【2134】 ○ 清水 宏 (原作:川端康成) 「有りがたうさん (1936/02 松竹大船) ★★★★

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バス1台の乗客で世相を反映してみせる巧さ。"柔軟な反骨"と"虐げられた者への温かい眼差し"。

有りがたうさん1936 vhs.jpg有りがたうさん dvd.jpg 有りがたうさん1936 1.jpg
あの頃映画 有りがたうさん[DVD]」上原謙(運転手)/桑野通子(酌婦)
有りがたうさん [VHS]

有りがたうさん1936 4.jpgMr. Thank You (Shimizu, 1936).jpg 「有りがたうさん」と呼ばれて利用客たちから親しまれている、「伊豆下田-修善寺」間を走る長距離乗合バスの運転手(上原謙)と、そのバスの乗客やすれ違う人々との交流を、時代の暗さを反映させつつも明るいユーモアを交えて描いた作品。上原謙(1909-1991/享年82)の「彼と彼女と少年達」('35年/松竹蒲田)に続く主演第2作で、前作と同じく桑野通子(1915-1946/享年31)との共演です。

mr-thank-you-landscape.jpg伊豆 地図1.jpg 前半部分で海が見えるのは、下田から修善寺に向かう際に、直接「天城街道」には入らず河津浜を経由して行っているためで、このバス路線は今もあるようです。

Mr. Thank You (Shimizu, 1936)(海が見える)

Mr. Thank You (Shimizu)2.jpg ハンディカメラなど無い時代に、バスの中にカメラを据えて撮っているのがユニークで、しかも自然に撮っています。むしろスタジオ有りがたうさん1936 6.jpgで撮るよりはずっとリアルになっているのは違いないです。また、バスの後ろを流れていく山道などは、リアウィンドウを外して別に撮っています。通行人がバスを避(よ)けると上原謙演じる運転手が「ありがとー」と言う訳ですが、わざと避けるところは映さず、避ける前と避けた後しか映さないことにより、バスが快調には走っていることを強調しています(上原謙に本当にバスを運転させて、実際に事故になりかけたという逸話もあるようだが)。

有りがたうさん7_v.jpg有りがたうさん1936 2.jpg ある種ロードムービーですが、バスから降りていく客は追っていかず、今現在バスの中にいる客を中心に撮っているため、ジョン・フォードの「駅馬車」のような移動する"舞台劇"でもあり、また、乗り合わせた人の人情味よりはむしろ様々な偏見の方にウェイトを置いて描かれているという点では、モーパッサンの「脂肪の塊」が想起されます(この映画では比較的ユーモラスな描かれ方がされているが)。
上原謙/桑野通子(スチール写真)

有りがたうさん1936 5.jpg 「山を越えて戻ってきた娘はいない」といったようなことを、同情しつつも、これからまさに売られていこうとする娘がいる車内で話している「有りがたうさん」は、見方によっては"鈍感"なのかもしれませんが、別の見方をすれば"天性の明るさ"とも言え、逆にこれが皆に好かれる最大の理由なのかも。
掌の小説 (新潮文庫)
掌の小説.jpg ラストの一夜明けた翌日の帰りのバスに、その売られていくはずだった娘がまた乗っていることについて作中では説明されていませんが、川端康成の原作(といっても『掌の小説』の中の数ページしかない一掌編)「有難伊豆の踊子 新潮文庫 旧版.jpg三島由紀夫  2.jpgう」では、木賃宿に着いて娘に泣かれて弱った母親が、この運転手のバスに乗せたのが間違いだった(娘は運転手のことを恋うていたという設定になっている)とぼやきつつ、春まで娘を売りにやるのを延期したという結末になっています(因みに、三島由紀夫は新潮文庫『伊豆の踊子』の解説の中で、「『伊豆の踊子』の南伊豆の明るい秋の風光は、掌篇小説『有難う』の中にもたぐいまれな美しさで再現されているから、併読されたい」と推している)。

有りがたうさん kuwano.jpg 原作では、娘が売りにやられのは延期されただけのことであって、いずれはそうなることは避けられないということが示唆されているのに対し、一方のこの映像化作品では、前日のバス車内でシボレーをセコハンで購入して独立するため貯金してきたと言う「有りがたうさん」に対し、桑野通子演じる酌婦が「シボレーを買うお金があったら、ひと山いくらの女がひとり減るのよ」と諭すように言っているのと、翌日の娘の「あの人(酌婦)、いい人だったね」という台詞の組み合わせから考えるに、清水宏ならではの人情味ある落とし処に改変されていると思われますが、その辺りは推測するしかありません。

 「有りがたうさん」がこれまでも、売られていく娘やもう戻ってくることのない流れ者(まさに桑野通子が演じている酌婦のような)をさんざん客として乗せてきて、まだ葬儀屋の運転手の方がマシかと思ったりもしたといったことを言っているところをみると、彼女一人だけを救ったところでどうなのかいうのはありますが、それを言うのは人情ドラマの鑑賞法としてはタブーということになるのでしょうか。

 1936(昭和11)年2月27日公開の作品ですが、当時日本経済は赤字国債増発でインフレをきたしており、新年度の国家予算で公債漸減を図るも軍部の反発を招き、それがこの作品の公開前日に起きた二・二六事件に繋がっていくという政治・経済は閉塞的景況、社会的にも有りがたうさん1936 3.jpg阿部定事件('36年5月)などもあったりした年ですが、バス1台だけを使い、そこに客として乗っている「売られていく娘」や運転手、乗客らの会話を通して、そうした暗い世相を巧みに反映してみせています。

 とりわけ、強制労働に従事し、自分たちが作った道を自ら歩くことなく次の作業現場に移動していく朝鮮人労働者の娘が、おそらく恋焦がれていたであろう「有りがたうさん」に、天城トンネルの手前で別れを告げるシーンの切なさは、この作品の白眉。当時の社会情勢からみれば、描くことがおそらくタブーとされていたモチーフを、作品の中で最も美しく撮っているところに、清水宏監督の"柔軟な反骨"と"虐げられた者への温かい眼差し"を感じます。

Mr. Thank You (Shimizu, 1936)3.jpg有りがたうさん.jpg「有りがたうさん」●制作年:1936年●監督・脚本:清水宏●撮影:青木勇●原作:川端康成「有難う」(『掌の小説』の中の一編)●時間:64 分●出演:上原謙/石山隆嗣/仲英之有りがたうさん8_v.jpg助/桑野通子/築地まゆみ/二葉かほる/河村黎吉/忍節子/堺一二/山田長正/河原侃二/青野清/金井光義/谷麗光/小倉繁/河井君枝/如上原謙.jpg月輝夫/利根川彰/桂木志郎/水上清子/県秀介/高松栄子/久原良子/浪花友子/三上文江/小池政江/爆弾小僧/小牧和子/雲井つる子/和田登志子/長尾寛/京谷智恵子/水戸光子/末松孝行/池部鶴彦●公開:1936/02●配給:松竹(松竹大船)(評価:★★★★) 上原 謙

掌の小説 映画.jpg オムニバス映画「掌の小説」(2010年)(第2話「有難う」監督:三宅伸行、出演:寉岡萌希/中村麻美/星ようこ/長谷川朝晴)

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This page contains a single entry by wada published on 2014年5月17日 22:39.

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