【2173】 ◎ アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ (堀口大學:訳) 『夜間飛行 (1956/02 新潮文庫) 《(1934/07 第一書房)》 ★★★★☆

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本当の英雄というのは、自分が英雄であることに気づいない。

『夜間飛行』0.JPG
夜間飛行 文庫 旧.jpg 1931年 夜間飛行 サン=テグジュペリ.jpg サン=テグジュペリ1.png couv15318698.jpg
夜間飛行 (新潮文庫)』新カバー版イラスト:宮崎駿/旧カバー版/企画タイアップカバー Antoine de Saint-Exupéry,1900-1944 FOLIO版(2007)

Saint-Exupéry Vol de nuit 1963.jpgVol de nuit Saint-Exupéry 3.jpgSaint-Exupéry Vol de nuit.jpgSaint-Exupéry Vol de nuit 2.jpg 表題作「夜間飛行」(Vol de nuit)は、郵便輸送のためのパイロットとして欧州南米間の飛行航路開拓などにも携わったアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(1900-1944)が、「南方郵便機」(1929)でデビューした2年後の1931年に発表したものです(因みに本名はアントワーヌ・マリー・ジャン=バティスト・ロジェ・ド・サン=テグジュペリ)。

Livre de Poche(1963・1966)/FOLIO(1971)/FOLIO(1931・1990)/FUTUROPOLIS(2012)

Livre de Poche(1952).jpg アルゼンチンで郵便の速配のために夜間に飛行機を飛ばす人たちの物語であり、そのため、勇敢で孤独な飛行パイロットが主人公の作品だと思われているフシもありますが、天候の悪化によって生じた緊迫した各路線機の危機的状況を巡る群像劇的な構成となっています。そうした中、最強の暴風雨に遭遇するパタゴニア機の勇敢なパイロット、ファビアンも重要な位置を占めますが、圧倒的に物語の中心的な位置を占めているのは、パイロットではなく地上における支配人リヴィエールです。ファビアンも含め配下の操縦士や整備士、現場の管理者に指示を出す彼は、明らかにこの作品の主人公です。
Livre de Poche(1952).

 リヴィエールは部下に厳格で、情状を挟んだ判断はしません。整備不良のかどでロブレという老整備工を解雇する際も、解雇通知を破り捨ててしまえばロブレはどんなに喜ぶだろうかということを思いつつ、荷役係への配置転換を拒否した彼を毅然とした態度で解雇します。リヴィエールは、自らは何も行動せず、部下に自らの能力を最大限に発揮することを求めますが、これぞまさに「管理職の極致」と言えるのでは。悪天候の中で飛行機の運航を確保しようとする、一見すると資本主義、経営合理主義の急先鋒たる非情な管理職のように見えますが、実はそれ以前に、それ以上に、部下とその家族を深く愛していることが、「部下の者を愛したまえ、ただ彼らにそれと知らさずに愛したまえ」という配下の管理者に向けた言葉などからも窺えます。

 リヴィエールは、大事な部下、しかも、その中で最も勇敢で優秀なパイロットを失った状況においても、これを「どちらかといえば、最も勝利に近い敗北」と捉え、危険な路線を廃止することなどは全く考えません。実際に、郵便飛行業の草創期には勇敢なパイロットと併せて、彼らから勇気を引き出すこうした人物がいて、事業の死活を賭けて奮闘していたのでしょう。しかし、作者のリヴィエールの描き方は、事業の成功に全力を傾けた人という面もありますが、むしろ神に導かれるかのようにより高次のものを目指す偉大な超越者のように描かれている印象を受けます。この物語の結語は「勝利者リヴィエール。」となっています。

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ 1.jpg リヴィエールは、危険な飛行に赴く部下の恐怖心の取り除く術を熟知していますが、ファビアンはそうした魔法を駆使する必要のない勇敢なパイロットであり、遭難したと思われるこのファビアンについても、「神に導かれるかのようにより高次のものを目指す偉大な超越者」というのは当て嵌るかと思います。本当の英雄というのは、自分が英雄であることに気づいておらず、そして、気づかないままに「英雄的な死」を遂げるのでしょうか。パイロットに適した年齢を過ぎてもパイロットであり続けたことにより、結果的に、撃墜死を遂げた作者は、ファビアンのような死にある種の憧憬を抱いていたのかもしれません(2008年にサン=テグジュペリ機を撃墜したいう旧ドイツ軍パイロットの証言が明らかになったが、彼もサン=テグジュペリの愛読者だった。勿論その時は、サン=テグジュペリが操縦しているとは知らなかった) 。

 「夜間飛行」は作者の「星の王子さま」(1943)と並んで有名な作品であり、この新潮文庫版は不思議とどこの本屋でも見かけるし、文庫で約100ページと併録の「南方郵便機」より更に短いこともあって、ただ有名というだけでなく今日でも実際よく読まれているのではないでしょうか(中高生の場合は『星の王子さま』から『夜間飛行』へという流れか)。中学生の読書感想文の対象になりそうな作品ですが、大人目線で見て意外と奥が深いかもしれません。リヴィエールにとって大事なものは手紙を届けることであり、さらに大事なものは部下であるパイロットであり、そのパイロットより大事なことは、彼らが「実現すべき人間」であるということである―つまり、勇気や責任感や自己犠牲といった美質の体現者たることの方が(時には命よりも)大事であるというのは、かなりスゴイことかと。ドラッカーは、「上司は部下のキャリアに対して責任を持つ」と言いましたが、これを、リヴィエール(またはサン=テグジュペリ)風に言うと、「上司は部下の人間としての価値に対して責任を持つ」ということになりそうな...。

夜間飛行 (サン=テグジュペリ・コレクション).jpg 「南方郵便機」は、フランスからアフリカに郵便機で飛ぶパイロット、ベルニスの話ですが、主人公の過去の恋愛が追憶で語られるという、ロマン主義的なトーNight Flight 1933.jpgンの作品で、堀口大學は「夜間飛行」と同じくらいこの作品を評価しています。「夜間飛行」にも格調高く詩的な側面がありますが、「南方郵便機」と比べると、映画化されそうなくらいずっと冒険サスペンス風であるとも言えます(実際、1933年にクラレンス・ブラウン監督によりアメリカで映画化されている)。文庫解説の山崎庸一郎氏が、「夜間飛行」と「星の王子さま」は作者の二面性をそれぞれ象徴する作品であるとし、「星の王子さま」は「南方郵便機」を継承しているとしているのには納得させられました。

夜間飛行 (サン=テグジュペリ・コレクション)』山崎 庸一郎:訳

人間の土地 (新潮文庫) 0_.jpg宮崎駿.jpg 新潮文庫版『夜間飛行』は1993年の新装カバーから宮崎駿監督によるカバ夜間飛行 昭和9.jpgーイラストとなっています(同じく『人間の土地』は1998年の新装カバーから宮崎駿監督によるカバーイラストになっているほか、解説も同監督によるものとなっている)。

【1956年文庫化・1993年改版〔新潮文庫(堀口大學:訳)〕/2010年再文庫化[光文社古典新訳文庫(二木麻里:訳)]】

『夜間飛行』 サン・テグジュペリ 堀口大學:訳 第一書房 1934(昭和9)年 (装丁:亀倉雄策)

サン=テグジュペリ3.pngアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(1900-1944) (カナダ・モントリオールにて[1942年5月])

《読書MEMO》
・「夜間飛行」(1931)...★★★★☆
・「南方郵便機」(1929)...★★★★


 
「サンテクジュペリ機を撃墜」元独軍パイロットが証言(2008年3月16日1時30分配信 読売新聞)
【パリ=林路郎】仏誌フィガロ(週刊)などは15日、第2次大戦中、連合軍の偵察任務でP38戦闘機を操縦中に消息を絶った童話「星の王子さま」の著者アントワーヌ・ド・サンテグジュペリ(1900年~44年)について、同機を「撃墜した」とする元ドイツ軍戦闘機パイロットの証言を伝えた。
 元パイロットは、ホルスト・リッペルトさん(88)。44年7月31日、メッサーシュミット機で南仏ミルを飛び立ち、トゥーロン上空でマルセイユ方向へ向かって飛んでいる敵軍機を約3キロ下方に発見。「敵機が立ち去らないなら撃つしかない」と攻撃を決意。「弾は命中し、傷ついた敵機は海へ真っ逆さまに落ちていった。操縦士は見えなかった」と回想している。
 敵機の操縦士がサンテグジュペリだったとはその時はわからず、数日後に知った。リッペルトさんは、「あの操縦士が彼でなかったらとずっと願い続けてきた。彼の作品は小さいころ誰もが読んで、みんな大好きだった」と語っている。
 サンテグジュペリの操縦機は2000年に残骸がマルセイユ沖で見つかったが、消息を絶ったときの状況は不明だった。仏紙プロバンスによると、その後テレビのジャーナリストとして活動したリッペルトさんは友人に、「もう彼のことは探さなくてもいい。撃ったのは私だ」と告白したという。

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