【2087】 ◎ 松本 清張 『点と線 (1960/07 カッパ・ノベルズ) 《(1958/02 光文社)》 ★★★★☆ (○ 小林 恒夫 (原作:松本清張) 「点と線 (1958/11 東映) ★★★☆)

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「インテレクチュアルな好奇心」(五木寛之)を満たす傑作。

点と線―長編推理小説 (1958年).jpg点と線29.JPG 点と線.png 点と線 映画1.jpg
カッパ・ノベルズ(1960/1973) 『点と線―長編推理小説 (カッパ・ノベルス)』映画「点と線」('58年/東映)
『点と線 』.jpg点と線―長編推理小説 (1958年)』[四六版]
    『点と線 (新潮文庫)

点と線 4.jpg松本 清張 『点と線』 新潮文庫.jpg 汚職事件の摘発が進行中の某省の課長補佐・佐山憲一(31)と、料理屋女中・お時(本名:桑山秀子)の死体が九州の香椎海岸で発見される。2人の死は情死との見解が強まるが、佐山の遺留品の中から、東京から九州方面へ向かう特急「あさかぜ」号の中で発行された「御一人様」の列車食堂のレシートが残っていたことに、地元警察のベテラン刑事・鳥飼重太郎が疑問を抱く。警視庁捜査2課の警部補・三原紀一も現地を訪れ、捜査が進む。実務者の佐山は汚職事件の鍵を握る人物であり、検察は佐山に確認したいことが多くあり、また、佐山の死で"利益を得る"上役官僚が複数いた。その中に、汚職事件の中心にある某省の部長・石田芳男(50)がおり、捜査線上に、某省に出入りする機会工具商・安田辰郎が上がる。佐山とお時の間の繋がりが認められず、三原は2人が青酸カリを飲んだ前後の安田の足取りを追う。すると、2人が青酸カリを飲んだ翌日の夜に、安田が仕事で北海道の小樽に行き、そこで取引先の業者と会っていた。東京から青森へ向かう特急列車や、北海道へ渡る青函連絡船でも、安田がいたことの証言や、乗車記録が残っている。2人が青酸カリを飲んだ夜に安田が九州にいることは物理的に不可能に思えたが、航空機を利用すれば、安田が業者に会う前に九州から北海道に着くことが可能なことに三原は気付く。しかし、安田は該当する便に乗っておらず、乗客全員を当たって偽名などがないか裏付けを取るが、全員がその便に乗っていたことが判明し、捜査は難航する―。

点と線 旅.jpg 松本清張(1909‐1992)のあまりに有名な長編推理小説で、雑誌「旅」の1957(昭和32)年2月号から1958(昭和33)年1月号に連載され(挿絵は佐藤泰治)、加筆訂正の上、1958年2月に光文社から単行本刊行されていますが、連載当時は、同時期に「週刊読売」に連載されていた『眼の壁』に比べて反響は少なく、作者自身から「病気のため休載にしてほしい」との申し出が「旅」の編集者にあったのを、編集者が「休載するなら『眼の壁』など、他の全ての連載を休載にしてもらう」と迫ったため、結局休載することなく連載が続けられたとのことです。

東京駅の13番線ホームに立つ松本清張[朝日新聞デジタル]
松本清張00.jpg 東京から博多まで夜行列車で20時間ほどかかった時代の話であることを念頭に読む必要はありますが、安田が、自分が東京駅の13番線プラットフォームで料亭「小雪」の女中2人に見送られる際に、向かいの15番線プラットフォームにお時が男性と夜行特急列車時間の習俗 カッパノベルス.jpg「あさかぜ」に乗り込むところを見たという他の目撃者付き証言に対して、13番線から15番線に停まっている「あさかぜ」を見通せるのは17時57分から18時01分までの4分間しかないことが判り、三原は、逆にこの「空白の4分間の謎」から安田に対する嫌疑が確信に近いものとなり、安田が航空機を使ったのではないかというアリバイのトリックを思い立つ(この"移動"トリックは、'61年発表の『点と線』の姉妹編とも言える時間の習俗でも使われている)という展開は、すんなり腑に落ちるものでした(しかし、この後も多くの推理の壁が三原の前に立ちはだかる)。

点と線 カッパノベルズ2.JPG 今手元にあるのはカッパ・ノベルズの'73(昭和48)年発行版(162版)で、「香椎海岸」や「青函連絡船」など10枚の写真が収められていてシズル感を高めているほか、冒頭には「東京駅構内で取材する松本清張氏」の写真もあります。カッパ・ノベルズとしての刊行部数は92万部で、84万部を売り上げた『ゼロの焦点』と並んで、カッパ・ノベルズの初期の隆盛を支えたことになりますが(部数は1974年7月26日付「夏のカッパ祭り」の新聞広告より。最近までの累計では共に100万部を超える)、『点と線』は『ゼロの焦点』より先に発表されたものの、その時はまだカッパ・ノベルズ創刊前であったため、当初四六版で発行され、『ゼロの焦点』より後からカッパ・ノベルズに入れられています。

五木寛之.jpg また、巻末には、昭和44年に行われた、この作品を巡る荒正人・尾崎秀樹の2人の対談があり、その中で、作家の五木寛之氏が、「松本清張氏はプロレタリアート・インテリゲンチャとして成熟した稀有な例」だとし、「その文学はプロレタリアートの怨念とインテレクチュアルな好奇心をバネとしている」と言っていることを取り上げています(五木寛之氏の"プロレタリアート・インテリゲンチャ"という表現に対して荒正人・尾崎秀樹両氏の間で距離感の違いはあるようだが)。それにしても、当時発行部数7000万部だったカッパ・ノベルズの内1000万部が松本清張作品だったというのはスゴイことだと思いました(荒正人は、夏目漱石の本が明治・大正・昭和の時代をかけて1000万部読まれてきたのに対し、松本清張はこの数字に僅か10年で到達してしまったことを取り上げ、大衆社会の中で"米の飯"のような必需品のような読まれ方をしてきたと指摘している)。

点と線 ラスト.jpg この作品は、『ゼロの焦点』や『砂の器』などの作者の他の代表作に比べると、「インテレクチュアルな好奇心」を満たすウェイトの方が高いように思われ、その点では無駄が少なく、一方、作者が昭和30年代に初めて「社会派推理というジャンルを築いた」という説明の流れの中で紹介される作品としては、"社会派"の部分はやや希薄な印象も受けます。但し、作中で殆ど姿を見せない安田の妻・亮子(最終的には自らの死も心中に見せかけたと推察され、自らも含む2度の"心中偽装"を行ったことになる)の人物造型は、抑圧された女性の怨念を描いて巧みな後の清張作品の、ある種「原点」的な位置づけにあると言えるかもしれません。
映画「点と線」(1958) 監督:小林恒夫

テレビ朝日「点と線」(2007) 監督:石橋冠
点と線 ドラマ0.jpg この作品は、「テレビ朝日」開局50周年記念ドラマスペシャルとして2007年11月24日と25日2夜連続で放送されていますが(2009年には「点と線~松本清張生誕100年記念特別バージョン」として再放映された)、ビートたけしが鳥飼重太郎を演じることで、高橋克典が演じる三原より鳥飼の方が事件解明の中心になっていて、原作では三原は鳥飼から幾つかの示唆を得ながらも自分で事件を解明するのに対し、ドラマでは鳥飼が独断で東京に行き三原と共に、あるいは単独で捜査するよう改変されており、かな点と線 テレビ朝日 1シーン.jpgり原作とは異なった印象を受けました。これまで何度も映像化されているのであればこうした改変もあっていいのかもしれませんが、テレビドラマとしては初の映像化だったので、ストレートに原作をなぞって欲しかった気もします。上司からの捜査中止命令にその場では抵抗しない三原(高橋克典)に対して鳥飼(ビートたけし)が怒りをぶちまけ、両者が殴り合いになるのはやりすぎで(あまりに"ビートたけし"風)、終盤の鳥飼と安田の妻・亮子(夏川結衣)の"直接対決"もドラマのオリジナル。原作を読んでいない人は松本清張がそんな話を書いたのかと思ってしまうのではないかなあ(原作では、鳥飼が三原に捜査を諦めないよう手紙で激励するとともに捜査のヒントを与えるにとどまっているし、安田宅に出向いて安田の妻と直競対峙するといったこともない。完全に、ビートたけしを主役にするための改変である)。


点と線 チラシ.jpg 小林恒夫監督による映画化作品('58年/東映)は、高峰三枝子、山形勲、志村喬といったベテランはともかく、三原刑事役の南廣が映画初出演ということもあり(元々はジャズドラマーだった)、演技がややパターン化したものであったのが、最初に観たときにイマイチだった印象に繋がっています(当点と線.jpg時40歳の高峰三枝子に28歳の役をやらせたのもきつかったか)。また、映像でトリックを解明するとやや複雑に感じられてしまい、原作が『ゼロの焦点』以上にトリックの占めるウェイトが高いものであったことを改めて認識させられるものでした。

映画「点と線」(1958) 監督:小林恒夫/主演:高峰三枝子、山形勲

 しかし、最近DVDで改めて観て、三原刑事役の南廣はある種"語り手"的な役割も果たしているので、むしろ演技過剰にならなくてよかったのではないかとか、高峰三枝子の「女の情念」の演技はさすがで、若い頃貧しくて旅行に行けず、時刻表で"空想の旅"をしていたという松本清張の情念を反映していていたのではないかとか再評価したい面もあって、また汽車の長旅や青函連絡船などが出てくるレトロ感もあって、個人的評価を△から○に変更しました。ラストの方の、心中現場に駆け付けた刑事たちの中に鳥飼刑事(加藤嘉)が居たりするなど、原作と異なる点はありますが、ビートたけしのテレビ版などと比べると、ほぼ原作に忠実に作られているように思いました。

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点と線 映画2.jpg 点と線 映画3.jpg                                  
図1 「点と線」 .png図 2「点と線」 .png
   
図3 「点と線」 .png図4 「点と線」 .png

                                
「点と線」 ポスター.jpg「点と線」 ポスター2.jpg「点と線」●制作年:1958年●監督:小林恒夫●企画:根津昇 ●脚本:井手雅人●撮影:藤井静●音楽:木下忠司●原作:松本清張「点と線」●時間:85分●出演:南廣/高峰三枝子/山形勲/加藤嘉志村喬点と線 志村喬.jpg点と線 加藤嘉.jpg点と線_m.jpg点と線 DVD.jpg三島雅夫/堀雄二/河野秋武/奈良あけみ映画 「点と線」(1958年/東映) .jpg/小宮光江/月丘千秋/光岡早苗/楠トシエ/風見章子/織田政雄/曽根秀介/永田靖/成瀬昌彦/神田隆/小宮光江/増田順二/奈良あけみ/花沢徳衛/楠トシエ●劇場公開:1958/11●配給:東映●最初に観た場所:池袋文芸地下(88-01-23) (評価★★★☆)●併映:「黄色い風土」(石井輝男)/「黒い画集・あるサラリーマンの証言」(堀川弘通)

映画 「点と線 [DVD]」(1958年/東映) 

山形勲(安田商会・安田辰朗)/月丘千秋(「小雪」女中・八重子)/光岡早苗(同・とみ子)/志村喬(警視庁捜査二課係長・笠井警部)/河野秋武(警視庁捜査二課・土屋刑事)/加藤嘉(東福岡署・鳥飼重太郎刑事)     
点と線tentosen03.jpg 点と線tentosen09.jpg
 
 
点と線 ビートたけし6.jpg点と線 ビートたけし.jpg「松本清張 点と線」●監督:石橋冠●制作:五十嵐文郎●脚本:竹山洋●音楽:坂田晃一●原作:松本清張●時間:234分/【特別バージョン】138分●出演:ビートたけし/高橋克典/内山理名/小林稔侍/樹木希林/原沙知絵/大浦龍宇一/平泉成/本田博太郎/金児憲史/名高達男/大鶴義丹/竹中直点と線 テレビ朝日 2.jpg人/橋爪功/かたせ梨乃/坂口良子/小野武彦/高橋由美子/宇津井健/池内淳子/江守徹/市原悦子/夏川結衣/柳葉敏郎/(ナレーション・解説)石坂浩二●放映:2007/11(全2回)/【特別バージョン】2009/08(全1回)●放送局:テレビ朝日
ビートたけし×松本清張 点と線 [DVD]

週刊『松本清張』 1号 点と線 (デアゴスティーニコレクション)」 (2009/10)/『点と線―長篇ミステリー傑作選 (文春文庫)
週刊 松本清張 【創刊号】 点と線.jpg週刊松本清張 点と線.jpg点と線 文春文庫.jpg 【1958年単行本・1960年ノベルズ版・1968年カッパ・ノベルズ改版/1971年文庫化・1993年改版[新潮文庫]/2009年再文庫化[文春文庫]】

点と線 (新潮文庫)
点と線 (新潮文庫)1.jpg 点と線 (新潮文庫)2.jpg 点と線 (新潮文庫),200_.jpg

カッパ・ノベルズ(1973)
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《読書MEMO》
● 桂 千穂 『カルトムービー本当に面白い日本映画 1945→1980』['13年/メディアックス]
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