【2116】 ○ 小津 安二郎 「風の中の牝雞 (1948/09 松竹) ★★★☆

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分析・評価はスゴイことになっているが...。脇役2人(笠智衆・文谷千代子)の役柄が良かった。

風の中の牝鶏 [DVD].jpg風の中の牝雞 dvd.png  「風の中の牝雞」笠智衆 01.jpg 「風の中の牝雞」文谷千代子 01.jpg
風の中の牝鶏 [DVD]」「あの頃映画 松竹DVDコレクション 風の中の牝雞」笠智衆/文谷千代子

「風の中の牝雞」田中絹代.jpg 雨宮時子(田中絹代)は、夫・修一(佐野周二)が戦争に出征して外地へ赴いているため、健気にミシンを踏んで生計を立てていた。苦しい家計の毎日ではあるが、息子・浩の成長ぶりを夫に見てもらう日を心の支えにした生活であった。ある時、浩が病に倒れ入院して、まとまった金が必要になり、途方に暮れた時子は、いかがわしい安宿で見知らぬ男に身体を売ってしまう...。そして、やっと外地から戻った夫は、留守中の妻の真実を知ることになる―。

 小津安二郎監督による1948年の作品で、小津作品のベストテン・ランキングなどで意外と上位に来ることの多い作品です(特に、コアな小津映画ファンの間で評価が高い?)。

風の中の牝雞 02.jpg 当時は、戦争により外地で捕虜になっていた兵士が徐々に復員していたものの、シベリアなどに抑留されたままの人々も多く、また、国民皆保険制度が未整備だったため、こうした映画のような状況はあったかもしれません。ただ、時子が夫に事実を話したのが良かったのか。黙っていた方がいいよ、旦那が苦しむだけだからと言ってくれた友人(村田知英子)の意見の方が妥当のような気がしますが、まあ、隠し立て出来ない性分というのはあるのだろうなあと。

 むしろ、"過ち"を犯した時子をなかなか許せない修一に、時代を感じる部分もあります(果たして"過ち"と断じて良いものかというのもあるし、"不貞"という言葉さえも微妙)。修一は、日々、時子を非難罵倒し、彼女のとった行動を確認するため自宅から月島の曖昧宿に行き、そこで女将から時子のことを聞き出します。更に、部屋に呼んだ女・房子(文谷千代子)と話すうち、彼女が家族を養うために今の商売をしていると聞いて、女に金だけ渡して外へ出ます。そして、川原の空き地で再び出会った房子に、仕事を探してやるから堅気になれと言い聞かせます。

風の中の牝雞 01.jpg そんなこと、簡単に請け負っていいのかなと思ったら、会社の先輩同僚の佐竹(笠智衆)に相談したわけでした。自分の苛立つ気持ちを打ち明け、更に、見ず知らずの他人の採用のお願いまでして、頼りがいのある先輩なのだなあ、佐竹は。その佐竹が、「その女のことは許せて、奥さんのことは許せないのはおかしい」と修一を諭すのは至極真っ当に思えました。

 結局、頭では時子を許していると自らも分かっていても、感情がそれを許さないというのが修一の心境であり、帰宅すると、許しを請うてすがる時子を突き飛ばしてしまい、彼女は階段から転落する―。最後は、"雨降って地固まる"的な結末にばたばたと持って行った感じでしたが、個人的には、このスタントを使ってまでの「階段落とし」の場面は必要だったのか、やや疑問に思いました(少なくとも小津映画らしくないなあと)。

小津安二郎の芸術 朝日文庫.jpg この作品は、小津安二郎自身も失敗作だったと述懐していて、脚本家として初めて小津と組んだ野田高梧も演出に不満があったらしく、また、世間の評価もあまり高くなかったようです。ところが、映画評論家の佐藤忠男氏が『小津安二郎の芸術』('71年/朝日新聞社)で、これを「敗戦によって日本人が失ったもの」を描き出している作品とし、時子の失われた貞操を、日本人の精神的な純潔性の喪失の象徴と捉え、更には娼婦である房子を「敗戦で娼婦のごときものとなった日本人」の象徴とした上で、「しかしそれでも、空き地で弁当を食べる素朴さは保持しようではないか」(房子が川縁で弁当を食べるシーンがある)というのがこの作品のメッセージだとしたところから、この作品の再評価の機運は高まりました。
完本 小津安二郎の芸術 (朝日文庫)

風の中の牝雞.jpg 米国の批評家ジョーン・メレンは、時子は日本人の生活の優れた点を守るために身を売ったのだとして、この作品は日本人に、その優れた点、つまり占領によって汚されることのない日本人の生活の貴重なものを守るために、新しい社会を受け入れるべきだと語っているとし、その他にも、フランスの映画評論家ユベール・ニオグレの「戦後日本の道徳的雰囲気についての最も素晴しい要約の1つであり、小津作品の中で戦争の時代を締め括った後期作品に先立つ転回点としての作品でもある」との評価もあります。

 時子が曖昧宿に行ったことが、戦前と戦後の価値基準の転換点になっているなんて、何だか「スゴイ分析・評価」になっているなあという感じですが、脚本・演出・カメラなど作品の全体的な完成度からすると、この作品の翌年に作られた「晩春」の方が(小津・野田コンビが反省を踏まえたのか)上位にくるかと思います。

 田中絹代の演技が上手いのは確かですが、この映画で「役」としていいのは、笠智衆演じる主人公の同僚「佐竹」と(笠智衆はこの作品で、棒読みのようなセリフの言い回しを自分の「型」にしてしまったのではないか。生涯"大根"だったと評する人もいるが)、文谷千代子演じる娼婦「房子」で、この2人が修一に宥和する契風の中の牝鶏 笠・佐野.gif「風の中の牝雞」文谷千代子2.jpg機を与えたのは間違いないように思います。自分にとっては「脇役2人の役柄が良かった映画」というのが第一印象になるでしょうか。

[上左]妻の不貞を知って悩む修一(佐野周二・左)の相談に乗り、彼女を許すよう諭す同僚・佐竹(笠智衆・中央)/[上右]「曖昧宿」の窓辺に立って隣の小学校から流れる「夏は来ぬ」の歌声を聞く房子(文谷千代)

Kaze no naka no mendori (1948)
Kaze no naka no mendori  (1948).jpg「風の中の牝雞」●制作年:1947年●監督:村田知英子.jpg小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●時間:83分●出演:田中絹代/佐野周二/村田知英子/笠智衆/坂本武/高松栄子/三井弘次/岡村文子/文谷千代子/水上令子/清水一郎●公開:1948/09●配給:松竹●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-11)(評価:★★★☆)●併映:「東京の宿」(小津安二郎)
佐野周二/田中絹代

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