベンチャーのようなものであり、そうした中でテレビ局などは、プロダクションとの関係において自分たちに有利な(危険負担は少なく利益は大きい)契約を結ぶことに注力し、一方のプロダクション側には、そうした交渉ごとのプロというのがいなかったのではないかと思われます。漫画の主人公も苦労しているけれども、現実は現実で、なかなか漫画のようにはいかない面も多かったのではないでしょうか。

「西遊記」1960年.jpg「西遊記」●制作年:1960年●監督:藪下泰司(演出)/手塚治虫(構成)●製作:大川博●脚本:植草圭之助/手塚治虫●撮影:大塚晴郷●音楽:服部良一●原作:手塚 治虫●時間:88分●声の出演:小宮山清/新道乃里子/木下秀雄/篠田節夫/関根信昭/植草圭之助●公開:1960/08●配給:東映(評価:★★★)

悟空の大冒険 03.jpg「悟空の大冒険」●監督:杉井ギサブロー●プロデューサー:川畑栄一●演出:出崎統ほか●脚本:菅野昭彦ほか●音楽:宇野誠一郎●原作:手塚治虫●出演(声):右手和子/増山江威子/野沢那智/愛川欽也/ 滝口順平/近石真介/小原乃梨子/熊倉 一雄/三輪 勝恵/大竹 宏/雨森 雅司/小林 清志●放映:1967/01~09(全39回)●放送局:フジテレビ

【1959年単行本[鈴木出版『手塚治虫漫画選集』第5巻]/1967年再録[「COM」3月号・4月号(『名作劇場』)]/1969年新書化[小学館『ゴールデン・コミックス手塚治虫全集』]/1977年文庫化[講談社『手塚治虫漫画全集』]/1998年再文庫化[小学館文庫]/2011年再文庫化[講談社『手塚治虫漫画全集』]/2014年復刻版(函入愛蔵版)[国書刊行会]】

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観客参加型ムービー「ロッキー・ホラー・ショー」。同じくアナーキーな雰囲気を醸す「ベルリンブルース」。

ロッキー・ホラー・ショー チラシ.jpg THE ROCKY HORROR SHOW 1975.jpg   ベルリンブルース 英字.jpg Stadt der Verlorenen Seelen 0.jpg
ロッキー・ホラー・ショー [DVD]」ティム・カリー(左)/スーザン・サランドン(右手前) 「ベルリンブルース」STAD DER VERLORENEN SEELEN, BERLIN BLUES(CITY OF LOST SOULS)

THE ROCKY HORROR SHOW 1975.jpg  恩師スコット博士に婚約の報告に出かけた恋人同士のブラッド(バリー・ボストウィック)とジャネット(スーザン・サランドン)は、嵐の中で道に迷った末に山中で車がパンクしてしまい、電話を借りようと近くの古城を訪ねるが、そこでは奇怪なパーティーが開かれていた。城主フランクン・フルター(ティム・カリー)は変わった人物で、彼自身が作った人造人間、ブロンドで筋肉質の美男子「ロッキー」を披露する。そしてフルターとロッキーは、結婚するような演出でベッドのある部屋へと向かうが、ジャネットがロッキーの虜になってしまう。さらに、バイセクシュアルのフルターは、ジャネットとブラッドの両方と関係を持ってしまう―。

ロッキー・ホラー・ショー.jpg ジム・シャーマン監督の「ロッキー・ホラー・ショー」('75年/英)は、最初に名画座で観た時はロック・オペラってこんなのもあるのかという感じで(元々はロンドンで初演された劇場ミュージカル)、併映のロマン・ポランスキーの「ファントム・オブ・パラダイス」('74年/米)の方がミュージカル調の場面は少ないにも関わらずそれらしく感じられ、この作品はよく分らんという印象でした。

シネマライズd.JPG それが2度目に渋谷のシネマライズ渋谷(当時、地下1階にあったスクリーン)で観た時には、米国からシネセゾンが招聘したと思われるコスプレ軍団が来日していて(日本でもパフォーマンス参加者を募集した)、映画館の最前列で映画に合わせて踊ったり、紙吹雪や米を撒いたり、雨のシーンでは如雨露で水を撒いたりして観客も大ノリでした。その時初めて、ああ、これ、こうやってパーティ形式で観るものなんだと初めて知りました。本国でも公開当初は不評だったのですが、深夜興行されるようになって「観客体験型」ムービーとしてカルト化したようです。日本でもシネマライズ渋谷での上映期間中に自発的にパフォーマンスに参加する人がどんどん増えていったとのことですが、それ以前から、英字新聞にパブなどでの深夜興行の広告が出ていた記憶があります(今はAmazonでコスプレ衣裳が買える)。

ベルリンブルース 1.gif ベルリンにあるハンバベルリンブルース03.jpgーガー・ショップ「バーガー・クイーン」は、NYのハーレム出身ダンサーでトランスベイター(性転換者)のアンジー・スターダストが経営する店であり、類が友を呼んで世間のはみ出し者の米国人たちの溜まり場になっている。"バーガー・クイーン・ブルース"を歌うライラは、売春街から東ドイツへ渡って成功したパンク・スター、エロチックな空中ブランコ・ショウを見せるためにやって来たジュディスとパートナーのトロンは、アンジーの"スターダスト・ペンション"に棲むことになるが、隣部屋の売れない黒人ダンサーのゲイリーが魔術や妖術に凝っていて、自室に火をつけてしまう。ストリッパーのタラもトランスベイター(日本流に言えばニューハーフ)で、夜毎、違う男をベッドに連れ込んで同居人のロレッタを困らせる。「バーガー・クイーン」の店員ヨアキンも、ショービジネスのスターをめざす両性具有者(アンドロギュヌス)である―。

ベルリンブルース 0.jpg 「ベルリンブルース」('83年/西独)は、公開された時に「ロッキー・ホラー・ショー」の再来と言われた、西ドイツの異色監督ローザ・フォン・ブラウンハイムの1986年作品で、ドイツらしいアナーキーな雰囲気に満ちたカルト・ムービーですが、不快感とかは無く最後まで楽しめました(むしろ最後の大合唱は、マイノリティの人たちが誇り高く生き続けることを宣言しているようで感動させられた)。ブラウンハイム監督自身もホモセクシュアルであることを公言し、同性愛者や性的倒錯をテーマに撮りまくっていて、出演者たちも実在のベルリン在住アメリカ人グループで、実名で出ていて現実の仕事と同じ役どころを演じています(つまり皆、本人役で出ているということ)。

BAGDAD CAFE 2.jpg 後にパーシー・アドロン監督の「バグダッド・カフェ」('87年/西独)を観た時、ドイツから米国に旅行に来た女性が、様々な人々がいる多国籍風カフェの周辺に棲み込んでしまうという点で、この米国人がドイツのバーガー・ショップ付近に棲みつく「ベルリンブルース」と丁度真逆だなあと思ったことがありますが、「バグダッド・カフェ」も「バーガー・クイーン」ほどお下劣ではないですが、そこに暮らす人たちがショーみたいなことをやっていて、それが無国籍風と言うか、ややアナーキーな雰囲気も醸していました。
BAGDAD CAFE

 この作品「ベルリンブルース」が公開された時は、ライザ・ミネリの「キャバレー」('72年/米)のベルリン版とも言われましたが、もっとキッチュな感じのパンク系ミュージカル(仕立て)と言うか、雰囲気的にやはり「ロッキー・ホラー・ショー」に近いように思われます。

ロッキー・ホラー・ショー_1.jpgロッキー・ホラー・ショーs.jpgロッキー・ホラー・ショー (1976).jpg「ロッキー・ホラー・ショー」●原題:THE ROCKY HORROR SHOW●制作年:1975年●制作国:イギリス●監督:ジム・シャーマン●製作:作 マイケル・ホワイト●脚本:ジム・シャーマン/リチャード・オブライエン●撮影:ピーター・サシツキー●音楽:リチャード・ハートレイ●時間:99分●出演:ティム・カリー/バリー・ボストウィック/スーザン・サランドン/リチャード・オブライエン/パトリシア・クイン/ジョナサン・アダムス/ミート・ローフ/チャールズ・グレイ●日本公開:1978/02●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:五反田TOEIシネマ(83-02-06)●2回目:シネマライズ渋谷(地下1階)(88-07-17)(評価:★★★?)●併映(1回目):「ファントム・オブ・パラダイス」(ブライアン・デ・パルマ)
シネマライズ2.jpgシネマライズ.bmpシナマライズ 地図.jpgシネマライズ渋谷1986年6月、渋谷 スペイン坂上「ライズビル」地下1階に1スクリーン(220席)でオープン。1996年、2階の飲食店となっていた場所に2スクリーン目を増設。「シネマライズBF館」「シネマライズシアター1(後のシネマライズ(2シネマライズ BF.JPGF))(303席)」になる。2004年、3スクリーン目、デジタル上映劇場「ライズX(38席)」を地下のバースペースに増設。地下1階スクリーン「(元)シネマライズ渋谷」2010年6月20日閉館、跡地はライブハウス「WWW」に(地下2階「ライズⅩ」2010年6月18日閉館、地上2階「シネマライズ」2016年1月7日閉館

シネマライズBF館(前・シネマライズ渋谷)
        
「ベルリンブルース」●原題:STAD DER VERLORENEN SEELEN, BERLIN BLUES(CITY OF LOST SOULS)●制ベルリンブルース vhs.jpgベルリンブルース 輸入.jpg作年:1983年●制作国:西ドイツ●監督・脚本・製作:ローザ・フォン・ブラウンハイム●撮影:シュテファン・ケスター●音楽:ホルガー・ミュンツァー/アレクサンダー・クロート●美術:インゲ・スティボルスキー●時間:91分●出演:レアンジー・スターダスト/ジェイン・カウンティ/ジュディス・フレックス/ロン・フォン・ハリウッド●日本公開:1986/10●配給:ユーロスぺース●最初に観た場所:渋谷・ユーロスペース(86-12-06)(評価:★★★★)ベルリン・ブルース [VHS]

《読書MEMO》
絶対に見たほうがいいカルト映画30選 コタク・ジャパン
1.『ロッキー・ホラー・ショー』
2.『ドニー・ダーコ』
3.『イレイザーヘッド』
4.『ゴーストハンターズ』
5.『ZOMBIO(ゾンバイオ)/死霊のしたたり』
6.『地球に落ちてきた男』
7.『裸のランチ』
8.『プライマー』
9.『ゼイリブ』
10.『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』
11.『レポマン』
12.『アルタード・ステーツ/未知への挑戦』
13.『チェリー2000』
14.『ブラザー・フロム・アナザー・プラネット』
15.『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』
16.『死霊のはらわたll』
17.『バンデットQ』
18.『バカルー・バンザイの8次元ギャラクシー 』
19.『スリザー』
20.『ダーク・スター』
21.『プラン9・フロム・アウタースペース』
22.『ハンガー』
23.『デス・レース2000年』
24.『Tales from the Hood』
25.『シャークトパス』
26.『Born in Flames』
27.『ロストボーイ』
28.『ウォリアーズ』
29.『トレマーズ』
30.『未来惑星ザルドス』

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主人公の思惟もハードボイルドな雰囲気も楽しめた。プロットの方がむしろそれらの背景か。

この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 単 上.jpg この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 単下.jpg  この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 文 上.jpg この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 文下.jpg
この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 上 (100周年書き下ろし)』『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 下 (100周年書き下ろし)』『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 上 (講談社文庫)』『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 下 (講談社文庫)

 2009(平成21)年・第22回「山本周五郎賞」受賞作。講談社創業100周年記念書き下ろし作品。

 数々のスクープを物してきた「週刊時代」43歳の敏腕編集長カワバタ・タケヒコは、ある日、仕事をエサに新人グラビアアイドルのフジサキ・リコを抱いた。政権党の大物政治家Nのスキャンダルを追う中、そのスキャンダルを報じる最新号の発売前日に禊のつもりで行ったその場限りの情事のはずだったが、彼女を抱いた日から、彼の人生は本来の軌道を外れて転がり出す―。

 語り手の「僕」(カワバタ・タケヒコ)の意識・思考・回想が現在進行している日本と世界の現実を背景に延々と語られますが、「格差」の問題等を語るに際して、そこに、ミルトン・フリードマン『政府からの脱出』、堤未果『ルポ貧困大国アメリカ』、湯浅誠『貧困襲来』、岡田克也『政権交代この国を変える』、ポール・クルーグマン『格差は作られた』など多くの書籍からの引用があり、それだけでなく、立花隆『宇宙からの帰還』ほか理系書などからの引用を通して生命論や死生観まで語っています。

 こうした夥しい引用から、「新しい啓蒙小説と言えるのかもしれない」(ノンフィクション作家・久田恵氏)などと評され、山本周五郎賞の選評でも「これだけ深く思惟している小説は近年稀である」(作家・浅田次郎氏)との感想もあった一方で、「装飾物」が多くてまどろっこしかったなどといった意見も聞かれ、「引用過剰」の表現スタイルそのものが賛否両論を醸した作品と言えるかと思います。

 個人的には、そうした主人公の思惟の部分は興味深く読めましたが(フリードマン、ボロクソだなあ)、むしろ、ガン再発の恐れという極めて個人的な懸念事項を抱えながら、雑誌編集者としてドロドロとした(どこの会社にもありそうな社内抗争も含めた)現実社会に生きる主人公の人生に、ある種の虚無感を孕んだハードボイルドな生き方の一類型を見る思いがしました。

 一方、ストーリーの方は、こういうのってオチが無いのだろうなあと思って読んでいたら、ラストはちゃんと捻ったプロットになっていて、振り返ってみれば伏線らしきものもあったような。但し、最後、まるで後日譚のようにばたばたっとその辺りが明かされていて、この作品におけるプロットの位置づけがややはっきりしなかったかも。

 山本周五郎賞の選評で浅田次郎氏は、「むしろミステリーの枠に嵌めることによって、作品は矮小化されてしまったのではあるまいか」とも言っていて、北村薫氏も「この結末には、急ぎ過ぎたのではないかということも含めて、疑問が残った」と言っています。しかしながら、小池真理子氏、重松清氏の2名の選考委員の強い推薦があって、池井戸潤氏の『オレたち花のバブル組』(TVドラマ「半沢直樹」の原作)などを抑えて山本周五郎賞を受賞しています(小池真理子氏は「選考委員を続けていてよかったと思える作品に巡り合えた」とし、重松清氏は「胸をえぐられるような思いでページをめくった作品は候補作の中では白石さんのものだけだった」と述べている)。直木賞の選考などでもそうですが、やはり○や△が並ぶよりも◎が複数あるのが強いようです。個人的にも、『オレたち花のバブル組』よりはこちらが上かなあ。『オレたち花のバブル組』はまあ池井戸潤氏の作品の中でも"劇画"のような作品であり、この白石氏の作品とは全く異質で比較するのは難しいけれど...。

 この作品の主人公カワバタ氏の思惟の部分については、全てについて賛同出来るわけではないですが、こうした表現形式そのものが現代的とも言えるし(実際に現代社会に生きている人間はメディア等から様々な情報を得て、都度それを評価しているわけだ。逆に、普通の小説でそうしたものが出て来なさすぎるのかも)、また、主人公の生活と意見を記述するという意味では、クラシカルな私小説的手法とも言えるかもしれません。

 星5つにしなかったのは、これも山本周五郎賞選考委員の篠田節子氏が言うように、「思索内容と主人公の状況や行動の間にもう少し緊密な関連があれば、より掘り下げた形で、テーマに肉薄できたのではないか」という点でやや引っ掛かったから。でも、主人公の思惟もハードボイルドな雰囲気も楽しめました。プロットの方がむしろそれらの背景のようなものだったのではないでしょうか。

【2011年文庫化/講談社文庫(上・下)】

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テレビ版の方はテレビ版の方で、独自の世界を確立してしまった感じ。

Father Brown Complete Series 2 - BBC.jpgThe Pride of the Prydes father brown.png the shadow of the scaffold father brown 2.png
Father Brown Complete Series 2 [DVD] /S2 #3 "The Pride of the Prydes" /#4 "The Shadow of Scaffold"

The Pride of the Prydes.jpgブラウン神父 2-3-1.jpg 貴族のプライド家の領地を案内するツアー中、ガイド役を務めるオードリーが矢で射殺される事件が発生する。オードリーは教会でプライド家について調査をしていて、彼女のおせっかいを疎む人物は多かった。魔女に呪われているという言い伝えのあるプライド家がひた隠す秘密にブラウン神父(マーク・ウィリアムズ)が挑む―(第3話"The Shadow of Scaffold")。

ブラウン神父 2-3-3.jpg BBC「ブラウン神父」シーズン2(全10話)の本国放映は2014年1月で、日本では第1話・第2話が'14年5月、第3話以降は8月に放映されました(その際に、シーズン1(全10話)とシーズン2第1話・第2話も再放送された)。

ブラウン神父 2-3-2.jpg この第3話は、連続殺人の最初の殺人の動機がさっぱり分からず、従って犯人も見当がつきませんでしたが、動機はあって無いようなものだったなあ。魔女の呪いは、プライド家の長子に連綿と効いていたわけかあ。精神障害に対する偏見があるように感じられるのがやや引っ掛かりました。

 最初の殺人の犯人が2番目の犯人と同じでも良かったかとも思いましたが、そしたら2番目の殺人は起きなかったことになるのか。人の作った話にケチをつけるのは簡単だけど、いじるとなると難しいね(評価★★★)。

ブラウン神父 2-4-0.jpg 夫アイバン殺しの容疑で逮捕されたバイオレットの元を、ブラウン神父は告解を聞くために訪れる。しかし、バイオレットは潔白を訴え、妊娠していると告げる。事件の真相解明に乗り出した神父は、精肉店を営む一家が事件に関わっていると確信する。特にアイバンの母親はバイオレットを憎んでいた。フェリシアは、週に1度、彼女を癒す目的で朗読に訪れていた―(第4話"The Shadow of Scaffold")。

ブラウン神父 2-4-2.jpg 第4話は面白かった、と言うか、ヒロインをヒロインとしてパターンで観てしまたったため、最後に真犯人が捕まった後に、その"ヒロイン"であるところのバイオレットについて明かされた事実というのが意外でした。サリバン警部補は事件の全容解明よりもとにかく早いところ犯人を縛り首にしたいという感じだなあ。

ブラウン神父 2-4-1.jpg 一方のブラウン神父はバイオレットの秘密を鋭く見抜いたわけですが、結局、サリバン警部補には話さず自分で裁いてしまっていたなあ。尼さんにしちゃったわけ。"大岡裁き"と見做すには結構ビミョーな裁定でした。でも、まあそれなりに楽しめましたけれど(評価★★★☆)。

 テレビ版はブラウン神父は原作のようにあちこち旅せず、ホームグランドに腰を落ち着けてしまっている分、50年代のイギリスの田舎町の風情や人々の暮らしぶりがじっくり味わえるという利点があるようにも思います

 そもそも原作の時代設定は20世紀初頭なのですが、それを50年代に置き換えているということもあって、テレビ版の方はテレビ版の方で、独自の世界を確立してしまった感じでしょうか。まあ、気楽に観ることができてそこそこ楽しめる(時にケチもつけてみたくなったりする)シリーズではあります。

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