【2140】 ○ 伊集院 静 『受け月 (1992/05 文藝春秋) ★★★★

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人によって各篇の好みが違ってくるか? 個人的には「夕空晴れて」「切子皿」「受け月」の順。

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伊集院 静 『受け月』(1992/05 文藝春秋)/『受け月 (文春文庫)』/『受け月【朗読CD文庫】

 1992(平成4)年上半期・第107回「直木賞」受賞作。

 永年率いた社会人野球の名門チームからの引退を、自ら育てた後輩に告げられた老監督、亡くなった夫の好きだった野球を始めた息子がベンチで試合を見つめる姿に複雑な思いを抱く若い母親、母と自分を捨てて家を出た父親との再会を躊躇(ためら)う男...。誰にも訪れる切ない瞬間によぎる思いを描いた、直木賞受賞作(「BOOK」データベースより)。

 作者が'90(平成2)年終わりから'92(平成4)年にかけて雑誌「オール讀物」に発表した「夕空晴れて」「切子皿」「冬の鐘」「苺の葉」「ナイス・キャッチ」「菓子の家」「受け月」の7編を収録しており、何れも野球がモチーフに含まれた話になっています。

 「夕空晴れて」:少年野球チームに入った息子の言い方や仕種が、亡くなった夫の声に似てきた。こっそり試合を見に行くと、息子はバット拾いやグラウンド整備をしているだけだった。無理に野球好きを演じているのではと心配した母は、チームの監督に会いに行く。監督は夫の野球部の後輩だった―。
作者の野球をモチーフにした作品の中にはやや暗いものが多いように思うのですが、10歳の息子に亡き夫を重ねる主人公が、息子の監督を通して夫の野球に対する深い思いを知るという構成は巧みで、ラストも明るく、野球に対する作者の愛情が感じられて、これは良かったです。読み終えてみると「母子もの」だったという気もし、自分はこうした母子ものに弱いのかも?

 「切子皿」:都市対抗野球のスターだった父は、母と息子を捨てて家を出ていた。母が亡くなって母名義の土地の登記証が出てきて、その土地のことで正一は京都にいる父へ会いに行く―。
自分たち親子を捨てて無頼に生きる父が、かつて都市対抗野球のエースとしての輝かしい過去があったことを知り、主人公は憎しみと憧憬の入り混じった複雑な思いを抱きながら父と再会するのですが、会ってみたら...これはある種ブレークスルー小説かも。親子は時間と共に、他人のようになっていくのかも。その分、父親を一人の人間として冷静に見られるようになるのかも。

 「冬の鐘」:鎌倉に小料理屋を構える佐山は、中学時代野球をやっていたが、家が貧しいため、相撲部屋へ入れられるという過去があった―。
 「苺の葉」:弟が原っぱで野球をして遊んでいると、大男がやってきてアンパイアをするようになった。縁日の喧嘩に巻き込まれたところを助けられた縁で、伸子は弟と三人で野球を見に行くようになり、そのうち二人で映画を見に行き、付き合うようになっていく―。
 「ナイス・キャッチ」:高校野球、社会人野球のスターだった小高は出身校の監督を務めているが、なかなか優勝できず、その上息子が他の有力校へ進学していた―。
 「菓子の家」:麻布の名家の跡取りの善一は、次々と事業に失敗し、幼馴染みから借金した上で大阪へ行って破産宣告する。遠くへ逃げる前に東京へ戻り、自分が名前だけ会長になっている野球チームの友人に会う―。
 「受け月」:社会人野球のスターで名物監督の谷川は今季で引退することになっていた。娘の夫はチームの教え子で今は専務の石井の息子で、重病で入院中だった―。

受け月 講談社文庫.jpg これらの作品にも、かつて野球選手として活躍していた男達や、そうした男達を愛した女達が出てきますが、これらの中では「苺の葉」「受け月」が良かったでしょうか。「受け月」で、かつての野球の教え子が、今は会社の専務になっていても、監督と選手の上下関係は変わらないというのが興味深かったです。専務はそのことで葛藤もあるわけですが、監督の専務の息子(娘の夫)に対する励ましを知って...。
受け月 (講談社文庫)

 「受け月」は佳作だと思いますが、人情噺としてやや出来過ぎている感じもしなくもなく、全体を通しての個人的好みは「夕空晴れて」「切子皿」「受け月」の順になるでしょうか。

 直木賞の選考で、選考委員の五木寛之氏が「それぞれの委員が、この作品集の中で気に入った一篇を挙げるのが、殆ど違った作品であることが興味深かった」と述べているのが印象的でした。確かにそうしたことが起こりそうな短編集です(直木賞は、第144回(2010年下半期)から作者自身が選考委員に加わっている)。「星4つ」は「夕空晴れて」「切子皿」「受け月」の3編についての個人的評価です。

【1995年文庫化[文春文庫]/2007年文庫化[講談社文庫]】

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