【2030】 △ アガサ・クリスティ (小笠原豊樹:訳) 『無実はさいなむ (1960/02 ハヤカワ・ミステリ) ★★★

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クリスティの作品への愛着と、一般の人気度の間にギャップがある作品か。

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無実はさいなむ (1978年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『無実はさいなむ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』  Fontana版(1961)/Hamlyn AC crime Collection, published in 1970/ "Ordeal by Innocence (Signature Editions)"

 慈善家の老婦人レイチェル・アージルが邸の自室で撲殺され、生前彼女が養子として育てていたジャッコが逮捕された。レイチェルには、メアリ、マイケル、ジャッコ、ヘスター、ティナの5人の養子がいたが、その中でもジャッコの評判は前から良くなかった。ジャッコはアリバイを主張したものの有罪となり、獄中で亡くなっていた。それから2年後、外国から帰ってきた地質学者キャルガリは、出発前のある日、ある男を車に乗せたことを思い出し、それがジャッコのアリバイ証明になることを告げに遺族の住む邸サニー・ポイントを訪れる。しかし、ジャッコの冤罪を告げられた遺族らにとって、彼の来訪は、落着したはずの事件を蒸し返すこと繋がり、むしろ彼らは迷惑そうにする―。

 1958年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で(原題:Ordeal by Innocence)で、ポアロもミス・マープルも登場しないノン・シリーズものです。

 キャルガリは何とか事件の真相を明かしたいと考えます。外部の犯人の可能性は無く、レイチェルの夫リオ・アージルと、養子であるメアリ、マイケル、ヘスター、ティナの兄弟姉妹たち、 リオの秘書のグェンダ、家政婦のカースティンらの何れもが容疑者たり得ます。彼らは互いに疑心暗鬼となり、そのうち、メアリの夫で身体が不自由なフィリップ・デュラントが探偵役のようなことを始め、更には、養子の一番下の娘ティナも、事件当日の不審な出来事に気づきます。警察は警察で、ヒュイッシという優秀な警視が捜査に当たります。

 刑事に加えて探偵が3人? と思ったら、終盤にきて、この内の2人は(真実に近づき過ぎたがために)殺害され、そこで一旦は犯人が明らかになったかに見えますが、最後でまたドンデン返し―と、終盤の展開は畳み掛けるものがあります。但し、そこに至るまでが、ちょっとまどろっこしいかな。

 この作品は作者自身がマイベスト10に選んでいますが、一般の人気はそれほどでもないようです。ハヤカワ・クリスティー文庫の解説で、ミステリ書評家の濱中利信氏が、ミステリとしての欠点(視点が一定していない、探偵役が不在である、犯人がアリバイ不在の状況の中で犯行を犯すとは考えにくい、等々)を幾つか挙げています。

 特に、最後、事件の解決と同時に、キャルガリが新たな恋を掴むというのはややご都合主義的で、濱中氏もその唐突さを指摘しています。それにも拘わらず氏がこの作品に惹かれる理由は、それぞれの人物像を通して、人間の弱さというものが見事に描かれていることによるものです。

 そうした意味ではクリスティらしい作品で、とりわけ殺害されたレイチェル・アージルの、不幸な子供たちを養子に引き取りながらも、その"慈愛"が彼女自身のエゴイズムからくるものであって、子供たちには全く受け容れられていなかったという人生には、やりきれないものがあります。

ORDEAL BY INNOCENCE.jpg 登場人物のお互いの腹の探り合いは、『そして誰もいなくなった』にも通じる面白さがありますが、それでもやはりミステリとして読むと、全般を通してその部分がやや弱いのと、キャルガリの「冤罪を晴らす」という当初の意気込みからするとある種アンチ・カタルシスの結末ため、読後感がイマイチすっきりしなかったというのもあります。

 クリスティの作品への愛着と、一般の人気度の間にギャップがある作品と言う意味で(勿論、この作品が好きだと言う人も多くいると思うが)、興味深い作品ではあります。

 本作は、1984年に映画化され(邦題「ドーバー海峡殺人事件」)、レイチェルをフェイ・ダナウェイ、キャルガリをドナルド・サザーランドが演じていますが、公開時にさほど話題にならなかったこともあってか、個人的には未見。改変が激しく、評価も「ナイル殺人事件」('78年)や「地中海殺人事件」('82年)、「死海殺人事件」('88年)など他の映画化作品より低いようです。

ORDEAL BY INNOCENCE Fontana.1985

ミス・マープル3 無実はさいなむ dvd.jpgミス・マープル3 無実はさいなむ 4人兄弟.jpg 2007年に英国グラナダ版「ミス・マープル」シリーズでミス・マープル物に翻案されて放映されていますが、原作をかなり改変していて、それで原作より面白くなるならばともかく、そうもなっていないため、個人的にはイマイチでした。
「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第10話)/無実はさいなむ」 (07年/英) ★★★

【1960年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(小笠原豊樹:訳)]/1978年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(小笠原豊樹:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(小笠原豊樹:訳)]】

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