【2103】 ○ 垣根 涼介 『光秀の定理(レンマ) (2013/08 角川書店) ★★★☆

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楽しく読めたが、もの足りなさも。「愚息(または新九郎)の定理」といった感じ。

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 永禄3(1560)年、京の街角で、食い詰めた兵法者・新九郎、辻博打を生業とする謎の坊主・愚息、そして浪人の身の十兵衛という3人の男が出会った。十兵衛とは、名家の出ながら落魄し、その再起を図ろうとする明智光秀その人であった。この小さな出逢いが、その後の歴史の大きな流れを形作ってゆく―。

 リストラをテーマにした『君たちに明日はない』など現代小説を手掛けてきた作者による初の歴史時代小説で、光秀が中心と言うよりは、剣の達人・新九郎の青春物語を軸に、それぞれの生き方、歩む道が異なる3人を描いているといった感じでしょうか。初めての歴史時代小説で、これだけきっちり書けるというのは、作家というのはすごいものだなあと感心させられました。

 従来の光秀像とは異なる、爽やかで高い理想を持った新たな光秀像を打ち出しており、確率論のパズルなどを織り込んでいるのもユニークで、その部分が面白く読めるばかりでなく、それを剣術や戦さの戦術にまで落とし込んでいるところは巧みだと思いました。

 その上で、もの足りなかった部分を敢えて挙げれば、タイトルに「光秀の定理」とあるものの、3人の物語にしたことによって光秀が相対的に後退し、「愚息(または新九郎)の定理」といった感じの話になっているように思われた点でしょうか。

 光秀はなぜ織田信長に破格の待遇で取り立てられ、瞬く間に軍団随一の武将となり得たのかは描いているし、「本能寺の変」の部分を敢えて描かず、終盤は新九郎と愚息の後日譚になっているのも別にいいのですが、なぜ光秀が信長に対して謀反を起こしたのかという部分がやや弱いかという印象でした(残された新九郎、愚息の、もし秀吉でなく光秀が天下の統治者になっていたら世の中どうなっていただろうという思いから、それは察せられなくもないが)。

 光秀を巡る最大の歴史ミステリは、光秀ほどの智将が何の後ろ盾もなく信長に対する個人的怨恨により謀反を単独で実行した(「光秀怨恨説」説)とは考えにくく、ではその"後ろ盾"があったとすればそれは何であったのだろうかというもので、これについては、「朝廷関与説」(信長の権勢に危機感を持った朝廷が参画したとする説)など主だったものだけで5つも6つもあるようで、研究者の間で一致した結論は出ていません。

 この作品では、従来の「怨恨説」に対して否定的な立場を取りながらも、"後ろ盾"については踏み込んでおらず、強いて言えば「野望説」(天下が欲しかった光秀の単独犯行)に近いか、それを"理想国家の実現"といった風に美化した感じでしょうか(この作品にもあるように、実際、フロイス『日本史』の記述などから、武将として合理的な性格の光秀と信長との相性も良かったはずだと主張する研究者グループがあり、「怨恨説」は後に作られたものだとする考えが現在は有力視されているようだ)。

 新九郎、愚息が事変の後に、光秀が目指していたものは何だったのだろうかと考えてしまっているところが、前半部分の「光秀が相対的に後退」していることと呼応しているように思いました(結局2人とも真相を知り得ないでいる)。そうした曖昧さが個人的にはもの足りなかったわけですが、過程においては楽しく読めたのと、作者初めての歴史時代小説であるということで星半分オマケしました。

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明智光秀役春風亭小朝.jpg 因みに、今年['14年]のNHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」で明智光秀を演じているのは春風亭小朝ですが、敢えて新奇性を狙ったのかもしれないけれど、個人的印象としては「ハズレ」という感じでしょうか。大河ドラマでは、今回より前に少なくとも10回以上は明智光秀が登場していて演者は次の通り。
  1965 太閤記    佐藤 慶
  1973 国盗り物語   近藤正臣
  1978 黄金の日日  内藤武敏
  1981 おんな太閤記 石濱 朗
  1983 徳川家康   寺田 農 
  1989 春日局     五木ひろし
  1992 信長     マイケル富岡
  1996 秀吉     村上弘明
  2002 利家とまつ  萩原健一
  2006 功名が辻   坂東三津五郎
  2009 天地人     鶴見辰吾
  2014 軍師官兵衛   春風亭小朝
  2016 真田丸    岩下尚史
  2017 おんな城主 直虎 光石 研
  2020 麒麟がくる   長谷川博己(主役)

太閤記 1965 明智.jpg佐藤慶光秀.jpg佐藤慶 光秀07.jpg この中で、圧倒的に強烈なイメージを残したのは「太閤記」の佐藤慶で、以後の配役はそれを超えていないのではないでしょうか。秀吉には緒形拳が抜擢されて人気を博し、高橋幸治演じる織田信長にも人気が集まった一方、佐藤慶はイコール光秀みたいな見られた方をしたのでは。自身、自分の演じた光秀役のイメージがあまりに強く自分にまとわり着き過ぎて、以降、緒形拳との共演を出来るだけ避けていたといったような話を本人がしているのを聞いたことがあります。

太閤記 1965L.jpg太閤記 2.jpg「太閤記」●演出:吉田直哉ほか●制作:広江均●脚本:茂木草介●音楽:入野義朗●出演:緒形拳/高橋幸治/石坂浩二/曾我廼家一二三/川津祐介藤村志保フランキー堺/浪花千栄子/山茶花究/稲野和子/岸恵子佐藤慶/三田佳子/田村高廣宮口精二/島田正吾/中村歌門/尾上菊蔵/有島一郎/渡辺文雄土屋嘉男/乙羽信子●放映:1965/01~12(全52回)●放送局:NHK


緒形拳(さる→日吉→木下藤吉郎→羽柴秀吉→豊臣秀吉)/高橋幸治(織田信長)
「太閤記」ogata.jpg 「太閤記」takahasi.jpg
藤村志保(ねね)/岸惠子(お市の方)/フランキー堺(茶碗屋・於福(おふく))
「太閤記」藤村志保.jpg 「太閤記」岸2.jpg 「太閤記」フランキー.jpg

田村高廣 NHK大河ドラマ出演歴
・赤穂浪士(1964年) - 高田郡兵衛
・太閤記(1965年) - 黒田孝高
・春の坂道(1971年) - 沢庵
・花神(1977年) - 周布政之助
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【2016年文庫化[角川文庫]】

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