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運命を別つ旧女友達。及川道子の"淪落の女"ぶりに注目。伴奏付きで観たいメロドラマ作品。
「港の日本娘 [VHS]」井上雪子/及川道子 「港の日本娘」 江川宇禮雄/及川道子
横浜居留地跡の女学校に通う砂子(及川道子)とドラ(井上雪子)は大の仲良し。砂子にヘンリー(江川宇禮雄)というボーイフレンドができてからも、ドラは砂子のことを気にかけてくれている。そんな中、ヘンリーが新しい恋人・シェルダン耀子(澤蘭子)のもとに行ってしまった砂子は、嫉妬に駆られて耀子を拳銃で撃ってしまう。歳月が流れ、長崎、神戸と港町をわたりながら、水商売をしていた砂子が再び横浜に帰ってくることになった。今やヘンリーはドラと結婚して幸福な家庭を築いている。孤独な砂子をヘンリーとドラの夫婦は温かく迎えるが、なかなか昔のような関係には戻らない。砂子の情人である売れない画家の三浦(斎藤達雄)の悪戯のせいで、その関係は更に複雑に―。
清水宏監督の1933(昭和8年)サイレント作品で、横浜・神戸の旧居留地が舞台背景である上に、主演の及川道子はともかく、江川宇礼雄(本名ウィリー・メラー、後に江川ウレオ。ドイツ人と日本人のハーフ)、井上雪子(オランダ人と日本人のハーフ)といった役者陣で、かなりバタ臭い印象もあります。昔の乙女が今や娼婦になっていてかつての恋人と再会するというのはマービン・ルロイの「哀愁」('40年)みたいですが、この「港の日本娘」の方が7年早い作品です(但し、「哀愁」は1931年作品のリメイク)。
恋敵のシェルダン耀子を銃で撃ってしまったことで砂子の人生は暗転していったようですが、「その後どうなったかは、日記にでも聞いてみなさい」とのト書きが出て、途中の過程はスッパリ飛ばして、場面が切り替わったら砂子は神戸の居留地で娼婦になっています。横浜に戻っても同様で、一緒に横浜に来たマスミ(逢初夢子)は、「足抜け」すると砂子に言いに来た直後に警察に連行されてしまうし(「足抜け」と言うより何かの犯罪に関与して逃亡を図ったわけか)、何やかやあって妙子の八方塞がりのような状況がますます浮き彫りになります。
「港の日本娘」(1933)スチール写真
横浜で妙子は自分を訪ねて来たヘンリーと再会、妙子もヘンリーとドラを訪ね、その幸せそうな家庭を見て複雑な心境に。一方、三浦が(アパートで洗濯やアイロン掛けをしていて、居候と言うより殆どヒモ状況)、隣に越して来た女性が職を探していると言っていたその女性は、医者にも見捨てられた病に冒されているとのことで、妙子が会ってみると何とそれはあの●●だった―。その淪落ぶりは妙子以上で、「こんな雨の晩に世間から見捨てられて一人ぼっちで死んでいくなんて随分惨めね」と。この辺りが、この作品のクラさの「底」でしょうか。しかし、妙子は彼女から真面目に生きれば世間はいつか許してくれるといった啓示を受けて、三浦を連れて横浜を去ることに(どこへ向かうんだろう?)。
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妙子を演じた及川道子(1911-1938/享年26)は、早逝したこともあってか「永遠の処女」などと呼ばれることもある女優ですが、この作品では、清楚なセーラー服姿と高島田を結った淪落の女の両方を見ることができ、清水宏監督の初期作品に多く出演しながら、そのフィルムが殆ど現存していなかったりすることからも、本作は貴重な映像作品と言えるかもしれません(特に後半の淪落ぶりに注目)。因みに、シェルダン耀子を演じた澤蘭子(宝塚歌劇団出身の"純粋"日本人)は2003年に99歳で逝去、ドラ役の井上雪子(こちらは役柄通りハーフ)は2012年に97歳で逝去しています。 及川道子(1911-1938/享年26)・逢初夢子(1915-消息不明)/澤蘭子(1903-2003/享年99)
小津安二郎の初期作品では欠かせない斎藤達雄(1902-1968/享年65)が、人の良さそうな売れない画家を演じて、三浦とどちらが妙子の夫っぽく見えるか張り合うなど軽妙な味を出していますが(この作品で唯一のコメディコント的シーン)、斎藤達雄は小津安二郎の「生れてはみたけれど」('32年)でサラリーマン家庭の父親を演じた翌年の作品なのだなあと(役作りで前作より若く見える)。ヘンリーを演じた江川宇禮雄(1902-1970/享年68)も、同じくこの作品の前年に小津安二郎監督の「青春の夢いまいづこ」('32年)に主演で出ています。
斎藤達雄(1902-1968/享年65)/江川宇禮雄(1902-1970/享年68)
江川宇禮雄(本名:江川ウレオ、ウィリー・メラー)は、小津作品「大学は出たけれど」('29年)の高田稔(1899-1977)、「東京の合唱(コーラス)」('31年)の岡田時彦(1903-1934)などとも交友のあった人で、戦後も小津安二郎監督の「彼岸花」('58年/松竹)に佐分利信の同窓会で北竜二、笠智衆らと共に同窓生役で出演したりしていますが、個人的にリアルタイムで見たのは「ウルトラQ」('66年)の「一の谷博士」役でした。
この映画、隣に越してきたのが偶然にも因縁の女性だったとか、出来過ぎた話の部分もありますが、後半から終盤にかけての展開は目が離せないといった感じで、人生に対する肯定で終わるラストも、それまでの落ち込んだ雰囲気を一気に盛り返して、この監督らしい作品だなあと思いました。
基本的にはメロドラマかと思いますが、最初の展開が分かりづらいのと、プロセスにおいて話が結構暗かったかなあ。純粋にサイレント(音無し)で観るにはややキツイ面もあります(公開時には活弁に加え、テーマソングや野口雨情作詞の挿入歌が流された)。最近都内や横浜などで行なわれている上映会では(この作品は横浜・神戸という日本の代表的な港町の昭和初期の様子がよく窺える)、大方の場合に弁士による活弁やライブの音楽伴奏が付くようで、そうした環境で観ることが出来ればより堪能出来る作品のように思いました。そうした機会が訪れる期待と映像のレア度を加味して星半分ぐらいオマケしました。伴奏付き(出来れば活弁バージョンで)DVD化して欲しい(●2018年に神保町シアターでピアノ生演奏(小林弘人氏)付きで観ることができた。音楽の効果は絶大で、ある種の思考回路を遮断してしまうのか、運命に流される主人公の生き方がどうのこうのと言うより、メロドラマとして完成されているとの思いを強くさせられた。シーンの変わり目に風景や小物の映像を入れて余韻を持たせるテクニックが効いていることに改めて気づいた)。
「巨匠たちのサイレント映画時代」神保町シアター2012・1/4~13
「港の日本娘」●制作年:1933年●監督:清水宏●脚本:陶山密●撮影:佐々木太郎●原作:北林透馬●時間:72分●出演:及川道子/井上雪子/江川宇禮雄/澤蘭子/逢初夢子/斎藤達雄/南條康雄●公開:1933/06●配給:松竹蒲田●最初に観た場所(ピアノ伴奏付きで):神田・神保町シアター(18-12-22)(評価:★★★★)
神保町シアター 2007(平成19)年7月14日オープン