【2024】 △ 村上 春樹 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 (2013/04 文藝春秋) ★★★

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精神的ご都合主義? これまでの作品のリフレインの枠を出ていない気がした。

1色彩を持たない多崎つくると、.png色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年.jpg 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(2013/04 文藝春秋)

 自分が勝手に名付けた「5人の物語」3冊シリーズの3冊目(他は、窪美澄の『ふがいない僕は空を見た』と、朝井リョウの『何者』)。本書は発売後「7日」で発行部数100万部を突破したということで、昨年('12年)の唯一のミリオンセラー本、阿川佐和子氏の『聞く力』(文春新書)が、1月20日に刊行されて100万部突破が12月10日と、ほぼ「1年」をかけての到達だったとを考えるとスゴイ話。これは、作者の前作『1Q84 BOOK3』の「14日」を塗り替える新記録でもあり、出版不況どこ吹く風の本ですが、「良い・悪い」の前に「読む・読まない」の選択を多くの人に迫った形になったその結果ととれば、この「一極(一作)集中」ぶりは、これもまた出版不況を反映しているとも言えるかも。

 名古屋の公立高校を卒業後、東京の工科大学土木工学科に進んだ多崎つくる(36歳)は、東京の鉄道会社に就職し、駅舎を設計管理する仕事をしている。紹介で知り合った大手旅行代理店勤務の木元沙羅(38歳)との3度目のデートで体を交わし、4度目のデートのとき、高校時代に仲良し5人組を成していた4人から、大学2年のときに突如、理由も告げられないまま絶交を言い渡されたことを語る。5度目のデートで沙羅から、なぜ4人から絶交されたのか「あなた自身の手でそろそろ明らかにしてもいいじゃないかという気がするのよ」と言われる―。

 4人はそれぞれ赤松慶(アカ)、青海悦夫(アオ)、白根柚木(シロ)、黒埜恵理(クロ)という名で、つくるは先ず、名古屋で働くアカとアオに会いに行くが、アオはトヨタのショールームで高級車レクサスを販売する営業マン、アカは社員教育カリキュラムを実践するベンチャー経営になっていて、共に成功していた。16年ぶりに会ったアオとアカから、シロが、つくるが大学2年時につくるからレイプされたと訴えたという、つくるには全く身に覚えのない話を聞かされ、しかもシロは妊娠して一人で産み育てる決意をしたが流産、音大学業後に浜松に移り住み、2年後にマンションの自室で絞殺されたという。クロは、フィンランド人の陶芸家と結婚してフィンランドに住んでいるとのことで、つくるは休暇を取り、沙羅が手配してくれた飛行機でフィンランドに飛ぶ―。

 「色彩を持たない」ってそういうことだったのか―とやや拍子抜けした感もありましたが、それはともかく、過去と現在の間を埋めるために最後はフィンランドまで行っちゃうわけだから、まあ「巡礼の旅」ではあるのだろうなあ。

 前作『1Q84 BOOK3』以来、3年ぶりの長編小説であるとのことですが、前作の主人公の「天吾」と「青豆」が29歳にして10歳の時の想い出を引き摺っているという構図が、36歳にして二十歳頃の出来事に執着する多崎つくるにも継承されている感じで、この作品における「喪失」というテーマに関して東日本大震災のテーマへの反映を指摘する人も多いようですが、「少年や若者が大人になる際に失った何か」というのは、『海辺のカフカ』然り、ずっとこの人の作品のモチーフとしてあり続けてきたのではないでしょうか。

 つくるは4人と会って、これまで自分のことを犠牲者だと考えてきたが、知らないうちに周りの人たちを傷つけてきたのかもしれないと思い始め(謙虚!)、更に、クロから、「君は彼女(沙羅)を手に入れるべきだよ」と言われて、帰国後、沙羅に「君には僕のほかに誰か、つきあっている男の人がいるような気がするんだ」と本心を明かして、彼女の自分に対する気持ちはどうなのか返事を待ちます(新宿駅で。この駅、乗降客数世界一なんだね)。

 つくるの「すべてが時の流れに消えてしまったわけじゃないんだ」「僕らはあのころ何かを強く信じていたし、何かを強く信じることのできる自分を持っていた。そんな思いがそのままどこかに虚しく消えてしまうことはない」という内面の言葉は心に残るものですが、クロとの別れ際にそれを言うべきだったのにその時は言葉に出来ず、後になってその言葉を見つけたというのは、クロが何だか放ったらかしにされた印象も。

 考えてみれば、アカもアオも一応の成功は収めているけれどどっぷり俗世間に浸かってしまっているわけで、彼らも放ったらかしにされている印象で(と言って、つくるにはどうすることも出来ないわけだが)、何だかつくるだけが無垢のままでいるような、彼だけが精神的エリートであるような描かれ方がされてなくもない気がするけれど、だからこそ読者はつくるに惹かれながらこの物語を読み進むのだろうなあ。

 推理小説でご都合主義はまずいけれど、文芸小説においては、こうした精神的ご都合主義はありなのかも。こういう「自分のために世界はあるの」的な小説って決して嫌いな訳ではありませんが、『1Q84』以上に「ああ、これこそ村上春樹」って感じの作品であり、その分、これまでの作品のリフレインの枠を出ていない気がしました。

 それにしても、作中に登場するロシアのピアニスト、ラザール・ベルマンが演奏するリストのピアノ独奏曲集である「巡礼の年」の国内盤CDが廃盤になっていたのが急遽再発売されることになるなど(輸入盤CDは本書刊行後すぐに売り切れてしまったらしい)、『1Q84』に出てきたヤナーチェック作曲「シンフォニエッタ」に続いて、クラシックCD業界まで影響を及ぼすとは....。

 因みに、リストの「巡礼の年」の「年」は複数形であり、「第1年:スイス」「第2年:イタリア」「ヴェネツィアとナポリ(第2年補遺)」「第3年」の4集で構成されますが、村上春樹のこの小説に登場するのは、「第1年:スイス」 の第8曲〈郷愁(ル・マル・デュ・ペイ)〉になり、セナンクールの小説『オーベルマン』からとられて、主人公オーベルマンの故郷アルプスへの望郷の念を音楽で表現しているとのことです。

【2015年文庫化[文春文庫]】

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This page contains a single entry by wada published on 2013年10月 5日 23:35.

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