【2139】 ○ 伊集院 静 『乳房 (1990/10 講談社) ★★★★

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「夏目雅子さんがどういう女性だったのか知ることができます」といった感想はどうなのか。

伊集院 静 『乳房』単行本.jpg乳房』 伊集院 静 『乳房』文庫.jpg乳房 (講談社文庫)

 1990(平成2)年度・第12回「吉川英治文学新人賞」受賞作。

 妻と病室の窓から眺めた満月、行方不明の弟を探しに漕ぎ出た海で見た無数のくらげ、高校生に成長した娘と再会して観た学生野球......せつなく心に残る光景と時間が清冽な文章で刻み込まれた小説集。表題作の他「くらげ」「残塁」「桃の宵橋」「クレープ」と名篇を収録し、話題を呼んだ直木賞作家の、魂の記念碑(「BOOK」データベースより)。

野坂昭如11.jpg 作者40歳の時に刊行された短編集で。収録作品の中ではやはり「乳房」が光っているでしょうか。愛しい妻が癌に冒されていて、その現実から逃れるように夜の街へ出る私―「吉川英治文学新人賞」の選考で野坂昭如氏が「しみじみとしたナルシシズム小説、ここまで徹底されると、これは立派な伊集院静の世界」としていますが、確かにそう思いました(齋藤美奈子氏が「ハードボイルドは男のハーレクイン・ロマンである」と書いていたのを思い出した)。

佐野洋.jpg 一方で、同じ選考委員の佐野洋(1928-2013)が、「いまだに疑問を持っている。『私』を主人公にした作品が四編あるが、この四人の『私』(あるいは一人なのか)について、どんな職業についているのか(中略)など、小説を読んだだけでは、よく分からない」と言っているのも、"連作"が受賞選考の対象になっていることから考えると分からなくもありません(結局、「しかし、文章は優れているし、野坂委員が「受賞すれば、間違いなく伸びる」と保証したので、賛成に回った」とのこと)。

 表題作の「乳房」を読むと作者の妻だった27歳で亡くなった女優・夏目雅子のことを想起せざるを得ず、かなり以前に読んだ短編集であるのに特に「乳房」が印象に残っているのは、自分の中でもバイアスがかかっているからかもしれません。作者自身は、これはフィクションであると明言したにも関わらず、何度も「夏目さんのことを書いたのですか」と聞かれ嫌気がさしたといったようなことを後に述べていたように思いますが、他の読者のこの作品に対する感想をみても、「夏目雅子さんがどういう女性だったのか垣間見ることができます」などというのがあったりして、かなりそうした読まれ方をしているのではないでしょうか。「夏目雅子のことではない」と言われれば、真っ先に思い浮かぶのは"夏目雅子"のことでしょう。そこが難しいところかも。

 15年前に離婚した「私」が、赤ん坊の時に別れた実の娘に会いにいく話「クレープ」も、文春文庫解説の小池真理子氏はこの作品を買っているようですが、実生活において作者が離婚した最初の妻との間に娘がいるだけに、青山の明るいレストランでの待ち合わせに緊張する平均的父親像の中に、「同様に、伊集院静、その人が潜んでいる」という小池氏のような読み方になるのでしょう。

 先にも書いたとおり、自分もややそうした読み方をした部分があったことは否めず、「乳房」「クレープ」とも個人的評価は微妙なところですが、それ以外の3編の作品も悪くなかったように思われ、作者のコンスタントな力量を感じます(「くらげ」も作者の実弟の事故死に被るモチーフではあるが)。「残塁」なども良かったかなあ。昔の野球部の後輩いじめの話などは暗かったけれど...。

 5編の内3編に「野球」がモチーフに含まれていて、作者の続く短編集で直木賞を受賞した『受け月』が収録作7編とも野球絡みだったことを考えると、この2冊の短編集だけで野球をモチーフにしたものが10編となります。但し、様々な角度から人生の断片を描いているため、くどいという印象はありません。ただ、大体、野球で挫折した男の方がこの作者には多くて暗めですが。

映画「乳房」('93年/東映)監督:根岸吉太郎 出演:小林薫/及川麻衣/竹中直人
乳房 [VHS].jpg

【1993年文庫化[講談社文庫]/2007年再文庫化[文春文庫]】

《読書MEMO》
舞台「乳房~天上の花となった君へ~」(2016)内野聖陽/波瑠
乳房 舞台1.jpg

乳房 舞台2.jpg

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