【2132】 ○ 清水 宏 (原作:久米正雄) 「金環蝕 (1934/11 松竹蒲田) ★★★☆

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大河メロドラマを2時間に圧縮? 波乱万丈、度重なる偶然。でも、予定調和に終わらない結末。

金環蝕1934.jpg金環蝕 清水宏 vhs.jpg  清水宏 監督.jpg 清水宏 監督
「映画之友」1934(昭和9)年11月秋季特別号「金環蝕」広告(川崎弘子)「金環蝕[VHS]

img630金環蝕.jpg金環蝕0.jpg 大崎修吉(藤井貢)は大学を卒業して帰省した神田(金光嗣郎)から、絹枝(川崎弘子)との結婚斡旋を依頼される。しかし、絹枝が自分を恋していること知って身を引き、勉学のためと言って東京へ行く。自動車事故をきっかけに同郷の代議士・岩城(藤野秀夫)の家の家庭教師となった修吉は、令嬢・鞆音(ともね、桑野通子)と運転手の妹・嘉代(坪内美子)との三角関桑野通子坪内美子川崎弘子.jpg係に挟まれているところに、偶然神田から絹枝の家出を聞かされる。その後、神田は鞆音に結婚を申し込む。政変による岩城家の没落とともに、修吉はタクシー業に転じた運転手・松村(山口勇)の助手となり、嘉代兄妹らと3人で生活をすることにするが、嘉代は引き続き修吉のことを慕っており、それには兄・松村も気づいている。嘉代はビアホールの女給勤めを始め、慣れない勤め先で翳の影のある先輩女性に親切にされるが、それがあの絹枝だった。ある夜、嘉代の誘いで彼女のアパートに立ち寄った絹枝は、そこで修吉との思わぬ再会を果たす―。[右上・右]藤井貢(修吉)/[左上]桑野通子(鞆音)/坪内美子(嘉代)/川崎弘子(絹枝)

 1934(昭和9)年11月1日公開の清水宏監督作で、無声映画のフォーマットに江口夜詩作曲による劇伴を付したサウンド版。原作は久米正雄が同年に雑誌「キング」に発表したもので、単行本の刊行('35年)より映画化の方が先だったという作品。2010年の伊・ポルデノーネ無声映画祭での上映作品でもあります。

金環蝕 桑野通子.jpg 『少年時代』の久米正雄ってこんな大河メロドラマ作品を書いていたのかという印象の作品。本来ならば13話連続のTVドラマでやるところを2時間単発ドラマに圧縮したような波乱万丈の話ですが、そもそも当時はTVの「連ドラ」どころかテレビそのものさえなかった時代な訳で、現代においてTVドラマに一般大衆が求めているものも映画が全部引き受けていた時代を象徴するような内容だと思われました。

桑野通子(鞆音)


川崎弘子1.jpg ビアホールの仕事が終わって連れだって歩く絹枝と嘉代。絹枝が自分には捜している人がいると言い、嘉代が実の兄のほかにもう一人お兄さんがいると言う、それがまさか同じ人物(修吉)とはねえ。絹枝はショックを受けるも、可愛がっている後輩・嘉代のことを気遣って、自分が捜している人とは神田であると言い、それを真に受けた嘉代は、鞆音と神田の結婚披露宴に乗り込んで、神田に結婚は待ってください、絹枝が貴方を待っていると言い、神田は、いや、そうじゃないんだ、絹枝の想い人は実は修吉なのだと―。

川崎弘子(絹枝)

 今度は嘉代がショックを受け、兄の計いで実家に帰される。絹枝の方は既に、「誰か一人泣かなきゃならないんなら私喜んで泣くわ」「生じっか会えずに一生捜し続けていた方が良かったわ」と、酒浸りになってもう半ば人生捨てている感じで、中年男・斎田(奈良真養)をパトロンとする生活に入ろうとする。絹枝と斎田が乗ったタクシーは松村のもので助手席に修吉がいた。熱海で降りた後、修吉は2人を追い、絹枝にあなたはそんな人じゃなかったはずだと喝を入れ(往復ビンタのダブルで!)、斎田をも殴り倒してしまったため警察が来る。そこへ神田・鞆音夫婦が現れ(そうか、ここは熱海に移り住んだ岩城の屋敷だったのか)、神田はここは自分に免じてと言って警察を帰し、鞆音は神田と洋行することになりもう会えないかもと言う。神田・鞆音夫妻を横浜の港で見送って、残された修吉と絹枝は、郷里に帰る列車の中、暗い片隅で向き合って只々俯いている―。

 "波乱万丈"はいいのだけれど、プロセスにおいて偶然に偶然が重なるような結構通俗的ご都合主義の作り込みがされている割には、結末は見方によってはカタルシス不全を起こしそうな中途半端なものであり、公開時の興業成績がイマイチだったというのも頷ける気がしました。一方で、こうした結末を観客に投げつけて終わる反・予定調和がこの監督らしいのかもしれないとも思いました。

桑野通子 川崎弘子.jpg桑野通子 写真.jpg 鞆音の、年齢の離れた弟(突貫小僧)の学校の成績が良くないことにかこつけて修吉を家庭教師として雇うよう父親を説得するも、ドライブ、ゴルフ、ハイキングといった"課外授業"で修吉を引っ張り回す―といった、その我儘お嬢さんぶりを、桑野通子(1915-1946/享年31、当時19歳のこの作品が映画デビュー作)が活き活きと演じています(それにしてもゴルフ、下手すぎ)。

 絹枝の、郷里では数少ない女学校出のそこそこの家の純情娘だったのが、数年後には東京のビアホールの女給になっているその落魄ぶりを、川崎弘子(1912-1976/享年64、川崎大師のすぐ前の家に生まれ、川崎大師と弘法大師から芸名をとった)が別人のように演じ分けているのも見所と言えるでしょうか。

桑野通子(左)/川崎弘子(右)(「結婚の宿題」('38年/松竹大船)より)

「新女性問答」.jpg それに、運転手の妹・嘉代を演じた坪内美子(1915-1985/享年70、この人は銀座の有名カフェの女給(源氏名・孔雀)をしているところをスカウトされた)と、当時の美人女優をばんばん投入している感じ(因みにこの3人は、佐々木康監督の「新女性問答」('39年)でも共演することになる)。この3人に思慕されて、「モテ男はつらいよ」みたいな藤井貢(元ラグビー日本代表キャプテン)演じる修吉でしたが、ラストシーンは年貢の納め時が来たことを暗示しているのでしょうか。

桑野通子/川崎弘子/坪内美子(「新女性問答」('39年/松竹大船)より)

 冒頭、神田が法学士として帰郷するにあたり、村で歓迎会が催され、村の娘は嫁探しのための帰郷かと色めき立ち、男たちは振舞い酒にありつけるのではと期待、神田の絹枝へのプロポーズは大ニュースとして村人の間に広まるというのが時代を反映しているなあと(要は神田は一大卒生に過ぎないわけだが、当時の大学進学率は数パーセントか)。

 代議士・岩城が関与している丸の内の会社の名前が「金満鉱山」であったり、修吉が自動車事故に遭って運ばれた病院手術室の入口に「大手術室」とあったりするのが可笑しいですが、これは当時としてはリアリズムの範囲内なのかな。入院の見舞いに鞆音が持ってきたのが「森永ミルクチョコレート」、運転手・松村が仕事前に体調管理のために飲むのが「ワカモト」と、この辺りはタイアップなのでしょう。TVコマーシャルどころかTVも無かった時代だからなあ。
 
金環蝕 1934.jpg金環蝕1.jpg「金環蝕」●制作年:1934年●監督:清水宏●脚本:荒田正男●撮影:佐々木太郎●音楽:江口夜詩(サウンド版)●原作:久米正雄「金環蝕」●時間:110分●出演:藤井貢/川崎弘子/桑野通子/金光嗣郎/藤野秀夫/突貫小僧/山口勇/坪内美子/小倉繁/久原良子/近衛敏明/奈良真養/河村黎吉/吉川満子/野村秋生/仲英之助/青木しのぶ/葛城文子/御影公子/高杉早苗/三宅邦子/忍節子/小池政江/水島光代/荒木貞子●公開:1934/11●配給:松竹(松竹蒲田)(評価:★★★☆)

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